1.はじめに~日本の雇用をめぐる現状
(1)雇用構造の変化
最初に、1987年から2007年にかけての雇用構造の変化、正規労働者と非正規労働者の数の変化を見ておきたいと思います。1987年では、正規労働者が8割を占めていましたが、その数は年々減少していき、2007年には6割となり、一方で、非正規労働者が4割近くを占めるようになりました。このトレンドは現在においても変わりはなく、日本の雇用構造は、約25年の間に大きく変化してきたといえます。
非正規労働者が増えて何が問題なのかというと、正規労働者と比較し、非正規労働者の処遇が非常に不安定であることがあげられます。たとえば、雇用契約期間の定めがあるため、景気動向や経営状況の悪化等によっては、雇用を打ち切られてしまう心配があります。また、能力を蓄えても、それを発揮するチャンスがないといったこともあります。
2009年の非正規労働者数は1,700万人となっており、日本の就業者数約5,000万人のうち、約3割の人が、このような不安を抱えた働き方をしているということになります。
(2)人口・高齢化率の変化
次に、日本の人口構成の変化を確認しておきます。少子化と高齢化による人口構成の変化がおきています。少子化とは、出生率が下がり、子どもの総体数が少なくなること、高齢化は、平均寿命の伸びにより年を重ねる人が増えてくるということです。そうなると、人口構成は年配の人が多く、若年層が少ない逆三角形の形になります。そして、この状態がこのまま続けば、2055年には、高齢化率が40%を超えると推計されています。
このような人口構造になると、現在の社会保険等の仕組みに大きな問題が生じます。たとえば、日本には、少なくとも最低限の生活保障として年金の仕組みがあります。この年金の仕組みは、現役で働いている人が、現在いる高齢者の年金生活を支えるというものになっていますが、高齢者が増えていくのに対し、労働力が減っていけば、その分現役世代の負担が大きくなります。そうなると、現役世代である若い人たちからは、何のために働いているのかよくわからないといった不満がでてきます。こういった問題も含め、少子高齢化は今非常に大きな問題となっています。
2.労働法制の成立の仕組み
(1)法案成立までの流れ
[1]三者構成による審議
法律の内容に入る前に、法律はどういう仕組みでつくられているのかについて話しておきます。
日本も加盟する国際機関に国際労働機関(ILO)があります。各国は、ILOの条約を批准した場合、その条約に従って、それぞれ施策を展開しますが、この批准には厳しいルールがあります。ILOで採択された条約を批准するには、批准した内容がしっかり実行されるよう、国内の法律を整備しなければなりません。こうしたILO条約の中に、日本も批准している大切な条約があります。それは、雇用、労働に関わる法律は、「政労使」の三者でしっかり議論を行い、決めなければならないという内容の条約です。
しかし、日本の場合の三者構成は、「公労使」となっています。政府代表ではなく、公益を代表する、具体的には大学の先生など、公益的見地から意見を述べる人が入っており、政府は、どちらかといえば、この三者の議論を調整し、円滑に進めるような役割を担っています。
[2]政府による法律案の作成
この三者構成ということを押さえたうえで、法律ができるまでの流れを見ていきます。
まず、法律は何かきっかけがないとできません。環境の変化や世論、わかりやすいところでは、各政党が選挙前につくるマニフェストなどが、法律がつくられたり、改正されるきっかけとなります。
そして、そのきっかけとなる事柄をふまえ、具体的な作業に入っていくわけです。たとえば、労働関係で言えば、厚生労働大臣がマニフェストをふまえ、こういう法律があったほうがいいのではないかということで、公労使にその審議を委託します。それを「諮問」といい、公労使の三者が諮問をうけ、議論を行う場が審議会と呼ばれているものです。
その審議会において、諮問事項を議論し、とりまとめた意見を大臣に具申することを「答申」と呼んでいます。また、大臣から諮問されなくても、審議会の中で議論をはじめることもあります。それをまとめて大臣にあげることを「建議」といいます。
いずれにしても、審議会で議論を行い、まとまったものを答申ないしは建議する、これが法案成立にむけた第一歩となります。
この答申あるいは建議は、三者構成に基づいてまとまったものであり、これをうけて大臣は法案を作成し、閣議に提出します。それに対し、総理大臣以下大臣全員が了承すれば、閣議で確認された法律案ということで、国会に送られます。
[3]国会審議
国会に送られた後は、衆議院と参議院で審議されることになります。大体、衆議院から審議し、参議院に送られることになっています。また、衆議院、参議院にはそれぞれ本会議と委員会があり、衆議院では本会議で議論された後、委員会に送られることになります。委員会の中で議論され、多数決で可決されると本会議に戻し確認を行い、参議院へ送られるわけです。この時に考えていただきたいのは、議席数などの国会情勢です。今は民主党が与党であり、衆議院では多数を占めています。そうなると、衆議院で多数決を採った場合、閣議で決めた法案は、衆議院では通ります。しかし、民主党は、前回の参議院選挙の結果、参議院では第一党ではなくなりました。ですから、参議院に送られ、委員会で多数決となると、否決されてしまいます。参議院で否決されると、その法案は廃案となり、同じものを出す場合には、もう一度はじめから同じ手続きをふんで、出すことになります。
以上のような流れの中で法律はできています。特に労働に関する法律は、このような流れのなかで、各段階がすべてうまく回ってはじめて法律ができる、このことをぜひ理解していただきたいと思います。ちなみに、環境や経済政策にかかわる法律を決めていくときも、基本的には労使の代表を入れた審議会で議論することになっています。ただ、雇用・労働関係の法律を決める場合には、公労使の三者構成のうち、労働者側と使用者側の数が同じであるのに対し、それ以外の審議会では、労働者側は1人、使用者側は2人という構成であったり、労使以外の利害当事者が入っている場合などがあります。
(2)労働政策審議会の構成
労働関係の法律を審議する労働政策審議会には、労働安全分科会から雇用均等分科会まで7つの分科会があります。そして、その分科会には各部会があり、それぞれの委員が法律を議論しています。たとえば、有期労働契約については、労働条件分科会で議論します。高齢者雇用の関係は、職業安定分科会の中の雇用対策基本問題部会が、労働者派遣法については、労働力需給制度部会が、それぞれ議論しています。
(3)連合の対応
連合は、労働者代表として審議会に参加しています。そこでは、労働者にとって何が問題か、何を守らなければならないかをしっかり押さえたうえで参加しなければなりません。
そのため、連合は政策などを議論する専門委員会を設けています(労働に関する専門委員会は「雇用法制委員会」)。この委員会に労働組合の代表者に集まってもらい、意見集約を行い、合意内容をふまえた対応を検討しています。その後、中央執行委員会で確認を行い、審議会に臨んでいます。たとえば、雇用法制委員会に参集した産業別組織の代表者は、議論終了後、組織で議論するため、それぞれの単組の担当者を参集します。そして、今度は、それぞれ単組の担当者が、自分のところの工場や営業所の組合員を集めて議論をしたり、意見を聞き、現場の声を拾っていきます。こうした意見をふまえて、さらに委員会では議論を行い合意形成をはかっていきます。このように、労働組合は、基本的にはボトムアップで意見をまとめていきます。
これだけのことをやり、1つの方針をつくっていくには、相当な時間がかかります。逆に言えば、時間をかけて合意形成をはかっているからこそ、労働者側委員は自信を持って、もしくは責任をもって審議会等で主張し、対応できるということになります。一方、案件によっては、企業規模の違いで利害がぶつかったり、産業間で意見が合わないことも多くあります。そうなった場合、どこで折り合えるか、どういう方針であれば合意できるかが、政策議論の一番のポイントになります。審議会で最終的にまとまったものは、このように長い時間をかけた営みが全部つまった結晶といえます。
3.直近の重点課題
それでは冒頭でお話しした日本の状況を踏まえたうえで、直近の重点課題に係る「労働者派遣法」、「労働契約法」、「高年齢者雇用安定法」について話していきたいと思います。これらの法律には、今日いろいろな論点、争点があることから、皆さんもニュース等を通じてご存じかもしれませんが、今、何が問題で、どんな議論となっているかを見ていきます。
(1)労働者派遣法の早期改正
今、1,000万人以上の人が、年収200万円以下で生活をしています。この実態から確実に言えることは、非正規で働く人の年収が総じて低すぎること、そして雇用が不安定ということです。このことは、経営側からみれば、非常に安いコストで雇える、不要となればいつでも解雇できるということになり、メリットになります。そうなると、国際競争への対応など、その理由はいろいろ言われていますが、非正規労働者の数は増えてきます。その結果、年収200万円以下では家庭を持つことはできないということで、少子化が進みます。また、収入が少ないことから買物も控えることになり、企業経営にも影響を与えます。このように非正規労働者の増加が、総じて社会的に悪影響を及ぼす状況になっています。
連合は、どのような働き方であっても、安心して働けるルールづくりをしなければいけないと考えています。たとえば、違法状態で派遣労働者を使っている場合は、直接雇わなければいけないというようなルールをつくることです。
今回は、労働者保護を全面に打ち出した法改正をということで、審議会で議論し、建議を出し、政府案として国会に出されているのが改正労働者派遣法です。この法律が成立すれば、現行法より前進し、労働者保護が強化された法律として施行されます。現状の労働者派遣法には、何の保護規定もありません。
ところが、審議会では、均等・均衡といったルールを含め、保護規定を入れた法案をつくったものの、これに対する修正案が出されるという事態になりました。閣議を経た改正労働者派遣法に修正案が出たということは、衆議院に政府案を送った場合、民主党が多数ということで可決できますが、参議院では民主党だけでは可決できません。そうなると、この政府案はなかったことになってしまいます。そこで、政府は、改正法を成立させるため、野党である自民、公明、みんなの党などと話し合い、政府案の中に野党側の意見を取り入れ、賛成してもらうように働きかけを行いました。このような結果として出てきたものが修正案で、修正案が出されたことにより、労働者派遣法は参議院でも可決できる状況になりました。
なお、修正された内容は、たとえば、連合は、労働者側保護の観点から「登録型派遣の原則禁止」を主張し、政府案に反映されたのですが、これが削除され、「『登録型派遣の在り方』を検討事項とする」ということになりました。法案を可決させるため、中身を緩くしたわけです。一方、グループ企業内派遣の規制、派遣先労働者との均衡配慮、違法派遣の場合のみなし雇用など、修正されなかった部分も多くあり、労働者保護としては非常に前進することになります。
このように修正案も出されましたが、結局、衆議院で可決後、国会が閉会となったため継続審議となり、次の国会でもう1回審議されることになりました。
労働者派遣法については、何年も議論を積み重ねてここまでまとめ、国会審議となりました。しかし、今は止まってしまっており、民主党が参議院でも過半数を取っていれば、スムーズに可決されたのではないかと思っています。
(2)有期労働契約の労働者保護のルールに関する整備(労働契約法の改正)
連合は、有期労働契約について、派遣法やパート労働法より広い概念で課題の整理を行い、期間を定めた働き方のしっかりとしたルールをつくるため、議論を行っています。
有期労働契約に関し、連合が問題としているのは、有期契約労働者は、雇用が非常に不安定であること、処遇が低すぎることです。そして、使い勝手のいい労働者として、使用者にうまく利用されているのではないかということです。こうした問題が社会不安にもつながっていることから、最低限必要なルールを明らかにしたうえで、有期労働契約はこうあるべきだという主張を行っています。問題点には、細かいところでは、正規労働者には通勤手当を出すが、有期契約労働者には出さない、正規労働者が使う食堂を有期の人には使わせない、といったようなことが実際に多くあります。こういった実態に対しては、有期契約労働者が不利益を被ることのないよう、ルールをつくる必要があります。また、有期契約で更新を繰り返し、10年も20年も働いている人がいます。こうしたケースは、正規雇用として雇い、スキル形成や賃金の在り方、福利厚生も含め、正規労働者として会社のなかにきちんと組み入れていく必要があります。
一方、こうした連合の主張に対し、審議会における使用者側の意見は、基本的に有期雇用に関わる規制は必要ないというもので、どこまで歩み寄れるかが、今後の鍵となっています。
現在、有期労働契約に関する法律は全くなく、何とか改正労働契約法を成立させ、有期契約労働で働く人が少しでも安心して働ける法律づくりの第一歩にしたいと考えています。
(3)高齢者の雇用対策(高年齢者雇用安定法の改正)
年金には、定額部分と報酬比例部分の2種類があります。定額部分とは基礎年金のことで、いわゆる国民年金です。これは、月約6万円になります。
また、報酬比例部分は、自分が稼いだ給料の額に比例して保険料を払っていくもので、将来の年金額は、その支払いに応じた年金分が上乗せされて支給されます。この厚生年金は、5名以上の従業員がいる会社では加入が義務づけられています。
このような厚生年金等の公的年金は、つい最近まで60歳から支給されていました。60歳で会社を退職すると、辞めた次の日から年金が支給され、その年金で暮らしていけることになっていました。いま、この支給開始年齢が、徐々に65歳へ引き上げられています。
私は今48歳なので、12年後に法定定年年齢になりますが、私が60歳になる時には、年金は65歳から支給開始になるため、5年間は無年金生活を送らなければならないことになります。このような人が、他にもたくさん出てくることになり、そのための方策を含んだものが、高年齢者雇用安定法です。
公的年金の比例報酬部分は、2013年4月から3年ごとに1歳ずつ支給開始年齢が引き上げられていくことになっており、定年が60歳の場合、年金が支給されない期間が生じてしまいます。そのような現状を踏まえ、連合は、年金が支給されるまでの期間は、会社で雇用するというルールを決め、引き続き雇用していくことを使用者側に求めています。
厚生労働省の調査によれば、継続雇用制度や定年の引き上げなど、高齢者の雇用確保に関する措置は、企業全体の95%が取り入れており、大筋においては使用者側も異論はないと思います。細かいルールづくりでは議論をする必要があると思います。
高齢者雇用についても、審議会の中で今議論をしています。そこで私たちが主張していることは、希望する人は全員雇用を継続するということです。60歳に近づく人たちが、60歳から65歳の間をしっかりした安心感のある生活設計ができる仕組みをルール化していこうというのが労働側の主張です。
これについて、使用者側も65歳まで延長することは否定していません。ただ、60歳を超えてはどうしても働けないと思える人は、雇用しなくてもいいというルールを残してほしいという意見がでています。この意見については、連合は、希望者全員という考えを基本に、誰もが安心して生活できるようにすべきという主張を行っています。
今後の審議会で議論をまとめ、うまくいけば1月に開催される国会に送られ、改正法が成立すれば、2013年からは、その法律が施行されます。この法律が施行されれば、皆さんのご両親世代には適用されますので、少しは安心して生活設計ができるようになるのではないかと思い、今取り組んでいるところです。
今回、皆さんに理解していただきたかったのは、労働組合が政策をつくり、実現する仕組みについてです。実際の労働法制への対応を例に、どのような段取りをしているのか、連合の主張の根拠は何か、など理解していただければということで、お話しさせていただきました。以上で私からの話は終わらせていただきます。
ご清聴ありがとうございました。
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