埼玉大学「連合寄付講座」

2015年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第5回(10/27)

労働時間を短縮する

ヤマト運輸労働組合中央書記長 片山 康夫

1.労働時間に関する歴史の変遷

 ヤマト運輸の労働時間短縮についてお話をするのですが、まず労働時間を取り巻く歴史的な経過について、様々な研究や論説がありますから、私が先輩方から教わってきたことをごく簡単にさらっと勉強をして、それから中身に入っていきたいと思います。

(1)産業革命から第二次世界大戦終戦まで

 18世紀半ばから19世紀にかけて産業革命が起こり、工場で働く労働者、それから使用者・経営者という立場が明確になってきて、当時から労働時間短縮という問題がすぐ起こりました。それでこの頃、私たちが今仕事をしております労働組合の発祥といいますか、元になる運動が生まれてきたということです。
 何時間くらいにするのがいいのかという色々な議論があったのですが、その後1886年にメーデーというものがあり、1日24時間のうち8時間は働こう、それから休憩も8時間取ろう、あと8時間は自分たちの自由ということで、アメリカで大規模なデモが起こりました。この時、実は30万人くらいのデモになったものですから、警察と衝突するという大きな事件になってしまいました。しかし逆にそれが世間に評判になって、8時間労働にしようということで、世の中に浸透していきます。
 その後、第一次世界大戦が終わって1919年に国際労働機関(ILO)という組織が結成されます。加盟している国の政府、労働者の代表、経営者の代表(「政・労・使」)の三者構成で組織されている国際機関です。この政・労・使で構成されている国際機関の第1号条約で、やはり1日8時間労働を世界の標準にしよう、という取り決めがされるのです。この頃は週休が1日ですから1週間で48時間労働が上限となります。ただし、これに加盟した国は必ずこれを守らなければいけないという強い拘束力は実はなく、そのルールに従いますという手続き(「批准」といいます)をすることにより、国内法を整備するという取り決めのルールでした。
 この時に日本の代表団も入っていたのですが、日本の経営者代表は「8時間労働なんてとんでもない」と言って大反対をしたという有名な事件があります。なぜ反対したのか。それは、当時の日本の労働実態が非常に長時間労働で、8時間とはものすごい格差がありとても守れないという実態があったからです。当時の労働実態は細かくお話はしませんが、参考文献で『女工哀史』という本をご紹介しておきました。これはノンフィクションだと教わってまいりましたが、当時の工場で働く方々の非常に劣悪な労働実態が記述されている本として、私たちの仕事をしている仲間の中ではよく知られている本です。もし機会があったら読んでみていただきたいと思います。
 そういうこともあり、日本は批准しなかったのです。その後に第二次世界大戦がありますが、戦争前に日本が世界からどのように見られていたかといいますと、実はやはり長時間労働、それから非常に悪い労働条件、賃金が安い、そういう中で安い品物を作って海外に輸出をする「ソーシャルダンピング」、つまり社会的ダンピングという国際的な批判がありました。
 そういう中で日本は戦争に負けてGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の統治下に置かれることになるわけですが、GHQの監督のもと日本が日本国憲法を制定していく際、憲法の中に労働三権の1つとして労働組合を作る権利を認めましょうと定めています。それで戦争が終わったら労働組合がどんどん増えました。また、それと並行して仕事の仕方や働き方も見直していこうということになりまして、労働関係の法律もいくつも新設されました。その中の最も重要なものが労働基準法ですが、そこで日本もついに1日8時間、1週間は48時間労働にしようと定めました。そして、それを超えると法律違反で罰則もありますということになるのですが、当時の日本の実態として、それでは生産力が維持できない。そこで労働基準法第36条に、働いている人の過半数で組織する労働組合、それがない場合は働いている人の過半数を代表する人と協定を結んで役所に届け出れば、1日8時間を超えて働いてもいいですよと逃げられる条文を付け加えました。その協定を36協定、「サブロク協定」と私たちは言っていますが、それが今も日本の中で純然と生きているわけです。

(2)高度成長期からバブル崩壊まで

 1950年代から日本は戦後復興、奇跡の復興を経て高度成長期に入っていきます。その中で日本の政・労・使で話し合って、日本がもっと豊かになっていくためには日本の生産力をもっと上げていかなければならない。ただ頑張って働くだけではなく生産性を向上していく。これもみんなで一生懸命やらなければいけないということになりまして、「生産性三原則」というルールを決めます。政・労・使で決めた約束事が三つあるのです。

[1] 雇用の維持拡大
 生産性が向上したら労働者が余ってしまうので、余った時には政府と民間が協力して、雇用は必ず守ろうという約束をしました。

[2] 労使の協力と協議
 生産性をどうやって上げていくのか。それは労働組合、働いている人と、会社がみんなで協議をして考えて決めていこうという約束です。

[3] 成果の公正な配分
 生産性が向上して、会社でいえば利益が上がる。そうすればその利益の分配は経営者、それから労働者、それから消費者、社会、国民の経済の実態に合わせてその実情の中で公平に分配しましょうという取り決めをして、それでは皆で頑張ってこの経済成長を成し遂げていこうということになりました。
 この一生懸命頑張ったおかげで、参考文献にありますが、社会学者のエズラ・ヴォーゲルが1979年に著した『ジャパンアズナンバーワン:アメリカへの教訓』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)といった、日本の経済成長は素晴らしい、日本の経営の仕方はすごいというような、日本を評価する本なども出されることにもなりました。
 それから、当時日本の復興を支えてきた日本型経営の三種の神器と言われる3つのシステムがありました。1つ目は終身雇用制度です。一度会社に入ったら定年で退職するまでずっと安心して働ける。そうすれば社員というのは会社に忠誠心というか持続心が生まれ、会社のために一生懸命働こうとなる。それが大事だということです。2つ目は、年齢が上がるごとに給料がだんだんと上がっていくようにした年功序列型賃金です。3つ目が企業別労働組合、今私たちの労働組合の形です。ヤマト運輸はヤマト運輸労働組合で活動する。そうするとそこで働いている人たちが労働組合の組合員ですから、自分の会社がもっと良くなった方が自分達も豊かになれるという気持ちですから、頑張ろうという気持ちになる。その三つがうまく機能することによって、この経済成長を成し遂げていくということでした。
 当時、どんどん経済が復興しまして、1950年代ですと皆さん信じられないかもしれないですが豊かな証というのが、白黒テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機、これらがある家が豊かだとなりました。だからそれが買いたいからみんな一生懸命頑張って働く。信じられないでしょうが、僕がまだ小さい頃は家の冷蔵庫は電気じゃなかったですから。本当ですよ。上に氷屋さんから買った氷を置いておき、その下にジュースとかを入れておく。僕が幼いころに電気冷蔵庫を買いましたけれども、そんな時代でした。
 それから1960年代になっても、豊かさを現す物はカラーテレビ、クーラー、マイカー、3Cとか言われましたけれども、これを持っていることが豊かな証ということでともかくみんな物を買おう物を買おうと頑張った。それで生活水準は実に奇跡の復活と言われるぐらいに上がったわけですが、いい時間は長く続かないという状況になっていきます。
 生活水準は上げたいという思いは非常に強かったのですが、もう一方で分配された利益を労働時間の短縮に結びつけることにはあんまり目が行かなかったわけです。ともかく物が買いたいから、新しくする。それで当時のリゲインのCM(1988年放送)じゃないですけれど、「ジャパニーズビジネスマン、24時間働けますか」。本当にこういう状況になったわけです。そうすると、やがて戦前と同じように貿易摩擦が起こります。
 つまり日本は働き過ぎの状態で安いものを世界各国に輸出をして、世界の労働者の首を絞めているということになり、日本製品の不買運動ですとか、当時ジャパンバッシングとか言われましたが、日本の車をハンマーで叩き壊して、みんな日本を世界から締め出せ、などといったことをやられたわけです。
 それで政府もまずいぞということになりまして、どうしたらいいでしょうかということで、1985年に中曽根康弘内閣総理大臣(当時)の私的諮問機関として設置された「国際協調のための経済構造調整研究会」に調査と報告をお願いしたら、1986年に報告書(この研究会の座長であった前川春雄日本銀行総裁(当時)の名前に因んで「前川リポート」と称されています)が出されました。その中に、日本人の働き方を直していかないと世界との貿易摩擦は解消できないですよという提言があり、それで政府も労働時間短縮へ一気に舵を切ろうと頑張ろうとしたのです。労働基準法も労働時間の上限を引き下げました。1週間48時間を40時間にしようよということで、それから有名な法律ですが「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法」を作ります。私たちは時短促進法と呼んでいましたけれど、目標は日本人の労働時間を年間1800時間にするという取り組みを始めました。
 ところが、こういう取り組みをやって少し時間が経った時に、日本ではもう一つの現象、バブルの崩壊が起きてしまいます。一気に経済成長してきたのですが、一気に崩壊してくる。あの時は生活不安に陥るくらいに景気が悪くなっていきました。そしてもう一つ、国際競争でどんどんグローバル化が進んでいますから国際競争力は維持しなければならない。しかしこれらの一方で時短もしなければならない。さあどうしたらいいだろうということになりました。
 そして、1995年に日経連(当時)が『新時代の日本的経営-挑戦すべき課題とその具体策』という提言の中で一つの考え方を示したのです。端的に言いますと働き方に柔軟性を持たせよう、もっと流動的にしよう、そしてトータルの労働コストは下げて行こうという考え方です。日本人の働き方を3つに分類しようということで、長期蓄積能力型、これは今まで通り終身雇用で雇っていって長く使おう。それから高度専門能力型、これは専門能力が必要なときだけ使えばいいという考え方です。それから雇用柔軟型、これは仕事が忙しいときだけ雇えばいいという考え方です。こういう3つの労働者の使い方に労働者を分けてしまおう。それから給料の制度も今までの年功序列ではなく成果主義でもっと成果、成績を上げた人にあげよう。それから、もっと資格を持っている人たちは優遇しよう。優秀な人たちには給料をたくさん払ってそうでない人たちにはそれなりの給料ということで、体制を作っていこうということになったわけです。

(3)長引く景気低迷と少子高齢化

 新しい体制ではいろんなことが起こってきます。これは労働組合としての分析になりますが、2000年代に入ってからも景気の低迷はずっと続いて、その一方で少子高齢化が起きています。働き方はどうなったかというと、派遣とかパートで働く人が、政策に基づいてどんどん増えていき、企業はみんな正社員で雇うということをやめていく。そして、残された一握りの正社員は長時間労働のまま据え置かれてしまうという社会現象が起きてきました。フリーターなどという言葉がこの当時流行りはじめ、新しい働き方などと言われましたが、記憶に新しいところでは年越し派遣村といって、派遣切りにあって生活ができなくて公園でテントを張って年を越さなければならない派遣労働者の人たちが増えてしまった。そんな社会問題にまで発展するほど労働が荒んでしまったのです。
 少子化で人が足りないからもっといい条件で人を雇った方がいいのにと僕は思っていましたが、これからは「女・老・外」、変な言葉ですよね。女性と老人と外国人を使っていけばいいということになってきたわけです。今もこれは続いていて、だから女性を仕事に就かせようというようになり、老人というか60歳を超えてももっと働くようにして、外国人労働者の受け入れも緩和してきた。正直言って、日本人の働き方はもはやぐちゃぐちゃになってしまったなと私は感じてきました。
 そのようなことが社会問題になり、政府も、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を実現するため、2007年12月に関係閣僚、経済界・労働界・地方公共団体の代表などで構成する「官民トップ会議」において、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」を策定しました。生活ができない労働者がいっぱいいる中で、正社員は長時間労働に置かれている。これを政・労・使の三者で力を合わせて直していこうということで、日本の政府が改めて考え方を変えていこうという状況になりました。
 その後政権の交代などもありましたが、労働に関する法改正や制度の見直しが行われています。1つは派遣労働の関係ですけれども、これは企業の要望が強いせいか、派遣労働がどんどん増える方向で話が進んでいます。それから女性の活躍推進です。女性がもっと社会に進出して活躍できるようにしましょうということです。私たちの関係するトラックにおいては、国土交通省が設けている「トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会」の中でも、トラックはちょっと長時間労働が過ぎるので改善しなさいという話も出ました。その関連も強いのですが、宅配便の再配達の削減もしましょうということで進めています。長時間労働もあるけど環境問題もあるということです。
 それからもう1つ、中小企業の60時間以上労働に対する割増賃金の適用猶予措置の廃止です。本来、1日8時間以上働くと残業手当は25%割増になりますが、月60時間以上になると50%割増になる。これが日本の法律です。ところが、従業員が300人未満の中小企業の場合には25%しか割増で払わなくていいという。変な法律ですよね。法律で払わなければならない残業手当の割増率が会社の規模によって違うのですから。しかし、こんな制度はやめましょうということになって、2019年に廃止になると思いますが、これは労働時間の短縮に効果がありそうです。
 あとは今検討中ですけれども、高度プロフェッショナル労働制度と称して、残念ながら高給の人たちには残業手当を払わないようにしてもいいではないかということを政府が検討しているようですが、これはどっちの方向へ持っていきたいのか。ワーク・ライフ・バランスで力を合わせようと言ったのですが、これではなかなか政・労・使の息が合っていないというのが、どうも今の置かれている状況ではないかと思います。

2.トラック産業の労働時間

(1)平均労働時間と実態

 厚生労働省から発表されている年間の労働時間の推移ですが、どうやら近年においては、1800時間くらいに何とかできたということになっています。ただこれから皆さんが社会に出られて会社に入られて社員になった時に、1800時間ではないじゃないかとびっくりすると思います。この時間は先ほど言いましたとおり、パートさんや派遣の方を含めた日本人全体の平均時間ですので、平均としては1800時間くらいですけれども、正社員は労働時間が高止まりしているというのが、社会の現実です。
 ではトラック産業はどうだろうということで、直近の2013年に私たちの組織、仲間同士で調べたら2626時間ということでした。他の産業でもフルタイムの人はおそらく2200~2300時間くらいにはなっているのかなと思いますけれども、比べると1年間に400時間~600時間くらい多く働くという産業になってしまっています。

(2)長時間労働になる要因

[1] 労働基準法(第36条)の時間外労働の上限規制から除外
 トラックの産業が長時間労働になることにはいくつか理由があります。1つ目の大きな原因は、労働基準法第36条に則って時間外労働ができますが、実は一般の企業では36協定を結んでも、1週間だと15時間以上、1か月だと45時間以上残業を認めてはいけないという上限が大臣告示(「時間外労働の限度に関する基準」)で定められているのですが、トラックと建設業は実は残念なことに適用が除外されていることです。トラックは別の大臣告示(「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」)という形で、逆に1か月293時間、1年間3516時間までは拘束してもいいとなっていますので、なかなか直しにくい。

[2] 残業依存型の賃金体系
 それから給料の体系も、奨励給というか歩合給に偏っていて、残業することによって、生活できる水準の給料を何とか賄っている中小企業が多いです。だから、労働時間が減ると賃金が下がってしまうので、労働時間を短縮したくないという現象がある。

[3] 価格(運賃の値下げ競争)
 それにもう1つ拍車をかけるのが、運賃の価格競争です。今は景気が悪い。そうすると荷物が減ります。荷物が減ってくると、安くてもいいからうちに荷物を出してください、運ばせてくださいという現象が起きます。そうすると運賃がどんどんダンピングしていきます。ダンピングをすると経営が苦しくなりますから、そこを長時間労働で穴埋めせざるを得ないということが起きてきます。

[4] 待機時間の異常な長さ
 私どもはあまり関係ないのですが、大半のトラックは荷主さんに待たされるということもあります。荷物を工場に納めに行ったり引き取りに行ったりすると、まだでき上がってないから待っていてくださいと2時間、3時間待たされる。そして荷物を降ろしに行ってもまた、まだ準備ができてないから待って欲しいとなる。こういうことは非常に多く、政府もなんとかしなければということになっています。

[5] 労働集約型の産業の特性
 最後に労働集約型の産業の特性として労働コストの比率が高い、つまり人件費比率が高いことです。
 例えば1か月に800時間分の仕事があるとします。これを4人でやると一人が200時間ずつ働ければいいということになります。基本給が30万円だとして残業手当が9万4千円、ボーナスがありますから、これを毎月の給料に振り分けて加算すると月に10万円、それから社会保険料とか採用の費用、教育の費用、制服、それから福利厚生にもお金がかかる。つまりその他の経費というのもかかってきますから、これが12万円くらいだとしてトータル4人だと246万円でこの仕事はできますね。これを5人にすると、1人あたり160時間で済みます。時短は達成できますが、社員の方は残業、超勤手当は無くなるわけです。9万4千円減ってしまう。これは給料が減ってしまうので嫌ですよね。では会社はどうなるのか。残業手当が減るならいいじゃないか。そうでもないのです。ボーナスは労働時間が短くなっても減りません。ボーナスは同じ金額がかかってきます、社会保険料は給料が減りますので若干下がりますけれども、固定費としてはそれほど下がらないということで、5人分にかかるトータルの人件費は250万円くらいになってしまう。つまり単純に労働をシェアするだけだと、会社は持ち出しの人件費が増えてしまう。そして一方で働いている人たちの給料は単純に減ってしまう。これが、労働時間を短縮していくのは難しいということの背景だと皆さんに知っておいていただきたいと思います。

3.利害関係者と利益の分配

(1)企業活動とステークホルダー

 他にも、会社が企業として成り立っていくために避けて通れない問題があります。企業活動には利害関係者、ステークホルダーともいいますが、そういった人たちが必ずいます。

[1] お客様
 お客様が何を望んでいるかというと私どもでいえば良質なサービス、製造業でいえばいい商品です。性能のいいものを買いたいと思いますよね。しかもできるならできるだけ安くという要望が一般的です。お金持ちの人で高い方が嬉しいという人も中にはいるかもしれないですが、大半は安い方がよろしい。

[2] 社会
 企業と言うのは社会にとって有用なものでなければなりませんから、社会に対する還元をしなければならない。安全対策も強化しなければならないし、私たちでいえばトラックはCO2(二酸化炭素)を出していますから、それを削減する努力だってしていかなければならない。あるいは企業のメセナ活動といいますか、企業の社会貢献活動として地域貢献サービス、お金がかかっても無償でやらなければならない活動もあるわけです。

[3] 株主
 株主も大切です。企業にお金を投資してくれることでその企業が成り立つわけですから。株主のご希望というのは適正な利益をその企業に上げてもらいたい。つまり利益を大きくしてもらって配当も大きくしてもらいたいということで、経営者と似ています。利益が大きい方が嬉しい。

[4] 社員
 それから働く人たち、私たちもステークホルダーになるわけですから、企業に働き甲斐を求めますし、きれいな職場環境、それから適正な賃金とか労働時間を求めます。
 利益もお金がかかることも、何とかみんなクリアしていきながら経営していかなければならないですから、相反するものをどうやってクリアするのか。そんな魔法みたいなことができるのか。しかしこれをやらないと企業活動は成り立ちません。

(2)生産性向上の配分は労使交渉(協議)で決める

 先ほど言った、どう分けるのかというのが、生産性向上の成果の分配です。お客様にこれくらい、株主にこれくらい、社員にこれくらいというのを分けなければならない。これを会社が一方的に決めるのは労働組合がない会社です。社長が役員会などを開いて、社員の給料はこうしようと、そこで決める。労働組合のある会社はその配分は会社と働いている私たちが協議をして決める。ここが大きな違いです。
 会社と私たちが交渉するというシーンは、例えば団体交渉や労使の委員会、日常的な会議などいろいろありますが、労働条件とか会社の中の制度、安全対策や品質向上・・・こういったあらゆることに対して働いている人たちと会社が協議をして、これならいいよね、これをやろうと決めて取り組みを進めていくわけです。
 ヤマト運輸の団体交渉は、本当に真剣勝負といいますか深夜に及ぶこともあります。この交渉で最終的に決定(「妥結」といいます)できないと、ヤマト運輸労働組合は翌日からストライキに入るわけです。すべての組合員に指示をして、宅急便を全部止めなければならない。労働組合から止めろという指示があれば全部止まってしまう。だから会社も真剣です。そうしてお互い話し合いながら取り分を決めていく。
 どんなことを私たちが話し合うか。年末の一時金については1人あたりいくら払ってください、それくらい私たち頑張っていますからというような感じですね。でも賃金だけではないです。労働時間をきちんと約束通り守りましょうとか、来年の労働時間もさらに16時間減らしてくださいなどというのが私たちの要求です。その他にも安全の対策ですとか品質をどうやって向上させるとか、あるいはコンプライアンスをどうやって守っていくかとか交渉内容が多岐に渡っています。会社の経営に対して組合員みんなが改善点を会社と交渉して変えていく。それが労働組合のある会社のやり方になります。
 こうやって交渉でお互いに納得したら、労働時間短縮のための目標を決めます。つまり約束事ですけれども、今年で言いますと、私たちの働く時間はどんなに長くても1年間で2460時間以内にして下さい、これ以上はだめですよということで、会社と約束をしています。
 休日は1年間で117日とすることも約束しています。それから年次有給休暇についても、最低でも6日間は誰でも取らせて下さい。それから全社員が必ず1年に1回は1週間連続で休みが取れるように勤務交番表を組んでくださいということです。いろいろありますが、少しずつ確実に労働条件、賃金を守りながら交渉していくということになります。

4.労働時間短縮に向けた創意工夫

(1)作業効率を上げる

 どうやって時間短縮を進めていくかということですが、皆さんだったらどうしますか。時間短縮で一番簡単なのは急ぐ、「歩くな、走れ」となる。でもそんなことは長続きしないですよね。働いている人だってちょっといいかげんにしてくれ、となる。だからそういう手法はできない。ならばもっと簡単な手法があります。時間短縮しているようにごまかす。これをやりますと、ブラック企業という汚名を今は与えられることになってしまいます。ではどうやってステークホルダーに分配しながらさらに時間短縮、さらに賃上げをやっていくのか。先ほど言った生産性向上運動がものすごく大切になります。時間短縮をするということは、その仕事の生産効率を上げるということと大変密接に関連しています。

[1] 荷物を増やす
 例えば一番簡単にうまくいったのは荷物を増やすというものです。宅急便というのは1個1個荷物を配達して行く。一回のコースで荷物が10個あったら生産性は10ですよね。荷物が増えて一回の同じ距離のコースで荷物が20個あったら、単純に言って時間は少し増えるけど生産性は倍くらいになる。つまり仕事の密度が高くなります。だから荷物を増やすことにした。これはものすごい効果がありました。荷物が増えれば増えるほど仕事が楽になる。信じられないほど楽になりました。でも今はもう通用しません。もうこれ以上の密度を上げるのは無理となりました。

[2] ボックスシステム
 それから次はボックスシステムです。大型のトラックに荷物を早く積み込まなければなりません。全部の荷物を手で積み込むと熟練した人でも2時間くらいかかるので、キャスター付きのボックスを開発し、大型トラックに18本、それに荷物を入れてトラックに積み込むことにしました。ボックスごとに積み卸しするので今は大型トラック荷物を降ろすのに5分もかかりません。ボックスを買うのはお金かかります。積み込める荷物も少し減り、積載効率は悪くなりますけれども、結果的に時間を短縮することによって生産性が向上してそれを上回る成果が出ます。これは当社で始めたことですけれども、今は多くの会社で真似をされているようです。

[3] 集配車両専用車の開発
 それから、集配車両の開発もやってきました。ウォークスルーというのですが、皆さん見たことがあるかもしれません。忙しいドライバーが仕事しやすい車を作ろうということで作りました。昔はハイエースで仕事をしていて屋根が低く、荷台でドライバーさんは屈んで仕事しなければなりませんでした。それだと大変なので、立ったまま仕事ができるように屋根の高い車にしよう、となりました。それから横にドアを開く車だと、交通事故が起きる可能性があります。それでは危ないからスライドドアで降りられるようにしました。毎日何十回と荷物を降ろしますから行ったり来たり車の後ろに回らなきゃならないのは大変なので、運転席と荷台をつなげ、荷台の中側から荷物を持ってそのままお客さんのところに行けるようにしましたが、それだけでも全然生産性が違います。

[4] 機械化
 それから機械化です。荷物仕分けの処理能力を上げるというのも頻繁に繰り返しています。いま私どもの荷物仕分け基地(「ベース店」といいます)は全国に70か所ありますが、そこでは大変な量の荷物を取り扱っていて、仕分けが大変です。荷物を各方面へ振り分けていくのですが、今は最新型でフルオートマチックです。昔は人の手でベルトコンベアに乗った荷物をこれはあっち、これはこっちと分けていました。それでは生産性が悪いということで、フルオートマチックに切り替え、一番速い機械で1時間に4万8千個が方面別に仕分けできる。こういうことも効率を上げることに役立っています。

(2)業務分離

[1] アシストシステム
 ドライバーさんというのは、ヤマト運輸にとってみればスペシャリストです。集配とお客さんのところで営業をしますので、ドライバーさんから余分な仕事を取ってあげよう、そうすればもっと効率が上がるということになりました。今まで一番時間がかかっていたのは、朝に荷物を仕分けしながら配達伝票を抜き、回る順番や降ろす順番を考えながら積み込んでいく。これに下手な人だと1時間くらいかかってしまう。うまい人でも30分ぐらいかかる。ならば、それを別の人にやってもらえばいいではないかという。発想は単純ですが、うまく行くまで大変時間がかかりました。でもこの仕組みがうまく回っている店はものすごく労働時間短縮に効果が出ている。こういう方法も試してみました。

[2] チーム集配(FC戦略)
 例えばマンションや団地への配達は階段があって、マンションだと今はみんなオートロックになっていますから実はものすごく時間がかかる。しかし、番地や部屋番はものすごく簡単ですから、宅配自体はプロのドライバーさんでなくてもできるので、FC(フィールドキャスト)さんという、パートさんが多いですが、その人たちに集まってもらって一斉にやってもらう。このような作戦を組むことでものすごく生産性が上がりました。

[3] バス停方式(DNT)
 それからバス停方式も、不思議ですが仕事をしながら気が付きました。住宅の密集地などに配達に行った時、車でこんな狭いところをぐるぐる回っているよりもどこか一カ所に止めて台車に入れて、台車で運んだ方が早いじゃないかということでやってみたら本当にそちらの方が速い。何回テストしてみても速い。エリアが決まっているのでバス停ということで、適応するところしか通用しないですけれどもやりました。
 バス停方式にしたらもう一個メリットが出て来ました。それは順番に組む必要がなくなったことです。バス停毎に荷物が纏まっていれば、行って荷物を台車に乗せて運べばいいですから、朝の面倒な作業をしなくて良くなりました。

(3)業務量の予測

 業務量の予測ですが、例えばバレンタインデーとか母の日とか、どのエリアでどのくらいの量かを分析しています。もちろんそれができなければきちんとした配達の体制も作れませんから、とても大事です。オーバーフローしないようにしなければいけない、無駄がないようにしなければいけないということで、これも昔は職人芸でした。経験と勘で、何曜日だから、雨降りだからとか、そういう風にやっていたわけです。今はこれまでの集配記録が全部コンピューターに蓄積されていますから、今流に言うとビッグデータを解析することによって、どのエリアにどれだけ荷物が行くのかということの予測ができるようになり、精度も高くなってきて生産性がだいぶ上がってきました。

(4)不在再配達をなくす

 これは国土交通省も取り組みを強く後押ししていますが、不在再配達をなくす。時間帯指定配達は、何時から何時に行きますというサービスなので、お客様にとっても良いですよね、いつ頃来るというのが大体わかりますから。不在でもう一回届けに行くより、お客様がいる時間が分かった方がうちにとってもラッキーです。うちもハッピー、お客さんもハッピーだから時間帯を指定しても追加料金はいただきません、必要ないということでやらせていただいています。しかし、その時間指定がうまくいかない時がある。これは皆さんにもお願いしておきますが、時間を指定しておいて家にいないのは本当に困ってしまいますので、よろしくお願いします。
 それから宅配ボックスです。今はマンションがこれをどんどん普及させていますが、これも政府が力添えしています。不在でもどんどんお配りできますし、お客様も家に帰ったときにポンともらえる。
 それから現在進めているのが、コンビニでの受け取りです。これなら24時間いつでも受け取れますよね。今は受け取れるコンビニが運送会社各社で違っているのでご迷惑をかけますが、いずれはみんな協力してまとまればいいなと思っております。

(5)IT化

 最後に、IT化というのはあらゆるジャンルで生産性向上に役立っています。これまでも様々なシステムを組みながら事務的な作業なども軽減してきましたが、ドライバーさんの意見やみんなの意見を取り入れながら、新システムを導入しようとしています。

 生産性の向上としていろいろと言ってきました。具体的な数値を資料に掲載することはできませんが、10年間の労働時間の推移を見ますと、年間で約100時間程度短縮することに成功しました。また給料も、ボーナスは業績によって変動しますが、生活に支障が出ないよう、安定した一定の幅の中で支給され、組合員一人当たりの月給についても10年前より増やしているということになっております。もちろんこれで十分とは私たちも思っておらず、労働時間に関しては他の産業に近づくよう、給料につきましても引き続き上げる努力をして行こうと思っております。しかし、取り組みの成果としては、やってきたことは無駄ではなかったと思っています。

5.まとめ

 宅急便を日本で始められたのが私どもの会社の社長だった小倉昌男さんという方なのですが、その方から教わってきたことをお伝えしたいと思います。1つは企業活動というのは常に変わるべきものと、変わってはいけないものとを常に意識しなければならないということです。変わるべきものというのは、商品や営業の方針、働き方といったものは時代のニーズや変化に合わせて自分たちで考えながら変えていい。逆にいいますと、1つうまくいっているからといってそのことだけをずっと続けていると、いつしかそれは企業衰退につながっていくので、自分たちで変えるべきものを発見して勇気を持って変えていきなさい。こう教わってまいりました。
 労働時間に関しては、トラック産業というのはやはり労働時間が長いということもおっしゃっていただいて、家族と過ごす時間、友人と過ごす時間、社会で過ごす時間、そして自分の時間というものは人生にとってとても大切なものだから、みんなで努力して労働時間は短縮して行こうと言われました。
 もう一方で、変わるべからざるものというのがありまして、企業の経営理念は変えてはいけないということで、私どもの会社ではサービスが先で利益は後ということです。どこの会社でもそうだと思いますが、お金を儲けるためにこういうことをしようと考えても、そういう考え方ではうまく行かない。やっぱり常に世の中がもっと便利になる、もっとお客さんに喜んでいただけるようにする、それを企業として収益にどうやってつなげられるかを研究しながら仕事をしていく。その順番が逆になったら本末転倒です、ということを教わってきました。
 会社の人たちというのは特に収益が先でサービスが後になる傾向があるので、ここは労働組合の方がよく注意して会社を見ていく必要があるとおっしゃったこともありました。それから全員経営、つまりみんなで考えるということを大事にしている方で、一人の経営者があれこれと考えることもありますが、そんなものは小さいもので、ヤマト運輸14万人の社員一人ひとりが、もっとこうしたらいい、ああしたらいいと考えることが重要で伝統として続けていきたいということでありました。
 最後に、健全な労使関係も絶対に変えてはいけないということで、労働組合というのは会社の神経みたいなものだということでした。会社というのはうまくいく時もあれば、現場で様々な問題が起きている時もありますが、実は会社の管理職のラインというのは現場のまずいこと、うまくいっていないことをなかなか上司に報告しないから、悪いことというのはほとんど社長の耳に入ってこない。しかし会社を経営していますと、本当は問題が起きていることを早く直すことが一番会社をうまく経営することで、そのことを伝えてくれるのが労働組合なので、そういう役割をしっかり担っていただきたい。そういうこともありまして、会社と労働組合が常に協議をしながら進めていくというのが、私たち会社のやり方ですし、労働時間短縮につきましても努めさせていただきました。
 今日の話はみなさんがノーベル賞を取るような話ではないですが、社会に出るに当たり少しでも役に立っていただければありがたいなと思っております。
 今日は長い時間聴いていただき、ありがとうございました。


戻る