埼玉大学「連合寄付講座」

2008年度後期「若者・働き方・労働組合」講義要録

第4回(10/22)

労働現場で今、何が起きているか-労働相談から見た若者労働の現状

ゲストスピーカー:金子雅臣 「職場のハラスメント研究所」所長・労働ジャーナリスト

1.労働相談の現状

1-1.相談来訪者における変化

 今日は、皆さんがこれから社会に出たらどのようなことが待っているか、労働現場で実際に起きていることについて、話したいと思います。
 私は、東京都で数十年にわたり、年間約5万件の労働問題の相談を受けてきました。雇っている人は、雇う上での法律の問題等、雇われている人は、働く上での悩み等について相談をされます。10~20年前では、雇っている人と雇われている人の相談の割合は、約半々でした。しかし、最近では雇っている人が約2割、雇われている人が約8割というバランスに、完全に変わってきています。
 最近の変化を具体的にあげると、一つには、働く人の約4割が女性となった結果、女性の相談が非常に増えてきました。相談者の約6割は女性であり、多くの女性が職場で悩みを抱えていることがうかがえます。
 また、若い人を中心に、派遣労働者や契約社員、パート、フリーターなど正社員以外の人たちからの相談が非常に増えています。職場における自分の立場が、正社員か非正規社員かどちらかわからない、という人も増えてきています。
 さらに、働く会社が一つでなかったり、契約書がなかったりと、自分がどんな働き方をしているのか、わからない人たちも増えています。

1-2.相談内容における変化

 労働相談の内容は、解雇、賃金の不払いが中心です。最近では、人間関係についての相談が増えています。たとえば、上司から厳しいことを言われる、同僚との人間関係が非常に悪く職場に居づらくなる、という内容です。
 以前、労働問題で一番悩みを抱えていたのは、40~50代の中高年層でしたが、最近では、若い人たちにシフトしてきています。皆さんも今、思い描いている働き方があるだろうし、将来仕事に就いたらやりたいことや、サラリーマンはやりたくないという人も含めて、みな働くことに様々な思いをもちながら職場にいます。
 しかし、中卒の人は7割、高卒の人は5割、大卒の人は3割が、就職して3年経ったら辞めていくと言われています。本のタイトルにもなっていますが、「なぜ若者は3年たったら辞めるのか」といえば、皆さんが思い描いている職場と、現実の職場とは違っていて、その中でいろいろ悩んだ結果であるといえます。もっといい仕事があるかもしれない、こんなところではやっていられない、ということで辞めるケースが多いのだろうと思います。
 これは、皆さんが何を考えるかということもありますが、それ以前に大きな流れとして、若い人たちにとって、職場が非常に働きにくくなってきているということがあります。運が悪く不況の時代に当たり、なかなか就職ができなかった先輩達の話を聞いていると思います。一時期は、まったく正社員になれず、仕方なくフリーターになる、派遣で働く、という働き方を選ばざるを得なかった時代がありました。しかし、たとえ正社員になっても、非常に厳しい現実があるということを申し上げておきます。

2.若年労働者問題とは何か~A工場の事例から

2-1.偽装請負

 テレビCMなどでも登場しますテレビ工場をご存じかと思います。数年前、私はそこに取材に行きました。当時、社会的な問題となっていた偽装請負がA工場で行われていると知り、その実態についてA工場を見せてもらったのです。偽装請負は、必ずしも法律にある働かせ方ではなく、不正な働かせ方をしているというものです。
 工場の従業員は、大体30代後半の人たちが中心でした。平均的に言うと、何年か前に正社員になれなかった時代に遭遇して、仕方なくフリーターで働いていた人たちです。
 40歳近くなると、東京ではフリーターでも仕事がなかなか見つからなくなってきます。そんな人たちが、地方で派遣という仕事を得ていくことになります。
 どのような状態で働いているかというと、工場から数キロ離れた会社の借上げアパートで、それぞれの個室で生活をしています。そして、朝9時に全員マイクロバスに乗って会社に行き、夕方5時過ぎになると、残業しない人は、またバスに乗ってアパートに帰ってきます。帰宅後は、テレビを見たり、趣味の音楽関係のことをしたり、パソコンやゲームなど好きなことをしています。食事はインスタントラーメンが中心で、毎日食べています。休日や多少お金が入れば、アパート周辺にある牛丼屋などで、彼らにとっては比較的カロリーの高い食事をします。こういうペースで暮らしています。
 ゲームが好きな人は何ヶ月も難しいゲームに取り組み、コンピュータでいろいろなソフトを作ったりする人もいました。また、将来ミュージシャン志望の人は、帰宅後に近くの公園でライブ演奏などをしていました。一見、それぞれまったく自由に暮らしているように思えますが、工場で働き、アパートに帰るという繰り返しです。多少貯えはありますが、正規社員のような働く上でのきちんとした保障はないので、会社に労働条件について要求したり、体調を崩して働けなくなったりしたら、おそらくそこを引き払い、東京に戻らなければなりません。
 仕事は結構ハードです。液晶テレビの裏側に、コンピュータのチップをはめ込む作業が中心です。チップを直接コンピュータに埋め込むのはロボットですが、派遣労働者は、埋め込むチップがバージョンアップした時のチップの交換を担当しています。非常に変化が多いので、ロボットにはめ込んでいく作業は人間がやらざるを得ず、その作業を彼らが担当しているのです。彼らは、ロボットがテレビにはめ込みやすいようにチップを整備し、ロボットにはめ込んでいくのです。一般的には、後方支援をロボットが行い、肝心な部分は人間がやると思うのですが、どちらかというとロボットがメインで、人間はロボットにせっせとチップを埋め込んでいく役目です。

2-2.死ぬほど働く正社員

 正社員はどんな仕事をしているのかというと、作業の頭脳部分にあたることや現場全体の監督をしています。非正規とは仕事が分かれている上、正社員は大変多忙です。チップは頻繁に変わるため、現場でミスがでることもしばしばです。ミスが出ると、正社員はいろいろ原因を考え、徹夜でそれらを修理しなければなりません。その上、現場全体の監視業務の中では、常に何が起こるかわからず、何かあれば夜中でも駆けつけ、場合によっては工場に寝泊りをしなければならないことから、睡眠時間が非常に短い状態です。とても体を酷使しているため、病欠の率が非常に高くなっています。
 A工場に働きに来ている人たちは、実は一般の派遣労働者ではない上に、二重搾取やピンはねの問題がありました。これについては、後ほど詳しくお話ししますが、企業の側も、急激に技術が変化していきますから、人件費を下げることによって、テレビの販売価格を下げていきたいわけです。とりわけチップの交換は、この業界の勝負のカギを握っており、日進月歩で変わっていくため、それに従い、値段も変わってきます。大画面の液晶テレビ競争の裏側には、競争に勝つため、いかに効率的に働かせるか、という事情があるのです。
 液晶テレビという非常に競争の激しい分野の裏側で、働いている人たちを実際に見てきて、改めて驚きました。恐らく、これは高齢者にはできない仕事でしょう。30歳後半のフリーターたちも、体を壊して辞めていったり、体力的にきつくなって辞めていったりしています。今、A工場だけに限らず、ありとあらゆる職場が変化しはじめている状況です。

3.雇用環境の変化

 2004年に日本経団連が「多様化する雇用・就労形態における人材活性化と人事・賃金管理」と題する提言を発表し、正規非正規の管理について、以下の通りに再整理を行いました。
 雇用関係を3つの区分に分け、一つは、定型的職務、A工場の例でいえばチップを単に組み込んでいくような仕事です。マニュアルでできる仕事は、非正規の人にやってもらうこととし、正規社員を雇う必要はないとしました。
 もう一つは、非定型的職務のみ正社員の仕事とする、としました。将来、経営についてどんな舵取りをしていくか、現場をどう変えていくか等の頭脳部分、つまり、企画、研究開発のような部分は、正社員が行うこととしました。
 さらに、専門的な部分は、短期間のパート労働とし、職務実態にあわせて働いてもらうようにする。例えば、エンジニア、プログラマーなどは、特別な技能を持っている人に入ってもらう、としました。
 今までは、いろいろな仕事を全て正社員がやっていました。皆さんの父親世代では、企画、営業、倉庫など、いろいろな業種を正社員として行ってきました。それを、今述べたように、頭脳部分すなわち考えることだけは正社員の仕事とするが、その他は正社員である必要はないという提案をしたのです。つまり、この提言は、正社員はコストがかかる上、様々なことが法律で規制されているので、そういう部分をなるべくそぎ落として、非正規雇用の人たちに定型的職務をやってもらい、人件費コストを下げればいいではないか、という考え方から出てきたのです。
 これ以降、世の中は変わってきました。派遣、契約社員、嘱託、再雇用などと、いろいろな働き方をするようになってきました。その中で、派遣法などの新しい法律ができ、一般化され、さらに多様な働き方が広がってくるようになりました。

4.多様な働き方とは

 「多様な働き方」について考えてみます。正社員と非正規社員を比べると、正社員は、月給制、昇給、ボーナス、退職金があり、その上、労災保険、雇用保険、社会保険への加入を義務づけられているなど、いろいろな費用がかかります。
 それに対して、非正規労働者では、正社員に比べ、保障が曖昧になっています。派遣では、ボーナスや退職金は原則支給されません。場合によっては、雇用保険・社会保険にも加入する必要がなく、労災保険が保障されているだけで、時間給だけ支払えば使えるという考えです。
 さらに問題になっているのは、最近、新聞やテレビなどでも取り上げられている偽装請負とか、偽装派遣という働き方です。これは、労働時間、契約期間も決める必要がありません。さらに、賃金は出来高給、ボーナス・退職金も一切支払う必要はなく、労災・雇用・社会保険に加入する必要もありません。雇用する側から見れば、働いた分だけ賃金を支払えば、その他は何の規制も受けることはない、一番使いやすい人たちです。
 しかし、法律はこれに対して、まったく規制をしていないわけではありません。先ほどのA工場の例でいえば、派遣元企業は、A社と派遣契約ではなく、請負契約を結んでいました。請負とは、請負業者に注文主が作ってほしい商品を発注して、作ってもらうことをいいます。それに対して、作り方やかかる時間について注文主が指示することはできません。できた商品に対してお金を支払うだけです。人を雇うのではなくて、商品を作ってもらうことが請負ということです。A社の例では、請負という形で契約をしておきながら、注文主である会社が、仕事の指示を直接しているわけです。これは、法律違反になります。本当は請負契約で仕事をお願いしているのに、派遣社員と同じように扱い、A社が直接指揮命令をして働かせていたのです。これがいわゆる「偽装請負」です。このような方法ならば、金額的に安く人を使えます。働くだけ働いてもらって、責任はとらなくてもいいということになります。
 今、このようなことが非常に問題になっています。それは、先ほども言いましたが、なるべくなら正社員ではなくて、非正規の方が安上がりだし、さらにより一層安上がりにするために、請負にした方がいいわけです。このような考え方で出てきたのが、偽装請負だといっていいと思います。

5.権利を損なわれる非正規労働者

 ここで問題になるのは「働かせ方」です。雇用関係とは、雇っている人も雇われている人も、対等な関係でお互いの人格を尊重しながら、ルールの中で働くということです。物を作ってくださいというだけの世界では、お互いに尊重をし合ったり、労使間の契約をしたりすることは必要ないわけです。ですから、マニュアル化して、その仕事さえやってもらえばいいという形になります。そして、こういう単純仕事は、いわゆる非正規雇用に任せるということになります。こういう人が、どんどん職場の中に増え、その結果、複雑な人間関係が職場の中でできてきます。
 若い人たちが3年で辞めていく原因のひとつに、人間関係が複雑になっていったことが考えられます。一つの職場の中で、いろいろな働き方をする人たちが混在して働いています。正社員もいる、派遣の人もいる、契約社員もいると、それぞれの考え方が違うわけです。たとえば、外食チェーン店では、アルバイトは決められた時間内で割り当てられた仕事をやるだけでいいわけですが、正社員である店長の場合は、そうはいきません。ノルマがあり、それに合わせて成績を上げていかなくてはいけない。そうすると、店のアルバイトに厳しく指示しなければならなくなります。同じ職場で働きながら、それぞれモチベーションや、考え方が違ったりしているわけです。こういうことが今、どこの職場でも進み始め、問題になっているのが現状だといえます。

6.セクハラ、パワハラが問題になる職場環境

 いろいろな働き方が混在する職場では、パワーハラスメントが非常に問題になっています。雇用環境が変わったことで、正社員が少なくなり、非正規雇用の人が増えて、職場の人間関係が変わり始めたのです。たとえば、同じ職場で働きながらも、上司が非正規の部下に対して差別的な発言をしたり、上司と部下の間で、いろいろとぎすぎすしたケースが出てきたりしてきます。現在職場でどのようなハラスメントが起こっているのか、そしてその対応方法について、ビデオを見ていただこうと思います。

(職場のハラスメントについてのDVDを上映 約20分)

 職場の人間関係をよくするためには、常に職場の中で円滑な人間関係にしていくための啓蒙活動や、学習が必要となります。今までは、上司の言うことがすべて正しかった、また、部下に対して、かなり乱暴な口の聞き方をしても普通とされていました。しかし、今では、これまでのやり方は通用しなくなってきて、そんな言い方はないだろう、とパワハラになるのです。
 また、成果主義も影響しています。今までは、年功序列型といって年齢・勤続年数が上がるにしたがい、給料や地位が上がる処遇システムでした。しかし、もうそういうことはやめて、仕事の結果を出さなければならない、いわゆる実力主義という流れも入ってきています。このような流れの中で、職場が大きく今変わろうとしているのです。その中で、職場の人間関係を通じて、以前よりも真剣に人権ということについて考えられてきています。
 職場における人権が真剣に考えられるようになってきたといっても、皆さんにとって、必ずしも、今までのように、そのまま正社員になれるとはいえません。また、正社員になったとしても、将来設計を簡単に描くことができるということが、ある意味では難しくなってきていることは事実です。しかし、劣悪な雇用形態や職場の人間関係について、社会が放っておかない時代になってきています。こういうことも認識しながら、今日の話やビデオを理解していただければいいのではないかと思います。
 限られた時間でしたが、現実の職場の一端をみていただけたと思います。私の話を終わらせていただきます。

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