1.はじめに:今日の講義の内容
ご紹介いただいた中嶋と申します。これまでは、国内に向けたジェンダー平等の実現に向けた取り組みについての講義が続いたわけですが、今日はグローバルな観点から話しをしたいと思います。
この3つのフレーズは、今の時代のジェンダー平等を考える場合のキー・フレーズであると私は思っています。今日の私の話しを聞いていただきながら、この3つのキー・フレーズをどこかに意識しておいていただければありがたいと思います。
今日の私の話しの柱は大きくわけて6点です。はじめに、グローバル化についてふれ、現在の状況の中で、ジェンダー平等を考える場合に、グローバル化ということがどういう意味をもっているかということを前提として、その意味を確認していきたいということです。
2点目は、ジェンダー平等に向けたこれまでの取り組みについて少し歴史を遡って紹介をします。3点目は、ディーセント・ワークにむけたジェンダー平等ということです。そもそもジェンダー平等とディーセント・ワークとはどのような関係にあるのか、そのディーセント・ワークとは一体何なのかということを含めて説明をしたいと思います。
そして、先ほどディーセント・ワークがグローバル危機の克服の要石というキー・フレーズとして紹介しましたが、進行している危機と、ジェンダー平等との関係についてみていきます。
最後に、今年開かれた第98回ILO総会で、どういったことが討議され、どういった結論が生み出されたかということを紹介したうえで、それを受けて日本でどういう取り組みが求められるかということについて、問題提起をさせていただきたいと思っています。
2.グローバル化の影響・対応
(1)グローバル化とは何か
まず、グローバル化の影響と対応について話をしたいと思います。グローバリゼーションとインターナショナリゼーション(国際化)がありますが、グローバル化と国際化いうのは違います。国際化は、国民国家の存在を前提にした国と国との関係の緊密化ということですが、グローバル化は、国の存在を超えた現象、つまり国境の壁がどんどん薄く低くなり、人やモノや金が全地球的に高速で移動する現象として捉えることができると思います。
そういう状況の中では、相互依存関係が深化していきます。昨年のリーマン・ブラザーズの破たんを契機とした金融危機がまたたくまに世界中に広がり、実体経済に大きなダメージを与え、雇用危機の深刻な問題につながっていきました。さらに、社会危機にまでに至ることになったスピードを考えますと、依存関係がいかに深まっているか身をもって実感させられます。
この相互依存関係の深化については、経済のデカップリング論というのがあります。非連続性と非連関性ということですが、これは、G7を中心とした先進工業国の経済が少々停滞しても、新興国といわれる中国とかインドとかブラジルとか南アフリカとかの新興国の経済が成長していれば、世界経済全体は成長を続けるという説です。しかし、今回のような瞬時に波及した金融危機による実体経済への影響は、実際にはデカップリング論は成り立たなかったということを明らかにしました。今回の金融危機は、世界各国の実体経済に多大なダメージを与えることになったわけです。
特に、輸出主導の経済ではそのダメージが非常に大きく、日本も輸出主導経済の一つなのですが、アメリカ市場が縮小してしまうと、途端に日本の自動車産業と電機産業の輸出が窮地に追い込まれてしまいました。それにより、関連する産業及び企業に波及するという形で日本経済全体が影響を受け、その結果、雇用も大きく揺らぐことになりました。
皆さんは、学校を卒業したら就職をするということを、当たり前のルートとして考えていると思います。しかし、新卒を採用するという労働市場の在り方は、世界で珍しいことです。日本の企業は、学校を卒業した人を優先的に新規採用する慣行があります。一方、海外では、大学を卒業したばかりの若い人であっても、年をとっている人であっても、企業がその人材を雇って利益があるかという判断のもとに雇われています。そのため、海外のほうが若年失業者の率が高いです。
ただし、日本も例外的に若年労働者の失業が高い時期がありました。いわゆる「失われた10年」といわれている1994年頃からの10年間です。そして、今もそのような状況となっています。来年以降の資料やデータをみて、今の経済は2010年に底落ちして、2011年から上向いてくるという予測をする人がいます。しかし、景気が良くなることと雇用が良くなることとは違います。来年、たとえ景気が良くなったとしても、向こう5、6年は雇用の状況はよくならないと考えられます。
また、男性と女性とで考えた時に、もともと労働市場において、女性は多くの差別を受けていて、男性と比べるとハンディを背負っています。それが、危機が進行する中でさらに悪化するという状況になっています。だから、雇用の状況をよくし、景気を回復するために、ジェンダーの平等の進展ということが、大きな意味をもつという問題意識が高まってきています。
(2)グローバル化における危機への対応
今の危機を克服するためには、G7あるいはロシアを加えたG8の枠組みだけでは無理だということで、危機克服のために12カ国を加えてG20というサミットが、昨年の11月にワシントンで開催されました。そして、今年の4月にロンドンで第2回目が開かれ、9月に第3回目が、ピッツバーグで開かれることになっています。
それだけでなく、今年の3月に労働大臣会談が開かれました。そこでは、G8だけでは雇用労働関係の問題は解決するのは難しく、枠組みを広げようということで6カ国を加えG14としました。アジアからは中国とインド、南米からメキシコとブラジル、そしてアフリカからエジプトと南アフリカが加わり、14の国の労働大臣が雇用と労働関係における問題の早期解決の向けての話し合いが進められています。
それに対して、労働組合もいくつかの提言を行っています。どういう観点で提案をしているかというと、「労働者は仕事のやり場を失っているけれども、今回の危機というのは、全く労働者に責任があるわけではなく、むしろ被害者で、この危機を引き起こしたのは、強欲で無能な金融業と、それを支えた経営の民営化・自由化、労働市場の規制緩和などの政策をとった政府にある。たとえ、景気が回復に向かったとしても、今までのやり方で雇用が回復することはあり得ない。新しい、こういった危機をもたらさないような世界の働きが求められている。ここ20年間、地域格差をもたらしてきた所謂、新自由主義的な政策が抜本的に見直され克服され、人間を最優先する政策決定がなされなければいけない。」というのが、グローバル・ユニオンからの提言です。
しかし、こうした提言に耳を貸さない為政者がいるわけでして、その一人にフランスのサルコジ大統領がいます。その一方で、「メンケル/トレモンティ・イニシアティブの意義」というのがあります。メンケルはドイツの首相、トレモンティはイタリアの金融財政大臣です。2008年のG8で協議をしたメンケルとトレモンティが、WTO、IMF、世界銀行、OECD、ILOの5国際専門機関のトップに呼びかけ、ベルリンで会合しました。そこで、「危機克服には、金融・経済政策にとどまらず、雇用対策をはじめとる社会的側面を重視し、それを政策の基盤にすえるような政策形成の協調と実施を図っていかない限り、今の危機は克服できない」ということを確認しました。
また、アメリカ、イギリスといういわゆるアングロサクソン型の国は、金融の立て直しこそが重要だとし、そのために、公的資金を投入すべきであるとしました。ILOの対応としては、グローバル・ジョブズ・パクト(仕事に関する世界協定)を総会で議論し、一定の方向性を示すに至っているということです。
3.「見たか、サルコジ!これがストだ」―フランスの取り組み―
ここで、フランスの取り組みについてみておきたいと思います。「見たか、サルコジ!これがストだ」これは、フランスの有名な新聞、ル・モンドの報道の見出しです。フランスでは、1月29日と3月19日の2度にわたって、参加者250万人以上といわれる全国スト・デモが行われました。マスコミ調査による支持率をみると、第1回目は69%、第2回目は74%と圧倒的な支持を受けたということです。
それは、労働8団体の呼び掛けによって始まり、組合戦線・政治戦線・社会戦線が、人民戦線として組織化されました。この組織化は、インターネットで情報をとりあって、小さな個人的なグループもこの実行委員会の中に参加するようになったということです。「Yes
We Can(Obama), No We Cannot(Sarkozy)」ということが、デモ参加者の声として出されました。ル・モンドではこのストに対して、「フランスは、危機の影響を可能な限り緩和する最も強力な切り札を持つ国の一つである」と書きました。この意味は、「為政者は間違った方法での危機克服であり、有効ではない。人々の生活・仕事ということを大事にしないという間違った方向をとろうとしたときに、こういう形の方法で立ち上がるということを国民が示すという切り札」ということです。
こういう報道は、私にとってはショックでした。NHKや朝日新聞は、このような報道はしないだろうというのが一つ目のショックで、もっと深刻なショックは、我々の労働組合はこれだけのデモを組織できるだろうかという私自身の反省によるものです。
デモの中には、世界のトップクラスといわれるグランデコールの学生が、社会的正義や公正の重要性を訴えるプラカードをもって参加しています。また、「まだわからないのか、サルコジ」、「夢」というようなプラカードも見られます。このような形での取り組みは今も進められています。
4.ジェンダー平等への取り組み
このような危機の中で、ジェンダーをどのように考えるのかが、今、私たちに課せられていることです。ジェンダー平等の取り組みは、1948年の「世界人権宣言」に始まり、日本も批准している1978年の「女性に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する条約」、1975年の「女性労働者の権利と待遇の平等に関するILO宣言」、1995年に北京における世界女性会議で採択された「北京宣言」及び「行動綱領」、そして、1998年には、フィラデルフィア宣言に匹敵するとされた「仕事における基本的原則と権利に関するILO宣言」というように、これまでも国際会議では、ジェンダー平等の促進を重要な課題として取り組んできたわけです。
ところが、いまだに労働市場のなかで差別は広がっていて、なかなか不平等が改善しません。日本は、その格差がひどい典型的な国の一つとなっています。例えば、同一の職業についている男女の賃金格差が30%以上、つまり女性の賃金は男性の7割に達していません。ILO100号条約で同一報酬条約を批准しているにもかかわらず、その格差が縮まらず、ILOから何度も勧告を受ける対象として取り上げられている状況です。
世界の貧困を考える時、女性が差別をされて、極めて低い賃金や労働条件におかれているということは、貧困を克服できない状況の主な原因であるといえます。世界の最貧困層の60%は女性が占めているということです。
中には、女性が国家元首を務めている国やインドのように議席の33%以上は女性に与えるということを決めている国もあります。しかし、女性の参加が進んでいるといわれているEUでさえも、ビジネスにおいては、女性が主な発展企業の役員になっているのは23%にすぎないという数字もあります。このように、1948年の世界人権宣言以来取り組まれている活動にも関わらず、依然としてジェンダーに基づく差別というのはなくなっていません。
少し横道にそれますが、1789年のフランス革命は、世界的に人権が問題にされるようになった重要な出来事であったことを皆さんもご存じと思います。この革命の標語が「自由・平等・博愛」ということですが、実はこの中に女性は含まれていませんでした。男だけの自由、平等、博愛だったということで、人権の出発点であるとされるフランス革命であってもこのような状況だったということです。このように女性の差別に関しては、根深いものがあることを知っていただきたいと思います。
5.ジェンダー平等に関連する重要ILO条約・決議
ジェンダー平等に関してILOは、非常に危機感を持っています。女性がいまだに男性より収入が少ない、低賃金で長く働き続けられないような職業についている、インフォーマル経済とか非正規雇用などで働く労働者の大部分を女性が占めている。また、性的役割分業の考え方から、育児・介護を含めて家事労働の大部分を女性が担わされているという実態が克服されていないからです。
ジェンダー平等に関連する条約がいくつかあります。そのうち、同一報酬条約(100号)については日本でも批准していますが、実態をみると改善されていません。また、差別待遇禁止条約(111号)が1958年に制定されていますが、日本は批准していません。1981年に制定された家族的責任を有する労働者条約(156号)は批准しています。ただし、適用には問題があります。そして、2000年に改定された母性保護条約(183号)については、日本は改定前の条約は批准していますが、改定後は批准していません。
それから、2004年にジェンダー平等、賃金平等、及び母性保護の促進に関する決議が出されました。これはILOの取り組むべき重要課題とされているところです。2006年に国際労働組合運動は、従来の分離・対立を克服して統合し、ITUC(国際労働組合総連合)が設立されました。その規約においても、ジェンダー平等の重要性が強調されています。
6.ディーセント・ワークの中心にあるジェンダー平等
ジェンダー平等を取り組むうえで、一緒に考えねばならないことがディーセント・ワークということです。ディーセント・ワークを定義しますと、「適正な社会保障と賃金・労働条件が確保された社会的意義のある生産的な労働」ということになります。一言でいえば、「働きがいのある人間的な仕事」ということです。そして、このディーセント・ワークは、不離一体で相互に補強しあう4つの戦略目標の達成を通して実現されます。
まず、第一に中核的労働基準の尊重・遵守です。これは一体何かと言うと、労働における基本的原則・権利を促進し、実現するということが守られているかということです。第二に、良質な雇用の確保で、男女の適正な雇用と所得を確保する機会を増大させるということです。第三は社会保護の拡充です。そして、第四に、社会対話の促進ということです。これは、政労使の三者でもって第一から第三までのことを考え、運用にあたってもジェンダー平等ということをきちんと実現することを基礎にし、有効に進めるために、三者の話し合いを十分にやっていこうということです。そして、その三者の合意のもとに実現させることを、努力し合わなければなりません。
例えば、社会保護の拡充については、制度としてはあると言われているのですが、日本でも残業代がカットされたり、失業しても失業保険がもらえなかったりする場合があります。特に失業については、失業をした人のうち23%しか失業保険はもらえていません。失業した77%の人は、失業保険はもらっていないわけです。そういう実態をみますと、この社会保護の拡充は、非常に重要な課題です。先進工業国をはじめ制度はそれなりにあっても、適用されているというのは世界全体の20%です。世界人口の20%のみが、そこそこの社会保護の適用を受けているだけです。
ここで強調したい点は、失業した時に何よりも大切なのは、次に就職をする時に有利な形で就職ができるようにする訓練が無償で受けられるかどうかということです。その期間中に、生活保護がきちんと確保されるかどうかといったことが非常に重要なわけです。
そして、この社会保護の拡充は、第二の良質な雇用確保と相まっていきます。このように、4つのことは、相互間で互いに強化しあうということが意識され、政策が練られ、実施される必要があるということです。
7.中核的労働基準
次に、先ほどふれた中核的労働基準を説明します。これはILO条約の188ある条約の中で最も基本的な4分野の8条約を指します。これらについては、加盟国は批准、未批准に関わらず尊重・遵守の義務を負うということになっています。
第一分野は、結社の自由・団結権・団体交渉権の保護で、87号および98号条約、第2分野が、強制労働の禁止で、29号および105号条約、第3分野が児童労働の廃絶で、138号および182号条約、第4分野が先ほど話しました平等と反差別、100号および111号条約ということです。
このうち、105号と111号以外は日本でも批准をしています。批准をすると条約の趣旨に沿って国内法を改正して、また、雇用に関する行政をそれに沿うような形で改善をする義務を負います。ILOの条約を批准するということは、法制度のみを整備すれば良いだけではなく、実態もそれに沿ったものとなっていなければなりません。105号と111号については、ILO加盟国183カ国のうち90%が批准をしていますが、日本はまだ未批准です。日本はこの面で大きく立ち遅れをしているということです。
8.「グローバル危機」とジェンダー平等
古くから見られる仕事の世界での男女不平等が、「危機」により一層悪化する可能性が大きいです。ILO事務局長のファン・ソマビアが言った言葉です。日本でいえば脆弱な派遣とか、短期間計約労働とか、低い賃金や労働条件へと女性が追いやられているといったことがあげられると思います。また、あらゆる要素が「危機」を切り抜ける女性の立場を弱くしています。育児・介護といった家事労働の負担、あるいは地域との関わりなど女性が負わされている状況があります。実際、2009年の女性の失業率は、全体で6.5%~7.4%といわれています。そして、脆弱な就業、不安定雇用における女性の失業率は、50~54.7%ぐらいとILOで予測をしています。ちなみに男性の失業率は女性に比べて低くなっています。こういう数字をみても、女性は厳しい状況に置かれていると考えられます。
こういう厳しい状況に置かれている女性をふまえての「グローバル危機」とジェンダー課題に話を移したいと思います。2009年のILO総会の中で、ジェンダー平等の議論をした時、ILOが提起した問題意識が受け止められて議論がなされました。直接的のみならず、間接的差別が大きな問題です。あるいは、女性に対してステレオタイプ的に「女はこんなものだよ」と決めつけて不利な状況に追い込んでしまうといった差別もあります。このような差別は、フォーマルな規制へとなかなか持ち込めず、また、非正規雇用であるが故の実質的な発言権の制約、意思決定への参加の困難性という問題もあります。これらのことを克服しない限り、今の危機を早期に解決し、しかも未来への持続可能な発展につなげていくことは困難です。
では、どのように改善していくのかというと、ディーセント・ワークに向けての取り組みをどう進めていくかということになっていきます。ILOは、過去に例がない危機を克服するには、男女格差に取り組む総合的な解決策が必要だとし、また持続可能で、幅広い社会対話を含んだより改善された労働市場が求められているとしています。そして、総合的な解決に際して、女性を積極的に取り込んだ社会対話が以前にも増して重要になり、女性に公正な機会を与えるなら、世界には巨大な可能性が潜んでいて、経済成長及び発展が一層見込まれることになると考えています。
つまり、危機克服のために女性参画は、必須の条件であるとうたっています。このことは、ディーセント・ワークが危機克服の要石であって、ジェンダー平等はディーセント・ワークの中心に置かれるということで、冒頭で申し上げたキー・フレーズと同じことを意味しているわけです。
9.第98回ILO総会での討議と結論
ILOでは、こういう問題意識のもとに、94カ国の政府と138カ国の労働組合と72の使用者が特別な委員会を構成して議論をしました。そこで出された結論は、早い段階でジェンダー平等の促進を果たしていこうというもので、今回とられた項目に沿って進められていくことになりました。そこでは、気候変動とグリーン・ジョブ、環境に優しい仕事の在り方、社会の取り組みもしていかなければならないということです。それに並行して、「グローバル・ジョブズ・パクト」について討議をしました。雇用の確保、社会保護の確信、これらを実態的に危機克服の課題の重要なものとして、据えなければいけないということを採択しました。
その中で、世界はより良くならなければならない、危機回復後の世界は、従来のものとは変わったものにならなければならないということがあります。問題は、そういった精神に基づいて、例えば、効果的な職業紹介所機関、雇用状況の回復のために技能を高めていく、平等な雇用の機会の確保、賃金是正、雇用の悪化をもたらす労働条件のダメージを回避するためにどうするかを考えていった場合、保護主義といった解決策は避けなければならないということです。
経済と雇用の回復とジェンダー平等のためには、国際的な労働基準を各国が批准し、それに沿って国内法を改正し、実施していかなければならないということが、ILO総会では確認されました。そのようなことを、どのように実施していくのかが課題であり、解決が求められています。
10.今後の課題
(1)「社会正義宣言」、「グローバル・ジョブズ・パクト」
「社会正義宣言」は、2008年のILO総会で採択されたもので、この「社会正義宣言」の前に〈公正なグローバル化に向けた〉という文言が正式なタイトルには入っています。これは、ILO憲章、1944年に採択されたフィラデルフィア宣言、98年の新宣言と並んだILOの重要文書として位置づけられています。ディーセント・ワークを公的な文書でその促進の重要性をうたったものです。その宣言と「グローバル・ジョブズ・パクト」を踏まえて、ディーセント・ワークの中心としてジェンダー平等の実現を推進していこうというものです。そのためには、ILO加盟国全体が中核的労働基準をはじめとする重要ILO条約の批准・実施を早期に実現することが求められています。
さらに、すべての運動にジェンダー平等の視点を取り込み、その原則を踏まえて、課題達成を図っていくことが重要となります。それを正確に促進するためには、ジェンダー監査の手法を活用することが必要ではないかということです。ジェンダー監査は、社会監査の一環です。監査というと、会計監査ということを思い浮かべると思いますが、ジェンダー監査は、組織の在り方、運営に対してジェンダーのバランスがきちんと取れているかいないかということの細かい基準を設定して、一つひとつそれらを分析して、どの程度達成しているかを基準に沿って監査していきます。そうするとジェンダー平等が、どの程度広がっているかということがわかります。また、問題の解決にも役立ちます。
ジェンダー監査という手法は、日本ではまだ少ないですけれども、世界的には活用されているものです。
以上の取り組みは、日本の国内だけでなくて、日系企業が進出している国でも実施し、追求していかなければなりません。それと同時に、途上国へのODA支援を通じて、その活動を強化していくことも求められています。
(2)ILO条約の批准の意義
IL0条約は188あり、そのうち約1割は労働時間の短縮に関することです。しかし、日本では、労働時間に関する条約を1つも批准していません。ILO第1号条約は、8時間制労働時間に関する条約ですが、日本は未だに批准していません。
これまでの講義で、ワークライフバランスについて扱われたこともあると思います。仕事と生活をバランスよくし、人間らしい生き方をしようということですね。人間は1日24時間しか与えられていません。8時間寝て、8時間働いて、後の8時間は自由に楽しみ生活をエンジョイする。ワークライフバランスの考え方の基本になっているのが、8時間労働制です。しかし、日本は批准していません。労働基準法で1日8時間とされながら、10時間12時間と長時間労働をしている人、あるいは仕事がなくて、望むような生活ができない人の両方がいます。このようなおかしな実態の中では、いつまでたっても批准できないというわけです。
また、105号と111号の強制労働禁止条約と差別待遇(雇用及び職業)条約も批准していません。105号条約はどういう条約かというと、政治活動の自由やストライキ権を制限し、それに違反した者に懲役刑を課すと、それは強制労働であり許されないという内容を含んでいます。日本の場合は、公務員のストライキは一律全面的に法律で禁止され、違反すると懲役刑に課せられる可能性があります。そのため、日本は批准できないということになります。ただ、労働基本権に関しては、それを制限し、その制限を維持するために刑罰をもって制裁を加えるというやり方は、きわめて前近代的な抑圧的な政策です。日本では未だにこういった前近代的な手法がとられているわけです。
もう一つの111号条約ですが、これは職業によって差別をしてはいけないというものです。これをなぜ批准しないかというと、受け皿となる人権擁護法および救済機関が整備されていないからです。このことは、とりわけ女性に対する差別をなくしていくということのためには、多くの点で改善をしていかなければならないことを示しています。
「ガラスの天井」という言い方があります。これは、女性の昇進・昇給に対する間接差別を比喩的に言ったものです。一見、形式的には差別的な制度があるわけではないが、実際は女性が見えないガラスの天井で頭を打って昇進・昇給ができていないことを言っています。そういうガラスの天井を取っ払うためにも、111号条約の批准とは重要なわけです。
これらの条約の批准がまだまだできていないことに、私たち労働組合の取り組みにも限界を感じていますが、皆さんと一緒に、一日も早い条約の批准と、それに伴う制度と実態の改善をしていきたいと思っています。このことを最後にお伝えして、私の話しを終わりにしたいと思います。ありがとうございました。
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