1.はじめに
こんにちは。私は、全国生命保険労働組合連合会(通称:生保労連)で副執行委員長をしています、高橋桂子と申します。私は皆さんのご両親より少し上の年代かもしれませんので、世代間ギャップを感じるところもあるかもしれませんが、働き方がどう変わってきたかという視点でも、参考にしていただけたらと思っています。本日は「仕事と生活の調和をはかる」をテーマにお話をさせていただきます。今日お話しする内容は、私が仕事をしている生保労連というところはどんな組織であり、どんな役割を果たしているのかをまずご紹介させていただきます。それから、私たちが働く上で、労働組合がどんな役割を果たし、具体的にどんな取り組みを行っているのか、事例を交えながらご紹介します。そして最後に、これから社会に羽ばたく皆さんへのメッセージを送らせていただこうと思っています。
(1)自己紹介
まず、本題に入る前に自己紹介をさせていただきます。「働き方もずいぶん変わってきたな」とか、「どんな気持ちで仕事に向き合ってきたのかな」というところも参考にしていただければと思っています。私は皆さんが生まれる前に、三井生命仙台支社に一般職で入社をしました。この数年で一般職という、いわゆる事務を担当する職種は、転居・転勤のない総合職に統合され、男女の区別なく誰でもが仕事の幅を広げ、昇格の機会を得ることができるようになっています。私が入社した当初は、男女雇用機会均等法も制定されておらず、女性は一般職で入社して、結婚・出産を機に退職。男性は総合職として全国転勤しながら昇進していくというのが当たり前の考え方というか、当たり前の働き方でした。私はお陰様で上司に恵まれ、一般職だから事務だけという制約を取り払って、法人渉外という営業の仕事をするチャンスをいただきました。具体的には、企業が保険料を負担して企業の役員と従業員の方に万が一のことがあった場合の保障を準備したり、従業員が退職した際に支払われる退職金や年金の支払いを準備したりという制度の設計やメンテナンス、新たに制度を導入していただける企業を開拓するという仕事です。一般職は事務だけ!という制約というか概念からはみ出した人事でしたので、私の周りの同じ一般職の方たちは「事務担当で入社したのに、営業は無理、私にはできないし、やりたくない」という考えのオーラを感じることがありました。その時に私が決意をしたのは、今尻込みをしている人たちも、「自分もいつか法人渉外という営業職をやってみたい」と思わせるような仕事をしようということでした。仕事というのは嫌々ながらやっていても自分自身が楽しくないですし、どうせやるなら楽しくしたいと思っていましたので、自分が活躍している姿を妄想(笑)しながら、7年間、法人渉外を担当しました。お陰様でお客様にも信頼していただきましたし、新しい自分を発見できましたので、その後の会社生活を大きく変える転機になったのかなと今、振り返っています。
(2)管理職へ
法人渉外を担当していた時に、東京で10日間の研修と試験を受けて、2000年に総合職に転換し、営業経験を生かして、新人の営業職員が入社した時の教育を担当しました。営業職員はお客様に保険に加入をしていただくことで給与が決まりますので、商品や税務などに関する知識の習得はもちろんですが、いかにお客様とコミュニケーションをとって信頼していただけるかがとても大事になります。なので、私の研修では机上だけの研修ではなく、どうやったらお客様からの第一印象を良くできるのかあれこれ考えて、例えばモデルのウォーキングを研修の中に取り入れたりと、自分自身の営業経験を振り返り、様々な工夫をいたしました。その後は、東北6県を管轄するエリア本部という所属で、主に営業企画や、業績管理の仕事を担当させていただきました。東北6県を管轄するため、顔を合わせたことのない方々と電話とメールだけでコミュニケーションを取らなければいけないので、仕事を進める難しさとその中で信頼していただいた喜びを感じることができました。そして、息子が大学を卒業するのと時期を同じくし、今度は東京本社の人事部に初めて転居を伴う転勤をしました。その3年後には、宇都宮にある北関東支社へ業務部長という管理職で転勤しました。「管理職は組合員ではないよね」とお気づきの方もいるかもしれませんが、管理職は組合側ではなくて会社側になります。組合員ではなかった私が組合活動に今携わっている理由については、後ほど労働組合の役割をお話しする時まで取っておきたいと思います。
2.生保労連の紹介
では、私が現在仕事をしている、生保労連とはどんな組織なのかをご説明します。例えば、日本生命、第一生命、住友生命、明治安田生命といった、たぶん皆さんもテレビCMなどでよく見る大手生命保険会社を含めて19の生命保険会社の労働組合、組合員数で言うと約23万4千名の組合員が加盟しているのが生保労連になります。1969年に、内勤職員だけの労働組合と営業職員だけの労働組合で別々に構成されていた産業別労働組合が1つになって生保労連が結成されてから、2016年で47年目になります。組合員のうち約8割が営業職員で、男女別で見ると8割が女性ということで、男女共同参画が謳われている今日、注目を浴びている組織だと思います。本日の寄付講座を開設されている日本労働組合総連合会(連合)に加盟している組織の中で、生保労連は9番目に大きな組織となっています。
先ほど生保労連には生命保険会社のうち19社の労働組合が加盟していると説明しましたが、日頃は営業現場でしのぎを削るライバル同士、切磋琢磨していますが、同じ産業で働く仲間として産業の発展に向けて力を合わせているのがこの生保労連という組織になります。
(1)2016年度の4つの運動方針
生保労連は、2016年度の運動方針として4つの柱を立てています。一見難しそうですが、今から簡単にご説明します。聞いていただければ、「あ、そういうこと」だと理解していただけると思います。
①生保産業の社会的使命の達成
まず1つ目の「生保産業の社会的使命の達成」は、万が一のことが起こった時、経済的に困る方をなくすために生命保険を広く普及させることや、確実に保険金をお支払いすることが社会的使命になりますので、そのためには会社が健全に経営されていなければいけません。私たち労働組合は働く者の立場から経営をチェックして、会社の存続を支えるということが必要になります。
②総合的な労働条件の改善、向上
2つ目は「総合的な労働条件の改善、向上」で、組合員の賃金や働く環境などの労働条件を改善していくこととなります。皆さんが労働組合に持っている印象の一番大きな点だと思います。
③組織の強化・拡大
3つ目は「組織の強化・拡大」です。生保労連に加盟している19労働組合への情報提供やアドバイスを通じて、その活動の強化や組合活動への参加促進を行っているのが、この3番目の方針になります。
④生保産業と営業職員の社会的理解の拡大
最後の4つ目は、「生保産業と営業職員が社会において、どのような役割を果たしているか」、それを産業外の方たちにも知ってもらうために活動をしているということです。私自身は生保労連で企画広報委員長という仕事をしており、特にこの4番目の「生保産業と営業職員の果たしている役割」を対外的に正しく伝え、そして社会的イメージを向上させることが生保産業の発展に不可欠だと考えています。そのため、お客様対応の真摯な取り組みや、Face-to-Faceの活動を生かした「地域の安全を見守る運動」への取り組みなどといった発信を対外的にも続けています。
ちなみに、「地域の安全を見守る運動」というのは、お客様の自宅にお伺いする機会が多い営業活動の中で、ちょっとした「目配り・気配り・心配り」をして、何かお困りのことがないか、お声を掛けたりとか、育児や介護で悩んでいる方の相談に乗ったりしている他、最近増加している子どもや女性に対する虐待や暴力、高齢者の事故や事件など、異変を感じたら通報や適切な対処を行うということが、取り組みの中にあります。こういった取り組みは、本業を通じた取り組みとして自然体で続けられていますが、運動の趣旨や活動内容を組織外へ伝えることで、一層安心な地域づくりへ貢献できると考えています。
(2)外側の接点と内側の接点
こちらの連携図を見ていただくと、生保労連は、各保険会社の労働組合の組合員を始めとした産業の内側の接点と、国政や行政を始めとした外側の接点を持っています。各生命保険会社の労働組合は組合員の声を集約して、経営側と交渉します。生保労連はこうした加盟組合の活動を支援したり、情報提供を行ったりするとともに、業界団体でもある生命保険協会と定期的に労使協議会を実施して、産業全体の発展に向けて交渉をしています。これが内側の接点になります。
外側の接点ですが、一言で言うと、加盟している各社の労働組合が単独ではできないこと、例えば、税制の改正や郵政民営化問題などといった国の政策・制度に関わる課題の解決に向けて、行政や国政に働きかけを行うとか、消費者団体やマスコミと意見交換をすることによって、生保産業や営業職員の社会的理解の拡大につとめています。
(3)生保労連の具体的な活動
ここでは、生保労連が実際にどんな活動を行っているのか、代表的な活動を紹介させていただきます。
① 定期大会、研修会開催などの活動
まず、定期大会があります。これはまさに、年間を通じてどんな運動、どんな活動をしていくのかを、加盟している労働組合の代議員の皆さんに承認していただく大事な会議となります。また、ここでは中央役員の改選も行われますので、運動方針に則って活動を進めていく役員がここで選出されます。それから、若手組合幹部向け研修会があります。もし皆さんが社会に出て労働組合に携わる機会があったら、労働組合の役割を学んで、自分たちがどう活動していくのかについて考える機会として開催をしています。それから、消費者団体との意見交換では、実際にお客様からお申し出があった苦情の事例を共有しながら、生保産業としての取り組みや社会貢献活動について消費者団体の方と意見交換を行っています。
② 組織外への情報発信
それから、組織外への情報発信があります。これから様々なライフイベントを経験される皆さんに、生活設計を考えられるように作成したリーフレットも発信させていただいています。社会・経済情勢の先行きが不透明な中、安心できる暮らしを実現させるためには、人生のリスクを認識して予め備えることが大切です。そのためには、公的保障と自助努力を適切に組み合わせて、自分の夢や目標を叶えるための計画を立てることが大切であり、その実現のために少しでもお役に立ちたいという思いで、こういった教育用のリーフレットを作成しています。また、少子高齢化や労働人口減少社会の到来によって、社会保障制度に対する不安が随分高まっていますけれども、生保労連としては、安心できる社会保障制度の実現と、金融商品などの私的保障を組み合わせたシステムの確立、安心して子どもを生み育てることのできる環境づくりに向けた研究などを行って、働く者の視点から国への提言などを行っています。
③ 男女共同参画の様々な取り組み
続いて、男女共同参画推進における様々な取り組みを紹介します。私が入社した時のように男性と女性の役割を分断していた時代は終わり、男女がともに力を発揮できる社会が求められています。男女共同参画というと、即ち女性活躍推進と発想されがちですが、時代は刻々と進んでおり、今では男性の働き方や生活を見直すことも求められてきています。男女共同参画セミナーではそういった現状を確認して、さらに前進させるための取り組みについて話し合う機会としています。また、仕事と生活を調和させることができる職場づくりのためには、労働者側だけではなく、会社側がその実現に向けた制度の整備などを行わなければいけないと思います。そこで生保労連では、労働者側(従業員)と使用者側(会社)、つまり労使が一体となって、ともにベクトルを合わせて、ワーク・ライフ・バランスを進めていけるように、労使フォーラムを開催しております。組合員と組合だけが参加する労働組合主催のフォーラム、会社がやっている会社側のフォーラムはあると思いますが、ここでは労使が一体となって開催するところが、他の取り組みとは少し違っている部分です。
④ 男女共同参画の課題
このように生保労連としては様々な取り組みを行っていますが、残念ながら労働組合の活動はまだまだ男性社会と言われており、女性役員が少ないのが現状です。労働組合は組合員の声に応えて、会社と交渉するにあたって様々な視点で検討したり、様々な規程に精通していなければいけないので、かなりの時間をかけて多くのことを準備したり、労働組合によっては、会社の仕事が終わった後でないと労働組合の活動ができないなど時間的な制約が多いということが、男性社会にならざるを得ない要因の1つかと思います。男女共同参画を推進する労働組合の活動に女性の視点をもっと取り入れて、女性組合員の声を届きやすくしたいと考えています。そのためには女性役員同士の交流の場を提供したり、次期役員候補者となる女性組合員を交えてエンパワーメント研修を開催したり、労働組合の役割や役員としてのやりがいについて考える機会を生保労連では設けています。
現在、私は生保労連で女性初の専従役員ということで活動しています。生保労連に来てまだ3ケ月ですので、わからないことや迷うことはもちろんたくさんあります。ただ、私ができることは何かと考えると、自分の特性を生かすことではないかと思っています。その特性の中には女性であるということも含まれます。各労働組合の数少ない女性役員の方と、悩みを共有したり同じ視点で解決策を一緒に考えるなど、女性役員を一人でも多く増やして、活動の充実を図るということが、結果的には組合員一人ひとりのために繋がると考えていますので、女性初というところにはあまりこだわらず、自分の特性をどうやって生かしていけるかということを考えて毎日を送っているところです。
ここまで生保労連の役割や取り組みについてお話をしてきました。生保労連というのは、各生命保険会社の労働組合が組合員の処遇改善や職場環境の改善などを求めて、会社との交渉を繰り返す中で、産業全体の活動方針を掲げ、各労働組合の活動を後押ししたり、情報提供を行ったりしているということをご理解いただけたかと思います。
(4)企業での労働組合の役割
次に、各企業での労働組合の役割を整理しておきたいと思います。皆さん、労働組合に対してどんなイメージをお持ちでしょうか。たぶん、鉢巻きを巻いて「賃金上げろー」と言っているようなイメージをお持ちの方も多いのかなと思います。実は私、労働組合に対しては、何かにつけて会社に文句を言っているとか、結局会社のいいなりなのかなとか、最初はあまり良いイメージを持ってなかったのです。むしろ、はっきり言って、あまり関心がなかった、興味なし、という状態だったので、今の皆さんもたぶんそんな感じなのかと思います。
では、そういう私がなぜ労働組合の役員をやっているのかというところで、さっきの自己紹介の続きになります。経歴の中でも話しましたが、私は人事部や北関東支社で管理職に就いていましたので、組合員ではありませんでした。会社には、本社の他に全国に支社という組織があります。各労働組合も同じように組合本部があり、全国に支部という単位もあります。支社と組合の支部でも年に4回位、労使交渉を行っています。私が北関東支社にいた時は、会社側の交渉窓口になっていました。私が勤務している三井生命は、今は日本生命と経営統合していますけれども、当時、会社の経営方針で営業職員の数が激減した時期があり、労使交渉の場でも会社に対して営業職員を増やす取り組みを強化して欲しいという要求が、幾度となく挙がっていました。ある時、組合側から「営業職員を増やして会社を守るためには労使が協力していかなければならないので、会社側の取り組みに労働組合としても最大限に協力をしたい、協力は惜しまない」という申し出を受けました。この時、会社に何かやってくれとか、こうしろとか要求だけをするのではなくて、自らも協力して行動していこうという労働組合に対して印象が大きく変わりました。人生というのはうまくできているもので、労働組合に対する見方が変わった直後に、三井生命労働組合の中央執行委員長から、「労働組合の仕事を引き受けてもらえませんか」という打診がありました。正直、このまま管理職としてキャリアを積んでいけばお給料も上がるし、と考える一方で、会社の問題を解決するためには、トップダウンで物事を進めるよりもボトムアップによる進め方の方がより納得感を持って会社の人たちが行動できるのではないかと考えていたこともあったので、組合員の意識を変えることができる労働組合の仕事に対して魅力とやりがいを感じていたのかもしれません。あとは、自分が必要とされているということは本当に素直に嬉しいことで、頼まれると断れないという性格もあって結局引き受けることにしました。
労働組合役員として活動する中で、労働組合というのは組合員の声を基にして安心してやりがいを持って働ける環境をつくることが大きな役割ですが、会社と敵対するのではなくて、組合員の幸せが会社の発展につながる、会社が発展すれば、組合員の処遇が上がる、つまり会社と労働組合はWin-Winの関係であることが大事だということを、この時に納得することができました。
(5)仕事と生活の調和
では、本日の本題にやっとたどり着きました。仕事と生活の調和、いわゆるワーク・ライフ・バランスについてお話をさせていただきたいと思います。ワーク・ライフ・バランスという言葉が当たり前のように使われるようになりましたが、どんなイメージが頭に浮かびますか?例えば、仕事もプライベートも楽しむということだよね、と思う人もいるでしょうし、仕事は頑張りたいけれど残業は少ない方がいいというのが望みだったり、子育てしながら仕事を続けたいと思ったりする人もいれば、人それぞれ、ワーク・ライフ・バランスから想像する形は違うと思います。最近では、長時間労働による過労死とか自殺、鬱病の発症など、ネガティブな事件が多く、仕事のやりがいという観点が置き去りになって、仕事をする時間だけにスポットが当たっていたりします。皆さんの中にもブラックバイトと言われるようなトラブルに遭遇したことがあったり、あるいは聞いたりしたことがある人もいるかもしれません。そういった肉体的、精神的なダメージを受けずに充実した生活を送るために、ワーク・ライフ・バランスは必要ですが、そもそも労働組合は、組合員が働きがいを持てる職場環境の整備を求めて会社と交渉を行っています。家庭の事情で退職を余儀なくされるのではなく、育児や介護などの家族との生活を大事にしながら、働きがいを持てるよう、つまり多様な人材が活躍できるように両立支援制度の整備にも取り組んでいます。
人生の中には様々な出来事が起こりますが、自分自身の能力を発揮して働き続けることができる会社であれば、会社としても超少子高齢化社会が到来している日本において労働力の確保に繋がり、会社の生産性向上に繋がっていく。こういう循環があるので、ワーク・ライフ・バランスは必要であり、働く側だけではなく会社側もきちんとワーク・ライフ・バランスについて考えなければならないと思います。
では現実はどうでしょうか?ワーク・ライフ・バランスとか長時間労働の是正と言うのは簡単ですが、「仕事量が多くて早くなんか帰れないよ」と途方に暮れている人もいれば、「早く帰るとやる気がないと思われそう」と心配している人もいます。また、「仕事は続けたいけれど、子どもの発熱で急に会社を休むなんて言い出しにくくて」と悩んでいる人もいます。こうした組合員の皆さんの悩める声が労働組合にたくさん届いています。
3.生保産業の両立支援
仕事と生活を両立させるためには、制度と運用の2つの側面から取り組みが必要です。まず制度でいえば3つの柱があります。1つ目が労働時間の短縮と休暇の取得促進、2つ目が両立支援制度の拡充・活用促進、そして、3つ目が健康増進・職場環境の改善。それぞれ下図に記載のとおりで、様々な制度があって、まだ皆さんにはピンとこない部分もあるかもしれませんが、近い将来、利用することになる制度ですので、時間がある時にぜひ確認してみてください。労働時間の短縮に関するテーマは、他の講義で実施される予定とお聞きしておりますので、今日は生保産業の両立支援にポイントを絞ってお話をさせていただきます。
(1)育児・介護休業法
さて、皆さんは育児・介護休業法という法律があるのはご存知でしょうか?労働者の仕事と育児や介護を両立できるようにするための法律であり、2017年1月には一部改定されて、より制度内容が充実されます。まず育児休業制度を見てみると、子どもが一歳になるまで休業できますが、皆さん覚えていますか?「保育所、落ちた。日本死ね」というブログがちょっと話題になりましたよね。保育所の不足はまだ続いていまして、保育所に預けられない場合は最長で、子どもが1歳6カ月に達するまで休業できるようになっています。生保産業は女性が8割を占める産業ですので、先進的な事例としては、子どもが3歳に達するまで休業ができるとか、休業の一部を有給化するといったような制度を準備している会社もあります。また、子どもの看護休暇を半日単位で取得できるようになるので、急な子どもの発熱で保育所からお迎えコールがきても、こういった半日単位の看護休暇を使って対応できるようになります。先進的な事例では、小学校卒業までの期間に年10日間まで看護休暇の取得が可能ですよ、という会社もあります。こういった育児に関する様々な制度が必要になっているのは、家族制度の変化も要因の一つだと考えられます。私が出産した時は、核家族化とはいえ、実の両親が近くに住んでおり、母親が専業主婦でしたので、子どもを保育所に入れることなく、仕事との両立が叶いました。今ではより核家族化も進んで、両親も共に働いているご家庭も多いと思いますし、あるいは大学から親元を離れて、そのまま東京で就職、結婚、そして出産となると、やはり頼れるのは保育所だけになってしまうというのが現実だと思います。
(2)介護との両立
それから介護休業は、要介護状態にある対象家族(配偶者、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹、孫)1人につき、通算93日まで最大3回まで分割して取得できるようになります。介護というと皆さんの想像の域を超えていると思いますが、育児と違って介護は期間を区切ることができないので、復職することに対する不安も大きくなると思います。ただし、今ある制度の中でも短時間勤務とか、始業時間を繰り下げたり終業時間を繰り上げたりするなど、状況に合わせて制度をうまく組み合わせることもできます。こうした制度は女性が8割を占める産業ということもありますので、他の産業と比較すると、たぶん先進的な制度を準備できているのではないかと思います。
しかしながら、いくら制度が充実していてもその制度を利用できる環境になければ宝の持ち腐れです。制度が整うと両立しやすくなるのは事実ですけれども、上司や同僚に必要以上に気を遣うなど、肩身の狭い思いをすることがなくならないと本来の意味での両立支援ではありません。自分が置かれている状況に合わせて制度をうまく活用し、仕事と生活を両立していくためには、上司や同僚の理解、仕事量の調整などの環境整備が必要になりますし、そのためには、経営トップが率先垂範して環境整備を進めることが必要であり、組合員、従業員に、それを周知するためのメッセージの発信も重要になってきます。先ほどの組合員の声にあったように、「プライベートも充実させたいけれども仕事が終わらない。」のであれば、労働組合は業務削減や効率化に向けた取り組みを会社に求め、会社はそれに応えていかなければいけません。旧態然とした長時間労働が「美徳」と思っているような管理職には人事評価の項目に長時間労働の削減を導入して、それほど勤務管理というのは大事なことなのだと理解してもらわなければいけません。「仕事はしたいけれど育児も大変」と思っている組合員がいるのであれば、必要な制度を活用できるように労働組合が率先して職場の意識改革を行うことも役割の1つだと思います。
今は人生の選択肢が増えており、結婚しないことを選ぶ人もいます。そうなると、育児休暇を取得しない人に仕事のしわ寄せが来るということも起こって、公平感に疑問を持つ人も出てくるかもしれません。制度を利用するのは権利であり、両立するために必要なことですけれども、それが職場の調和を乱したり、生産性や企業業績に影響を与えたりするようでは、これはまた本末転倒な話です。こういった制度が企業にとってプラスに働かなければ、会社は制度を準備しないし環境も整備しないですね。
ちょうど先月、私が仙台で共に仕事をしていた先輩のお母様が癌で余命を宣告され、高齢であることも重なって、介護施設と病院を行ったり来たりという状況に陥りました。先輩は少しでもお母様の傍にいて、話し相手や、身の周りの世話をしてあげたいということで、介護休業を会社に申し出ました。会社は、その先輩には有給休暇が残っているので、まずそれを使って、もし休暇の期間が延びるようであれば介護休業の申請をしましょうと、先輩の立場に立った判断をしてくれました。有給休暇を使わせてもらえるということで、給与が減ることもないし、期間を区切ることなくお母様の面倒が見られるということで、先輩にとって望ましい形で休暇を取ることができました。残念ながら、その2週間後にお母様は亡くなられてしまいましたが、こうした会社の判断に大変感謝されていて、その先輩が職場復帰した際には、仕事に対するモチベーションが上がったと話しておられました。
制度を利用することでまさに仕事と生活の好循環を作り出して、家族やプライベートの時間の充実を仕事でのやりがいにつなげる。そしてやりがいのある仕事で得られる充実感がプライベートでの笑顔を増やすことになることだと思います。
(3)育児との両立
ここからは、参考までにこれまで労働組合が会社と協議して改善してきたことを事例として掲載しました。皆さんが気になっている長時間労働の抑制というのは、事例の①、②で掲載していますけれども、これは後日、この講座でも取り上げられると思いますので、参考までに下の図をご覧いただければと思います。
ここでは、具体的な事例として③と④のところをお話ししておきたいと思いますので、下の図をご覧下さい。
先ほど先進的な事例として保育所が見つからなかった場合、子どもが3歳になるまで育児休業が取得できるという話をしました。もちろん制度を拡充するということは選択肢が広がると言う点では大変歓迎すべき点ですけれども、皆さんだったらどうでしょうか?3年間会社の業務から離れることに不安はないですか?IT機能も日進月歩ですし、社会や経済情勢も大きく変化していますので、会社に復職した時には浦島太郎状態ということにもなりかねませんし、会社としても環境が整えば早く職場に復帰して、戦力になり活躍して欲しいと思っているわけです。そこで休むだけの制度ではなくて、両立しながら働けるように、短時間勤務や残業免除の制度の活用、あるいは在宅勤務制度などの導入の検討も始まっています。在宅勤務というのは、個人情報の管理など様々なハードルがありますので、一朝一夕に導入されて誰もが利用できるわけではありませんが、これから労使できちんと話し合いをして、実効性のある制度として広く導入されることが期待されています。また一部の会社では、保育所に入所できずに復職したくても復職できないという従業員に対して、保育料の補助を行って多少保育料の高い保育所を利用できるようにするなど、復職支援に力を入れているという例もあります。私は以前、お父さんが育児休暇を取得して、そのまま復職せずに専業主夫になった事例をテレビで観たことがあります。その方は東大を卒業され、就職、結婚をされましたが、妻が契約社員という立場での研究職だったため、産前産後休暇が取れたものの、研究を続けるためには育児休業を利用できなかったのです。そこで正社員だった夫の方が育児休暇を取得して、子育てと家事を一手に引き受けます。育児休暇を会社に申請した時は、ほぼ前例がなかったことや、男性と女性の役割が日本人の頭の中には刷り込まれていたので、その申請を受けた上司も「育児休暇を取って何するの?」と聞いてきたということです。それが約10年前の話です。育児休暇中に妻の研究のために家族で渡米して、育児休暇を2年間取得しましたが、それが終了したので、一人で日本に帰国した。ただ、やはり家族で生活することを選んで、その後、会社を退職し、再び渡米されたという話です。今では専業主夫としてママ友ランチに参加するなど、専業主夫としての喜びを謳歌しているようで、まさに生き方の選択肢を自ら増やしたという事例ではないかと思います。
(4)男性の育児休業取得100%へのチャレンジ
ではここで、男性の育児休業の取得についてお話ししたいと思います。
これまでは男性の働き方がすなわち会社で働く姿とイコールで結ばれていたと思いますが、今では女性も働き続けることができる制度や、環境が整ってくるのと同時に男性の働き方を見直さないといつまで経っても真の意味で男女共同参画とはなりません。そこで象徴的な取り組みとして、男性の育児休業取得100%にチャレンジしている企業があります。この取り組みでは、まさに労使が協力して職場風土の醸成や、取得対象者のフォローなどを行っています。未だ道半ばではありますが、既に100%を達成している会社もあり、少しずつその意味が浸透してきています。ただし、育児休業とはいっても休業期間はまだまだ短くて、「本当に育児をしているの?」と懐疑的な声も聞こえますが、何事も一夜にして劇的に変わるわけではありません。本人の意識が変わって周囲の意識も変わってくれば、職場全体に良い影響を及ぼしていきますし、それにはある程度の時間がかかるので、今は過渡期だと思っています。ただし、育児休業を取得したいと考える男性は既に8割に達しているという調査もあるくらいで、どんどん意識も変わってきています。ちなみに今日出席いただいている男子学生の中で、育児休業を取って育児に積極的に参加したいと思っている人は手を挙げていただけますでしょうか?次から次へと挙げていただいて、ありがとうございます。昨年、別の大学で男女共同参画のお話をさせていただいた時に同じ質問をさせていただいたのですが、一人も手が挙がらなくてちょっと愕然としましたが、講義後のアンケートで、女性の学生さんから「講義の中で何が一番驚いたかといったら男子が育児休業を取りたいって誰一人手を挙げなかったことが一番驚いた」と書かれていました。今、手を挙げた人は結婚相手としては有望株ではないかと思います。男性だから、女性だからではなく、何をしたいか、何が大事なのか、生き方や働き方を選択できるというのは、やはり今という時代に生きる皆さんの特権であり、私からすると本当に羨ましい限りです。
(5)治療との両立
また生保労連では、育児・介護のみならず治療との両立にも取り組みを広げています。癌や脳疾患などの病気、それから怪我の治療はもちろんのこと、不妊治療にも対応できるように、会社に制度と環境の整備を、求めております。大変センシティブな問題ですけれども、人生の選択肢が増えれば増えるほど、会社も労働組合も制度の整備や運営を丁寧に行っていかなればいけないのだと思います。
4.ワーク・ライフ・バランスがもたらすもの
ここまで両立支援のための制度について説明してきましたが、ワーク・ライフ・バランスがもたらすものをそれぞれの視点で整理してみました。まず、私たち働く者にとっては仕事と生活を両立することで持てる力を発揮し、働きがいと生きがいが向上します。両立が可能となることで多様な人材が活躍でき、公私ともに充実した生活を送れるようになります。またまた余談ですけれども、「ないから女子」っていう言葉を聞いたことがありますか?結婚していない、子どもがいない、介護していないなど、つまり女性が自分中心の生活が送れている人だけが働き続けられるとか、活躍できるとかといった発想のことです。今のように制度が充実していれば、これまで働くことを諦めていた人も多様な人材ということで活躍することができるようになっています。
労働組合にとっては組合員の雇用の安定確保のための労働条件の維持向上をめざすことによって、公私ともに充実した組合員が一人でも多く存在する、つまり組合員を幸せにすることができるのです。
会社はそういう組合員の力が発揮され、企業価値の向上につながって発展する。そして、こういった状態はひいては社会全体に活力に与えることになると言えるということだと思います。
仕事と生活の調和、すなわちワーク・ライフ・バランスには、制度も環境ももちろん必要不可欠ですけれども、真の両立のためには自分自身の意識を変えることが出発点になります。例えば、私が育児休業を取得して、職場に復帰したとします。子どもを保育所に預けていて、熱が出たといっては「お迎えに来て下さい」と連絡が入って、仕事を同僚にお願いして、肩身の狭い思いをして帰宅するようなことが頻繁に起きたら仕事は滞りますし、同僚に迷惑をかけることになるので、特に気の弱い私は、多分いたたまれなくて「退職しようかな」と考えると思います。でも、考え方や意識、そして行動を少し変えてみると結末は大きく変わります。まず夫とお互いのスケジュールを共有して、お迎えに行ける日、この日は絶対行けない、ということを確認しておきます。そうすると早めのお迎えコールがあっても、お互いが協力すればお迎えの負担が軽減されます。それから自分自身の仕事のやり方を見直す。一日の仕事の順番を変えてみて、もし早めに帰らなければならなくなったとしても、急ぎの仕事が終わっていれば誰かに負担してもらう必要もないし、気兼ねをすることもなくなります。制度を利用できるからといって甘えるのではなく、働き続けるための努力と工夫をすることで周囲の理解も得られることになるのではないかと思います。ではここで問題です。夫が、子どもに熱が出たので、迎えに行ってくれることになりましたが、夫は、熱が出ている子どもの看病ができるでしょうか?そんな時のためにも男性も育児休業を取得することで、育児をただの手伝いではなくて親としての喜びと感じることが大事ではないかと思います。
今は専ら自分の都合で生活していても、例えば両立支援が必要な人の同僚として仕事を分担することになるかもしれないし、将来はそういう人を部下に持つ上司になるかもしれません。その時、やはり働く人同士がお互い様の気持ちを持って、職場が円滑に回るということは組合員にとっても会社にとっても、とても良い循環が起きることになります。他人事だと思わずに、自分の足元だけを見るのではなく、全体を見渡せる視野を持つことが大事だと思います。
5.最後に
最後に皆さんに、先ほど生保労連の活動の紹介の中で、自分の夢や目標を叶えるための計画を立てるために少しでもお役に立ちたいという思いで、生活設計の教育用リーフレットを作成していますとお伝えしました。せっかくの機会ですので、皆さんのお役に立てる話をしておきたいと思います。「貯金は三角、保険は四角」は、知っていますか?二人くらいでしょうか。あまり聞いたことないかもしれないですね。貯金というのは例えば、自分にもしものことがあった時に家族が困らないようにお金を溜めておこうと思って、少しずつ溜めていくと形は三角形ですよね。ただ、お金が溜まる前に万が一のことがあったら、家族に必要なお金を残すことができません。
生命保険というのは、毎月の掛け金を支払っている訳ですけど、万が一に備えて大勢の契約者がお金を出し合って助け合う制度ですので、時期に関係なく必要なお金が家族に残せるというわけです。皆さんが就職して定年を迎える時には年金がいくらもらえるか残念ながら期待ができませんし、少子高齢化による社会保障制度がどの程度、皆さんを助けてくれるのか、不透明です。今のうちから自分自身の生活設計をしっかりと考えて、計画的な貯金や、金融・保険商品を活用した自助努力を考えておくことが必要だと思います。
生保労連では、今日お話しさせていただいているような講座や金融機関に就職を希望している学生さんに向けて、仕事の内容はもちろんですが、こういった金融商品の活用の仕方を説明するなど、生活設計の重要性をお話しさせていただいています。ご存知のとおり、先進諸外国では小学生の時から株式投資を含めて金融教育を行っていますので、自分自身の生活設計を計画的に行う教育がなされています。日本はまだまだ立ち遅れていますが、生保労連としてもこういった教育分野での貢献として、今後も様々な場面で金融教育に携わっていきたいと考えています。
労働組合というのは、単に組合員の処遇向上だけを目的に活動している訳ではありません。産業全体に関わる問題の解決や社会的使命の達成など多方面で活躍していることを、皆さんには理解していただきたいと思っていますし、これから社会に羽ばたいた時に、仕事を一生懸命やることも大事ですが、誰かの役に立ちたいとか社会のための活動をしてみたいと思ったら、ぜひ労働組合の活動にも携わってみて下さい。私は会社生活が長いですけれど、貴重な経験をさせていただいていることに感謝をしております。
今日はご清聴ありがとうございました。