1.はじめに
日本食品関連産業労働組合総連合会(フード連合)は、食に携わる労働者が結集した日本で最大の産業別組織(産別)です。現在、組合員数が10万5千人、加盟組織が300組合です。
活動の大きな柱は、産業政策、労働政策、ワーク・ライフ・バランス、組織の拡大と強化に向けた取り組みの4つです。そして、これらの活動のなかでも組織の拡大は、本日のテーマでもあり、また、フード連合における1丁目1番地の取り組みです。
本日のテーマに入る前に、非正規労働者の問題について考えてみたいと思います。非正規労働者問題は、1993年の就職氷河期のときに正規社員になれなかった人を対象に正規化すれば今日の様に大きな問題には発展していないはずです。なぜ、これだけ非正規が増え続けているのか?これは、日本経済と日本の雇用システムから考えてみる必要があります。
2.非正規労働者の問題について日本経済と雇用システムから考える
(1)日本の雇用システムの変化
①戦後から今日にかけての日本経済の流れ
日本は、1954年から1961年にかけて高度成長期を迎えました。この頃から、次第に第一次産業が減り始め、日本の産業構造に変化が起こり始めます。そして、1962~1978年の高度成長時代において、石炭から石油、天然ガス、原子力へと、エネルギー革命がおこります。当時は、失業率も1.3~1.2%で、失業者はほぼいない状態です。また、労働力人口もどんどん増えて、1956~1973年の平均経済成長率は9.1%と非常に大きな成長が続いていました。
そのような中、1973年に第一次オイルショック、1979年に第二次オイルショックがおきます。1974年の失業率は1.2%、失業者は70万人でした。それが、1978年には2.3%、125万人となっています。この頃、労働力人口は5,500万人のうちパートで働く人は全体の1割でしたが、1~2年で辞めていくというような働き方でしたので、あまり問題にはなっていませんでした。それが、1980年代くらいから一気にパートの比率が高まっていきます。
1985年のプラザ合意後、円高が急激に進み、土地や株の値段が急上昇していきます。80年代バブルが起こるわけですが、バブル崩壊後から、直近まで経済の平均成長率は平均で0.9%と激しく落ち込んでいきます。この間には、NTT、JR、JTといった企業が民営化され、自由化が促進されるようになります。そして、1990年のパートの比率は、全雇用者の2割となっていきます。
②日本の雇用を支えていたもの
日本経済を支えてきたものに「雇用の維持・拡大」、「労使の協力と協議」、「成果の公正配分」という「生産性三原則」があります。また「終身雇用」、「企業別労働組合」、「年功序列賃金」といった「三種の神器」もあります。こういったものに支えられて日本経済は、今日まで上手くまわってきたといわれています。
しかし、1993年以降、グローバル化が進むなかで、「生産性三原則」あるいは「三種の神器」が通用しなくなってきます。生産拠点が賃金の安い海外へ移され、国内経済の空洞化がどんどん発生し、日本で労働者が働けない、賃金を得ることができなくなってきました。結果、日本経済が回っていかなくなります。リストラ、業界の再編等は、このあたりから目立ってきています。
こういった状況のなかで、賃金の格差が広がっていきました。これまでの日本の雇用システムでは、高校あるいは大学を出て、就職してそのままずっと勤めれば、賃金がどんどん上がっていくというものでした。しかし、途中でやめてしまうと、それまでのキャリアはゼロに戻ってしまいます。また、いくら優秀な大学を卒業していても、パートで就職すると賃金はほとんど上がらず、正規でずっと働いている人との間には賃金の格差が広がってしまうわけです。
③増加する失業率と非正規労働者
先ほども触れたように、1956年から第一次オイルショックまでの経済成長率は、平均9.1%くらいで推移してきました。それが、オイルショック時に平均4.2%に下がり、1991~2011年では平均0.9%に下がっている状況です。そして、失業率は80年代バブル、金融機関の破たん、更にリーマンショック等の出来事を通して上昇しています。
一方、労働力人口は変わっていません。ただし、非正規で働く人がどんどん増えてきたということです。今日では、非正規率は35%まで広がってきています。
1999~2000年にかけて業界再編が盛んに行われました。大規模な合併や資本提携が次々と行われ、労働組合がないところでは人がどんどん切られていく状況も多く見られました。大きな企業でさえも「リストラ」が大々的に行われましたから、中小企業になればなおのことです。
日本経済は全体からいいますと、大量生産から少量多品種生産に変わってきています。また、成長しない低位成長時代で、失業率が非常に高く、国内競争ではなくグローバル化しているという状態です。さらに、少子高齢化は労働力の減少につながっています。そして、経済成長の低下に伴い、皆さんに対する社会保障の負担がこれからどんどん増えていきます。2050年には、1人の高齢者を1人の現役世代が養っていかなければならないといわれています。
(2)就労形態の多様化
就労形態はこれまで正社員中心でしたが、パートや、派遣、アルバイト等、多様化しています。では、パート社員が増えると問題なのでしょうか。問題は、パート社員が増えることではなく、労働組合に加入しないパートが増えることが問題だというふうにとらえていただければと思います。
では、どのようなことが問題なのでしょうか。ひとつは、正社員が減少すると生産性が落ちる場合が多いです。また、短時間勤務の人が、「自分たちは正社員じゃないから」と考えることにより、帰属意識が低下する可能性があります。
さらに、労働協約は労使の合意で決めることになっています。従業員の過半数を代表する組織のトップが印鑑を押さないと成立しません。従業員が1,000人いて、490人を組織化している労働組合があったとします。その労働組合の委員長が労働協約の変更に対して印鑑を押しても、510人のパートが、そんなことは知らないと言ってしまえば、委員長は労働者を代表していないということになるわけです。
それから、会社組織の防衛につながりますが、企業の不祥事を防がなければならないということがあります。パートが問題を起こすのではなく、問題は、組合未加盟の労働者がいることで労働組合が現場を把握できない可能性が高くなります。企業の不祥事ということでは、例えば残業代未払いや賞味期限の改ざんなどの問題があります。こういった問題に対しては、企業側も労働者側もコンプライアンスを重視しなければなりませんし、労働組合は企業に対しても、労働者に対しても監督していく必要があるわけです。
もうひとつは、少し大きな話になりますが、低賃金で働く人が多ければ多いほど日本経済は成長しないということです。
3.非正規労働者の組合加入に向けた考え方
(1)今日における労働組合の役割
非正規労働者の組合加入に向けた考え方としては、先ほどから申し上げているように、組織の防衛を組合自らがやっていかなければだめだということです。会社は、少しでも利益を出せということで、普段の業務でも備品を節約して使い回したり、安全環境ぎりぎりまで節電したりしています。この程度ならいいのですが、度を越すと不祥事を起こしてしまうこともあるわけです。会社のトップがコンプライアンスをきっちりやれと言っても、それが現場に降りてくるまでにきちんと話が伝わらなかったりします。
不祥事を起こしてしまえば、最悪の場合、その会社はつぶれてしまい、そこで働く人たちは仕事がなくなり、生活していけなくなります。労働組合は、組合員の生活を守る責任があります。ですから、不祥事を阻止することは労働組合の大きな役目なわけです。労働組合というと、賃金を上げるとか、労働条件をあげるといった取り組みを想像されるかもしれません。賃金をさらに上げる努力はしていますが、もっと大切なこととして、企業で働いている全ての人々が安全に、安心して働けるようにしていくことが労働組合の使命ではないかと思っています。
もうひとつ、企業再編対象者への関与や関連企業の労働組合に対しても私たちは関与していく必要があると考えています。
(2)正社員登用制度に向けた取り組み
今、私たちは、パートの正社員登用制度を作るために活動しています。パートで働く人の中には、短時間で働くことを自ら望んでいる人もいます。私は、それはそれでいいと思っています。ただ、冒頭でも申しましたように、フルタイムで働きたいのにパートしか仕事がなく、それで生計を立てている、そういった人たちに対しては、それではいけないと思います。やはり、正社員になれるチャンスをそれぞれの企業で作っていかなければいけない、そういうふうに考えて、提案してきました。
たとえば、パートの時給が1,000円だとします。その一方で、同じ現場でパートと同じ仕事をしている正社員が月給30万円もらっているとします。20日働いたとして、正社員の30万円を20日で割ると、1日8時間働いたとして時給1,875円になります。全く同じ仕事なのにこのような差があるわけです。
また、今問題になっているワーキングプアとは、実は、賃金が安いだけではありません。
社会的な排除や人としての居場所の喪失にも繋がります。職場において「パートにやらせておけ」という言葉が職場で横行しているとします。パート、アルバイトは現場でそういうふうに扱われているとすれば、あるいは、呼び方にしても「アルバイト、来い」とか「おい、パート」とか言われているとすれば、それは人間としての人格を否定している事につながります。それに対して正社員は、きちんと名前で呼ばれています。正社員とパート、アルバイトの間には、そういった澱んだ空間ができていて、パート、アルバイトといった非正規労働者は差別されています。社会的にそういうことが横行しているということです。このように扱われる人たちは、職場に人としての居場所がなくなってしまっています。「どうせ自分はパートだ」「どうせ自分はアルバイトだ」と思ってしまう、こういうことが問題だと私は思っています。
4.敷島製パン労働組合における非正規労働者の組合加入
(1)組織化の推進
敷島製パン労働組合で、パート社員の組合加入について正社員にアンケートをとった結果、ほとんどが肯定的な意見でした。実際、パート社員がいなければ職場は回らなくなっている状態でした。しかし、中には否定的な意見もありました。たとえば、パートが組合に入ると、組織が混乱してしまうのではないか、正社員の賃金が下がるのではないかといったものです。企業が儲けて労働者に分配するお金がパートにいってしまう、我々の賃金が下がってしまうのではないか、そういうことを言う人もいました。
アンケート結果をうけ、2007年の定期大会で、組織化準備委員会を発足させました。大会で組織化が決定すれば、それを推進していくことになるのですが、なかなか前進しない現実がありました。大会で組織化の意義・目的を確認したにもかかわらず、大会が終わってから執行部でパート社員の組織化が本当に必要なのかという話になりました。
また、会社は猛反発しました。いろいろな意見が上がって大変だぞとか、パートに対するアンケートはやめておけ、会社は協力しない等です。さらに、組合役員OBから非難の電話もあり、「今の体制では無理だ、現場が混乱する、お前は血迷ったか」ということを言われました。会社は最終的には現場の声が大きくなることを怖がっていると感じました。
そんな中、組合組織が一枚岩になるため、組織化に向けた支部役員勉強会も行いました。全国パート社員代表者会議を開催し、意見交換を実施したり、月に一度発行している機関紙に、パートの意見を載せたりもしました
(2)勧誘活動
いろいろ大変でしたが、パート社員を組織化することが連合や他の産別、マスコミなどでも取り上げられ、会社も賛成するようになり、組合に協力してくれるようになりました。
活動は、私としては全国の職場を訪問し、33回に渡って全体説明会を開催しましたが、支部の役員は個別説明を含め、更に多くの説明会を開催しています。
勧誘活動の苦労話を一つします。全国の支部組織は11あるのですが、まず100%の加入を達成したのは、神戸支部と名古屋支部でした。一方、神戸冷食支部では、ゼロでした。日頃の組合活動に対する従業員評価としか言いようがありません。
(3)パート社員の処遇改善
今、一番取り組まなければならないのは、パートの処遇改善です。組合に入ってもらうのはいいですが、処遇改善をメインに行わないと意味がありません。
まず、パートの呼び方をパートから「パートナー」に変えました。それから、昇格・昇進制度の導入、正社員登用制度を厳格化させました。入社当時はサポーター、そしてパートナー、準社員、正社員というようになっていきます。それに合わせて、時間給を基本時給、地域時給、能力時給の3つの分類に変えていきました。
能力時給は能力に応じてということですが、地域時給はその地域によって違ってきます。そして基本時給を労働組合が交渉していくようにしました。
5.終わりに
皆さんもこれから就職されていくと思います。もし、卒業して、正社員として就職できなければ非正規労働者になることもあり得るわけです。その時に、そのまま非正規労働者にとどまることにならないようにしなければなりません。
一労働組合がこういう非正規労働者の組合員化に取り組んでいくことは非常に大事なことですが、現実は思うような成果が上がっていません。
いっそ、国が正社員の登用制度を法制化するくらいのことをしないと非正規労働者の問題はなくならないのではないかと思いますが、ただ、いくら法制化しても抜け道はあるわけです。しかし、労働組合さえあればチェックできます。労働組合というのは、企業を陥れるためにあるわけではありません。大切なのは、コンプライアンスも、賃金も、非正規のことも、あるいは現場でのセクハラやパワハラなども、労使がしっかりチェックしていくことで、全てのことに、組合(労働者)と企業がWIN-WINの関係になれるようにしていくことです。
これからますますグローバル化が進むなかで、さらに非正規労働者が増加するかもしれません。また、直近では、大手電機メーカーで「リストラ」された人が海外で再就職しています。つまり、優秀な技術や人材が海外に流れてしまっているのです。こういうことも政府や企業はしっかりと考えなければいけないと思います。
働くということは、単なる食い扶持を稼ぐということではありません。それは、社会に必要な営みをとおして、社会に関与していくことです。社会の一員として、働くという事を通して一人の人格を獲得していくことにつながっていくのだと思います。会社は、一人の人間が社会の一員として認められていく場です。
就職するときは、会社に必ず労働組合があったほうがいいに決まっています。ある大学で「組合がなかったら駄目ですか。」という質問がありましたが、あるにこしたことはありません。
こういうことも見極めながら、これからの学生生活、そして就職活動に励んでいただければありがたいと思います。