1.はじめに
この講座は、就労前の大学生の皆さんに働くということ、労働者が持っている権利、さらに今、労働を取り巻く社会状況がどうなっているか、そういうことについてぜひ知っていただきたいという思いでスタートしました。
今日は開講の辞として、連合が、今の社会や働く人たちをどう考えているか、一貫した考え方を紹介します。また、これから15回にわたる講義の導入として、今後の講義で出てくると思われる労働組合独特の用語や労働組合の基本も解説し、ご紹介します。
~働くということ~
まず、私が考える「働く」ということについて少しお話しします。
私は、1972年に中間市役所の職員として就職し、1983年に自治体労働者の労働組合である自治労に入りました。民間だと、会社に籍を置いたまま労働組合の活動ができますが、公務員は、一定期間を過ぎて、連続して従事しようとすれば退職しなければなりません。そのため、最終的には地方公務員を退職して、自治労の専従役員として2009年に退任するまで26年間、労働組合運動の仕事に携わってきました。
私は、労働組合運動を自分の仕事として選択したわけですが、その選択には、大きな2つの出来事が関わっています。
1つは、中間市役所に入り、市立病院に出向したときのことです。その市立病院は、病床が110床の小さな病院ですが、内科・外科・小児科があり、地域の医療を守る病院でした。通常は医師も揃っていて、緊急の手術もできる病院でした。
ただ、夜間の当直は、医師と看護師と事務員の3人だけとなります。急患が運ばれてきても、当直の先生の専門外だと、応急処置しかできず、他で受け入れてくれる病院を探すことになります。小さな中間市で受け入れる病院がない場合は、隣の北九州市まで探します。そこには大きな病院がいくつもあるので、そちらに連絡をして受け入れてもらう、そういうことを毎日のようにやっていました。それでも、受け入れて処置してもらえればいいのですが、不測の事態もあります。いわゆる「受け入れのたらいまわし」です。最近でも、産婦人科で受け入れてくれるところがなく、救急車で病院を探しているうちに妊婦が亡くなったということがありました。こういうことは当時からあったのです。
こういうことは、1人の担当者の努力で解決できることではありません。制度をつくる必要があります。この時、自治労本部が「救急医療のたらいまわし訴訟」を起こしました。救急車でたらいまわしにされた揚句、命を落とすという事件が千葉県で起きました。それに対し、しっかりした受け入れ体制があれば防げるものだと、行政、国に対して訴訟を起こしました。それをきっかけに、全国で救急体制の制度が大きく改正されました。
当時の厚生省の掛け声のもと、初期救急である一次救急、手術や入院を要する患者を対象とした二次救急、特に命にかかわる緊急を要する重傷・重篤患者を対象とした三次救急に分け、この制度を都道府県ごとに作り、区分に応じて受け入れるように取り組んだのです。その結果、いつでもどこでも安心して誰でも医療を受けられるようになりました。
この、労働組合の行動力が世の中を大きく動かしたという体験がありました。
もう1つは、私が中間市労働組合の書記長だったときのことです。この頃、中東戦争が勃発し、その影響で原油価格が高騰し、日本経済に非常に強い打撃を与えました。いわゆるオイルショックの影響を中間市役所も受け、財政難となりました。そして、公務員の給料の引き下げ、定員の削減といった提案がありました。
その時に私たちは「ただ赤字だから給料を下げてくれ、というのは納得いかない。なぜ、こうなるのかを追求していく」と、労働組合が経営に突っ込んでいく形で行動に出ました。その一方で、「結局は当局の提案をのまざるを得ないのではないか。当局の提案に対して労働組合は反対だけすればいい」こういう考え方がありました。
でも、私はこの時、我々が経営に無関心でいれば、結果として働く者にしわ寄せがくる、また、資金繰りの悪化が、給料の引き下げ、あるいは定員が減らされることになる、さらに、市民の福祉といった政策が低下していくことになり、結果的に、中間市の住民にとばっちりが及ぶのではないか。労働組合は、自分たちの自治体の経営状況について、きちんと把握して、モノを申していかなければならないのではないか。そうすることで、労働者の利益や、住民の福祉が発展していくのだと、この時に考えました。
激しく議論し、交渉した結果、公共事業の在り方が、財政を大きく圧迫していたことが客観的に証明されました。そこで、公共事業の見直しのための委員会を作り、その中で5年計画の再生計画を作り、公共事業の見直しを進めました。
結果として、賃金や労働条件を引き下げなければなりませんでしたが、その理由について労使できちんと追求できたわけです。
この2つが、私に労働組合運動を、自分の仕事にしようと決意させたことになります。
働くということについて、自分の体験から話をさせていただきました。
2.連合の紹介
(1)連合とは
次に連合についてお話しします。
連合とは、労働組合の全国中央組織(ナショナルセンター)です。企業ごと、産業ごとにたくさんの労働組合がありますが、その中央組織です。加入人数は約680万人で、1989年に発足して22年になります。
1945年に日本が敗戦した後、GHQが民主化ということで積極的に労働組合の結成を進めた結果、たくさんの労働組合が誕生しました。一人ひとりの労働者は弱い存在です。そのため、団結して労働組合を作って、そして、使用者と対等な立場になって交渉して、賃金や労働条件を勝ち取っていく、それが労働組合の出発点です。
会社ごとの組合である単位組合(単組)ですべてが解決できるかというと、そうはいきません。たとえば、賃上げで5,000円を勝ち取っても物価が上がったら、あるいは税金があがったら、一企業だけでは解決できません。
そういう場合は、同じ業界の労働組合が集まって行動します。それが産業別労働組合(産別)です。食品や流通という同業種でつくる労働組合もあります。ここで、同じ業種の企業を比較しながら、取り組みます。
でも、まだ足りません。規制緩和など政策や法律・制度については、国会で決めているので、そこに対して影響力を発揮するには、いわゆる政党・議員、あるいは国の各省庁、あるいは経営者団体である経団連などや労働組合の中央の組織が必要となります。
連合は企業ごと、産業ごとの労働組合ではありません。産別が加盟して、全国で組織を作っている労働組合の中央組織、それが連合です。
~組織率低下の問題~
現在連合には、680万人が加入していますが、その数は減ってきています。これが大きな問題となっています。連合だけでなく、日本の労働組合の組織率は、18.5%です。日本には5,500万人雇用労働者がいますが、そのうち18.5%しか労働組合は組織できていません。これでは社会に対する発言力が弱くなっていきます。
戦後すぐは組織率は60%ぐらいありましたが、残念ながらどんどん低下しています。理由は様々ありますが、大きな問題は、非正規労働者といわれるパートや契約や派遣といった形態で働く労働者が急激に増えたことです。今、働く人の3割が非正規労働者です。
そのような状況で、正規労働者で組織された労働組合が決して十分ではなかったと、連合では反省をしています。正規の労働組合のメンバーだけではなくて、正規であろうと非正規であろうと、組合員であろうと非組合員であろうと、全ての働く人たちに対して、連合という組織された労働組合が行動する。そうしなければいけないと、今、組織化にむけて、力を入れて取り組んでいます。
(2)関係団体
連合には、3つの関係団体があります。
1つは、連合総合生活開発研究所(連合総研)というシンクタンクです。ここでは様々な研究がおこなわれています。たとえば、日本の経済情勢や、賃金の状況といったものを毎年研究して、春闘時に発表します。「経済情勢報告」というものですが、今年は、非正規の問題、社会保障の問題に加え、東日本大震災に関することもありました。日本の復興計画についても、かなり幅広く研究しています。
2つは、国際労働財団です。国際労働運動に取り組んでいる機関で、力を入れているのは、アジアの新興国や途上国です。その国の労働条件の改善のために、企業の人たちに労働条件について学んでいただくという取り組みをしています。また、児童労働にも力を入れています。途上国や新興国では、労働力となっていて学校に行けない子どもがたくさんいます。そういった子どもたちが就学できるように、あるいは就学する準備をする事業にも力を入れています。とりわけ、インド・ネパールでこういった支援活動を行っています。
3つは、教育文化協会で、この寄付講座を企画運営している団体です。これは、まさに連合の組合員、あるいは連合の組合員でなくても全ての働く人たちに対する労働教育、文化事業を行ったり、講座を開催したりしています。さまざまな文化事業を行っていますので、連合の組合員だけでなくて、どなたでも参加していただけます。皆さんも参加していただいて結構です。
教育文化協会では、「私の提言」という事業を毎年行っています。今の日本社会の労働問題について、私はこう思うということを提言として出していただくというものです。時期がきましたら、ご案内いたしますので、ぜひご応募いただきたいと思います。この寄付講座を聞いて、考えたこと、気づいたことをまとめて、提言としていただければと思います。
3.働くということの意味と我が国が目指すべき社会像
(1)国際労働機関(ILO)フィラデルフィア宣言
国際労働機関(ILO)は、第一次世界大戦後、最初に国連の機関として認められました。
1944年、アメリカのフィラデルフィアで開催されたILO第6回総会で、フィラデルフィア宣言が採択されました。この宣言は、働く者の基本原則を謳っているのですが、その中でも特に、「労働は商品ではない」「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」という言葉が有名です。この2つの言葉は、労働運動の道を最もよく示しているといえます。
「労働は商品ではない」。つまり、働くということは生身の人間が行うことで、生身の人間は商品ではないということです。しかし今、非正規労働等、労働は商品化してしまっているといえます。
そして「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」。つまり、ごく一部でも貧困を放置しておけば、それは巡り巡って、自分のところにくるというものです。1945年、第二次世界大戦が終わる一カ月前に、世界の労働者たちは、戦争が起きる原因は貧困であり、それから劣悪な労働条件というものが積もり積もって社会不安が現れることを、身をもって体験しました。貧困が社会の秩序を壊していって、さらに、国と国が資源の取り合いで争うようになります。したがって、一部の貧困が、全体にとって危険になるわけです。
この宣言は、労働者一人ひとりに対してのことですが、それは国と国とで言えば戦争にまでつながっていくわけです。そういう言葉で、警告をし、いろいろな劣悪な条件をなくしていこう、改善していこう、そういうことが社会正義としての労働運動の使命ですよ、ということをフィラデルフィア宣言ではいっています。
私は、「労働は商品ではない」「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」の2つの言葉が、労働運動の行方を指示している言葉として今も変わらないと思っています。本来ならば、こういう言葉が必要ない社会を目指しているわけですが、残念ながら今は、この言葉が非常に重いものとなってのしかかってきています。そういう意味で、連合が目指す社会像の言葉としてご紹介しておきます。
(2)戦後の高度成長~今日における変化
では、日本は戦後どういう発展をし、どういう道を歩んで今日があるのかということを考えてみたいと思います。
日本は1945年に敗戦を迎えた後、目ざましい経済復興を遂げます。一時はGDPが世界第2位となり、1人当たりのGDPも3位でした。今は中国が第2位と統計上では抜かれていますが、それでも、世界2、3位に位置しており、戦後急速に伸びてきています。
これが実現できた社会構造をみると、発展の基本的な枠組みというのは、政府・行政が業界ごとに護送船団方式でしっかり支えるという構造です。
支えられているのは企業です。その企業は、男性稼ぎ主が中心の社員を長期雇用します。男性稼ぎ主が妻と子ども2人、つまり一家4人をきちんと養える賃金、労働条件、あるいは福利厚生を用意し、社員教育をする、こういうことで、日本の経済構造を支えてきました。このことが、明治以来といってよいかと思いますが、長らく日本社会を発展させ、支えてきたわけです。
ですから私たちの考えも、男は仕事、女は家庭というように規制されてきました。男女平等参画の観点から、このような考え方の改善をしていますが、まだおそらく、女性の家事労働の負担は大きいのではないかと思います。また、最低賃金の考え方も、稼ぎ主である男性を補助するための女性の仕事として、どの程度なら足りるのかという視点があります。そんな事柄が、今の社会の仕組み、私たちのものの考え方、あるいはライフサイクルにおいて問題を起こしています。
しかし、これまで日本の社会を支えてきた仕組みは、グローバル化により崩れてきました。護送船団方式によって行政が企業を支える方法では、国際競争に勝ち抜いていくことは到底できません。それから、労働者の働き方も、新卒一括採用・終身雇用・年功序列賃金といった日本型労使関係がどんどん変わっています。
日本経団連は、日本型経営の見直しということで、「期間の定めがない労働者」「専門性をもつ労働者」「いつでも置き換えができる柔軟な期間的な労働者」の3つの分類に雇用形態を分け、非正規労働者を増やしていきました。
また、これまで公共事業を通じて、中小企業の支援などをやってきました。しかし、政府・自治体の財政難で、そういった支援がどんどん縮小されていきました。そういうことが重なって、今、日本社会は、本当に不安社会となってきています。
そういうなかで連合では、どうすれば働くことの意味、誰もが希望を持って暮らしていける安心社会を作ることができるか、この間議論してきました。そして今、安心社会を実現させるために、一生懸命取り組んでいます。
(3)働くことを軸とする安心社会に向けて・連合が目指すこと
~さまざまな不安を抱える日本の現状~
これから社会に出ていく皆さんも、就職して、今後本当に家庭をもつことができるのだろうかと暗い気持ちで考えているのではないでしょうか。
今、育児と仕事の両立も問題があります。就学期の子どもを持つ親たちは、学費をどう工面するか、なんとか学校を卒業させなければいけないという心配があります。さらに、自分たちの労働がこの先どうなるのかという不安もあります。果たしてこのまま仕事が続けられるのだろうか、老後は一体どうなるのか、そういった心配です。
それから、非正規や低賃金で働いている人たちは、いつ解雇されるかわからず、日々恐々としながら暮らしています。その一方で、正規労働者は、ストレス等で健康を害するまで、家庭を顧みず働く長時間労働の状態にあります。また、自分の働きに見合った対価として賃金等の労働条件が与えられているのか。こういった様々な心配があると思います。
こういった不安が、社会全体に広がっています。非正規で働く若者たちは、このままでは家庭を持つことができないと考え、結婚することや子どもを産むことをためらい、諦めています。
さらに、希望を失った人たちが、自ら命を絶つという絶望的なことにまで及んでいます。毎年3万人を超える自殺者が出ています。こういった社会というのは、少なくとも先進国といわれる国の中では稀です。日本は残念ながら、こういった状況にまで来ています。
~安心社会に向けての取り組み~
このような不安社会から希望を持てる社会に変えていこうと、連合では、雇用をつなぐ『安心の橋』を支えとする社会を提案しました。これは、公共サービス、企業の中の福利厚生、地域・住民の支え合いといったもの全てを、雇用・働くということに重点をおくというものです。
つまり、働くことで収入を得て経済的に自立し、社会参画し、自己実現ができる、そして、働いた収入で税や社会保障を納める、そういうことで社会を豊かにしていく、こういう社会を作るために、雇用につながる『安心の橋』を提案しています。
家族と雇用をつなぐ橋として、仕事と家庭の両立です。そのために、自分の家の近くに安心して子どもを預けられる保育所の整備が必要です。また、家事の負担が軽減できるように、労働条件も整える必要があります。そして会社や社会に、子育てをしながら仕事をするという理解が進めば、女性の社会進出もどんどん進み、おそらく、子どもを産み、育てていくという人々が増えると思います。
教育と雇用をつなぐ橋では、両親の収入の差によって、受ける教育に差がついてしまうことがあります。それが、結果的に収入の差などにあらわれ、一生涯ついて回ることが、統計的に明らかになっています。したがって、就学する意欲がある若者たちは、誰でも教育を受けられるように保障することが雇用につながっていきます。
失業については、その理由はさまざまですが、いずれにしても、失業した場合、次の職場にいくための再教育がきちんと受けられるようにします。そして、再チャレンジができる制度を作ります。今、失業保険を受けながら、職業訓練を受けられるシステムがあります。これは、リーマンショック後に連合が力を入れて、政府に働きかけ実現したものです。現在、10万人が生活支給金を受けながら、職業訓練を受けています。しかし、まだ十分ではありません。もっと制度の幅を広げていきたいと考えています。
そして、雇用では、働き方を選べるようにします。今の日本では、正規と非正規には賃金などに大きな差があります。ヨーロッパの先進国は、働く時間がフルタイムか、パートタイムかの違いで、同じ価値をもつ同じ仕事をする場合は、時間の単価は一緒です。日本は、健康保険、税金などが正規と非正規では違うのですが、それをヨーロッパのように、同一労働同一賃金に変えていく取り組みをしています。
フルタイムか、パートタイムかというように、働く時間の違いで賃金は差が出ますが、諸権利は正規も非正規も変わらないようにする、雇用保険も、年金も、健康保険も変わらないようにする、働き方を選べる場合、そういう雇用形態にしなければなりません。
~我が国が目指す社会像~
今、連合が取り組んでいる「働くことを軸とする安心社会」は、恩恵を与えたり、フォローしたりという考え方には立っていません。
私たちが目指す社会は、働きたいと思って、努力しているにもかかわらず、様々な問題に阻まれてしまう場合、その障がいをできる限り取り除いていく社会です。あるいは、積極的な行政サービス・公共サービスなどの支援や、地域社会で支えあっていくことで困難を取り除いていく、そういった社会です。
そして、国民が誇りを持って働き、生きがいをもてる社会、多くの人々が支え合っていける社会を作りたいと思っています。日本はかつてこういう社会だったと思います。いわゆる団塊の世代が子どものころは、日本が高度成長し、いろいろな希望がある社会でした。今は、ギシギシした社会と感じられますが、誰もが希望を持ち、安心できる社会を作り上げていくことができると考えています。
~「財政」について~
最後に、財政面について触れておきます。これまでお話ししたことを実行する上で、財源があるのか。最初に押さえておきたいのは、日本は先進国といわれるなかでも、社会的支出が小さい国だということです。日本は小さい政府です。社会保障にあまりお金を出していない政府です。
では、どうして、福祉を充実させてきたから財政が赤字になるという考えが、市場原理主義的な政策のなかでおこってきたか。これはやはり、雇用を正規から非正規に置き換えたためといえます。非正規になると当然収入が減り、納める税金も減ります。国、自治体の課税対象になる層がどんどん少なくなります。その結果、国や地方の財政がどんどん落ち込んでいくわけです。
だからといって、大きな政府がいいと言っているわけではありません。当然財政的に限界だろうし、今、日本は国と地方を合わせて約1千兆円の借り入れがあります。これはGDPの2で、先進国では断トツに借金が多い国ということになります。社会的支出に対する割合が小さいのは、こういったことが原因にあります。
ですから、誰でも就労できるように社会的に支出することは、先行投資となるわけです。そのことによって働く場が増え、1人の収入が安定すれば、税収は増えるので、当然財政基盤は上がります。
まずはこういう道を基本的にとっていき、その上で膨大な借金、必要経費をどう捻出するかについて、考えていくべきだと思います。
また、国民に新たな負担を強いるなら、その負担により、国民に平和で安心できる生活ができることを示すことが必要です。それを示さないで、負担だけを強いるのでは、国民は納得しません。
その場合、第一に、目指す社会像を明らかにする必要があります。雇用の姿や、年金の姿、社会保障の姿を明らかにしていく。そのうえで、第二として、国民が信頼できる行政を作り上げることが筋道だと思います。第三には、公正・公平性です。今、消費税引き上げが言われていますが、消費税は、収入に関係なく、誰もが支払うものです。そうすると、所得の高低によって違いが出てきます。所得税、法人税などすべての税を見て、公平・公正に負担を求めることが大切です。
そして、誰もが希望をもち、安心できる社会をつくるためには、これだけは負担してもらわなければならない、ということを示していくことです。
財源の負担については、本当に難しい問題ですが、このように進めるべきだと思います。
私からのお話はこれで終わりにします。どうもありがとうございました。
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