埼玉大学「連合寄付講座」

2014年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第5回(10/29)

労働時間を短縮する

全国本田労働組合連合会(全本田労連) 副会長 上田 裕一郎

1.自動車総連・全本田労連について

 私の出身企業のホンダ開発株式会社は、本田技研工業株式会社の関連会社で、ホンダグループ企業の福利厚生全般業務を担っています。具体的には、ホンダの工場内にある社員食堂の運営や、グループ企業の皆さんに、自動車保険を団体割引で提供したり、転勤をする時の社宅の手配、本田技研工業の人が国内外に出張に行く時のチケット手配や海外駐在のビザの手配など、ホンダやグループ会社の円滑な事業運営のサポートをする仕事をしています。
 自動車総連は、名前のとおり自動車関係の会社にある労働組合の連合体です。12組織が加盟し、76万人の組合員がいます。それぞれが商売上の競争相手ですが、自動車産業全体で取り組んだ方がいい課題、例えば政策制度の実現、賃金や労働時間などの改善を団体戦で進めるために集まっている産業別組合です。
 自動車総連の12加盟組織の1つが全本田労連で、ホンダのグループが現在45組合、7万8千人の組合員がいます。個別の組合では難しい課題を、グループで集まり、解決していきます。基本理念は、相互理解と自主自立を掲げ、お互いの状況を理解し、尊重しましょうというのが一つです。「全本田労連がやってくれるだろう」と他人事にせず、基本的には一つ一つの組合が、主体的に活動し、その集合体として、全本田労連という組織を強固にすることを目的とし、理念もそれに沿うものとなっています。
 ご存知のとおり自動車産業は裾野の広い産業で、日本の労働者の約1割が自動車産業で働く人だと言われています。労働組合も、ナショナルセンターである連合の約1割が自動車総連です。さらに自動車総連の約1割が全本田労連ですから、全本田労連で起きていることは、全労働組合の縮図と考えられると思っています。

2.労働時間に関する基礎知識

 労働時間には労働基準法で決められた法定労働時間と、会社で決める所定労働時間があります。労働基準法では、原則1日8時間、1週間40時間と決められています。また、時間外労働と呼ばれる残業や休日出勤などもそれぞれに条件があります。
 時間外労働をさせる会社は、労働者の過半数で組織する労働組合、それが無い場合は労働者の過半数を代表する者と協定を結び、その協定を行政官庁に届け出ることになっています。労働基準法第36条に定めがあることから、一般に「36(さぶろく)協定」とも呼ばれていますが、これが無いと時間外労働はできないことになっています。また、36協定による時間外労働には割増賃金を支払うことが法律で決められており、アルバイトにも適用されます。ちなみに年次有給休暇も、一定の条件を満たせばアルバイトにも付与されます。
 時間外労働は、労働組合と36協定を結ばなければならないので、ある意味では、労働者側にイニシアティブがあります。もし、各都道府県にある労働基準監督署による突発的な立入検査で摘発されれば、労働組合は何をしていたのかということにもなります。そういったことも含めて、時間外労働についてはしっかり取り組む必要があると感じています。

3.データで見る労働時間の現状

[1]長時間労働がもたらすリスク
 データで労働時間を見るといろいろなことに気づかされます。まず、年間総労働時間ですが、右肩下がりになっていて一見減少しているように見えますが、その中身を詳しく見ると、8時間のフルタイムで働く人は、ほぼ横ばいです。つまり、急速に増えているパート労働者によって、全体の労働時間の算出が少なくなり、総労働時間が減っていることがわかります。

 次に国際比較ですが、週当たりの労働時間は、欧米に比べて日本は49時間以上の層が相当高くなっています。

 年次有給休暇の取得率は、5割を切っている状態がずっと続いていて、長時間労働者の比率が高い韓国(前図参照)よりも、日本は取得率が飛び抜けて低いというのが現状です。

年次有給休暇取得率の国際比較

 年次有給休暇の取得率が上がらない理由の一つに「皆に迷惑がかかるから」という意識が強いことがあります。日本人の美徳といわれることが、労働者の権利である年次有給休暇の取得を阻む原因の一つになっているのかなと思います。

厚生労働省意識調査「年次有給休暇取得に対するためらい」 ※平成12年と平成24年比較

 その一方で、労働時間が長かったり、休暇がとれなかったりすると不満に感じる比率が高くなります。また、長時間労働が自分の健康によくないということがわかっているという結果があります。

厚生労働省調査「従業員の労働時間と休暇に関する調査(労働者)」

 会社側の意識も、長時間労働をさせると、メンタルヘルスや心臓疾患の増加、仕事への意欲の低下、生産性の低下といった影響が出ると感じているということです。

厚生労働省調査「従業員の労働時間と休暇に関する調査(企業)」

 こういった結果から、働いている人と働かせる人の両方が、長時間労働が様々なリスクにつながることを感じているということになります。

[2]労働災害との関係
 労働災害というのは、勤務中に被った負傷や病気に関しては、使用者の責任で療養費用や休業中の賃金補償が労働基準法で定められているというものです。ただ、労災請求の決定及び支給件数を見ると、請求をしても実際に労災と認定される件数はそんなに高くありません。
 長時間労働などの過重な労働負荷は、脳・心臓疾患を発症させる場合があり、そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は労働災害として取り扱われています。長時間労働の中で、脳・心臓疾患患者の時間外労働時間を割り出したものでは、1か月平均で見ると、80~100時間が最も多いことがわかります。

出所:厚生労働省「平成24年度『脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況』」

 皆さんはメンタルヘルスという言葉を聞いたことがあると思いますが、2011 年12月に厚生労働省が公表した精神障がいの労災認定基準では、長時間労働は精神障がいの重要な要因の1つとして位置づけられています。ただし、精神障がいにかかる労災請求の決定・支給の支給率は、先ほどの脳・心臓疾患よりもっと低くなっています。メンタルだと、それが業務上に関わることなのかの判断が非常に難しいと思います。

出所:厚生労働省「平成24年度『脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況』」

 労働災害は、初めから申請を諦めたり、封印されてしまったり、制度を知らなかったりするケースも想像され、実態はここに表れない件数が相当あるのではないかとも考えられます。

[3]長時間労働と年次有給休暇
 労働時間が長い人ほど有給休暇を取れないということがデータで示されています。

 企業に責任があるのか、職場内でのことなのか、個人の問題なのか、ブラック企業やブラックバイトの問題も取りざたされています。若い人の過労死や自殺などの事例を見ると、労働組合としても、一個人としても絶対に許せないと思っています。

4.労働時間短縮の意義

 ワーク・ライフ・バランスを一言でいうと、「有意義な人生を送るために、仕事と生活の調和をとりましょう」ということになります。2007(平成19)年12月に、政労使のトップが集まって会議を開き、そこで「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」を策定しました。その中では、日本がこれからめざすべきこととして、結婚や子育て、健康の保持、地域活動や、充実した時間などがキーワードとして挙げられています。
 私たち労働組合の役割は、働く時間を効率的にして、労働の価値を高める。そしてそのアウトプットに対して適正な賃金を求めていくことです。労働時間が短くなったからといって、必ずしも賃金が下がるということではありません。
 労働時間短縮は、心身の健康や、働きやすい職場にもつながるということです。また、自由時間を充実させることで、勉強ができたり、人との出会いの機会が多くなったりして、結果的にはそのことが人間的成長につながり、仕事にも反映されることになります。そして、家族といる時間が増えるということで、今日本の最大の問題である出生率のアップにもつながるのではないかと思っています。
 会社の中でも、従業員の満足度が上がることになるので、多くの人材が集まりやすくなり、優秀な人を労働力として確保することが可能になります。さらに、効果的・効率的な働き方が工夫され、それにモチベーションが加わり、生産性の向上につながる。生産性の向上が達成できれば、当然企業の収益が上がる。その収益から、賃金が上がるというサイクルを描き、活動を進めているところです。
 私たちは、ワーク・ライフ・バランスというのは、労働者だけの問題ではなくて、企業、さらには社会の側から見ても有益なことだと思っています。また、それら三者が協力して取り組んでいかなければ、決して達成することはできません。

5.自動車総連・全本田労連の取り組み

[1]自動車総連の取り組み
 自動車総連では年間モデルカレンダーの設定という取り組みをしています。製造業全般に言えることですが、自動車産業は、工場を全部止めてしまうと生産効率が落ちてしまうので、祝日に出勤することも多い産業です。その代わりに5月の大型連休や、夏季休暇、年末年始といった時に連休を多く取ることが定着していて、前もって年間カレンダーを決めます。このようなカレンダーを設定することで、休日をしっかり確保すると同時に、産業の効率を高めることになります。そして、働く人にしてみれば、取れる休みが早めにわかっていれば旅行計画などを立てやすいということもあります。しかし実際には、お客様の都合や仕事の忙しさから、計画通りに休みがなかなか取れないということもあります。
 また、2006年から「START12の取り組み」も開始しました。これは、加盟組合が、業種、経営状況(収益・繁閑など)、労使関係などに応じて総労働時間短縮の三要素である、所定労働時間、時間外労働時間、年次有給休暇について目標数値を3か年計画で設定し、毎年、実績確認をしながら、着実な労働時間短縮を図る取り組みです。
 自動車総連は労働時間に関する基準を設定しており、達成状況を見ると、ホンダやトヨタ、日産など大きな組合は、この基準をほぼクリアしているのですが、全ての組合が達成しているわけではありません。しかし、自動車産業の底上げは産業の魅力につながるということで、上部団体の基準を拠り所にして、それぞれの組合が達成に向けて現場で取り組んでいるところです。

[2]全本田労連の取り組み
 全本田労連では、「全ての組合が参加できる運動」を前提に、「基盤整備」「目標設定」「具体的な取り組み」という3つのステップを基本に、総労働時間1,800時間台を実現していくように進めています。
 まずは「基盤整備」として労働時間の実態把握ができる仕組みと課題解決に向けて労使で話し合いができる場を作ります。その上で、労働時間に課題がある部分に目標数値を設定し、達成に向けた具体的な取り組みを進めるステップを踏みます。
 具体的取り組みは、第一に所定休日を増やすということで、自動車総連基準である1,952時間を達成していない組合は、生活改善闘争時に要求するようにします。課題は、営業時間の短縮が顧客のニーズに応えられなくなることや、収益への影響を懸念して会社側の理解が進まないことです。また、ホンダグループにおいては、メーカーである本田技研工業の動向が大きく影響することも現実です。
 第二は、時間外労働の削減です。労働組合のスタンスとしては、「やむを得ない場合に、必要最小限で行うのが望ましい」という観点を持ちながら、チェックをするのが大事ということです。チェックは、「36(さぶろく)折衝」という事前協議で行います。確認項目は、「必要性は理解できるか」「時間外の労働は臨時的もしくは一時的なものか」「36(さぶろく)協定に即しているか」「特定個人への負荷集中はないか」などです。こういった折衝を組合側と会社側でやっているのが、時間外労働に対する一番の大きな取り組みです。
 時間外労働は、取り組んですぐに成果が出るものではありませんが、休日出勤や残業は、組合員の健康にも関わることなので、今後も手を抜かずに取り組んでいかなければならないと思っています。
 第三は、年次有給休暇(有休)取得を増やすという活動です。労働組合では、有休は、時間という形で支払われる賃金の一部なので、与えられた日数を取得しないことは、言い換えれば賃金の一部を放棄することと同じだというスタンスで臨んでいます。
 全本田労連の平均有休取得率は、年間で11日です。勤続5年以上の人は年間で20日間付与されている人が多いので、半分くらいしか取っていないということになります。販売店になると年間で7日くらいというのが現状です。また、「有休カットゼロ」になるよう、それぞれの組合で目標を掲げて取り組んでいるのですが、業種ごとの組合員の意識や各会社の理解度により、カットゼロ達成組合は、半分弱にとどまっています。
 このような状況の中で、全本田労連では、有休を取得しやすい環境づくりということで、有休カットゼロ運動の推進、有休取得に関する会社との折衝、また、組合員の有休取得に対する意識向上のために組合員一人ひとりと話し合ったり、広報活動をしたりしています。さらに、有休取得実績管理表を作成し、組合員の取得状況を把握し、組合員や会社に働きかける、リゾート施設やスポーツクラブなどの契約・紹介など自由時間活用の素材を提供したり、旅行などを念頭に最大5日連続で取得できる制度を労使で推進したりしています。
 有休取得についても経営者の理解が不可欠となります。そのため労働組合では、労使会議などの場で、経営者に「有休取得の環境づくり」を要請しています。その一方で、組合員の意識を変えるということもあります。長時間労働でもそうですが、中には取得意識が少ない人もいて、その人たちの意識を変えるということが非常に難しいです。地道に根気強く、年次有給休暇の意義などを話し合い、周りの人のためにも取得を促していくような活動をしていく必要があると思っています。
 労働時間短縮の活動については、めざすところにまだまだ達していないというのが現状です。ただし、この活動は組合員の有意義な人生につながるという信念を持って、一歩ずつでも前進するように努力を続けているところです。

8.労働時間にかかわる労働法制の動向

 現在、ホワイトカラー(中・下級管理者、専門職従事者、事務、販売に携わる非現業部門の雇用労働者)を対象に、先ほどの法定労働時間による労働時間規制の適用をなくし、成果で賃金を払うというホワイトカラー・エグゼンプションを導入しようという議論が国会の中でされています。その中では、対象を年収によって制限するとしていますが、決める前はいろいろと反対の声が上がったり、いろいろ騒がれたりしても、法律になってしまうと、だんだんなし崩し的に対象者が増えていくことが考えられます。
 私個人としては、アメリカで導入されているこのホワイトカラー・エグゼンプションを日本で導入するのは相当難しいと思っていますし、成果を正当に評価できる管理者や経営者が日本にどれだけいるかということがちょっと疑問に残るところではないかと思います。
 この法律が通れば、これから社会に出る人は、ものすごく働かされても残業代ももらえないというリスクがあると考えています。全本田労連も連合とともに反対活動を続けていきますが、皆さんもこの言葉がニュースなどで出てきたら注目していただきたいと思います。

9.最後に

 働くモチベーションは、人それぞれに様々ありますが、自分が何のために働くかということをぜひ考えてほしいと思います。これはきっと、結婚や、出産、子育てというライフステージの中で常に変わっていくと思いますので、その時々に一番いい時間の利用の仕方を皆さん一人ひとりが見つけてもらえばと思います。
 また、会社ではうまくいかないことが本当に多いのです。そういう中で、皆さん自身が心のタフネスというのを備えていただきたいと思います。「なにくそ!」と思ってやっていれば必ずいいこともあると思います。さらに言えば、多くの職種や職場においてコミュニケーションということは非常に重要です。心の底から相談できる人がいれば、心の支えになりますし、社会に出て様々な出来事があっても、乗り越えていけるのではないかと思います。
 最後に、今後皆さんが活躍する社会では、労働人口が今よりもずっと減少していきます。縮小する労働人口で会社や国の経済を支えるためには、今よりも効率化を図って、短い時間でもきちんとアウトプットを出すことが大事になってきます。働く環境は今後も変化していくと思いますが、これから社会に出る皆さんと一緒に頑張っていきたいと思っています。


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