埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第6回(6/3)

働く女性をめぐる課題④ セクシュアルハラスメント

ゲストスピーカー:岡本直美(連合副会長・NHK労連議長)

1.セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは

 みなさんこんにちは。NHK労連の議長をしております岡本です。きょうは、働く女性をめぐる課題④のセクシュアルハラスメントについてお話をします。セクシュアルハラスメントは女性だけの問題ではありません。男性も被害者になるかもしれませんし、意識せず加害者になるかもしれません。男性、女性ともにセクハラを受けない、セクハラをしない、そしてセクハラを見逃さない、という取り組みを進めていかなければなりません。
  皆さんもご存じのように、セクハラは、職場の中だけの問題ではなく、学校の中でも起きることです。学校におけるセクハラの裁判例もたくさんあります。しかし、きょうは働く女性がテーマですから、「職場において相手側から好まない言動により就業環境を害する行為」を中心に話を進めていきたいと思います。
  男女雇用機会均等法いわゆる均等法では、セクハラは「職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したり抵抗したりしたことによって解雇、降格、減給などの不利益を受けることや、性的な言動がおこなわれることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に重大な悪影響が生じること」と規定されています。
  この規定の中の「職場」とは、普段働いているところだけではなく、取引先のオフィス、打ち合わせをするための飲食店、出張先、打ち合わせに向かう時の車の中なども職場になります。それから、打ち上げなどの宴会、福利厚生の一環として社員旅行なども職場の延長になります。特に、こういった場では、お酒が入ることが多いですから、非常にセクハラが起こりやすい場所だと言われています。また、「労働者」というのは、正社員だけでなく、パート、派遣、請負、契約社員、アルバイト、その職場で働いている全ての人たちのことです。そして、「性的な言動」とは、性的な冗談やからかうこと、食事やデートなど執拗な誘いをすること、意図的に性的な噂を流すこと(例えば、あの人はこんな人と付き合っている等)です。その他にも、個人的な性的体験談、自分の性的体験を話すことなども「性的な言動」です。
  それから、「性的な言動」でなくとも、職場でわいせつな映像をスクリーン・セイバーなどに映したり、ポスターを貼っていたり、不必要な接触をしたりするといったこともセクハラとなります。また、一番厳しい判断が下されるセクハラとしては、強制わいせつ行為、強姦といったことです。

2.セクシュアルハラスメントの二つの型

 セクハラには2つの型があります。1つは「対価型セクシャルハラスメント」です。これは、性的な言動に対する労働者の対応により、労働条件について不利益を受ける場合です。例えば、希望の仕事に就かせてあげるなど有利な条件をちらつかせ、性的な関係を要求したり、性的な関係を要求し拒否されたため、解雇や不利益な配置転換などを行うことです。これらは、明らかに職場における上下関係が強調される例と言われています。
  もう一つが「環境型セクシャルハラスメント」です。これは、性的な言動によって労働者の就業環境が害される場合です。たとえば、身体接触型といって、胸や腰などにたびたび触れるなどにより、苦痛を感じた本人が出勤しづらくなり、就業意欲が低下したりする結果を招いたりすることがあります。
  さらに、発言型といって、性的な噂を流したり、性的な経験や容姿・身体に関することを頻繁に訊ねたりすることがあります。それと、パソコンのスクリーン・セイバーに女性のヌード写真や、ビキニ姿の写真をとりこんで、見たくないのに見えてしまうといった視覚型も挙げられます。現在は、職場に女性が増えてきたので、なくなったと思いますが、ひと昔前は労働組合でも、ヌード写真まではいきませんでしたが、ビキニ姿の女性のカレンダーが貼ってあるということはしょっちゅうありました。

3.均等法改正

 1997年に男女雇用機会均等法いわゆる均等法が改正され、1998年4月1日に施行されました。この改正により、事業主がセクハラを起こさないように配慮をしなければいけないという「配慮義務」が規定されました。
  しかし、その後もセクハラに対する訴えはたくさんありました。この問題も含め、2007年、3回目の均等法改正が行われました。セクハラ防止に対する事業主の責任が「配慮義務」から「措置義務」になったのです。
  また、女性に限定されていたセクハラの対象が、男性にも適用されるようになりました。セクハラを起こさない措置を、事業主が講じない場合、厚生労働省などから指導を受け、事業主と労働者間の紛争については、調停なども紛争解決援助の対象となり、各都道府県に設置されている均等室が調停までできるようになりました。
  是正措置に応じなければ、企業名が公表の対象とされます。さらに、労働者から訴えられた企業が、調査や報告をしなかったり、報告内容に虚偽が認められた場合は、過料を科せられる内容となり、法律が強化されました。

4.事業主が講ずべき指針

 事業主が講ずべき指針もできました。その内容は大きく言って次の五点です。第一に、事業主の方針を明確化し、従業員に周知し、啓発活動を行うこと。第二に、相談・苦情に関して、適切な窓口を設けること。第三に、職場におけるセクシュアルハラスメントの訴えがあった場合には、適切で迅速な対応をしなければいけないということ。第四に、プライバシーの保護のためにきちんとした措置を講ずること。これは非常に大切なことです。
  第五として、相談したことや、あるいは、第三者にセクハラがあったのかということをヒアリングした時に、協力したことによって、不利益な取り扱いをしてはいけないということを就業規則などできちんと定めて、周知をしなさいということです。そして、これらを、管理職を中心にしっかり理解してもらうように研修などをしなさい、ということが指針として出されました。事業主は、これらの指針に沿ってさまざまな対策を始めたわけです。

5.日放労の対応

 では、実際に労働組合はどのように対応したのかを見ていきたいと思います。私の出身単組である日放労・日本放送労働組合の対応をお話させていただきます。
  1995年に、セクハラ苦情相談窓口の設置を要求しました。この時の考えは、性的言動というよりも、ジェンダーハラスメントに近い言動ということが問題となっていました。また、昇進や昇格にたいして女性たちが差別を受けているのではないかというような不満などもありました。そして、これらは、仕事の与え方などに問題があるのではないかということになり、セクハラをもう少し幅広くとらえて苦情相談窓口を要求しました。この時点では、放送現場の労使双方に「セクハラ苦情相談窓口」を設置しました。そして、職場では「職場マナー改善協議会」を労使で設置することで、合意をしました。
  ちなみにこの1995年、日放労では24時間ストライキを行いました。マスコミからも大変注目され、ある週刊誌からは『NHKの労働組合、セクハラ相談窓口でストライキ』という見出しをつけられました。当時は、「こんなことでストライキをするとはなんという労働組合なのだ」と批判されたわけです。セクハラ相談窓口設置が目的で、ストライキをやったわけではないのに、どうしてこのような見出しになるのか、このような取り上げ方をされるのかと大変悔しく思いました。今年になってからも、局内でセクハラがあり、それを揶揄するように『セクハラするならNHK』という記事を載せていた週刊誌もありました。こうした記事を書く人のセンスを同じマスコミで働いている立場から考えてみても本当に疑ってしまいます。余談になりますが、女性記者ならこんな見出しはつけません。
  その後1997年に「セクハラ苦情相談窓口」を全国の放送局に設置することを要求しました。この時は、均等法の改正でセクハラ防止の議論が行われていたこともありましたし、セクハラがどういうことを指すのか、どのような定義なのかということが、だんだんとわかり始めてきた時期でした。このため、均等法改正の前に、前倒しをして取り組ませようということで、経営側に要求し交渉を行いました。
  労働組合からの要求を受けて、NHK経営側は、就業規則や服務心得において、「職場において、相手方の望まない性的言動により、不利益を与えたり、就業環境を害する行為を行わないこと」を書き加えました。さらに、セクシャルハラスメント防止要領を作って相談や苦情の窓口の設置を定めました。

6.労働組合の窓口

 一方、労働組合の窓口は、中央書記長と各系列・支部書記長となっています。日放労の場合は全国で10か所あります。例えば、北海道なら北海道支部があります。九州でいえば九州支部、それから渋谷の放送センターでは、放送業務に関わる仕事をしている組合員は、放送系列という組織に属しています。そして、それぞれの書記長がセクハラの相談窓口となりました。
  当時の中央書記長は私が務めていて、中央書記長だけが見ることのできる専用の相談メールも設置しました。私の経験では、最初の相談はメールが多かったです。メールで何回かやり取りをして、信頼関係ができた上で、直接会って話をします。そこで初めて、本人が何を望んでいるのかを確認した上で、事実関係の確認を行っていくことを心がけました。ただ、相手の人が管理職であったり外部の人だったりすると、組合が管理職と直接面談をするのは難しいですから、この場合は労使で協力をしあいながら対応をしました。
  また、事実確認ができて、当事者同士を引き離すことが最善な策であるとなった場合、労働組合には人事権がありませんので、こうした場合は、その後の対応の仕方を経営に任せ、検証をすることになっています。

7.企業の相談受付体制

 一方、事業主の相談受付態勢はどうなっているかと言いますと、まず、一次相談窓口があります。これは自分の職場の中で最も近い上司が一次相談窓口になっています。それから、もう少し上司の総務担当部長などの役職の人たちが、二次の相談窓口になっています。
  この一次相談窓口に女性の上司がいない場合は、職場経験を積んだ中堅の女性がその職場にいれば、その女性が一次の相談窓口になっています。この一次相談窓口、二次相談窓口は、誰が自分の相談窓口なのかわかるようになっています。また、どちらに相談をしても良いようになっています。
  それから、外部の相談窓口を設けています。弁護士などの専門家に相談できるものです。窓口担当者は、相談があった場合、本人やその近くの関係者に、個別にヒアリングを行います。そして、必要に応じて、人事部に調査を依頼したり、どう対応していくのかを相談します。調査などが終った後には、本人に調査の結果やこれからの対応を説明します。その上で、職場環境の改善、回復措置といったことを経営の責任として行います。
  相手にはどうするかということですが、まずは、本人に注意・指導をして、被害者に謝罪をさせます。場合によっては、異動を行って、被害者との距離を置くこともします。悪質な場合には、責任審査を行って懲戒処分をします。場合によって懲戒免職ということもあります。この懲戒処分については、日放労組合員の場合、労働組合への説明が必要です。その処分が妥当かどうか、私たち労働組合も判断をします。
  さらに、再発防止を目的に研修を深める等の取り組みを行っています。外部窓口は、月曜から土曜日の10時から20時まで相談に応じるという態勢をとっています。
  日放労が、1995年にセクハラに取り組んだのは最初の均等法ができてから10年たった時でした。均等法施行以前は、女性も少なく職種も限られていました。私が入局した時には、女性の比率は5~6%しかいませんでした。これはNHKだけではなくて、新聞社も出版社も民間放送の職場も同じ状況でいわゆる男性職場でした。こうした状況の下、均等法ができて、今まで女性が全くいなかった職場、例えば、音声やカメラの技術担当の職場、あるいは、非常に重いカメラを持って取材に走りまわる映像取材部という職場にも女性が働き始めました。
  そういう職場は、それまでは女性が配属されず、男性だけの職場でした。女性と一緒に働くことは今まで経験がなかったわけですから、色々な戸惑いもありましたし、男性、女性に意識のずれも出てきました。NHKの労働組合が早くからセクハラに取り組んだのは、こうした背景があったからです。

8.厚生労働省労働政策審議会・雇用均等部会

 私は、均等法の議論やパート労働法、育児・介護休業法などを審議する厚生労働省の労働政策審議会・雇用均等部会の委員を長い間務め、均等法の改正にも2回、関わってきました。日放労が早くからこれらの改善に取り組んできたのもこの審議会の影響があります。法律が改正されてから取り組みを行うのでなく、組合員の思い、社会状況にアンテナをはって、少しでも早く対応していくことが労働組合の役割だと私は思っています。
  2007年に措置義務化になった時も、審議会のメンバーでした。この時、使用者側委員から忘れられない発言がありました。それは、「女性側もセクハラをして下さい、と言わんばかりの服装をしている。労働組合も注意して欲しい」という内容でした。この発言は女性の経営者からでした。セクハラの訴えをすると、女性の方も悪かったのではないかとか、なぜ抵抗できなかったのかとか、女性にも隙があったのではないかとか指摘されることがあります。このような考えこそ、女性が泣き寝入りする状況を生むのだと強く思います。もちろん、この時、使用者側の意見に対して反論しましたが、セクハラ対策を事業主の措置義務化にする時は、使用者側の経団連、商工会議所などから強い反対の意見がありました。おそらく企業名公表や過料の問題もあって激しい抵抗をしたのだと思います。

9.「セクシュアルハラスメント」という言葉

 セクシュアルハラスメントという言葉が、いつから使われ始めたのか、社会的な問題になったのかと言いますと、1989年に福岡で裁判があり、その裁判でセクシュアルハラスメントという言葉が注目されました。その裁判とは、出版社で働いていた女性が、自分の異性関係の噂を流した上司と会社を訴えたもので、使用者責任も含む判決が出たのが、その1989年です。
  その時の使用者側は、何がセクハラに当たるかわからないし、密室で起きた時には当事者しかわからない、それをどうやって判断するのか、自分たちは裁判所ではないのだというようなことで、企業としてどこまで立ち入ることができるのかわからないというのが主張でした。確かに、判断するのは、大変難しいです。これから、いくつかの事例をあげながら話を進めていきたいと思います。

10.ケース・スタディー

①”Unwelcome”
  ”Unwelcome”は、男性が一番不公平に感じるケースだと思います。ある女性から相談がありました。職場の同僚から、食事に行かないかとしつこくメールで誘われ、困っているという内容でした。メールそのものの履歴は、削除されていて残っていなかったのですが、男性に確認したところ数回のメールをしたことを認めました。しかし、彼の主張は、彼女は上司ともよく飲みにいっていたし、自分や他の男性とも親しげな態度をとっていたので、軽い気持ちで食事に誘っただけなのに、なぜセクハラと言われるのかと、自分の方がショックだと言っていました。
  このケースでは、男性が職場でおける立場が女性と同等であったということと、食事の誘いに乗らなかったこと、彼女の職場環境が悪化した事実がなかったということで、男性には、今後、彼女にメールをしたり、誘ったりしないということを約束させて解決をしました。また、大きな職場だったので、仕事上の接触もなく、人事異動も行いませんでした。また、このケースは、彼女がメールを受けることで不快感を持っていたのですが、恐怖心というものは持っていなかったということもありました。ここで恐怖をもち、職場に行けないということであれば、それはまた違った対応になるわけです。ですから、被害を受けた人がタフであるかどうかが裁判基準では、重要な判断基準になっているといわれています。
  男性の側からすると、「なぜ、あの人はいいのに、僕はだめなのか」というような裁判事例があります。それが、松戸市市議会議員事件です。その時のセクシュアルハラスメントのキーワードが”Unwelcome”、つまり被害者が不快に感じるといった被害者側の主観が重視をされるということです。そして、同じ行為でも受け手によってセクハラになることもあるし、ならないこともあるという裁判官の判断が出ています。つまり、人それぞれの感覚の違いを理解することは、非常に難しいということです。なんといっても、相手との関係性がこういったところでは大事なのだということを理解していただければと思います。

②非正規労働者
  次は、職場の上下関係で起きるセクハラです。セクハラは、立場の弱い人が受けやすい卑劣な行為です。ここでは、派遣労働者の例を取り上げます。派遣労働者については、派遣元と派遣先の双方が義務を負うことになっています。セクハラの判断は、職場での上下関係があるかどうかが重要な要素となります。立場の弱い人は、そのことで訴えた時に、仕事上の不利益を受けるのではないか、辞めさせられるのではないかと思って、泣き寝入りすることが多いです。従って、正社員よりは、非正規労働者の相談の方が均等室などでも多いかと思います。
  この事例は、仕事上の上司からしつこく誘われて、エレベーターでキスをされそうになったというものです。他にもそういう人がいるということや、本当は仕事を一緒にするのは怖いのだけれども、他に仕事をするところがないということでした。他に被害にあったと言われている女性からもヒアリングをして、この訴えそのものは事実であることがわかりました。この加害者の男性は管理職でしたから、労働組合としては人事部に相談をしたわけです。しかし、彼女たちは、自分たちの名前を出すことを拒否しました。それから、自分が訴えていることも言いたくない、知られたくないということがあって、その後の対応が難しくなりました。結果としては、人事部の判断で、通常の異動期に、加害者の男性を異動させました。
  セクハラ相談では、中には相手を陥れたいということもあります。ですから、被害者、加害者の双方からヒアリングをすることが鉄則となっています。やはり、派遣会社の人たちは、派遣先でのトラブルに非常に敏感に反応します。本人が悪いわけではないのに、トラブルメーカーと言われてしまうと次の仕事はないということになりかねません。なので、派遣の期間だけ我慢すればよいのだからということで、抱え込んでしまうことが多いわけです。
  NHKの例で言えば、派遣の人たちをこういったことで雇い止めすることはないと私は断言しますが、やはり相談に来る人たちが名前を出して欲しくないのは、このセクハラだけでなく、ほかの事例でも大変多いです。万が一のことがあったら、労働組合がしっかり守りますからと、何か不利益なことを言われたら私たちが交渉をしますからと言うのですが、なかなか相手に伝わらない。信用してもらえるようになるのは大変な時間を要します。
  特に、派遣で働く人たちは、組合員ではありませんので、組合費も払っていないのに、NHKの労働組合は、どこまで真剣に対応してくれるのだろうかという気持ちもあるわけです。一番悩ましいのは、こういう組合員でない人たちへの対応ですが、NHK労連ではこうした人たちへの取り組みも進めています。

③セクハラ加害者が外部の場合
  次は、記者に対するセクハラの事例を取り上げます。いわば、従業員に対して、顧客からのセクハラにも責任をもたなければいけないという例だと思って聞いてください。
  NHK記者は、まず、地方の放送局に配属され、警察取材を通して、取材のノウハウを学んでいきます。これは多くの新聞社も同じですが、記者の養成方法で、男性も女性も一緒です。
  取材先の警察官から、卑猥な言葉をかけられたり、体に触れられたりするのを、上司に訴えたのだけれどもかばってくれない、女性記者というだけで周りから色眼鏡で見られるということを女性の記者ならば、たいていは経験していると思います。これについては、相談者の周辺の人たちからも当然ヒアリングを行い、事実確認をし、上司にも配慮することを人事部から指導してもらいました。それから、警察にもそういう事実があったことを、注意してもらうように訴えました。女性記者が珍しい頃は、こういった事が多くありました。職員でなくて周りの人たち、取材先の人たちが珍しがるということで、いくつか相談がありました。けれども、今は均等法でセクハラへの注目が集まることによって、減少傾向にあります。
  ただ、これも人によって色々です。ある女性記者からは、「取材の対象者から女性記者とは飲みに行くと色々なことを言われてしまうから、もう行けないよと言われ、重要な情報が取れなくなった」と言われたことがありました。日本の社会では、飲みに行った所で情報を得るということがあったり、物事が決まったりすることが結構あります。このような習慣は、ワークライフバランスのことを考えても、本来なくさなければならないことです。 しかし、このような習慣があると「私は、一緒に飲みに行けなくて困っています」という女性記者も逆にいたりするわけです。ちなみに、最近の刑事ドラマでも、女性記者が女を武器に情報をとるような設定がされているものがあります。この民放のドラマを見て、まだまだこんな描かれ方、取り上げられかたをするのかと大変残念に思いました。

④男性からの相談
  次の事例は、男性からの相談です。これもなかなか難しい面があり、恋人同士だと思っていたのにセクハラで訴えられたということです。女性も誤解を受けないように注意をしなければいけないということを、私はこの例で感じました。
  ある男性職員が新人で配属された女性と意気投合をして、飲みに行ったり、互いの家に泊まったりするいわゆる恋愛関係になりました。男性は、彼女を恋人だと思っていたわけですが、ある日突然、その女性から訴えられたというものです。彼自身は、忙しくなって、彼女に冷たくしたことが原因かなと話していました。しかし、このままでは懲戒処分を受けるか、意に沿わない異動を命じられることにもなりかねないので、労働組合に相談にきたわけです。
  この事例でも両方にヒアリングを行いました。どちらも言い分が違うわけです。また、密室での男性と女性のやりとりですからなかなかよくわからないことも多かったわけです。その後、この女性はお酒をよく飲み、飲むとどうなってしまったかわからなくなってしまうことがあることがわかり、飲食店でもそういった態度があったということが確認されました。
  しかし、男性も中堅クラスで後輩に指示を出したり指導する立場でしたから、新人の女性が彼の言うことを聞かなければいけないのではないかと感じたとしても不思議ではないと判断されました。そうしたことから、男性の異動はやむを得ないだろうという結果になり、最終的には男性も異動を受け入れました。

⑤おばさん呼ばわりもセクハラ
  次に、おばさん呼ばわりもセクハラになるという例です。これは、和歌山県青果卸会社事件という和歌山地方裁判所の判例です。被告会社の役職員数人が、原告に対して、日常的に「おばん、ばばあ、くそばばあ」と呼んでいたり、卑猥な言葉を投げかけたり、その人の体型をからかった上、お尻などを触るということを日常的に行っていたということです。女性は会社を退職したのですが、その後、各自に500万円を支払うように請求をしました。判決は「おばん」という呼称は侮辱的であり、「ばばあ」「くそばばあ」に至っては原告を卑しめる呼称以外の何ものでもない、慰謝料は各自100万円、弁護士費用は各自10万円払いなさいという判決でした。
  この事例は、かなり卑猥な言葉を日常的に投げかけられていて、悪質な言葉による暴力と思えるのに、彼らはコミュニケーションの一環だと言っているわけです。きっと、自分の妻や親がこのような言葉を投げかけられたら、自分はどう思うかということを想像する視点が明らかに欠けているのではないでしょうか。
  この事例で思い出すのは、かつて石原都知事が高齢女性に対して「ばばあ」発言をして、さらに、女性が生殖機能を失ったら生きているのは無駄で罪だという発言をしたことです。ここでは、青果卸会社のような発言に加えて、生む性に特化して女性を捉えた発言でもあり、いくつかの女性団体から訴えられました。残念ながら裁判では、公的な罪を認めるものではないものでした。たしかに、石原知事の発言は言葉だけですが、その影響力の大きさを考えれば、この判決には疑問を感じています。

⑥ジェンダーハラスメント
  さらに、ジェンダーハラスメントの事例もあります。これは、都道府県の雇用均等室にあった相談です。女性だけが掃除をしたり、お茶を出したり、会議に出席できなくてコピーとりばかりさせられ、こうしたことは差別だし、セクハラではないかという相談がありました。これは、均等法上のセクハラの概念は「性的言動」ですから、このケースはセクハラにはあたらないのですが、いわゆるジェンダーハラスメントと言えます。
  日本には、まだまだ社会的性差による役割分担意識が根強くあり、そのことがセクハラを発生させやすい土壌にしていると思います。これは均等法の趣旨から解決されなければいけないと思います。
  人事院のセクシュアルハラスメント・ガイドラインでは、「性別による差別意識に基づくもの」として、「男だったら、そこは耐えなくちゃ」「女には仕事を任せられない」とか「女性だからと言ってお酌などを強要される」といったものがあります。実は、均等法の議論の時に、性別役割分担意識による言動も、セクハラの定義に入れるべきという主張したのですが、残念ながら経営側の大反対にあって、入れることができませんでした。平等な同じ人間として、お互いの人格を尊重し合えない限り、セクハラはなくならないと強く思っています。

11.被害者・加害者とならないために

 皆さんがこれから社会人になった時に、セクハラの被害者・加害者とならないために、どういうことに気をつければよいのかということをお話したいと思います。
  企業には措置義務がありますので、必ず、セクハラ対応をどうするかということがどこかに書かれ、窓口があるはずです。それがどこにあるのかということを、まず確認していただきたいと思います。それから、セクハラを受けたら、「嫌だ」とはっきり意思表示することが大事です。それがないと、態度がだんだんエスカレートしていきます。もしそれが、なかなか言えないということであれば、お友達や他の上司、そして、何よりも労働組合があれば相談に行ってください。
  それから、密室で起こることが多いですから、日時や場所などを記録し、どう感じたかをメモしておくことが大事です。これらの記憶やメモ類も、裁判でそれなりに有効な判断の証拠となっていきますし、何よりも自分の気持ちを整理しておくことができると思います。また、周りでそういう目にあっている人がいれば、皆さんが相談相手になってあげることです。「労働組合なり行政の窓口へ相談に行ったら良いよ」ということを教えてあげてください。
  次に、自分が加害者にならないためには、相手の気持ち、立場を尊重して、どういった言動がセクハラにあたるのかということを正しく理解することが大事です。相手が拒否をしたり、嫌がったりしていることをきちんと敏感に感じ取って欲しいと思います。
  そして、職場でセクハラをされている人がいたら、注意をしてください。職場の人間関係、上下関係を考えると、なかなかできないことかもしれませんが、ぜひ、勇気をもって注意をしていただきたいと思います。もし、それを見過ごしていると、注意をしなかった人も加害者となる場合もあります。ですから、そういったことも頭の隅に入れておいてほしいと思います。
  また、日本はお酒にやさしい文化・風土だと思いますが、やはり「酒の席だ」ということではすまされません。特に、お酒がはいると大変な被害になる場合もあります。お酒に飲まれないことが、一番大事だと思います。

12.終わりに

 セクハラ被害の訴訟は年々増えています。均等法ができたことが大きく影響しているのかもしれません。また、職場がぎすぎすしたり余裕がなくなったりすると、今度はセクハラだけでなく、パワーハラスメントも起こりがちになります。パワハラについては法律上、まだ定義はありませんが、最近は、職場における人権侵害として注目され、企業でも色々な取り組みがされています。日放労でもかなり以前から、パワハラの窓口も作るべきだと交渉をして、5年前くらいからパワハラの窓口を設置し、社員の研修でも、セクハラとあわせてパワハラ防止の研修も行っています。
  それから、セクハラ及びパワハラで、労災認定をされたケースも増えています。労災になる前に、企業はもちろんのこと、労働組合においても対応することが必要だと思います。ちなみに、2007年の均等法改正の議論の時に、ある女性から「セクハラを受けて会社を辞めざるを得なくなり、通院をして治療をしているので、労働基準局に労災認定をして欲しいのですが、認定されません」という手紙が連合に来ました。セクハラが労災だという認定は、厚生労働省ではしているのですが、その労働基準局ではそこまで判断をしていませんでした。そこで、均等法の審議会でこの事例を取り上げ、厚生労働省から局長通達を出させて、その人は労災認定となりました。セクハラ第1号の労災認定かもしれませんので、私たちとしては良かったなあと思いました。しかし、やはり会社を辞める前に、通院に至る前に、職場で何かできなかったのか、その職場に労働組合はなかったのかと悲しくもなりました。
  皆さんはこれから、激しい競争社会に出ていかなければならないと思います。本当に今の社会は優しくないと思います。それでも、やはり相手を思いやる、お互いの人権を意識して尊重しあうということを忘れないでいてほしいと思います。
  もし、職場で何かあったら、そこに労働組合があれば組合に相談をしてみてください。そこで解決できなくても、そこから他の窓口を紹介してくれると思います。それから、労働組合がない職場にいかれたら、ぜひ地方連合会を含めて、連合では労働相談をしていますので、そこに電話でもよいので、相談をしていただければ何らかの対応ができると思います。どこかに相談に行くということを、恐れずにやっていくことが大事だということを申し上げたいと思います。
  最後に、セクハラにおける労働組合の対応が早かったということで、きょうの講義では日放労の対応を事例として取り上げてきましたが、連合のどの産業別組織でも相談窓口を持っていることを申し上げて、私からのお話を終わらせていただきます。ご清聴、どうもありがとうございました。

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