1.労働組合結成の背景
水谷:今日、私と一緒に来たお二人は、企業に入ってから、自分たちで労働組合を立ち上げました。企業が成長し、従業員が幸せになっていくことを求めて労働組合を立ち上げたのだろうと思いますが、お二人には、そういったところを今日はお話しいただきたいと思います。
まず、労働組合をつくるきっかけ、背景などについて、会社の概要も含めて伺いたいと思います。
相原:アルプス技研は、創業から40数年たった東証一部上場の企業です。パナソニックや日立、東芝、あるいはトヨタ、日産という、日本のモノづくりを担う会社に技術者を派遣する企業です。専門知識をもった社員がお客様企業に出向き、設計や開発といった仕事をしていると考えていただければいいと思います。
社員数は2,300人で、横浜市に本社があり、全国に営業所が26拠点、グループ子会社が国内に5拠点、海外に2拠点あります。派遣会社というと、報道にもみられるように、問題が多い会社ばかりと思われがちですが、アルプス技研では、能力次第で年収1,000万円を超えるような人もいます。また、正社員雇用ですから、派遣されない間も会社から給料は払われています。ただ、派遣されている間の職場は、アルプス技研ではなく、お客様企業となるため、アルプス技研の社員同士が集まる機会はなかなかありません。そういうなかで、自分はお客様企業の社員であるというような気持ちになって、社員自身がアルプス技研に悪いイメージを持ってしまうという状況がありました。
私が、労働組合をつくろうと考えたきっかけをお話しします。当時私は、横浜営業所の技術マネージャーとして、約150人の技術者をまとめていました。そこでは、エンジニア同士の技術的な知識をお互いに教え合う風土を社内に根づかせ、会社全体が高度な技術者集団へと成長できるようにと活動していました。そのなかで、各企業に派遣されているエンジニアから様々な相談を受けていましたが、その内容は、アルプス技研に搾取されるような働き方はしたくないというものや、派遣を否定的に考えている親から辞めろと言われている、派遣社員とは結婚させられないと言われているなど、かなりネガティブなものでした。また、相談に来る人に勉強会の案内や、横の連帯力をつける方法を教えるなどしていたのですが、そういう人たちに限ってどんどん辞めてしまう現実がありました。そしてこのような現象は、私のいる営業所だけではなく、全国の営業所でおきているということを、全国の技術マネージャーのネットワークで知りました。そこで、このままではいけないと考え、電機連合に相談に行き、その後、電機連合の指導を受け、労働組合を立ち上げたというわけです。
吉野:私は、日本事務開発という会社に勤務し、ちょうど1年前にNJKユニオンという労働組合を立ち上げました。
私が勤める日本事務開発は、本社は東京・神田にあり、秋田の事務局とあわせて、2つの拠点があります。従業員数は160名で、そのうち約150人が派遣従業員となっています。本社は事務機能があるのみで、従業員の多くは、各メーカー等に出向き仕事をするという働き方をしています。仕事は、派遣先である企業の開発や事務業務を担っていますが、お客様対応のコール・センターに派遣されている人もいます。各従業員同士は、それぞれがどこでどんな仕事をしているか、ほとんどわからない状態にあり、社員旅行や忘年会以外に一同が集まることはありません。
会社は、2010年に40周年を迎え、社長からは堅実にコツコツやってきたという挨拶がありました。しかし、従業員の意識としては、やはり自分の会社はどこなのかということを忘れてしまいがちになります。また、他の従業員と会う機会がほとんどなく、自分の給料が適正なのか、どうすれば給料が上がり充実した生活が送れるのかなどについて、会社に言っても無理と自分ひとりで思い、諦めている人がほとんどでした。私自身はコール・センター業務が多かったのですが、そこでは、新人がしっかり教育を受けないまま仕事に就き、すぐやめてしまうということが多くありました。私は、日頃からそうした状況に対し、「なぜ会社は人を育てないのか。しっかり 育てていけば、いい人材になっていく。人材育成を会社はやるべきではないか」と思っていました。
そこで、何人かのメンバーで、会社に人材育成のための教育を働きかけましたが、会社からは、「お金がかかる。会社がやらなくても派遣先が教えるだろう」ということで、受け入れてはもらえませんでした。そんなとき、ある1冊の本を読んで労働組合の素晴らしさを知り、教育を要請したメンバーと労働組合をつくろうと盛り上がりました。そこから会社との話し合いがはじまり、現在に至ったというわけです。
2.日本の労働組合組織率について
水谷:次のテーマに入る前に、日本の労働組合の現状について説明しておきます。
まず、2010年現在、日本の雇用者総数は5,447万人で、そのうち労働組合員数は1,005万人です。組織率にすると18.5%で、この数字は、年々減少してきています。
これを企業規模別で見ると、1,000人規模以上の大企業では46.6%、2人に1人が組合員ということになります。それが、99人以下の中小企業になると1.1%で、100人いれば1人が組合員ということになります。組織率を規模別で見るとこれだけ差があります。
また、派遣労働者は全体で約300万人ですが、そのうち組合員は、3~4万人で、1%しかいません。さらに、今は3分の1が非正規雇用と言われ、このうちパートタイム労働者が約1,300万人ですが、組合員は72万6,000人、わずか5.6%ということです。
このように労働組合のない企業・組織では、いろいろな不平不満や問題があってもなかなか解決ができず、会社を去るか、我慢をしているかのどちらか、ということになります。あるいは、労働組合を立ち上げて解決をはかるかということになります。こういう状況をふまえて、お二人の今のお話を思い起こして頂きたいと思います。
次に、お二人に、実際に労働組合を結成する中で苦労したこと、よかったことなどを伺いたいと思います。
3.労働組合結成にあたって苦労したこと・よかったこと
吉野:苦労したことは、それぞれが働く場所が違うため、どのように情報を伝えるかということです。また、個人的に知らない人が多く、初対面の挨拶と、組合の説明の2つを同時にしなければならず、最初のコミュニケーションには苦労しました。
よかったことは、その逆で、全く知らなかった従業員の人たちと仲良くなりました。最初は、当たり障りのない会話からはじまったのですが、最終的には、仲間が増えていきました。そうなってくると、組合に対する意見も率直に話してくれるようになり、この点が非常によかったと思っています。
相原:やはり、それぞれが同じ職場にいないので、集まるということで苦労しました。
また、労働組合結成に賛同してほしいと言うと、なぜ労働組合が必要なのか説明を求められ、メリット・デメリット論になってしまうことがありました。その説明には一苦労しましたが、同時に、そうした意見を論破できるくらい私自身が成長できたことは、よかったと思っています。
もう1つ苦労したのは、全ての営業所から私と行動をともにしてくれる人を1名ずつ選ばなければならなかったのですが、そういう人を一本釣りするのが非常に大変でした。組合づくりが会社に絶対にばれないよう、スパイ大作戦のように相手にアポイントをとり、全国の営業所に出かけて行きました。なかには、札幌まで行って、結局はいい返事をもらえなかったこともありました。旅費を稼ぐため、車を売ったこともありました。本当に辛かったところです。
ただ、組合づくりはとにかく楽しいものでした。会社と対立しようという考えからではなく、アルプス技研で働く人たちには、もっと満足できる働き方で働いてもらいたい、だからこそ、この会社を我々の手で変えて、一生働きたいと思える会社にしていきたいということが、我々の議論の最もベースとなるところです。そんな仲間を増やしていく過程が、面白くないわけがありません。最初は私1人からはじまりましたが、毎週末、全国から9人が集まって、延々と議論をし、その9人が、それぞれの場所で30人の仲間を一斉に集めるわけです。その時の楽しさというのは、大親友が一挙にできたという感じのもので、とにかく楽しいものでした。
4.組合ができて変わったこと・変わらなかったこと
水谷:次に、いよいよ組合ができて、会社や従業員の皆さんがどういうふうに変わったのか、あるいは変わらなかったということも含めて伺いたいと思います。
相原:アルプス技研の組織化はまだ進行中です。
今、組合員数は約1,770名で、77%の組織率ですが、その人たちに、組合ができてどう変わったかということを聞いてみました。労働組合では、組合員同士が集まって話し合いを行っていますが、普通の会社では、社員食堂などに集まります。アルプス技研の場合は、そういう場所がないため、駅の近くの会議室を借ります。そういった組合員の集会を各エリアで開催し、サブブロック委員会、ブロック委員会等を経て、中央に全国の組合員の声が集まる仕組みをとっています。こういったメカニズムをとおして、これまで技術者ということもあり、1人親方という気持ちでいた人が、大きな企業の中に自分がいるということを実感できたということでした。そして、会社を我々の手でよくしていかなければならないと意識するようになった、いろいろな情報も共有できるようになった、自分たちの思いが経営のトップに確実に届いていると感じる、などの意見もありました。
春闘のときには、全国の組合員の思いを、文書にして経営層にぶつけます。その内容は、給料を上げてほしいという話ばかりではありません。会社の制度、運用を一部変えて欲しいという声もあり、それによって従業員が満足して働き、経営の効率化につながれば、それに越したことはないわけです。組合員は、そういう意見がトップに確実に届いているという心象をもっているようです。
吉野:組合結成後の会社・従業員の変化で一番大きかったことは、派遣が終了となった後の待遇です。各現場に派遣されている人は、そのプロジェクトの終わりと派遣任期の終了が重なってしまうことがあります。そうすると、社員であるにもかかわらず退職と同じような扱いになってしまい、次の仕事を待っていたとしてもその間は無給です。こうしたことから、会社を辞めていくというパターンが多くありました。以前の私たちには知識がなく、情報もなかったため、仕事がないから仕方がないと思っていましたが、会社は、本人が働く意思がある限り就職先を探す必要があるということを知りました。
労働組合は、2011年3月に同じような事例の相談を組合員から受け、会社側と交渉を行い、その結果、仕事が見つかるまでは自宅待機ということになり、給料の6割が支払われました。わずかなお金ではありますが、かなり大きな一歩になったと思っています。
従業員の変化としては、自分の給料の水準がわかったこと、就業規則に関心をもったことなどが挙げられます。就業規則については、入社当時のものをそれぞれが持っていましたが、内容が変わっていても、その情報をもらっている人、もらっていない人がいました。今は、新しいものを配り直し、今後変えるときも皆がすぐにわかるようにしました。このように、給料や就業規則について、情報が公開されるようになったことがよかったと言っています。
5.今後の活動について
水谷:労働組合として、これから何を目指していこうとしているのか、労使関係や今の課題などについて、お話しいただきたいと思います。
吉野:今後、委員長としてめざすことは、組合員全員とのコミュニケーションです。どうしても集まることができるメンバーだけとの話し合いになってしまい、1人で派遣されている人たちとは直接会う機会がほとんどありません。こういった人たちから寂しいという声もあり、今年は懇親会やアンケートの実施などを増やし、組合員全員とのコミュニケーションをとっていきたいと思っています。
労使関係では、今はまだ、会社側も労働組合とは何かという段階で、お互いに模索している状態です。ただ、労働組合ができ、従業員に連絡が行き届きありがたい、伝えたいことを伝えてくれる、うまく使えるところもある、と会社が思いはじめていますので、それをもう一歩進めていきたいと考えています。会社をよくするために皆で協力して活動するという労働組合の目的を、きちんと会社に伝えていこうと思っています。
発足当初からの目標で、まだ達成できていないのは、毎年の昇給と評価制度の問題です。今は、評価基準が明確になっていないため、何をもって頑張ればいいのか、何をすれば給料が上がるのか、従業員がわからないという状態にあります。評価基準が明確になれば、それをめざして頑張ることができ、クライアントからいただくお金も上がり、結果として、会社も儲かり、自分たちも潤うということにつながります。今後、評価制度について、会社と話し合っていきたいと思っています。
相原:委員長としては、派遣社員の地位を向上させていきたいと考えています。現在約3万人いるという派遣労働者の組合員にもいろいろな人がいます。最低賃金ぎりぎりでやっている人もいる中で、アルプス技研の組合員はずいぶん優遇されていると思います。労働組合の財力によっては、私のように専従といわれる労働組合の仕事だけをする人間を置くことができます。私は、上部団体である電機連合と、そして連合本部との連携によって、非正規労働者全体の底上げをやっていきたいと考えています。
労使関係では、適度な緊張関係をもった生産的かつ未来志向的な労使関係をめざしていきたいと思っています。また、そうした関係を築くことができる委員長や次の役職者たちを育てていく必要もあると思っています。
組合結成で私が純粋にめざしていたのは、正社員雇用の技術者派遣は安定した業種であることを自覚させること、社員の不満や不安に耳を傾け、誠意ある活動を通じ、雇用満足度について正しい認識をさせることでした。その観点から言えば、労働組合設立当初の課題は、かなりクリアできているのではないかと思っています。
6.学生の皆さんへのメッセージ
水谷:最後に、組合づくり成功の最大のポイントと、これから社会に出る学生の皆さんにアドバイスをお願いします。
相原:組合づくり成功の最大のポイントは、よい仲間と出会える努力をいかにしたかにつきると思います。皆さんにも従業員同士の関係をつくる努力をぜひやっていただきたいと思います。たとえば、社会人1日目は、誰よりも早く出社し、緊張しつつ誰かれ構わず「おはようございます」と言うと思います。その時にマインドを変えて、皆さんと知り合えて幸せだという環境をつくる、そういうことを積み重ねていけばよいと思います。
皆さんへのアドバイスですが、会社に入り、必要があれば労働組合を立ち上げてほしいという期待はもちろんあります。でも、そういったことはさておき、まず、働くということを楽しんでほしいと思います。「働くのはだるい」と若い人はよく言いますが、働くことでお金ももらえます。そして、働く中でキャリアを積んでいき、1ヵ月前よりも仕事ができるようになれば、モチベーションも上がります。これはどんな仕事にも言えることですので、働くということを楽しんでもらいたいと思います。
吉野:これから、社会に出て働く人、すでに働いている人もいらっしゃるかと思いますが、一番大事だなと思うことは、人は1人では生きていけないということです。学校の仲間、家族、友達など、いろいろなところに仲間がいると思いますが、会社にいると、会社の仲間ができると思います。会社では、最初は初めてのことばかりで、何かを感じるどころではないと思いますが、次第に会社に対する疑問もでてくることがあると思います。そうしたとき、自分が思っていることを声に出さないと、周りの人が同じように思っているかどうかはわかりません。自分で声を出してみることで、同じ思いや同じ目的を持った仲間が必ずいるということがわかります。1人いれば、2人になり、もっと仲間が増えていきます。そうしていくうちにだんだん仲間の輪が大きくなり、目的に向かうための手段として、労働組合づくりに辿りつくこともあると思います。
仲間をつくり、目的を達成する手段に困ったときには、労働組合があることをちょっと思い出していただいて、自分の思いを口に出してみてください。
水谷:今日は、労働組合の組織率が非常に低くなっている日本社会にあって、勇気をもって労働組合を立ち上げたお二人にお話を伺いました。
企業に勤めていると、不平・不満や、こうしたほうがいいと、誰しもが感じます。その内容は、給料や休暇などの労働条件だけではありません。今の労働相談で非常に多いのは、パワハラやセクハラ、あるいは上司が労働法をまるで知らないというような問題、そして人間関係等々についてです。人間は、こうした問題を1人ではなかなか声に出しにくいものですが、多くの仲間と手を取り合って、1つの組織をつくっていけば、そうした不平・不満の原因である問題も経営に伝えることができます。この組織が労働組合です。
したがって、労働組合をつくること自体は目的ではなく手段です。目的はあくまでも自分たちが働きやすい環境をつくっていくことです。自分たちが働く企業をよりよいものにしていく、そこで働くことに誇りを持てる会社にしていくという目的を実現するために労働組合をつくるわけです。そういった意味でいえば、労働組合の活動の原点は、その職場で働いている従業員が、不平・不満、問題点と感じていることを課題化し、会社との話し合いを通じ解決をしていくことではないかと思います。
今日は短時間でしたが、労働組合が会社の中で重要な役割を果たしていることを皆さんに少しは理解いただけたのではないかと思っています。
以上で3人の話を終わります。ありがとうございました。
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