1.会社と組合の概要
(1)日本ハムグループの紹介
日本ハムグループの事業拠点は、生産拠点が86ヶ所、物流・営業拠点が383ヶ所、自社農場が130ヶ所、研究所が2ヶ所あります。グループ全体の従業員数は、国内・海外合わせて約29,000人となっています。
日本ハムというと、ハム・ソーセージしか販売していないと思われるかもしれませんが、グループの売り上げの半分以上は食肉で占められており、スーパーの精肉売り場や、焼き肉チェーンなどにお肉を卸しています。加工食品では、ハム、ソーセージやピザ、中華名菜という野菜を1品加えるとおかずができるような商品もあれば、回転寿司などの寿司ネタも扱っています。また、ヨーグルトやチーズを作っている会社もあります。
日本ハムグループでは、鶏・豚・牛全部扱っているのですが、それらを育てるところから始まり、屠畜したお肉を加工して、スーパーなどの量販店に卸す自社一貫したインテグレーション体制になっています。
(2)日本ハムユニオンの紹介
日本ハムユニオンは日本ハム株式会社の従業員で構成している労働組合です。全従業員のうち、組合加入資格を満たす従業員は約3,100人おり、ユニオンショップ協定に基づいて原則全員が組合に加入しています。内訳として正規社員が1,500名、非正規社員が1,600名です。以前は、組合は正規社員のみで構成されていました。しかし、2002年と2012年の従業員数を比べると正規社員と非正規社員の数が逆転しています。非正規社員を組織化していなければ、現在の組合員数は半減していたという状態です。
2.「非正規労働者」って?
一般的に非正規労働者は、雇用期間が限定されていたり、労働時間が正規労働者より短かったり、正規労働者と比べて賃金や厚生年金といった社会保障に差があったりします。総務省統計局の労働力調査を見ると、現在、正規労働者は約3,317万人で、2012年から比べると50万人減っています。一方、非正規労働者は1,881万人となっており、逆に約100万人増えています。このように、正規労働者は減っているけれども非正規労働者は増えているのが現状です。そして、この傾向が今後も続いていくと思われます。
3.なぜ、日本ハムには「非正規労働者」が多いのか?
日本ハムも正規社員が1,500名、非正規社員が2,500名と非正規社員が大半を占めています。また組合員数も、正規社員が1,500人、非正規社員が1,600人で非正規社員の方が多いです。
日本ハムに非正規社員が多い主な理由のひとつとして、コスト削減が挙げられます。スーパーの売り場にたくさんのピザが並んでいるとします。パッケージだけでは、会社の名前はすぐに見分けられないし、食べてみないと味もわかりません。店頭に並んでいる時点で、明確に違いがわかるのは値段です。そうなると、消費者はたいてい安い方を手に取ってしまいます。つまり、スーパーでは安い方が売れますから、日本ハムに値段を下げてくれという話になるわけです。
値段を下げるためには、利益を削るという方法がありますが、それだけでは赤字になってしまいます。そうすると、その商品の原価を下げなければならなくなってきます。例えば、ピザを作る時にかかる原料の値段を見直すとします。しかし、原料の値段を下げることも限界があります。そうなると次に削るのは、人件費になります。ピザを作るのはオートメーションではなく、従業員がベルトコンベアーで流れてくる生地の上にチーズをのせたり、サラミをのせる作業を行っています。
2002年までは、そういった現場での作業は正規社員がやっていました。それを、コストを下げるために、正規社員より賃金が低い非正規社員へ替えていきました。そうすると、一枚のピザを作る金額が下がるわけです。こうして正規社員が非正規社員に入れ替わっていったことが、日本ハムに非正規社員が多い理由のひとつです。
4.労働組合が「非正規労働者」の組合加入(組織化)をすすめた背景
(1)組織化の背景
正規社員が非正規社員に入れ替わっていったなかで、我々労働組合が、今までは組合員ではなかった非正規社員の組織化をすすめた背景を説明します。
きっかけとなった大きな事件に、企業不祥事があります。2002年8月6日(奇しくも「ハムの日」)に、ニュースが入りました。グループ会社が起こした輸入牛肉の偽装事件でしたが、「日本ハムグループ」という名前がついている以上日本ハムの責任だと、世の中からバッシングを受けました。その結果、日本ハムと名前がついている商品が一斉に売り場から消えました。加工品の製造工場では、毎日返品されてくる商品を廃棄する仕事に追われるようになっていました。私は当時、名古屋にいたのですが、「会社がなくなる」と覚悟したこともありました。消費者から求められている企業としての責任をしっかりと守らなければ、会社はいとも簡単に姿を消してしまうということを痛感しました。
そうした状況で、労働組合の役割・使命も再認識しました。労働組合の役割・使命は、社内で問題があれば、現場の声を経営側に伝え、改善させることにあります。しかし、現場で働く非正規社員は組合員ではないので、問題があったとしても上からの指示に従わざるを得ないわけです。そこで、現場で働く非正規社員の声をしっかり聞く必要があるということで、非正規社員の組織化が課題として浮き彫りになりました。
2001年以前は、非正規社員といっても、準社員、嘱託社員、パートタイマーなどさまざまな名称があり、それぞれに賃金体系があったり、労働時間が違ったりしていました。そのため、労務管理が煩雑で管理が徹底されていませんでした。
ちょうど社会的にも、有期労働契約法制の変化や、非正規労働者比率の増加から、有期労働者の雇用管理の必要性が高まってきており、日本ハムでもこれまでバラバラだった非正規社員を一つの身分に集約することになりました。そして、2002年以降「パートナー社員」にまとめました。
このように、社内危機からの必要性だけではなく、取り巻く環境の変化に対応していくために、組織全体の見直しが迫られてきたことも組織化の背景のひとつです。
(2)組織化の必要性
『壁を壊す』(中村圭介、2009年)という本に、労働組合の視点から「代表性」の危機、「集団的発言メカニズム」の危機、「社会性」の危機について、書かれています。
[1]「代表性」の危機
これは、従業員代表といわれる労働組合が本当に従業員代表となりえているのか、ということです。職場の半数を超えた組合員がいないと、本当の従業員の代表とは言えません。
日本ハムの場合、スタッフ部門や営業部門は正規社員が多かったのですが、ピザやソーセージを作る製造現場である工場部門では、75%以上が非正規社員で、多いところでは90%にも達している状況でした。そこには、従業員の声を拾い上げる環境がないわけですから、労働組合は、「代表性の危機」に陥っていたことになります。
[2]「集団的発言メカニズム」の危機
これは、同じ職場で働く仲間の声の反映が必要不可欠ということです。以前は、非正規社員は組合員ではないので、声を聞くという認識がありませんでした。しかし、実際は「これじゃあ会社はよくならない」という不満もあれば、「こうしたらもっとよくなる」という意見もあります。こういう非正規労働者の声を吸い上げることは、不祥事を防いだり生産性を上げることにも繋がります。
ここで少し、日本ハムのパートナー社員を対象に行ったアンケート結果を紹介します。一番多かった声は、有給休暇の取得率向上でした。次に多かったのは、生産性を上げるための設備改善や労働安全衛生面からの作業環境の改善、あとは職場コミュニケーションの向上、自らのキャリアを伸ばすような研修実施とか、適正な評価をしてほしい等です。
パートナー社員の声を聞く前は、1年で契約が切られる不安があるため複数年契約にしてほしいとか、賃金を上げてほしいという話が多いと想定していました。しかし実際は、賃金の話よりも、生産性向上についての提案や職場コミュニケーションなど、職場環境を良くしたいという想いや、会社の事を心配する意見が多く聞かれました。
[3]「社会性」の危機
これは、労働組合としての社会的責任・存在意義につながります。労働組合がすべての労働者の代表として、社会的弱者に寄り添った運動ができているか、正社員の既得権益のみを考えていないかということです。
5.これまでの取り組み
(1)ユニオンショップ締結までの組織化の取り組み経緯
パートナー社員の組織化をすすめるにあたって、ユニオンショップ締結までどういう取り組みをしてきたかを紹介します。ユニオンショップとは、会社との協約を結んだ範囲で、一定の条件を満たしていれば、労働者は労働組合に加入するというものです。
日本ハムの正規社員は、4月に入社すると3か月の試用期間を経て、7月1日になれば本採用と同時に組合に加入するという決まりがあります。すなわち、日本ハムという会社に入ったら、組合に入ることが、会社と組合との約束事で決められています。
パートナー社員の場合も、ユニオンショップになぜこだわったかというと、会社をよくするために、網目のようにいろいろな声を拾うには、組合員にする必要があります。でも、オープンショップでは組合加入が自由なので、組合に入らない人が出て、その人たちの声を吸い上げることができなくなります。また、オープンショップだと従業員代表になり得ない場合もあります。そのため、ユニオンショップ協定を2004年の春闘で要求しました。
その時の会社側の回答は、オープンショップでした。その後、やり取りを重ね、最終的には2006年11月に、ユニオンショップ協定を締結しました。この間パートナー社員に組合加入の勧誘活動を続け、いろいろ苦労しましたが、ユニオンショップ協定を締結したことで、正規社員とパートナー社員は組合に加入することが義務付けられています。
(2)春闘・一時金交渉・秋季交渉:2005年~2007年
賃金・一時金といったお金に関わることもありますが、それ以外でも、2005年の春闘では、契約更新面接の実施を要求しました。パートナー社員は、1年に1回契約更新をするのですが、その更新をする時に、今までは契約書を渡されるだけでした。そのため、会社から自分がどういうことを期待されているのか、どのようなことに応えていけばよいのかわからないという声がありました。これは、自分のキャリアを伸ばすことにも関係しますし、一時金(ボーナス)の評価にも影響します。そのため、契約更新面接を希望者から始めることになり、今では全員に実施しています。
それから、正社員登用制度の見直しです。これまでに、正社員へ転換した人もいたのですが、明確な取り決めが無く、公平性があるとはいえないものでした。ですから、どういう人が正社員登用の資格を持っていて、どういう試験に受かれば正社員になれるのか、そういうものを整理しながら、年齢制限の考え方や部門長の推薦などといった要件を整理していきました。
あとは、社内公募制度の導入です。工場の中でこういうことをやりたい、という意見を組み入れていくといったことも行いました。
(3)春闘・一時金交渉・秋季交渉:2008年~2009年
2008年の春闘では、人事考課・教育研修につながるのですが、自己啓発として通信教育の補助を要求しました。
それまで正規社員とパートナー社員では、福利厚生面において差がありました。教育についても、通信教育の補助を正規社員には行っていました。同じ働く仲間として、キャリアを考えているのであれば、パートナー社員にも補助してもいいのではないかと要求し、会社指定の通信講座終了者に補助が出るようになりました。
(4)春闘・一時金交渉・秋季交渉:2011年~2013年
2011年の春闘では、契約期間の撤廃を要求しました。日本ハムの製造部門では、パートナー社員は1年契約となっているのですが、中には契約を反復更新して5年10年と働いている方もいます。そこで、このような要求を出したのですが、未だに難航しています。ただ、最近の法改正で、5年の反復更新後、無期雇用にするというという議論も出ているので、世の中の流れと共に、組合として要求しているところです。
(5)これまでの取り組みのポイント
これまでの取り組みでは、賃金、一時金、ベースアップといったものも継続して取り組んできました。賃金水準の低さは、生活に直接かかわる切実な問題ですし、正規社員との格差という問題もあります。
それから、人材確保にも取り組んでいます。賃金が安いと人が集まりません。製造工場ですから、労働集約型産業といわれるように人の力が現場を動かしていくわけです。したがって、人が集まらないと製造に影響が出るので、人材確保がメインとなります。
先ほど言った雇用不安の払しょくや、人事考課・教育研修にも同じように力をいれています。そして、自己実現・自己選択という点では、パートナー社員のモチベーションの維持・向上や、キャリア形成に取り組んでいくことも重要だと思っています。
会社の半分以上を占めるパートナー社員が現場を動かしていくわけですから、この方たちがやりがいを持って頑張ってくれることが会社の生産性を上げていくのだという考えで、取り組んでいるところです。
6.パートナー社員への取り組み(まとめ)
パートナー社員への取り組みの背景として、企業のコンプライアンスの観点について危機感があり、それを守らせるのは労働組合の義務であるという話をしましたが、実は、それだけではありません。パートナー社員として働く方たちには、生活観・勤労観について多様な価値観を持っています。
例えば、パートナー社員には、配偶者や子どもがいて、生計を立てている人も結構います。こういう方のお子さんが大きくなって、みなさんのように大学に入るとなると、お金もたくさんかかります。しかし、パートナー社員の賃金では、子どもを大学に行かせるお金が賄えないという状態になっているとすれば、そういった人たちのためにも賃金水準を上げていく必要があるわけです。その一方で、主たる生計を担う配偶者がいて、空いている時間を利用して働きたいというニーズの人もいます。こういう生活観を持った人もいるわけですから、それぞれの価値観に対応できるように取り組むことが大切だと思います。
その上で、会社で働く仲間として、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という考えで、我々労働組合として何ができるのかを考えることによって、労働運動そのものを改めて見直す非常に良い機会となりました。
働き方の多様性が広がっていますが、同じ職場で働く人たちが、どうしたら、やりがいを持って働いてもらえるのか、労働組合として考えながら取り組んでいます。