本日いただいたテーマは「公正な賃金処遇に向けて」ですが、実は個人的には、公正な賃金処遇はないと思っています。このように考える理由も含めて、納得できる賃金と処遇決定と労働組合が果たしている役割についてお話しさせていただきます。
1.納得できる公正な賃金と処遇決定とは
(1)公正な賃金、納得できる賃金
これから皆さんが会社に就職したときに、そこでの処遇が自分の役割に見合っているか、また、見合った処遇というのが、公正な賃金かどうかということを考えてみてください。あるいは、皆さんはアルバイトをしていると思いますが、そこでの仕事が、正社員の人と全く同じ仕事をしていると自分で判断した時に、今もらっているアルバイトの賃金と正社員がもらっている賃金に不条理を感じるくらい格差がありますか。つまり、企業という閉じられた組織のなかで、正社員と比較したとき、男女間で比較したとき、あるいは同期との比較において、公正かどうかということです。
それから、同じ学校あるいは学部を出て、別々の会社に入り、何年か後の同期会で一緒になって、賃金に差があるとわかったとき、どう思うかということです。
どちらを捉えて、公正だとか、納得できると思うのか、多分両方だと思います。後者のほうは、隣の芝は青く見えるということを言っていると思います。
(2)同一価値労働は、誰が判断するのか
次に、同一価値労働は、誰が判断するのでしょうか。同じ内容の仕事だと評価するのは誰でしょうか。おそらく、大半は企業内だと思います。社会的に同一価値労働というのは、私はあまり思い浮かびません。
たとえば、銀行の窓口業務をやっている人と、一般企業の経理で出納係をやっている人は、見た目は同一労働ですが、同一価値かどうかはわかりません。銀行にとっての価値と、一般企業にとっての価値は違うと思います。ですから、表面の仕事を見ただけで、同一価値労働といえるかどうか、これは相当根が深い問題で、冒頭で「公正な賃金処遇はない」と言ったのはそういう意味です。
2.賃金とは何か
(1)賃金とは?
皆さんが会社で中堅になって、新しく入ってきた若い人が優秀であったとしても、そのときに自分がもらっている賃金と、新入社員がもらう賃金が同じでいいとは思わないはずです。特に家庭を持ったときにはそう思うはずです。このことが、賃金とはそもそも何だろうというところにつながっていきます。ここでは4つの視点から、定義づけしてみます。
[1]労働の対価
労働基準法第11条に書いてありますが、賃金は、「労働の対償として使用者が支払うもの」で、アウトプットに対して支払うものではありません。民法の請負契約というのは、その仕事を請け負ったら自分の責任で納期を守って、それに対する対価をもらいます。
労働の対償として、使用者が払うものが賃金です。使用者の指揮命令のもとに行った労働に対して払うもので、結果ではありません。だから、「ノーワーク、ノーペイ」というように、ワークがなければペイもないということになります。
[2]所得=生活費
労働基準法では、休業手当の定めがあります。会社の都合で操業を一時停止せざるを得なくなり、しばらく会社を休んでくれと言われたときに、日本の労働基準法では、賃金の6割以上を支払うことになっています。
なぜ6割かというと、これは単純に賃金が労働の対価だけではなくて、労働者は、その賃金で生活をしなければいけないからです。特に、労働者とその家族を含め生活できる賃金が必要だという概念があるわけです。
典型的な例として、懲戒処分で減給があっても、賃金カットができる率は決まっています。どんなに複数の懲罰があったとしても、最大で10%までしかカットできません。アメリカのように全部合算して百何十年の刑にはできないことになっているのです。
賃金は、使用者の指揮命令に基づいた労働に対して支払われるものであると同時に、労働者の生計費の一部であるという認識のもとで、全体としての賃金制度を作っていることを認識してください。
[3]労働の値段
賃金は、労働の対価と労働の質・量の需給関係によって決まるものです。就職活動などはその最たるもので、労働市場における需要と供給の関係ですし、初任給の決定要因もそういう需給関係で決まっています。求職者が多くいて、採用する企業がなければ初任給は上がりませんが、いい人を採用したいと思うと、初任給を上げます。
ただ、非常にストレートな言い方をすると、先に高く買って、後で賃金を上げないという企業もあります。賃金カーブで描いてみると、国家公務員の初任給が22万円だとして、その後、マイナス考課がなく順調にいけば昇給していきます。一方、民間企業の一番ひどい例でいくと、初任給25万円だとしても、その後なかなか昇給しません。この場合、生涯賃金はどちらが得か損か、わかると思います。
いい人材を採りたいとき、初任給を高く設定して、公務員よりも処遇がいい、ということで人を採用するというケースもあります。これは優秀な人を採りたい戦略です。一般的な人でいいので、仕事に打ち込んでくれる人を採りたいなら、22万円という初任給が世間相場ならば、その近辺でしか募集はかけません。高卒初任給が16万5千円というのが、今年4月の世間相場です。世間一般の需要と供給のバランスで労働の値段は決まるということです。
[4]コスト
賃金は、企業にとっては労務費ですから、付加価値の範囲でしか払えません。付加価値とは、売上高から、外部から仕入れたものなどを引いたものです。つまり付加価値は、利益+コストですから、付加価値を上げるためには売り上げを伸ばすしかありません。売り上げが伸びない中で利益をあげたければ、コストを下げるしかないのです。その時の労務費というのもコストの一部なので、そういう観点でどのように賃金を見るかということになります。
(2)企業内における公正な賃金の原則
企業内で公正な賃金制度を作る場合、3つの視点を置いています。
[1]内部公平性の原則
社内における同一価値労働については、公正な公平な賃金を払う仕組みにするということです。具体的にどう展開するかはまた別ですが、社内でやっている仕事が同じなら、処遇は同じにするということです。
[2]個人間公平の原則
同じ仕事をしているけれども、Aさんは3時間、Bさんは8時間かかったとします。この場合、仕事ができるのはどちらの人か、という評価です。この評価も公正性、公平性がなければ、評価に対する不満というのも出てきます。ですから、その評価を誰がどういう手続きで行うか、それに対する苦情処理のルールの制定、この2つをセットで抱えていないとだめだということです。
[3]外部競争力の原則
儲かっている会社であればあるほど、他社よりも労務費が上回ってもいいわけです。そのことによって生産性が向上してくれれば、企業にとってもプラスになります。
ただ、一生懸命やってくれる従業員に報いたいが、そうすると企業そのものがなくなってしまうというケースもあります。その場合、会社を存続させて雇用を守るか、そうではないのか、を選択することになります。
そういう意味でも世間相場や同業他社と比較して、競争力のあるレベルに設定することが必要となります。
(3)社会的な課題
均等・均衡・公正という観点から見ると、格差は必ず出てきます。代表例として、正規雇用と非正規雇用、企業規模間、男女間、地域等の格差があります。
ただ、格差ゼロの社会というのは、資本主義社会ではあり得ませんので、格差が理不尽かそうでないかを見るしかないと思います。たとえば、やっていることが違うとか、責任の度合いが違うということで、差があっても納得できるなら、理不尽や不条理な格差ではないわけです。納得できる格差というものをきちんと整理して見ていただければと思います。
(4)賃金制度の主な種類
次に、民間企業の代表的な賃金制度の一例を紹介します。
[1]本給・職能資格制度
これは基本給と仕事給に分かれています。仕事給というのは、その仕事に対する熟練などを加味して、評価する部分です。本給(=基本給)は、属人的給与部分です。
たとえば、初任給が合計22万円だとすると、本給といわれるところが4割、職能給(=仕事給)といわれる部分が6割なので、本給は8万8千円です。そして、仕事給が13万2千円となります。本給と職能給の割合は、時代によって変わります。私の出身である日本鋼管も、本給が8割、職能給が2割という時代もありました。
そして、職能給(=仕事給)部分が査定されることになり、ここには賃金カーブ維持分という概念はありません。ただ、賃金テーブルというのはあります。
こういう制度をいれるところは、だいたい職群を作り、次に職能資格制度がきます。資格が先か、職能が先か、いろいろありますが、係員という職能の1級から5級までとか、また、係長という職能の1級とか3級とか、あるいは課長という職能の1級から3級とか、あるいは部長の・・・というように、職能というのは、肩書きみたいなものです。同じ職能でも、新入社員と5年いる人とでは差があるということで、一般社員という職能、さらにその中で資格というもので分類することになっています。
[2]インセンティブ制
インセンティブ制は、仕事給の部分に、ある一定の成果を上げた時に、別途評価をするという制度です。営業職種によく見られるもので、業績を他者より多く上げた場合、よく頑張ったね、ということで給料が加算されたりします。
[3]コンピテンシー制
成果主義に似ていて、スキル別に賃金をテーブル化して、それを適用する仕組みです。この制度は、SEの職種の増加に伴い、SEをどう評価するかというところから流行ったものです。
3.労働組合が果たしている、果たすべき役割とは
(1)公正な賃金と処遇決定に向けての労働組合の役割
今まで、賃金とは何か、公正な処遇決定や賃金を考える要素は何か、また、代表的な賃金制度について話してきました。それらを労働組合がつないでいく役割を果たしているということです。
新たな制度を入れるときや制度を変更するとき、労働組合がないところは、会社が就業規則をつくり、社員の同意を得て、就業規則を見られるようにしておけばいいことになっています。
労働組合があるところは、集団的労使関係があるので、労働組合が働くものを代表して、労使協議を必ず行います。そして、法律で定められている不利益変更といったことだけではなく、その会社の人材マネジメントや人材育成方針なども含めて取り組んでいます。
制度の構築時であれば、実際現場の人がどういう気持ちで働いているのかということは組合が一番よく知っているので、その観点で交渉していきます。そのうえで、制度の背景、狙いを明確にしていかなければいけないわけです。先ほど言いました評価とか、絶対的な水準、人材育成のポリシー、退職金、福利厚生等の整合性、手当など、制度ができればそれで終わりではありません。制度設計時に確認したポリシーや人材育成の考え方が本当に実践されているのかを、チェックしていかなければならないわけです。
新しい制度が、従業員、組合員にどう評価されているのかというチェックもしていかなければなりません。必要に応じて、その制度のメンテナンスをしていく必要もあります。
これらが各企業内で行っている労使交渉、あるいは協議といわれる部分です。
(2)社会的な課題
社会的な課題については、連合が旗振りをするしかありません。
現在取り組んでいることの1つは、間接雇用である派遣労働者の処遇です。派遣労働者と会社は、人事の部署で契約しているわけではありません。たとえは悪いのですが、物品購入と同じで、扱っている部署は資材部などです。そこの部署の人たちは、人に関する管理の仕方がわかっていません。ですから、労働組合は派遣労働者のコンプライアンスをきちんとしなければいけない、ということに取り組んでいます。
もう1つは、12月26日に講義がありますが、法定最低賃金の決定に関与しています。
余談になりますが、先ほど手当の話をしました。手当には、仕事に対する負荷手当であるハードシップの手当と、昔からある扶養家族に対する手当、生活に関連する手当と、大きく分けて2つあります。
ハードシップのほうは了解できると思いますが、家族手当をどう考えるかということがあります。生活費ということになるのですが、同じ仕事をしているのに、独身の人と家族持ちでは給料が違います。それがいい悪いはともかくとして、この扶養家族手当というのがいつからできたのか、歴史的背景を承知しておいてほしいと思います。
1945年に日本が戦争に負けて、その年の秋にマッカーサーが来て、それから占領がはじまりました。焼け野原の日本では、生産も何もしておらず、仕事はおろか食べ物さえもない有様です。闇市が誕生し、滅茶苦茶なインフレが起きました。
そして、1946年3月にGHQの指導もあって、今まで使っていた旧円を新円に切り替えるということになりました。それから、金持ちの人の預金を封鎖するというので、預金の引き出し制約をやりました。さらに労働者の賃金は1ヶ月500円に統制されました。
この500円だけでは、当時の物価でみても生活ができる額ではありません。そこで当時の労使が、基本給の500円はそのままにして、家族手当を別に設けました。そのため、昭和20年代30年代初めまでの当時の労働組合の要求内容を見ると、家族手当や扶養手当の増額や新設が増大しています。
ですから、家族手当というのは、そういう時代背景の中で出てきたことであり、家族手当はあって当たり前とは思わないほうが賢明です。このような経緯がわかっている企業は、今は、家族手当相当分は、給与の本体に含めているところが多いです。
(3)労働組合の取り組みの事例
労働組合が労働条件の在り方について取り組んだ事例をご紹介します。このなかで皆さんに読みとってもらいたいのは、自分の会社の労働条件がどうあるべきかを、組合がまずコンセプトの確認をしながら、どういう制度をつくればいいか、組合自らが考えたということです。組合が考えた人事システムの骨格や、考慮する事項をまとめて、会社と専門委員会を設定して、認識を深めあったということです。
そのときに作られた新人事制度は、業績評価の考え方は職能資格制度をもとにしたものですが、それまでの資格の階層を「役員」「幹部社員」「一般社員」にくくりました。そして、それぞれの等級をもって、社内での呼び名(呼称)を決めました。さらに、キャリア設定区分をし「プロフェッショナル」「スペシャリスト」「インデペンデンス」「エレメンタリー」としました。これにより、それぞれの機能に合わせて階層を区分し、それぞれの呼称の人たちは、どういうスキルや働き方が必要なのかを評価するという制度にしていきました。
評価をするときに一番悩ましいのは、冷静に淡々と評価できるかということです。同じ人間同士がすることですから、評価についてはいろいろな苦情が出てきます。これを少しでも解消しようということで、点数の付け方を細かく分けました。今まで5段階の通信簿を10段階の通信簿にするようなことです。それで、それぞれが納得できる評価になるような仕組みを作っていこうということです。
労使間で何かをする場合は、必ず職場に対してその経過内容をニュースとして出します。さらに、協議経過などをQ&A形式の解説集にして職場の皆さんに伝えています。会社でも説明はするのですが、Q&Aという形にすることで噛み砕いて説明し、理解してもらうことを目的としています。それぞれが理解し、納得してもらわないと、頭の中ではいい制度だと思っていても、実際運用するときになかなか難しいということになります。
また、経営側は、新しい制度ができても説明会などは行いません。したがって、人事労務の制度に携わる人と、制度の改正に携わった役員は承知しているけれども、そこに直接かかわっていない役員、営業の役員などに新しい制度のことを尋ねると、組合員より知らないというケースが多いです。ですから、Q&Aを読んだ組合員の皆さんが、自分の職場で上司にこういうことだと伝えて、初めて上司が勉強するというケースもあります。
労働組合の役割というのは、会社と対等に交渉をして、一定の結論を出すということです。当然その過程においても組合員の声を聞きますが、決まったことや今後決めようとしていることについて、組合員に対してしっかりと説明をします。そして、会社側に対しても、会社の責任として経営層に徹底を図るよう求めることも労働組合の役割だと思います。
基本的に労使関係というのは相互の信頼がないと成立しません。特に個々の企業の労使間では、そのように感じます。また、信頼関係というのは、一朝一夕で築けるものではありません。お互いに助け合いながら、恩義を守ります。このことが、日本の労使関係の中では、一番重要なことだと思っています。
最後に、この新しい人事制度でのポイントは、年功ではなく、賃金テーブル間によって差が出るということです。さらに、評価された結果、一挙に4区分くらい上がることも想定されています。賃金テーブルを明示しておくことで、一生懸命やったら、いくら増えるかということがわかり、昇給のインセンティブというのが出てくるわけです。
また、1等級から2等級に上がるには、ここの会社では、情報処理などの国家試験に受かっていなければなりません。試験を通ったから必ず昇格するという保証もないのですが、そういった資格がないと昇格のチャンスが与えられないということです。このように、どうすればキャリアアップができ、処遇が上がっていくかというプロセスを明示したこともポイントの1つです。
自分の給料については、初任給は自分でもはっきりわかると思うのですが、何年働けばどういう給与になるのか、どういうアウトプットを出せば、どのように評価されて、どういう位置付けになるのかということは、よくわかっていないところがあります。しかし、こういうことがわかっていることがとても大事です。
会社の就業規則はオープンになっているはずです。皆さんも就職されたら、自分がやるべきことと今やるべきことを考えながら、自分はどう評価されるのかというのも実学として見られたほうがいいのではないかと思います。
ご清聴ありがとうございました。
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