埼玉大学「連合寄付講座」

2010年度前期「働くということと労働組合」講義要録

第5回(5/19)

賃金制度、最低賃金の引き上げ、賃金格差の是正など、
労働組合の具体的な取り組み

ゲストスピーカー:勝尾 文三(連合労働条件局長)

1.それぞれについての簡単な説明

 今日は、賃金制度と、最低賃金、賃金格差の3つのテーマについてお話しさせていただきます。はじめに、それぞれについて簡単に説明します。

(1)賃金制度
 賃金制度というのは、会社で働いて、労働の対価として受け取る賃金の支払い方法や支給基準について定めるものです。これは就業規則に記載されています。従業員を10人以上雇っている会社では、就業規則を作って届け出ることが法律で定められていて、賃金や労働条件について記載しなければなりません。解雇の要件についても就業規則に記載する必要があります。

(2)最低賃金
 最低賃金には、法定による最低賃金と、企業内で労使が決める最低賃金という2種類があります。いずれも、労働者の賃金の最下限ということになりますので、これ以下の賃金はないということです。ただし、一部に適用除外があります。たとえば、企業内で決める最低賃金については、18歳未満の人や65歳以上の人などは、適用除外になる場合があります。法定最低賃金では、精神または心身の障がいにより著しく労働能力が低い人や、試用期間中の人などについて、申請すれば適用除外が認められます。最低賃金を守らない企業は、労働基準監督署から厳しい処罰を受けることになります。

(3)賃金格差
 格差には、説明が可能な合理的なものと、説明がつかない不合理なものがあり、この不合理な格差というものが問題ではないかと思います。

2.やや詳しい説明と労働組合の取り組み

(1)賃金制度
①賃金とは
 では、もう少し詳しくみていきます。まず、賃金について、労働基準法上でいう賃金とは、使用者が、労働者に対して労働の対償として支払うすべてのものをいいます。交通費のような費用は、一般には賃金にはあたらないということになります。このことを踏まえて、賃金制度について説明していきます。

②賃金体系と評価制度
 賃金制度は、賃金体系と評価制度を中心に構成されています。賃金体系というのは、基本賃金部分と諸手当部分に分かれています。評価制度は、成果主義ということで現在ではかなり重視されてきています。

③基本賃金
 賃金体系の基本賃金は、属人的要素(本給、基本給、年齢給)と仕事要素(職務や仕事、職務遂行能力、個人の成果や成績)から構成されています。最近は、成果主義型賃金の導入により、職務遂行能力ではなくて、個人の成果や成績という要素が目立ってきています。

④諸手当
 諸手当については、扶養(家族)手当、住宅手当、役職手当が三大手当といわれています。かなりの割合の会社で採用されている手当ですが、以前に比べるとその採用率は減ってきています。これも、成果主義が取り入れられてきている影響です。成果主義というのは、仕事に対して賃金を払うというものですから、扶養手当や住宅手当は関係ないということが、一つの理由になると思います。
 扶養手当、住宅手当というのは、昔は、国による社会保障が未整備であったことから、企業が国に代わって扶養手当や住宅手当をつけたという経過があります。最近では賃金水準が高くなったこともあり、仕事に対しての賃金という形になりつつあります。
 このように、諸手当は少しずつ減ってきている状況にありますが、それでもその割合は、2005年の厚生労働省「就労条件総合調査」によれば、所定内賃金に占める割合は、平均で14~15%はあると思われます。扶養手当や住宅手当は、世帯主にのみ出るという場合が多く、「世帯主手当」といわれていています。ただ、ほとんどの世帯主は男性なので、女性に支給されないという問題があります。このことは男女間の賃金格差にもつながっていますので、諸手当のあり方を変えていくということが、連合としての取り組みの一つになっています。

⑤所定外賃金
 所定外賃金は、労働基準法で決められている週40時間を超えて働いた場合に、残業代や休日出勤手当が支給されるというものです。
 所定外賃金の問題としては、サービス残業があります。連合ではこれを「不払い残業」という言い方をしています。要するに、賃金が支払われていない労働であるという意味です。そういった問題が多く見受けられます。それに対してきちんと支払われるように取り組みをしていかなければならないということが、労働組合としての課題です。

⑥評価制度
 成果主義が台頭してきたのは1990年代半ば頃です。富士通や武田薬品は、かなり早くから検討し、導入してきました。日本はそれまで、職務遂行能力について評価する能力主義型賃金制度が主流でした。それが、1990年代半ばから、顕在化している能力について評価する成果主義型賃金という形に変わってきています。さらに、以前の能力主義型賃金では、潜在的な能力を重視していることが問題点として指摘されました。そこで、仕事で出した成果や結果のみを評価する方向へ転換してきたわけです。
 潜在的能力を重視する能力主義とは、たとえば、課長のポストは決まっていますので、誰かが課長になれば、なれない人も必ず出てくるわけです。それを、課長と同等の能力があると評価することで、課長のポストになれない人も賃金を引き上げようと、職能資格を設け、その資格を与えるものです。成果主義の場合は、課長になれない人に対してそうした取り扱いはなく、賃金も上がりません。これが大きな違いだと思います。

⑦評価制度における課題
 成果主義は、グループで行う仕事などでは個人の評価が難しく、人事の公平さをいかに確保するかが問題になります。そのため、成果主義を取り入れるところでは、管理職の評価者訓練が非常に大切になってきます。また、目標面接制度も取り入れていますので、目標の決め方なども課題になると思います。
 目標面接制度は、会社の経営方針をきちんと理解したうえで、個人のレベルではどういう目標をもって、成果を上げていくかということにつなげていくものです。たんに売り上げがいくらなどという単純なことを決めるものではありません。そこのところを、管理職を中心に、一般社員にまで理解を広めていく必要があります。また、目標を決めて、それに向かって仕事をしていくということになれば、会社側も作業スペースなどの環境整備をはかることが必要になってきます。
 業績による評価制度を導入しているところは、2007年の厚生労働省「就労条件総合調査」では、全体の45.6%でした。ただし、1000人以上の会社では82.5%が業績評価制度を導入しています。今は大手企業に入れば、ほぼ成果主義型賃金ということになると思います。
 ただし、この制度に対する企業自身の評価で、「うまくいっている」と評価しているのは全体の2割です。「うまくいっているが一部手直しが必要」が49%、「改善すべき点がかなりある」が24%です。導入している企業が増えてきていても、改善すべき点がまだまだあると考えている企業が多いということを、知っておいていただきたいと思います。

(2)最低賃金
①法定最低賃金
 最低賃金には、法定最低賃金と企業内最低賃金の2つがあります。法定最低賃金は、地域別最低賃金と産業別最低賃金(以下、産別最賃と略記)に分かれています。
 地域別最低賃金というのは、都道府県ごとに決められている最低賃金です。産別最賃も、47都道府県ごとに、○○県の電気産業の最低賃金というように決められます。いずれも、法定最低賃金については、公労使三者構成の審議会で審議されます。公は学識経験者、労は労働組合、使は経営者団体です。最終的には、厚生労働省、あるいは厚生労働省の出先機関である地方の労働局で決定されます。
 地域別最低賃金は、各地域で決めるのですが、まず、中央の最低賃金審議会で引き上げ額の目安が決められ、これを参考にして審議・決定されます。それに対して、産別最賃では、目安は一切示しません。産別最賃は、労使が自主的に決定するという意味がありますので、地域における労使の話し合いによって決められます。

②企業内最低賃金
 最低賃金は企業内にもあって、労使協定によって決定します。この決定は、法定の産別最賃に非常に大きな影響を与えます。その産業の労使の3分の1以上で協定が締結されれば、産別最賃の金額が改定されます。ただし、これは既存の産別最賃の場合で、新しく産別最賃を設定しようと思えば、労使協定は同種の産業内の労働者の2分の1を確保しなければなりません。
 企業内最低賃金は、企業によって適用労働者に違いがあることもあります。たとえば、正規労働者のみを対象にする場合などです。これは、労使でルールを決める労働協約のなかに組合員の範囲という項目があって、企業内労働組合では正規従業員を対象にして、組合員を構成するものが多いためです。そのため、労使協定も組織された労働者の範囲で結ぶということが一般的なかたちになり、結果として、組合員ではない非正規労働者は適用除外になるということです。ただし今は、連合も非正規労働者も含めた運動を進めていくべきであるという提起をしており、パートタイマーも含めて組合員化していく活動も、徐々に広がっていると思います。
 もうひとつ、最低賃金に関わることとしては、企業内における年齢別最低保障賃金があります。これは、労使協定にもとづく自主的決定で、18歳、25歳、30歳、35歳というように、賃金表に基づいて決定される場合もあります。

③最低賃金における連合の取り組み
 連合が作成した「2008年 都道府県別単身者の最低生計費をクリアにする賃金水準(リビングウェイジ)」の表をみると、東京都の法定最低賃金は791円、埼玉県は735円で、一番低いところが南九州と沖縄で629円です。全国平均では713円になります。これに法定労働時間数の1ヵ月あたりの上限173.8時間を掛けて計算した金額は非常に低く(全国平均713円×173.8時間=123,919円)、これでは生活することができないわけです。税・社会保険料を含めて、最低生計費をまかなえる賃金水準を試算(リビングウェイジ)すると、埼玉県の920円を基準として、東京で1010円、沖縄で760円という水準になります。連合では、このような生計費をクリアできる水準まで、法定の最低賃金を引き上げていこうという取り組みをしています。
 また、この水準は高卒の初任給の額にほぼ相当します。日本は高校進学率が90%以上ですので、高卒の賃金水準にあわせることは何ら無理のないことです。ということで、最低賃金の水準を、高卒の初任給を目安にして引き上げていくという取り組みをしています。
 民主党のマニュフェストは、「全国最低賃金を800円に想定する、そして、景気状況に配慮しつつ平均1000円を目指す」ということでしたが、このことは連合の取り組みとほぼ一致しますので、当面800円を目指す取り組みを進めていきたいと考えています。
 ただ、仮に1000円になったとしても1ヵ月173.8時間×12ヵ月として、年間で208万円程度です。これではたして生活できるのかどうか、考えていく必要もあります。こういうことも踏まえながら、今は現状の最低賃金の引き上げを、連合では目指していくということです。
 労使による自主的な最賃の協定が、法定の産別最賃の改定にも影響することから、企業内における最賃引上げの取り組みをすすめることが必要になります。また、適用者の拡大も重要です。パートタイマー等の非正規労働者を含めた、労使協定の締結を政策的に進めていく必要があると考えています。

(3)賃金格差
①さまざまな格差
 賃金格差については、産業間格差、企業規模格差、地域間格差、正規と非正規労働者間の格差や、企業内における格差として、合理的格差(業績や職務遂行能力による格差)と非合理的格差(性別による格差など)があります。労働基準法で男女の賃金格差は禁じられていますが、性別の賃金格差があるというのが現状です。

②産業間格差
 厚生労働者「毎月勤労統計調査」に、事業所規模別所定内賃金というデータがあります。ここから1997~2008年までの従業員規模500人以上と5~29人のそれぞれの賃金の推移について比較すると、どの年でも所定内賃金で約10万円というかなりの差が見られます。また、厚生労働者「賃金構造統計基本調査」で、1000人以上と10~99人規模の企業に勤めている高卒男性労働者を、30歳、35歳、40歳の年齢ごとに比較すると、大企業に比べ中小企業のほうが、年齢が上がるごとに賃金の下げ幅が大きくなり、大企業との格差が広がっています。
 このように、企業規模別に大きな差がみられますが、このような格差の是正は、労働組合だけの取り組みだけではなかなかすすみません。なぜならば、中小企業は労働組合の組織率が非常に低いうえ、大手企業から圧力がかかってくる取引の問題などがあるからです。だからこそ、きちんとした制度が必要だということです。
 年収分布の特徴として、200万円以下という人たちが、この10年間増加しています。賃金水準そのものがこの10年間で下がっているわけです。

③男女間格差
 女性の賃金について、3月16日に厚生労働省の「変化する賃金・雇用制度の下における男女間賃金格差に関する研究会」が報告書を出しました。それによると、一般労働者(短時間労働者以外の労働者)の賃金水準について、男性100とした場合、女性は2009年の値で69.8%でした。この中には、短時間勤務以外の非正規労働者も含まれていますが、フルタイムの正社員同士で比べても72.6%でした。女性労働者の賃金が、男性よりかなり低いことがわかると思います。さらに、男性労働者を100とした女性の短時間労働者の賃金水準は48.5%と、半分以下ということで、パートタイマーとの格差はさらに大きいということになります。

④各国における格差
 世界の男女間格差をみると、男性を100とした場合の女性の賃金は、日本は69.8%で、世界の中でも格差の大きさが目立ちます。均等待遇が進んでいるヨーロッパでも格差はありますが、スウェーデンは90%に近いですし、フランスでも75%くらいですので、格差は小さいと言えます。
 以前私が、イギリス、フランス、オランダを訪れた時に、格差について話を聞く機会がありました。それぞれの国でも格差を縮めたいと考えていましたが、どの仕事で、どのように比較をしていくかということの難しさについて、格差が少ないといわれている国でも頭を悩ませていました。
 オランダのパートタイマーは、基本賃金は正社員と変わらないのですが、労働時間が短いため、昇進ができないという問題があるということでした。そのため、パートタイマーで働く女性をもう少し長い時間働けるようにしていきたいといっていました。オランダは、どちらかというと、家庭で子どもの面倒をみるということで、男女のどちらかが面倒をみて、どちらかが働くということが主流になっています。スウェーデンなどは、男女どちらも働き、託児所のサービスなどが充実しています。ヨーロッパでも国によって、働き方や考え方がずいぶん違います。

⑤日本における男女間格差の内実
 では、実際、日本における男女の賃金格差がどのようになっているのか。厚労省「賃金構造基本統計調査」による一般労働者の所定内給与額の年齢階級間格差の推移のグラフをみると、男性では年齢が高くなると賃金カーブが上がっていますが、女性は年齢にかかわらず、賃金カーブが寝ているということが実態としてわかります。ただ、50歳前半くらいから男性の賃金が下降気味になっていきますので、年齢層によって格差は縮小しているのですが、賃金の構造からみれば男女による年齢別格差はあるといえます。
 女性の賃金カーブが上にあがらない原因の一つに、勤続年数の違いがあります。男性は平均で13.1年、女性は8.6年で、女性のほうの勤続が短くなっています。もう一つは、役職の問題もあります。内閣府の調査で女性の課長の割合は3.5%といわれています。したがって、課長とか部長等の役職につけない、つかないということが格差につながっているといえます。そして、諸手当の問題です。諸手当だけでも10~15%くらいの差があります。このようなことが絡みあって、男女間の賃金格差があるのだろうと推察されます。これをどうするかが連合の今後の課題です。

⑥格差是正における連合の取り組み
ⅰ)産業間・企業規模間の格差
 産業間、企業規模別の格差是正については、産別や労働組合の取り組みが必要なのですが、それだけでなく、取引の適正化の問題などがあります。日本には「独占禁止法」や「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」という法律があり、優越的地位を利用してはならないという規定があります。しかし、そういった法律が機能していません。下請に対する支払いの適正な取り決めも大切です。
 また、「公契約基本法」や公契約条例の制定なども必要です。これは、千葉県野田市で初めて条例化されました。この条例では、地方自治体と民間企業が契約する場合には、労働条件を一定程度守りなさいということが決められています。
 それから、定期昇給制度の確立も重要です。大手企業では、毎年6000円か7000円程度、平均的に賃金が上がっていくのですが、中小の場合はそうした制度自体のないところが多いです。そのため、ここでも差が出てきてしまうので、定期昇給も含めた賃金制度をきちんと確立していく必要があります。

ⅱ)男女間の格差
 以前は、男性は総合職、女性は一般職と、最初からコースが分けられていることが多かったのですが、最近は改善されつつあり、男女ともに総合職として採用されます。しかし、総合職には転勤や長時間労働などが伴いますので、結婚、出産、育児をどのように両立させていくかということが問題となっています。
 そういう問題を解消しようということから、ワーク・ライフ・バランスが提唱されてきていると、私は理解をしています。仕事と生活の関係をどうするかは、一つは労働条件をどうするかということを考えていかなければならないと思います。特に正規労働者は長い時間働いていますので、そこをどうするかということになります。

ⅲ)正規・非正規の格差
 正規労働者と非正規労働者の格差の問題では、「年収103万円、130万円の壁」というものがあります。103万円は給与所得控除の最低額65万円+基礎控除38万円、130万円は社会保険の被扶養者認定基準です。これらの額を超えると、所得税の納付や社会保険料を労使折半で負担しなければなりません。パートタイマーの中には、税金を払いたくないとか、社会保険に入りたくないという人も結構いて、そういう人たちはその年収の範囲内で働くことになります。連合では、この範囲内であっても税金や社会保険料を支払うべきであり、そういうなかで自分たちの賃金を高めていくという方向を考えています。
 ただ、今はこの範囲内で働くパートが多いのが実態です。これに対しては、諸手当の支給基準に世帯主要件があれば、それを外すことが必要だと思います。

3.パートタイマーの均衡待遇

 「均衡待遇」という言葉を耳にされると思います。この均衡という言葉は法律で使われています。「労働契約法」第3条第2項には「労働契約は均衡を考慮して締結する」と規定されています。そのため、パートについても均衡という概念を取り入れていて、「パート労働法」第3条で「通常の労働者と均衡のとれた待遇の確保を図り・・」となっています。

《丸子警報器事件》
 最後に一つ判例を紹介します。臨時社員が、正社員との賃金格差について訴訟をおこした丸子警報器事件があります。この臨時社員たちは、正社員と勤務時間、勤務日数も同じで、同様の仕事をしていました。それにもかかわらず、勤続年数が長くなるにつれ、正社員と賃金の格差が大きく広がっていたということです。
 これに対して出された判決は、仕事が違っていなくても、採用のされ方によって、8割の格差は許容されるというものでした。この裁判は一審で終わっていますので、最高裁までいけばどうなったかわかりませんが、残念ながら今は、この判例が指標となっているように思います。
 以上で私からの話は終わりにさせていただきます。

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