1.わが国の「雇用社会化」
今日の前半では、社会保障分野でのセーフティネットには、どういうものが欠けていて、どのように見直しているかを検討します。後半では、100年に一度といわれている世界同時不況のなかで、どのような取り組みを労働組合がしてきたかについて話していきたいと思います。
まず、セーフティネットの話をする前に、わが国の「雇用社会化」ということについて説明しておきます。今、日本の就業者は6365万人で、そのうち雇用者が5420万人となっています。その比率は85.1%ですから、圧倒的多数の人が、今雇用者という形で働いていることになります。かつては、雇用者比率がだいぶ低かったのですが、だんだん高くなっていきました。85%という比率は、国際的にみても高い数字です。そういう意味で、日本は世界の中でも冠たる雇用社会といえます。
雇用社会は、雇用が社会の中心になっているということを意味します。どういう意味かというと、雇用という関係のなかで所得を得て、それが生活の糧になっている。したがって、雇用の場を失うと、生活の場を失うことになります。つまり雇用が人々の生活を支えているわけです。
そして、雇用社会では、人生の一番充実した20代から60代前半くらいまでを、雇用という形のなかで職業人生を歩むことになります。雇用という関係を通じて、人々は能力を発揮し、自己実現をはかっていくことになります。
さらに言えば、高齢化による職業生活の延長や、女性の働く場への参加にも雇用は大きく関わっています。また、経済環境の変化としてあらわれるグローバル化も、雇用に大きな影響を与えます。たとえば、企業の海外進出によってもたらされる産業の空洞化や国際的な企業買収などは、雇用に大きく関わることです。
このように、日本というのは雇用社会で成り立っている国です。そして、国の政策において、働く雇用労働者の利害や主張が反映されるよう取り組むのは、労働組合であるということをまずおさえていただきたいと思います。
2.雇用社会における社会保障
(1)社会保障とは
社会保障の目的は、病気やけが、あるいは高齢などで働けなくなり、生活が不安定になった場合に、これを全部個人のリスクに負わせるのではなくて、保険や公的な制度を使ってリスクをカバーして、安心できる生活を保障することです。
日本に、今のような社会保障制度の基礎ができたのは1950年代です。社会保障制度審議会で、「社会保障とは、疾病、負傷、分娩、疾病、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対し、保険的方法または直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥ったものに対しては、国家扶助によって最低限の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的成員たるに値する生活を営むことができるようすることをいうのである」という勧告が出されました。
社会保障の方法には、国民から保険料を集めて、その保険料のなかでリスクに対して給付する方法と、直接税金を使っておこなうという2つの方法があります。これを組み合わせながら、個人の保障・生活の安定、あるいは個人の自立支援、家計費の支援等を行うわけです。
(2)社会保障の目的と機能
社会保障にはいろいろな役割があります。一つ目は、社会的安定装置です。社会的セーフティネットと呼んでいますが、競争社会のなかで競争に負けてしまう、あるいはそのことによって失業をしてしまう、病気になって働けなくなってしまう、ということになってもすぐに生活が困らないようにする対策を講じておく役割があります。
二つ目は、所得再配分です。これは市場経済のなかでは、大会社の社長のように高い所得を得る人もいるし、低い所得しか得られない人もいます。これをそのままにしておくのではなくて、政府が所得再配分という形で税金を取って、それを給付するなかで所得の低い人や、得られない人の生活を保障するようにします。一方、所得の高い人からは税金をたくさん取って、手取りの金額を最初の金額よりも低いものにします。そうすると、最初の所得よりも格差は縮まっていきます。こういうものを所得再配分機能といいます。
三つ目は、社会全体でリスクを分散していくという機能です。これは失業とか、病気とかいうリスクを個人に全て負わせるのではなくて、保険という機能のなかで、すぐに生活に困窮が起こらないようにしていくものです。
社会保障は、こういう機能や役割をもっています。それぞれ独立しているのではなく、それぞれの機能が重層的な役割をしています。
(3)人生の「リスク」に対する社会保障
社会的セーフティネットの観点からいうと、日本には5つの基本的な社会保険があります。医療(健康)保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労働者災害補償保険です。
これらは、雇用・就労を支援する様々な法律の中で、最低限のものが保障されるようになっています。たとえば労働基準法における労働時間の最長時間の制限、時間外の割増率、最低賃金、育児休業、男女雇用機会均等、若者の就労支援、障がい者雇用、高齢者雇用などです。
こういったものを仮に全部市場に委ねてしまうと、たとえば、低賃金労働や長時間労働といった契約も成り立ってしまうかもしれません。しかし、そういうことは持続できないわけです。そのため、労働基準法でルールを定め、社会のセーフティネットを作っていきます。
3.雇用・労働を取り巻く環境変化とその影響
(1)非正規労働者の増大、低所得・貧困層の増加
よく正規・非正規という分け方をしますが、正規労働というのは、雇用の期間の定めがないこと、直接雇用であること、フルタイムの就労であることの3つの要件があります。それに対して、非正規というのは、この3つの要件の1つでも満たしていない場合をいいます。たとえば、間接雇用であるとか、期間が定められているとか、パートタイムで働くといったものです。派遣、アルバイト、パートタイマーといった働き方です。
こういった非正規労働者は、最近では大体1700万人を超えているといわれています。この数は、働く人全体の3分の1を超えています。
それから、生活保護世帯が増えています。2009年4月末で120万世帯となっていて、年々増えています。また、働いているのだけれども、可処分所得が生活保護基準以下の世帯が、1996年に11.3%、2002年には15.7%と増加しています。これはいわゆるワーキングプアと呼ばれる世帯で、15.7%のうち10.8%が母子家庭となっています。
この10年の間で、非正規労働者と低所得層が増加しています。
(2)国民年金、国民健康保険の未納者の増大
非正規の増加、ワーキングプアの増加の状態の中で問題となっているのは、国民年金、国民健康保険の保険料の未納者が増えていることです。ふつう会社勤めをしている人は、厚生年金に加入しています。厚生年金というのは、労使が保険料を折半することになっていて、毎月の給料から保険料を引かれるものと、それと雇い主の側も同じ金額の保険料を払って、それで成立しています。国民年金というのは、主に自営業の人を対象にした年金の仕組みです。雇割れている人たちではないので、定額の保険料を払って加入期間に応じて、年金を受け取るという仕組みになっています。
今、その国民年金に多くの雇用労働者が多く入ってきています。国民年金第1号被保険者といわれている人たちです。しかし、2001万人のうち保険料を納めているのが62%で、約4割が納めていません。日本は、国民皆年金といって、国民はどこかの年金に入らなければいけないのですが、未加入者が9万人ほどいます。
特に、25歳~29歳の若者の納付率が低くなっています。これは社会に出ても仕事がなくて未納の若者がいる、あるいは仕事があっても、フリーターのような形で不安定な所得しか得られないというような若者が国民年金の納付ができないということだと思われます。
国民健康保険の保険料の滞納世帯も、2007年には18.6%でしたが、2008年には20.9%に増加しています。このようななかで、親が保険料を滞納していると保険証がもらえないため、その子どもが病気になっても医者にかからないで我慢しているという問題が出てきています。そういう問題を救おうということで、無国保の子どもを救済する法案が出されました。
(3)各種セーフティネットから排除される非正規労働者
失業にたいしてもセーフティネットが機能していないという問題があります。2008年12月に金融危機が起こった直後、ILOが、失業保険の給付を受けていない人たちがどの程度いるのかという調査をしました。その結果、日本は、失業者の77%が給付を受けていないということでした。これはブラジル、中国よりは低いけれども、アメリカ、カナダより高いという結果です。日本は社会的セーフティネットが先進国のなかでもきちんと備わっている国だと思われていたのですが、そうではなかったことが明らかになりました。
このように高い数字になっているのは、増加した非正規労働者への雇用保険適用が十分になっていなかったということと、長期失業者が増えてきて、雇用保険の取得期間が終わってもまだ失業が続いているという状態で、そういう人たちは給付を受けられなくなっているからです。こういう人たちが失業保険の給付を受けておらず、日本におけるセーフティネットの不備が指摘されるようになりました。
(4)機能不全に陥った社会的セーフティネット
セーフティネットにどのような不備がでているのでしょうか。まず、雇用における社会保険ですが、正規社員であれば給料から保険料が天引きされているわけですから、保険料が未払いということはあり得ないはずでした。それが、非正規が増えて、雇用保険や健康保険の適用から外れているという人たちがでてきている。あるいは自営業で無職になる人もいて、社会保険というセーフティネットから外れてしまいます。そうすると、すぐ生活保護といった公的扶助にいくようになってしまいます。
そして、その流れで、失業、無年金、ホームレス、ネットカフェ難民という問題が起こってきてしまいます。さらに問題なのは、毎年の自殺者3万人のうち24%は、経済的理由ということで、こういう失業・ホームレスというなかで自殺せざるを得ない人たちも出てくる。あるいは、今、刑務所のなかには、こういうセーフティネットから外れてしまって、最後は犯罪者になるしかなかった高齢者、心身の疾患者、外国人が非常に多くなっています。
社会保障の理論・機能からいえば、こんな社会を作ろうとしていたわけではありません。やはりどこかで問題があってうまくいっていないところがあるからといえます。
4.社会的セーフティネットの再構築
(1)三層構造による社会的セーフティネットの再構築
そこで、社会的セーフティネットを再構築しようという動きが、経済危機を起点にして出てきました。それは、セーフティネットを三層構造にする必要があるのではないかというものです。
今までは、雇用によるセーフティネットから落ちると、そのまま生活保護にいってしまいます。その中間にもう一つセーフティネットが必要なのではないかということで、第二のセーフティネットとして、非正規労働者、長期失業者、ワーキングプアといわれる人たちの自立支援をしていくような積極的雇用政策と社会的保障政策の連携で、社会的セーフティネットを再構築することを訴えています。
この第二層のセーフティネットを「就労・生活給付支援制度」と我々は呼んでいます。雇用保険未適用者を対象にして、就労・生活支援、職業訓練、職業紹介、住宅確保支援をおこなうというなかで、その人たちが再び労働を通じて社会に参加していくようにします。その間の生活保障を毎月10万円くらい出して、2年を限度にこういうタイプのセーフティネットを作ろうということを連合は提案をしました。
(2)各国の状況
国際的にみても、失業保険だけではなく、補足的な失業者扶助あるいは公的扶助といわれるものがドイツにもフランスにもスウェーデンにもあります。こういう大陸ヨーロッパでは、今回の同時テロや、金融危機に陥ったなかでも、社会の基盤としてのセーフティネットがきちんとできていたので、それほど大きな失業問題あるいは生活困窮問題がおきずに済んでいます。
日本は、この間どちらかというと、個人の自立を求める場合、自己責任でやるべきという方向の政策がとられてきたために、今回のような問題が起きるとセーフティネットがうまく機能しなかったということです。そこで、失業扶助や公的扶助というものをイメージして、第二層のセーフティネットを作っていこうということをしています。
これは、単に失業した人に生活資金を給付するというだけではなくて、そういう人たちに職業訓練の場を提供し、その人たちが労働市場に再び参加できるように支援をおこなうというものです。
GDPに占める労働市場政策の支出は、高い国と低い国がはっきりしています。高い国はドイツ、フランスや、スウェーデンなど福祉国家といわれる北欧諸国です。一方、イギリス、アメリカ、カナダなどは低くなっています。このようなアングロサクソン型の国では、市場原理というのを強めていて、雇用についても市場に任せるという方向でやってきました。日本はどちらかというとアングロサクソン型に近い政策をとってきていて、その結果セーフティネット機能の欠如という問題が起こったわけです。
(3)政府の取り組み
それではいけないということで、日本政府も、緊急人材育成・就労支援基金を作りまして、2008年度と2009年度の補正予算のなかに組み入れられました。2009年度の補正予算でみると、7000億円の基金のなかで、4820億円を職業訓練および訓練期間中の生活保障に充てています。そして、中小企業等における雇用創出や、長期失業者等の再就職支援のための基金を作っています。そのなかで、職業訓練、生活支援給付、住宅手当、就職安定資金の融資といった制度を新設して、再就職に向けるという新たなセーフティネットができました。
ただし、これらは3年間の期間限定です。今の課題は、この期間限定の制度を恒久的なセーフティネットにしていくことです。それには、財源をどうするかということが問題になるわけですが、これは2011年度以降の論点になっていきます。
(4)社会保障の機能強化
それから、社会保障の機能強化という点では、やはり雇用労働者の社会保険への完全適用が課題となっています。今、非正規労働者の社会保険未適用が未納・無保険者の増大に拍車をかけているということで、事業主は保険料負担の軽減のために正規を非正規に切り替えているということがおこなわれてきています。
また、各種調査をみると、パート労働者は社会保障の適用拡大を要望しています。パートのなかで、厚生年金・共済年金に本人が加入しているのは33%で、全体の3分の1しかいません。配偶者が厚生年金や共済年金に加入しているという主婦パートが35%、自ら国民年金に加入しているという人もいます。
このように、パートの方の公的年金の加入状況をみると、いずれにも入っていないという人がいるわけです。セーフティネットの改善とあわせて、こういうところの改善も連合では取り組んでいるところです。
4.金融危機の中での対策
(1)失業者の増大、有効求人倍率の低下
次に、金融危機のなかでの労働組合の取り組みについて話したいと思います。
今回の金融危機がもたらした世界同時不況は、1930年代におきた世界恐慌に匹敵する不況といわれています。こういうなかで、日本ではどういうことが起こってきたかというと、失業率の増加です。2008年頃は失業率が3.8%だったのですが、それがじわじわと上がって、2009年5月には5%となり、同年7月には5.7%までになりました。
この失業率は、今は5.1%となり、若干下がってきています。しかし、失業率が下がっても、有効求人倍率をみると雇用状態が好転しているとは言えません。有効求人倍率というのは、仕事を探している人と雇いたい人との開きがどのくらいあるかということです。求職と求人が同数であれば、1.0になるわけですが、これが1.0より下がれば、働きたくても仕事がないという状態で、0に近づけば近づくほど働く場所がないということです。今は、地域によっては0.3というところもありますが、全国的に見れば0.4となっています。
このような問題に直面する中で、連合は、この問題を解決するためには従来の延長線で対策を考えるのではなく、パラダイムシフト、政策軸の転換が必要だということを訴えました。それを一言で表現したのが、「希望の国」へと舵を切れ、ということです。
その柱の一つは、日本版「グリーン・ニューディール」の推進です。環境という分野に視点をおいたニューディール政策をおこなうことによって、180万人の雇用が創出されるということを、国や経済界へ提言をしました。また、経団連と「雇用の安定・創出に向けた共同宣言」をし、雇用の安定・創出のための取り組みを訴えてきました。
(2)雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意
鳩山内閣が誕生したときに、まず要請したのが雇用対策です。政府はそれを受けて、雇用緊急対策を設置して取り組んでいくこととし、これから始まる国会では、第二の補正予算のなかに当面の雇用対策に係る予算が含まれています。
また、昨年の春に、政労使の三者で「雇用安定・創出に向けた政労使合意」を出しました。そこでは、景気が急速に悪化するなかで、雇用の維持は最重要課題であるという認識を政労使が共有化し、労働現場の実態にあった取り組みを強力に進める。そして、その取り組みについては、個々の企業の労使間で自主的に十分な協議を行い、労使の納得と合意を得る必要があるということを労使で確認をしました。
そのなかで、経営側は、どのような経営環境であっても、雇用の安定は企業の社会的責任であることを十分に認識する。一方労働側は、生産性の向上は雇用を増大するという認識のもとで、経営基盤の維持・強化に協力する。そして政府は、残業の削減、休業、教育訓練、出向など雇用の維持を図る、というように、それぞれが、こういう重荷を背負って雇用維持を進めていくことを合意したわけです。
(3)日本的長期雇用慣行の理念型
この政労使合意の背景には、日本的長期雇用慣行を破るのか、維持するのかということがありました。2000年以降、市場主義的な政策が進められてきたなかで、日本的な長期雇用慣行は経済効率性にそぐわないという主張がありました。アメリカは、エンプロイメント・アット・ウィルすなわち、雇用は必要な時に必要なだけ調達すればいい、景気が悪くなったら雇用は切ってかまわないという考え方があるのですが、日本は景気が悪いなかでも雇用を維持するという企業行動がありました。
日本のこのような企業行動の背景には、期間の定めのない常用雇用を基本とし、一旦採用した従業員は、定年まで雇用することを暗黙の前提とする長期雇用慣行という理念型がありました。こういう中で、常用雇用者の雇用を守り、幅広い熟練を形成していく、それが企業の価値の高まりにつながっていくということでやってきたわけです。
また、イギリスの社会学者ロナルド・ドーア氏は、日本は、長期安定雇用のイデオロギーのなかで「人材育成型モデル」を形成し、それが日本企業の強みを支えてきたのだから、共同体の理念というのをもっと大事にしていいのではないかということを言われています。ところが、グローバル化が進展するなかで、共同体の理念や意識は失われ、経営者にとっては、企業価値イコール株主利益の最大化のみが最大経営目標になっていきました。これで人材育成型のモデルが維持できるのか、人材育成型の企業こそ、真の意味での成果を上げる企業なのだということを、ドーア氏は強調しています。
このようなことを踏まえて、今の不況に便乗するような形で長期雇用慣行を破るという行動をとるのではなくて、長期雇用慣行の理念型をきちんと経営者もとらえてほしいということで、先ほどの政労使三者合意ということになりました。
(4)生産性3原則
長期雇用慣行の基盤には、生産性三原則があります。1955年に、日本生産性本部というのを作って、ここで生産性運動が始まったのですが、その時に、生産性三原則が確認されました。
第一の原則は、生産性の向上は、究極において雇用を増大するものであるが、過渡的な過剰人員に対しては、国民経済的観点に立って能う限り配置転換その他により失業を防止するよう官民協力してこれを研究し協議することです。生産性向上により、10人でやっていた仕事を8人に減らしても、生産量が増えれば残った二人の雇用も吸収できるわけです。しかし、過渡的な過剰人員が生じた場合は、個別企業にだけで雇用を維持させるのではなくて、官民で協力するということです。
第二の原則は、生産性向上のための具体的な方式については、各企業の実情に即し、労使が協力してこれを研究することです。「労使が協力して」というのは、経営者の一方的な命令でこれをやれ、あれをやれということではなくて、どうすれば生産性が向上するのかを、労使が協力してやるということです。
第三の原則は、生産性向上の諸要素は、経営者、労働者および消費者に、国民生活の実情に応じて公正に分配されることです。
この三点を確認して、はじめ運動への参加を躊躇していた労働組合も、生産性運動に参加するようになりました。これが長期人材育成モデルをつくる基盤になっているわけです。
(5)経済情勢と連合の考える総合対策(イメージ)
話を世界経済危機に戻しますと、世界経済の悪化により内需が冷え込んでいくなかで、事業再生を強化するという取り組みがあります。その受け皿となる企業再生支援機構という法律をつくることにも、連合はかなり大きな役割を果たしています。
また、特に中小企業への金融機関の貸し渋りを防ぐために、政府系金融機関の資金供給の拡充や、信用保証制度を抜本的に拡充する信用収縮対策も進めています。政府系金融機関は、2000年代前半に役割は終わった、民営化すべしということで、機能が弱体化する心配があったのですが、今は政府系金融機関の役割が見直されています。
企業が企業として存続するためには取引先、株主、労働者、消費者といったいろんな人たちの理解と助け合いがあって、企業は存続しています。そういうステークホルダーとの良好な関係を作っていくということが、我々の求めていることです。2000年代に非常に強まった株主主権主義から、内部保留の活用による雇用維持に転換しようということです。
(6)ピッツバーグ・サミット 首脳声明
昨年の秋にピッツバーグで開かれた金融サミットでは、鳩山首相に対して、G20 労働サミット参加者が、特に雇用情勢に対して注目してほしいということを言って、グリーン・ジョブの創出を要請しました。鳩山首相も「世界的な景気回復は疑わしく、雇用情勢についても懸念している。各国で状況は異なると思うが、G20
が協力をして景気刺激をおこなっていくことが重要」という認識を示しました。
そこで出されたサミットの首脳声明の中の前文には、「回復と修復のプロセスは未完了のままである。多くの国においては、失業は容認できないほど高いままである。民間需要の回復のための条件は、まだ完全に整っていない。我々は、世界経済が完全に健全な状態に回復し、世界中の勤勉な家庭が人間らしい働きがいのある仕事を見つけることができるようになるまで休むことはできない」というものでした。
労働組合としては、雇用が回復しないまま景気が回復するのではなくて、雇用がともなう景気回復をめざしています。それから、“雇用の量”の問題だけではなくて、“雇用の質”という点にも注目をしています。低賃金で雇われているものでは意味がないので、雇用の質にも注目して、質の高い仕事を創出していく。こういったことが、ピッツバーグ・サミット首脳声明の中に含まれています。
また、「我々は、ILOの労働における基本的原則及び権利と整合的な政策を実施すべきである」ということが前文には書き込まれてあります。これは、ILOの基本的原則であるグローバル・ジョブズ・パクト(仕事における世界協定)のことです。
5.労働組合の取り組み
(1)政府の緊急雇用対策
昨年10月に緊急雇用対策が出されました。具体的な対策として、緊急支援アクションプラン「貧困・困窮、新卒者支援」、緊急雇用創造プログラムが進められました。
特に緊急対策で重要だったのは、ワンストップ・サービスということです。仕事を探している人のなかでも、生活基盤はあるのだけれど、今仕事がないとか、仕事はあるが生活の場がない、住宅もないという人もいるわけです。それぞれの状況に応じて、今何が必要なのかを窓口で判断して対策をとるサービスです。こういうものをハローワークでやろうということです。
(2)連合「180万人雇用プラン」
連合では、180万人雇用プランを進めています。医療、介護、福祉分野、教育、農業・森林・水産業の分野も含めて、180万人雇用を作ろうということです。
また、世界全体で地球温暖化、地球気候変動に対応するために低炭素社会を作っていこうという課題があります。低炭素社会を作っていくために、それに関する技術革新をしていかなければいけない、そういう中で新しい雇用が生まれてくる、そういうものをグリーン・ニューディール政策と呼んですすめているところです。
(3)派遣制度の見直し
非正規雇用が増えるなかで、派遣法の規制緩和をして派遣労働者を増やしてきたという経過があります。しかし、それが低賃金労働者を増大させたという問題もあって、2008年の段階では、今までずっと規制を緩めてきた派遣法をもう少し厳しくしようということになりました。これは去年の国会で廃案になったのですが、今年の国会で再提出すれば、おそらく成立すると思います。今まで規制緩和され続けてきた派遣法が、はじめて規制強化されるとことになります。
(4)最低賃金の引き上げ・労働条件の見直し
2006年の日本の最低賃金は、フランス、イギリスとは2倍くらいの開きがあります。アメリカは、2006年は日本と同じくらいでした。しかし、そのあと中間選挙がありまして、そのときに最低賃金の引き上げを掲げた民主党が勝利して、当時のブッシュ大統領がその結果をうけて、それまで5.15ドルだったものを7.25ドルに引き上げるということを3年かけてやりました。
日本も2007年から最低賃金を引き上げようということで、成長力底上げ戦略ということをやるようにしました。その結果、2006年までは5円くらいしかあがっていなかったものを、今2ケタで上がっていくようになっています。現在の全国平均713円なので、これを800円くらいまでに引き上げることが当面の目標と考えています。
それから、今年の4月から、時間外労働の割増率について、月60時間働いた時間外労働については、50%以上の割増賃金とするというように労働基準法が改正されました。それ以外でも月45時間以上超えた場合は、労使協議で25%増しにするという法律が適用されます。
(5)企業再生支援機構の設立
不況で、経営悪化に陥った企業を支援するために設立した企業再生支援機構ですが、日本航空の再建もこの枠組みの中ですすめられることになります。
ここで、最近報道されている日本航空の経営がなぜ悪化したのか触れておきます。航空産業というのは、民間の産業と少し違うところがあります。飛行機自体は会社のものなのですが、空港施設は政府あるいは第三セクターが持っています。そして、そこに着陸料を払わなければいけない。日本はこの着陸料が高いということがあります。それから、昨年、ジェット燃料である燃油が暴騰して、ガソリン代も高くなりましたが、ジェット燃料も高くなりました。さらに、国際テロなどが続いて、世界的に国際線に乗るビジネス客や、観光客が激減してしまいました。そういうなかで世界の航空会社が倒産の危機に追い込まれているところがたくさんあります。日本航空の経営悪化もその一つということです。
航空機関は公共的な性格をもっています。飛行機が飛ばなくなると困る人たちも出てくるわけです。それで、日本航空を再建しようということで、政府系金融機関や投資銀行、そして、企業再生支援機構という組織を使って、公的制度の枠組みである会社更生法を使いながら3年以内に再生しようというのが今考えていることです。
以上のように、労働組合は、「公正・平等な福祉社会の実現」「安全・安心の社会の実現」「すべての人に再挑戦可能な機会の提供」「参加型、分権型の民主主義社会の実現」「グローバル化の側面を克服」「持続可能な経済、産業、企業のシステムの構築」「労働の尊厳を大切にする社会を築く」「倫理観、社会正義が貫かれる社会をつくる」ことをめざし活動をすすめています。以上で私の講義を終わります。ご清聴ありがとうございました。
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