埼玉大学「連合寄付講座」

2011年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第12回(12/26)

政策立案・政策実現の取り組み(2)
最低賃金引き上げで格差是正、底上げにつなげる

ゲストスピーカー:(財)国際労働財団 副事務長 勝尾 文三(前連合労働条件局長)

1.格差社会(低所得層)の現状

 はじめに、日本社会の現状について話をしたいと思います。

(1)非正規労働者の推移
 2010年の総務省「労働力調査」では、非正規労働者の数は1,756万人、全労働者に占める割合は34.4%となっています。3分の1を超える人たちが、非正規で働いているという実態にあり、女性の割合が非常に高く、おそらく、若い女性の2人に1人が、派遣、パート、アルバイトといった形で働いていると思います。このように非正規労働者が非常に増えてきています。
 また、1995年頃から、いわゆる労働分野の規制緩和が行われ、とくに、労働者派遣法の規制緩和が次々に行われてきました。2008年のリーマンショックの時には、派遣切りが多くの企業で行われ、今日的な状況も含め、派遣労働は非常に大きな問題となってきています。

(2)収入の現状
 2010年の国税庁「民間給与の実態調査」によれば、これにはボーナスや残業代も含まれますが、女性の場合、200万円以下で働いている人は7,775,000人で、女性の給与所得者数の半分近くを占めています。全体では、200万円以下で働いている人は10,452,000人で、1,000万人を超える数字となっています。
 また、男女の収入分布をみると、男性の場合は、いわゆる中間層が減っています。400万円以上600万円以下の人たちは、2000年は32.5%でしたが、2010年は30.7%と、減少傾向にあることがわかります。そして、200万円以上400万円以下の人たちは、26.5%から33.1%と増加しています。また、200万円以下も6.6%から9.8%と増えています。
 女性の場合は、男性と少し違う傾向を示していて、200万以上400万円以下の人たちは、男性が増えているのに対し、女性は減少しています。2000年は42.9%でしたが、2010年には39.4%まで減っています。逆に増加しているのは、200万円以下の層で、これは、若い女性の半数近くが非正規という実態から生じた変化ではないかと思います。
 全体の分布でみても、200万円以下、400万円以下の層が増加傾向にあり、600万円以下、800万円以下の層が減少傾向にあります。高い年収層が減少傾向にあるということで、野田総理が就任のときに言った、「分厚い中間層の復活」という言葉からは、かけ離れているということです。

(3)2010連合パート・派遣等労働者生活アンケート
 もう1つの調査結果を紹介します。連合は2年に1回、組合員にアンケート調査を実施していますが、その中で非正規労働者を対象としたアンケート調査もやっています。その調査結果から、非正規で働く人の生活実態について、お話ししておきたいと思います(調査の実施は2010年6月、配布は約23,000枚、回収は1124枚)。
 非正規で働く人は、家計補助的な働き方をする人であり、最低賃金はそれほど上げなくてもいいのではないかということを、経営側からよく言われます。しかし、連合が行ったアンケートによると、非正規で働く人のうち約3割の人が家計の維持者となっています。その中でも自分の賃金収入が全てと答えた人が20%ちょうどです。世帯収入の大部分が自分の賃金だという人の割合8.8%とあわせると、28.8%の人が、非正規で働く人の賃金で生活を維持していることになります。一部家計補助的に働く人もいますが、このように非正規労働者で生計を維持している人がかなり多くいるということです。
 そして、正社員になりたくても、なれなかったと答えた人の割合も高く、約半分になります。正社員になれなかったので、非正規になったと答えた人は45.5%で、2人に1人は、やむを得ず非正規で働いているということです。また、収入については、100万円台が37%、200万円台が30.1%ですから、先ほどご紹介したデータと概ね一致しています。

2.最低賃金制度とは

 ここまで、格差社会といわれる現状、低所得者層の実態について少し紹介しました。これらの現状をふまえたうえで、最低賃金制度についてお話をしていきたいと思います。

(1)最低賃金の概要
 まず、最低賃金には、法律で決められているものと、企業内の労使で決めるものの2つがあります。いずれも、労働者の賃金の最下限を決めることになりますので、それ以下の賃金はないということになります。
 ただし、一部適用除外があります。企業内最低賃金の場合には、18歳未満と60歳以上は適用除外とすることがあり、非常に軽易な作業をする人たちも適用除外にする場合があります。要するに、その企業の基幹的労働者の最低賃金を決めようということになります。それから、地域別最低賃金にも精神的・身体的な障がいなどで、労働能力が一般の人に比べて著しく劣るという場合で、労働基準監督署に申請すると、適用除外になるケースもあります。このケースは、ヨーロッパではなくなっていますので、日本もなくしていくべきだと思っています。
 最低賃金に違反した場合は、50万円以下の罰金という厳しい罰則があり、これは地域別の最低賃金に適用されます。賃金の不払いに対しては、労働基準法で30万円以下の罰金と規定されていますので、最低賃金法のほうが厳しい罰則になっています。

(2)法定最低賃金
 2つの最低賃金制度のうち、法定最低賃金について話をしたいと思います。法定最低賃金には、47都道府県別の地域別最低賃金と特定最低賃金があり、前者には重い罰則(罰金50万円)が、後者には軽い罰則(罰金30万円)があります。そして、この特定最低賃金には、産業別最低賃金と職種別最低賃金があります。なお、職種別最低賃金というのは、法律上は職種別に決めることができることになっていますが、実際にはありません。日本は仕事に就いてから職種がいろいろ変わっていき、アメリカやヨーロッパのようにずっと同じ職種で働くということは少ないので、職種別で決めるのはなかなか難しいと思います。そのかわりとして産業別最低賃金があります。これも47都道府県ごとに、○○県の電気産業の最低賃金というように細かく決められています。
 ヨーロッパでは、1国につき最低賃金は1つと決められており、非常にわかりやすいのですが、日本は47都道府県ごとに定めています。アメリカの場合は、連邦最賃があって、その他に、州や大都市、小さな市などでも定めているところもあります。アメリカを除き、先進国の中で最低賃金が細かくわかれているのは日本だけではないかと思います。
 最低賃金は、公労使の三者構成である審議会で審議され、政府(地方労働局)が決定します。公とは、学識経験者で、労は労働組合、使は使用者団体の代表ということになります。この審議会は、中央と地方にそれぞれあり、まず、中央最低賃金審議会で引き上げ額の「目安」というものを出し、これに基づいて地方は審議を行い、地方審議会で答申された内容で事実上決定されます。中央で決める額はあくまで目安であり、地域に対する拘束力はありません。

(3)企業内最低賃金
 もう1つの最低賃金制度は、労働協約で決める企業内最低賃金です。これは企業内の労使間で最低賃金を決めるというものですが、労使の考え方の隔たりが大きいこともあり、なかなか締結できないという問題があります。たとえば、労働組合が都道府県ごとに決めたいと思っていても、経営者には、それに縛られたくないという思いがあります。
 企業内最低賃金は、法定最低賃金に大きな影響を与えます。労働組合としては、企業内で最低賃金をしっかりと決め、法定最低賃金の引き上げにプラスの影響を与えていきたいと考えており、企業内における最低賃金制度も拡大していきたいと思っています。
 また、産業別最低賃金は、その産業の労働者の3分の1以上に適用される労働協約(労働協約ケースの場合で、このほか公正競争ケースがある)があって、はじめて改正ができます。また、新しく産業別最低賃金を設定する場合は、2分の1以上の適用労働者が必要とされています。それぞれは非常に高いハードルとなっており、この取り組みには、現在18.5%という労働組合組織率の拡大が必要だと思っています。
 企業内最低賃金は、適用労働者を除外することもできるため、組合員や正規労働者のみの基幹的労働者を対象にする場合もあります。しかし、連合では、昨年より全労働者を対象とした処遇改善の取り組みを進めており、そういう観点からは問題がありますので、全体に適用できるよう取り組まなければなりません。ただ、正規労働者のみを対象とした場合、金額を高く設定できるということがあり、法定最低賃金へのプラスの影響もあります。しかしながら、全体に適用されないということになると、格差社会を認めることにつながり、その点が問題といえます。
 連合としては、全労働者を対象とした処遇改善を目指しており、構成組織を通じ、非正規労働者も含めた企業内最低賃金の引き上げをお願いしているところです。

(4)法定最低賃金の補足
 法定最低賃金について説明を補足しておきたいと思います。先ほど言いました地方最低賃金審議会の目安額ですが、これは、47都道府県をAランクからDランクまでに分けて設定しています。東京や神奈川などはAランク、南九州の各県、沖縄、東北4県はDランクというようになっています。なお、ここでいう目安額とは引き上げ額のことで、例えば現行額を3円引き上げる、4円引き上げるというものです。
 2005年度、2006年度と比べて、2007年度、2008年度はかなり高い引き上げ額が示されました。2009年度は、リーマンショックの影響で0円でした。「目安を示さないことが適当である」という答申が審議会から出されました。2010年度はもとに戻り、一律ですが、10円引き上げられました。そして、2011年度は東日本大震災の影響をどう見るかということもあり、議論の結果、4円(Aランク)と1円(B、C、Dランク)で決まりました。これを2011年の地域別最低賃金の結果でみると、東京はAランクで837円、埼玉はBランクで759円となっています。なお、一番低い額は645円という水準で決まっています。


出所:連合作成資料

 厚生労働省では、最低賃金額が労働者にどのように影響したのかをみるため、主として30人未満事業場を対象に調査を行い、最低賃金の影響率と未満率というものを出しています。
 影響率とは、最低賃金の改定後に最低賃金額を下回る労働者の割合です。このことは、違法状態となることから、企業は引き上げざるを得ないということになります。影響率は、2007年度からは引き上げ額が少し高めになってきたことから、各ランクともに上向き加減でした。2010年度の影響率は、Aランクが4.4%、Dランクが4.6%、全国平均は4.1%となっています。
 未満率とは、最低賃金の改訂前に最低賃金を下回っている労働者の割合で、2010年度の全国平均は1.6%です。最賃以下で働いている人も若干いるということになります。
 なお、日本の影響率は4.1%と少し高めになってきましたが、たとえば、フランスは非常に高く、14%(最低賃金と同額の労働者の割合)を超えています。私は、日本の影響率ももっと高くなっていいと考えていますが、一方で、あまり影響率が高くなると企業経営に影響を及ぼすということから、審議会のなかでもいろいろ議論がなされているところです。

3.最低賃金をめぐる動き

(1)最低賃金法の改正
 最低賃金の引き上げの背景の1つに、最低賃金法の改正があります。最低賃金法は、1954年に制定され、業者間協定方式で徐々に拡大されてきました。業者間協定方式とは、企業が公正な競争をするために業者間で約束するというもので、最初に静岡県の缶詰工場の会社同士で結ばれました。当時は中卒の人がほとんどでしたから、中卒の初任給をいくらにするかを協定しました。これが日本における最低賃金の発祥で、今の産業別最低賃金にも公正競争という視点が引き継がれています。
 1954年に制定された最低賃金法は、以後改正されないままできましたが、1968年に改正があり、今の地域別・産業別の最低賃金となりました。目安制度は、法律の改正には関係なく、1978年からスタートしました。最低賃金は、1968年の法改正で地域別となりましたが、地域ごとに決めていくなかでバラバラに議論が進み、遅々として決まらないという状況になったことから、地域別最低賃金の審議を促進するために目安額を決めていくことになったわけです。また、労働側の意見にあった全国一律最低賃金に近い形にできるということからも、目安額が出てきたということです。
 最低賃金法は、1968年以来の改正が2008年にありました。2008年改正の主な内容は、生活保護との整合性を考慮することを明記したことが第一にあげられます。生活保護を下回る最低賃金ついては、この改正に基づいて徐々に改正される状況にあり、すでに東京では大幅な引き上げが行われました。また、派遣労働者については、派遣先の最低賃金を適用することになりました。これまでは、派遣元の最低賃金でいいということでしたが、実際に働いている地域の最低賃金を適用するということで改正されました。

(2)成長力底上げ戦略推進円卓会議(円卓会議)
 もう1つ、最低賃金を引き上げる力となったのは、成長力底上げ戦略推進円卓会議(公労使が参加する円卓会議)です。これは2007年2月から2008年6月にかけて、政府の主導により設置されたもので、中小企業の生産性向上と最低賃金の引き上げが議論されました。
 ここでの合意内容は、「最低賃金については、賃金の底上げを図る趣旨から、社会経済情勢を考慮しつつ、生活保護基準との整合性、小規模事業所の高卒初任給の最も低位の水準との均衡を勘案して、これを当面5年間程度で引き上げることを目指し、政労使が一体となって取り組む」というものです。リーマンショックや東日本大震災のときに、最低賃金の引上げがなかったのは、「社会経済情勢を考慮しつつ、・・・」とした合意をふまえたからです。
 なお、小規模事業所の高卒初任給の最も低位の水準というのは、最低賃金法は静岡の缶詰工場の中卒初任給の協定からはじまった経緯からすれば、今は9割を超える人が高校に進学していますから、高卒初任給を最低賃金にすべきではないか、と考えています。このため労働側は、最低賃金の水準は、高卒初任給の時間当たりの水準をもとに決めるべきであると主張しました。その結果、円卓会議の合意内容のなかに、「小規模事業所の高卒初任給・・・」という文書が盛り込まれました。

(3)雇用戦略対話
 さらに、もう1つ具体的な数字を示したのは、2009年11月から2010年6月にかけて政府が設置した雇用戦略対話です。これは、雇用創出をメインテーマに、各界の代表を集めて議論を行ったものですが、最低賃金についても議論されました。
 合意内容は、できるだけ早い時期に全国最低800円とし、全国平均1,000円を目指すというもので、これは、民主党のマニフェストの内容と同じです。2020年までに引き上げていく前提条件として、経済成長率が平均で名目3%、実質2%を上回ることが入っているため、目安額を決める中央最低賃金審議会の中で、大きな議論となっています。

 円卓会議、雇用戦略対話には、中央最低賃金審議会あるいは地方の審議会に対する拘束力は全くなく、法律上は無視してもいいわけですが、中央最低賃金審議会では、円卓会議と雇用戦略対話が設置されたとき、それぞれの合意に配意して審議を、という趣旨の文書(諮問)が厚生労働大臣から出されました。したがって、最賃の審議をする場合には、法律改正にあたっては、生活保護との整合性、円卓会議の合意、雇用戦略対話の合意に配慮するという形で進められています。

(4)最低賃金の推移と課題
 地域別最低賃金の水準については、地域間格差の拡大ということもチェックしておく必要があります。生活保護の水準が高い大都市圏で最低賃金が大きく上昇した結果、大都市圏と地方の最低賃金の格差が拡大しています。東京都と沖縄県を比較すると、2006年は100対85だったものが、2011年は100対77に拡大しています。地方連合会の担当者には、生活保護水準との整合性という点で、こうした地方と大都市の格差については、ある程度理解してもらっていると思います。
 また、産業別最低賃金が総体的に低くなってきています。生活保護水準との関係で、大都市での法定最低賃金が上がってきており、それに産業別最低賃金が追いついていかないということです。特に小売関係がそうした状況にあり、スーパーのパートタイマーの募集を見ていると、地方によっては、地域別最低賃金と同額で採用しているところも多く見られます。

4.最低賃金における連合の取り組み

 地域別最低賃金の平均737円で、1ヵ月の法定労働時間数173.8時間で計算すると、128,090円となります。この中から税・社会保険料を引いた手取り額は、109,773円です。この額で生活ができるのか、連合としては、それは無理だろうと考えています。
 連合では、2008年に生計費をクリアする賃金水準を算出しました。所定内の平均的な労働時間(月165時間)と、法定労働時間の2種類で出していますが、所定内の時間額では、東京都は1,070円、埼玉県は920円となります。これが連合で算出した地域別のリビングウェイジ、生活できる賃金水準ということになります。なお、このリビングウェイジは、埼玉県を基準にしています。大宮を中心に価格調査を行い、一番低い価格の生活必需品やサービス価格等で生活費を積み上げ、最低限必要な時間額を算出したところ、埼玉県では920円になりました。そして、地域格差の指数に基づいて算出すると、一番低いDランクの沖縄でも800円となり、偶然ですが地域別最低賃金のランクに合致することとなりました。仮に最低賃金が1,000円になっても、年間では208万円程度(税、社会保険料込み)であり、低所得者層と同じ水準にしかなりません。それでは困るので、やはり企業内最低賃金を引上げていく必要があると思っています。
 そのためには、労働協約適用者の範囲拡大の協定を締結していくことが労働組合の社会的責任であると思います。仮に労働協約にはできないとしても、労使協議では、労働協約の適用除外者に対する処遇改善に言及していくことはできることから、こういった取り組みを進めているところです。

5.賃金の底上げの必要性

 今の日本は、格差社会と言っていいと思います。日本の相対的貧困率は、2009年時点で16%と過去最悪の水準です。2008年の報告では、OECD諸国の平均が10.6%となっており、それと比べても日本の貧困率は高いことになります。おそらくアメリカに次いで、2番目に高いと思います。昔、日本では、1億総中流という言葉があたり前のように言われていましたが、今ではそんな言葉は聞かれなくなりました。
 そして、生活保護受給者は、2011年8月時点で206万人弱となっており、こちらも過去最多です。生活保護の受給者は、これまで、病気や怪我、高齢などのため働けない人たちで占められていましたが、ここ数年の受給者をみると、現役世代が増えています。
 それから、格差の中身になりますが、賃金格差には、産業間、企業規模間、地域間、正規・非正規労働者間、男女間によるもの等があります。非合理的な格差が社会には多く存在しています。男女間の差別については、労働基準法、男女雇用機会均等法といった法律で差別を禁止しています。また、正規・非正規労働者間の働き方の違いによる格差については、均衡・均等待遇ということが重要になります。この均衡・均等待遇については、労働契約法やパートタイム労働法のなかで、概念という形で取り入れられていますが、義務化はされていません。この点が今後の課題となっています。しかしながら、法律に均衡・均等待遇の概念を取り入れたことは、それ以前の状態から言えば、1歩前進したと思っています。
 いずれにしても、格差を是正していくことは、労働組合の役割です。そのため、労働組合では、非合理な格差のチェックを行い、ある場合はその理由などを分析し、必要に応じて是正するという取組みを積極的に進めていくようにしています。
 法定最低賃金の引き上げについては、底上げの観点から重要です。審議会を通じた取り組みになりますが、生活できる水準へ最低賃金を引き上げていくことが、連合に課せられた課題であると思っています。

 以上で私の話を終わります。

ページトップへ

戻る