埼玉大学「連合寄付講座」

2013年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第15回(2/3)

「働くことを軸とする安心社会」に向けて

日本労働組合総連合会 会長 古賀 伸明

I 現状認識と課題 ~進行する構造変化

1.1989年:連合結成と世界の転換期

 連合が結成された1989年は、非常に大きな歴史の転換点に立った年でした。この年、資本主義と共産主義・社会主義で東西に分かれていたドイツが、住民の意思でベルリンの壁を打ち崩し、翌1990年に東西ドイツが再統一されました。このことが契機となり、その後、共産主義・社会主義国家群と資本主義国家群で、大きく2つに分かれていた世界の秩序そのものが崩れていくことになります。
 日本においても、昭和から平成に年号が移り変わったのが1989年です。そして、この年に、バブル崩壊が起こります。1989年の日本の株式の年末終値は、38,915円という今では信じられないような株価でした。この最高の株価をつけて、1990年から一気に後退し、下落していくわけです。働く者にとっていえば、1997年を頂点として、賃金・所得が下がり続け、1998年には、自殺者数が3万人を超えました。それ以降、自殺者数が3万人を超える時代がずっと続いていきます。
 こうしたことを考えると、1989年という年は、世界にとっても、日本にとっても、大きな節目だったと思っています。

2.2008年:新自由主義モデルからディーセント・ワークへ

 次に転換点となったのは2008年です。この年は、リーマン・ショックが起きた年です。リーマン・ショックが起きるまでは、簡単に言うと、市場にすべて任せれば秩序は整うといった市場経済で、政府は小さければ小さいほど良いといった経済政策・社会政策でした。こうした新自由主義政策により、一瞬にして何億円、何兆円を儲ける人が出るかと思えば、コツコツ働いていても全く生活できない人が出てくるようになり、貧富の格差が大きくなっていきました。そして、それが破たんをすることになったわけです。
 このリーマン・ショックによる世界同時不況は、決して景気の一循環の側面ではなく、それまでの経済モデルとされた市場経済原理主義が、崩壊したということであったと思います。それ以降は、新自由主義モデルから新しい社会モデル・経済モデルを皆が模索していくことになったのではないかと思います。
 その中で注目されるのが、ディーセント・ワークです。リーマン・ショック直後の2008年にワシントンDCで開かれたG20では、「ディーセント・ワークを回復の中心に置く」ということが合意されました。
 ディーセント・ワークとは、1999年にILO(国際労働機関)のファン・ソマビア前事務局長が、事務局長になる時に、世界の隅々にまで、ディーセント・ワークをめざす社会にしようということで、提唱をした言葉です。日本語では、「働きがいのある人間らしい仕事」と訳されています。そして、その言葉がG20で注目され、ディーセント・ワークを回復の中心に据えるとしたわけです。
 加えて、これまで新自由主義や、市場原理主義を徹底して推奨してきたIMF(国際通貨基金)、あるいはOECD(経済協力開発機構)の責任者も、それまでと異なった発言をするようになっていきました。OECDのアンヘル・グリア事務総長は、「富める者が富めば、あるいは強い者が強くなれば、時間差はあるけれども、水が滴り落ちるように、地方や中小あるいは貧困層にまでその恩恵が流れ落ち、社会全体が幸せになるというトリクルダウン効果というのは、幻想に過ぎなかった」と明確に言っています。また、IMFのクリスティーヌ・ラガルド専務理事も、「ディーセント・ワークを通してこそ、あるいは格差を是正することこそ、強い経済成長につながるし、強い社会が生まれる」と言っています。
 これまでこうした発言を、彼らの口から聞くことはありませんでした。おそらく、2008年のリーマン・ショックにより、世界の局面の流れが大きく変わったのだと思います。

3.そして現在:脅かされる日本社会の持続可能性

 では、社会全体はどのような秩序なのかということですが、ベルリンの壁が崩壊し、アメリカとソ連の東西冷戦が終焉した時は、実は、アメリカの一極体制になるのではないかと言われていました。ところが、アメリカの一極体制にはなりませんでした。あるいは、アメリカと中国によるG2の時代とも言われましたが、これも少し違うのではないかと思います。これからはわかりませんが、今はそういうことになっています。
 こうした状況を、アメリカの若き政治学者イアン・ブレマーは、「Gゼロの時代」と提起しました。そして、2008年の春には、ブッシュ政権時代のパウエル国務長官の補佐官を務めたリチャード・ハースが、「ノン・ポラリティーの時代」、極のない無極化の時代ということを言っています。私も、今はどこかの国が極になって動いているのではなく、無極化になってきていると感じます。
 そして、多摩大学学長などを務められている寺島実郎さんは、無極化の時を、「全員参加型秩序の時代」としています。これは、皆が参加をして、秩序を作っていかなくてはならない時代、つまり、どこかが極になるのではなく、皆が参加をして、秩序を作っていく時代ということを言っています。政治でも何でも誰かに任しておいて、失敗すれば文句を言うような観客民主主義とか、お任せ民主主義ということが、日本の代名詞として使われています。そうではなく、全員が参加をして、全員で秩序を作っていこう、これは非常に深い意味があるのではないかと思います。
 このように私たちは、今、無極化の時代を生きています。そして、新自由主義からディーセント・ワークへ、という転換をしていかなければならない時代です。しかし、そういう時代であるにも関わらず、日本社会の持続可能性は脅かされていると言わざるを得ません。例えば、2013年の非正規雇用労働者比率は平均33.6%で、その約6割が、年収200万円以下となっています。働いても生活ができない、ワーキングプアということです。そして、生活保護世帯や、生活保護を受ける人の数は、現在最悪の記録を更新しています。こういう実態の一局面だけを見ても、日本社会の持続可能性が、脅かされているのがわかると思います。
 加えて、日本の最大の問題と言っても過言ではない、超少子高齢・人口減少社会の問題です。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では、日本の人口は、2060年には約8,600万人になるとされています。しかも2060年には、生産年齢人口は今から3,700万人減るといわれています。そして、65歳以上の人口は、総人口の40%近くになる。そうなれば、超少子高齢社会を日本はどのように作り上げていくかということに直面をしているわけです。
 そして、そのような状況変化、あるいは構造変化の中で、連合がどのような政策理念とめざす社会を考えているかということについて、お話ししたいと思います。

II 連合の政策理念と「働くことを軸とする安心社会」

1.価値観転換への5つの政策理念

 2008年にリーマン・ショックが起こった時に、もう一度連合の政策の基盤、あるいは運動の基盤、言ってみれば、私たちの政策理念を整理しようではないかということで議論を始めました。そして、5つの政策理念を改めて確認しました。
 その1つが「連帯」です。これは、助け合う、支えあうという当たり前のことです。人間は一人では生きていけず、支え合いながら生きているわけです。これをもう一度我々はしっかりと政策理念の第一におかなければならないとしました。
 そして、「公正」と「規律」です。今の日本社会を見ると、本当に公正とか、規律とかが本当に保たれているかといった疑問を感じることがたくさんあります。それから、「育成」ということで、人材育成も含め、組織や集団や社会が人を育て、育むような社会・集団になっているかどうかです。最後に、「包摂」です。インクルージョンということですが、誰かを集団から外したり、阻害したりすることなく、すべてを包摂する社会ということです。
 この「連帯、公正、規律、育成、包摂」の5つを私たちの運動、あるいは政策・立案する上での基本的な政策理念として改めて確認をしたわけです。そして、我々がめざす社会像の検討に入りました。

2.「働くことを軸とする安心社会」

〈「働くことを軸とする安心社会」とは〉
 我々は、「連帯、公正、規律、育成、包摂」という5つの政策理念を確認し、約1年かけて議論し、2010年12月に「働くことを軸とする安心社会」を我々がめざすべき社会として確認し、提唱しました。
 「働くことを軸とする安心社会」では、働くことに最も重要な価値を置いています。そして、この「働く」ということは、雇用されて賃金を得ている人たちだけのことではありません。地域を良くするために一生懸命活動をしているような人、あるいは子育てに励んでいる人、家事労働を通じて社会に参画をしている人、働きたくとも働けない人、こういう人も含めて「働く」という概念でとらえています。
 そして、働くことは、当然ながらディーセント・ワーク、すなわち働きがいのある人間らしい仕事でなければなりません。私たちは、助け合いとか、支え合いという言葉をよく使いますが、これらのことは、決してもたれ合いということではありません。経済的・社会的に自立をする、そのために支え合う。もっといえば、経済的・社会的に自立をした個人が、助け合い、支え合いながら、次のステージを作っていくという社会をめざしていこうということです。
 そして、私たちの人生の中では様々な事が起こります。例えば、思いもよらない事故に遭うこともあるし、思いもよらない病気にかかることもあります。また、自分は今一生懸命働いているのに、大きな社会変化や産業構造の変化で、今の職場や仕事を失うことも現実にあります。このように、働きたくても働けなくなった時には、きちんと社会が受け止めて、もう一度、次のステージにチャレンジできる。そのようなセーフティネットがいくつも丁寧に張られた社会を、私たちは「働くことを軸とする安心社会」と呼んでいるわけです。

〈安心のための5つの橋〉
 具体的に何をするのか。5つの橋があります。誰もが働き、つながることのできる5つの橋を架けようということで、私たちは努力し、運動を進めています。
 5つの橋の一つ目は、「教育と働くことをつなぐ」橋です。誰もが教育を受けて、働くことにスムーズに行ける橋。また、働いている中で、もう一度学びたいと思ったら、その橋をもう一度渡って、教育に入っていけるという往復ができる橋です。
 二つ目は、「家族と働くことをつなぐ」橋です。男性・正社員・長時間労働の正社員というモデルの日本社会を変えていき、ワーク・ライフ・バランスで、男性も家庭・地域の役割を果たすための橋です。あるいは、女性も出産や子育てが終われば、その橋を渡って働くことに戻ることができる往復する橋をかけたいと思っています。
 三つ目は、「失業から就労へつなぐ」橋です。自分が一生懸命働いていても、失業することがあります。その時にはまた働く場に戻れるようなトランポリン型のセーフティネットがきちんと敷かれているような橋です。
 四つ目は、定年退職しても、働いて社会を支えたいという人はたくさんいます。あるいは超少子高齢・人口減少社会になれば、年齢や性別に関係なく皆で支える側にまわらなければならなくなります。そういう意味では、「定年退職をしても、働くことに戻れる」橋をかけなければならないと思っています。
 最後は、「働くことと働くことをつなぐ」橋です。長い人生の中では、ある時期には短時間で働きたい、という人がいるでしょう。そういう意味では希望に応じて働くことの姿も多様化してもいいと思います。そういう「働くかたちを変える」橋です。
 この5つの橋をかけるということが、私たちの「働くことを軸とする安心社会」の具体的政策です。そして、こうした政策を実現するために、政策パッケージを明らかにし、今、様々な角度から取り組んでいるというのが私たちの運動の大きな柱です。

〈具体的な取り組み〉
[1]底上げと所得再配分機能の強化
 「働くことを軸とする安心社会」をめざす中で、ワーキングプアの問題、処遇が非常に低い人たちが増えているという問題があります。それについては、底上げ・所得再配分機能を強化させていくことが必要です。そのことを政策として、政府・政党に訴えていかなくてはなりません。具体的には、賃金の支払いだけでなく、社会保障や税制なども含めて所得再配分機能をどう強化していくかという取り組みもやっていかなければなりません。
 そして、底上げ・底支えというところで第一に押さえておかなければならないのが、法定最低賃金をいくらにするのかということです。我々は少なくとも、全国各地で最低800円以上、平均1,000円を目途にここ数年頑張っています。これを一刻も早く実現できるよう努力をしていきたいと思っています。
 現在、日本全国の平均最低賃金は784円です。日本の最低賃金は、公労使の三者構成の審議会で決めていますが、時の政権の意向が強くならざるを得ません。そのような中でも、我々としては、公労使で最低賃金を早く引き上げていかなければならないと思っています。
 最近アメリカでは、オバマ大統領が、一般教書演説の中で、アメリカの最低賃金を10ドル10セントに引き上げることを表明しました。アメリカでは、政治が最低賃金を決めます。もちろんこれには議会の承認が必要ですから、今から議会に持ち込んでやるということです。円安だとしても日本より高い水準になっています。我々も、底上げ・底支えということで、最低賃金の引き上げに努力していかなければなりません。

[2]国際的な枠組みの構築
 それから、今、グローバリゼーションがますます激化しています。2008年のリーマン・ショックにしても、瞬く間に世界に広がっていきました。
 そうなると、日本だけで規制というのは限界があります。国際的な枠組みで無謀な競争、いわゆるむき出しの競争というものを規制しなければならないということになります。これは世界連邦や世界連合を作るとか、そういうことではなくて、例えばファンドの動きといったものをどのように規制をするか。あるいは、実体経済をどう動かすかということではなくて、タックス・ヘイブンのような仕組みを利用して儲けようとする企業や会社が増えていくことに対して、国際的にきちんと枠組みを作ることが非常に重要です。
 したがって、我々は国際労働運動にも積極的に参画をしなければならないと考え、G8とかG20 の国際会議には、必ず出席するようにしています。現地に行って、各国の大統領や首相に我々の考え方を伝えることにも取り組んでいます。

[3]厚みのある中間層を基盤とした社会の再構築
 やはり、日本の社会形態は、「大きな格差はない」というところにもっていかなければなりません。そのためには、厚みのある中間層というものが大事で、その厚みのある中間層が、日本の社会を安定化し、発展をさせます。そういう意味では、厚みのある中間層を基盤とした社会をどう構築をしていくかということが重要であるし、そのことに我々は取り組んでいかなくてはならないと思っているところです。

III 連合運動の基軸と課題

1.復興・再生に全力

 次に、少し足元の運動を展望しながら、連合が労働運動として、どんなスタンスで臨むのかということを少し報告したいと思います。
 まず、東日本大震災から3年が経ちました。私たちは、あの震災を決して風化させてはいけません。震災により、まだまだ多くの方々が避難されていることを思いながら、私たちができること、私たちがしなければならないことを常に考えて、個人として、あるいは組織としてやることをしていかなければならないと思います。
 また、この震災で、人間というのは、自然の圧倒的な力の前ではいかに無力であるかということを改めて思い知ることになりました。そのことを常に思うようにし、自然を克服するとか、自然をコントロールするとかではなく、自然と共生できる社会をどう作っていくかということが、私たちに求められています。
 それからもう一つは、「連帯・助け合い・絆」という言葉も、今回の大震災では多く使われました。震災時、被災地の人々が身をもって、支えあいや、連帯というのは、何か困難に直面したときに、大きなエネルギーを発揮するということを見せてくれました。まさに、人間社会というのは、人と人がつながり合って、社会を構成している、組織を構成して生きているということを再認識しました。
 被災地では、未だに様々な課題を抱えています。したがって我々は、被災地の復興・再生に向けてできることを、最後までやっていかなければなりません。一人ひとりがやることは、まだまだたくさんあるのではないかと思います。我々も毎年、大きな会議を被災地で開催し、もう一度被災地を見る、あの時を思い出す、何かできることはないのかということを考える、そんな空間を持つよう努力をしています。
 何よりもあの被災地を再生・復興することが、日本全体の再生につながる、つなげなければならないという思いで、この被災地の再生を、我々自身がやらなければならないと思っています。

2.新たな社会・経済モデルの実現

 二つ目は、新たな社会・経済モデルの実現ということです。リーマン・ショック以降、新しい経済モデルや、新しい社会をどう作っていくのかということが、世界中で非常に大きな課題になっているといっても過言ではありません。
 日本の中で、新たな社会・経済モデルを考えた時に、何と言っても日本は成熟社会になったということがあります。高度成長を経て、バブルを経て、1990年からバブルが大きく崩壊をしていく中で、間違いなく日本は成熟社会に入りました。成熟社会というのは、低成長で、しかもそこに住むメンバーの価値観が多様化するということです。
 多様化する価値観の中で、様々な意思決定が時間をかけなければできなくなっていることも事実です。そして、価値観が多様化し、成熟社会になったということは、パイをどう分配するかではなく、負担をどう分かち合うかという社会になったということです。どういう負担を、誰がするのかという時代に変わってきているということを、この新たな社会・経済モデルを構築していく中で、頭に置いておかなければなりません。そして、その時に大切なことは、私たちが新しい価値観や、新しいコンセプトを創造するということを原点に置いて、議論をしながら、その模索を続けなければならないということです。
 今までの価値観だけをベースにした論議では、ずっと平行線のままで、どうしてもかみ合わない部分があります。そういう意味では、イエスかノーか、イチかゼロかというような二項対立論議ではなく、深いコミュニケーションが必要です。
 コミュニケーションというのは、非常にしんどいものです。よくコミュニケーション不足と言いますが、これは会話とか報告が不足しているということではありません。コミュニケーションというのは、価値観が違う者同士が、お互いの価値観をぶつけあって、そして接点を見出していくという作業です。だから、しんどいわけです。人間は、しんどいことをやりたくないから、そこから逃げてしまう。それで表面だけの会話をして、コミュニケーションがとれたとしてしまう。しかし、どんなにしんどくても、徹底してコミュニケーションをとるようにしていかなければ、これからの社会を見出すことはおそらくできないだろうと思います。
 そして、新たな社会・経済モデルとして、連合が提唱するのは「働くことを軸とする安心社会」ということです。私たちはこのことをめざして、運動を進めていかなければならないし、働きがいのある人間らしい仕事を、我々自身が作り出していく作業をしていかなければと思っています。

3.労働運動の社会化

[1] メンバーシップでの自己完結型の限界
 最後に、労働運動をどう変えていくかということについてお話をしたいと思います。
 1945年に第二次世界大戦が終わり、日本は敗戦国となり、アメリカのGHQが日本を占領しました。その時の民主化政策の一つとして、労働組合の結成が奨励されました。そのため、昭和20年~昭和23年には、ものすごくたくさんの労働組合が誕生しました。今でもその時に設立した労働組合がたくさんあります。
 そして、その時に、日本は企業別労働組合を作っていきました。それには様々な理由があると思いますが、やはり最も容易に労働組合が作れたからという面があると私は思います。そのようにして、ヨーロッパにはない企業別労働組合が主体となって、日本の労働組合が発展してきました。
 企業内の労使関係ですから、経済がどんどん成長しているときは、情報を共有化し、いろいろな生産性向上運動に取り組みながら、対立すべきは対立し、労使がまさに協力すべきは一致協力をして、そして当然のことながら、共に企業を成長させてきました。日本の大きな原動力の一つは、企業別組合だと世界からも言われるような、そういう大きな役割を果たしてきたわけです。
 ところが、右肩上がりの高い経済成長がなく、低成長の時代になり、グローバル化がどんどん進み、それぞれの企業も経営が厳しくなると、企業別組合はどうしても内にこもることになります。我が組織、我が企業を守るという運動にどうしてもならざるを得ません。そうなると、自分たちの組織では合理的な判断をしているのだけれども、社会全体ではおかしな社会になってしまう。こうしたことを「合成の誤謬」といいます。
 デフレにしても、それぞれの企業の労使が、自分たちの企業を守るために、賃金を我慢してがんばりましょうと皆がそう言ってがんばったから、所得が全く増えず、そのため消費も増えなくなり、デフレがどんどん加速してしまったといえます。これを我々は、「賃金デフレ」と呼んでいますが、これも合成の誤謬が招いたことといえます。
 連合もメンバーである産業別組織の集合体ですから、企業別組合と同様に内部にどうしてもこもりがちになってしまいます。しかし、今のような時代では、これまでのようにメンバーシップだけの幸せを追求しようとしてもうまくいきません。メンバーシップという自己完結型は限界が来ているわけですから、より社会に広がった運動をどう構築していくかということが問われています。
 決して、合成の誤謬に陥ることなく、社会に開かれた運動をやっていかなければならないし、我々だけの運動から、もっと一般の人にも共感を生む運動でなければならないと思っています。また、私たちのメンバーシップだけの春季生活闘争や労働条件の向上ではなくて、すべての働く者を視野に入れた春季生活闘争を取り組んでいくことや、あるいは運動をどう構築していくかという視点から、労働運動を組み立てていかなくてはならないということです。

[2]社会から共感を得られ、広がりのある運動に
 そのためには2つの方法があります。一つは、我々の政策や、仲間を増やすために、外にいる多くの働く人たちにも共感してもらい、参画してもらえるような政策を打ち出していくということです。
 働くといったことに、生活者の視点で運動をしている団体がたくさんあります。地域で活動している人や、NPO・NGOとアライアンスを組んでいくことも非常に重要になっています。
 加えて、我々の考えを伝えるということも強化していかなければなりません。私自身、今年から非正規雇用の人たちと直接話していこうということで、千葉や、この間は長野にも行きました。また、47都道府県の若手の連合リーダーが、今の労働運動をどう思い、今後についてどう考えているのかについて、直接対話をしているところです。47都道府県となると、1年半はかかると思うのですが、こちらの気持ちを伝えるために続けていきます。
 また、この寄付講座も、学生と話をしたい、あるいは、学生に私たちがやっていることを報告して、理解をしてもらいたいということで開いています。これもウイングを広げる運動の一つです。今、8つの大学で寄付講座をやっています。それを、今後徐々に広げていき、社会に出る学生の皆さんと、我々のいろいろな考えや、運動を知ってもらい、議論をしていきたいと思っています。
 そういう広がりがある運動という意味からすれば、ワークルールをもっと知ってもらおうということで「ワークルール検定」というものを始めました。今問題となっている「ブラック企業」も、労働基準法に違反することが常習的になっている背景には、働く側あるいは働かせる側が、ワークルールを知らないことがあるのではないかと思っています。本来ならば、義務教育+αのところで、基本的なワークルールを教えるべきで、我々は、政府に粘り強く要請もしていかなければならないと思っていますが、現状をみると早急にやらなければならないということで、連合も参画する実行委員会で「ワークルール検定」を始めました。
 この検定に合格したからといっても、今のところ社会的に有利ということはないです。しかし、働く時の最低限のルールを覚えることを、徐々に全国に広げていきたいと思っています。昨年は、北海道と東京で行いました。次は福岡や、大阪といったところでもやっていきたいと考えているところです。
 それから、広報活動の強化です。インターネット、フェイスブックなどのソーシャルメディアにもどんどん我々の運動を報告・PRしていきます。そういう中から、社会から共感を得られる運動の核となっていかなければならないと思っています。

[3]集団的労使関係の拡大:「1000万連合」
 もう一つは逆説的かもしれませんが、我々の仲間を増やすことです。きちんと集団として労使関係を構築していこうということです。
 日本では、企業別労働組合が発展の原動力となりました。今後、役割機能は産業別組合や、連合へと変えていかなければなりませんが、やはりベースは企業別労働組合です。それぞれの組織での集団的労使関係というのは、日本社会の安定の基盤であるし、やはり発展する源であることは事実だと思います。したがって、この集団的労使関係をすべての職場に築いていくことが、私たちの使命だと思っています。
 ただ残念ながら四百数十万カ所といわれる日本の企業のすべてで、すぐに築くわけにはいきません。ですから、我々はその集団的労使関係を築くためにも、組合員を増やしていかなければならないと考えています。そのためには、未組織の企業での組織化もするし、連合加盟の組織でも新たに仲間を増やしていくことをやっていかなければなりません。
 2011年の第12回定期大会では、2020年を目途に「1000万連合」をめざすことを目標に掲げました。そして、昨年10月に開催した第13回定期大会より、具体的にその行動をスタートさせました。今発表されている日本の労働組合の組織率は、残念なことに17.7%ですが、これまでに連合の組合員は5,000人ほど増えました。それは、仲間を一人でも増やしていこうと「1000万連合」に向けた取り組みが、徐々に実を結んできているのだと思っています。
 私は、そういう取り組みを通じて、労働運動を社会化していくことにより、我々のめざす「働くことを軸とする安心社会」に、一歩、二歩、三歩と近付ける努力をしていきたいと思っているところです。
 ご清聴ありがとうございました。


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