埼玉大学「連合寄付講座」

2008年度後期「若者・働き方・労働組合」講義要録

第7回(11/12)

長時間労働をどのように是正するか
~ワークライフバランスの実現に向けた労働組合の取り組み~

ゲストスピーカー:大木 哲也(サービス連合 副会長)

1.はじめに
  皆さん、こんにちは。サービス連合の大木と申します。はじめに、サービス連合がどのような団体であるかを含めて、自己紹介をしたいと思います。
  サービス連合は、正式名称を「サービス・ツーリズム産業労働組合連合会」といいます。観光産業に関わる企業の労働組合の集合体です。2001年7月に、旅行業の観光労連と宿泊産業のホテル労連が一緒になり、サービス連合を結成しました。
  私は22年前に近畿日本ツーリストに入社しました。広島に配属になり、そこで修学旅行のセールスをしていました。4年半ほど現場で仕事をした後、労働組合の役員になって東京に来ました。そして今に至っています。
  旅行業というと、皆さんにとって大変興味がある業界かもしれません。中には旅行が大変好きだという人もいらっしゃるかもしれません。今日は、旅行会社の職場がどんな実態にあるのか、その中で労働組合がどんな交渉をしているのかについて、ご紹介したいと考えています。
  本日のテーマである長時間労働の深刻さは、昔からあまり変わっていないのが正直なところです。あまり包み隠さず話しますと、せっかく将来、旅行会社で働きたいと思っている人の夢をつんでしまうのではないか、あるいは労働組合のやっていることは、なかなか実現しないではないか、と思われるかもしれません。そのように思われるのは私の本意ではありません。長時間労働の現状の中で、働く人や労働組合が何を一生懸命やっているのか、将来どういう方向を向いているのかについて、掴み取っていただければ幸いに存じます。

2.旅行業を取り巻く環境
(1)観光立国推進基本計画
  現在の旅行業を取り巻く状況について簡単にお話しします。2008年10月1日に観光庁という役所が発足しました。従来旅行会社はどちらかといえば基幹的な産業ではないという印象が強く、監督官庁も国土交通省、昔でいえば運輸省が管轄をしていました。
  しかし、実際には観光産業は、旅行会社だけで成り立っているわけではありません。ホテルをはじめ、飛行機や鉄道、船などの交通機関、おみやげ店、それから、観光地にあるお寺や博物館や歴史・自然といったものを全て含めて、そこに関わり働く人たちの産業であり、かなりの広い範囲にわたる産業だと言えます。そういう意味で、10月に観光庁が発足して、文部科学省、農林水産省、経済産業省等の縦割り行政の中ではなかなか進まなかった観光産業振興を、横断的に盛り上げていこうという体制が整ったと言えます。
  2006年12月に観光立国基本法が成立し、これに基づいて観光立国推進計画が策定されました。2007年6月に「観光立国政策マスタープラン」が閣議決定されました。このマスタープランの目標は、①日本に来る外国人旅行者を2010年までに1,000万人にする、②日本人の海外旅行者数を2010年までに2,000万人にする、③国内の観光消費額を2010年までに30兆円にする、④日本人の国内旅行による宿泊を年間1人あたり平均4泊にする、⑤日本における国際会議の開催件数を2011年までに5割増にする、というものです。この目標数字を並べてみると、「1-2-3-4-5」と語呂合わせのような数字になっています。これから日本が、観光産業で盛り上がっていこうという雰囲気はできてきています。

(2)2008年の旅行動向
  しかし、アメリカのサブプライム問題に端を発する世界的金融不安から、観光産業が盛り上がっているところに翳りが出てきました。今年の状況では、日本人の海外旅行者数は大幅に減っています。これは、日本の景気が非常に悪化しているということもありますが、もう一つの大きな原因は、燃油サーチャージ問題です。海外旅行の航空券代は、原油価格に連動して、追加料金が加算されるしくみになっています。たとえば、ハワイに行こうと計画したときは5千円のチャージだったのが、原油価格の動きが激しくなって、出発前には数万円に跳ね上がっていたりします。家族4人の場合、10万円以上の代金が追加請求される場合もあります。こういう状況が海外旅行の割高感を招き、需要の激減につながっています。
  一方、日本に来る外国人旅行者は順調に増えています。ここ8ヵ月は、円高が急に進んだ関係もあって減速していますが、これからも順調に進むのではないかと思っています。
  海外旅行が激減している分を、国内旅行にシフトしようという向きもあります。しかし、国内旅行がそれほど売れているというわけではありません。また、外国人旅行者がたくさん来ているといいましたが、実は、日本の旅行会社はその外国人旅行者を取り込めていません。たくさんの外国人旅行者が来ても、日本の旅行会社にとっては商売につながっていない状況にあります。
  とはいえ、国内の観光消費額を2010年までに30兆円にしようという目標を立てているわけです。国内総生産GDPは約500兆円ですから、そこに占める割合としては極めて大きく、旅行業は数少ない成長産業の一つであろうと思います。

3.旅行業における長時間労働の要因
(1)旅行会社の業態と低収益構造、典型的な労働集約型産業
  旅行会社は、観光産業のさまざまな経済活動の中でかなり中心的な役割を担うと思っています。しかし、旅行会社の実態は非常に厳しく、相対的にみて旅行会社の地位は低下している状況です。そういう状況にある中で、旅行業における長時間労働の話に入っていきたいと思います。
  旅行会社に限らず、サービス業という業種は労働集約型産業といわれ、低収益な構造だと言われます。労働集約型産業というのは、企業の費用の中に占める人件費が非常に大きい産業ということです。旅行業も典型的な労働集約型産業です。
  旅行会社の収益構造は、売上高の約10%が売上総利益(粗利)です。原価が約90%を占めていることから、たとえば5,000億円売り上げても、残るお金は500億円しかないということになります。そこから費用がかかり、約半分が人件費だと言われています。最終的な営業利益は、0.5~0.6%くらいしか残りません。非常に低収益な構造になっていて、端的にいえば、「貧乏暇なし」ということです。1円でも安い旅行商品がよく売れるという感じで、まさに薄利多売となるわけです。
  旅行会社のこのような収益構造の背景には、根元的な問題として長時間労働があると思います。旅行会社は、日本に約1万社あります。大手のJTBグループでは、社員が1万人以上働いています。また、家族だけでやっているような小さな会社もあります。規模・業態はさまざまですが、旅行に関する販売会社であるということは共通です。運輸や宿泊やみやげ物といった観光素材を組み合わせて、旅行商品を作り、それをお客様に販売をするという会社です。旅行は目に見えない商品で、実際に行って帰ってこないと「よかったな」ということがわかりません。パンフレットはあくまでもイメージであって、行ってみないとわからない商品を販売しているのです。
  「旅行代理店」という言い方は、マスコミなどで使われ、定着しているもので、正確な言い方ではありません。さまざまな旅行素材を組み合わせて商品を作って販売をするということから言えば、代理業ではなくプロデュース業だと言えます。そして、人間がそこに介在をして、目に見えない商品を作っているわけです。したがって、人間がどう働くかということが、企業の儲けや、企業の発展に大きく関わってきます。

(2)営業稼働時間と事務処理の時間(団体旅行販売)
  本日は旅行会社の典型として、団体旅行販売と個人旅行販売の大きく2つに分けて説明します。団体というのは、外回りの営業をして、仕事をもらってきて、旅行の商品を売る、ということです。一般企業や、自治体、学校、宗教団体など、さまざまな団体に対して、慰安旅行や大きな大会、修学旅行などを、お客様のニーズに合わせて提案しながら、オーダーメードで旅行を作っていく仕事です。
  最近ではMICEというのが花形です。Mというのはミーティング、Iはインセンティブ、Cはコンベンション、Eというのはエキシビションの略で、会議、企業報奨、国際会議、国際イベント、展示会、などが近年のコア事業になっています。
  団体旅行販売では、営業に出ている時間が長ければ長いほど仕事の受注に結びつきやすいとも言えます。初めて会ったお客様と、すぐに商談が成立することはあり得ません。その団体に合いそうな情報を得て旅行の企画提案を行うのですが、多くの場合複数の旅行会社が見積もりを出したり、旅行商品のプレゼンをしたりする中で、競争を勝ち残って初めて契約を取ることができます。日常のセールス活動が非常に重要ですので、日中は大体外を回っていることになります。
  営業所に帰ってからも、仕事はたくさんあります。営業日誌を書いたり、旅行商品の提案資料作り、見積もりの作成、商品のプレゼン用資料を作成したりしなければなりません。実際の旅行が終われば、精算書を作る必要もあります。こうした仕事は、全てセールス活動の終了後にやることになりますから、事務処理の時間が別途必要になってくるのです。
  営業所には、セールスに出ていない、スタッフもいます。いわゆるバックス(後方部門)の担当です。そういうスタッフと分業できる仕事と分業できない仕事があります。たとえば、お客様から受けた電話での注文に対して、スタッフでも一般的な資料は作れるかもしれません。しかし、セールスした本人がオリジナリティを持った企画を打ち出していこうと考えているならば、本人がやらなければいけないということになります。
  また、地方の営業所には人はたくさんいないので、依頼を受けた旅行の手配・予約業務のすべてを自分で行うことが求められます。そうした状況の中では、営業の時間もなかなか取れなくなってきます。それでも、本人と会社とでつくっている目標、いわゆるノルマがありますので、それが達成できていない場合、非常にプレッシャーがかかります。すると、なかなか休みにくい、早く帰りにくい雰囲気になり、自然と残業時間が増えてくるわけです。

(3)年中無休・長時間営業、小規模店舗展開(個人旅行販売)
  もう一つは、店頭販売、個人旅行販売です。こちらはオーダーメードに対して、レディーメードと言ってもいいかもしれません。駅の中や量販店の中などに、旅行会社のカウンターがあります。そこでは、パッケージ商品といわれるものを販売しています。「ルック JTB」、「ホリデイ」などの海外ツアーのパッケージ、国内でいえば、「エース」、「メイト」など、ブランドのついた商品の販売が中心となっています。
  店頭部門でもいろいろな問題を抱えています。店頭に出ている販売員を「出面(でづら)」と言っています。店頭に椅子を5個置いていたら、お客様は5人座ります。そこに対応する販売員が5人いないと、お客様を待たせることになります。最近では、旅行会社も銀行や郵便局のように、順番待ち整理券の発券機を設置していますが、それでも、店頭では忙しい時間になってきて来客数が出面を超えてしまうと回らなくなってしまいます。その間は、電話も出られないし、結構大変なことになります。
  営業時間の問題もあります。店頭の営業時間終了後も、お客様から受けた予約申込みの手配結果について電話連絡しなければいけません。一日の営業が終わったら、レジも閉めなければいけません。また、パンフレットの裏表紙に営業所のスタンプを押すのも閉店後です。さらに、商品の勉強をしなければいけません。毎日たくさんの旅行商品が作られて、パンフレットがどんどん営業所に届けられます。どこに何が書いてあるのかわからないと、お勧めの商品を的確に提示することはできません。より有利な、収益性の高い商品に誘導するために必要なトークができないことにもなります。要するに、やることは非常にたくさんあるということです。
  昔は、定休日があるのが普通でしたが、今では年中無休が当たり前になってきています。当然交代で休むのですが、平日でも土曜日でも大体誰かが休んでいる状況ですので、ますます出面は減ってしまうことになります。
  さらに、営業時間がどんどん拡大していることもあります。朝10時から夜8時までとか、遅いところでは、夜中11時まで営業しているところもあります。一日を8時間労働で組み立てていくと、営業時間をカバーするためにはシフト制をしいて、早番と遅番という組み合わせでやっていきます。夜遅くに旅行を申し込みに来る人はほとんどいませんが、ショッピングセンター内での営業時間に合わせることが出店の条件なので、長い時間営業せざるを得ない状況となっています。
  また、小規模店舗が増えています。これは、小さなスペースで、3,4人でやっているカウンターです。そのような店舗では、1人休むと残り2人になってしまいます。もし、ある人の定例休みと、急に風邪で休む人が重なると、1人になってしまうことがあります。そうなると、てんてこ舞いになってしまうのが、旅行カウンターの実態です。

(4)異業種参入、IT化、直販化
  1987年に国鉄がJRになったときに、旅行業に参入しました。その後航空会社も参入してきました。運輸機関が自前で旅行業をやることになると、当時我々にとってはきわめて脅威になると思われました。
  販売手法についても多様化が進みました。私が入社した頃は、今のようにインターネットが、家庭や販売現場などに普通にある状況ではなく、電話とFAXでやっていた時代でした。今ではインターネット販売は普通になったため、我々がお客様を送っていた航空会社やホテルが、直接消費者に対して販売をするようになりました。これを直販化といいます。今までは、旅行会社を経由してお客様に旅行が提供されましたが、現在では、運輸機関や宿泊施設から、直接お客様に旅行が販売されるようになってきました。さらに、航空会社が旅行会社に対して、航空券の販売手数料をなくすことも増えてきています。 
  旅行会社に頼らなくても、お客様にサービスを提供できるようになったことから、相対的に、従来の旅行会社の役割は低下しました。長時間労働の要因は、古くからある課題と、ここ10年くらいの間における環境変化・過当競争の激化に起因する課題が混在をしていると言えます。
  旅行会社も手をこまねいていたわけではなく、分業体制や情報の共有など、業務の効率化・機械化を進めてきました。しかし、最後は人に頼るという体質は変わってないため、昔からの長時間労働の問題は解決していない状況です。

4.労働時間短縮に向けた取り組み
(1)年間総実労働時間1800時間達成に向けて
  サービス連合が毎年行っている労働時間実態調査の直近の結果を見ると、年間総労働時間は、一番短い組合で1831時間、一番長いところでは2258時間でした。職場環境により相当大きな開きが出ています。
  サービス連合では、1800時間を年間総労働時間の目標としています。その取り組みの柱として3点あります。1点目は、おおもとの所定労働時間を短くすることです。一日の労働時間を短くしたり休日を増やしたりすれば、当然労働時間は減ります。ただし、直接コストの増大に繋がるために、あまり思い切った施策はしにくい状況にあります。2点目は、時間外労働の削減です。当然ですが、決められた時間を超えて働くことをなくしていくことが求められます。3点目は、年次有給休暇の取得促進です。与えられた有休をできるだけ多く取得する取り組みを進めています。

(2)時間外労働削減の取り組み
  時間外労働削減の取り組みの具体例の一つは、36協定の交渉です。労働基準法では、会社は従業員を一週あたり40時間しか働かせてはいけないことになっています。ただし、従業員の過半数を占める労働組合がある場合にはその労働組合、過半数の労働組合がない場合には従業員の過半数を代表する者と書面上で協定を結べば、その部分だけ延長して働かせてもいいということになっています。労働基準法36条で決まっているので、この労使協定を「36(さぶろく・さんろく)協定」とよんでいます。
  忙しい職場と比較的暇な職場がありますし、忙しい時期と比較的暇な時期があります。それらを勘案しつつ、最小限度の時間外労働を協定することが交渉の根幹です。私の出身である近畿日本ツーリスト労働組合では、毎月必ず36協定を締結しています。月末に職場討議をして、会社から提案を受けた協定時間で仕事がまわるのかどうか、逆に36協定時間が長すぎるのではないか、という話し合いをします。そして、組合員一人ひとりにヒアリングをしながら、共通の時間はどのくらいだろうという話をして、管理職の職場長に交渉を申し入れ、労使双方が折り合った時間で36協定を締結する、というしくみをとっています。36協定で決めた時間外労働時間が守れない場合は、要員の増加や業務の縮小、仕事のやり方を変えるという交渉につながっていくことになります。
  また、「早く帰ろう運動」も行っています。思い切って残業をやめて、週一日くらいは早く帰ろうということで、例えば毎週水曜日を「ノー残業デー」に設定する等の取り組みが行われています。労働組合側からだけでなく、会社側からも取り組む必要があります。管理職など発言力のある人が、自らが率先して、声かけ運動をすることも必要だと思っています。

(3)年次有給休暇取得促進の取り組み
  出面などの問題もあり、長い休暇をとりにくく、旅行を売っている立場の人間でありながら、なかなか旅行に行けないというジレンマに陥っています。そういう雰囲気を払拭するために、労働組合として「夏休みをとろうキャンペーン」等の取り組みをしています。夏は、比較的組合員も休みをとりますし、子どもがいる組合員は、どこかレジャーに出かける大きなチャンスと言えます。
  出面の確保が必要な職場では、計画的に休みを割り振っていきます。3ヵ月、4ヵ月単位で勤務計画を作って、半ば強制的に休みを入れてしまいます。あるいは、労使協定で全員に休暇の連続取得を義務付けるようにしています。完全取得の義務付けを労使の約束事とし、取れていない職場の管理職には、なぜできないのか説明を求めたり、どうすればできるのかという方策を求めたりしています。

(4)要員要求、適正要員配置交渉
  36協定の時間外労働時間が守れない、年休が取りにくいという職場の問題は、突き詰めていくと、要員問題にいきつきます。人が絶対的に足りないから、増員をしなければいけないということです。
  どのようなセクションに時間外労働が集中しているのか、職場で十分に分析をしながら、会社と交渉をしていきます。特に新入社員が入る4月は、大量に要員が増える時期ですから、新卒社員をどの職場に配属をさせるのかということは、我々にとっては重要な交渉です。また、新卒が入ったところからベテラン社員をどこに異動させるかも交渉します。
  会社側は、まず生産性を重視して、要員計画を立てます。東京、大阪、名古屋といった市場性の豊かな大都市には、たくさん要員を配置したがります。実際、そういうところは忙しいのですが、収益性の低いところには人がなかなか配置されず、基本的には労使対立の構造となって、難しい交渉となっているのが実態です。

(5)賃金不払い労働(サービス残業)の課題
  賃金不払い労働の問題もあります。働く側の意識の問題もありますが、時には深刻な事態になります。成績が上がらないと、時間外労働手当も請求しにくいということもあり、自ら労働時間を調整してしまうのです。本来、時間外労働は、会社からの命令で行うものですが、成果主義が取り入れられ、数字が全てという状況になってから、そのことが大きな影響を及ぼしています。
  管理職は、自分の職場の成績が悪ければ自らの処遇にも反映しますから、できるだけ費用を抑えたいと考える人も珍しくありません。部下が不払い残業をしていても見てみぬふりをするどころか、あからさまに強制をする場合さえあります。
  36協定や年次有給休暇の交渉を会社に対してやればやるほど、今度はそれが不払い残業につながり、職場から大きな不満が上がってきます。不払い残業がどんどん増えると、過労死の問題も含めて重大な問題に発展する場合があります。そうならない前に、働いた分は全部明らかにして、きちんと対価として賃金を支払うように交渉を行います。しかし、この場合には、隠れていた時間外労働がデータとしておもてに出てくるため、根本的な解決は非常に難しいものがあります。
  ですから、粘り強く職場の意識を変えていく取り組みが欠かせないと思います。さらに今は、労務コンプライアンス(法令遵守)が、企業にとっても従業員にとって非常に重要な課題となっています。企業の社会的な責任ということで、一度摘発をされ、社会問題化すると大きな損失を被ることになります。
  近畿日本ツーリストでは、タイムマネジメント推進運動を労使共同でやっています。限られた時間の中で、効率よく仕事をしようというのがその趣旨です。当然、生産性を向上させるということにもつながると思います。管理職も含めた従業員の意識改革を中心にすえて、具体的に労使で進めようとしています。
  その中身としては、主体的な時間管理意識の醸成というアクションプランがあります。とりわけ、人事考課の中に時間管理能力項目を追加し、管理職は、適正な労働時間管理をして従業員を早く帰らせる、そして目標とされるノルマも達成させる。それができれば、人事考課でもっともよい評価となり、その分報酬を出そうということを目指しています。

5.ワークライフバランスに関するその他の取り組み
(1)育児や介護の両立支援にむけた取り組み
  女性の働き方でいえば、昔は、結婚・出産を機に会社を退職する人が大変多かったのですが、最近では、育児休業を取って、また会社に復帰をして、過去の経験やスキルを生かして働く人が増えています。
  大手旅行会社の育児休業制度は、非常に充実しています。育児休業中の賃金補填のほか、職場復帰後も、子どもを保育所に迎えにいくことができるような短時間勤務制度があるなど、法律で決められた育児休業制度を上回る制度となっています。しかし、残念ながらそういう制度があってもなかなか取りにくい状態です。自分が育児休業をとったり、短時間勤務で早く帰ったりすれば、その分の仕事を誰がするかということで、周りの人に遠慮してしまうのです。
  そういう意識も含めて変えていかなければいけません。男性がほとんど育児休業をとっていないというのも大きな問題ですから、家族的な責任をいかに共有していくかが、これからの取り組みとして必要になってきています。

(2)メンタルヘルスケアの取り組み
  長時間労働が蔓延して久しく、さらに、成果主義ということで、職場の人間関係の構築が非常に難しくなってきています。
  今では一つの職場に、必ず1人くらいはメンタルヘルス不調者で、精神的に悩んでいる人がいると言われるほど激増しています。時短を進めていくことはもちろんですが、メンタルヘルスの兆候を見逃さないようにすることも大事です。社内に相談窓口を設置したり、労働組合にも相談しやすい窓口をつくったりして、コミュニケーション構築に努めていく必要があります。現場監督者にメンタルヘルスについての教育等を実施しながら、意識改革を図っていくことも進めています。

(3)均等待遇と男女平等推進
  均等待遇と男女平等の取り組みは、あまり進捗していない状況です。今は、パート社員や契約社員が非常に多くなっています。その多数が、社員と全く変わりない責任ある仕事をしています。そういう人たちの処遇を上げていかないと、働いている社員全体の賃金も上がりませんし、働いている人たち全員の処遇のバランスも問題となってきます。
  また、女性管理職もほとんどいません。女性の従業員はどんどん増えていて、アウトセールスを含め、従来、男性がやっていた仕事を女性もやるようになってきています。しかし、まだまだ女性の管理職の数は極めて少ない状況です。積極的な登用を進めていくことも、均等待遇と男女平等を推進するうえで、大きな課題だと思っています。

6.まとめにかえて
  働くものの幸せは、ひとつにはたくさんお給料がもらえて、働き甲斐のある仕事ができて、そして気持ちのよい職場が実現されることだと思います。ディーセントワーク、すなわち働き甲斐のある人間らしい仕事を、どう実現していくかということが究極の目標です。しかし、それを達成していくためには、企業の安定的な経営基盤の確立がセットにならなければ、働いている人たちを幸せにすることはできません。
  旅行業が有益な産業として必要だということを広く認めてもらうためには、高品質な商品を提供して、「この旅行はすばらしかった」とお客様に言っていただけるような商売をしていくことです。そのためには、経営のトップ自らがそのことを従業員に発信して、企業が全体となってこの会社をよくしていこうという雰囲気を作っていくことが大切になってきます。
  先ほど紹介した、近畿日本ツーリストのタイムマネジメント運動も、社長自らが、具体的なメッセージを全従業員に対して発信をしたことでスタートをしています。それに至るまでには、事前に労使の粘り強い交渉がありました。
  働いている者と経営者が同じ価値観を持ち、一体となって進めていくことは、時間がかかるようでも企業の発展にとっては一番の早道です。労使がお互いの幸せを追求していくことで、旅行業が発展をしていくのではないかと思っています。
  旅行が大嫌いという人はあまりいないと思いますので、この先、観光産業がなくなることはないと思っています。しかし、働いている人たちが幸せを感じられないというならば、既存の旅行会社は生き残っていけないだろうとも思います。そういう意味では、労働組合の取り組みがますます重要になっているし、我々の責任も非常に重いと思います。
  以上、旅行業の労働組合がどのような交渉をして時短を進めているかについて、取り組みの一端を報告させていただきました。ご清聴ありがとうございました。

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