埼玉大学「連合寄付講座」

2010年度前期「働くということと労働組合」講義要録

第10回(6/23)

政策実現活動の取り組み②
地域での活動

ゲストスピーカー:佐藤 道明(連合埼玉事務局長)

はじめに

 私は1981年4月に東京電力株式会社に入社をしました。1994年7月に東京電力労働組合の専従役員になり、2000年7月から連合埼玉で活動することとなり10年になろうとしています。今日は、私の活動の場である連合埼玉の取り組みについて、皆さんにご紹介をしていきたいと思います。

1.なぜ、政策実現活動か

(1)めざす社会像
 連合埼玉は、2009年11月19日の第16回定期大会において、連合埼玉中期運動ビジョンを掲げました。そこで、めざす社会像として、「『働くことの意義』『労働の尊厳』が尊重される社会、働き暮らす人々が主人公で、その『幸せ』が実感できる社会」を確認しました。
  働くことの意義は、人それぞれに違います。たとえば、今日明日食べていくためということもあるし、あるいは、特に第一線を退いた人たちに多いと思いますが、社会の一員として認められたいということもあるでしょう。また、「生きがい」や「やりがい」といったこと、自分の目標に向かって働いているなど、働く目的はいろいろです。
  しかし、労働の尊厳は、誰もが共通して尊重されなければならないことだと思います。今、雇用情勢が非常に厳しいなか、この労働の尊厳が失われつつあります。人を人と思わないような働かせ方をする企業もないわけではありません。本来、企業は働く人を大切にするべきだと思います。
  そして、労働組合から考えれば、働く人々が主人公でよいのかもしれませんが、それでは学生や定年退職した人たちなどは、対象者にならなくなってしまうかもしれません。しかし、皆さんもこれから社会に出て働くわけですし、定年を迎えた人も今まで働いてきました。ですから、今実際に働いている人たちだけでなく、社会で暮らす人々が主人公だと考えています。

(2)運動の3つの柱
 めざす社会像を実現するため、運動の展開にあたって、3つの柱を掲げています。1つ目は、安全・安心な暮らしやすい地域社会づくりです。たとえば、雇用確保、地域での雇用創出、地域での市民参加による地方分権社会の実現、安全で平和な地域社会の構築、自然環境などの運動展開をするというものです。
  2つ目は、公平・公正な社会づくりです。ここでは、ディーセントワーク、ワーク・ライフ・バランス、男女平等参画、労働教育などを掲げながら、最低賃金も含めた運動を展開していきます。
  3つ目は、職場・地域に信頼される組織づくりです。労働組合は、社会全体に信頼される立場にならないと、その運動に共感が得られなくなります。当然のことではありますが、ここではあえて運動の柱として掲げました。
  このように、目の前にあるさまざまな課題に向き合いながら、組合員のみならず、埼玉県民の皆さんを対象に、しっかりと取り組んでいこうというものです。

(3)運動をすすめるうえでの基本的な考え方
 これらの運動をすすめるうえで、基本的な考え方が5つあります。そのなかの1つに、「働く者の政策を働く者が自らつくり、実現するために、政治に対する発言力を高めていく」があります。労働組合というのは、労使関係のなかで活動します。春闘で会社側と賃上げの交渉をするなど、会社のなかで会社とともに制度を組み立てたり、約束ごとを決めたりするわけです。
  高度経済成長期には、労使交渉で多くのことが解決できました。たとえば、右肩上がりの日本経済のときは、一回の春闘で賃金が3万円もあがったことがありました。しかし、今ではとてもそのような状況にはありません。労使で解決できることも限られており、地域で解決すべきこと、政治的な解決策が大変重要になってきています。
  つまり、私たち労働組合は、組合員の生活や雇用を守るということだけではなく、広く県民の皆さんの生活を守っていく。そのために、働く者、生活者、納税者の立場から、政策の実現を目指しているわけです。

(4)政策実現活動の現状
 民主党が2009年9月に政権与党となりました。連合埼玉としては、民主党に政権が代わって、県民の皆さんの意識も少し変わってきたのではないかと思っています。
  たとえば、国や県などから、連合埼玉に対して審議会の委員になってほしいという依頼が増えたように思います。私自身も現在12の公職についています。審議会や委員会等に参加することによって、労働組合の立場で政策提言ができますから、これは絶好のチャンスとして受け止めなければならないと思います。
  また、私たちは街頭で県民の皆さんに連合の政策を訴えてきました。以前は誰も関心を示してくれませんでしたが、ここ数年変化を感じています。演説を聴いてくれる県民の方が民主党の体制及び政権に対する意見や期待、なかにはこんなことまで・・・と思えるような苦情を、一緒にいる民主党議員ではなく、私たち連合に寄せてきます。このような苦情も含めた意見は、県民の直接の声ですから、とても大切です。こうして街頭に立ち、多くの人から話や考え方を聞かせていただくということは、政策づくりに大きく反映できると思っています。

2.どんな良い法律でも、どんなに良い制度でも

(1)国際人権規約と高校無償化
 今年4月から公立高校の授業料無償化がスタートしました。埼玉県では私立高校に対しても、所得に合わせて一定額の支援がされるようになりました。高校無償化については、日本の世論のなかで、反対、賛成、いろいろな議論があったと思います。ただ、国際的にみると、これは決して特別なことではありません。
  1966年の国連総会において、人権保障を法制化するために「国際人権規約」が採択されました。このうち国際人権A規約と呼ばれる「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の13条2項(b)(c)では、高校、大学の無償教育の漸進的な導入を、求めています。
  日本は、高校無償化でこれだけ議論になりましたが、他の国では大学も含めて無償化しているところもあります。この規約にしたがえば、「漸進的」ということで、順を追って徐々に高校・大学の無償化という目標を掲げて政策を打ち出していくことになります。しかし、日本はこれを留保したまま、1979年にA規約を批准しました。この条項を留保しているのは、条約加盟国160ヵ国中、日本とマダカスガルの2ヵ国だけです。
  これまでの政権では一切こういったことには触れることがなく、このような留保の状態が30年続いてきました。今回これでようやく、他の国々と並ぶことができたといえます。これを機会に留保撤回へと結びつくことを期待したいと思います。

(2)高校生を卒業クライシスから救え
 しかし、この高校無償化を歓迎する一方で、今春卒業を目前にしながら、経済的な問題で授業料が払えず、高校卒業資格を得られない可能性がある子どもたちがいました。
  2月9日に、民主党国会議員は、埼玉県と大阪府の公立の定時制で学ぶ女子高生から、この「卒業クライシス」について話を聞きました。その結果、厚生労働省は2月12日に、社会福祉協議会が国の補助を受けて実施している「生活福祉資金貸付制度」に緊急特例を設けました。この制度は、本来低所得層等を対象にしていて、高校生に対しては教育支援として月35,000円以内を無利子で貸し付けるというものです。これを、授業料を払えないために卒業できないという場合は、遡及して無利子で貸付けることになりました。
  貸付ですから将来は返さなければいけませんが、それでも高校を卒業できないということになると、今後社会に出たときに不利な立場になることは明らかです。そのことを考え、こういう政策がたてられました。

(3)ワンストップ・サービスは喫緊の課題
 このように、厚生労働省は連立政権下において、高校生の窮状に対して迅速な対応をとったのですが、実行に移す段階で課題を残しました。
  一つは、今回の貸付制度の申請窓口が社会福祉協議会であることです。なぜ、授業料滞納がわかっている学校で申請できないのか、ということです。また、この特例措置は2月12日に決められましたが、3月の卒業までの残された時間で、卒業が危ぶまれている高校生の家庭にどのように周知するのか、ということです。
  これは、今回の申請に限ったことではありせん。雇用にかかわるさまざまなサービス提供についても、いざ手続きをしようとすると、一ヵ所の窓口で済まない場合がよくあります。使う側からすれば、非常にわかりづらいわけです。「情報弱者」に陥りやすいからこそ、ワンストップ・サービスによる対応が喫緊の課題といえます。

(4)ワンストップ・サービスの実現に向けて
 今回の貸付制度については、2月12日に厚労省から「必要な世帯が利用できるよう本制度の周知に積極的に取り組むこと」という通知が、各都道府県に対して出されました。埼玉県では、その通知が出た後、各市町村に通知したとのことですが、県のホームページには掲載されませんでした。あとで県に、なぜホームページに載せないのかと尋ねましたら、県民全体に関わることではないから載せなかったという話でした。これはおかしいと思います。県民一人ひとりに関係ないからといって大事な情報を載せないのは、行政サービスとしていかがなものかと、私は思います。
  さらに調査をしていくと、政令指定都市であるさいたま市には通知されていないことが判明しました。さいたま市には4つの市立高校がありますが、そこには全く通知されなかったわけです。そのため、この状況を厚生労働省に伝え、学校に直接通知をした方がよいということで、文部科学省より、「より細かい柔軟な対応を行うことへの特段の配慮について」各学校施設への周知が、関係機関に改めて通知されました。
  その結果、高校生の授業料滞納にかかわる生活福祉資金の貸付決定状況は貸付決定数1,033件、貸付決定金額2億5,576万円。内訳は高校3年生が351件、全体の34%です。これが多いかどうかは議論の分かれるところですが、それでも私たちの対応によって、少なくとも351人が無事卒業できたわけです。
  後日、参議院厚生労働委員会で、本件にご協力をいただいた連合埼玉推薦の議員から、このような周知漏れが2度とないように、ワンストップ・サービスの実現が強調されました。

(5)必要な制度・サービスを必要な人に
 連合埼玉では、毎年5月、政策・制度に関する討論集会「政策フォーラム」を行っています。教育政策の分科会においては、今年は川口市立中学校の養護教諭から、川口市の子どもたちの辛い現実について報告してもらいました。たとえば、母親が夜も働きに出ているため、小学校中学年の児童が夜遅くまで弟や妹の面倒をみなければならず、朝眠くて学校に行けなくなったり、父子家庭の父親が3,000円だけお金を置いて、中学生とその妹の幼稚園児を残し、出稼ぎに行ってしまっているなど、衝撃的な話ばかりでした。
  このような現実の根底にあるのは、労働ということがきちんと親に与えられていないことだと思います。働く場がきちんと与えられていれば、少なくとも経済的にもう少し豊かになれて、辛い思いをする子どもたちが少しでも減るのではないだろうかと、労働組合の立場から教育が平等に与えられることについても議論しています。
  また、埼玉県は11月1日を教育の日とし、7日までの1週間を教育週間と定めています。連合埼玉では教育週間にあわせて教育フォーラムを開催しています。昨年は、「労働とつながる学び~人間が生きる地域社会の再建を~」というテーマで、関東学院大学非常勤講師の青砥恭さんに、実際に起きている子どもたちの貧困について話をしていただき、この話をもとに県に対して政策・制度の要求を行いました。
  その要求の1つが、子どもたちの心のケアをするスクールカウンセラーの増員・充実です。埼玉県では全国に先駆けて、学校のなかに先生でも親でもない第3者の「さわやか相談員」を配置して、生徒からの相談体制を強化しました。これをきっかけに、全国でも同様の動きが出てきましたが、これは国の助成金事業として行なわれていたため、助成金が切れた途端に、事業自体も縮小しました。そこで連合埼玉では、縮小するのではなくて、なんとか充実してほしいということを要請しています。
  もう1つは、教育を受ける機会の均等・保障ということです。高校生に対する奨学金と授業料の免除制度の充実を、中学生に対しては、就学援助の増額、特に家庭内学習なり、クラブ活動に必用な費用についても、援助を認めるように要請しました。
  要請して約半年後には、授業料の無償化や子ども手当が実施されるので、それまで待てばいいのかもしれません。二重のサービスをする必要はないのかもしれません。しかし、今本当に困っている子どもや家庭があるのに、行政がそれを放置しておいていいのですかという話をしました。おそらく県の職員の皆さんも、本当はわかっているはずです。ただ、やりたくても、実際には財源の問題があるということです。
  しかし、やはりどんなによい制度ができたとしても、それを使いたい時に使えないのでは意味がありません。必要な時に必要とする人がきちんと使うことができてこそ、制度やサービスが生きてくるのだと思います。

3.ナショナルセンターとローカルセンターの活動と役割

(1)自殺者の増加
 2009年の自殺者は、全国で3万人を超えています。都道府県別でみると、埼玉県は1,796人で全国ワースト4位です。2008年と比べると143人増加しており、増加数ではワースト1位となっています。これはあくまで埼玉で自殺した数ということなので、全員が埼玉県民というわけではないのですが、埼玉のどこかにそういう要素があるのだと思います。
  2007年に策定された自殺総合対策大綱では「自殺は追い込まれた末の死」と明確に述べられており、「自殺は防げるもの」とも明記されています。世界保健機構でも「自殺はその多くが防ぐことができる社会的な問題」と明言していますから、自殺が社会の努力で避けることができる死であることは、世界の共通認識といえます。
  それにもかかわらず、景気の良し悪しに関係なく、日本では12年連続で自殺者が3万人を超えています。これは、日本という国の社会的構造に何か問題があるのだろうということになるわけです。

(2)連合埼玉の自殺防止の取り組み
 連合埼玉では5月に開催した政策フォーラムの分科会で、年間3万人の自殺者、未遂も含めると1日に1,000人を超す状況に対して、自殺対策を真剣に捉えていかなければいけないという確認をしました。その対策として、メンタルヘルスに対する研修や学習の強化について議論しました。議員にも議論に参加してもらい、行政で行っていることの報告や課題提起をしてもらいました。約30人の出席者のなかで、実際に自分の友人、知人、同僚に自殺未遂があったという報告が3、4件ありました。実は、私も高校の同級生が会社に入って3ヵ月後に自殺をしています。どうして救えなかったのかと、本当に残念に思います。皆さんも友達を大事にしていただいて、相談しあえるような仲間でいてほしいと思います。
  このような議論を行った結果、9月10~14日までの5日間、連合埼玉と財団法人日本産業カウンセラー協会の共催で、「働く人の電話相談室」を開設することとなりました。この電話相談は、実際に今働いていなくても、求職中や失業中の人、本人でなくても構いません。皆さんの廻りで悩んでいる人がいれば活用していただきたいと思います。有言実行を肝に銘じ、対応をしていきたいと思っています。

(3)労働行政は誰のため?
現在、政府では、地域主権改革の一環として、国の出先機関を国から地方に移管するという動きになっています。これについては、全国知事会に出先機関原則廃止プロジェクトチームが設置されており、その座長が上田埼玉県知事です。
  そこでは、連合との関係がきわめて深い厚生労働省の出先機関である労働局のハローワークや労働基準監督署も県に移管するという方針になっているのですが、私たち連合としては、これらを県に移管することは容認できません。私たちはハローワーク等の視察を行い自らの目で確認してきました。
  反対する理由は、労働基準法などで定める最低労働条件を守らせるためには、やはり司法警察官である労働基準監督官が、統一して対応しなければいけないということです。それから、今ハローワークに行けば全国の求人情報を知ることができます。国が運営しているので、全国の情報を集めることができるわけです。全国ネットワークで職業紹介をしていくことが大切だと思います。
  国には国の、地方には地方の得意分野があります。地方自治とか、国とかのどちらかに無理やり権限を寄せるのではなく、それぞれの得意分野をしっかりと行いながら、手厚い行政サービスを行うべきだと思います。行政サービスが重なり合っていけないことはありません。得意分野を互いに生かしながら、国と地方自治体が連携を図り、取り組んでいく形がベストだと考えています。
  私たちは、国が進めている地域主権改革そのものに反対しているわけではありません。ただ、労働行政の部分においてのみ反対しています。これは、働く人に対してメリットがないということで反対をしているということです。
  ナショナルセンター連合の役割は、その政策を国の政策に反映させていくことであり、国の政策の具体的対応と地域特有の政策実現が、私たちローカルセンターの役割だと考えます。

4.希望と安心の社会づくり

 私たちは今、「希望と安心の社会づくり」ということを掲げ、全国キャンペーンを行っています。具体的な内容は次のとおりです。

○子どもにやさしい社会を
子ども手当が実施されました。そして、ワーク・ライフ・バランスを充実させてさらに子育てをしやすい社会をつくっていきましょう、ということです。ワーク・ライフ・バランスは、家庭・仕事・自分自身の余暇時間の調和の実現ということですが、その中で、やはり子育てが非常に大きなウエイトを占めます。子どもにやさしい社会を築いていくなかで、ワーク・ライフ・バランスを充実させていきたいというものです。
  そして、子どもだけでなく、母親を支援する政策を打ち出していきたいと思っています。たとえば、働きたくても子どもをあずけるところがなくて困っているお母さんたちに、安心して働けるような環境を作り、働いてもらう。そうすれば、そのお母さんが助かるだけでなく、働いた分を納税してくれます。また、年金などにも加入して、社会保障も安定します。つまり、財政も潤うわけです。お金をかけて行政サービスを行うのですから、財源に少しでも繋がる政策を実施すべきだと思います。

○教育の機会を広げよう 
 高校無償化になっても教育にかかる費用は他にもあります。子どもたちが平等に教育を受けられる明るい未来にしていきたいと考えます。

○環境にやさしい社会を
 国では、グリーン・ジョブによる雇用創出を考えています。労働組合でも、環境意識をしっかり持ちながら取り組んでいきたいと思いますし、それに対する政策提言をしていきたいと思っています。

○笑顔で働き暮らせる社会を
 雇用と社会保障を充実させて、社会的なセーフティ・ネットを強化する。これは私ども労働組合の本業だといえます。

○改革の針を先に進めよう
 昨年、政権交代で民主党政権が誕生しましたが、まだまだ世の中の現状は変わらないというのが現実だと思います。ただ、50年続いた自民党政権がたかだか9ヵ月で劇的に変わるとは思えません。まだ時間がかかるかもしれませんが、それでも改革は始まっています。
 そして、今まで話したいろいろな政策等を実現させるためには、連合だけで取り組んでできるものでもないし、政治だけががんばってもできるものではありません。皆さんも含めた国民一人ひとりが、希望と安心の社会づくりを求めていく、そういった行動をしていただきたい。そのことが必ず実現に結びつくのだろうと思います。
 皆さんや私たちの行動が、社会を変えていく原動力になっていくのだということを改めて皆さんにお伝えして、私の講義を終わらせていただきたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。

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