1.自治労について
自治労は正式名称を全日本自治団体労働組合といい、市町村役場や県庁で働く職員を中心に組織された労働組合です。47都道府県のほとんどの自治体に自治労に加盟している組合があります。現時点で組合員数は正規職員が約81万人、臨時・非常勤職員が約3.5万人、委託先などの民間企業の労働者が2万人、市バスなどを走らせている都市交通の労働者が2.5万人くらいで、合計で約88.5万人になります。
自治労には4つの大きな目標があります。
一つ目は、「組合員の生活水準を向上させ、労働者の権利を守ること」。労働者の権利には、時間外労働が体に与える影響や、ハラスメントの問題、メンタル疾患の問題などから労働者を守ることも含まれます。
二つ目は、「現場から見た仕事の改善や、やりがいある仕事をするため、話し合う場を提供すること」。前向きに仕事をするためには、職場環境を整えないといけません。そのために話し合う場を設ける必要があります。
三つ目は、「安心して暮らし、働ける社会を実現すること」。これは労働者だけでなく、その地域に暮らす人たち全てが安心して暮らせる社会にしていくことです。自治労では自分たちの賃金水準だけではなくて、地域社会において、医療、介護など、どうすることが住民にとって一番いいのかも追求しています。
四つ目は、「病気や自動車事故、火災や自然災害など、組合員の『もしも』に備える事業を運営すること」で、共済事業を指しています。
労働組合は、仲間一人ひとりの命を守るために存在し、その手段として、賃金、労働条件、ハラスメントの改善などを求めて活動しています。一人ひとりが、やりがいをもって、尊厳のある働き方ができる職場を作ること、これが労働組合の役割だと思っています。このことは、自治体職員の仕事である市民サービスの向上につながります。自治労は、そこも含めて、4つの目標を掲げて、取り組んでいるところです。
2.今、公務職場で何が起きているか
(1)変化する職場、運営形態・人間関係
毎年、日本の自殺者数が発表されますが、1998年から14年間、3万人を超えている状態でした。2012年は、約2万4千人に減りましたが、2013年は10月までに2万6千人くらいの数字が出ているので、前年よりもまた増えていることになります。
地方公務員の在職死亡者の原因も、1位は癌、2位は自殺です。これは地方公務員安全衛生推進協会が調査したもので、その数字を計算すると、1年間で500~550人の職員が自殺で亡くなっていて、一日に換算すれば、毎日1~2人が自殺していることになります。公務員というと、安定していていいと思われがちですが、このような状況にあることも知っていただきたいと思います。
自殺の要因背景として、ひとつは、7~8年前から全国的に行われてきた市町村合併が挙げられます。市町村合併をすると、通勤するところも変われば、仕事のやり方も変わることになります。
また、独立行政法人制度や民間委託などで、いろいろな形態の職員が混在するようになりました。正規職員がいたり、非正規職員がいたり、派遣職員がいたり、あるいは民間の人など、それぞれ労働条件が異なる人たちと一緒に仕事をするようになったわけです。そうなると、それぞれの待遇を比べて不満をもったり、求めているものが違うため仕事に取り組む考えに違いが生じたりして、職員同士に軋轢が生まれ、職場のコミュニケーションが取りにくくなってきたということがあります。
それから、公務員バッシングがあります。公務員バッシングは、どのような時でもなくなることはありませんが、特に不況のこの時期においては、公務員へのバッシングは更に強まっています。
職場環境の変化、様々な雇用形態の変化、さらに強まる公務員バッシングといったことが重なり、メンタル疾患に陥り、自殺という最悪の事態を生み出してしまうのではないかと思います。
(2)メンタル疾患は特別ではない
専門家によると、1人の自殺者の背景には、10人の自殺予備軍がいるといわれています。先程述べたように、地方公務員の職場は誰がメンタル疾患に陥ってもおかしくない状況にあるということです。少し前は、メンタル疾患は心の弱い人がなる病気で、自分には関係はないと思われがちでした。しかし、このような状況のなかでは、いつ誰がメンタル疾患に陥ってもおかしくないことを認識すべきだと思います。
また、メンタル疾患は、個人の性格とは関係ないと言われています。鬱になる人は几帳面な人が多いと一般に言われていますが、先ほどのような職場環境をみると、個人の問題よりも、職場が生み出すハラスメントや人間関係の軋轢からくるものと思わざるを得ない状況です。
それから、精神科に対する偏見がメンタル疾患対策の進まない大きな理由となっています。ニュースなどで、殺人事件の犯人に精神科の通院歴があったなどと報道することは、精神科に通院している人は殺人事件を起こす、といった刷り込みがされるので、大きな問題があると思っています。
メンタル疾患に陥る原因は、職場における人と人とのコミュニケーションの不在といったことが大きいです。そして、このコミュニケーションの不在が、職場のハラスメントへとつながっていくのではないかと思います。
(3)自治労パワーハラスメント10万人実態調査
私は、ハラスメントを人の尊厳を傷つける「いじめ、暴力」だと思っています。
職場における権力を使ってのいじめや暴力といったパワーハラスメントは、セクハラのように法的な定義やルールがなく、解決が遅れていました。そこで自治労では、パワーハラスメントとメンタル疾患の関連性を裏付けるために、2010年10月に、10万人実態調査を行いました。その結果、パワハラを知っている人は97%で、自治労の3%の人が言葉も知らなかったということでした。それでも、関心は非常に高いということがわかりました。
また、過去3年の間、パワハラを受けたことがあると答えた人は5人に1人でした。また、過去3年という期間を決めなければ、3人に1人が被害にあっていたことが、この調査でわかりました。昨年厚生労働省が行った、民間企業での調査においても4人に1人が被害者となっていました。公務・民間に限らず、こういった数字が出ています。
調査で一番聞きたかったのは、パワハラによる影響です。パワハラが原因で、推計で1万5千人が心療内科や精神科に通院、1万1千人が「死にたくなった」と答えていることで、深刻さが非常に浮き彫りになりました。メンタル疾患は職場のパワハラが原因ではないかと思っていたことが、この調査により明らかになりました。
また、パワハラを受けた人たちのほとんどが相談もせずに泣き寝入りしていることもわかりました。その原因は、何をしても解決にはならないのではないかとか、申し出るとさらにひどいパワハラを受けるのではないかというものでした。
さらにわかったのは、プライバシーが守られる相談窓口がないということです。自治労が相談窓口を作ってほしい、それが一番安心できると答えてくれた人もいました。
この調査では、8割の人がパワハラは命にかかわる非常に大事な問題だと答えていました。しかし、その一方で「パワハラは個人の問題だ」と答えた人が、4割以上いました。この数字から、パワハラが全体ではまだ理解されていないことが明らかになったのだと思います。
(4)パワーハラスメントの事例
実際にあったパワハラの事例をみると、「大声を出して、机をたたいて、プライベートのことを言われた」「仕事でミスをしたときに、今後どのように防ぐかを書かされ、そのノートを毎日見せるように指示された」「既婚上司が身体を要求し、応じなかったことで、無視され、不要な仕事などを一方的に指示され、さらにひどくなると配置転換などにあった」「お客さんのいる前で、生きる価値はない、お前は嘘つきだ、と怒鳴られた」「上司に逆らうと良いことはないぞ、と言われた」などが書かれていました。
私自身も自治労本部にいた時、まだ各県に相談窓口がなかったため、直接パワハラについて相談を受けました。その中でひどかったのは、男性からの相談で、明日髪の毛を5分刈りにして来いとか、指を詰めろと言われて本当にナイフで切られたとかがありました。ナイフで切った行為者は処分を受けたのですが、職場のルールをきちんと作らなければ、行為者を処分するだけでは解決にはなりません。
これらの事例は嘘みたいな話ですが、これは公務員の職場だけでなく、民間も含めたいろいろな職場で実際に起きていることです。
3.ハラスメントの状況とその対策
(1)パワハラに対応するときの困難点
セクハラは、法律に準じて対応することができますが、パワハラには法的な根拠がないので、対応することが非常に難しいです。また、教育指導との境目がわかりにくいこともパワハラ対策を困難にしている要因です。スポーツの世界でも殴ることが指導だと思っているケースがあります。しかし、スポーツのことではなくて、プライベートに触れる部分で、「お前はのろまだからダメなんだ」とかの発言があれば、そこが境目だと思います。
どう対処していくかについても、解答がないと言われていますが、お互いの人間関係がどの程度なのかが大きいと思います。片方は仲がいいと思っていても、片方はそんなに親しいとは思っていないことがあります。ですから、そのあたりを考えて対応すべきです。
(2)ハラスメントの影響
ハラスメントを受けると、被害者は、自分の価値や存在自体が否定されたように感じ、傷ついてしまいます。そうするとメンタルに陥り、仕事が思うようにできなくなり、意欲がわかなくなり、人間関係がおかしくなり、家族との関係にも影響し・・・、ということで、非常につらいと思います。
行為者・加害者になっても、問題を抱えることになります。訴えられて仕事をなくすかもしれません。そうすると経済的な損失もありますし、パワハラで仕事を辞めたということで、社会的な信頼を失ってしまいます。
パワハラが起きた職場にも影響を与えることになります。周囲の人たちは、どう判断していいのか混乱しますし、仕事にも影響が出てきます。また、何もできなかったという責任を感じてしまいます。そうなると、職場の雰囲気が悪くなります。
つまり、ハラスメントは被害者にとっても、加害者にとっても、周囲にとっても、誰にとっても不幸なことだということです。ハラスメントによる職場環境の悪化は、生産性の低下をもたらしますし、人も地域社会もダメにしていきます。
日本国憲法でも、世界人権宣言でも、「人間は尊厳と権利について平等」ということが書いてあります。ここをしっかり守っていくことが必要だと思います。
(3)今、何をすべきか
ハラスメントの実態が10万人調査でようやく明らかになりましたので、それぞれの職場で現状をしっかりと把握し、ハラスメントについて、正しい理解をするようにしていくことが非常に大事だと思います。ハラスメントは個人の問題ではなく、その人が属している全ての問題であり、人権侵害、最終的には命にかかわってくるということです。尊厳を踏みにじり、命まで奪ってしまうのがハラスメントの問題だと思います。
自治労では、相手を傷つけずに自分の意見を言うトレーニングや、職場の中でハラスメントが起きない、起こさない、起こさせない体制づくりが必要だと思っています。具体的な活動として、毎年7月に安全衛生月間を設けて、メンタル疾患、ハラスメントについて一斉に点検するようにしています。
(4)ハラスメントの連鎖をなくす
ハラスメントの問題が非常に困難なのは、「他人事」だと思ってしまうことです。皆さんにお願いしたいのは、「自分はやっていない」ではなく、「自分もやっているのではないか」と、自分のしたことがハラスメントになっていないかを考えてほしいということです。人のことはよく見えて、あの人はハラスメントをしている、ハラスメント発言だとわかるのですが、自分がやっていることは、なかなかわからない人が多いです。
ハラスメントも差別も、加害者と被害者がいつでも入れ替わることがあります。連鎖していくというのは、そういうことでもあるので、常に自分を点検してほしいと思いますし、相手はどう感じるだろうかと、コミュニケーションをとっていただきたいなと思います。
4.東日本大震災におけるストレスの実態
(1)さまざまな心の傷(惨事ストレス)
残りの時間で、東日本大震災と自治体職員の心、あるいはメンタルについて話したいと思います。
2011年3月11日に震災があって3年になります。この震災は、東北3県の問題ではなくて、日本全国の問題だと思います。復興については、自治体ごとに差が出てきていると思いますが、まだまだ復興途中、福島に至っては復興という言葉も使えないような状況にあると思いますので、これは忘れてはいけないと思います。
この大震災と自治体職員との関係について、皆さんは惨事ストレスという言葉を聞かれたことがありますか。ハラスメントは、日常の中においていじめや嫌がらせが起きて、多くは慢性的なものです。それに対して惨事ストレスは、一気に強烈なストレスが与えられます。大規模な災害や事故によって、悲惨な光景を目にしたり、職責を果たせなかった思いに苛まれたりした結果起きる、不眠や、気分の不良、放心状態などのストレスです。この惨事ストレスは、直接の被災者だけでなく、少しも揺れなかった九州などでも、津波の映像を見ただけで、気分が悪くなったといったことが言われていました。
それから、ボランティア参加者の心にも影響を与えています。日常とはかけ離れた被災地に行ったことで、ストレスからメンタル疾患になったという人もいます。自治体支援で行っていた職員でも、不幸にも今までで2人自殺者が出ています。そのうち1人は兵庫県の人で、震災1年後に派遣されました。その時に、「自分たちにできることは、何もないのではないか」という思いに苛まれて、不幸にも命を絶ったということです。
そして、被災地の自治体職員の惨事ストレスは大きな問題です。大地震の後、津波がきました。その直後から自治体職員は行方不明者の捜索から、避難所の開設、避難者への水や毛布の準備、そして行方不明者を探しにくる人たちへの対応といったことで、不眠不休の毎日が続きました。
救援の期間が決まっている消防や自衛隊と違い、被災地の自治体職員は、今もなお復興のために働き続けています。このことはあまり知られていないことですが、彼らは震災直後から今まで、現実から目をそむける時間をもたずに働いているわけです。
(2)自治労の支援
自治労では、組合員である自治体職員が倒れてはいけないと、震災後の4月10日頃から3ヶ月間支援に入りました。安否確認や行方不明者の捜索、避難所の開設、救援物資の仕分け、市民の対応などを手伝いました。その他にも、罹災証明の発行、遺体安置所業務、位牌、アルバム整理などいろいろやりました。
それから、惨事ストレスとメンタルケアについての冊子を作りました。はりきりすぎないでやろうとか、長く続けるためには少しずつ休憩をとりながらやろうとか、オンとオフをしっかり切り換えてやろうということを伝え、ボランティアに行ってもらいました。また、現地の職員にもこういった冊子を配って、心のケアに取り組みました。
(3)被災自治体職員の事例
忘れてはいけないのは、そこの職員も被災者だということです。にもかかわらず働き続けなければいけない状態がずっと続いているのです。自分たちの家族の安否もわからないまま仕事をしている姿を見ると、仕事だから仕方ないとは思いますが、こういった実態をわかってほしいと思ってしまいます。
私が遺体安置所で出会った女性職員は、遺体の衣服を洗濯して、遺体のそばに畳んで置く、ということをずっとしていました。非常に元気に見えたのですが、ある時、ぽろぽろと泣き出しました。その姿を見て、もう限界なのだろうと思いました。けれども、仕事は続いていくわけです。
それから、津波が押し寄せてきたときに、避難放送をし続けた結果、津波に流されてしまった女性職員がいました。これは非常に美談にされていますが、皆さんがこの人の親だったら、仕事はやめて逃げてくれと絶対に言っていたはずです。死ぬまで仕事をすることは、決していいことではありません。
また、震災直後から被災者のケアにあたっていたため、数日家に帰れなかった男性職員が家に帰った時には、妻も生まれたばかりの赤ちゃんも津波に流されてしまっていました。これも美談にされていますが、彼は家族のために帰りたかったと思います。家族を犠牲にして仕事をするのが自治体職員ではないと思います。やはり、自分の命を守り、皆も助かる方法を考えないといけないと思います。
しかし、被災自治体で生き残った職員は、同僚が亡くなったのにどうして自分が助かったのかと、自分が生きていることを責め続けています。
(4)益々増える仕事、増えない人員
今、公務員はどんどん人員が減ってきています。その一方で、被災自治体ではどんどん仕事が増えています。もともと東日本大震災前から、全国的に地方公務員はどんどん減らされる傾向にあって、大幅な人員不足や、臨時・非常勤職員との置き換えといった状況がありました。そこに東日本大震災が起きましたから、なかなか対応ができません。
復興計画が進めば、事業をしなければなりません。入札をし、工事をし、支払いをしていきます。こういったことは、今後どんどん重なりますし、政権が変わると方針が変わります。そうなると今までやってきた仕事を、また一からやらなければならないことがあります。被災地の職員は、本当に心が休まる暇がありません。
人が足りないということは休めないということです。メンタルには休養が一番なのですが、それができずに悪化し、メンタル疾患を発症する。たとえば、当時とったアンケートでは、いわき市の病気休暇の半数は、メンタル疾患だったということです。人員不足→休めない→メンタル疾患、この悪循環を断ち切っていく必要があると思っています。
5.おわりに
東日本大震災の対応は、日常の積み重ねがないとなかなかできないと思います。東日本大震災のような災害は本当に非日常です。ハラスメントというのは、日常の中で起きていますが、その日常のハラスメント対策、いじめや暴力、そして、メンタルをなくしていくことが、非日常に対応することにつながると思います。
今、年収200万、300万円以下の人たち増えてきたと言われています。そして、30代、40代の働き盛りの自殺者が増えてきています。仕事があるだけましではないか、就職できたらよし、というような考え方をする人もいますが、それではだめだと思います。やはり、尊厳のある働き方をするためには、「年収200万円の人と比べたら・・・」という考え方はやめるべきです。
人は生きるために働くのであって、働くために命をなくすのは間違っています。これから社会に出て、仕事をされる皆さんには、ぜひ、命を守れる働き方ができる、そんなことを観点に考えていただければと思います。少しでも今日の話がお役に立てればと思います。どうもありがとうございました。