埼玉大学「連合寄付講座」

2016年度第4ターム埼玉大学「連合寄付講座:働くということと労働組合」講義要録

第5回(12/12)

職場で雇用と生活を守る

JAM副書記長 川野 英樹

はじめに

 みなさん、こんにちは。JAMという産業別労働組合で副書記長をしております、川野と申します。本日は「職場で雇用と生活を守る」というテーマでお話をさせていただきたいと思います。

自己紹介

 初めに若干自己紹介させていただきたいと思います。私は、今はJAMの副書記長という立場でありますが、就職したのは自動車のエンジンバルブを作る会社で、生産技術部門を担当しました。なぜそこに就職したかというと、車が好きで、車の部品、エンジンの要になるエンジンバルブに興味を持ち、F1のフェラーリやホンダのバルブをはじめ、自動車やバイク、船などのエンジンバルブを作っていました。想像できないかもしれませんが、割り箸1本ほどの重さしかない、チタン製の中空バルブに冷媒ガスが封入されたバルブが48本エンジンに組み込まれています。アクセルを吹かすとそれらが毎分1万回転し、300キロを超えるスピードの出る軽量で高効率のエンジンを作るために、我々の技術をそこへ結集してきたという経歴の持ち主です。
 なぜ労働組合JAMという組織に身を置いたのか。私は、自分の出身企業で労働組合活動を始め、仲間と一緒に労働条件や様々な職場の環境改善に取り組んできました。若い時からそうした取り組みに携わってきたので、地方連合会に出向するなど、そうした経験をしている人間が少ないので、声をかけていただき、会社を辞めてJAMという労働組合の専従者(職員)に転職しました。今になって考えてみると、企業の中の労働組合では味わえない、経験できないことが経験できる組織です。皆さんも就職活動で悩んだ時に、こうした産業別労働組合という就職先があるということを頭の片隅にも置いていてください。JAMには200人弱の職員がいますが、そうした立場で働いていただくのも楽しいかもしれないと思います。

1.ものづくり労働組合JAMとは

 JAMという組織は、ものづくり、機械金属産業、中小企業で働く仲間が集っているところで、JAMの主な加盟組合を紹介させていただきますと、G-shockなどでおなじみのカシオや、シチズン、SEIKO、カメラのニコンなど、日本のものづくり産業を代表する多様なメーカーの労働組合が入っている組織だと理解していただければと思います。多くは製造業ですので、そういった2000近くの企業別労働組合・35万人の仲間の組織です。中小ということでは、組合員数100人以下の労働組合が6割、30人以下が4分の1を占めています。JAMには専従者と言われる職員が約170名いて、17地方108地域に配置され、中小企業労組の世話活動をしています。

2.中小企業の置かれている環境

 皆さんが就職活動をする際に中小企業を就職先に選ぶことは少ないのかもしれませんが、しっかりとした中小企業は業績も良いですし、労働条件も大手企業に劣らず良い条件で、一人ひとりが活躍できる企業が数多くあります。中小企業庁の資料によれば、中小企業は日本の全企業数の99.7%を占め、0.3%が大企業という比率です。労働者数で見ると、約7割(3361万人)が中小企業、約3割(1433万人)が大企業で働いているということですから、多くの労働者は中小企業で働いているということです。

(1) 業種別・企業規模別に見た業況判断DIの推移

 中小企業の景気業況(下図)を見ていただくと、中央にある0.0の線より上が景気の状況が良いということです。この中央の線より下が景気の状況が悪いという業況判断をする際には景況値(DI値)を使います。見ていただくとわかるように、中央の線より上にあるところは大企業が中心で、中小企業は中央の線よりずっと下で厳しい状況で、業績の悪いまま推移せざるを得ない状況です。特に、2008年のリーマンショックで急激に下がって以降、回復が未だ道半ばであると見受けられます。ただし、そういう中でも中小企業は、労働生産性の向上のために様々な改善や工夫を重ねて利益を出そうと一生懸命頑張っています。

(2) 一人当たり名目付加価値額上昇率とその変動要因

 上の図で薄緑の棒が実質労働生産性を示していて、多くの年度で上昇しています。製造コストの変動を価格に転嫁できる力を「価格転嫁力」と言います。原材料費が上がった際に、本来は価格に転嫁できなければいけません。しかし、中小企業が一番苦しめられている内容は、取引先にそれをなかなか認めてもらえず価格転嫁力が低く抑えられていることです。折れ線で示している名目付加価値額という、いわゆる収益率に大きく影響する部分が全然伸びないというのが、中小企業の置かれている状態です。いわゆる規模間格差、大手と中小の格差の要因は、こうした中小企業の価格転嫁力が弱いということや、不利益な取引環境が存在していることです。これは、中小企業庁が2016年に行った「下請等中小企業の取引条件の改善に向けた調査」の結果で明確に書かれていて、国も認めている実態です。そうした環境下、中小企業は一生懸命頑張っているという実態です。

(3) 規模別給与額の推移

 月例賃金を規模別で比較してみると、2014年時点で、大企業は月額38万円に対して中小企業は29.7万円という格差があります。最近、国も、日本の景気を回復させるために何が必要かということに気付き、下の図の下段にイメージ図で書いているようなことを認めてきました。様々な工程を経て作り込まれる製品は、工夫や努力が各工程で付け加えられ製品となります。しかし、工程の付加価値をきちんと認めてもらえないために、中小企業は業績改善が遅れて賃金などの改善ができません。中小企業で働いている人たちは全労働者の約7割を占めていて、そうした人たちの賃金が上がらないと、日本の消費が活性化しないということで、経済の好循環が生まれません。中小企業の元気が、日本の元気に繋がるという言い方を国もしています。そうしたことが広く受け入れられる状況に近づいた訳ですが、まだ実現できるようなところまでは至っていないと言えます。これまで賃上げ、ベースアップという賃金の水準を上げる取り組みを春季生活闘争で続けてきたのですが、2017年の春季生活闘争も引き続き、賃上げを求める取り組みをやらなければ、日本の経済の活性化がはかれないということで、我々労働組合は準備を進めています。

(4) 雇用者数、労働組合員数および推定組織率の推移

 皆さんにとって労働組合の存在意義や活動は、まだ社会に出られる前なのでピンと来ないかもしれません。労働組合の組織率は年々低下の一途を辿っていて、2015年で17.4%となっています。雇用者数がどんどん増える中、正規社員数はあまり変動していないのですが、一方、非正規雇用(パートやアルバイト、派遣労働者)の人たちがどんどん増えてきたため、組織率が低くなる。正規雇用の社員を中心とした労働組合員の構成が故に組織率だけが落ちている状況で、非正規雇用の組織化が進行すれば、組織率もどんどん上がっていくのです。課題として我々も認識しているのですが、非正規労働者の組織化の必要性と理解までに辿りつかないのが現状です。

 上の図の下段を見ていただくと、99人以下の中小企業の労働組合組織率は1%しかない状況です。残り99%の人たちは未組織、労働組合のないところで働いておられて、労働条件に関して会社と交渉ができない状況にあるというのが実態です。我々JAMという組織は、そうした中小企業で働く仲間35万人を組織しているのですが、それでもまだ1%に満たない。JAMだけでは1%に満たないという状況下にあるということです。

3.JAMにおける雇用を守る取り組み

 ここからは、JAMがどういう取り組みをやっているのかをご紹介させていただきたいと思います。JAMは、加盟していただいている労働組合の組合員の雇用と生活を守るための活動を、一生懸命展開しております。

(1)雇用動向調査と景況調査

 企業がどういう状況下にあるかを、定点観測で調査を継続的にやります。1つは雇用動向調査、もう1つは景況調査といって、景気や企業の状況を判断するための調査を二本柱で継続的にしています。景況調査は4月と10月の半期ごとに調査するのですが、悪化してくると何に変化が現れてくるかというと、仕事が急激に減って、自宅待機(一時帰休)をしてもらう操業調整が発生します。そうした動きを把握できるのが雇用動向調査です。前述の状況が改善されないとどうなるかというと、人員削減、工場や事業所の閉鎖、売却という事業再編が起こってきますから、こうした調査結果を見て、変化に迅速に対応できるようにします。そのことは我々の身を守るために非常に重要な取り組みなので、労働組合では「調査なくして運動なし」とよく言います。継続的な調査でアンテナを張って、その変化を素早く察知し行動することが必要になってくるのです。

(2) 単組活動実態ヒアリング調査

 JAMに加盟している約2000の労働組合が、しっかり労働組合の活動ができているかを、チェックしなければなりません。日本の特徴である企業別労働組合が、企業の中でその役割を果たしていないと、組合員の雇用と暮らしを守ることができませんので、日常的な活動である職場の実態調査、会社との協議などができているのかを調査します。これは4年に1回やるのですが、約2000のJAM加盟全組合をJAMの専従者であるオルガナイザーが1組合ずつ回り、下の囲みに記載の60項目を調査して、「おたくの労働組合にはここが弱いですね」「おたくはここを強めないと危機が発生した時に対応できませんよ」という指導を兼ねて、自分たちの身を守るための体力を備えているか否かをチェックするための「単組活動実態ヒアリング調査」をやっています。

(3) オルガナイザー育成推進室

 前述の単組活動実態ヒアリング調査は、オルガナイザーというJAMの専従者が行います。運動を組織する人や組織を作る人をオルガナイザーと言いますが、そういう人たちを育てていかなければいけません。35万人の組合員を守ろうとすると、指導やサポートができる専門的な知識や豊富な経験を持った人でないと守ることができません。そうした的確な指導ができるような人を育てていくために、オルガナイザー育成塾を設置しています。今年は、ドイツのIG Metal(イーゲーメタル)という、金属産業の約350万人を組織する産業別労働組合に、JAMの専従者を5名派遣し、産業別労働運動の未来や運動を発展させるための研修へ、2週間の派遣を行いました。

(4) 熟練技能継承事業

 「ものづくりはひとづくり」のキーワードで、「高度熟練技能伝承事業」という厚生労働省の委託事業を取り組んでいました。JAMの組織内におられる高度熟練技能者を、工業高校や中小企業に派遣し技術指導や人材育成支援をやってきました。18000名の方が受けられて、国家検定の技能検定試験に、1400名強の人が合格しました。当時労働組合が取り組んだということで、大きく新聞などに取り上げられました。私たちは、ものづくり産業労働組合として、ものづくりの楽しさを知っていただいて、ものづくりを担う人たちを育成する手助けをやってきたということです。

4.JAMにおける経営問題対策

 今までご紹介したのは具体的にJAMがやってきたことですが、ここから先は雇用を守るためにJAMがどういう体制を整えているかご紹介させていただきたいと思います。

(1) 企業組織再編と労働組合の対応

 企業再編は、企業の組織を再編し経営を合理化しようとする手続です。合併や分割、譲渡や買収といったことが、国内では日常茶飯事で起こっています。そうした中で、我々の雇用を守り、根拠のない労働条件の引き下げを防止するために、不測の事態に備えた対応と対策を分類して整理をしています。また、会社が倒産した際に自分たちの権利義務を継承するためにどういうことが必要か、労働組合の対応はどういうことが必要かを整理して、労働組合は何をすればいいのかということもすべてマニュアル化しています。JAMに加盟している約2000の労働組合すべてには、このマニュアルを執行部の人たちに研修を通じて、どういう対応をすればいいのかを伝授、サポートします。会社とは労働組合が最初に話をするので、その際にマニュアルに沿って話ができるよう系統立って整理をしています。

(2) 経営問題対策の流れ

 下図を見ていただくと分かると思いますが、「経営問題対策の流れ」としては、会社の動きがおかしい、何か企業再編の動きがあるというような噂や、会社との協議の中で関する情報があったら、直ちに担当オルガナイザーがその場に駆けつけて、事実関係を確認します。各地方JAMの書記長は、その状況を整理して、必要に応じて専門知識と経験を持った全国オルグを加え、どういう方向で対応と対策を実施するか協議します。会社との団体交渉や労使協議を行うとともに、組合員に対して「こういう状況下であるので、皆さんはこういうことを心がけて、日常的な業務に当たって下さい」とか、不安を解消するために我々がサポートして「皆さんの雇用を守るために今から会社とこういう話をします」ということを説明します。さらに、顧問弁護士を加えて、その対応に当たるための準備をします。こうした流れでやっていくのですが、下図の右側にあるようなマニュアルを、JAMに加盟するすべての労働組合は常備して、その徴候を察知すればJAMに連絡、連携して雇用と暮らしを守る。組織的にどう動けばいいかということを、系統立てて整理しているものです。

5.経営問題対策の事例紹介

 ここからは、具体的にどういうことをやっているのかということを、事例も交えて説明させていただきます。

(1) 取引先の海外調達による規模縮小

 規模は300名弱の地場中小企業の機械部品製造会社です。急激に受注量が減って、仕事がなくなったために、企業の合理化をしなければならなくなった。まず始めに、「雇用を守るために何をするか」について、徹底した労使協議をしました。我々は雇用危機に直面した時のために、会社と「雇用安定協約」というものを結んでいます。「雇用安定協約」とは、雇用を守るために労使は徹底した協議を重ねて、その雇用を守るために努力しますということを労使で確認をして調印します。それによって、雇用に関する一切を、会社の一方的な決め方ではなく、解雇、希望退職、出向、配転、採用などは、労働組合との合意にもとづいて実行するということになります。しかし、ただ「ダメだダメだ」といって会社が潰れてしまえば、すべての雇用を失いかねませんので、取引先のメーカーに「受注の減少によって我々の会社は、100名近くの雇用を失う状況に陥っています」と労使で一緒に訪問し、企業の社会的責任を求めて要請を行いました。この取引先は規模がかなり大きいので、「希望退職で辞めざるを得ない人たちを御社で何名か採用してくれないか。もしくは、御社の関連企業で引き受けてくれないか」と要請しました。幸いにも、関連会社での雇用を一定程度引き受けていただいたので、そこで再就職先の1つにこの取引先の関連会社が入っています。
 我々は、このように人員削減しなければいけない時に、特定の事業部の仕事が減ったからそこで働く人を解雇するのではなく、会社の厳しい状況を踏まえて、退職を希望する人が辞める。整理解雇ではなく希望退職の手法を選び、辞めたくない人を無理に辞めさせるというのは極力排除します。新たな職場で働きたい方々にとっては、ずっと雇い続けていることがその人にとっても不幸な事態かもしれません。その際に、通常の退職金に会社都合による特別加算金を年収分~2年分上乗せして、退職を希望する人に辞めていただく。残った人たちは、厳しい会社の状況を踏まえてでも、この会社で頑張っていきたいというモチベーションを持った人たちですから、強い戦力としてうまく活用・活躍させなければなりません。こうした場合は労使で共同宣言をして、「働きがいのある企業へ再生するのだ」「労使で一生懸命頑張っていこう」という約束事を交わして、会社の建て直しをはかります。こうした取り組みで、この会社は今もなお存続していますし、利益を着実に伸ばしていく会社に変わってきました。労働組合が間に入って、合理化時の企業判断が正しいかどうかを、経験と知識を持った専門家の意見を聞きながら組み立てていくということで、企業が再生するきっかけになるという事例です。

(2) ブラック企業経営者との奮闘事例

①セコニック労組の事例
 もう1つは、セコニック労組の事例です。皆さんもブラック企業とかブラックバイトというキーワードを新聞やニュースで聞くことがあるかと思います。皆さんもバイト先で時間外労働を強いられて、それがバイト料に反映されないということを経験された人もいるかもしれません。セコニックという会社は元々良い会社だったのですが、TCSホールディングスという会社に突如乗っ取られてブラック化したという事例です。
 ここには元々JAM加盟の労働組合があって、健全な労使関係を築いていた企業だったのです。あえて企業名を出しているのは、ブラック企業として我々も様々なマスコミも名前を出して報道しているからです。皆さんも就職活動をする時に注意していただきたいのですが、TCSホールディングスは約1万人の従業員を抱える企業にまでどんどん成長した会社で、今は傘下企業数も増えていて、100弱くらいまでになったと言われています。乗っ取って、乗っ取って、必要なかったら潰してということをやるようなところです。ここに乗っ取られたJAMの仲間が今、2例出しますが、電子顕微鏡を作っているセコニックと、産業用コンベアを作っていて多くの大企業に納めている日本コンベア。優良企業だったこれら2社がいきなり乗っ取られて、賃金や一時金の一方的な引き下げが強行されました。賃金の制度を簡潔に説明すると、勤続し経験を積んでいくと、定期昇給制度という制度をもっているところは、制度に連動した形で賃金が上がっていきます。上がっていかないと、就職してから定年までずっと同じ賃金では生活を営めないので、定期昇給制度によって、年齢や経験・能力に応じて賃金が上っていく制度を持っているところが多いのです。しかし、セコニックでは賃金制度を凍結したり、労使が春季生活闘争で決めたことすら凍結してきました。そこで裁判で争うことになるのですが、一方的な不利益変更で賃金の凍結や引き下げが行われたので、裁判では我々が勝って支払い義務が会社に発生して、会社は渋々支払いました。ただし、似たようなことを今もなお繰り返しています。さらに、労働組合があることで会社に都合よくやりたかったことができなくなったので、労働組合の弱体化を目論んで、セコニックで働いている人たちに、TCSホールディングスの関連会社から出向者を送り込み、セコニック労働組合の組合員になれない状況を作っています。逆に労働組合の組合員には、ホールディングス関連会社へどんどん出向転籍されて減っています。企業内で組合員が過半数を超えると過半数代表者という権利を得て、時間外労働をさせるために必要な36協定などを結ぶことができるのですが、そのような権利を剥奪しようとする動きになっています。

②日本コンベア労組の事例
 大阪にある日本コンベアの事例も前述と似たような形で、今まで良い労使関係だったのが一変して、いきなり労使協定を凍結したり、交渉しても誠意のない話し合いを続けたりして、今までにない低水準の賃金引き上げや一時金の交渉をしてきました。その日本コンベア労組の窮状を近隣の労働組合が支え、一緒に地域の社会悪を排除しようと連帯してくれています。会社との協議や交渉が揉めていると早期解決に向けた支援行動をしてバックアップしてくれる。さらに、労働基準監督署もそうした動きを察知して指導に入って、一方的な不利益変更について排除を命じる改善命令が出され改善することができました。日本コンベアを買収したTCSホールディングの会長は、当該企業のオーナーですから、今もなお、こうした理不尽で不条理な対応をどんどん我々の仲間に押し付けてくる。そういうブラック経営が今なお続いている。ただし、これは労働組合があるから、その歯止めになって、自分たちの権利・雇用、労働条件を守れていますが、労働組合がなかったら、会社に言われるがまま、されるがまま、すべてを受け入れざるを得ないような状況になるかもしれません。そういうことから、労働組合があることで雇用と労働条件を守れていることをご紹介させていただきました。

(3) 破産から民事再生へ-労働組合が会社を立て直した事例

 もう1つは、労働組合が会社を立て直した事例についてお話しします。会社が倒産する前に労働組合が、このままでは会社が倒産してしまうということで、会社に企業再建計画案を提出し「こうすれば会社が活性化し、利益の出せる会社に改善できる」と2000年から言い続けていました。会社は組合の提案を受け入れずに、2005年に手形不渡りが発生し倒産してしまうのです。民事再生法の適用申請の手続を、労働組合が裁判所へ申し立てに行きます。労働組合が申し立てる手続は裁判所も経験したことがなかったので、書記官が慌てて「こんなことを労働組合からできるの?」と言って、受理されるまでに3時間半ぐらい窓口で待たされました。民事再生法自体は、利害関係があれば誰が申し立てても大丈夫という法律になっているので、労働組合の申し立てを一度受理します。ただし、これから法律に則って会社を再建していく過程の中では、「やはり会社代理人の弁護士と一緒にやっていくのが、スムーズにいくのではないですか?」という裁判所からの助言を得て、会社と協議した結果、翌日に会社が民事再生手続を裁判所に申し立てて、労使で一緒に再建に取り組もうということになりました。しかし、最初に労働組合が会社再建に向けて民事再生手続の申し立てをした訳です。会社の代理人である弁護士と再三にわたって話し合いをし、これまで労働組合が組合員(従業員)の雇用と暮らしを守るためにやってきたこと、会社がやってきたことを、十分に理解してもらうように時間をかけて弁護士に懇切丁寧に説明しました。再建を進めるに当たっては、従業員81名のうち管理職21名と管理職比率が高すぎるために、管理職を8名にしてバランスをとって、組合員は自ら辞める人以外は雇用を継続し、再建に取り組みました。銀行も再建案に協力するという確認が取れました。取締役には労働組合の役員も入って会社再建を一緒にやってきました。「自分たちの手で守れる雇用もある」というのは、自分たちが会社建て直し案も出し、中心的役割を担って、会社を再建してきたという事例です。これも前例のない取り組みですけれども、我々JAMもそのサポートに当たり、顧問弁護士にも汗を流していただいて、雇用と暮らしを守ることができました。

6.その他の事例紹介
-「ブラック社労士」問題で厚生労働省が全国社会保険労務士会連合会に厳重注意!

  先ほどはブラック企業の問題でしたが、最近は社会保険労務士がブラック化した事例があります。これは連合と一緒に取り組んだ事例ですけれど、そもそも社会保険労務士(社労士)とは、社会保険労務士法で、事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資することを目的とし(第1条)、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない(第1条の2)と定められています。しかし、「公正な立場で」と社会保険労務士法に書いてあるにも関わらず、「100%経営者の味方」「ひな形就業規則(厚生労働省作成)は危険」などを謳い文句に、インターネットやブログなどで経営者に売り込む社労士が続出しています。また、「凄腕社労士の首切りブログ・社員をうつ病に罹患させる方法」と題した文書をブログに掲載して、「こうすると社員をうつ病に罹患させて退職に追い込むことができます」と言って、首切り促進みたいなことを売りにしている社労士もいます。
 JAMの仲間がいる会社にも、会社と契約した社労士が様々なブラック経営指南をして、労使交渉を不誠実なものにさせるなど、労使関係にヒビが入るような「サポート」が邪魔になっていました。厚生労働省に対して連合と一緒に改善申し入れを行うとともに、我々の組織内国会議員とも連携した結果、厚生労働省から全国社会保険労務士会連合会に対し「社会保険労務士の不適切な情報発信の防止について」という厳重注意の通達文書を出すことができました。これによって「首切りブロク」を出した社労士に対して、社労士会が3年間の会員権停止処分を下すという、今までになかったことをやってくれました。我々の加盟組合に悪しき影響が及ぶ危険を排除するため、一生懸命取り組んでいるという事例の紹介です。

7.むすびに

 最後に、今日のお話では、産業別労働組合とそこに加盟している労働組合の日常的な取り組みや、危機に瀕した時にやってきたことをご紹介させていただきました。労働組合は、労働条件や職場環境を改善したり、経営状況を日常的にチェックし、雇用と暮らしを守る取り組みを展開して、労働の尊厳を認めた働きがいのある職場づくりや企業づくりに、日常的に活動しています。皆さんも社会に出る際には、まずは労働組合がある企業を就職先の前提条件においていただくと良いと思います。労働組合がある企業は、ブラック企業の可能性はほぼないと言っても過言ではないと思います。自分たちで日常的に経営チェックを行い、会社に申し入れて話し合いができるということです。そうした取り組みを展開できるのは、法律に基づいた権利を労働組合だけが持っているということです。その日常的な取り組みによって、私たちが理想とする働きがいのある企業づくりや、コンプライアンス(法令順守)と社会的責任を果たしていく企業になっていく。胸を張って、「私はこの企業で働いています」と言えるような会社にすることを、我々労働組合が日常的に求めている活動です。
 ただし、皆さんに最後に知っておいていただきたいのは、労働組合は憲法で保障された労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)を権利として有しています。労働組合に加入するというのは、憲法で保障された団結権を行使した人が、自らの意志によって団結した組織(労働組合)に加入するのです。けれども現状は、企業に労働組合が組織されていて、労働組合の執行部から「皆さん、組合員になりませんか?」と呼びかける会員制のようなものになっていて、組合員対象者からは「入ったらどんなメリットがあるの?」って、組合費は払ってもらえるけれども、賃金が上がり、福利厚生のサービスが得られる組織みたいな感覚で加入を呼びかけるケースが最近増えてきています。本来は、団結権を行使して「この組織に私たちは入りたいのだ」と意思表明をして、一人ひとりが労働組合の屋台骨になって、組合活動をみんなで支えていく組織なのですが、今は「金を払っているのだから組合は俺たちを幸せにしろ」とか「恩恵を享受するために金を払っている」となっています。しかし、恩恵を享受する権利がある一方で、組合費を納める義務や、組合活動を支える義務があるとともに、屋台骨である一人ひとりが、職場で一生懸命頑張って利益に繋がるように働くことで、その利益をみんなで適正に分配することができるのです。私たちの危機はまさにそういうところにあると感じています。皆さんがこれから社会に出る時に、必ず労働組合のある企業を探していただきたいと思いますし、入ったからにはその義務を果たして、その権利を十分に得られるようになって好循環を作れるような、そういう組合員であって欲しいです。
 ご清聴ありがとうございました。


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