埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第7回(6/10)

働く女性をめぐる課題⑤ 男女平等参画
―均等・均衡の待遇の実現にむけて―

ゲストスピーカー:八野正一(日本サービス・流通労働組合連合 事務局長)

1.はじめに

 こんにちは。日本サービス・流通労働組合で事務局長をしております八野と申します。私は1980年に伊勢丹に入社しまして、今51歳です。皆さんの親御さんと同じくらいの年齢かもしれません。
  私は、学生時代、労働組合には全く関心を持っていませんでした。企業に就職をし、職場で労働組合と出会いました。皆さんが、労働組合や働き方、働くこと、そしてジェンダーにどういう関心を持っているのか、私自身が興味深く思ってもいます。

2.働く現状について

 「働くこと」によって社会と触れ合います。例えば、就職すると社会人になったという認識を我々は持ちますが、それは全く違うと私は思っています。私たちは、企業に就職をすると、そこの企業の企業人として、どう成果を出していくかということが求められます。何が言いたいのかと言いますと、その企業の常識は、他の企業から見たら非常識なことをやっているのかもしれません。また、自分たちの業態、業種の中では常識であっても、他産業から見たら全く常識から逸脱している場合もありうるわけです。
  それと、私たちは企業人でありながら、生活人であり、市民であることを考えていかなければいけません。例えば、私は7年前に大きな病気をしました。その時、仕事というのは、自分の力だけでできるのではなく、健康というものがあり、私が生活をしていく上での家族があり、そういうものが整っているからこそ、仕事というものに充実感を持つのだという経験をしました。
  皆さんがこれから就職を考える時、自分たちはどうやって生きようとしているのかと、または、自分たちはどういう働き方をしようと思っているのか、業種や会社を選ぶ前に、自分たちの生き方を見つめ直すことが必要なのだろうと思っています。
  では、自分の学生時代を振り返って、どう思っていたのかと言いますと、実は何も思っていませんでした。私は22歳で就職をし、労働組合の活動に参加し、働くたくさんの人たちと知り合うことによって、また、病気にかかった時に、そういうことを感じました。ですので、働き続けられる環境や、生活が維持できる環境をどうやって作っていくのか、どうやって作っていかなければいけないのかが、今、問われているわけです。
  働くということに成果だけが求められ、労働条件が低いところの雇用が拡大されるようになりました。そのため、派遣労働者が非常にクローズアップされてきています。小泉政権以降の規制緩和という流れの中で、出てきた労働者派遣法の改正によって、派遣で働く人たちが非常に増えてきたわけです。
  経済状況が悪くなってくると、派遣労働者として働く人などから人員を調整していくことが行われます。さらに、最近は、貧困の問題、年収が200万円以下という雇用労働者が増えてきています。
  これが今の日本の実態です。では、この状況をどう変えていかなければいけないのか。社会の構造改革という中での大きな問題です。今、政府が、雇用の面で補正案を組んでいますが、これは景気が良くなったら全く消えてしまうのではないかと考えられています。そうであってはいけないということを、きょうの講義で、伝えることができればと思います。

3.サービス・流通連合(JSD)の非正規労働者の実態

 きょうは、均等・均衡待遇がテーマです。私が所属する日本サービス・流通労働組合連合会は百貨店・スーパーを中心とした産業別組合です。私たちの組織が抱える大きな課題となっているのが均等・均衡待遇の実現です。
  非正規と正規の従業員の推移を調べて見ますと、2000年あたりから、パートタイマー、アルバイト、契約社員、派遣社員といった非正規労働者の数が非常に増え、とりわけ、パートの占める率が大きくなっています。このことは、私たち小売業では、特に著しいと言えます。
  総合スーパーを見れば83.9%の人が、パートタイマーとして働いています。百貨店ではメーカー側が雇い、百貨店に販売員として派遣されている人の割合が64.1%となっています。それぞれ、正社員の比率が非常に低くなっていることを理解していただきたいと思います。  
  皆さんが、スーパーや百貨店へ買い物に行かれた時、対応する人は、正社員ではなく、取引先の人やもしくはパートタイマーの人たちがほとんどであると思って下さって良いと思います。スーパーへ食品を買いに行った時、レジにいる人は、ほとんどパートタイマーとして働いています。大きな店舗は別ですが、正社員は約1割しかいません。8割から9割はパートタイマーという構成になっています。
  私たちの職場の基本はお客様に商品を買っていただいて「なんぼ」の世界です。ですから、店頭でお客様に対応することを接客と言います。接客することは非常に大切な業務であり職務です。しかし、接客をしている人たちは、ほとんどがパートタイマーや契約社員であったりするわけです。売り場にも正社員はいますが、商品を売ることに関しては同じ働き方をしているわけです。パートタイマーとフルタイマーの違いは、働く時間が違うだけです。週当たりで働く時間の違いが、パートタイマーなのかフルタイマーなのかにわかれるわけです。また、1時間当たりの賃金を見た時にフルタイマーとパートタイマーでは違います。
  ただし、ここで注意しなければならないのは、フルタイマーの方が、時間当たりの賃金が高いのに、現場では同じ働き方をしているということです。また、現場でのOJTではパートタイマーが新入社員を教える場合があります。にもかかわらず、時間当たりの賃金は違います。それから、同じ現場で働くパートタイマーを名前で呼ばずに「パートさん」と呼んだり、ネームプレートが違ったりしています。

4.均等・均衡待遇とはどういうことか

 このようなことから、働き方を一緒にしていくことは、どういうことなのかということが問題となります。例えば、フルタイマーであれば、店舗間で異動があるかもしれません。あるいは、地方の店舗への転勤や出向があります。
  一方、パートタイマーは決められた一店舗で働いている、そういう面では差があるかもしれません。しかし、同じ現場で、1時間働くことの役割に違いはありません。
  そういうところをきちんと見ることによって、均衡・均等待遇を賃金も含めてきちんと実現していかなければなりません。
  皆さんもこれから就職活動をすると思います。現在、景気の変動で、どの企業の採用募集も減っています。契約社員になった人たちになったその理由を聞くと、「正社員になれなかったから」という回答が目立ちます。また、時間給のパートタイマーとして働く理由を聞くと、「働く時間や曜日が選べるから」という回答が最も多く、その次が「生活を維持するため・家計にゆとりを持たせるため」という結果です。
  月例給での契約社員の人たちは、どのような理由でこのような働き方を選んだのかと言いますと、「正社員として就職ができなかったから」と答える人が全体の20%以上を占めています。また、会社に対する意識をみると、正社員もパートタイマーの人も全く変わらないということが、意識調査からわかりました。
  では、どういう点が不満なのかを見て見ますと、「賃金が安い」「有給休暇が取りにくい」そして、特に、契約社員からは「正社員になれない」ことに不満が出ています。また、制度として何を求めているのかを見ていきますと、「賃金が毎年上がる制度」「退職金」というように、賃金における制度的な整備が求められています。一方、労働組合については「時間給のアップをもっとして欲しい」「労働組合に入ってもメリットを感じられない」と答える人の割合が多く見られました。
  会社や職場内でのコミュニケーションも課題で、会社でのレクリェーションへの参加など、会社情報がタイムリーに入ってくるというものです。これは企業のマネージメントにとっても重要でありますので、労働組合が、こういう問題を解決していくということが非常に重要になってきています。

5.JSDにおける均等・均衡待遇の考え方

 労働組合としては、何をどのように実現していくのかが問われます。
  まず、組合員になってもらう、労働組合に加入してもらうことが非常に重要です。例えば、私たちが労働者の代表として会社と交渉をする時、今までは、管理職を除いた約80~90%の従業員が組合員でした。しかし、パートタイマーの増大ということでもご理解いただけるように、正社員だけで構成する労働組合はもはや労働者の代表となっていません。労働組合が会社側と交渉をして、労働条件を求めていくのであれば、パートタイマーや契約社員も含めた労働組合にしていかなければならないことが一つのポイントとなっています。パートタイマーの人にも組合員になっていただき、いかに生産性を上げる待遇を実現するのかが求められています。
  そうした状況の下、基本的な考え方として、「ダイバーシティの推進」、「ワークライフバランスの実現」、「均等・均衡待遇の実現」があげられます。「ダイバーシティ」は、多様な労働者の働き方を尊重し、能力発揮が図られる社会の実現ということで、アメリカで出てきた考え方です。アメリカでは、国籍、宗教などが違う様々な人々が働いているわけです。そういう人たちをお互いに認め合うことを進めていこうという考え方が現れてきました。
  私たちは、男女の差、年齢の差、障がい者・健常者の差をなくすことを考えています。その次に、フルタイマー、パートタイマー、契約社員がお互いの価値観を認め合い、一緒に働いていける制度を作っていこうと考えています。そして、均等・均衡待遇の実現、ワークライフバランスの実現です。このようなトライアングルは、これら一つむひとつのことをやっていくのではなく、3つのことを、それぞれバランスをとりながら実現していくものです。企業の生産性が向上するためにも、このような取り組みは必要です。
  そして、ジェンダーの面から考えれば、パートタイマー、契約社員などで働いている人の9割が女性です。ゆえに、パートタイマー・契約社員の処遇改善、均等・均衡待遇の実現を図っていくことは、男女共同参画も一緒に行っていくということになります。

6.均等・均衡待遇に向けた取り組み事例:A労働組合

①A社の主な雇用形態
  実際に、A社の取り組みについて話していきます。まず、A社の雇用形態ですが、「社員「契約社員」「パートタイマー社員」の3つに分かれています。1998年と2005年を比較してみますと、正社員の比率が減り、契約社員とパートタイマー社員の比率が上がってきています。2005年以降も、このような人事戦略を実践していくことが今のA社の考え方です。
  百貨店の業務は、接客販売、商品の補充発注、カウンター業務や計数の業務、ワークスケジュールの作成、修理加工管理、梱包放送、用度管理などという業務に区分できます。1999年から2001年までは、それぞれの業務の中心を、雇用形態ごとで決めていたのですが、これは結果として上手くいきませんでした。
  A社の社員採用は、2001年から大卒の基幹社員のみとなっています。このことから、有期雇用社員が増え、位置づけも変化してきました。または、「仕事」と「賃金・労働条件」の格差の納得性を求める意見が、特に、有期社員の側から高まってきました。先ほどお話した労働組合化ということもこのような中で、やってきたわけです。
  労働組合は、春闘で賃金交渉を中心にやっていきますが、現在はそれだけでは労働条件は整わなくなってきています。労使で、通年で話し合う機会が必要となってきています。1年間を通して、どのような話し合いをし、労働条件を構築していくのかを労働者と経営者が論議をしていきます。そして、その中で、労働組合から「従業員の待遇の考え方の整備が必要だ」ということを提案していきました。

②役割の違い
  労働組合では、契約社員やパートタイマー社員から色々な意見を集めてきました。それぞれの人事制度があり、その評価が公正・公平ではないという意見が上がってきました。企業は、チームワークがなければ利益を生み出すことはできません。そこで、従業員に対して「従業員待遇の考え方」を提示することで、これまで以上に、納得性を高めるとともに、社内風土の一体感の醸成を目指すようにしました。また、「従業員待遇の考え方」を明確にすることで、各雇用形態における労働条件の再整備に取り組むようにしました。その一方で、効率的な人材活用に繋げる人的生産性の向上を図ることが、非常に重要になってくることがわかりました。
  そして、A社における雇用形態それぞれに期待される役割、キャリアの仕組み、本人の選択の幅について、これらの違いの合理的な理由を明確にしてくことを目指しました。A社では「均衡を図る」ことをテーマとしたということです。バランスをきちんと見ていこうではないかということです。それで「期待される役割」「キャリア管理の仕組み」「本人都合・本人選択の幅」を明確にしていこうということになりました。
  例えば、従業員が15~50名くらいいるひとつの売り場があったとします。その売り場では、社員と契約社員、パートタイマー社員といった雇用形態に分かれての従業員で構成されています。それぞれの形態ごとに期待される役割を見ていきますと、社員にはセールスマネージャーという売り場の管理者がいて、その下にアシスタントセールスマネージャーがいて、それとブロックごとのリーダー、その下にはサブブロックリーダーがいて、販売の人がいるという構成になっています。パートタイマーの人たちに期待される役割はどこまでなのか見てみますと、サブブロックリーダーをやってもらうようになっています。それと契約社員にはブロックリーダーまでやってもらうことになっています。社員は、アシスタントマネージャーから昇格すれば、役付セールスマネージャーになっていけることになっています。
  「期待される役割」について、もう少し詳しく説明します。社員は、リーダーシップをとりながらあらゆる業務に対応し、長期雇用としてマネージメント業務を期待されます。契約社員は、店頭においてはブロックリーダー業務までを期待されます。そして、パートタイマー社員については、あらかじめ決められた時間で、各々の職種における業務を行っていくことが期待されることになります。

③キャリア管理の仕組み
  キャリア管理の仕組みになると社員には異動があります。勤務地も職種の変更も専門領域もあります。契約社員では専門領域の異動はありません。専門領域というのは、メンズ衣料を担当したい、食品を担当したい、リビングを担当したいなどといったことです。契約社員は、はじめにメンズ衣料を担当したいと言えば、メンズ衣料だけを担当することになります。それから、パートタイマー社員は、色々な職務をやってもらうのですが、勤務地の異動は全くありません。
  次に、各雇用形態における本人の都合や選択の幅がどのようになっているかです。職種や販売、事務、店頭販売などといった専門領域について、契約社員は入社時に選択ができます。社員はその会社に入ることになるので、職種や専門領域については、自分では決められません。ただ、途中で希望が聞かれたり、適正に応じて異動が実施されます。パートタイマー社員は、職種は選べますが、専門領域については選択できません。

④賃金
  次に賃金がどのようになっているか説明したいと思います。
  社員、契約社員にはベース給があります。そして、サブブロックリーダーについては、社員の場合は、「役割成果給」という中で変化をつけていきます。契約社員はベース給のところが評価によって上がり、10,000円の職務給がつくという制度になっています。パートタイマー社員になると、「時間給×労働時間」と「能力給×労働時間」の2本立てになっています。能力給のところが、評価によって上がってくるわけです。そして8,000円の職務手当がついてくるというものです。
  このように、それぞれの評価の対象が違っています。また、職務給のところも社員と契約社員のところは同じですが、パートタイマー社員では8,000円という形になっています。賃金を決める場合でも、働くことにおいては同じ百貨店であっても、社員、契約社員、パートタイマー社員それぞれに求められる役割が何かということをきちんと見ていこうというわけです。
  さらに、その役割の中での責任の違いを明確にすることが非常に重要です。その中で賃金というものの均衡性を保つということになっています。ただ、それでもこのような制度に納得していないという現実があります。

⑤A社の今後に向けた取り組み
  今後は、勤務の仕方なども検討していくということになっています。例えば、契約社員を、店舗間で異動がない店舗限定社員としたらどうかということがあります。これはなぜなのかというと、パートタイマーの人たちは、B店ならB店のみで働くことが決められていて、いつまでもパートタイマー社員のままで契約社員にはなれないわけです。しかし、その店舗で働きたいということには、色々な事情があることです。なので、ここを変えて、パートタイマー社員から契約社員に上がれるようにし、契約社員のところを、店舗限定社員にしていこうというものです。そうすれば、パートタイマーだけをずっとやっていくのではなくて、パートタイマーの人も契約社員という雇用形態のところに入れることになります。このようなことを、今、さまざまなところで話し合いをしているところです。
  このようなことは、契約社員や、パートタイマーの人たちと労働組合が、みんなと顔を合わせて話をしながら、今の問題点は何かを汲み出していったときに上がってきたものです。そして、このような声をまとめて、会社側に伝え、人事政策にあわせていくわけです。そういうなかで、いかに最適な働き方というものをつくっていくのか、そういうことが労働組合のなかに求められているということになっています。
  企業からしてみれば、マンパワーをいかに有効活用していくかということになります。そして、私たち組合としては、働いている人たち一人一人が働いて楽しいと思ったり、達成感を味わったりするためには、どうしたらいいのかということを考えていくわけです。

7.おわりに

 最後に、労働組合としては、長時間労働、賃金、または同一労働条件といったことを取り組んでいかなければいけないと考えています。以前、EUの商業の代表と話をしたことがあります。女性でしたが、日本の労働条件を見て「おかしい」と話していました。
  まずは、男女間で差があることです。同一価値労働・同一賃金ということは、ヨーロッパでは当たり前になっていて、今では、働く時間をどうするのかということが問題となっています。それとよく出てくる不払い労働です。残業をしても、賃金がもらえないということです。そういうことが、企業内で起きているのは信じられないということでした。
  日本の労働ルールが、EUに比べいかに規制が甘いかということです。やはり、どうすればルールが守られ制度がきちんと運用されていくのかを考えていかないと、ワークライフバランスが整った社会にはなっていきません。そういうところを、私たち労働組合の責任として考え、解決していかなければならないだろうと思います。
  皆さんがこれから就職される時は、賃金制度がきちんと整っているところを選んでください。また、育児をしながら働く女性が多い企業を選んでください。そういう企業が、これから成長していく企業ですし、働きやすい企業だと思います。初任給だけで決めるのではなく、その企業の制度や風土、女性の働き方まで見ていくことが、その企業を理解する一番のポイントではないかと個人的には思っています。
  ぜひ広い視野を持ち、学生として学び遊び、新たな社会人になっていただきたいと思います。これで私からの講義は終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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