埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度後期「働くということを考える」講義要録

第13回(1/27)

修了シンポジウム:働くということを考える

パネリスト:古賀伸明(連合会長)
小野寺義成(連合埼玉副会長)
コーディネーター:禹宗杬(埼玉大学経済学部教授)

1.労働組合の現状

禹先生:今日は大きく3つに分けて、皆さんと議論していきたと思います。一番目は、この間の非常に急激な経済・政治情勢の変化のなかで、組合が置かれている環境および現状認識を中心にお話しいただきます。二番目に、この日本社会をどのようにいいところに持っていこうとしているのか、組合が今めざしているところをお尋ねします。そのあと、皆さんから質問を受けて、最後に、皆さんに対するお二人からのメッセージをいただくというふうに進めていきたいと思います。
  では、一番目ですが、まず、皆さんもご承知の通り、リーマンショックの後、経済状況は非常に変わってきました。この間の発表によりましても、今4年生の就職内定率は史上最悪となっております。すでに就活に取り掛かっている皆さんは心配かもしれません。そのような状況を踏まえて、厳しい経済・雇用情勢について、古賀会長からお話しいただきたいと思います。

古賀会長:連合が結成されてから、昨年の11月で20年になりました。連合が結成をされた1989年は、ベルリンの壁が崩壊した年です。翌1990年初頭に、ソ連邦が崩壊しました。これらを契機として共産主義・社会主義国家が次々と市場経済主義国家になっていきます。それまでは冷戦構造といって、アメリカを中心とした資本主義国と、ソ連を中心とした共産主義・社会主義国の大きく二つに世界は分かれていたのですが、こうした二大陣営の体制が崩壊しました。1990年初頭は、このような大きな転換があった年でした。そして1990年代半ばには、インターネットの普及を中心とするIT革命が起き、それにより国境を即座に超えて通信・交流できるようになっていきます。
  このように、冷戦構造の終焉とIT革命の進展によって、経済・社会のグローバリーゼーションが加速をされていくということになったわけです。それによって、企業も、自国の市場だけではなく、世界全体をみて企業経営をする。私たち自身も世界全体を見ながら労働運動を進めなければならないという大きな流れとなったわけです。
  それから20年たった今、象徴的なのは、一昨年秋のリーマンブラザーズの破たんによる、アメリカの金融危機に端を発して、世界同時不況がおこったことです。これは決して景気循環の一局面ではないと私は思っています。行き過ぎた市場経済主義の結果であり、私たちは、競争・効率・経済性だけを追求する社会政策・経済政策から、共生や共存という価値観をもった、バランスがとれた社会を作らなければならないという、転換期にいます。
  そのような転換期にある日本ですが、グローバリーゼーションのなかで、特に輸出に頼っていた経済が落ち込みましたから、雇用状況が非常に厳しいものになっています。今、5.1%前後で失業率が推移しています。また、雇用調整助成金が国から出ていますが、この国の支援で雇用が維持されている人が、中小企業を中心に200万人前後はいると思います。
  このように極めて厳しい雇用状況になっていますから、私たちは雇用を維持・確保することと同時に、どのようにして雇用を創出していくかに取り組んでいます。
  また、今、進めているのは、新しいセーフティネットの再構築です。日本の社会は、失業保険が切れると、セーフティネットは生活保護しかありません。このため、失業保険と生活保護の間に第2のセーフティネットを張って、職業訓練を受けながら、しかも生活の手当てもきちんと担保して再就職ができるように、政府との間で協議をしているところです。
  それから、新しい雇用の創出は、福祉や環境分野に加えて、農林水産業といった第一次産業を切り開き、働く場を作っていくことが非常に重要ではないかと考えています。日本の社会は、すでに少子・高齢社会に入り、何十年かたてば確実に労働力人口は減っていきます。そのなかで、労働者が能力を高め、質の高い仕事をおこなっていくとともに、雇用の創出をすすめていく必要があると思います。
  その一方で、処遇の低い非正規労働者が、働く人の3分の1を占めるようになりました。ですから、この人たちの処遇をあげる、あるいはセーフティネットを張っていく取り組みも、連合として推進しています。そのことをまず報告しておきます。

禹先生:今、会長から説明がありましたように、この20年間のパラダイムシフトは皆さんが考えてもいい、大事な話だと思います。
  ところで、古賀会長は、先日、日本経団連の御手洗会長と「若年者の雇用安定に関する共同声明」を確認されましたが、労使の間での認識はいかがだったのでしょうか。

古賀会長:日本社会は、世界に冠たる雇用社会といわれています。それはどういう意味かというと、日本は、雇用されて働くことにより、自己実現をしたり、給料をもらって生活をしたりする人たちの比率が、諸外国に比べて非常に高いということです。人数にすると、約5500~5600万人います。雇用者の家族もふくめて考えれば、まさに日本は雇用社会だといえます。
  したがって、経営側もなんとか雇用だけは守っていこう、雇用を守れないと日本の社会が不安定になるということが共通認識としてあります。そして、10年前の就職氷河期に、たくさんのフリーターを生み出した失敗を再び繰り返してはならないということで、連合と日本経団連との間で「若年者の雇用安定政策に取り組む」という共同声明を出しました。
  具体的には、企業は極力新卒者を採用し、よほどのことがない限りは内定の取消しはおこなわない、あるいは必要に応じて職業訓練における講師派遣に企業が協力する、などです。労働組合としても個別の企業や、産業ごとの経営者団体に対して申し入れをおこないます。あるいは、地域雇用戦略会議のなかで議題にあげて、できるだけ雇用を守っていくことを労使で確認をしていきます。また、政府に対しても要請して、雇用に関する財源を政府がきちんと確保する仕組みも作っていかなければならないと思っているところです。

禹先生:今日は政治に利害関係のない学生たちの前ですから、率直に一つ教えていただきたいと思います。昨年政治的に変化があって、民主党が政権の座につきました。学生たちは漠然とした期待があるかもしれないし、思った通りに進まないという不安もあるかもしれません。政権交代というのは、労働組合が今の日本が抱えている課題を解決する上で、有利に働くでしょうか。

古賀会長:日本では、1955年に自民党が結成され、自由民主党と日本社会党が二大政党として政治をおこなっていた、いわゆる55年体制ができて以来、たった1回しか政権交代がありませんでした。どの国でも、1つの政権がずっと続くとマンネリ化したり、政官業癒着体制に陥りやすくなったりするといわれています。
  そういう意味からすれば、政権交代の可能な二大政党的体制をつくるべきであり、連合もそれを求めてきました。ですから、政権交代は非常に喜ばしいことです。また、我々が支持してきた民主党中心の政権ができたということで、今後は、今までの政府にくらべて、労働組合と政府の連携が取りやすくなっていくと思います。
  ただ、政党と労働組合というのは、自ずと機能と役割を異にするということを常に頭に入れておかなければなりません。ですから、私たちが支持する政党が政権をとったからといって、すべて私たちが望むような社会ができるわけではないし、政策のすべてが合致するわけではありません。
  それでも、前の政権に比べれば、圧倒的に政策が似通っていることは事実です。したがって、充分に連携を図りながら、一つずつ政策を積み上げていくということが必要だと思っています。

禹先生:では、小野寺副会長におうかがいします。小野寺連合埼玉副会長は、日本の主力産業のひとつである自動車産業のご出身で、本田技研労働組合の役員を兼任されています。同時に本田技研労働組合の埼玉県地域協議会の役員でもいらっしゃるので、産業と地域という視点からみて、この間の社会環境の変化と組合が取り組むべき課題はどのようなものなのか、教えてください。

小野寺副会長:会長からはマクロな視点からのお話をしていただきましたので、私は埼玉という地域の視点からお話したいと思います。
  連合埼玉は、19万人の組合員を組織していますが、そのなかでもやはり自動車産業の組合が一番大きい組織で、約3万5000人の組合員がいます。また、川口市のキューポラと呼ばれる鋳物工場を含めた中小企業も多く組織しています。
  それらの企業が、今回の世界同時不況により大きな打撃を受けました。また、企業だけでなく、法人税納税額が減少するなど、行政に対しても大きな影響を与えました。今は、エコカー減税などで自動車の生産が若干持ち直してきていて、法人税納税額も回復してきていますが、雇用情勢を考えるとまだまだ懸案があり、油断できない状況です。
  このような状況に対して、連合埼玉としては、上田知事にたいし、雇用創出にむけた政策を要請しました。今は、雇用に関するセンターを設けて、そこにいろいろな情報を集めて、相談者にアドバイスをしていくということに取り組んでいるところです。
  また、私たち労働組合にとって、民主党政権の誕生は悲願だったのですが、政権がかわっても生活がすぐに変わるわけではないというのが現実です。ですから、連合埼玉として、労使ともに議論することで国を変えていく、社会を豊かにするような政策を提言していくということを、一生懸命やっているところです。

禹先生:皆さんもご存じかもしれませんが、埼玉は、雇用創出に関する政策について、政労使が活発に議論してきた地域の一つです。
  また、さきほど上田知事の話も出ましたが、この間埼玉では、雇用の創出や就職の支援にどのように取り組んできたのでしょうか。具体的にご紹介ください。

小野寺副会長:雇用機会を増やすとともに、若者に対する就職支援をおこない、さらに若者の就職意識を高めるために、「ヤングキャリアセンター埼玉」という施設を設置して、中学、高校、大学生への説明会や、職場見学などをおこなっています。また、就職を希望する高校生に対しては、合同企業説明会をおこなって、企業と正社員を希望する若者との出会いの場を作っています。昨年の11月には企業119社と高校生1328名が参加しました。

2.労働組合がめざす社会とは

禹先生:では、今日の一番大事なテーマに入りたいと思います。連合は「労働を中心とした福祉型社会」をモットーに掲げて、日々努力をしていると思います。その中身に関して入っていきたいと思います。
  まず、「労働を中心とした福祉型社会」が何を意味するか、今までの講義のなかで、皆さんにイメージは漠然と伝わっているかもしれませんが、リアルにそのイメージをつかめていないかもしれません。今日は、イメージをしっかりと伝えていただければと思います。

古賀会長:まず、連合が求める政策の基軸を説明したいと思います。
  連合では政策転換に向けて次の5つの理念を掲げています。一つ目は、市場が社会や私たちの生活を支配するのではなく、支え合いという協力原理を真ん中にすえた社会を作っていくための「連帯」です。二つ目は、世の中は公正でなければなりません。処遇、判断、基準そういったものを「公正」にしていくこと。三つ目は、様々な分野で、もう一度「規律」というものを明確にしていこうということです。四つ目は、「育成」です。すぐに思い浮かぶのは人材育成ということですが、私はもう少し、広く概念を捉えています。使い捨ての市場経済ではなくて、みんなで育成しあう、育てあう市場経済です。育成をこういう広い概念でとらえる必要があります。そして、五つ目が「包摂」です。社会的に排除するのではなくて、皆一緒に、ということです。これら5つを政策理念として、「労働を中心とした福祉型社会」と呼んでいるわけです。
  もっと具体的に言えば、すべての人々に働く機会が与えられ、働くということに関しての公正な労働条件が保障される。そして、何かあったとき、たとえば病気や、会社が倒産したときなどにはセーフティネットが張られている。そこで病気の治療や、職業訓練を受けることによって、次のステージに向かっていける社会です。
  ただ、どうもわかりづらいということで、「労働を中心とした福祉型社会」を再定義して、ネーミングも含めて、これを実現するための政策をパッケージにして表現できるような議論を始めたところです。学生や一般市民、学者、政治家などを集め幅広く全国でシンポジウムなどを開催しながら、我々のめざす社会を確認し合い、その実現に取り組んでいく活動を進めていきたいと思っているところです。

禹先生:連合のトップである古賀会長にうかがう質問としては、具体的すぎるかもしれませんけれども、学生たちにリアルなイメージを捕まえてほしいと思いますので、学生たちにかわってお尋ねします。この場に座っている学生が来年度就職できなくても、次の年に就職できればよいのですが、もし次の年も就職できなかった場合、連合としてはどのような政策をお考えでしょうか。

古賀会長:そういう人たちをサポートするシステムは2つあると思います。一つは、第2のセーフティネットの活用です。職業訓練で人材育成し、その間の生活もきちんとサポートするというシステムがあります。ただ、第2のセーフティネットを活用するにしても、職業訓練をするということは、どこかに雇用の場がなければなりません。これが雇用創出ということになりますが、年末に政府が成長戦略を出しました。6月までに具体的な中身をつめていきますが、その時は我々も参加しますから、そこで一定の具体策がでてくると思います。
  もう一つは、政府と話し合う必要があると思うのですが、正社員としての就職でなくても、会社が雇用するということです。しかし、その雇用は永続的な雇用ではないかもしれませんので、国が補助し、雇用者としてその会社で働くことを保障する。そうしたなかで、働きながら、次の就職先を探すのか、それともその会社で働き続けるのかを情勢に応じて決めていくというシステムの構築です。
  くわえて、働く場を企業や役所だけに求めるのではなく、NPOやサードセクター(第三セクター)に広げていくことも考えています。その場合、そうした職場を、たんに雇用の受け皿としていくというよりも、生き生きと働く集団として育てていくことを考えていかなければならないと思っています。

禹先生:今まで皆さんの中から出てきた感想や質問のなかで、大きな比重を占めていることが1つあります。それは、連合が考えている政策は非常にすばらしいが、財政問題をどうするのかというものです。これは、大学生ですから、学問的な観点からということもあれば、マスコミ等で財政問題が非常に大きく取り上げられているということを反映しての質問だと思います。財政問題について、連合はどのように考えているのでしょうか。

古賀会長:財政問題そのものについては、政府が考えている方向性と我々は一緒だと思っています。一つ目は無駄を徹底的に排除し、税金を有効に使っていくこと。二つ目が政策の優先順位をつけていくということです。
  ただ、私個人としては、少子・高齢社会における社会保障だけ考えてみても、無駄を排除し、プライオリティーを組み替えるだけでは、財政問題は片付かないと思っています。鳩山首相は、「4年間、消費税はあげない」と言っていますが、消費税は有力な選択肢だと思っています。しかし、消費税を増やすということは、国民の負担を増やすということですから、政府と国民の間に信頼感がなければなりません。たとえば、北欧諸国などでは、国民負担率がものすごく高くても、社会保障が実際に行き届いているため、政府への信頼感のなかで毎日を生き生きと暮らしているわけです。北欧諸国のようにとまではいかなくても、国民の間で、国民負担と社会保障のあり方について議論を進めていく必要があります。

禹先生:ありがとうございました。いろいろ質問したいことがあるのですが、労働者派遣法と最低賃金に絞らせていただきます。これらについてはどのようにお考えでしょうか。

古賀会長:労働者派遣法が施行されたのは1986年です。それ以降、規制緩和が進み、今は、ほとんどの分野で派遣が認められています。我々としては、派遣をはじめとする雇用形態や、働き方の多様化を全部否定するつもりはありませんが、今の派遣法は、あまりにも規制がなさすぎます。したがって、ここ数年、不安定な登録型派遣については禁止していくべきだとして、派遣法の規制の強化に取り組んできました。
  しかし、派遣村などが社会的問題として取り上げられたことから、製造業についても派遣を全面禁止すべき、という声も上がってきました。それを受けるかたちで、年末の公労使の三者構成の審議会において、「一般の登録型派遣の原則禁止」、「製造業に対する派遣も原則禁止」、「違法派遣をした場合には派遣先が雇い入れる」ということを確認しました。ただ、これらは3年の猶予期間をおくということになっていて、今から国会論戦にあげていきます。
  二つ目の最低賃金ですが、今、全国平均が713円です。私は、もっとあげなければならないと考えています。最低賃金は、賃金の底上げという機能をはたすものでなければなりません。賃金を上げると経営にひびき、雇用が減るというのが企業側の言い分ですが、最賃をあげたから会社が倒産するのだったら、そんな会社は社会的に価値のない会社だということを経営側に言っています。
  民主党のマニフェストにも、「最賃を1000円にする」ことを掲げていますが、やはり、労働政策は、公労使の三者構成ということが重要です。ILO条約における「労働政策では、公労使三者構成を遵守する」という条約を日本は批准しています。ですから、政権交代しようとも、法律で一挙に決定してしまうのではなく、三者でじっくり話し合いながら変えていきたいと思っています。
  ちなみにアメリカでは、最低賃金を法律で決めます。しかし、これは危険です。政権がかわれば最賃制度そのものがなくなるかもしれないからです。法律だけだとこういうことを招いてしまいます。

禹先生:小野寺副会長にお伺いします。小野寺副会長は「労働を中心とした福祉型社会」を、現場、産業、地域で実現をさせるため、責任を負われている立場ですが、雇用問題についてどのように取り組んでいるのでしょうか。

小野寺副会長:基本的には、連合の取り組みとテーマは同じですが、そのなかで、連合埼玉独自のものとしては、「ネットワークSAITAMA21」があります。これは、連合埼玉と埼玉労福協(埼玉県労働者福祉協議会)とで一緒に進めているのですが、組合員にボランティア基金として、500円募金していただいています。その基金を使って、住むところに困っている地域の労働者に宿泊所を提供しています。
  また、暮らしの相談セミナーなども、各所に開設しています。そこに定年を迎えられたOBにご参加いただき、情報交換をしていただくという取り組みもおこなっています。
  このように、働く中でどうやって地域と共生していくかという取り組みが、埼玉でおこなっていることのポイントだと思っています。

禹先生:以前、小野寺副会長とリーマンショックのあと、本田技研は雇止めになった人たちに対してどういう対応をすべきか、ということを議論した経緯があります。再びそういう事態が発生しないとは思いますが、本田技研労働組合では、非正規労働者を支援する具体的な取り組みを検討されているのでしょうか。

小野寺副会長:大変厳しい質問ですが、今、本田技研労働組合は埼玉支部には組合員(従業員)が約5500人いますが、多いときには約1500人の非正規労働者を雇っていました。派遣社員は受け入れないという当社の考えがあって、期間従業員とだけ雇用契約を結んでいました。
  それが、あの状況のなかで、1500人を雇止めしなければいけなくなり、本当に会社も組合も苦しみました。組合が会社に要求したのは「非正規従業員に対してしっかり対応してほしい」ということでした。そこで、会社の回答は、「半年間工場の清掃をしてもらうことで雇用関係を維持しよう」というものでした。そういう条件でも雇用契約を結んでよいのであれば、その間は会社で雇用をする、ということになりました。
  今後、業務が増えてきたときに、再び非正規労働者を雇うようになるかもしれません。組合としては、「今回のような行動を繰り返すようならば、非正規労働者の雇用問題は解決しないだろう」と会社に意見を述べています。

3.質疑応答

禹先生:ありがとうございます。では、この辺で皆さんから質問を受けたいと思います。

受講生:今年の春闘がスタートするそうですが、はじめて非正規労働者の問題を交渉のテーブルに乗せるということをニュースで見ました。現在、非正規労働者として働いていて、正規労働者になりたくてもなれない人がたくさんいると思うのですが、そういう人たちを、どのようにして労働組合運動に取り込んでいくのか、教えて下さい。

古賀会長:連合は、非正規労働者の問題にこの間ずっと取り組んできました。たとえば2006年から春闘で「パート共闘」を組織し、2009年には3000近くの組合が連携しました。今、非正規労働者は約1800万人いると言われていますが、そのうち1200万人~1300万人がパートタイマーです。したがって、パートタイマーの労働条件を上げると、非正規労働者全体に広がっていくということになります。
  そして、2007年には、連合内に「非正規労働センター」を設置して、非正規労働者の皆さんに情報提供したり、ネットワークを作ったり、労働相談をしたりしています。
  したがって、今回初めてというのは、春季生活闘争の柱の第1番目に持っていったということです。これは、非正規労働者の人たちだけの問題ではなくて、そういう人たちが増えれば増えるほど、働く人たち全体の労働条件が下がってしまうということなのです。ですから、非正規労働者の人たちがどういう環境で働いているのかということも含めて交渉のテーブルに乗せましょうということです。
  そして、こうした取り組みを通じて、労働組合運動に参画する人を一人でも増やし、組織拡大していきたいと考えています。現在パートタイマーの組織率は5~6%ですので、パートタイマーの人たちをもっと組織化し、彼らの労働環境を改善するために努力を重ねていくということが重要ではないかと考えています。

受講生:私の知り合いが失業したときに、「雇用保険を受給できたことによって、落ち着いて仕事探しができた」と言っていました。職業訓練は大事だと思いますが、急いで仕事を探すのではなく、きちんと仕事探しをしていくということが大切だと思います。その辺はどう思われますか。

古賀会長:おっしゃる通りだと思います。日本は、失業保険の支給期間がヨーロッパなどに比べると短いです。そして、失業保険の期間が過ぎても就職できなければ、セーフティネットとしては、生活保護しかありません。そうではなく、第2のセーフティネットを張って、最低限の生活保障を受けながら、職業訓練をして職を探していく方法を実現させようとしています。
  また、そもそも雇用保険に加入できない人が、非正規労働者を中心にたくさんいます。今の法律では、6ケ月以上の働く見込みのない人は雇用保険に入る資格はないと定められています。ですから、非正規労働者について、31日以上働く見込みというように加入条件を緩和し、労使が雇用保険料を納め、失業したときは雇用保険が受給できるよう、今度の国会で法律を改正しようとしています。これが通れば、我々の試算でいくと、約230万人が雇用保険の対象になります。
  この二点に取り組んでいく必要があります。私としては、少しでも働けば、雇用保険の被保険者になるという制度に変えていく必要があると思っています。

受講生:お話のなかで、労働組合が政権交代にむけて民主党を支援したということですが、政権交代によって実現されつつあること、労働者が恩恵を受けられそうな政策はあるのでしょうか。

古賀会長:まず、労働者派遣法の問題です。政権交代がなされなければ、ここまでの規制強化は議論できなかっただろうと思います。また、雇用保険の問題もそうです。非正規の人たちを対象にしていくという法案が、国会で審議されるようになりました。それと、生活面ということでは、医療機関の診療報酬があげられると思います。今回の政権は、診療報酬を10年ぶりに上げました。これにより医者不足や、あるいは処遇が非常にアンバランスになっているところの見直しの第一歩になったと思っています。
  予算にしても、自公政権が組んでいた毎年2200億円削減する社会保障予算を、今回の政権では額を増やすことにしています。まさに、そういうところがアップすることの一つの大きな流れというのは、政権交代があったからこそできたわけです。
  ただ、政権交代してからまだ4、5カ月ですから、何もかも性急にはできないと思いますし、予算にしても確定するのは来年です。だから、予算編成でどういう政策を織り込んでいくかということについて、我々は政権に対して、生活者の立場、働く者の立場、納税者の立場から物申し続けなければいけないということです。

受講生:お話のなかで、「格差社会の是正が必要」とか「市場原理の行き過ぎはよくない」という話をされていましたが、競争をなくしていくと、能力の低い人や賃金の低い人にとってはいいと思うのですが、能力の高い人たちに最大限能力を発揮してもらいたいから、競争社会となっているのだと思います。お考えになっているような形での社会の変革によって、そういう人たちのインセンティブを保つことができるのでしょうか。

古賀会長:私は、競争を否定するつもりはありません。また、効率や経済性を追求していくということは当然のことです。ただし、こうした価値観だけでいいのかということです。一方では仕事がなくホームレスになって、もう一方の人は、月々何百万も稼ぐような世界が本当にいいのかどうかです。私はやはり、バランスのとれた社会が必要だと思っています。
  ですから、ミニマムの生活水準に達していない人達の生活水準を引き上げていこうということです。一部のスーパーエリートだけが何億円も稼いでいる、他の人たちは年収200万円以下であるという社会を望むことは非常に危険だと思っています。だから、ミニマム保障をきちんとして、その上である程度の格差があるのは容認する。しかし、底支えは皆で一緒にしていきましょうと言いたいわけです。

禹先生:今のことにつきまして、皆さんに簡単な事実を紹介しますと、2008年の金融バブルのとき、アメリカにおいて、平社員とCEOの格差は年収レベルで300倍を超えています。そのアメリカでも1970年代はそこまではいかなくて、多くて100倍くらいでした。ですから、格差を是認するということと、どのくらいまで報酬の差をつけるかということは別の話ですので、そのことを理解してください。

4.学生に向けてのメッセージ

禹先生:では、この後期の授業を総括するにあたって、これから社会に出て、仕事をしながら収入を得て生活をしていく皆さんに、お二人からメッセージをいただきたいと思います。

小野寺副会長:私からは、労働組合と会社は何かということだけ話したいと思っています。こういう立場でいると、1500人程度の従業員の前で、講義をしたりするのですが、その時に、「会社は父親であり、労働組合は母親であり、組合員は子どもだ」ということを話します。この3つの関係がしっかりしていなければ会社はもたないということを言っています。そして、親と子どもは、同じ道に向かって進んでいくということになるというようなことを話しています。
  労働組合をつくろうとしても、今なかなか受け入れられない状況にありますが、それでも労働組合がなくて苦しんでいる企業は多くあります。私が県の労働委員として感じるのは、労働組合がしっかり機能している企業は、よい企業だということです。したがって、労働組合は、企業と従業員の良好な関係を作り上げていく一つのファクターといえます。
  それから、私は、少年野球の監督を10数年やっています。どんなに忙しくても、土日は子どもたちの相手をします。どうして子どもたちを相手にするかというと、これからの社会をつくっていくのは、子どもたちであり、その子どもたちを育てる役割があると思っているからです。同様に労働組合も人を育てていく必要があります。労働運動のなかで、若年層に対してパワーをかけていかなければ、社会はおかしくなると私は思っています。その意味でいうと、労働組合は、人を育てるところだと頭に入れていただければと思います。
  個人的な意見ですが、会社では人を育てることはできません。企業は人を育てるとしていますが、実際は、企業の収益が優先です。コスト削減・競争力の確保が求められ、グローバルな事業展開がすすむ企業においては、労働組合がしっかり人を育てていく。それが、労働組合と会社の関係であると私は思っています。
  皆さんも働くということは、企業の収益につながるだけではなく、人を育てるということでもあり、それによってこれからの未来が開かれるのだということを知っていただきたいと思います。そして、人を育てるということに労働組合が大きく関わっていますので、これからも連合埼玉の取り組みをバックアップいただければと思います。今日はありがとうございました。

古賀会長:何点か、みなさんに心がけていただきたいことをお話します。
  一つ目は、人と対話する、話し込むことです。コミュニケーションというのは、それぞれ考え方の違った人たちが対話し、話し込むことによってその価値観の違いを少しずつ埋めていったり、お互いに違いを認め合ったりすることです。ですから、コミュニケーション不足というは、単なる会話不足や報告不足ではありません。メールでぱっぱっと意見交換するのではなくて、フェース・トゥ・フェースで対話をするというコミュニケーションを活発にしてほしいと思います。それは、社会人としても当然のことだといえます。
  二つ目は、「一人の人間というのは、弱い」ということをもっと感じてほしいということです。人間は、お互いが支え合いながら、組織・社会を形成して生きている社会的動物です。ですから、私たちは、一人ひとりの人間の弱さというものを自覚し、生活をしていく、あるいは働くということが必要だと思います。たった一人で会社のこと、世の中のことを考えても解決しません。集団をつくって、皆で考え、皆で悩み、喜ぶときは皆で喜ぶ、苦しむ時は皆で苦しむ、労働組合というのはそういう集団です。
  三つ目は、バランスとタイミングを常に考えていてほしいということです。世の中は、白か黒か、1か0かで割り切れないことがたくさんあります。足して2で割るということをよくいわれますが、そういうことではなくて、バランスをとるということです。
  また、タイミングがずれたら、何の役にも立たないことがあります。生活していくなかで「しまった、あの時こうしておけばよかった」と思うことがあるでしょう。それがタイミングです。皆さんも会社に入れば、判断、決断がまわりの人に影響を与える場面に出くわすでしょう。ですから、タイミングということは非常に大事なことになります。
  最後に、これから皆さんも、働くことをとおして社会に参画していくわけですが、実際働くことは楽しいことばかりではありません。苦しさもあるし、喜びもあるけれども、悲しさもあります。そういうことを通じて、自分自身を成長させ、チームワークのなかで一つの仕事を完成させる、あるいは一つの目標に向かっていくときに信頼関係を作る。これらのことはすべて働くことの尊さです。だから、ぜひ働くことの尊さということを今一度考えてほしいと思います。
  そんなメッセージを、これから社会人になって、働く皆さんに送りたいと思います。

禹先生:どうもありがとうございました。これをもって、2009年度後期の連合寄付講座、「働くということを考える」を終了したいと思います。

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