1.なぜ海外援助をするのか
UAゼンセンは、組合員数145万人の日本最大の産業別組織です。海外援助では、特にアジアにおける繊維産業や流通関係の労働組合を支援しています。
なぜ、日本にあるUAゼンセンの労働組合だけでなく、海外の労働組合の手伝いをするのかをお話しします。たとえば、バングラデシュの労働者は月50~60ドルくらいで働いています。物価も違いますが、日本をはじめとした一部の国を除くアジアでは、労働者の賃金は高くても月100ドルです。ですから、月70~80ドルくらいあれば、アジアで人を雇うことは十分にできます。そうなると、単純な洋服だったらバングラデシュでも作れるので、人件費が安いバングラデシュに工場が移せます。賃金の高い日本で製品を作る必要はないわけです。
つまり、海外の労働者もきちんとした労働条件で働いてくれなければ、世界で公正競争ができないわけです。低賃金で酷使されている人たちを助けることも労働組合の役割ですが、私たちの生活を守ることにもつながります。月100ドルで夜中まで働く人がいたら、私たちの労働条件は上がりようがありません。私たちの生活がだんだん悪くなっていくわけです。まわりまわって水は低い所に流れるということです。
また、発展途上国では、労働組合活動をすることが命がけという状態が普通にあります。自分たちの権利である「結社の自由」が当たり前ではない社会があります。そのためUAゼンセンは、労働組合の支援をしたり、労働組合を作る環境を整えたり、教育・訓練などを行っています。
2.労働及び労働組合に関する考え方の違い
(1)労働に対する考え方:企業のためではなく自分のため
日本では労働は美徳とされています。特に昔は滅私奉公が美しいと言われ、家庭を顧みる男性はダメだと言われる社会でした。
ところが海外では違っていて、昔から労働は苦痛を伴うものとされてきました。つまり、働かなければ食べていけないから働くのであって、働くという考え方がそもそも日本とは違います。海外で人を使う立場になった時に、「俺も働いて楽しいんだから、お前たちも働けよ」などと言うと大変なことになります。また、単身赴任も海外ではほとんどありません。特にアメリカでは、家族を置いて1人でよその地に住むなら、会社を辞めるのが普通です。
日本ではよく自己紹介の時に「○○会社の△△です」と言い、会社にアイデンティティをおいていますが、海外の場合は「自分は○○会社の技師です」と自分にアイデンティティを持ちます。日本でよく言われている「企業に忠誠心を持って生きていく」というのは、海外では全く通用しません。
さらに日本と違う点として、「有給消化率」という言葉も海外にはありません。有給休暇は全部使うもので、病気などにかかった時には、別にそのための休みがあります。有給を残す人は、よほど無能か、不正をしていて見つかったら困るから休めないか、上司がダメか、のどれかになり、あまりいい印象をもたれません。残業についても、オーストラリアでは、残業や、休日出勤の割り増し手当をpenalty rateと表現し、これらの労働に対する罰金のように考えています。このように、海外の働き方からは、自分たちの生活を大事にするために働いていることが強く感じられます。
(2)アメリカのホワイトカラーとブルーカラー
特にアメリカでは、ホワイトカラーとブルーカラーには、見えない一線がきっちり引かれています。労働者として雇われたら、使用者側になることはまずありません。日本の場合は、ホワイトカラーとブルーカラーの区別はそんなにありません。以前私が勤めた三菱自動車も、大卒で入ってもまず1ヶ月は工場で体験をすることになっていました。こういったことは、アメリカではあり得ないことです。入社するとすぐ、現場のことなどわからないくせに、大学で勉強した方程式などを使いながら、ブルーカラーの人に指示します。ブルーカラーとして雇われた人がホワイトカラーになりたければ、その会社を辞めて、大学、大学院に入りなおして、学歴を作って、ホワイトカラーとして入り直さないと出世の可能性はまずありません。
賃金についても、ブルーカラーには成果給はほとんどありません。ですから、一生懸命働くとか、効率良くするというのは馬鹿みたいに思うわけです。言われたことを真面目にやればそれでよくて、会社側もそれ以上は期待していません。生産性を考えることは経営者の仕事で、生産性が上がって増えたパイは、経営者にしかいきません。それがアメリカの仕組みです。
生産性運動がアメリカで始まりながら、なかなか馴染まなかったように、海外では労働に関する考え方が、日本とは全く違うということを覚えておいてください。
3.アジアの問題:結社の自由と労働者の権利の深刻な侵害
(1)海外の労働運動の潮流
過去に米ソ対立があった時、政治と労働運動は密接な関係にあり、労働運動も、米ソのイデオロギー対立の影響を受けていました。今は、そういったことはだいぶ薄れてきています。また、労使関係は、敵対的、協調的と、国ごとに違っています。
敵対的労使関係は、特にオーストラリア、アメリカ、ニュージーランドにみられ、協調的労使関係は、日本の他にもドイツ、北欧においてみられます。そして、今アジアでは、オーストラリア、アメリカ、ニュージーランドなどが中心となり、敵対的労使関係を広めていこうとしています。特に米国は、オルグをアジアの発展途上国に派遣して労働組合に入り込み、最低賃金を上げるためのストを扇動することがあります。実際、最低賃金は上がってきているのですが、私は危険な兆候と感じ、怖いなと思っています。
(2)海外の労働運動の概況
今アジアの発展途上国には、労働組合として正当に評価できる組合がほとんどありません。その理由には、政府の弾圧もありますが、労働組合独自の問題もあります。
たとえば、ベトナムや中国では、政府が認知している組合がありますが、それ以外の労働組合を作ると逮捕されます。ベトナムにも中国にもナショナルセンター(労働組合の中央組織)はありますが、共産党傘下にある機関と位置付けられています。彼らの任務は、労働者がストをすることや賃上げ要求を支援することではなく、共産党の活動が阻害されないようにすることです。そのため、組合費も労務費の2%が会社から自動的に労働組合へいくようになっています。さらに、法律で労働組合を作らなければいけないことになっていますので、共産党系の労働組合は一番のお金持ちです。しかし、自分たちの労働条件を交渉する役割を担っているとは言えません。
ちなみに共産党系の国では、社長も労働者で労働組合に入っています。そして、だいたい労働組合の委員長は副社長です。私たちが「副社長が経営側と交渉するのは矛盾していませんか」と聞くと「矛盾していません。私たちも労働者です」という回答が返ってきます。
(3)ミャンマーの事例
1944年、ILO(国際労働機関)がフィラデルフィア宣言を出しました。私たちが一番重視しているのは、その宣言にある「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」という部分です。これは、一部の先進国だけが豊かさを謳歌していてはならないということで、私たちはこの精神で国際活動をやっています。
今も発展途上国では、労働組合が簡単に作れない状況にあります。作ろうとすると、逮捕は当たり前で、中には誘拐されたり、殺されてしまったりする場合もあります。ミャンマーでは、以前はメーデーを準備しただけでも捕まるという状況にありました。その時私たちは「ビルマ(当時ビルマと呼んでいたため)ボイコットキャンペーン」を行いました。
その後、アウンサンスーチーさんが解放され、議員となり、労働組合は自由化されました。ただ、民主化は進んできているものの、今は労働組合ができている途上で、労働条件は依然厳しい状況にあります。
2年前に私がミャンマーに行ったときも、長時間労働が問題となっていました。一部の工場ですが、月曜から金曜まで毎日夜7~8時まで働きます。それにプラスしてオーバーナイトワークというのがあります。これは、一週間普通に働いて、土曜日の夜に徹夜して日曜日の朝まで働くというもので、結局休む暇がない状況です。
それから賃金が非常に安いです。基本賃金が月25~37ドルです。頑張っても残業代込みで60~70ドルです。この低賃金は労働運動が違法だった頃はもっとひどかったのですが、当時、この金額では生活できないと、労働者が自然発生的に立ち上がったことがあります。通常なら軍が介入し、ストを辞めさせるわけですが、軍人も彼らの暮らしの厳しさを知っていたため、立ち上がる労働者を無理やり抑え込むことができませんでした。経営者は、諦めて賃金を上げていったり、労働条件を良くしたりしました。かなり進んできたとは思いますが、今後は、低賃金を改善するためにも労働組合ができていかなければいけない時代になります。
(4)命がけの労働運動
ILO条約第87号には、「結社の自由」が書かれています。また、第98号には、団体交渉権が規定されていて、これらに基づいて各国は、労働組合結成の自由を認めたり、団体交渉権を認めたりする法律を作ることになります。
しかし、インド、タイ、韓国、中国、ベトナムは、労働組合はあっても、ILO条約で規定されている結社の自由や、団体交渉権を守るなどの法律が整備されていません。
海外では、労働組合運動をやっていて、殺されることは珍しいことではありません。特に多いのがコロンビアです。また、9年くらい前になりますが、カンボジアで反政府的な労働運動をやっていた人が暗殺され、今でも犯人はわかっていません。パキスタンでも、繊維関係の労働者の賃金を上げることを政府が決め、それにもとづいて交渉をしていたのですが、決裂し、次の日に再度交渉することになった後に、労働組合活動家が暗殺されました。
私の知っているパキスタンの労働組合役員は、いつも護衛をつけている人がいましたし、足には撃たれた傷跡がありました。というように、海外の場合は命がけでないと労働組合が作れない、ということを覚えておいていただければと思います。
(5)最低賃金ではなく生活賃金を
今、アジアで一番賃金が低いのは、バングラデシュです。そこで労働組合では、「最低賃金ではなく、生活賃金をよこせ」という運動をしています。たとえば、繊維産業の国際労働運動では、「リビングウェイジキャンペーン」をはり、「衣食住、教育、医療のお金、そこにプラス10%をよこしなさい」いう運動を行いました。
今でも生活賃金という概念があり、何かあったら家族全員が路頭に迷うので、不意の時のための予備費が必要だと運動をしているところです。このように新興国、発展途上国においてはいろいろな運動が行われていて、最近、最低賃金が上がってきていることは事実です。ただ、それでもまだ問題はあります。
(6)FTZ(自由貿易地域)・EPZ(輸出加工区)
政府は、FTZ(Free Trade Zone)、EPZ(Export Processing Zone)をつくり、税制優遇をしたり、インフラを整備したりして、その地域に海外からの投資を呼び込んでいます。その地域の中では、一般の労働法とは別に輸出加工区労働法という独立した法律が存在し、その法律によりEPZ内における労働組合の結成は禁止されているため、監視の目がかなり厳しく、なかなか労働組合が作れないようになっています。
それでも、スリランカではEPZ内に労働組合ができたのですが、そこの組合長はやはり殺されかけています。殺人予告リストというのがあって、それのNo.1になっています。ここでも、やはり命がけで組織化しなければならないということです。
4.アジアの問題:労働者の安全と保障
(1)バングラデシュにおける労災
今年4月24日に、バングラデシュにあるショッピングセンターで事故が起き、そこに入っていた5つの衣料工場の労働者が巻き込まれ、1,100名以上が死亡しました。
実は、この建物が危ないことは以前からわかっていて、政府は退去命令を出していました。この日も労働者は休ませてくれと言っていたのですが、経営側が「製品の納期が間に合わないから」と言って拒み、無理やり出勤させられていて事故にあったそうです。
こういった悲惨な事故は、これが初めてではありません。2005年にもスペクトラムという工場で、床が抜けて64人が亡くなっています。そして、この工場に発注していたのは、ZARAのブランドで有名なスペインのインディテックス社です。この事故については、全面的にインディテックスが責任をとりました。10年前ならば、インディテックスには責任がないということで済みましたが、今はCSR(企業の社会的責任)の考えに基づいて、「発注元も、製造者も、労働条件には全面的に責任がある」という考え方に変わりました。
CSRの考え方はヨーロッパでは盛んですが、これは、環境問題とか安全衛生だけではなく、労働も入ります。この考え方により、2005年の事故では、発注者であるインディテックスが全面的に賠償金を払いました。もちろん、政府、工場も払いましたが、バングラデシュはお金がありませんから微々たるものです。それで、一番お金を持っているインディテックスがお金を払いました。それ以来この考え方が通常となっています。今回のバングラデシュの労災についても、5社に発注していたブランドが、それぞれいくらずつ分担するかという協議が今行われているところです。
(2)火災予防及び建物の安全に関わる協定
バングラデシュの工場のほとんどは、住居として申請している建物の上に建てている不法建設です。工場用に設計されていないところに重いミシンを何台も置いているため、崩れやすくなっているわけです。私たちは、火災や床が抜けるという事件が多すぎるので、建物の安全について整備するよう、まずバングラデシュに発注しているインディテックスやアディダスなどの企業に、労働運動として、「火災予防及び建物の安全に関わる協定」に入ってもらうようにしました。日本企業ではユニクロだけが入っています。
そして、この協定に入ってもらった企業から年間50万ドルずつ集め、ILOや政府も一緒になって、建物を全部チェックしていきます。不備が見つかった場合には、その工場だけでなく、発注企業もお金を出して修繕してもらうようにします。
現在、120社以上が「火災予防及び建物の安全に関わる協定」を結んでいます。発注企業は、自分たちで建物をチェックするよりは楽だということもありますが、なによりも、またビルの崩壊があったらそのブランドがものすごい非難を受けることになります。それを考えたらある意味50万ドルなど安い保険というわけです。
アメリカの企業は、これでは嫌だと、労働組合のないウォールマートなどが独自で安全を確保する仕組みを作っています。ここで対応が分かれてしまっているのですが、それでも、労働組合のイニシアティブで、バングラデシュの建物の安全が確保されるような仕組みが作られつつあります。
(3)グローバル枠組み協定
2004年にアテネオリンピックが開催されたときから、オリンピックに参加する企業に、自社ブランドの製品を作る労働者に対して労働条件をきちんとするようにと働きかけています。「プレイフェア・キャンペーン」といって、オックスファームという巨大なNGOと一緒に行っています。また、ILO第87号条約を守り、何か問題があった時に話し合いますという内容の「グローバル枠組み協定」というものがあるのですが、キャンペーン活動をしていく中で、ミズノがグローバル枠組み協定に賛同してくれました。
グローバル枠組み協定は、かなりの威力をもっています。たとえば、ミズノが発注している工場で労働組合を作ろうとして阻止された場合、ミズノに訴えれば、正当な理由があると判断された場合、ミズノが現地の工場に対して労働組合を認めるように働きかけてくれます。そうなると結社の自由が認められやすくなります。これが一つの大きなメリットとなります。
5.日本の労働組合に求められること
日本の労使関係は、非常に素晴らしい協調的な労使関係です。単なる御用組合ではなく「要求するものは要求する、協力することは協力する、パイは分ける」ということができるこの風土をアジアに広げていきたいと思っています。
今後は、特に洋服を中心としたバングラデシュの製品がどんどん入ってきて、低価格で売られると思います。その時に、その製品が安いのは、作っている人が6,700円くらいの基本賃金で働いているからだということを覚えておいてください。それを買うなとは言いませんが、低賃金のため食べることもできず、仕送りもできない、そういうことがあるという理解をもっと持ってもらいたいと思います。
皆さんも今後、企業に入り、海外との取引に関わるかもしれません。今、大手企業では調達のときに、本当に適正な労働条件を担保している工場で作られた製品かどうか、非常に気をつけています。ミズノの場合、調達をするときの条件に「結社の自由は認めています」ということに署名してもらっています。今はそうしないと企業のブランドイメージが保てない状況になっています。
6.児童労働について
日本では児童労働はないし、日系企業でもやっていないので、児童労働は私たちとはあまり関係のない話に思われるかもしれません。でも、児童労働をやらざるを得ない国からの輸入品は結構あるかもしれません。以前は、チョコレートやサッカーボールなどが児童労働に絡んでいるということで問題になりました。今でも、バングラデシュやネパールでは児童労働がいたるところでみられます。
児童労働の全ての原因は貧困にあります。バングラデシュでもネパールでも、田舎から借金のカタに子どもが売られて、工場で働いています。この子たちは、当然学校には行かず、住み込みで朝から晩まで働いているわけです。そして、学力がないため、一生そのままで終わるという残念で悲しい結果になる場合がほとんどです。
これではいけないと、ILOでは児童労働に関する条約を作ったり、NGOや労働組合も児童労働をなくすための活動をしたりしています。ただ、そういった活動には限界があります。最低賃金を改善して、親がきちんとした収入を得られるようにし、児童労働の原因となっている貧困をなくさない限り、児童労働をなくすことはできません。
たとえば、ネパールで労働組合が児童労働を見つけて親元に子どもを戻したことがあるのですが、その後、食べさせることができないと、子どもたちはまた工場に戻されてしまいました。それから、パキスタンで表立って児童労働禁止を訴えたところ、都市から子どもたちが消えました。どこに行ったかというと、もっと田舎のほうに行かされるか、売春をさせられるか、というようにさらに酷いことになってしまいました。
児童労働はいけないと言うのは大切ですが、それだけでは解決しない貧困という大きな問題が背景にあるということを覚えておいてほしいと思います。
そこで労働組合として何ができるのかということで、今の段階では、働くなとはなかなか言えないので、せめて、働きに行く前後に、読み書きや算数を教えて、少しでもそれらが働くすべになるような小規模な活動を行っています。それでも限界があります。
児童労働については私も一つの回答を持っていません。ただ、労働組合をきちんと作るという私たちの活動を通じて、少しずつでも状況が良くなっていくのではないかと思いながら、活動を続けているのが現実です。
日本でも、厳しい状況はたくさんあります。しかし、海外では、日本の厳しい状況とは違った意味での辛い状況が、現実にもっともっとあります。そこのところを、ぜひわかってほしいと思います。