埼玉大学「連合寄付講座」

2009年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第3回(5/13)

働く女性をめぐる課題① 賃金・労働条件

ゲストスピーカー:市川佳子(JAM政策・政治グループ長)

1.はじめに
  ご紹介を頂きました市川と申します。私は産業別労働組合であるJAMで仕事をしています。JAMは機械金属産業の労働組合を集めた組織で、ものづくりと機械金属産業を担う労働組合です。主な加盟組合は、プリンターのエプソン、時計のセイコーやシチズンといった大きな企業も加盟しています。ノーベル賞を受賞された田中さんが所属している島津製作所や同じくノーベル賞を受賞された小柴さんの研究にニュートリノ観測装置実現の技術で貢献した浜松ホトニクスの労働組合もJAMの加盟組織です。
  新潟中越地震では、地元の自動車部品の中小企業が被害をうけ、部品の供給ができなくなり、トヨタ、日産というわが国の自動車メーカーがこぞって新潟に応援に行き、その部品ができるように助けたということがありました。
  わが国のものづくりを支えているのは中小企業であるとよく言われますが、そうした職場の組合員を集う組織がJAMです。
  きょうは、女性の賃金を中心に講義をします。ただ、賃金や労働条件は、それぞれの企業によって千差万別で、産業によっても違ってきます。きょう、私が話すのは中小の製造業の現場をもとにした賃金の講義になりますので、サービス業などでは事例は全く違ってくることを、ご理解いただきたいと思います。
  私は、大学を卒業してから、約30年間労働組合の仕事をしています。その間に労働組合でのほとんど全ての仕事を経験しました。ですからきょうの講義も私の経験に基づくものです。大学での学問的な講義ではなく、経験談ということで聞いていただきたいと思います。
  労働組合の仕事は大きく分けて3つあります。労働組合を作る組織の仕事、賃金・労働条件を担当する仕事、それから社会保障はじめ政策・制度を担当する仕事です。それぞれの分野には専門家がいます。よく冗談として言われますが、組織をやっている人は組織屋さん、賃金をやっている人は賃金屋さん、政策をやっている人は政策屋さんと呼ばれます。
  なかでも賃金屋さんは、ものすごく特殊で職人的な世界です。私は賃金屋さんではありません。でも、賃金屋さんが賃金の話をすると、何時間あっても時間が足りないということで、私の方が短く話せるかもしれません。それくらい賃金というテーマは奥深いということです。

2.賃金・労働条件とは何か
  まず、きょうのテーマである「賃金・労働条件とは何か」についてお話しします。学説的には、いろいろあるでしょうが、私は労働組合の人間なので、働く者の賃金という立場で考えます。働く者の賃金とは、労働の対価であり生活費です。企業にとっての賃金はコストになります。立場によって賃金の捉え方は変わってきますが、私は労働組合の立場から賃金をそのように説明したいと思います。
  賃金の他、労働条件として労働時間があります。その労働時間にも1日の労働時間、休暇休日、育児や介護休業という長期の休業というように色々な制度があります。さらに、社宅などの福利厚生があります。これらは企業によって全て違います。最低限のラインは、法律に抵触しないということです。
  また、企業に関ることで大切なのは、退職金や企業年金、安全衛生といった労働条件が挙げられます。皆さんは就職される時、初任給の金額や仕事の内容などで企業を選ばれると思いますが、実は賃金がいくらなのかということ以外で、働く上でかなり重要なこともあります。就職する時、会社を選ぶ時には、そうした項目も考えて企業を選んだらよいのではないかと思います。きょうは、男女間の賃金格差を主に話させていただきます。

3.賃金を考える上で大切なこと

(1)金額はどのように決まるか
  賃金を考える上では、金額がいくらかということよりも、どのように決まるのかということの方がずっと大事です。皆さんも就職する時に「御社の給料はいくらですか」ということだけではなくて「御社の給料はどのように決まりますか」と聞いて、それで納得がいくかどうかで会社を選んだ方がよいです。ただ、面接でそういう質問をして、採用されるかどうかはわかりません。でも、先輩などにぜひ聞いてください。聞くポイントしては、この会社の賃金はどのように決まるのかということを確認することです。

(2)賃金の構成
  賃金とは、どういう構成になっているのかを見ていきます。賃金は企業によってその金額は違い、賃金制度も全部違います。きょうは男女間の賃金格差がテーマですが、格差ということは比較をするということです。ただ、会社によって賃金制度が違うので、比較するということは非常に難しく、不可能に近いことです。
  それと中小企業では、賃金制度がないというところが非常に多く、なんとなく決まっているわけです。そういうわけで、自分の賃金が高いのか低いのかと考えた時、どこと比べて低いのか、誰と比べて低いのか、これが企業をまたがった場合に比較するのは非常に難しいということす。
  賃金を構成する主な項目は一般的には、基本給、諸手当、その他となります。このうち基本給は、年齢や勤続といった属人的なものと、その人がやっている仕事にかかわることの2つに大きく分かれます。属人的なものというのは年齢給あるいは勤続給、仕事にかかわるものとしては仕事給とか業績給といった名称で使われます。
  職能給は、その人が労働者として何ができ、どのような能力をもっているのかということを測るものです。そして、業績給は、その人が仕事でどういう業績をあげたのかで決まる賃金です。仕事給とは、その人がどういう仕事やっているかということで決まる賃金です。これらが代表的なものです。これらのうち、どれに重きを置くかは、会社によって様々です。ただ、30年くらい前は、年齢や勤続といった属人的が賃金の7割程度を占めていました。残りの3割が仕事に関わることで賃金が決まるというものでした。最近は、年齢あるいは勤続といった属人的が占める部分というのは3分の1より低くなっていて、職能給あるいは仕事給といって仕事にかかわる方に向かう傾向にあります。
  ただし、わが国の会社の多くは多能工といいまして、溶接をやっている人が溶接しかできないという人はほとんどいません。これはホワイトカラーも同じで、営業をやったり、経理をやったり色々な仕事をするものです。社内で色々な部署に配置転換されます。わが国の企業の多くは、新卒で入社するといろいろな職務を経験させて、その人の適性を見極めながら、様々な部署に配属します。そうした中で職能を高めていくと給料も上がるという企業が今でも結構多いです。
  これを今、仕事給に変えていこうという動きが出ています。営業だったらいくら、総務だったらいくらというように仕事の種類によって給料を決めようという動きです。こうした制度を導入しますと、営業から総務に移った時に給料が下がったり上がったりします。そうなると社内のなかで簡単に人を動かせなくなります。動かされる人もちょっと待てよということになります。その結果、景気や環境の変化によってある部門が非常に忙しくなったといった時に、簡単に従業員を異動させられなくなります。そういうことがあって、わが国の企業では仕事給というのはなかなか定着しません。それがよいかどうかは別にして現実はそういうことです。
  とはいっても、年齢などの要素が減っていることは間違いありません。でも、会社に入った場合、経験ということは大変大切なことです。新入社員で入った場合、先輩が皆さんの目から見てどんなに無能に見えても、さぼっているように見えても、新入社員よりも1年でも2年でも経験していた方が、仕事ができることは間違いありません。仕事は経験の積み重ねで大体良くなるものです。例外はありますが、年数を重ねることでよい仕事ができます。経験値は大きな要素になりますので、どの世界でも経験値は大事にしています。
  少し余談になりますが、せっかく大学を卒業して、そこそこ良い企業に入社してすぐに辞めてしまう人が多いようです。入社してすぐに自分の能力を生かせる仕事をさせてもらえないから辞めるのは甘いです。5年くらいは、嫌でも頭を下げなければしょうがないと思っていないとなかなか先にはいけません!何事も「石の上に3年」と言われますが、すぐに会社を辞めたり、仕事をほっぽり出したりすると、今大変厳しい経済情勢ですから、転職することはとても大変です。それに辞めればどこに行っても新人になってしまうわけです。そして、賃金はそれについてくるものです。
  一般的な給与明細を見ると、わかりますが、賃金にかかわるものに控除という制度があります。社会保険などの保険料です。これが結構引かれます。控除されています。控除された残りの金額が手取りということになります。社会保険料がどのくらいの金額になって、どのように使われているのかということも、労働組合の非常に重要な取り組み事項です。となっています。皆さんも会社に入られる時は、こうした点に気をつけたほうがよいです。
  給与明細は、初めてもらったものから必ず取っておいてください。会社が変わった場合も同じです。給与明細がないために年金がもらえなくなった人がいます。給与明細は、厚生年金保険料を会社が控除している、あなたが厚生年金の保険料を払ったという証拠です。消えた年金、消された年金とか問題になっています。記録を回復できる一番簡単な方法は給与明細を持っていることです。給与明細は絶対に捨てない、全部取っておくということ。そして、これが賃金をもっともよくあらわしているということです。

(3)賃金を決める要因
  賃金がどのように決まるかということをお話しします。企業の要因としては、労働者個人の能力、仕事の内容、企業の支払い能力です。それと労使の力関係で、これは賃金が労使の交渉によって決まるかということです。
  それと外部的要因があります。その時々の経済情勢などです。今のように非常に厳しい経済情勢ではやはり賃金は上がりません。失業が増えてくると市場関係、需要と供給の関係ですから、失業者が多い時などはやはり初任給等は上がりません。一寸前のバブルの時のような人手不足の時には賃金は上がります。これは市場取引と全く同じ需要供給関係で決まるわけです。
  生計費も賃金を決める大きな要因です。物価がどのくらい上がっているのかということや、家計費の動向などがかかわってきます。そして、さらに大切なのは世間相場です。同業の他社は、どのくらい払っているのかということです。
  世間相場は、賃金を決めるとても大きな要素となります。同じ業種のトヨタ、日産、ホンダの労働者を例にすると、トヨタだけ賃金が高いとそれはコストになって、トヨタの車だけ高くなってしまうことになります。そこで公正競争が大きな意味を持ちます。つまりトヨタ、日産、ホンダは賃金にはもちろん差はあるのですが、そんなに大きな違いはありません。そして労働組合もトヨタ、日産、ホンダなどは自動車総連という連合体を作っていて、毎年の春闘では同じように賃金を上げていこうという取り組みをします。1社だけ抜け駆けして高くすることは、やはり公正な競争にならないということです。また、労働組合がない中小企業では、毎年賃金を上げる時、世間相場はどうなのかということを見て社長が決めることが多いので、世間の相場で賃金が決まるということは重要です。
  それから、法律による制約もあります。これ以下の賃金では働かせてはいけないということが法律で決められています。そうした色々な要因で、賃金は決まります。

(4)賃金を決める手段
  賃金は誰がどうやって決めるのか。一つは、経営者が勝手に決めるという方法です。もう一つは労働組合があって、労使で交渉して決めるという方法です。
  経営者と労働者の力関係は、労働者の方が圧倒的に弱いです。個人で自分の上司に給料を上げて欲しいと言っても、この給料で不満なら辞めてもらって結構ですよということで終わってしまいます。しかし、労働組合のある職場では労使交渉で賃金を決めることができます。労働組合には、そこで働く人の代表として会社と団体交渉をするという機能があり、さらに法律で色々と保護されていて、対等な立場で経営者と交渉ができるようになっています。経営側の勝手な判断によって賃金が決められないようになっています。
  しかし、わが国では、労働組合に入っている人は2割もいません。また、大手企業にはほとんど労働組合がありますが、中小企業で100人以下の規模の会社ではほとんどの人が労働組合に入っていません。労働組合のある大手企業では、労使が賃金を話し合いで決めるようになっていますが、労働組合のない中小企業では経営者が勝手に賃金を決めているといえます。
  皆さんが会社を決める時、賃金を経営者が勝手に決めている会社なのか、それとも労使交渉で決めている会社なのか、今は、インターネットで調べればすぐにわかりますから、そういう点を考えることも非常に重要だと思います。

(5)賃金をもらう人の気持ち
  賃金をもらう上で、労働組合が非常に大切にしているのは、賃金をもらう人の気持ちです。賃金をもらう人の気持ちを考えられるのは労働組合だけです。経営側はその気持ちにはあまり気づきません。皆さんも会社に入り、給料をもらうようになればわかりますが、給料が上がればうれしいですし、下がれば悲しいです。場合によっては頭にきます。
  自分が望む生活をするためには、給料はどのくらい欲しいのかということも大切です。でも、人と比べて高いのか低いのかということもかなり大切なことです。隣で仕事を一緒にしている人が、いくらもらっているのかということがとても気になるものです。あるいは、大学の同期生が他の企業でどのくらいもらっているのかとても気になります。ですから、賃金というものは個人のものであるけれども、他との比較で見ていかなければいけないというややこしい性格をもっています。
  賃金をもらう人の気持ちで次に大事なのは、自分の賃金はどうやって決まったのか、その決まったことに対して納得感があるのかということです。どういう賃金制度であっても、査定なしで賃金が決まる会社というのはほとんどないです。1年間あるいは半期ごとの仕事ぶりを上司が評価をして、それによって自分の賃金が上がるかもしれないし、下がるかもしれません。上司の評価の仕方が公平で客観的でないと思った時に、「私はこれだけ仕事をした、こういう努力をした」ということを言える〈場〉があるのかないのか、こうしたことが一番大切です。それが賃金の全体の傾向を決めていくということにもなり、労働組合がもっともこだわっていることです。
  極論ですが、その職場で働く人の多くが納得できる制度が良い賃金制度だということになります。ただし、「納得できる」ことと「満足できる」ことは違います。「納得できる」ことはつまり「しょうがないな」と思えることです。全ての人が満足できる賃金というのはまず無理です。したがって、納得できる制度であること、これが一番良い賃金制度なのだと思います。

4.男女間で賃金格差は本当にあるのか

(1)格差とは何か
  男女間の賃金格差についてお話しします。男女間の賃金格差は本当にあるのかということです。10年ほど前に連合本部で、男女間賃金格差に関する検討会を開催し、私も委員として参加しました。その検討会には、いわゆる賃金屋さんが半分、男女平等を担当している人が半分という割合で2年くらい議論したのですが、結論は出ませんでした。
  賃金屋さんの言い分は男女に賃金格差はないということでした。これはどういうことかと言いますと、格差というのは不合理な理由に基づく差です。そして、男女間の賃金格差というのは労働基準法第4条にあるのですが、「女性であることを理由として賃金差別がある」これが男女間の賃金差別だといっています。今は、女性であることを理由にして別の賃金表があるという会社はありません。ということで、女性であることを理由とした差別はわが国にはないというのが彼らの結論でした。
  ところが、連合が作成した春闘パンフレットに掲載されているデータを見ますと、わが国の女性の賃金は男性の66.9%にしすぎません。男性を100とした場合の女性の賃金を見ると、若い時期はそれほどの差はないのですが、年齢が上がるにつれて男性と女性の賃金に差が出てきます。
  そして、各国比較で見てみますとわが国は、韓国に次いで男女差が大きくなっています。国際労働機関ILOは、毎年、「日本は男女間の賃金格差が大きいから是正すべきだ」という勧告を政府に出しています。これに対して政府は「これは女性だから賃金が低いわけではなく、仕事や勤続年数、学歴の違いだ」と主張しています。ようするに、男女間に見られる賃金格差は、女性であることを理由とした制度上の差ではないというわけです。
  賃金は、実は額だけでは比べられません。会社ごとに賃金制度は違いますし、担当する仕事もそれぞれ違いますから単純に比べることはできません。したがって、合理的な力の差なのか不合理な差なのかを判別するのは非常に難しいわけです。わが国全体で分析することは、なおのこと難しいことです。

(2)賃金格差をどうやって見るか~JAMの実態
  ミクロの視点で、各社レベルで見ていきたいと思います。賃金格差を解消しようということで、まず、組合員一人ひとりの賃金実態を調べ、賃金のデータを集めます。そして、その台帳を作り、それをプロットにおきます。そうすることで、たとえば男性の方が上にいっていて、女性が下にいっていることがはっきりします。そうすると、その会社でどういうことがあり、どういう現象でこのようになったのかを検証して是正することができます。こうしたことをそれぞれの会社でやっていくしかないわけです。
  具体的に産業別労働組合JAMとしての活動を詳しくお話したいと思います。折れ線グラフの資料を用意しました。この資料を見ると18歳高卒の初任給から20歳代くらいまでは男女ではそんなに差はありません。しかし、30歳を超えたあたりで、女性の30歳代からのカーブが緩くなり、そのまますぐに寝てしまって、40歳以降はほとんど上がらないというのが実態です。それに対して、男性は、30歳で急激にカーブが高くなります。つまりこの辺から会社の中で一人前の労働者だと認められてくるわけです。そして、賃金も早く上がっていきます。その後40歳代で緩やかになっていきます。これだけ男女では差が出るわけです。
  JAMには38万人の組合員が加盟しています。それぞれの実数の賃金を集め、プロットにしていきます。これで見ると、年齢によってどういうところで分布しているのかということが大変よくわかります。そして、男性だけをとったものと女性だけをとったものを重ねてみると、金額が高いのは男性ばかりで、逆に年齢が高くても賃金が低いのは女性ばかりだということが明らかになります。こういう資料を作って、それぞれの賃金を比べ、どういう対応をしたら是正できるのだろうかということを労働組合は考えます。
  今見ていただいた資料は、3000人以上の規模の企業の女性だけの資料です。これに100人未満の企業を重ねます。企業間規模格差の方がもっと強烈です。賃金が高いのは、全部3000人以上の企業です。一方、100人未満の企業の人が集まっている低い賃金のところには、3000人以上の企業の女性はほとんどいません。女性だけでも企業規模によって大きな格差あることがはっきりわかると思います。
  各企業の労働組合は、自分たちの賃金を決める時に、産業別組合-私たちならばJAMですが-で作ったプロット図と、自分たちの会社だけを抜き出して作った資料を比較することができます。そうすることで、自分たちのところはずいぶん下の層が多いなどということがわかり、賃金制度を是正していくための基礎資料になります。産業別労働組合は、企業の中だけではできない資料を提供して、色々なノウハウを教える、これが私たち産業別労働組合の大きな役割です。

5.労働組合は何を取り組みか

(1)まずは賃金制度の整備から
  では、私たちが具体的にどのような活動を続けているのかといいますと、まず、第一に、賃金制度の整備です。中小企業ではきちんとした賃金制度がありません。毎年どうやって賃金を上げていこうかという時にデータそのものがないわけです。中小企業で多いのは「今はだいたい大卒の初任給が二十万円ぐらいだから、今度入ったうちの○○さんも20万円にしておこうか」と社長が決めるという方法です。そうした方法を続けているので、賃金格差をどのように是正していこうかなどと考えていない企業も結構あります。ですから、賃金をどう分析するか、どう制度を作るのかということが最初にやらなければいけないことになります。
  JAMの女性組合員は全体で14%くらいです。はっきり言っておっさんの世界です。○○鉄工所とか××製作所とか「鉄工所のおっちゃん」ばかりです。こうした事情もあり、男女平等の取り組みは、連合の産業別労働組合の中でもあまり進んでいませんでした。2005年になってから、本格的に男女の賃金格差の是正に取り組もうと委員会を立ち上げました。
  その委員会で、JAM全体の賃金をプロット図で把握し、各社ごとにプロット図で見たところ、大きく3つのタイプに分類できました。一つ目は、男性と女性の賃金の位置が完全にずれている分離型です。二つ目は、男性だけが上の方に出ていて、その中間に男女が混成していて下の方に女性だけの層がある三層型です。三つ目は、上の方に男性が出ていてその下が男女混成である二層型です。さらに、これらを1000人以上の規模の組合でこの分類をみたところ、完全に分離しているというところが7.6%、三層型になっているというところが43.6%、二層型になっているということころが43.6%、格差がほとんどないというところが5.1%という結果になりました。ここでは組合の数をいっていますが、企業の数と同じと捉えていただいて結構です。つまり、三層型と二層型の企業がほとんどだったということです。
  これらのことを踏まえての第三の取り組みとしては、組合員の総意で納得性のある賃金制度を作ることです。JAMの各単組の賃金を把握してみてわかったのは、男女の格差以前にまず賃金制度を作る必要があるということでした。

(2)JAMの男女間賃金格差への取り組み
  そして、賃金プロットで完全に分離している、または三層型になっている会社についても改善していかなければなりません。この場合、まずどうしてそうなっているのかその原因を把握しなければなりません。次のようなことが考えられます。
  例えば、コース別人事管理になっていることによって、総合職が男性、一般職は女性となっている。あるいは、営業とか技術職は男性で、補助的な業務は女性というように仕事の与え方に男女の差別がある場合があります。
  また、出産や育児で育児休業を取ったことで評価が下がってしまっていることも考えらます。私は良いことだとは思いませんが、育児休暇を1年間取得したその人の評価はゼロです。通常ですと、1年たてば職務階級が1階ずつ上がります。よほどひどい最低の評価の人でも少しは上がります。しかし、ひどい会社になると育児休暇を取得するとそれだけで最低評価になり、その年の賃金は全く上がらないということになります。27歳で1回育児休暇を取って32歳でまた育児休暇を取ってというと、そのたびに賃金が足踏みをしてしまうことになります。その結果として差が付いている場合もあります。
  さらに、男女間賃金格差の原因としては、諸手当の違いということがあります。家族手当、住宅手当は世帯主に支払う場合が多いので、この手当が高い会社では、この手当部分が男女間の賃金格差を作り出している傾向があります。
  このように、賃金格差の原因は色々と考えられます。そのため、それぞれの企業の組合が、自分の職場の実態がどうなっているのかを分析することによって、個々の要因を探り出して改善をしていくことが大切です。
  JAMの女性組合員の問題で一番大きいのは仕事の与え方です。コース別管理は制度の問題なので、その制度を改善することで解決するわけですが、仕事の与え方の機会均等の確保は一番厄介な問題です。同じ仕事を男性に頼んでも女性に頼んでも結果は同じなのに、上司が男性であると男性に頼む傾向が強いといえます。これは気持ちに絡むことなので、大きな問題です。
  また、作業環境が非常に厳しい現場の仕事がJAMの組合員の職場にはかなりあります。鋳物の職場などは肉体的な負荷がかなりかかります。それで女性でも仕事ができるような環境を整えることが求められます。女性にとって働きやすい職場は、男性にとっても働きやすい職場です。汚い辛いを我慢して、男性の肉体でなければ働けないとしてほったらかしておくよりも、それらを改善すれば男性だって楽でしょうということです。こうしたことの改善をJAMとしては手をつけたというところです。このような改善は1年2年ではできません。私たちは5年10年と長期の取り組みと考えています。
  そして、手当の問題も複雑です。家族手当、扶養手当、配偶者手当などがあって、これは実態としては男性にしかついていません。今はこのような属人的な手当をなくしていこうという動きがあります。JAMの加盟組織でも全てなくしてしまったという単位組合がいくつか出ています。ただ、こうした手当の廃止は、男性にとっては賃金が減ることを意味しますのでなかなか難しい面もあります。本当に必要な手当は、基本の賃金に組み入れることを労働組合では主張しています。
  JAMとしては、取り組みを始めたばかりで、効果が出ているのかどうかもまだよくわかりませんが、男女間の賃金格差が少しずつ縮まっていくように、これからも労働組合では取り組んでいきたいと思っています。

(3)組合員の総意で納得性のある賃金制度を
  給料をもらって働いているサラリーマンにとっては、賃金は人生の中で大きな意味を持ちます。女性との賃金格差を縮めることは、男性の賃金を下げるということにもつながります。企業にとって人件費という大きなコストを、好きなだけ膨らませるわけにはいかないからです。むしろ人件費をいかに少なくするかというところに企業は苦労するわけです。
  同じパイをどう切るかということですから、とても難しい取り組みです。
  賃金制度を変えるということで、ここ数年、会社では、成果主義や仕事主義にしましょうと言ってきます。成果主義にしたいのは人件費をなるべく少なくしたいからで、企業にとって人件費はコスト、固定費です。ですから、固定費ではなく流動費にしたいわけです。つまり、いつでも縮めたり膨らませたり自由にしたいということです。それで、賃金制度を成果主義とか仕事主義にしていこうというわけです。その結果、賃金は下がる人がほとんどで、このことは対応を誤ると大変なことになります。
  私どもの小さい企業の労働組合が、より仕事をやった人が報われるような制度にするという名目で、賃金制度を変えたところがありました。40歳以上の中高年の賃金を下げ、その分若い人たちにも賃金を配分するということにしました。その労働組合もやり方が悪かったのですが、中高年の人でいきなり賃金が5万も6万も下がるというように制度を変えたために、人の命にかかわる重大な問題が起きてしまったことがありました。自分がミスをしたとかいうことではなく、何ら悪いところはないのに、制度が変わったおかげで5万も6万も賃金がいきなり下がってしまうということは、本人に耐え難い痛みを与えます。
  賃金は働く者にとって大変重いものなので、是正をしていくのは慎重に少しずつやっていくしかありません。
  こういう痛みを感じながら、労働組合としては、働く人の気持ちをどう大事にして、良い仕事ができるか、会社の中で良いパフォーマンスができるか、会社のなかで安心して働けるための労働条件をどう作るかということを、これからもやっていきたいと思っています。以上で私の講義は終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。


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