埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度後期「働くということを考える」講義要録

第2回(10/14)

雇用危機について考える
―①自動車産業職場の取り組み―

ゲストスピーカー:高倉 明(日産労連会長)

1.はじめに:現在の状況

 皆さんは、労働組合というと、どんなイメージをもたれていますか。たぶんあまりよいイメージをもたれてはいないのではないでしょうか。鉢巻を巻いてシュプレヒコールをあげる、いわゆる反対勢力のようなイメージがあるかもしれません。たしかに、そういう組合もありますが、我々連合系の組合は全くスタンスが違います。私の講義の後にも、労働組合の役員10人程度から、労働組合がどういう活動をしているかという説明があると思います。その中で、「こういうこともやっているのか」と感じていただければ幸いです。
  今、未曾有の経済危機だといわれています。とにかくとんでもないことが起きています。この状況を生み出したのは、アメリカ発の市場原理主義が、あたかもグローバルスタンダードであるかのように、世界中がその風潮にのっかってしまったことが大きな要因といえます。そのおかげで、世界中で失業率が上昇し、経済が崩壊していきました。日本でも少し前に、商品の偽装や捏造等の社会的問題が頻発しました。わかりやすく言えば、「自分さえよければいい」という考え方が世界中に広まって、いろいろな問題を引き起こしているということだと思います。
  この市場原理主義がもっている本質的な欠陥の一つは、労働者を苦しめるということです。たとえば、グローバルスタンダードの影響で、日本においても大企業や上場企業は、3ヶ月に1度決算を発表するようになりました。これは株主に対して情報開示を正確に行なって、株主を保護するということで行なわれているものです。こうなってくると、経営者は、短期的に利益を出すようにしなければならないわけです。以前は、1年ないし半年に1回の決算発表だったので、その間で調整すればよかったのですが、3か月ごとに一定の利益をあげていかなければならなくなったわけです。そこで、企業は、雇用が流動的で簡単に雇用契約を打ち切りやすい派遣労働者をどんどん使うようになりました。また、労務費や福利厚生費を削減する等のいろんなことをやりながら、短期的に収益を上げるという方法がとられるなど、労働者に犠牲を強いるような意思決定が行われるようになってきました。
  そして、昨年の9月15日にリーマンブラザーズが倒産して、GM、クライスラーが経営破たんしました。今、アメリカでも大変な失業問題が起こっています。アメリカだけでなく、世界各国で雇用問題が発生しています。日本の自動車産業においても、急激な生産台数の減産が実施され、これまでの半分くらいの水準にまで落ち込み、深刻な雇用危機に直面しています。では、こういった状況下において、労働組合はどんなことをしているのか、我々のやってきた活動について紹介したいと思います。

2.日産労連の紹介

 日産労連は1955年に設立されました。現在、404労組が加盟しており、組織人員は約15万1000名です。ピークは1993年で、約23万名いました。
  日産労連の特徴の一つは、日産とは資本の関係がない、または取引がない企業も日産労連に加盟をしていることです。そのため、日産労連の正式名称は、「全日産・一般業種労働組合連合会」といいます。最大労組は、日産自動車労働組合で約3万名います。そして、日産労連のうち9割が、従業員500名以下の組合です。中には100名以下という規模の小さい組合も多数加盟しています。
  日産労連の特徴的な活動として、福祉活動があります。組合員から毎月、組合費とは別に100円を徴収し、それを福祉活動にあてています。具体的な活動内容を紹介すると、劇団四季と一緒に毎年全国を巡り、ハンディキャップを持った子供たちと、そのご家族を公演に招待しています。35年間続いている活動で、すでに100万名を超える方々を招待しました。
  また、組合共済においては、生活保障だけでなく、メンタルヘルスや法律相談などについて、弁護士や専門家による無料の相談ができるようなサービスをしています。これも珍しいと思いますが、葬式が本人・配偶者・子供については無料でできるような福利厚生もあります。
  さらに、エルダークラブというのがあります。これは、職場で長年にわたり頑張ってこられた先輩の皆さんに、定年退職後も多くの仲間とともに生きがいをもって生活してもらうことを目的とし、各種共済や趣味・娯楽活動を実施しています。メンバーは約2万5千名で、定年後にも同じ釜の飯を食った者同士で集まってなんかやろうよ、という活動です。
  それぞれの地域に根差した活動ということでは、ふれあい訪問活動ということも行なっています。これは、なかなか行事に参加できない仲間も含め、全ての会員の家を訪問して、コミュニケーションをはかろうというものです。
  次に、日産労連の上部団体である自動車総連についてもご紹介します。1972年に結成されて、1120の組合で組織されています。日産労連と同じように、トヨタ、ホンダなども連合体を組織し、自動車総連に加盟しています。
  自動車総連は連合を経由して、ITUC(国際労働組合総連合)に加盟をしています。また、国際産業別組織でみると、金属関係の組合IMF-JCとも連携しています。さらに、販売・流通の関係では、サービス・流通産業の国際労働組織であるUNIにも加盟しています。

3.日本の自動車産業におけるグローバル化の歴史

(1)自動車産業初期~戦前
  最初の自動車は、今から240年前に、フランスで蒸気自動車が世界で初めて造られました。現在のようにガソリンで動く自動車は、ドイツで1886年に造られました。そして、1903年にフォード社が設立され、1908年にT型車を発売しました。ですから、昨年はフォードが大量生産でT型車を造ってから丁度100年という記念すべき年だったわけです。その記念すべき年に、未曾有の経済危機という大きなことが起きたということです。
  1932年に、日本は自動車部品の輸入関税の引き上げを行ないました。国産化政策あるいは保護主義政策といわれますが、いわゆる保護主義の貿易で日本の産業を守る、要するに輸入を規制して、国産化を推進していくことが行なわれていました。1933年に日産が、1937年にはトヨタが設立されました。日産の前身は鋳物屋で、トヨタは紡織機です。日産は、第2次世界大戦までは、三井とか住友といった財閥に対抗するためにつくった、日本産業コンツェルンの一員でした。

(2)戦後~1960年代
  戦後、GHQの統制のもとで、トラックおよび乗用車の製造が始まりました。1952年には、イギリスのオースチンと技術提携しました。当時日本は、技術レベルが低く、欧米からその技術を取り入れようと、技術提携をどんどん進めていった時代です。そして、1950年代には、トラックを中心に輸出が始まりました。
  1955年には、国民車の育成が行なわれました。当時の国民車というのは、最高速度100キロ以上、乗車定員4人または2人、100キロ以上の荷物が積め、大修理しなくて10万キロ以上を走る車というのが国民車の定義でした。
  1960年代に入ると、モータリーゼーションの開花です。日産は、生産規模がどんどん拡大し、1966年になると大衆車サニーを発売しました。2ドアセダンのみで、41万円でした。今は、サニーという車はありませんが、現在、サニーと同クラスの車の価格は約150万円と約3倍です。車の価格がそんなに上がっていないということが、大卒の初任給を見るとわかります。当時の大卒の初任給は約2万2000円で、現在では、約18万円です。給料は当時と比較し8倍になっていますが、車は3倍ほどです。

(3)1960年代後半~1980年代
  1969年になりますと、日本は自動車の資本自由化をしました。そこから、外国企業との資本提携が加速しました。1971年には、米国がドル防衛を目的とする新経済政策を発表しました。10%の輸入課徴金は撤廃されたものの、円がドルに対して17%弱も切り上げられました。さらに、米国の国際収支はインフレが進行したということもあって大幅な赤字が続き、第2次通貨調整でドルが10%切り下げられました。つまり、更に円が上がったということです。
  1980年代に入ると、第2次石油ショックがおきました。それでガソリン価格が上昇し、燃費のいい車を米国の国民が買うようになりました。日本の車がどんどん売れるようになり、日米間で非常にぎくしゃくした関係が起こりました。要するに、米国にしてみると、日本からどんどん安い車が流れてきて、米国の雇用が失われていったわけです。そこで、日本と米国の自動車労組の間で、米国に日本の自動車工場を建設し、米国の雇用問題を回復させるということについて、話し合いが行なわれました。
  そして、日産は1983年、トヨタは1984年、マツダと三菱は1985年に米国での車両生産工場が稼動しました。現在では、25の日本の工場があります。そのなかで問題なのは、25の工場のうち労働組合がある工場は3つしかないことです。そのため、米国内の日系自動車工場の組織化に向けた話し合いも行なってきたところです。
  1981年には、米国向け乗用車・輸出自主規制が行なわれました。また、1985年にはプラザ合意が結ばれたため、円高がかなり進みました。1ドル240円から120円になったため、自動車の価格も2倍になるという最悪なことが起こりました。

(4)1990年代~現在
  1996年になると、フォードがマツダの持ち株比率を33.4%に拡大しました。日本の自動車会社が初めて海外資本の傘下に入ったということになります。ただし、現在は、13.8%まで出資比率は下がっています。1998年には、ダイムラー・ベンツとクライスラーが合併をしましたが、2007年に解消しました。そして、1999年に、日産とルノーが資本提携し、相互に株式を保有しています。日産労連に加盟している日産ディーゼルも、2007年にボルボの完全子会社となりました。
  今年、GMとクライスラーが経営破たんしました。今、GMはどうなっているかというと、米国政府が60%、カナダ政府が12%というように、米国とカナダの政府が大株主となっています。一方クライスラーは、UAWが60%の株を持っています。労働組合がクライスラーの株の大半を持っているということです。日本では考えられないことが米国ではおきています。

4.グル―バル化の中での日産労連の対応

(1)ルノーとの提携における対応
  自動車の世界販売台数は年間6700万台です。その中で日本の自動車の生産台数は、海外と国内を合わせて2300万台です。つまり、全世界で3台に1台は日本車ということで、自動車は、まさにグローバルな産業となっています。日産は、輸出→技術提携→現地生産→ルノーとの資本提携という流れをたどってきて、今は、企業自体が資本上では外国の企業になっています。昔は、日本の企業において、上司が外国人などということはなかったのですが、今はこういうことが普通になってきているという状況です。
  1998年当時日産は、売上高6兆円に対して2兆円超の有利子負債を抱え、格付け会社から、投資不適格というランクに下げられました。そうなると、日産は危ないということで、資金を市場から調達できなくなります。銀行も貸さない、市場からも調達できない。そのため、資金を出してくれるところを探したわけです。そして、提携条件の一番合ったルノーと一緒になったということです。
  そして、1999年の10月にフランスのルノーから、カルロス・ゴーンという人を新社長として迎えて、日産リバイバルプランが始まりました。当時は、新聞各紙の一面に「日産、フランスのルノーと提携をして、2万1000名の首切り」と書かれました。人員削減目標を2万1000名としたというのは事実です。ただし、一人も首は切っていません。他の工場に異動したりして、全て雇用は確保しました。これを機に辞めようという人はいましたが、辞めたくないのに辞めさせられたという人は、一人もいないということです。
  当時私は日産労組にいましたが、工場閉鎖に伴い、他の工場へ異動ができない人のために、工場内に一部仕事を残すことなどについても、会社と交渉したりもしました。
  ゴーン氏が来たときに労組としての3つの要請事項を会社に提出しました。1つ目は、工場閉鎖も含めた事業構造改革についての明確な目標の設定と、全ての組合員・従業員による、その目標の共有化を図ること。2つ目は、その目標の達成に関する責任の所在を明確にすること。3つ目は、雇用や労働条件に関するあらゆる意思決定については、組合との事前の労使協議に基づいて行なうことです。これらの要請事項は、その時も、その後現在に至るまで、会社はしっかり守っています。
  ここで、日産がどうしてルノーと一緒になったのか説明しておきます。実は、日産は、ルノーの他にも、複数の自動車メーカーとの提携も考えていました。ルノーをパートナーとして選んだ一番大きな理由は、販売地域でお互いに競合しないということでした。日産が強い地域にはルノーが進出していない、ルノーが強い地域には日産が進出していないということでした。また、両者の弱点を相互補完できることや、部品の共同購買によるコストメリットなどが、ルノーを提携先に選んだ最大の理由でした。
  その後、健全な労使関係をベースに、労使が真剣に向き合って日産の改革を進めていきました。

(2)グローバル化に向けた対応
  グローバル化・ボーダレス化が進展する現在においては、労働組合もグローバルな視点をもって、国際的な連携を進めていくことが重要です。1973年以降、IMF(国際金属労連)の関係で、全世界の日産車の製造、そして販売部門も含めて、現地の労働組合の人を一堂に会して、情報交換を実施しています。今では、IMF・日産世界自動車協議会は行なっていませんが、日産ワールドジョイントセミナーという形で、10カ国、30名程度の方を2年に1回集めて連携を図っています。
  現在、全世界での1年間の自動車販売台数は6700万台です。しかし、生産能力については、約9500万台といわれています。中国はじめBRICS諸国での生産が急増しているので、1億台近い生産能力があるはずです。生産能力は約1億台なのに、約6000万台しか販売がないわけです。ということになると、どこで造るか、世界中で取り合いになるわけです。ですから、国際連帯ということが非常に大切になってきます。一国だけではなく、各国で連携を密に図っていかなければ、企業の健全な発展は難しいという状況があります。

5.現在の自動車産業の状況

 1990年~2008年の自動車産業の動向をみると、ピークは1990年で、生産台数は1350万台です。それからずっと下がってきて、今年の1月~8月までで対前年比41.5%のマイナスです。ですから、この状態でいくと、2009年は1000万台を割ることになります。1000万台というのは大事な数字です。なぜならば、自動車は非常に裾野が広い産業だからです。部品をつくる会社、輸送をする会社、ガソリンスタンドもあるし、カー用品の販売会社など広い範囲にわたっています。だから、1000万台は車を造って売らないと、なかなか裾野全体に波及していかないわけです。しかし、残念ながら今年は、大幅に下回ると思っています。
  次に、国内販売を見ると、こちらも1990年からずっと減少しています。輸出は、過去最高を2008年に記録しましたが、今年は8月までで55.7%のマイナスです。輸出が伸びないと、国内の生産台数も増えません。国内の販売台数は頭打ちで、これが勢いよく伸びることはもうないと思われますから、輸出をある程度確保しないと、1000万台の生産台数が確保できないということになります。
  また、自動車製造12社の従業員数の推移をみると、2003年まで大幅に減っていき、2003年を過ぎてまた増えてきています。これは、今話題になっている非正規労働者が増加したためで、正規従業員の数だけで見ると減っています。
  2008年と2009年の経済指標と自動車産業を比較してみると、両方とも軒並み前年を下回っていますが、国内での販売台数だけは4.5%増加しています。これは、今政府がおこなっているエコカーに対する補助金・減税の影響です。これは、ずっと続く施策ではありませんから、今後の減少が心配されます。

6.国内市場の活性化に向けた取り組み

 労働組合では、雇用問題を未然に防ぐためには、国内市場を活性化していくことが大切だと考え、それに向けた活動をしています。雇用問題を未然に防ぐために、販売・生産を増やして、雇用を維持・創出するという取り組みです。
  今の40~50代の人が大学生だった頃は、自動車に対する興味・関心がかなり高かったのですが、今の大学生はあまり興味・関心がないということが、データで明らかになっています。20~29歳の人の購買志向の変化をみても、自動車にお金をかけている人の割合は、1992年から減ってきています。また、これは、人口が減ってきているということもありますが、運転免許取得者の人数も徐々に減ってきているということです。
  こういう結果を踏まえて、市場活性化をするためには、「車に乗りやすい社会をつくる」、「車の魅力を伝えていく」、「自動車産業の魅力を高める」、これらを3本柱にして、活動を進めているところです。

(1)自動車関係諸税の見直し
  具体的な活動として、自動車関係諸税の見直しがあります。自動車は、購入する時だけでなく、走っている時も保有するにも、かなりの税金がかかっています。これは非常に複雑な仕組みなのですが、国際比較をしてみても日本はかなり高くなっています。
  たとえば、取得段階のときに、取得税と消費税の2つがかかります。1989年に日本で消費税を導入したとき、物品税というような贅沢品にかかる税金は全部なくなりましたが、自動車だけはこれが残っています。
  おまけに道路整備ということで、本則税率のほかに暫定税率がかかるという仕組みがあります。しかし、小泉内閣のときに、道路を整備するために集めた財源を一般財源に回しました。ということになると、税金を集める根拠というものが全くなくなったわけです。にもかかわらずこのような税の仕組みが温存されてきました。
  それと、今度ガソリンを入れたときにレシートを見て下さい。揮発油税を含んだ価格に消費税がとられています。税金に税金がかかっているということで、とても不合理なことです。このような矛盾の改善を、国や行政へ働きかけています。

(2)地方行政に向けた取り組み
  自動車産業は裾野の広い産業ですから、地方行政にとっても自動車産業が衰退をすると、税収の減少などいろいろ困ることが起きます。だから、車が売れた方がいいということで、地方自治体で、車を購入しやすい施策をたてていただけないかとお願いにいったりもしています。実際に、秋田県、宮城県、岡山県、栃木県の一部の地方自治体では、そういう施策を導入していただきました。

(3)車の魅力を伝える取り組み
  また、車に興味をもってもらうためには、どんなことが必要か、アンケートをとっています。皆さんも意見があればどしどしお寄せください。
  今秋、東京モーターショーが幕張メッセで行なわれます。そこに、自動車総連として初めて出展をします。そこで、木製や紙を使って走る車を子供たちに工作してもらいます。また、本物の車にフィルムをはって、そこにペイントしてもらったりして、子供にも車に興味を持ってもらえるようなものを用意しています。

(4)自動車産業における働き方の改善
  それから大切なのは、自動車産業で働く人たちが、それぞれの仕事や職場に魅力を感じているかということです。残念ながら自動車産業の労働時間は長いです。年間2200時間とか、2300時間とかです。これはなんとかしなければならないと思っています。それと賃金や労働条件といった問題もあります。
  また、自動車産業に関連する産業との連携も大事です。今回、急激な減産が部品メーカーを含めて起こりました。それに対してどんな取り組みを自動車総連がやっているかというと、各メーカーが減産のため臨時休業をすると、部品メーカーは大変です。部品メーカーは1社だけでなく、いろんなところに納めているわけです。休むのだったら一斉に同じ日に休んでほしいわけです。それを統一しようということを各メーカーに要請しました。
  さらに、日産労連では、賃金や一時金の減少により苦しい生活状況にある人たちに対して、生活支援貸付を行なっています。すでに申請額が2億円を突破しています。ただ生活資金をお貸しするだけではなく、労働金庫や他の金融機関とも連携をとりながら、まず労働組合として事情を聞いて、返済に困らないように、負担を軽減するようなアドバイスもしています。

7.雇用問題に向けた取り組み

(1)非正規労働者
  今回の雇用危機によって、製造現場において、派遣労働者は契約期限が到来したらほとんど契約を延長しないことになりました。さきほど説明したとおり、あれだけ生産台数が減少しているのですから、非正規だけでなく正規従業員も仕事がなかったわけです。
  日産栃木工場では大型車を造っていますが、半分以上が米国への輸出であったため、月の半分は休業状態でした。それで、今回、派遣の契約を更新しなかったわけです。一部問題になったのは、契約期間が満了にならないうちに途中で雇止めをしたということです。これは契約違反ですから、社会的に責められても当然です。しかし、契約期限がきたので雇止めをしたというのは、ルール違反ではありません。にもかかわらず、社会的には、今回はこれだけの人が仕事を失ったということで非常に大きな問題となりました。ですから、派遣労働法の見直しが今後国会で行われると思います。
  派遣労働については、いろいろな考え方があると思います。これは、我々も大きく関与している問題です。今回、雇止めが起きた時に、我々労働組合としては、経営に対して、特別慰労金や、帰省費用の特別支給などを要請しました。
  それから、寮を追い出されたということがありましたが、寮の運営は派遣会社に委託しているケースが多く、本来ならば、まずは派遣会社がきちんとした対応を行なうべきです。マスコミは、派遣先の企業が雇い止めをするだけでなく、寮まで追い出したというトーンで報道したのですが、実態は違うということです。
  寮への一時的な入居や、仕事の斡旋などを、労使で実施したりもしました。

(2)ワークシェアリング
  ワークシェアリングについては、いろんな考え方があります。要するに、何のためにワークシェアリングをするのか、誰と誰が仕事を分かち合うのか、分かち合う単位をどうするか、きちんと決めていかなければなりません。たとえば、単位としては、企業の中でやるのか、産業の中でやるのか。それとも社会全体、国を巻き込んでやるのか、ということによって手法が違ってくるわけです。
  今、言われているワークシェアリングというのは、緊急避難的なワークシェアリングです。ですから、我々はワークシェアリングという言い方はしません。「緊急避難的対応」と言っています。大きく需要が減ったので、それに伴う減産、労働時間を短くして失業を発生させないという、緊急避難的な発想です。
  ワークシェアリングでは、雇用を創出しなければいけません。今回は、日本だけでなく、世界的に雇用危機が起こりました。この間、ボルボの工場があるスウェーデンに行ってきました。そこでは従業員を半分解雇していました。しかし、差し迫ったという感じではありませんでした。というのは、国のセーフティネットがしっかりしているからです。だから、ボルボで解雇されても、ちゃんと教育訓練をしたり、生活費の補てんがあったりして、そんなに大変な状況にはならないわけです。
  日本の場合は、失業すると、すぐに失業保険か生活保護ということで、その間の教育訓練や生活費補填、住居手当などのセーフティ-ネットが充分でないことが今回改めてわかりました。今、補正予算をとってやろうとしていますが、いろいろな問題があって実効性があがらないのが現状です。

(3)中小企業支援
  雇用調整助成金という制度があります。これは、企業が、大幅な減産の中、一定の条件をクリアすれば、休業したときに国がある程度賃金を補てんしてくれる制度です。これは、今回多くの企業で使っています。しかし、この制度もいろいろ問題がありますので、そのことを、国に対して要請活動をしているところです。
  そして、中小企業への支援策です。日産労連は中小企業が多いので、このことは重要視していかなければなりません。今の問題は、黒字なのに企業が倒産するということです。すなわち、資金がまわらないため倒産するということです。モラトリアム法案という言い方をしていますが、今後、中小企業に目を向けた施策が出てくると思います。
  また、為替の安定ということが、自動車産業にとっては非常に大きな問題です。たとえば、1円円高になるだけで、日産は120億円損をします。トヨタは350億くらいでしょうか。ですから、急激な為替の変動は、日本にとってマイナス、輸出産業にとって大きなマイナスとなるわけです。ですから、為替をいかに安定させていくかということも大きな政策課題です。こういった要請も労働組合では行なっています。

8.おわりに

 今回、いまだかつて経験をしたことのないような環境が続いているわけですが、日本経済をなんとか回復させなければいけないわけです。今は、年収200万円以下の人が1000万人を超えると言われています。モノを買えるような状態ではなく、格差が広がってきているという非常に大きな問題があります。
  今、民主党を中心とする新しい政権は、内需を拡大させ、消費を回復するためには、中小企業を含めて元気にならなければいけない、みんながモノを買えるような環境にしていかなければいけないと言っています。そういうことを実現してほしいと、今の新しい政権に国民は期待をしているわけです。新政権として、この格差社会をどう是正していくのか、そして内需を拡大できるのか、まさに正念場にきていると考えています。
  労働組合も、ナショナルセンターの連合、自動車総連という産業別組織、そして、日産労連、日産労組といろいろな層があります。それぞれの役割を明確にしながら、相乗効果をあげていく活動をして、組合員だけでなく、働く人たち全てが、安全・安心・安定を実感できるような現場をつくりたいという思いで、いろいろな活動をしているところです。
  これで私の講義は終わります。ありがとうございました。


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