埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度後期「働くということを考える」講義要録

第4回(10/28)

賃金と処遇について考える①金融産業職場の取り組み

ゲストスピーカー:鹿島 健次((社)全国労働金庫協会 企画担当部長)

1.本日の講義の骨子

 今日のテーマは、「金融産業の職場」ということですが、銀行、信託銀行、信用金庫、信用組合、農業協同組合、そして労働金庫(労金)といった「金融機関」に絞ってお話をしていきたいと思います。
  講義の骨子としては、第一のパートでは、導入部分として、私ども労金について説明します。これから社会に出られる皆さんに、労金のことを理解していただき、何かあったときに思い出してほしいと思っています。
  第二のパートでは、講義を受けている皆さんのなかにも、将来、金融機関に就職したいと考えている人もいらっしゃると思います。あるいは、消費者として、これから金融機関を使われるわけです。そういう点から、我が国の金融機関について説明をしようと思っています。
  第三のパートでは、今日の本題となりますが、金融機関で働くということで、各業態・金融機関の特徴を説明していきます。そして、実際の登用だとか、昇進、賃金などできる限りの具体的情報とデータを使って、皆さんにイメージをつかんでいただきたいと思っています。

2.労金とは

(1)助け合いの社会づくりをめざして
  皆さんのなかで、労金をご存じの人はいらっしゃいますか。大学でこういう質問をしますと、約1割の方が手を挙げてくれます。労金の「教育ローン」や「住宅ローン」を耳にしたことがあるかもしれません。
  正式には「労働金庫」ですが、専ら「労金」と称されています。市役所とか、県庁のそばに店舗を構えていることがよくあります。この近くですと、浦和の県庁の裏にさいたま支店があります。〈ろうきん〉〈ROKIN〉というのが私どものロゴマークとなっています。
  今日、1つ目にお伝えしたいことは、ぜひ、労働金庫という金融機関があるということを認識してほしいということです。そして、社会に出て何か困ったことありましたら、頼りにしてもらえればと思っています。
  2つ目にお伝えしたいことは、労働組合というのは、国や自治体による「公助」、自分で努力する「自助」を補う、「共助」のある社会づくりを進めてきましたということです。私ども労金のほかにも、全労済や生協などが、労働者の助け合いの輪を広げる運動の中心的な役割を担い続けてきています。これらの組織のことを、労働者自主福祉運動・事業といいます。福祉運動というのは、まさに労働組合運動の成果で、私たちは労働運動の申し子といえます。こういった運動や事業は大変大切なものです。これからの時代を担っていく皆さんに、社会的な財産として引き継いでいきたいと思っています。

(2)労金の目的
  私たち労金は労働金庫法(労金法)にもとづいて運営されています。これこそが、私たちのアイデンティティーであり拠り所であると思っています。労金は、1950年に兵庫と岡山で誕生しています。その後、1953年に労金法が制定されました。労金の目的は、労金法の第1条にありますように、①労働金庫制度の確立を行うこと、②労働組合、消費生活協同組合その他労働者の団体が行う福利共済活動のための金融の円滑化を行うことで、要は、労働組合活動や、生活協同組合の活動を金融面から支えなければならないということです。それと、③活動の健全な発達の促進と労働者の経済的地位の向上です。この3つが、私たちの活動の目的です。

(3)労金の原則
  労金法第5条に、「営利を目的としない」「直接奉仕」「会員平等」「事業運営についての政治的中立」といったことを原則として掲げています。
  「営利を目的としない」ということをつい「非営利」といってしまうのですが、労金は非営利ということではありません。非営利というのは、稼いではいけないということではなく、得た利益を配分してはいけないということです。労金は、出資者である会員に対して、若干の出資配当をしています。しかし、「営利を目的としない」ということでは、まさに非営利の金融機関と思っています。
  労金は、この営利を目的としない非営利ということを念頭に置いて、出資配当ではなくて、利用配当を重視する方針へシフトしています。利用配当というのは何かと言いますと、利用高において利益を配分するものですから、私どもの言い方で言うと、金利の事後調整ということです。つまり、後で説明する「直接奉仕」に通じるものです。そういうことで、非営利を貫いていこうとしています。 
  「直接奉仕」というのは、事業をして儲けた利益を配分するような形での奉仕ではなくて、より良いサービスを、よりよい金利で奉仕をしようということです。
  「会員平等」というのは、会員の立場、政治的信条とかいったことで労金への加入を認めないということはしないということです。あるいは、ある会員に金利を高くし、ある会員には金利を低くするということはしないということでもあります。
  「事業運営についての政治的中立」というのは、社会では、個人・法人含めて政治に無関係ということはあり得ません。ですから、労金が直接奉仕をするにあたって、会員の政治的立場などによって、労金への加入を拒んだりしてはいけないということです。

(4)労金の業務
  私どもの構成メンバーですが、労働組合、消費生活協同組合、公務員の団体と、その他労働者の団体です。場合によっては個人でも加入できます。
  労金法第58条には労金の業務が書いてあります。主に「預金」「貸付」「手形の割引」ですが、面白いことに、他の金融機関というのは、この3つのうちどれかをやっていればいいことになっています。しかし、労金はこの3つをセットでやらなければいけないという法律になっています。なぜかというと、労金の目的は「労働者の経済的地位の向上を目指さなければいけない」となっています。ですから、「預かって、しっかり貸しなさい」ということまで定められているわけです。
  「ろうきんの理念」は、労金法をきれいに成文化したものです。1997年に労金協会の理事会で確認し、全国の労金がこの理念に基づいて業務をしています。

(5)労金と銀行の違い
  労金は、労金法に基づく協同組織の金融機関で、銀行のように株式会社ではありません。株式会社の組織というのは、経営者、社員、株主、取引先・お客様などいろんなステークホルダーのうち、株主の存在が非常に大きな位置を占めます。こういう金融商品を作りたいと言っても、儲からないから駄目だと株主から言われればその商品は出せません。それに対して労金は、直接奉仕の原則で、利用する人と出資する人がイコールですから、どちらかの意見に偏ることはありません。
  また、私どもの主な出資者は労働組合、生協というように、団体になっています。いわゆる団体主義をとっています。出資金は、各団体の規模や財政状況などに応じていただいております。多額の出資金をいただいている場合もあれば、1口1000円の出資金に留まっている場合もあります。そういった出資金の多寡の違いはあっても、公正に民主的な運営をするために、一会員一票制で運営しています。

(6)労金が行う生活福祉金融について
①融資
  お金というのは、いいところもありますが、間違った使い方をすると大変な凶器にもなります。労金で、事例集を載せた『マネートラブルにかつ!』というパンフレットを作っていますので、後で精読していただきたいと思います。
  では、労金が取り組んでいる生活福祉金融について、いくつか紹介します。まず、「勤労者生活支援特別融資制度」というのがあります。これは今、政府が言っている融資の返済猶予の仕組みです。他の業態では、取り扱いにあたって、いろいろ問題があるようですが、労金では既に10年前からやっていて、別に何の問題もなくやっています。
  次に、多重債務や過剰債務整理に向けた相談・融資です。私どもは、多重債務者の救済運動にはずいぶん前から取り組んでいます。
  それと、「日本学生支援機構奨学生入学ローン」もやっています。奨学生に決まっても、実際に支給されるのは、入学後、春を過ぎてからということになっています。そこで、文部科学省から相談があり、労金で奨学金が支給されるまでのつなぎの融資を出す仕組みを作っています。
  また、「就職安定資金融資」「訓練・生活支援資金支援融資」にも取り組んでいます。2008年12月から厚生労働省の要請を受けてやっているものです。家を失って、職を失った人に金を貸すという、融資の概念には全然当てはまらない融資ですが、この10カ月間で1万1000件、82億円の融資をしています。
  それから、「きょうと市民活動応援提携融資」という事業をおこなっています。京都労福協の財源を活用し、NPOを起こしたいという方々に資金を提供しています。

②預金
  1995年に、震災遺児支援定期預金「応援30」の取り組みを全国でおこないました。これは、1995年1月に阪神大震災が発生し、同年3月にあしなが育英会が204世帯を調査したところ、500人余りの震災遺児がいるという発表をしました。それを受けて、労金では、1年定期預金をベースに、その満期利息の30%を預金者からあしなが育英会へ寄付する仕組みの商品を作りました。利息の30%で震災遺児の進学を応援しようということで、「応援30」(エール30)というネーミングにしました。
  1995年の3月から8月までの5か月間取り組みをおこないましたが、会員からの「もっと長くやってほしい」という声を受けて、6か月間、9月までやりました。目標は300億円ということでしたが、最終的には500億円の預金が集まり、預金者から1億2800万円、全国の労金と労金連合会、労金協会から1億500万円、合計2億3,000万円を、あしなが育英会に震災遺児のための育英資金として寄付させてもらいました。

③その他
  その他には、財形貯蓄制度の改善、貸金業法改正、割販法改正に向けた運動への参加です。財形制度の改善というのは、昔からおこなっています。皆さんが社会に出て、会社に入ると、「財形に入りませんか」と声をかけられると思います。これは給料からの天引きで、知らないうちに預金の残高が増え財産の形成が図られるという仕組みです。勤労者にだけ認められた特典です。
  一般財形、財形住宅、財形年金の3制度がありまして、財形住宅と財形年金は、一定の目的にかなった使い方をすれば利息は非課税になります。私どもは、財形取り扱いではトップシェアの金融機関で、310万口座3兆8,000億円ほど残高があります。ですから、その社会的な責任ということで、勤労者のためになるように制度を改善していく取り組みをおこなっています。
  以上が、私ども労金の説明です。今、覚えていただけなくても、いつか社会に出た時に「労金」という金融機関があったな、とぜひ思い出してほしいと思います。

3.わが国の金融機関

(1)金融業態のそれぞれの役割と特徴①
  我が国の金融機関の外面的なところを少し説明します。日本金融通信社(ニッキン)という金融専門紙で、つい最近、2009年8月末現在の業態別の金融機関数が発表されています。それを見ますと、都市銀行、地方銀行、第二地方銀行、その他銀行、信金、信組、農協、労金と約1300の金融機関があります。労金は、信金、信組、農協とともに協同組織グループの中に入っていて、全国に13の金庫があります。
  それぞれの業態の役割と特徴ですが、まず都銀と信託銀行は、大都市に本店を置き、全国の都市部を中心に事業を展開しています。個人、企業から資金を調達して、大企業へ融資するのが基本的な仕事です。
  地銀と第二地銀は、主に県庁所在地の地方都市に本店を置き、都道府県内およびその周辺地域を中心に事業を展開しています。地域の企業、個人から資金を調達して地域の企業へ融資するのが基本的な仕事です。
  信金は、各地に本店を置き、その周辺地域から県域を中心に事業展開しています。業態としての資金量は、都銀グループの半分くらいの規模です。中小零細企業に融資するのが基本的な仕事です。その中央機関として、信用中央金庫があります。
  農協(JA)は、預金規模はずいぶん小さくなりますが、各地に本店を置き、その周辺地域で事業展開をしています。組合員である農業者と農業者以外の准組合員から資金を調達し、融資するのが基本となっています。都道府県ごとに信用農業協同組合連合会があり、その上に農林中央金庫という政府が出資をしている系統金融機関があって、三層構造になっています。

(2)金融業態のそれぞれの役割と特徴②
  次に、協同組織機関の源流ともいえる信組です。これは、地域型、業域型、職域型の3つに大別されます。
  地域型というのは、信金が対象とするよりもさらに小さい事業主を対象としています。業域型は、医者とか、青果商とか、出版等の特定の業種でつくっている信組です。珍しいところでは、銭湯の信組というのもあります。職域型は、特定の会社のなかで社員同士が助け合いのために作っている信組です。労金と非常によく似た組織で、警察、消防、市役所、県庁などの職場に設立されているケースが結構あります。新潟には、JRの社員で作っている新潟鉄道信組があります。先ほど農協のところで説明した農林中金ですが、農林中金の職員は、農業者でないので、農協からはお金が借りられません。ですから、甲子信組というのを作っています。中央機関としては、全国信用協同組合連合会があります。
  次に私ども労金ですが、北海道稚内から、沖縄県八重山諸島まで660余りの支店で展開しています。職域型信組と労金の違いですが、労金は、職域を特定していません。職場を越えて助け合いをしています。それに対して、職域型信組は、一つの事業所のなかでお互いに助け合いをしているということです。
  アメリカにも日本の信組と似た金融機関があります。その約3割が地域に根ざしたもので、3割が職域に根差したもの、3割が複数の職域を対象にする複合職域型ということになっています。一番大きな信組は海軍の信組で、3兆円規模の預金高があります。
  アメリカの銀行は、口座を開設すると口座手数料を徴収します。ですから、お金がない人は口座を作れません。そこで、信組では口座手数料をとらないようなビジネス・モデルを作り、銀行とは違うビジネス・モデルで事業をおこなっています。欧米、韓国や台湾をはじめとしたアジアなどキリスト教が根付いている地域では、ボランティア精神が非常に定着していて、キリスト教思想に基づく助け合いの金融機関というのがたくさんあります。

(3)わが国の主要金融機関の資金量
  日本の金融機関でもっとも資金量が多いのはゆうちょ銀行です。労金は、全国に13金庫があるのですが、この13金庫と労金連合会が全国合併しようではないかという検討をしています。もし13金庫が合併して“日本労働金庫”ができますと、全国でだいたい12位か11位くらいになるかなと考えています。現在の個別金庫の資金量による順位は、中央労金が32位で4兆3000億円、労金のセントラルバンクの労金連合会は36位で4兆円です。規模が一番小さい沖縄労金は316位で、資金量は約2000億円です。

4.金融機関で働くということ

(1)社会参加と働くこと⇔心の豊かさを得ること
  次に、金融機関を内側から見ていただこうと思います。まず、社会で働くこと、参加するということですが、こういったことの意義は、最終的には心の豊かさを得るということではないかと私は思っています。体や心が満たされない自己実現というものは、あり得ないのではないかなと思っています。そんな問題意識から、話を進めたいと思っています。
  金融機関は、預かった人のお金を世の中に回して、そこからの利息を得るということの意味においては、虚業といわれるかもしれません。しかし、マズローの法則でいうところの4段階目の尊敬・承認欲求、あるいは5段階目の自己実現欲求といったことを満たしうる職場の一つなのではないかと、私自身25年以上働いてきて感じています。
  金融機関では、どんなことが自己実現に結び付くのか、満足感が得られるのか。私ども労金では、「人々の夢や喜びの創造と実現の一助となる」ことを理念として掲げています。また事業の一つである「企業家のイノベーションを支える」ということでは、企業を起業として捉え、NPOを立ち上げた人に融資をしています。こういったことを通じて、自己実現、満足感に結びつけることができるのではないかな、と思います。それと、経済の活性化、地域の活性化にも、労金は寄与していると思いますし、持続可能な社会の発展に寄与していると思っています。
  都銀に行けば、都銀での働きがいというものがいくらでもあると思いますし、地銀に入れば、地域に密着したいろいろなことができると思います。

(2)金融機関での働き方・生き方
①処遇・賃金・雇用
  皆さんの中にも金融機関への就職をめざしている人もいるだろうし、結果的に就職する人もいると思うのですが、入る際には、いろいろなことに気を付けてもらいたいと思います。金融機関というのは、はたから見るほど美しく、スマートに仕事ができるわけではありません。外回りの営業などというと、夏は汗だくで、冬は寒い中を歩き回らなければいけません。企画や法務業務も寝食を犠牲にして、マズローの言う生理的な欲求、安全欲求もないような働き方をすることもあります。そうなると、自己実現どころではなくなるわけです。ですから、金融機関への就職を選ぶときには、次の観点からみるといいのではないかと思います。
  展開、取引先、組織形態、組織規模です。これらは、非常に関連性があります。都銀ですと、グローバルな業務展開をおこない、取引先は法人で、形態は営利法人で大規模です。労金ですと、地方銀行程度の規模で、取引先は個人で、非営利ということになります。そんなところを皆さんはよく研究をして、就職活動にあたってもらいたいと思います。
  また、採用区分というのがあります。金融機関というのは、大きなところへいけばいくほど採用時に職種を分けています。総合職・一般職・契約社員といった具合です。たとえば、一般職は総合職より就職しやすいでしょう。ただ、入ったあとの処遇が全然違います。ですから、自分の適性に合うところを選んでほしいと思います。
  賃金は、各金融機関によって、成果主義重視だったり、年功序列的だったりします。メーカーやサービス業は、今、成果主義に走っていますけれども、金融機関は意外と古風なところがあります。もちろん、ノルマをある程度達成しなければ、給料も職位もあがりませんが、他の産業と比べ、属人的な給与が厚いほうではないかなと感覚的に思います。
  それと雇用ですが、転職前提か、終身雇用前提か、どちらを重視するかということになります。昔は大きな金融機関に行きますと、50歳にもなると、取引先の企業に出されるということがありました。けれども、今は取引先企業との株の持ち合いも少なくなり、そうした人事も少なくなっています。労金は、60歳定年ですが、雇用延長で65歳まで仕事ができる仕組みができています。

②労使関係
  そして、一番大事なのは、健全な労使関係があることです。健全な労使関係というのは、お互い労使同士が言いたいことを言い合える、協議して、そこから解決が導けるような関係があるような職場だと思います。労使とも、そこに働く労働者、組合員の立場で考えることができる関係ではないかなと思います。
  また、労働組合が経営に対して、チェッカーとしての役割を果たしているかということだと思います。大手の銀行をはじめ証券会社、保険会社が、この間経営破たんするケースがありました。そういう銀行に健全な労使関係があったのでしょうか。労働組合がチェッカーとしての役割を果たしていたのでしょうか。法令違反があれば、当事者や労働組合が気付くはずです。それを止められず、経営を暴走させてしまったのは、労働組合がチェッカーとしての役割を果たしていなかったということではないか、と思います。また過労死があるような職場というのは、明らかに労使関係は健全ではないと思います。
  さらに、職場で従業員の過半数を組織している組合があるか、ないかということです。形だけあっても従業員の過半数を組織していないような労働組合では、職場の改善はなかなかできないと思います。

(3)法令遵守の重要性
  金融機関は、法令遵守を最重要課題としています。だから、法律ができればすぐに制度を作ります。制度を見れば、豊富な制度がそろっているのではないかと思います。法律に従い、あるいは法律を超えて、ありとあらゆる手厚い制度を作っています。研修や教育も嫌になるほどやらされます。でも重要なのは、制度があることではなくて、制度の運用だと思います。
  制度の運用を阻害する要素に、不文律があげられます。たとえば、実際に、総合職で大量に採用して、早く管理職に登用してしまって、多数派を労働組合員にさせないということを平気でやっています。
  処遇・労働条件の幅というのは広いのですが、制度があっても利用できない、させないということがあります。現実の問題として残業問題があると思います。皆さんも就職すると残業問題に直面すると思います。日本の社会は、この残業問題にはルーズです。ただし、この頃は、行政の指導などもありまして、残業の管理が厳しくなってきています。それでも、違反行為が発覚し、指導される事実があります。こういうことがある職場というのは、制度があってもなかなか動いていないのかなと思っています。欠かせない要素としては、労働組合による積極的な関与と労使による職場づくりだと思います。

(4)人材育成と登用
  私自身の経歴を、金融機関の一般的なキャリアの流れに照らしあわせてみます。22歳で大学を出て労金に就職し、財形貯蓄の事務を2年くらい担当し、伝票やデータ入力をしました。そのあとは、システム設計の部門に行き、そこで会員労働組合や企業を窓口にシステム条件を組み立てるための交渉などをやりました。29歳になって賃金は増えませんでしたが、主任の役職がつきました。38歳で部長代理、40歳で次長、次長からいわゆる管理職となります。そして、41歳で連合に出向、その後に労金に戻り、46歳で部長になっています。
  この後は、通常であれば、そのまま60歳まで在籍することともありますが、だいたい55歳くらいになると、いわゆる「肩たたき」にあいます。若い人に道を譲れということで、アドバイスや特命の業務に回ることが多々あります。
  余談ですが、私は40歳で管理職になったのち、41歳で連合に出向になりました。その時に労働組合から、「不当労働行為ではないか」という指摘を受けました。すなわち、管理職が職場の労働組合の上部団体に出向するとは何事かという指摘です。このようなことを率直に言えるのが、健全な労使関係だと思います。この時は、労働組合とも調整して、連合に出向しました。それ以降は、労働組合の意向を汲んで、労金の管理職ではなく組合員が出向しています。

(5)賃金のイメージ
  金融機関は非常に閉鎖的な業界で、賃金水準や賃金体系等は公開していません。しかし、いろいろな資料を引用してまとめてみました。まず、年齢別・総合職・一般職別の賃金ですが、一般職というのは、政策決定にはあまり関与させてもらえません。総合職というのは最終的には幹部候補生のような形で入ります。これらの間には、賃金の格差があります。とりわけ総合職の賃金は高くなっているので、金融機関はあまり公表していません。50歳で部長職になっていれば、少なくとも1500万円以上の収入はあるのではないかと思います。労金はそんなにもらえません。
  次に男性の役職別・年齢別賃金です。女性の統計はありません。女性の総合職1期生がそろそろ部課長になるころなのですが、残念ながらデータがありません。
  面白いのは、部長のクラスのところを見ると、やたら30~34歳が高くなっています。通常は、地銀でも30代の管理職はいません。早くても、40歳程度です。で、これはどういうことなのかというと、たとえば外資系の金融機関ですと、抜擢人事で若い人を幹部候補生として賃金を上げることがあります。サンプルが少ないことに加え、極端に高い賃金を支払うため、こういう結果になるのではないかなと思います。
  課長職は、30歳以降、賃金カーブはなだらかです。60歳を過ぎると、どうしても水準が下がります。部長職は年功を積み上げてきた普通の方が徐々に増えるからでしょうか、だんだん水準が下がるカーブを描いています。
  金融機関の業態別賃金をみると、労金を就職先に考えない人が出てしまうかもしれません。営利を目的としない協同組織金融に比べ、営利目的の銀行の賃金はどうしても高くなります。

(6)金融機関賃金ランキング
  2009年8月号に掲載されたニッキンの賃金ランキングをみると、これも一見おかしなデータになっています。破綻した長銀と日債銀の後を継いだ、あおぞら銀行が1位、新生銀行が2位になっています。これも次のような理屈がつきます。この2つは、少ない店舗網でいわゆる個人リテールではなく、法人営業をやっています。そして、どちらかというと一般職はあまり採用せず、総合職ばかり採用しています。ですから、賃金だけを数字に表すと、どうしても水準が高くなってしまうのだと思います。外資系の東京スター銀行や、有力地方銀行である静岡銀行や、七十七銀行といったところは、当然ベスト10に入るくらいの賃金は支払われていると思います。

5.最後に

 これがお伝えしたいことの3つ目です。私はこの歳になっても、大学時代の友達をとても頼りにしています。皆さんも、いろんな友達をつくっていると思いますが、とりわけ埼玉大学は総合大学ですから、自分とは違う学部の人と知り合うこともできます。ぜひ、いろいろな分野で、多くの友達を得て下さい。
  そして、これは人生の先輩としてアドバイスしておきたいと思います。お金というのは、運用も、借りるのも、稼ぐのも十分慎重にしてください。また、就職するのも、賃金が高いというだけの理由で入ると、後で火傷を負うことになります。
  それと、仕事1本で自己実現しようというのが一番美しいのですが、なかなかそうもいきません。人生いろいろあります。ぜひ、総合職で金融機関に入っても、労働組合活動には参加していただきたいと思います。そして、地域・家庭では、いいお父さん、いいお母さん、よい男性、よい女性であってほしいと思います。そのなかで、社会活動、ボランティアといったことに、積極的に参画されたらいいのではないかなと思います。私自身いろいろな活動をやるように努めており、仕事に役立つこともあるし、心和むこともあります。 
  そのように、社会運動に多くの労働者が参画すれば、いつかは社会を変えられるのではないかなと考えています。これが最後に言いたかったことです。ご清聴ありがとうございました。


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