埼玉大学「連合寄付講座」

2008年度後期「若者・働き方・労働組合」講義要録

第10回(12/3)

グローバル化された社会の中での労働組合の役割を考える
~ディーセント・ワーク実現を通じ、全ての人に公正なグローバル化を~

ゲストスピーカー:中嶋 滋(ILO理事・労働側 連合国際代表)

はじめに
  こんにちは。ご紹介いただきました中嶋と申します。私が理事を務めているILO(国際労働機関)は、これまでに国際労働基準を表わす条約を188本採択しています。そのうちの約1割、19条約が労働時間に関するものです。まず、皆さんに知っておいていただきたいのは、日本はそのうちの1つも批准していないということです。日本は、労働時間に関しては国際労働基準に大きく立ち遅れている国の一つです。近い将来、皆さんも就職をされて労働の世界に入るわけですが、日本の労働の世界での現状や常識とされているものは、世界的な基準から見た場合、必ずしもそれに合致しているわけではありません。基準が同じように規定され、適用されているわけではないのです。
  そこで、今日は、働くことに関する基礎知識について、日本の枠を少し超えて、世界的な基準との関係を含め、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
  はじめに、私の話の概要を示しておきます。まず、グローバル化の意味について考えます。それを踏まえて、グローバル化の矛盾の顕在化と、それに対してどのような対応がなされたのかについて述べます。次に、最近の労働組合運動が、グローバル化、特に新自由主義によるグローバル化の促進がもたらした様々な負の側面に対して、どのような対応をしているのかについて説明します。その中でILOがどのような役割を果たしているのか、歴史を振り返りながらみていきます。そして、今日の講義レジュメのサブタイトルにあるディーセント・ワークの実現に向けて、4つの戦略目標とジェンダー平等原則を説明します。その上で、それに関連した日本の実態と、それを克服するためにどのような目標を設定し、どのような活動をしているのか、みていきます。

1.グローバル化の意味を考える
(1)グローバル化の影響
  現在、リーマンブラザーズ破綻の影響により、全世界に金融経済危機が一気に押し寄せる事態となっています。日本も大きな影響を受け、自動車産業では、1万人の非正規労働者を中心とした解雇問題がおきています。国内だけではなく、海外に進出している工場でも、例えばスペインの日系自動車工場で、千数百人規模の労働者の削減が打ち出されています。このように、世界的企業が事業を縮小・撤退し、減産や人員削減が行われている状況、それと国内の状況との関連を考えると、グローバル化された今日の世界では、一国内で自己完結的に問題を解決することが極めて難しいことがわかります。雇用の確保や賃金・労働条件の維持・改善など、労働組合運動の最も基礎的役割も、そうです。国内事情だけで決めることができなくなっています。国境の壁が薄く・低くなって大量の人・物・金・情報が非常に速いスピードで行き来する環境の下で、相互依存関係が深まっているわけです。
  グローバル化の影響の中で、特に注目すべきことは規制緩和です。新自由主義の市場万能論に基づく過度の規制緩和は、労働市場の柔軟化をもたらしました。「非正規」とよばれる労働者が急速に拡大しました。「国際競争力の強化」という名目のもとで、労働コストを削減するために「使い捨て」使用が可能な不安定雇用が拡大されました。また、インフォーマル経済(公式統計にカウントされない経済分野。露天商など法人登録なき零細個人事業などが典型で、従事者の大部分は社会保障の適用も受けていない)が先進諸国にも拡大しています。そうしたことから格差が拡大して、「勝ち組」「負け組」の二極化が顕著になり、それが世代を超えて継承され、そのなかで社会的公正さが失われる事態が進行しているといえます。

(2)グローバル化の意味
  「国際化」というのは、国と国との関係の進展現象です。それに対して「グローバル化」は、国のイニシアティブや意図、管理能力を超えた、超国家的な進展現象をいいます。この現象は、1989年のベルリンの壁の崩壊と1991年の旧ソ連圏の解体に象徴される冷戦構造の終焉によって世界市場が単一化し、一挙に加速しました。1995年のWTOの発足もグローバル化の進展に大きな役割を果たしました。自由競争が無限定に是とされ市場原理が絶対視され、またグローバル化された市場で勝ち抜くためと称して様々な規制の緩和・撤廃がなされました。
  過度な規制緩和・撤廃とそれによって暴走する市場に対する統治機構の不在が、今の状況をもたらしています。これをいかに克服していくかということで、G7の中央銀行頭取・財務相会議などで協調的な対応策が協議され、さらにG8首脳会議でも協調対応が合意されたりしていますが、成果はめざましい形では現れていません。危機の進行を食い止めるのは難しいということです。だからこそ、国連、国際機関や政府間会合などへの提言・要請などの働きかけを通じて、Good Governanceの実態を作り上げていくことが求められます。

2.国際労働組合運動の役割
  そうした活動を着実に継続していくために、それまで分裂していた国際労働組合運動が大きく一つにまとまり、2006年に、ITUC(国際労働組合総連合)が結成されました。ITUCを中心にして、GUF(国際産業別労働組合組織)やTUAC(OECD労働組合諮問委員会)とともにグローバル・ユニオンという共闘組織を作り、グローバル化がもたらす様々な矛盾の顕在化への対応がなされています。

(1)グローバル化の矛盾の顕在化と対応
  グローバル化への対応に関して、2000年前後の動きに注目して、労働組合とILOの動きを見ていきます。1998年、ILOは中核的労働基準(4分野8条約)の尊重遵守を中心とする、「新宣言(労働における諸原則と権利に関するILO宣言)」を採択しました。その主な内容は、①結社の自由および団体交渉権の効果的な承認、②あらゆる形態の強制労働の禁止、③児童労働の効果的な廃止、④雇用および職業における差別待遇の撤廃、に関する8条約を、全ての加盟国は、批准の有無に拘わらず尊重遵守する義務を負うというものです。これらの実施状況については、ILO総会の事務局長報告「グローバル・リポート」において、順次取り上げられ審議されるフォローアップがなされています。
  1999年、ソマビア事務局長が「ディーセント・ワーク(DW)」を提唱し、「働きがいのある人間的な仕事(適切な水準の社会保障および賃金・労働条件が確保された社会的意義のある生産的労働)」を世界的に確立、拡大していく取り組みが開始されました。このDWは、ジェンダー平等原則を基礎に、①中核的労働基準の尊重遵守、②良質な雇用の確保、③社会保護の拡充、④社会対話の促進、という不離一体で相互補完・強化しあう4つの目標の実現を通して促進されるものです。
  2000年前後に、国連グローバル・コンパクト(人権・労働組合権・環境保護・腐敗防止に関する10原則を遵守する企業の登録)の設定・開始や、OECD多国籍企業ガイドラインの大改正など、グローバル化による矛盾を克服する国際的な取組が広範に立ち上げられました。その推進に、国際労働組合運動やILOは大きな貢献をしました。

(2)国際労働組合の最近の対応
  次に、国際労働組合の最近の具体的な活動内容について、紹介します。
  ①G8洞爺湖サミットに向けた提言・要請活動
  まず、G8洞爺湖サミットへの提言・要請です。その内容の第1は、金融危機が雇用に与えるマイナスの影響を払拭するためには、DWを推進する各国政府の協調行動が必要だということや、プライベート・エクイティや政府系ファンドも含め、金融市場に対して効果的規制を実行することです。
  また、関連するあらゆる政策分野での「公正監査」を促進させ、拡大する不平等に対しての取り組みを推進していくことです。「公正監査」とは、一つの政策が作られたときに、その政策があまねく全ての人々に適用されているかを監査することです。その際、監査が効果的になされるためには、政策の立案から結果にいたるまで、監査活動についてのきちんとした指標の作成が重要となります。労働の現状を見ますと、現在最も必要とされていることだと思います。
  さらに、バイオ燃料の開発等による食料品価格の高騰から、開発途上国では飢餓と貧困が拡大しており、それへの緊急対策をとることです。先日、西アフリカのセネガルで、路上で電気製品等を売る青年たちを多く目にしました。大卒や高専卒という高学歴であっても就職できず、教育を十分受けられない人々はさらに悲惨な生活を強いられるという非常に深刻な状況が広がっています。
  話は逸れますが、途上国・先進諸国間の飛行機の発着時間なのですが、途上国側は圧倒的に深夜が多いのです。日本もそうですが、先進諸国は朝6時以前と夜10時以降の発着は禁止されています。騒音防止を中心した生活環境を守るためです。その時間帯の先進諸国での発着を避けるために途上国での発着時間が深夜に集中するわけです。つまり、先進諸国の人々の生活の快適さのために、途上国の人々は犠牲を強いられている側面があるわけで、そのことを知っておく必要があると思います。
  途上国でのディーセント・ワークの創出、開発援助の公約の実行、HIV・エイズ患者への普遍的治療の提供を含めた教育および公衆衛生対策など、先進諸国は共同して途上国援助に取り組むべきことを要請しました。
  2000年の国連ミレニアム・サミットは、21世紀を戦争のない平和な世界をつくり出す世紀にしようと、「ミレニアム開発目標」を設定しました。これは、8つの目標を掲げて、2015年までにそれらを達成しようというものです。そのなかには貧困の削減が含まれています。こうしたことを踏まえて、洞爺湖サミットに向けて、気候変動・温暖化の緩和、および環境に負荷がかからない生産活動・仕事のあり方である「グリーン・ジョブ」について、各国が一致して取り組みを進めるべきだと要請しました。

②新潟・労働大臣会合に向けた要請
  洞爺湖サミットに向けた、新潟での労働大臣会合に対しても、G8労組で提言・要請をしました。ここでは労働に特化をした項目を出しました。
  具体的には、洞爺湖サミットへの要請と重複する部分もありますが、2007年のドレスデンでの労働大臣会合での成果をベースとした前進、グローバル化の社会的側面や、企業の責任および義務に対するより一層実効性のあるアプローチの策定などです。そして、G8に限らず中国、インド、ブラジル、南ア等への働きかけも必要であるということが取り上げられています。

③ASEM(アジア欧州会合)およびAPEC(アジア太平洋経済協力会議)への働きかけ
  ASEMに対しては、ITUC、ITUC-AP、ETUCが連携して働きかけを行いました。フィンランドのハロネン大統領は、会合のオープニング・リマークスにおいて、今の危機的状況を克服していくためには、政府・労働組合・消費者団体がパートナーシップとなっていくことが重要であることを特に指摘しました。ASEM第7回会議では、ASEAN(東南アジア諸国連合)への働きかけとして、「持続可能な発展に関する北京宣言」を採択しました。これは、二極化によって社会的に排除されてしまう社会的弱者の問題をいかに克服していくかということをアジアとヨーロッパの共通の課題としようということです。
  ASEANへの働きかけと共にAPECへの働きかけもされています。これには、APLN(Asia Pacific Labour Network)とAPEC事務局長との対話や、ABAC(APEC Business Advisory Committee ビジネス諮問委員会)代表との対話がありました。また、08年のAPEC開催国であるペルーの大統領への要請と意見交換も行われています。

④G20危機克服に向けたサミットへの対応
  2008年11月に行われた「G20緊急金融サミット」に対して、グローバル・ユニオンとして「ワシントン宣言」を出しました。これは世界の労働組合として主張した声明です。このとき、ワシントンで麻生総理大臣と連合の高木会長が会談しました。会談では、連合から、雇用の確保と賃上げについて、特別な要請をしたと報道されていました。こうした話し合いが持たれたのは、非常に意味のあることだと思います。
  このサミットでは、特に「グリーン・ニューディール」の提唱・推進が話し合われました。これは、1929年の世界恐慌の時に、ルーズベルト大統領が行った大規模な公共政策(ニューディール政策)と、環境にやさしい生産のあり方をリンクさせていくというものです。つまり、公正な社会の実現と経済危機の克服をリンクさせた取り組みということです。
  ドイツではすでに具体化され、実施しています。たとえば、老朽化して環境への負担が高くなった公共住宅を壊して、環境にやさしい公共住宅を大量に建設することを計画的にすすめています。壊すにしても新しく作るにしても多くの労働力や新しい技術を必要とするため、政労使それぞれが、パートナーシップをとりながら取り組んでいます。
  それから、「新たなブレトンウッズ体制」の確立です。1945年にニューハンプシャーのブレトンウッズという小さな町にケインズなど著名な経済学者らが集まり、第二次大戦後の経済、金融、貿易のあり方を議論しました。その結果、IMF(国際通貨基金)、世界銀行、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)が作られました。これらの組織を中心とする体制を「ブレトンウッズ体制」と呼んでいます。
  しかし現在では、それが「制度疲労」を起こし、現下の深刻な経済危機が起きていても、それを克服する適切な政策や実行能力が機能しなくなっています。そのため、グローバル化した世界のもとで、それに対応できる新しい体制、グローバル経済ガバナンスを確立し、公正な分配に向けての取り組むことが必要となっています。

3.ILOへの理解を深め、役割を考える
  こうした背景には、ILOの存在が大きいです。ILOには、第一次世界大戦後のベルサイユ講和条約第13編「労働」が基礎になった「ILO憲章」があります。このなかで、労働の公正さを通じた社会正義の確立をとおして、恒久平和を実現していこうという、崇高な理念をうたっています。
  しかし、わずか20年でその崇高な理念は崩れました。第二次世界大戦が第一次大戦を上回る悲惨な形で起ってしまったからです。第二次大戦末期の1944年にILOは「フィラデルフィア宣言」を採択しました。二度と悲惨な戦争は起こすまいというということで、第二次大戦後のILOの役割について再度確認をしました。この宣言では、①労働は商品ではない、②表現と結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができない、③世界のどこの片隅にでも貧困があれば、それは全体の繁栄を脅かす、などを根本原則としています。ILOは、今日までこれに基づいて活動をしています。

4.ILOの目的と活動
(1)三者構成主義
  ILOの組織的特性は、三者構成主義になっていることです。政労使三者の協議・合意に基づき全ての決定・施行がなされる形をとっています。総会には加盟国代表が、政府2、労働1、使用者1の構成で出席する、あるいは理事会の構成も、政府2、労働1、使用者1の比率にするという、特殊な形態を持っています。

(2)中核的労働基準
  現在ILOには、国際労働基準を規定する188の条約と198の勧告があります。加盟国は、これらの条約を批准すると、その内容を適用させるため関係国内法を整備する必要があります。1998年にグローバル化のネガティブ・インパクトの克服が非常に大きな課題となり、「新宣言(仕事における諸原則と権利に関するILO宣言)」を採択したことは、先ほど述べたとおりです。最も重要な4分野8条約を中核的労働基準と位置づけ、これらの条約については、全ての国が批准・未批准にかかわらず尊重・遵守する義務を負い、問題の克服をしようと確認しています。
  これらのうち、日本では105号条約「強制労働の禁止」と111号条約「雇用・職業上の差別禁止」は批准していません。他の6条約についても、批准しているにもかかわらず適用の上で多くの問題があります。この問題については、後ほど説明します。

(3)ILOの4つの戦略目標
  ILOでは4つの戦略目標を掲げています。それは、①中核的労働基準の尊重・遵守、②良質な雇用の確保、③社会保護の拡充、④社会対話の促進です。そして、この4つの戦略目標を貫く基本原則として、「ジェンダー平等原則」の促進・達成を位置づけています。

(4)ディーセント・ワーク(DW)とは?
  ディーセント・ワーク(DW)とは、一言で言えば、「働きがいのある人間的な仕事」ということです。DWの実現はグローバル化の負の側面である格差の拡大や、社会的公正の劣化を克服していくためのILOの最重要課題であり、国際労働組合運動の中心課題と位置づけられています。そのため、共通課題を含む国連ミレニアム開発目標を進める国連と連携して2015年までを「DW実現のための10年」と指定し、協働を進めています。
  また、2008年のILO総会では「社会正義宣言」を採択しました。これにより、ILO事務局、加盟国政府、労使団体ならびに関連国連機関が、DWを一体となって推進していくことを確認しました。今の危機的状況を考えて、その重要性を共通のものとしてすすめていこうというものです。これによって、DWの推進は文字通り組織をあげたILOの重要課題になりました。

5.ディーセント・ワークの実現に向けて
(1)ジェンダー平等の原則~日本の適用状況~
  ジェンダー平等の原則における日本の適用状況を見ておきます。ジェンダー平等の原則として、ILO100号条約「男女の同一価値労働・同一賃金」があります。これは、働く上で性別による差別をしてはいけないということですが、日本では、男女の賃金格差は非常に大きなものがあります。先進工業国の中でこのような格差があるのは日本だけで、これまでILOで何回も改善勧告を受けています。
  それから、第111号条約「雇用・職業生活上の差別の禁止」です。この条約は、ILO加盟国181カ国中167カ国が批准しているにもかかわらず、日本は未批准です。これも非常に大きな問題です。
  また、第156号条約「家庭責任」は批准していますが、実態上は問題があります。たとえば、単身赴任です。単身赴任をすると、子どもの養育や親の介護などに夫婦で共に携われなくなり、地域社会での活動なども全て残された配偶者の方に負担がかかります。つまり、単身赴任をすることで、家庭責任を果たすことができなくなってしまうわけです。
  これらを克服するために、手法の1つとして、「ジェンダー監査」があります。ジェンダーという視点で、組織の構成、運営、仕事の設定などが男女にきちんとなされているか、監査していきます。そして、実施されていないことを改善していくというものです。しかし、日本ではまだまだ具体的に行われてないのが現状です。

(2)4戦略目標の促進・実現
  ディーセント・ワークの実現は、ジェンダー平等原則に基づき、4戦略目標の達成を通じてめざしていくこととされています。これらについても、日本はどのように対応しているのか確認しておきたいと思います。
  戦略目標1は、「中核的労働基準の尊重遵守」です。日本では、批准はしているのに、適用の上で問題があるものがたくさんあります。特徴的な例をあげますと、結社の自由・団結権を保障するILO87号条約についてです。これを批准しているにもかかわらず、地方公務員法は、消防職員が労働組合をつくる権利を認めていません。これは条約違反であるとし、これまで何回もILOから法改正を含めた改善の勧告を受けています。
  実は、87号条約を批准し公務員に団結権を保障しているのに、消防職員に団結権を与えていない国は、1984年の時点では3ヵ国ありました。日本とガボンとスーダンです。しかし、ガボンとスーダンは、ILOの改善勧告にしたがい消防職員に団結権を与える法改正などの措置をとりました。いまでは日本だけが残っています。
  ILOで「尊重遵守」というのは、法制度の面においても実態上においても、批准した条約をきちんと守らなくてはならないということです。消防職員の団結権は、法制度的にも実態上でも守られていない一つの例です。
  戦略的目標2は「良質な雇用確保」です。現在、大学生が就職内定の取り消しという不当な扱いを受けていることが、マスコミ等で報じられています。若年の雇用問題に焦点をあててみますと、OECDでいう若年層(15~24歳)は、約60億人の世界人口の中で10億人いるといわれています。その人たちは非常に深刻な失業に見舞われています。この年齢層の2007年度の失業率は、日本では7.7%、カナダでは12.9%、フランスでは18.7%、ドイツでは11.7%、イタリアでは20.3%、スウェーデンでは18.9%、アメリカでは20.5%、ヨーロッパ全体では15.7%で、日本は、このなかでは低い数字となっています。
  また、日本の2007年度失業率の全体平均は約4%で、若者の失業率よりも低くなっています。しかし、職業についている人の雇用条件をみると、短期の雇用契約の人が多くなっています。これらの職業は不安定であり、低賃金のうえ労働条件も悪いということで、今、深刻な問題となっています。労働の「商品化」の横行、日雇い派遣の問題などもあります。日本では失業率が他国に比べて低くても、雇用状況が良好であるとはいえないのです。
  戦略的目標3は「社会保護の拡充」です。今日本では、雇用保険をはじめ社会保障制度の非適用労働者が拡大しています。さらに、社会的安全網(ソーシャル・セーフティ・ネット)の水準が低いのです。そして、一度底辺に下がってしまうと、再び上がることはなかなかできない社会構造になっています。
  また、最低賃金の問題があります。都道府県別最低賃金が一番高い東京で、1時間700円台です。これはかなり低い金額です。日本の労働者の法定労働時間は年間1800時間です。時給1000円で1800時間働いたとしても、年収180万円です。ワーキングプアとは、1人年間200万円以下の人をいいますから、時給1000円で年間休みなく働いたとしても、ワーキングプアよりも低い水準でしかないというのが実態です。
  特に深刻なのが、母子家庭です。東京で子どもを2人抱えて離婚した女性が、住居や育児などの手当を含めて生活保護給付を月約24万円支給されています。それで家賃を支払いながら子どもの養育をしていくのは、大変なことです。
  最低賃金が生活保護水準を下回るという逆転現象をなくすために、生活保護給付を低くおさえろという、乱暴な議論をする経営者がいます。誰もがみんないつでも健康で、元気に仕事ができるわけではありません。「まさか」のときがあります。
  ほとんどの企業では、病気やケガで長く休むようになれば辞めなければなりません。回復して再就職しようとしても、たとえ埼玉大や東大のようなエリート大学を出ていても、非常に労働条件が悪くなります。病気前は結構いいポストで仕事ができていても、簡単に底辺の層に落ちてしまうのが今の状況です。そういうときのソーシャル・セーフティ・ネットを、きちんと確立していく必要があります。
  戦略目標4は「社会対話の促進」です。ソーシャル・セーフティ・ネットを確立させるためには、政労使三者の社会対話を促進していくことが必要不可欠ですが、日本の三者構成には問題点があります。
  日本でも、労働関係の法案はすべて審議会を通します。法案内容の是非をめぐって三者で協議し、そこでまとまったものを法案として掲げるという手法をとっています。そこでの三者は「政労使」の三者ではなく、「公労使」です。「公」は学識経験者ということで、政府の政策に近い人を選びます。政府は、事務方として三者から意見を聞くこととされていますが、三者にかける原案は政府が作っています。要するに、実質的には政府主導の四者協議であるというのが、日本の三者構成の実態です。
  ここでもうひとつ指摘をしておきたいのは、マネージメント・スタイルの変化と影響です。以前は、会社経営で、従業員とその家族の生活の面倒をみるという古きよき一面がありました。しかし今は、株主重視の方向への変化がみられます。そして、株主配当を効率的に上げていくために、非正規労働者を増やして人件費コストを下げるという手法が、安易にとられているわけです。
  かつて、日本的労使関係の基盤は、終身雇用制、年功序列賃金制度、企業内労働組合でした。この3つが一体となって会社経営を盛り上げていくことにより、生産性を向上させ、国際競争に打ち勝っていくことが可能であったわけです。しかし、これは、現在ではほとんど破綻の危機に瀕しています。元に戻ればいいというわけでありません。企業の業績は企業の責任ですから、企業独自のやり方で進めることには問題はありません。ただし、企業には社会的な責任も求められているということを、忘れてはならないと思います。
  以上のように、日本の労働における現状を見てきました。ILOでは、DW実現への行動として、日本を含めた加盟国に対して、国別計画や国内行動計画の作成を奨励しています。具体的には、国際労働基準の適用状況や、雇用と収入の確保の状況、社会的保護や社会保障の適用状況、政労使三者を含む関係者による対話促進の状況について調査・分析・把握をし、国内事情に応じた達成可能な計画の設定、実施を奨励しています。

おわりに
  最後に、最近のちょっとうれしいニュースをお知らせして話を終えたいと思います。11月11日に、私はILOの理事会に出席していました。そのときに、ジュネーブからほど近いニヨンという湖畔の町で、商業、金融、流通などの労働組合を国際的に組織しているUNI(Union Network International)と日本のデパート高島屋が、「グローバル枠組み協定(GFA)」を協定しました。
  これは、人権、労働、環境、腐敗防止などの分野にわたる、ILO条約などで規定され国際基準化しているような重要項目について、労使が協働して責任をもって実施していくことを協定するというものです。ソマビアILO事務局長立会いのもとで、高島屋の代表とUNIの代表が調印しました。
  GFAは、フランスのダノンやドイツのフォルクスワーゲンなども締結しています。これを結ぶことにより、企業は国際的な社会正義の実現を企業活動の中でも展開していくことになります。これを協定したのは、日本企業では高島屋が初めてです。世界では約70番目です。
  この発想は、実はグローバル・コンパクトと同じです。しかし、グローバル・コンパクトは、違反をして摘発された場合、登録名簿から抹消されるペナルティがつきますが、それ以上の罰則はありません。つまり宣言実施を担保する力があまり強くないのです。一方、GFAは、労使で協力して実施する内容についてサインを交わします。日常的に起きる問題に対して具体的にどのように対応するか、協定の精神に沿って、労使ができることを協議していくということから、より現実的で実効性が高いといえます。
  また、高島屋が結んだ協定のすばらしいところは、高島屋の取引先であるサプライヤーも視野に入れたことです。サプライヤーに対してもGFAの精神を踏まえて、それぞれが企業活動を行い、高島屋と取引していくことを協定の中に組み込みました。こういう活動が、日本の企業でも進められていることを非常にうれしく思うとともに、こういう企業がさらに増えることを願っています。
  これで、私の話は終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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