1.日本における労働時間規制
(1)法定労働時間と協定による労働時間
日本の労働時間に関する法律には、労働基準法、労働安全衛生法、労働時間に関する特別措置法に基づいた労働時間等設定改善指針などがあります。ここでは、労働基準法を中心にみていきたいと思います。
労働基準法には労働時間の上限規制があり、1週40時間、1日8時間ということが労働基準法第32条に規定されています。しかし、実際には週60時間以上働く実態があるなかで、過労死の問題がおきています。なぜこのような問題が起きるのかというと、労働基準法では、会社は、労働組合もしくは職場の労働者の過半数を代表する者との協定があれば、労働時間を延長できるというルールがあるためです。この労使協定は、労働基準法第36条の規定から、通称「サブロク協定」と言われています。
なお、会社は、法定労働時間を超えて働かせた場合、25%の割増賃金を支払うことになっています。これは、正社員だけではなく、雇用される全ての人に適用されます。また、この25%の割増賃金は、2010年4月に法律が改正され、月60時間以上の時間外労働は、50%の割増となりました。
(2)協定の上限規制と特別条項
36協定では、労使双方で合意した延長内容を労働基準監督署に届け出ることになっています。その延長時間は、厚生労働大臣が示した基準である、1ヵ月45時間まで、1年360時間までにしなければなりません。
ただし、この基準には、特別条項が設けられていて、さらに延長ができるようになっています。例えば、36協定で1ヵ月45時間としていたら、1年間のうち6ヵ月は1ヵ月45時間までとしなければなりませんが、残りの6ヵ月は特別な事情があれば、45時間をさらに延長できるというものです。このような状況から、1ヵ月100時間など、過労死につながる時間外労働が発生しています。
(3)労働時間規制の適用除外
労働基準法には、労働時間規制の適用除外規定があり、その対象の1つは、管理監督者です。労働基準法が定めている管理監督者とは、経営者と一体となって経営に影響を及ぼす人を言います。近年、マクドナルドの「名ばかり店長」の残業が問題となりましたが、これは、時間管理はされていたものの、店長ということで残業代が全く支払われていなかったというものでした。店長と言っても、実態的に経営者と一体となって影響を及ぼす人でなければ、適用除外にはなりません。
(4)みなし労働時間制
[1]裁量労働制
専門職や、研究・開発・企画管理業務など、法律で定められた業務に従事する人には労使協定によって、裁量労働制というルールを適用することが可能となっています。
事例として、携帯電話のインターネット接続機能を開発した人があげられます。この人には、携帯電話でインターネットに簡単にアクセスできる機能の開発という仕事が割り当てられ、開発期日が言い渡されました。その後の彼の働き方は、最初の3ヵ月は本を読み、その後は若い人たちのニーズを把握したうえで、携帯電話の接続機能を開発しました。その結果、その携帯電話は爆発的に売れたということです。
このように、裁量労働制では仕事の進め方は働く人に任されています。ただし、当然のことながら、結果を出さなければ評価は悪くなってしまいます。
[2]事業場外労働時間のみなし制
ある旅行会社で、旅行添乗員は、実際の労働時間にかかわりなく1日8時間働いたとみなすという、みなし労働時間制をルール化していました。しかし、このルールは認められないという判決が出ました。報告書や電話連絡などで、添乗員の仕事の始業・終業は確認できるということで、8時間を超えた場合は時間外手当を支払うよう、判決がでました。労働基準法では、営業など事業場外での仕事で労働時間の算定が困難であれば、労使協定によって、みなし労働制を適用できることになっています。その場合、時間外労働が見込まれれば、月平均時間を算定し、その分の残業手当を支払わなければなりません。しかし、この決まりを無視している会社が多く、みなし労働制の適用を理由に、残業代を払わないということが横行しています。この問題を防ぐためには、営業職等でみなし労働制と言われた場合に、事前に何時間分の時間外手当がもらえるかを確認することも一つの方法だと思います。
2.諸外国の労働時間規制
(1)欧州型の規制
ヨーロッパ型の規制には、EU指令があります。これにより、EU加盟国では労働時間が厳しく規制されており、その目的は労働者の健康確保と生活時間の確保です。
労働時間の上限規制は、週48時間です。日本の週40時間より長いのですが、ヨーロッパではこの労働時間を超えた場合、経営者は罰則を受けることになっています。
ただし、「オプトアウト」という制度があります。これは、労働契約を結ぶ時に労働者が上限規制を受けないことを承認すれば、週48時間を超えて働かせることができるというものです。これを適用しているのは、イギリスとマルタ共和国です。
もう1つヨーロッパで特徴的な制度は、「インターバル規制」というものです。これは、勤務の終了から次の勤務開始までの間に一定の休憩時間を確保するというものです。ヨーロッパでは24時間につき連続11時間の休憩をはさむことになっています。
情報労連は、2年前からこのインターバル規制の導入に取り組みはじめました。連続11時間を取り入れるのはなかなか難しいのですが、いくつかの労働組合では、10時間、8時間、8時間+通勤時間などの規制導入にむけた取り組みを進めています。
(2)アメリカ型の規制
連邦法には労働時間の規制はなく、たとえば、ニューヨーク州は、週80時間という規制をもっていますが、こうした規制がない州では、何時間働かせても、それが労働契約上有効であれば問題はない、というようになっています。ただし、アメリカでは、週40時間を超えた場合、5割増の賃金支払いが義務付けられています。そうなると、1人の人間を長時間働かせて割増賃金を支払うよりも、別の人をもう1人雇ったほうが得になります。
また、近年話題になった「ホワイトカラーイグゼンプション」という制度があります。この制度は、割増賃金の適用除外を認めたもので、日本でも導入に向けた動きがありました。アメリカでは、週40時労働の契約で60時間働かせた場合、20時間分の割増賃金を支払わないと法違反になります。ホワイトカラーイグゼンプションの場合は、割増賃金の支払い義務はなく60時間分の賃金を払えばいいということになります。
3.労働時間を取り巻く現状
(1)ワーク・ライフ・バランス憲章の策定
「ワーク・ライフ・バランス憲章(仕事と生活の調和憲章)」が、2007年12月に政労使の三者合意によって策定されました。この憲章では、仕事と生活の調和が実現した社会を、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすととともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と示しています。
(2)進む労働時間の二極化
ワーク・ライフ・バランス憲章は策定されたものの、憲章で示された社会づくりを現実的に進めていくうえでは、大きな課題があります。日本では、残業を含めた総労働時間は徐々に減ってきていますが、これはパート労働者が増えたことによるものです。短時間のパート労働者が多く、その分全体の平均労働時間が減っているというわけです。正社員は逆に長時間労働の傾向にあり、現場では、長時間労働の正社員と短時間労働者の二極化が非常に進んでいます。
(3)年次有給休暇取得率の減少
また、年次有給休暇の取得率も減少しています。有給休暇の取得率をみると、1992年は56.1%でしたが、2007年は46.7%に減っています。リストラなどで職場の人数が減っていて、年休など取れる状況にはないことが取得率の減少からうかがえます。
(4)多様な働き方の選択にむけた課題
日本は、通勤時間が長いという実態にあり、24時間のうち通勤時間に3時間も使っているという人が私の同僚の中にも多くいます。このような実態のなか、政府が今進めているのは、在宅勤務をもっと増やしていこうということです。
ここで問題となることがいくつかあります。その1つは、労災保険の適用です。労災は、自宅を出て家に帰るまでの間に起きた事故が対象となります。したがって、勤務をしていたとしても、自宅にいるときには、補償されないということになります。また、個人情報などのデータをどう扱うかという問題もあります。情報管理は会社の責任となるのか、個人の責任となるのか、誰のパソコンをどこで使うのかといったことなどです。
情報労連では、このような課題への対応を含めて、在宅勤務に関するルールを検討しているところです。なお、NTTグループ、KDDIグループでは、すでに在宅勤務を部分的に導入しています。
(5)週60時間以上働く労働者の割合
2008年までのデータを見ると、週60時間以上働いている人は10%以上で推移をしています。週60時間というと、たとえば、9時から18時の勤務で、そのうち1時間は休憩時間とすると実質8時間の労働となります。それに加えて毎日4時間の残業を5日間連続でしていることになります。
(6)長時間労働に起因する疾患の現状と労働災害の防止
東京労働局が、2007年に1,367社(うち50人規模1,108社)の回答をもとに出したデータをみると、脳・心臓疾患の発症が懸念される割合は50.2%、精神疾患は53.3%となっています。また、実際の発症率は、脳・心臓疾患が6.9%、精神疾患が19.3%となっています。なお、精神疾患では、企業が発症の懸念は少ないと思っているにもかかわらず、実際に発症している例が5.7%となっています。また、脳と心臓疾患、精神疾患ともに、2002年度から2007年度にかけてどんどん数字が大きくなってきています。
こうしたなか、過労死認定基準が強化されました。1ヵ月100時間もしくは2ヵ月以上6ヵ月以下の期間で平均が80時間以上の所定外労働を、心臓疾患、脳疾患、精神疾患発症の認定基準としています。夜10時、11時ごろまでの残業がずっと続いているような状況が6ヵ月続くと同じような状況になるとも言われています。
過労死の裁判に、「電通過労死自殺事件」があります。これは、新入社員が営業職でラジオ広告をとる仕事をしていましたが、ラジオ広告は他の広告より取りにくく、昼間は必死で営業活動を行い、夜は夜中までお客様向けのプレゼンテーション準備する、このようなことを1年間ずっと続けていました。その結果、うつ病になり自殺をしてしまったという事件です。この裁判では、会社側が時間管理をする義務があったかどうかが争われ、最終的に会社側が1億6千万円を支払うということで和解が成立しました。
この事件で問題となったのは、会社がその従業員の労働時間を全く把握していなかったということで、それを裁判所が厳しく指摘しました。この事件をきっかけに、大企業を中心に労働時間管理が見直されるようになりました。
4.労働時間を取り巻く現状
長時間労働の発生には、特別条項つき36協定が大きく関わっていると思われます。この協定を締結している職場の延長時間をみてみると、1年間の延長時間が、1,000時間以上が全体の4.3%、800時間以上1,000時間以下が23%、600時間以上800時間以下が28.3%、また、年間600時間以上の合計は50%を超えています。
このような数字から、長時間労働が可能になる36協定が、社会問題ともなっている過労死・過労自殺、メンタルヘルスを引き起こす原因の1つと考えています。
NTT労組はグループによって違いますが、上限規制は640時間~1,000時間、KDDI労組は722時間、アイネス労組は720時間となっています。アイネス労組は、取り組みをはじめた当初は880時間だったのですが、翌年には720時間に減りました。
1ヵ月20日間勤務で1日4時間残業すると月80時間の残業となり、それを12ヵ月すると960時間になります。もしくは、80時間を12ヵ月という協定はできないので、45時間で6ヵ月を協定すると270時間、後の半年は特別条項を使って、たとえば100時間×6ヵ月とすると600時間で、先ほどの270時間を足すと870時間ということになります。
このような数字を見ていくと、1,000時間や800時間という協定がどのくらい多いかということがわかるかと思います。
5.連合の取り組み
連合では、仕事と生活の調和のとれた働き方・暮らし方ができる労働時間をめざした取り組みを進めています。連合方針では、所定労働時間は働き、年20日なら20日、10日なら10日の年休取得とその他の連続休暇で、年間1,800時間の年間総実労働時間をめざすとしています。また、中短期時短目標として、「年間の所定労働時間が2,000時間を上回る組合をなくす」、「年休の付与日数を15日以上にする」、「組合員の時間外労働を1ヵ月45時間以下に抑える」ことを基本に、過労死につながるような1ヵ月100時間を超える過重労働をなくしていくということめざしています。私たちは、こうした基本となる労働期間短縮の取り組みを、各職場において指導しています。
6.情報労連の取り組み
(1)『情報労連21世紀デザイン』の取り組み
[1]時間主権の確立
労働時間は、労働の対価として給料をもらうという会社との契約に基づいた時間です。一方で、家事、育児、趣味、自分の勉強など、生活時間というものがあります。このような時間を、誰もが自由に主体的に作り出せるようにすることが時間主権の確立につながると考えています。このことは、長時間労働からの脱却ということだけではなく、地域社会とのつながりを持つうえでも、非常に大事なことではないかと考えています。
[2]多様な働き方の確立
私たちは、出産を機に辞めた女性が、もう一度パートで働く、あるいはもう一度教育を受けて就業する機会が必要だと考えています。そのため、フルタイムとパートタイムの自主的な選択、フレックスタイム、テレワーク、育児休業を取って短時間勤務で働くなど、多様な働き方ができるような環境整備に取り組んでいます。
そこで問題になるのが、正社員と非正規社員の処遇の格差です。フルタイムで働いていれば、月給25万円の人が、パートになった途端、労働時間が短いだけで月10万円に減ってしまいます。8時間労働が6時間労働になれば、2時間分は下がるとしても、それ以上に減らされるのはおかしいということで、この格差を解消していくことが必要となります。これは、同一価値労働・同一賃金の問題にもつながる課題だと思っています。
(2)中期時短最低到達目標の策定
情報労連は、連合の時短目標より若干厳しい目標策定をしています。最終的な目標の1つは、年間所定労働時間1,800時間の達成です。これは、1日7.5時間×240日=1,800時間ということで、240日は、365日-104日(週休2日×52周)-祝日-夏期休暇-年末・年始休暇で算出しています。そして、もう1つは、年休の付与日数を20日、最高付与日数を25日とすることです。
(3)2010春闘での具体的取り組み
ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて、「中期時短目標・最低到達目標」達成のための取り組みを強化・推進するとともに、長時間労働による健康被害の防止に徹底的に取り組んでいます。その具体的な取り組みが「インターバル規制」です。労使間でこの規制について積極的に話し合い、可能な組合は協定を結んでいくこととしています。
もう1つは、長時間労働の温床になっている36協定の見直しです。一応の目標として、45時間を6ヵ月、労災認定基準である80時間を6ヵ月、合計すると年間750時間になりますが、これを上限に協定の見直しに取り組んでいます。
インターバル規制は、交替制勤務の職場での導入が課題となっています。病院や工場など連続勤務が必要な職場では、8時間以上のインターバル規制確保が難しいと会社が言っています。交替制勤務のところでは、8時間労働の3交替で24時間体制を取っていますが、そのなかで、年休をとる人や病気で休む人が出た場合は、朝仕事をした人にその日の夜も働いてもらうなど、労使間でその都度協議しながら調整を行って仕事を進めています。したがって、インターバル規制を10時間あるいは11時間にすると、こうした対応ができなくなるわけです。ただ、実際には、そういった職場は少なく、それ以外の職場での適用に向けて取り組みを進めています。
今年の取り組みの特徴として、震災に伴う電力供給不足が生じ、節電対策がありましたが、NTTグループ、KDDIグループでは、在宅勤務や勤務時間のシフトを柔軟にするなどの措置をとりました。また、時間外労働をなくす、半日を在宅勤務にした企業などもあったようです。こうしたことを契機に、労働環境、勤務形態、そして、ワークスタイル全体の見直しにもつなげていきたいと思っています。
7.チェック機能の強化
労働組合は、職場において労働時間に関する届け出や協定に基づいた運用がきちんと行われているか、チェックをする必要があります。
私の出身であるNTTグループでは、日々協議を行っています。基本的な考え方は、「必要でなければ時間外労働はしない」としています。時間外労働は会社が必要として命令するものですが、命令にあたっては何故それが必要なのかを日々の協議で明確にし、たとえば、終業時間が17時半のところでは、15時もしくは16時の時点で総務課長が組合に説明することになっています。また、1ヵ月単位の時間外労働が45時間、80時間、100時間になると、その労働者と面談し、異常はないかをチェックします。さらには、1年間の時間外労働が360時間を超えて700時間、800時間になる場合には、その原因の究明、長時間が恒常化している場合には、要員体制や事業計画の問題なども協議することになっています。
私たちは、会社がやればよいということではなく、労働組合としてのチェック機能を果たしていきたいと思っています。皆さんもぜひそうしたチェック機能のある企業に就職されることを期待します。
以上で私からの話を終わらせていただきます。ありがとうございました。
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