埼玉大学「連合寄付講座」

2010年度前期「働くということと労働組合」講義要録

第7回(6/9)

働く現場・地域での取り組み⑦
非正規労働者への対応

ゲストスピーカー:小野寺 義成(連合埼玉副会長)

1.はじめに

 みなさん、こんにちは。今日の話のポイントは3点です。まず、非正規雇用の実態ということで、ホンダの事例について説明します。期間従業員の労働条件、企業環境の変化、雇用調整に至るまでと、今後の取り組みについて話を進めていきたいと思います。
 そして、それを踏まえて、地域労働者の雇用が狭まっていくなかで、連合埼玉・埼玉県労働者福祉協議会(埼玉労福協)を中心に、埼玉県の労働組合や支援団体が行った緊急支援シェルターや就職支援相談会の取り組みについてお話します。
それから、政策制度の重要性ということで、埼玉県の上田知事に対して連合が要請した雇用の創出を含めた政策制度の中身をお話したいと思っています。

2.非正規雇用の実態事例:ホンダ埼玉製作所

(1)期間従業員の労働条件
①工場の概要
 ホンダの埼玉製作所は自動車一貫生産工場で、鈴鹿製作所と並ぶ、国内四輪車の主力生産拠点の一つとなっています。工場は狭山市にありますが、最近、狭山工場の倍以上の敷地をもつ寄居工場をつくりました。本来ならば、2011年に稼働する予定でしたが、今の厳しい状況のなかでその稼働が危うくなっています。
 埼玉製作所の生産能力は1日2,200台で、現在の生産台数は1日1,610台です。11種類の自動車を作っています。生産工程は2本の生産ラインがあり、1つのラインでは、バンパー成形→プレス→溶接→塗装、もう一方のラインでは、アルミ鋳造→加工→エンジン組立→エンジンドレスアップという流れになっています。そして、その双方が一つのラインとなって、完成車が組立てられます。
 ここで注意していただきたいのは、これだけ生産工程があるということは、それだけここに人が介在しているということです。 1本のラインがすべて直列につながっていますから、その左右に作業者がいるということです。

②期間従業員の主な労働条件
 ホンダでは期間を設けて直接雇用契約を結んだ非正規労働者を、主に期間従業員と呼んでいます。なぜこういう呼び方をするかというと、昔は「臨時工」「季節工」といって、冬場に地方の農家からホンダにきて稼ぐお父さんたちがいたことによります。今は、どの地方でも生活が安定していますので、そういうことはなくなりましたが、昔の名残で、今でも期間従業員という呼び方が使われています。
 リーマン・ショック以前の期間従業員の労働条件ですが、契約期間は基本入社日より3ヵ月の確定契約で、契約更新できる期間は初回契約開始日より12ヵ月を限度としています。
 給与は1日10,200円で、月収では253,600円~257,939円となります。これは残業、休日出勤なしの金額です。その頃は、確実に2週間に1回残業勤務があって、残業代が出ていましたので、その分を合わせると、手取りで30万円近くもらっていたことになります。そこから税金や社会保険料等が引かれますが、寮に入れば住宅費もかからないし、食費もかかりません。新卒で入った場合、高卒で18万円、大卒で21万円程度の初任給だとすると、それよりも期間従業員の給料の方が高いという場合もありました。
 さらに、契約期間が満了した人のうち勤務成績が良好な人には、満了一時金として、3ヵ月9万円、6ヵ月9万円、9ヵ月15万円、12ヵ月15万円が、その都度支給されました。また、有給休暇の付与のほか、労働保険、厚生年金保険、健康保険にも加入していました。
 このような期間従業員の採用圏をみると、2007年度では、埼玉県66%、東京11%、東北地方8%となっています。

(2)企業環境変化
①リーマン・ショックによる減産
 しかし、2008年9月のリーマン・ショック以降、車はほとんど売れなくなってきています。埼玉製作所で作っている車種の60%は北米輸出用ですので、アメリカの厳しい状況が生産に大きく影響を及ぼしました。ラインの生産量はどんどん減少し、そのため、そこに介在する人も減らしていかざるを得ない状況が発生しました。
 リーマン・ショック直後の国内の市場をみると、2008年12月稼働年累計は508万台で、これは1980年以来28年ぶりの低水準です。2008年度上期(4月~12月)の前年同期比は、94.9%でした。減少スピードは次第に緩和していますが、依然として減少は止まりません。実は、このような状況はホンダ個別の問題として17,8年前にもありました。ホンダが他社に吸収合併されると言ううわさ話があったのですが、その時はオデッセイを発売し、大ヒットしたことがホンダの生命線となりました。それ以来の厳しい状況といえます。

②職場への影響
 従業員も、生産量の減少がいつまで続くのかわからない状況に置かれていました。ホンダでは、軽自動車と一般車用車がありますが、2008年10月時点では2交代で生産が行われていました。2交代は、1つの同じラインを8時間以内で回します。一勤は午前6時30分~午後3時15分まで、二勤は午後3時15分~11時30分までの交代制勤務を行い、それでラインを完全に止めないで回していくようになっています。昔は昼夜2交代制が行われていましたが、今は、夜はきちんと休眠時間を確保して、夜11時30分から6時間程度は眠る時間がとれるようになっています。
 このように、2008年10月までは、両ライン2交代で2,175台作っていましたが、2008年11月から生産量が減少して、2009年2月には両ライン1交代で1,075台にまで減少しました。つまり、2つのラインのうち1本は、動いていないということです。その結果、2008年には5,800人だった必要要員は、2009年5月には3,500人にまで減らされました。
 2008年10月時点では、必要要員数5,800人の内訳は正規従業員が4,300人、非正規従業員が1,500人で、この人たちで2,175台をつくるラインを回していました。それが、リーマン・ショック以降、一気に注文が入らなくなりました。さらに、この時点で日本にもアメリカの工場にも在庫がたくさんありますから、その在庫を削減しなければいけない。新たなモデルチェンジの在庫も抱えることになることから、その在庫をいかに早くなくしていくかが課題となりました。在庫は大きなコスト増になりますから、それを早く工場からなくさなければいけないということです。

③必要要員数減少とその対応
 このような状況のなかで、2008年11月から余剰人員を抱え始めました。そこで、期間従業員に対しては契約満了をベースとした雇止め、正規従業員に対しては仕事創出による雇用の維持という対応がとられました。
 期間従業員で入ってくる人の理由はさまざまです。なかには、そのままホンダに就職をしたいという人もいますが、全員がそうではありません。何か自分の目的をもっていて、そのために短期間働き、お金を稼ぎたい人もいます。企業にとっても、このような目的をもつ人たちを非正規として短期で雇うという雇用関係は、合理的なものといえます。
 しかし、このような雇用関係は、生産が右肩上がりのときには問題が見えないのですが、減産を生みだす経済状況の中ではいろいろな問題を引き起こします。今回も、企業にとって耐えられる必要要員のラインからはみ出てしまった期間従業員をすぐに放り出すことはできないということで、労働組合では、生産ラインは一気に下がり、経営の危機感もあるけれども、契約期間の次のタイミングまで期間従業員の契約をきちんと維持してほしいなどと意見をしています。
 実は、契約満了までの約2ヵ月間、ラインは回っていませんでした。本当に驚くべきことでしたが、まるで仕事がない状態でした。それでも契約満了までは、企業や労組の努力により、工場内の清掃などでなんとか期間従業員の雇用を維持してきました。
 また、正規従業員の余剰については、エコ減税などの関係で需要も若干伸びたので、鈴鹿製作所への長期滞在による生産支援ということで、雇用はなんとか維持しました。
 非正規労働者をめぐっては、企業側のひどい対応ばかりが目立ちがちですが、実際には、このように、期間従業員に対しても組合ではフォローをしていくことを念頭において、行動してきたということを皆さんに感じとってもらえればと思います。

(3)期間従業員の雇止め
①雇止めのプロセス
 期間従業員の雇止めのプロセスは次のように行われました。
①2008年11月初旬~12月初旬に、自動車産業界、ホンダをとりまく厳しい環境を説明し、今後契約更新ができない可能性の言及→②12月中旬に、正規・期間の全従業員に対して事業所のトップより生産販売計画及び要員対応の説明→③雇止め1ヵ月以上前に対象者のみを集めて、マネジメントより正式な告知→④告知日から2~3日後に雇止めに関する処遇の説明→⑤雇止め2週間前に退職説明会を開き、給与や社会保険、作業着などの貸与品等、退職に関わる手続きなどの説明・・・。雇止めに関しては、このように、コミュニケーションを重視し、ステップを踏んで進めてきたということです。

②雇止めにおける措置
 また、社会情勢を踏まえた特例措置として、退寮期限を契約満了日の翌日から1ヵ月を限度に延長して、その間無料で入寮を認めました。また、入寮の有無にかかわらず、当座の食事代等の雑費として一律30,000円を支給し、有給休暇の未消化分については、有休残日数1日あたり、契約満了時点の日給相当額で買い上げました。
(略)

③雇止め対象者の受け止め方
 雇止めになった人を対象に、「機会があればまたホンダで働いてみたいか」というアンケートをとりました。その結果、「再入社したい」と答えた人は1,011人(77.7%)でした。そして、そのうち「会社からの連絡を希望する」と答えた人は924人(87.2%)でした。
 この結果をみると、雇止めという厳しい判断ではありましたが、コミュニケーションを重視し、ステップを踏んで進めたことにより、該当者から一定の理解が得られたといえます。リーマン・ショック以降の企業の減産による対応として雇止めが発生したことにより、派遣村などいろいろなことが起きましたが、ホンダでは、雇止めになった人たちに、こうした一連の対応を行ってきたところです。

(4)期間従業員採用の再開
①直近の生産状況
 このようなひどい状況でしたが、現在では、北米市場が緩やかに回復してきていることと、国内のエコ減税などの影響もあり、一時1,075台にまで落ち込んだ生産も、2010年1月には1,610台にまで回復し、一つのラインは2交代で回るようになりました。
 この間、生産の増加により必要要員数も増加したのですが、雇止めを行ってから、ホンダではどの事業所においても期間従業員は一人も雇っていません。会社側は、増えた要員数を期間従業員で補いたかったようですが、組合の方では、再び期間従業員を採用することに関しては慎重で、会社側がしっかりした対応を示さないかぎり、採用は認めないという姿勢でした。
 4月には新入社員が入社したので、その工場実習を活用して要員対応がされました。300名の新入社員は現場実習を3ヵ月行い、あと3ヵ月を販売で実習をした後、各研究所や事業所に配属されました。このように、非正規社員で対応するのではなくて、まずは正規社員で努力をしました。
 最近では、先進国を中心とした景気刺激策の効果により在庫が逼迫してきたので、在庫水準を適正化し、販売機会の損失を防ぐために、7月には1,950台の生産になります。そのため、2つのラインが稼働され、両ライン2交代で回るようになるということで、7月以降は期間従業員を約500名採用し、要員対応をしていくことになっています。

②採用再開のプロセス
(略)

(5)今後の取り組み
(略)

3.連合埼玉・埼玉労福協の対応

 連合埼玉と埼玉労福協では、埼玉県内のNPOと連携して、さいたま市の県勤労福祉センターで、雇止めや契約の中途解除で職と住まいを失った非正規労働者を対象に、緊急支援としてシェルター(宿泊場所)を提供しました。
 この取り組みは、連合埼玉と埼玉労福協を運営母体とする「ネットワークSAITAMA21」と県内のNPO団体の連携によって行われました。シェルターへの入居者には、生活保護申請、社会福祉協議会の緊急小口融資などを利用し、当面の生活保障や就職支援等を行っていきました。これらの支援には、ワンコイン運動(組合員に500円でカードを買ってもらう)によって寄付を募り、その費用にあてたりもしました。
 2009年2月4日から28日の宿泊状況をみると、全部で20名、そのうち女性が3名で延べ宿泊者数は258名、アパートへ転居して退去した人は4名でした。また、ハローワーク経由で労金が窓口になり、職を失った人たちへの就労支援融資を行いましたが、労金の窓口に来た件数は248件で、融資された金額は7,851万円でした。
 その他にも、「反貧困・かけ込み相談会」を金塚公園でやりました。弁護士や反貧困ネットワークの人たちによる労働相談、生活相談、利用できる制度の説明などを行いました。

4.政策制度の要請

 連合埼玉では、2009年度に埼玉県と県内の市町村に、7分野32項目の政策制度の要請を提出しています。7分野の内容は、①総合経済、産業政策、②雇用労働政策、③福祉・社会保障政策、④交通政策、⑤環境・資源・エネルギー・食品・農林水産政策、⑥教育政策、⑦人権・男女平等政策です。これらを県民の声ということで、県や市町村に受け止めてもらい、それぞれの予算編成に反映させるように要請しました。ここで、要請内容を一部抜粋しました。

〈連合埼玉の要請-1〉 関係機関と連携して、雇用維持関係・非正規労働者の雇用継続や雇入れなどに関する各種助成金、奨励金制度の周知や、相談窓口の強化、申請手続きの簡素化、給付の迅速化をはかること。

〈埼玉県産業労働部の回答-1〉 埼玉労働局等の関係機関と連携し、雇用維持、・非正規労働者の雇用継続や雇入れなどの周知を図るとともに、「埼玉緊急雇用対策本部」の会議をはじめ、あらゆる機会を通じて、さらなる相談窓口対応の強化、申請手続きの簡素化、給付の迅速化を要請していく等。

〈連合埼玉の要請-2〉 ふるさと雇用再生基金、緊急雇用創出基金の有効活用により、介護・医療・福祉分野などの雇用確保や、失業中の派遣労働者など非正規労働者に対する雇用が提供できるよう、効果的な事業を早期に実施すること、また、県の特色を活かした観光や農業・林業(山や川の再生)などの事業における雇用創出をはかること。

〈埼玉県産業労働部の回答-2〉 雇用機会を創出、特に、介護・医療・福祉分野などを重点分野として位置付け、さらに新たな事業も掘り起こすこと。保険医療部からは、看護職員の復職と病院の人材確保。環境部からは「みどりの再生」における事業で雇用創出を図る。農林部からは、将来の農業の担い手の確保・育成を図る等。

 このような要請とその回答を、実際の雇用創出にいかに結び付けられるかが大きな課題といえます。また、制度ができてもそれを受け入れる機関がないと、どうにもなりません。
 労働者あるいは市民の不利益にならないことを基本に、現実の問題に対してしっかり取り組んでいくことが、連合埼玉の役割だと思っています。 

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