埼玉大学「連合寄付講座」

2011年度後期「働くということと労働組合」講義要録

第8回(11/28)

職場・地域の現状とその対応⑤
男女が働きやすい職場づくり~パワハラへの対応~
―自治労10万人の調査から―

ゲストスピーカー
連合埼玉女性委員会委員長 横山 薫

はじめに

 私は、埼玉県市町村職員共済組合という組織のなかで、地方公務員の医療保険や年金制度、福利厚生を扱う職場にいます。私自身は、健康保険証の発行や医療費の支払いを担当し、課長補佐的な仕事を日々こなしています。

 また、連合埼玉では、女性の問題や男女平等参画の推進にかかわり、13名で構成する女性委員会の委員長を担当しています。自己紹介ではいつも「2足の草鞋を履いて頑張っている」と紹介しています。

 私がいただいたテーマは男女が働きやすい職場づくりですが、今日は、公務員の労働組合である自治労が、10万人の組合員を対象に行ったパワハラのアンケートを中心に、パワーハラスメント(以下パワハラと略記)への対応に絞ってお話をさせていただきます。

1.パワハラの定義

(1)公務員の働く現場での現状

 2010年の日本の自殺者数は、3万1560人でした。1日約100人が自らの命を絶っているというのが日本の現状です。ここ10年間は毎年自殺者数が3万人を超えており、大きな社会問題となっています。いま連合埼玉では自殺者を少しでもなくしていこうということで、「ゲートキーパー」という、自殺者を防ぐ相談窓口の担当者養成に力を注いでいます。

 自殺というのは、地方公務員も例外ではありません。公務員についてみますと、2010年の調査では、死亡原因の1位は癌ですが、2位が自殺となっており、自殺者の増加は、公務員にとっても大きな問題と思っています。また、地方公務員には傷病休暇制度がありますが、利用者の病気の原因は精神および行動の障がいという、うつ病などの精神疾患が47.1%となっています。傷病休暇を取る人の約半分が精神疾患に罹って休んでいるという現状です。

 精神疾患の職員が増えている原因としては、繰り返されてきた市町村合併が考えられます。合併の事前準備のため過重な残業が続いたり、合併してからも職員間の事務のすり合わせがあったりなど、職場環境の変化が原因の1つにあります。その他には、非正規職員が増えてきているため、正規職員の責任と権限が複雑化しているということもあります。また、公務員は何をやっても住民から感謝されないという社会の風潮が、モチベーションの低下へとつながっています。さらに、急速なOA化の進展に加え、公務員特有の年功序列の崩壊ということが考えられます。実際、成果主義が導入されている市町村では、今まで年功序列のなかで仕事をしてきた人たちが、なかなか成果主義に対応できないという状況があります。

 このように、いろいろなストレスを受け、メンタルの部分への影響から覇気がなくなり、精神疾患と診断されることになるわけです。病気による長期休暇の場合、社会保障制度として、傷病手当金制度があります。これは、1年6カ月まで、共済保険から給与の7~8割が支給される制度です。しかし、その支給期間が終わってしまうと、無給状態になってしまい、そうなると、退職するか、公務員としての身分を維持し働き続けるかの選択を迫られることになります。

(2)自治労による10万人アンケートの実施

 自治労では、職員が精神疾患におちいる原因について、仕事上の問題以外に別のものがあるのではないかと推察しました。そして、職場の中でいじめや暴力などが存在しているのではないかと考え、2006年10月にアンケート調査を開始しました。

 調査の対象は、都道府県職員(県庁職員)、政令市の職員、一般の市町村職員とそこで働く臨時・非常勤職員、行政に関係する事業団(社会福祉協議会等の団体)、そして、団体職員法の適用を受ける職員(国保、健康保険を担当している職員や、市町村共済組合の職員)です。その中から無作為に抽出してアンケート調査を実施しました。10万3827人に調査票を配布し、6万2243人が協力をしてくれました。回収率は59.9%です。

アンケートの結果、予想を上回るパワハラの実態と深刻な影響が浮き彫りになりました。

(3)パワハラの定義

 パワハラというのは和製英語で、簡単に言うと、仕事上の立場を利用した「いじめ」ということになります。このパワハラの中身は、なかなか説明ができないと思います。そこで、定義として2つほどご紹介しておきます。

 厚生労働省の所管である「21世紀職業財団」の資料には、パワーハラスメントとは、「職場において、職務上の地位や影響力に基づき、相手の人格や尊厳を侵害する言動を行うことにより、その人の周囲の人に身体的・精神的な苦痛を与え、その就業環境を悪化させること。」とあり、いかにもお役所的な定義に仕上がっていると思います。

 もう1つは、私がパワハラを調べる上で一番わかりやすかった『上司と部下の深いみぞ パワー・ハラスメント完全理解』(岡田康子編著、紀伊国屋書店、2004年)という本です。これには、上司と部下の間には深い溝があり、それをどうやって埋めていくかということが書かれていますが、この本の中でもパワハラの定義が書かれています。この本には、21世紀職業財団の資料にはないものが1つあります。それは、「継続的に」ということで、この「継続的に」ということがパワハラの中では非常に大きな位置を占めています。

 なぜ「継続的に」という言葉が大きな意味をもつのかというと、職場では職務を遂行する上で緊張感を持たせるため、場合によっては声を荒げることもあります。たとえば、危険なものを取り扱う作業現場では、気のゆるみで大惨事を招くことがあります。ですから、そういった現場でとっさに出てしまう「バカヤロウ!」といった罵声のようなものは、パワハラにはならないという判断になります。また、仕事のミスなどで、一度や二度叱られるということは、パワハラにはなりません。なぜなら、叱られた人が単に相手が嫌いということで、パワハラとして訴えている場合も考えられるからです。それは、本来のパワハラとは質が違います。このように、パワハラかどうかを見極めるうえで、この「継続的に」という言葉は、とても重要な位置を占めます。

2.パワハラの背景―なぜはじまったのか

(1)産業・就業構造の変化

 パワハラがはじまった背景には、産業・就業構造の変化が考えられます。平成不況のなかで、企業が正規職員を非正規職員に置き換えてしまったことや、中間管理職の退職勧奨の促進といったこともあります。この産業・就業構造の変化は、長引く不景気の中で、企業が利益を優先するあまり、労働者をきちんと人間として扱わなくなった結果だと感じます。

(2)雇用形態の変化

 雇用形態の変化ということも考えられます。今、職場には正社員もいれば、派遣社員もいます。また、短時間パートの人もいます。このように、働き方の違う人間が大きな箱の中にミックスされると、ひずみが生まれ、いじめに結びつくということもあります。

(3)成果主義の導入

 成果主義の導入では、成績を決める人と決められる人の関係が発生し、これもパワハラの大きな要因となっていると言えます。なお、成果主義の導入にあたっては、評価方法や基準の検討がきちんと行われ、明示されると同時に評価する管理職への研修も行われています。また、個人的な好き嫌いによって評価に違いがでないよう、今では働き方を細かく評価し、最後に成果を判断する企業が大半になってきています。

(4)人間関係の変化

 私は、人による温度差の違いも、パワハラの背景にあると考えています。会社には、様々な世代の人がいます。物心がついた時からすでにパソコンをいじっていた世代と、ある意味、何もない時代に子ども時代を過ごした世代とでは、考え方などに「差」があります。こうした「差」を持つ人たちが、一緒に仕事するわけです。そうすると、その中で、“ひずみ”が出てきてしまうのは当然といえます。しかし、社会に出て、仕事をするうえで、その“ひずみ”は、絶対にあってはいけないものです。小さなひずみでも、積もり積もって大きなパワハラやいじめにつながっていきます。

 育った時代が違うから、おやじ、おばんだから、今時の若者だからとお互いを遠ざけるのではなく、どうやって近づけるか、どうしたらそれぞれのことを理解できるかという発想の転換が今は必要な時だと思います。人間関係をいかにセルフマネジメントできるかは中高年に与えられた課題ですが、皆さんも社会に出て働くときには、考えてほしい大きな要素ではないかと思っています。お互いがセルフマネジメントをしながら向き合うことが、人間関係をもっと気楽に乗り越えられることにつながるのではないかと思います。

3.パワハラの関係性―誰が誰に行うのか

(1)上司が部下に行う

 自治労の調査では、上司からという回答が6割を占めていました。それは、言葉の暴力、能力を低く評価する、自分のやり方を押し付けるなどで、中でもひどいのは仕事を与えないということです。職場にいながら自分のやる仕事がないことほど辛いことはありません。それを上司がやっているということです。

(2)同僚が同僚に行う

 ドラマでは、よく「お局様」と呼ばれる職場に長くいる年配女性が、若い人をいじめる場面がありますが、実際に、自分より経験が少なく仕事もあまりできない同僚を隠れたところでいじめてしまうことがあります。どちらかというと目に見えないパワハラと言えますが、このような陰湿なパワハラは、精神的にも大きなダメージを与えることになります。

(3)部下が上司に行う

 パワハラは上司が行うとは限りません。部下が上司に行うことも珍しいことではありません。たとえば、パソコンをうまく操作できない年長者の上司に対して、パソコン世代の部下が、「こんなこともわからないんですか」という言い方をしてしまう、こういう実態が多々あります。

(4)集団が個人に行う

 その他にも、集団が個人に対して行うパワハラというのもあります。会社には、身分制度のようなものがあり、そこには優劣があるわけです。それによって、パワハラやいじめが発生するということがあります。私も以前、組合活動の中で、執行部とは違う考え方の発言をしたことにより、その後2年ほど口を聞いてもらえないということがありました。

 このように、考え方の違いを唱えた個人に対し、集団がいじめを行うこともあります。皆さんも難を避けるという意味で、少し気にとめておいてほしいと思います。

4.パワハラの影響―どんなことになるか

(1)被害者の心身へのダメージ

 パワハラによるダメージの1つは、心身へのダメージです。パワハラを受けたことで、会社を休むようになり、仕事を辞めた場合、健康であれば他の会社に移って働くこともできますが、精神的なダメージを負ってしまうと、最終的に自殺に結びつく場合もあります。

 被害者の心身へのダメージは、一番重要視していかなければならないと思います。

(2)職場環境へのダメージ

 たとえば、自分の職場でAさんが毎日店長に怒られているとします。それをあなたはどう思うでしょうか。働く意欲が低下していくと思います。パワハラは、それを受けている本人だけでなく、周りの人たちへの精神的なダメージがあることも重要視しなければなりません。

(3)会社・組織へのイメージ

 会社では、人を雇ったら、教育費や人件費を捻出し、その人を育てていきます。その人が辞めてしまうと、捻出したお金が無になってしまいます。そういう意味では、生きたお金として使われてこなかったという結果になってしまいます。

 また、生産性の低下ということもあります。パワハラは、当事者だけでなく周囲の人にも影響を及ぼし、働く気が起きてこなくなります。そうなると、職場の生産性が落ちてしまうので、会社にとっては大きな損失となります。

 『パワハラほっとライン』の中に、「パワハラ算数」という面白いものがあるのでご紹介します。年収900万円のパワハラ課長がいます。年間労働時間1,800時間で割ると、時給5千円の課長です。その人には、時給3千円の部下がいるのですが、部下が気に入らないと、1時間の説教を部下30人に対して月3回しています。そうすると、部下の時給3千円×説教の時間1時間×30人×月3回で計算すると、月27万円の損失が出るそうです。また、課長も説教のときは仕事をしていないので、生産性が落ちているわけです。その損失を同じように計算すると45万円になります。合わせて、月間では72万円、年間では864万円、1千万円近いお金がパワハラによって企業の損失となると書かれています。お金の面からも、会社はダメージを受けることになります。

(4)社会保障の側面から

 これもお金に関わることですが、傷病手当金の増加と負担ということがあります。私の職場でも、傷病手当金を受けている人が100人程度いるのですが、その中の6割が精神疾患で職場を休んでいます。その人たちも掛金は払っていますが、社会保険は会社も負担していますから、会社の負担分は損失になってくるわけです。将来、傷病手当金を受け取る人が増えていくと、社会保険料に大きな負担がかかってくると思います。私たちも予算を組む時に緻密に計算をしていますが、その中にもしっかり影響は出てきます。パワハラは、こういった社会保障にも影響が出てくるということです。

5.パワハラを許さない職場づくり

(1)労務管理上の課題としての取組み

 パワハラの防止について、3つのことが考えられます。1つ目は、労務管理上の課題として取組むということです。人事部など会社を総括しているところがパワハラ対応の窓口をつくり、相談があった場合には即座に対応するようにします。労働基準局などにパワハラを訴えられた場合、会社が何も対策を講じていなかったとしたら争点になります。それによって罰が科せられることもあり、民間の会社では、パワハラの対応窓口づくりに力をいれています。自治労は、そういった点では、まだ遅れていると感じています。

(2)職場環境の問題としての取組み

 パワハラを見かけたら知らん顔をせず、被害に遭っている人に、まず話しかけて励ますことも、1つの方法だと思います。自分が被害にあっていることを、周りの人が気にかけていてくれると思うことは、励みにもなると思います。本当は、それをきちんと注意できればいいのですが、パワハラでは、パワーの方向が変わることがあり、今まで被害を受けていたAさんをかばったBさんが対象になる、そういうふうに変わっていく怖さがあります。そのため、周りの人は表面だって対応できないこともありますが、見えないところで力を貸すことはできると思いますので、こうした取組みが必要だと考えています。

(3)社会的な問題としての取組み

 厚生労働省では、精神的負荷による精神障害に関する判断指針というのを出していて、その中で、パワハラに関することがあったかどうか、チェックするよう言っています。訴訟になったときには、きちんと調査が行われ、審査をかけられることになっていますので、政府もパワハラをなくしていくために努力をしています。

おわりに

 私の職場でパワハラの被害にあって、退職してしまったCさん(女性)のことを話させていただきます。同じ職場に、Aさん(女性)、Bさん(男性)、Cさんがいました。Aさん、Bさんは高卒で入ってきたので、短大卒で入ったCさんよりも2年早く職場で働いていましたが、Cさんは、この2人を追い越して先に主査に昇格しました。当時Cさんは、夫が単身赴任しており、子育てと母親の介護を1人でしなければならない状況にありました。そのためCさんは、たとえば保育園から急に呼ばれれば、仕事中でも自分が迎えに行くしかなかったのですが、そうしたことがAさんには不満だったと思います。

 また、Aさんは、人の好き嫌いがはっきりしていて、嫌いな人は避けて通るような態度をとるところがありました。ある時、Aさんがパートで働く人をいじめたということがあり、Cさんはそのことに対して注意をしました。それによって、AさんとCさんの間には深い溝ができ、その後Aさんは、Cさんにいじめを繰り返すようになりました。さらに、そのいじめには、Bさんも加わってきました。AさんとCさんは、同僚によるパワハラの関係でしたが、Bさんが加わることによって、セカンドハラスメント、いわゆる便乗いじめが発生してしまったわけです。こうして、精神的にも追い込まれたCさんは、最終的に退職してしまいました。

 私は、埼玉大学でパワハラについて講義をすることをCさんに話しました。そして、辛いことを思い出させて申しわけないが、何かメッセージをもらえないかとお願いをしたところ、手紙を送ってきてくれました。

 私は、手紙をもらい、人は人で傷つけられることがあるということを感じました。ただ、その傷は、また人によって癒されるのだということを、皆さんに知っていただきたいと思います。このことが、今日、皆さんに一番お伝えしたかったことです。

 年齢の違いは乗り越え難く、そこには考え方の違いもあります。それでも今そこにいる人をどうすれば大切にできるか、どうやれば一緒につき合っていけるかを考えてほしいと思います。そんなふうに皆さんがなってくださることを願って、私からの話を終わります。

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