はじめに
今日は、田辺三菱製薬労働組合本部の専従、JEC連合中央執行委員・男女共同参画推進室長、そして、内閣府の「仕事と生活の調和連携推進・評価部会」委員という3つの立場をとおしてお話をしていきたいと思います。
-産業別組織「JEC連合」
連合には、54の産業組織が加盟しています。JEC連合もそのうちの1つで、10万人の組合員が集っている産業別組織です。石油、化学、セメント、医薬化粧品、塗料、中小の6つの業種別部会があり、田辺三菱製薬労働組合は、医薬化粧品に所属しています。
-労働協約について
ワークルールにおける最低基準効力は「労働基準法」などの労働関連法になります。そして、企業と労働組合とが結んだ「労働協約」は「就業規則」よりも優先されます。
労働関連法を上回る内容を労働協約で結んでいるところも多くあります。たとえば、JEC連合の化学部会に所属する単組では、法律では小学校入学前までとなっている短時間勤務について、小学校3年の終了時まで取得できることになっています。また、短時間勤務を10週以内に出産する予定の女性にも取れるようにしています。
これらは労組が交渉により勝ち取ったものです。このように、ひとつひとつの交渉の積み重ねが労働協約として締結され、さらに関連する法を改正する流れにつながっていきます。したがって、ワークルールとは、私たちが何を大事にするかを形にしたものであるといえます。それは意識であり、風土であり、文化であり、未来であると私たちは考えています。
1.「ワーク・ライフ・バランス」と「男女共同参画」は車の両輪
(1)男女共同参画社会とは
まず、内閣府の「仕事と生活の調和連携推進・評価部会」委員としての立場から、ワーク・ライフ・バランスについてお話をしたいと思います。
実は、ワーク・ライフ・バランスとは、男女共同参画と車の両輪の関係になっています。男女共同参画社会とは、男女共同参画社会基本法に「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的および文化的利益を享受することができ、かつ共に責任を負うべき社会」と定義されています。
日本は、あらゆる分野で女性の活躍の場が、非常に少ないものになっています。政治や地方自治体、働く場での活躍をみても、女性の管理職はとても少ないです。それに対して男性は、家庭や、子育てや介護などの人生で起こる出来事であるライフイベントに関わることが少ない、また、働いている人が地域の活動やボランティアなどに関わりにくかったりしています。
このような状況から、働くということと、社会のあらゆることに関わることのバランスが崩れているといえると思います。
(2)世界の中の日本の位置づけ
HDI(人間開発指数)を見ると「長寿を全うできる健康的な生活」「教育」および「人間らしい生活」については、日本は182カ国中10位と非常に高いところにランクしています。しかし、GEM(ジェンダー・エンパワーメント指数)になると、57位までランクを下げ、さらにGGI(ジェンダー・ギャップ指数)では、134カ国中101位となっています。
ノルウェーやアイスランドといった北欧諸国では、3つとも上位にランクしていますが、日本はHDIが高いにも関わらずGGIのランクが非常に低いということになります。ランクを下げている大きな原因としては、経済分野での女性の管理職比率、政治分野での国会議員の女性比率が低いことがあげられます。
こうした中で、日本政府も男女共同参画の取り組みを国際社会から評価されるものにしていこうと、2020年にはそれらの比率を30%にまで高めることに取り組んでいます。
(3)国の現状、少子化・高齢化と人口減少
2011(平成23)年の生産年齢人口比率(15歳~64歳)は63.8%ですが、44年後には51.1%まで下がると予想されています。また、65歳以上の高齢者比率は23.4%から40.5%になり、1人の働く人が1人の高齢者を支える社会に向かっているといえます。
そういう中で、現在、いかに労働力を確保していくかが課題となっていますが、その前に、生産年齢にある人が100%働いてはいないという現実があります。ここの就業率をまず上げていく必要があります。それから、高齢者でも働いていける社会にしていくことも必要です。そのためには、働きやすい職場づくりや、生産性を上げていくことが、今急がれていると思います。
(4)第3次男女共同参画基本計画
その実現に向けて、第3次男女共同参画基本計画が掲げられています。その特徴の1つとして、実効性のあるアクション・プランとするために、それぞれの重点分野に「成果目標」を設定しています。
そして、第3次男女共同参画基本計画における主な施策の重点分野として、第1分野から第15分野まで様々な事柄を分野ごとに設けています。その中で、特に働く場面で関わりが深い3つの分野(第3~5分野)について、成果目標にどのようなものがあげられているか見ていきたいと思います。
第3分野「男性、子どもにとっての男女共同参画」
第4分野「雇用等の分野における男女の均等な機会と待遇の確保」
第5分野「男女の仕事と生活と調和」
(5)仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)
以上のような基本計画を踏まえて、どのようにして仕事と生活の調和を進めるかですが、政府の「仕事と生活の調和の憲章」の中では次のように述べられています。
まず、共通認識を持って、いろいろな局面で取り組んでいこうということです。共通認識とは、仕事と生活が両立しにくい現実があるということ、その背景には、働き方の2極化が起きていること、そうしたなかで、共働き世代が増加しているにもかかわらず、働き方や役割分担意識は変わらない現状を、多様な生き方を模索し、働きがいのある人間らしい仕事、明日への投資として取り組んでいくものです。
そして、就労による経済的自立ができる社会、健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会、多様な働き方・生き方が選択できる社会を目指します。
また、企業とそこで働く者は、協調して生産性の向上に努めつつ、職場の意識や職場風土の改革と合わせ、働き方の改革に自主的に取り組む、ということになります。
2.実際の働く現場で起こっていること
(1)これまでの100年の流れ
「元始、女性は太陽であった」これは平塚らいてうが、1911年に発刊した婦人解放運動の象徴とされた女性文芸誌「青鞜」発刊の辞で述べた言葉です。今からちょうど100年前で、この時から婦人解放運動が行なわれてきたことになります。
その後の状況をみると、1922年治安警察法の改正、1945年女性の参政権獲得、1947年労働省に婦人青年局創設、1975年第1回世界女性会議、1980年女性差別撤廃条約に日本が批准、というようになっています。さらに、1985年には男女雇用機会均等法(以下均等法)が成立しました。ただし、この時は努力義務が課されていただけで、この法に対する拘束力はありませんでした。その後、1997年になって均等法が改正され、罰則規定がつくことになります。
その後さまざまな法律ができていくのですが、ここで一つ言えることは、段階的に法制度が整備されてきたために、働く人の意識も年代ごとに段階的になっていることです。
(2)共働き世帯の推移
共働き世帯数の推移をみると、均等法成立前は、男性雇用者と無業の妻からなる世帯が多かったのですが、徐々に減り、均等法が成立した頃から共働き世帯との数が変わりはじめました。そして、1991年の育児休業法の時代に世帯数はほぼ同じになり、1997年の均等法改正以降は、共働き世帯の割合の方が多く逆転していくようになります。
こうした推移からも見られるように、法整備が段階的に行われたことにもよって、今はたらいている私たちの価値観さえも世代による層ができてしまっています。ですから労働組合は、古い世代の価値観を連鎖するのではなく、今の社会で働く人にとってふさわしい価値観を共有していくことに取り組んでいます。
(3)家事労働の分担はできていない
共働き世帯が増えたにもかかわらず、家事労働の分担の時間は変わっていないという現状があります。実はここにも、職場の中に価値観の違いが見られます。
たとえば、男性社員が急病の子どもを迎えに行くと上司に言ったら「奥さんは?」と言われる、また、女性社員からは「夫は、出産を機に退職をすることを望んでいる。でも私は仕事がしたい」、育児休業を取りたいと女性の先輩に言うと「私たちの頃はなくてもやってきたのにいいわね」と言われる等、こういった考え方の違いが起こってきています。
ですから、職場そのものを変えていかなくてはならないということになります。
(4)働きにくい社会
2010(平成22)年の自殺者の原因を見ると、健康と経済以外では、男性は「勤務」が一番多いことになります。一方女性は、家庭、男女といろいろなものが入っていて、「勤務」は割と下の方にあります。また、40代を見ると「勤務」を理由に自殺した女性は58人ですが、男性だと557人となっています。女性の10倍の男性が「勤務」が原因で自殺している状況になります。
これは、女性だけでなく、男性にとっても働きにくい社会であるということで、変えていかなければならないと思います。
(5)ワーク・ライフ・バランスへの誤解
ワーク・ライフ・バランスというと、今は経営状態が苦しいから取り組めないとか、「ほどほどの働き方」への転換と思い、取り入れると社員が怠けると考えたりします。また、残業代をなくすことだと誤解している人もいます。
ワーク・ライフ・バランスは、福利厚生施策ではありません。また、時短が単なる目的ではなく、がむしゃらに仕事をすることを否定しているものでもありません。人生には、がむしゃらに働くときもあるし、家族に思い切り関わるときもあります。今の生活ではこうしようということを、人生のカードをどれも落とさずに持ち続ける力が、ワーク・ライフ・バランスになります。
さらに、ワーク・ライフ・バランス支援は、コストがかかるものではありません。逆にいえば、コストを必要とする施策は少ないと言えます。
ワーク・ライフ・バランスの取り組みで一番大切なのは、土台部分をしっかり固めることです。それは、多様な価値観や多様なライフフスタイルを受容できる職場づくりといったものです。その上で仕事の見直し、制度の導入となります。
(6)JEC連合の取り組み
JEC連合で男女共同参画活動を進める切り口は、男女共同参画は、女性だけで取り組むものではないということです。組織、男性、女性の三者が取り組んでいくことになります。
それから、推進にむけた方向性としては、働く男性・女性1人ひとりの意識、職場の風土を変えていくというボトムアップと、労働組合と会社の経営層がどういう未来を作るのか、そのためにどういう手を打つのかをトップダウンで決めていく、この2つがあります。
JEC連合では、男性に対する取り組みに力を入れていて、その1つとして、昨年6月に「育メンプロジェクト」を立ちあげました。性別役割分担をカッコよく破ったということが高く評価されました。育児に携わるファザーリングジャパンの安藤哲也氏、ソラーレの東浩司氏をゲストにお招きしてセミナーを開催しています。
ただ、男性の育児休暇取得率をみると、2009(平成21)年度の1.72%から2010(平成22)年度は1.38%と下がってしまいました。
また、大介護時代がもうすぐ到来するということで、介護の問題は育児より先に進めていかなければいけないということになります。自分の子どものオムツを変えたことがない人が、自分の親のオムツを変えることができないという現状のなかで、親を虐待してしまう男性が増加してきています。そういう悲しいことが起こらないように、育児期のうちから、誰でも育児に携わることができる社会にしていこうということになります。
3.田辺三菱製薬での取り組み
(1)今の職場はどんな職場か
職場でワーク・ライフ・バランスがとれているかを考えるときに、2つの軸があります。1つは両立支援です。男女ともに、仕事と家庭の両立が支援されているかということです。そして、もう1つが均等施策、男女ともに、活躍できる風土かということです。
どこの職場でも目指さなければならないのは、両立支援も均等施策も両方整っていることです。男女ともに仕事と家庭のバランスがとれ、活躍できる職場になっていかなければならないと考えています。
労働組合では、この両立支援と均等施策がとれているかどうか、育児休業と職場でどのくらい活躍できているかを調査しました。さらに、仕事の満足度について、独身の男女、既婚の男女に分けて調査しました。その結果、性別、既婚、未婚に関係なく、子育てのできる会社および女性の登用ができている会社は、仕事の満足度が高いことがわかりました。
(2)両立支援の段階
両立支援には、どれくらい進んでいるか「段階」があります。育児というライフイベントを例に考えると、次のようになります。
1段階目、結婚・出産で会社を辞めざるを得ない状態。
2段階目、育休は取ることができるが、復帰後うまく両立できず辞めざるを得ない状態。
3段階目、復帰して短時間勤務を取りながら働いていくことができる状態。
4段階目、子育てをしながら、さまざまな制度を利用してフル勤務で働ける状態。
日本には産前産後休業があり、育児休業制度があるにもかかわらず、1、2の段階で辞めざるを得ない人がいる状況にあります。また、多くの企業は3段目までの状態でよしとしてしまいがちですが、ここまででは育児が女性のもので、育児が活躍を妨げるという現状を変えられません。男性も女性も育児休業を取りながら活躍できる会社になるためには、4段目の状態を目指していかなければなりません。
(3)医薬業界があゆんだ道
医薬品業界の会社のほとんどが、研究部門、生産部門、事務部門、営業部門の4つの部門を設けています。
研究・事務部門は女性の割合が比較的多くて、以前から育児休業が取りやすい環境にありました。ところが、1990年代頃から、今まで女性が少なかった営業部門に、女性MR(営業職)を採用するようになりました。当初は、入社3~4年でほとんどの人が、結婚等を機に退職していました。その後、1996年頃から結婚する人も出始めて、育児休業取得も稀ではあるが見られるようになりました。今では、育児休業の後、復帰することも普通になってきています。
このMRという職種は、全国津々浦々、お医者さんがいるところ全ての地域に転勤する可能性があるのですが、2000年頃から、配偶者と同じ地域に転勤できる制度の検討が、各社様々ですけれども始まりました。結婚時に勤務地を選べる、配偶者が転勤になった場合、自分も同じ地域に行けるというものです。こういった制度を各社模索して、今、実現しているところも何社かあります。
そうした取組みを続けてきた結果、ほんの20年前は、女性MRは結婚を機に退職する人がほとんどだった中で、育児休業の後、復帰して働きつづけるということが当たり前になってきたのです。先ほどの100年の流れを、20年に縮めることができたということです。
(4)労働組合の取り組み
この速い流れのなかで労働組合が、どう関わってきたか1例を紹介すると、まず「女性MRの会」というものを作り、そこで、育児休業をとり、その後復帰した先輩を紹介しました。そして、どのようにして産前産後休業や育児休業を取ったかということを話してもらいました。また、制度についての注意点、復帰がスムーズにいくようなアドバイスも具体的に話してもらいました。
さらに、上司や支店の人にヒアリングに行きました。そこで言われたのは「働く者が、出産・育児にまつわる制度を利用することは当然のこと。せっかく育てた人財に活躍し続けてほしい」ということでした。一方総務課では、「女性MRが、育児休業を取得し、復帰することを当たり前としたい」「まだまだ女性MRの育児休業の取得例が少ない。そのため決まったルールがあるわけではない。本人と上司・会社で相談しながら、働き続けられる営業外勤をゼロからつくっていこう」と言っていました。
会社はこういうことを考えているわけです。しかし、必ずしもこのようなことを考えてくれる上司ばかりではありません。ですから労働組合の役割は、上司に相談できているか、コミュニケーションが取れているか、または整った制度を使えているか、会社側と本人の間を取り持って、話してごらんよ、相談してごらんよ、と呼びかけていくことだと思います。
(5)キャリアを自分自身で築くために
私たちはキャリアのために働いています。働くということは、社会参加、社会貢献です。しかし、もっと前の段階では、稼がなければ食べていけないということがあります。育児休業を取り、復帰した女性も、夢や希望といった、きれいなことを言うだけでなくて、いかに働き続けるかという観点で語っています。
そして、男性も女性も自分のキャリアを築くために、ぜひ覚えておいてください。仕事上のキャリアも当然大事なことですが、結婚・出産も人生のキャリアだということです。ですから、躊躇せずにぜひ選んでほしいと思います。
また、自分の会社で何ができて何ができないのか、会社の制度を日頃からよく知っておいてください。その運用には制限はありません。そして、その制度を利用するために、仕事で有無を言わせないようにしてください。
自分が「こうしたい」と思うことを、まわりの雑音は気にしないできちんと表現し、自分の力で自分の人生を選択していっていただきたいと思います。
(6)ワーク・ライフ・バランスに関する労使懇談会
弊社では2010年に「ワーク・ライフ・バランスに関する労使懇談会」を開催しました。これを開いた背景は、2007年の春闘で、時間単位の有給休暇を労働協約として結ぶことが見送られ、それを受けて、今ある制度の活用について話し合う場を設けたということです。
その懇談会では、女性MRの就業継続支援として、結婚時などの配偶者との同居ということが課題としてあげられました。そして、ルール化検討のためのワーキンググループ設置を要請しました。その成果として、来年の春には、配偶者の転勤地を選べる制度が導入されます。
今後の課題認識として、タイムマネージメントの中で、生産性の向上を進めていくことがあります。それから、男女の機会均等ができていないため、女性の管理職が少ない現状があります。この現状を変えていこうという話し合いを、今も進めているところです。
おわりに
冒頭にも言いましたが、ワークルールは単なる制度ではなくて、「私たちは何を大事にするのか」を形にしたものです。労働組合は、意識、風土、文化、未来といったものを作ることが、ワークルールをつくることだと思っています。
未来をつくるというと、とても大きなことだと感じるかもしれません。でも、未来というのは、皆さんがどんな職場で働きたいか、その職場をどう変えていきたいか、そういうことへの関わりの積み重ねからできていきます。
皆さんは、これから社会に出ていくわけですが、ぜひ、自分で、自分の人生の選択をしてください。さらに、そこから手を少し伸ばして、まわりの環境にも関わっていくようにしていってください。そして、みんなで働ける社会を、一緒につくっていきましょう。
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