埼玉大学「連合寄付講座」

2008年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第12回(7/2)

国際労働運動におけるジェンダー平等化の取り組み

ゲストスピーカー:山口 洋子 連合副事務局長

1.はじめに
  皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました、連合の山口です。
  今日のテーマは、国際労働運動におけるジェンダー平等化への取り組みということです。現在、労働組合、及びジェンダー平等に向けた活動は、ドメスティックな活動だけではなく、国際的な連帯という視点での取り組みが大変大きくなってきています。今日は、そうした観点から、連合での活動についてお話したいと思います。

2.ILO(International Labour Organization、国際労働機関)
①創立の目的と役割
  ILOは1919年に設立されました。設立の目的として、ILO憲章前文の冒頭に「社会正義を基礎とする世界の恒久平和の確立」を掲げ、基本的人権の確立、労働条件の改善、生活水準の向上、経済的・社会的安定の増進に努力するという目標を立てています。
  これらの目的を具体的に実現するために、ILOでは、ILO条約や勧告を制定し、国際的な労働基準を設定するという大変大きな役割を担っています。ILO条約という形で設定された国際労働基準は、日本も含めて181ヵ国の加盟国すべての社会関係や法令、労働協約に影響を与え、労働条件の改善に寄与しています。具体的な基準として一定の水準以上の内容を設定して、加盟国がそのレベルに達するように進めています。

②ILO総会
  ILO総会は、毎年6月に約2週間ジュネーブで開催され、世界中から1,000人以上が参加します。ILOは、三者構成(政府、経営者および経営者団体、労働組合)が基本です。三者の中では政府代表が一番多く、181ヵ国から約400~500人参加しています。
  総会では、まず労働分野での基準設定のため条約や勧告の総点検を行います。新たな条約や勧告の採択も行います。ILOではすでに188の条約が採択されていますが、それらの条約の発効には、181の各加盟国それぞれによる条約の批准が必要です。ただし、そのためには、条約に規定される水準を実現する国内法が、当該国できちんと制定されていなければなりません。ILOでは、その国内法が条約に見合っているかどうかについて審査されます。日本の場合では、ある条約を批准するために、労働基準法あるいは労働関係調整法などを改正するという作業が必要となります。

③ILO第1号条約
  記念すべきILO第1号条約は、「工業的企業における労働時間を制限する条約」です。「一日8時間労働の原則」が条文の中に入っています。ILOの設立の精神として、1日8時間は労働のために、それから8時間は休息のために、それから8時間は自分自身のために、ということがありました。当時は、8時間労働どころか一日10数時間働かされて、眠る時間も与えられないほど過酷な労働環境で、そのような状況の中からこの第1号条約ができたのです。

3.ITUC(International Trade Union Confederation、国際労働組合総連合)
①ITUCの概要
  ジェンダーの視点から国際的な労働運動を語る上で、大変重要なのはITUCという国際組織です。各国にはそれぞれ労働組合のナショナルセンター(全国中央組織)があり、連合は、日本の労働組合のナショナルセンターです。
  そのナショナルセンターの総本山がITUCです。この前身は、ICFTU(国際自由労連)という組織でしたが、2006年11月にWCL(国際労連)などと統合して、新たにITUCが結成されました。ITUCは、世界155ヵ国で311組織が加盟している大変大きな組織で、連合もそのうちの1組織です。トータルでは1億6,800万人の労働者が加盟しています。1億6,800万人のトップとなる会長は、シャラン・バロワというオーストラリア出身の女性です。女性が会長で、1億6,800万人のトップに立つということは、やはり大きなことだと思います。書記長はガイ・ライダーという男性です。本部はベルギーのブリュッセルにあります。
  ITUCは4年に1度、世界大会を開催します。また、ITUCは「世界女性会議」を年1回開催し、欧州諸国をはじめ日本などの先進国、アジア・アフリカ・中南米等途上国など、各地域の女性委員が集まって、女性を中心とした課題について議論を交わします。欧州諸国は、日本に比べて組合役員や国際会議への女性参画はかなり進んでいますが、それでもジェンダーに関する課題は、まだまだ克服できていません。また、当然この問題は、女性の参画が遅れている日本や途上国にも共通している課題です。ITUCになって初めての第1回世界女性大会は2009年10月に開催の予定です。

②ITUCにおける女性参画
  ITUCの結成時に議論になったことが、二つあります。一つは規約です。ITUCでは新組織となったことに伴い、新しい組織のルールを作ることになりました。新しい規約では、ジェンダー平等が実行される組織とするため女性の参加率を50%にしようと、きちんと明記したいという意見が多く出されました。
  しかし、当初からそんなに高いハードルの目標を掲げては達成が困難だという意見が出され、議論の結果、規約は「ITUCはジェンダー平等が実行される組織でなくてはならない。女性の参加率50%目標、スタートは30%」となりました。
  もう一つは、副会長の選出です。副会長の定員は、それまでは5人でうち1人が女性でした。ITUCでは新しい規約も考慮して、副会長のうち女性の数を30~50%にしようということになりました。しかし、副会長ポストは男性でも希望者が多く、女性の参加率を高めるために女性を優先させるのは、適切ではないという意見が出ました。丸一日議論した結果、副会長の定員を5名から37名に増やし、うち18名を女性とすることになりました。この議論経過において、全体のコンセンサスをきちんと得てルールを実行するということの最終的な到達点が、過渡的に37名の副会長ということであり、真剣な議論の結果です。

③ITUC-AP(ITUC-Asia Pacific、アジア太平洋地域組織)の活動
  ITUCには欧州EU、南北アメリカ、アフリカ、アジア太平洋地域の4つの地域組織があり、地域ごとにいろいろな活動を行っています。連合が直接参加しているのは、アジア太平洋地域組織(ITUC-AP)です。APは、さらに東アジア、東南アジア、南アジア、太平洋、中東の5つの地域組織に分かれます。
  この中でも、オーストラリア、ニュージーランド、フィジーは、ジェンダー平等がかなり進んでいます。しかし、総じてアジア地域は、非常にジェンダー平等が遅れています。たとえば、基本的な政府の政策にもジェンダー平等が入っていない、あるいは女性の様々な場面の参加率が低いなどという点です。それらが何に起因しているのかというと、特に遅れている東アジアや南アジアでは、依然として家父長的な考え方が根強い面もあり、男性と女性の性別役割意識が深く根付いているということも一因なのではないかと考えています。

4.ILO第100号条約
①男女における賃金格差の是正
  ILO第100号条約は「同一価値の労働に対する男女労働者の同一報酬に関する条約」です。いわゆる「同一労働同一賃金」は、この条約に規定されているものです。この条約は1951年に制定され、日本は1967年に批准しています。ただし、批准はしていても、ILOが示す水準に達していないのが現状です。
  日本における男女の賃金格差の実態として、現在、フルタイマーの場合、女性労働者の平均賃金は男性労働者の69%です。フルタイマーの女性労働者とパートタイマーの女性労働者の間でも、100:55の格差があります。パートタイマー女性労働者の賃金は、フルタイマー男性労働者の賃金の45.6%、半分以下となっています(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)。
  しかし、日本の法律には、男女の賃金格差を禁止する法律はありません。労働基準法第4条には、「労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」とありますが、これは「同一価値労働同一賃金」の趣旨で男女の賃金に差別をしてはいけない、というものではありません。
  本年4月に施行された「改正パート労働法」に、はじめてこの「同一価値労働同一賃金」の趣旨が盛り込まれました。世界のレベルに比べたら、まだまだ狭い対象ですが、これはかなりの前進といえます。このことは、法改正にあたって、連合が審議会で熱心にディスカッションをした成果だと思っています。
  こういう実態に対して、連合は、国内で様々な取り組みをしていると同時にILOに苦情を申し入れました。すなわち、日本は第100号条約を批准しているのに、なぜ賃金格差が縮まらないのか、縮まらないどころか拡大しているのはおかしいと、ILOに直訴したのです。
  このため、ILO事務局が様々な調査を行った結果、連合の主張はほぼ認められて、ILOから日本政府に対して、是正勧告が出されました。昨年のILO総会では、日本政府は、日本の賃金決定システムが諸外国と異なることなどを理由に、男女の賃金格差是正に対して様々努力はしているが、なかなか状況が変わらないという見解を述べました。
  それに対して、連合として私は、政府は状況を認識していながら、均等法改正では男女の格差是正も明記できなかったし、パート労働法もなかなか進んでいないと指摘をし、是正努力は全く認められない、と意見を述べました。私の発言に対して、周りがいろいろサポートしてくれ、結果的として、総会の最終日に連合の主張が認められ、日本政府はもっと努力し、賃金格差是正のため段階的な措置を出しなさい、ということになりました。2008年度の報告で、日本政府はどれだけ努力をしたか、どれだけのことを考えているのかを、年次報告の中に具体的に示しなさいということになりました。
  各条約の批准国は、毎年11月に年次報告をILO事務局に提出することになっています。特に、是正勧告を受けた国は、その後の対応状況をきちんと報告しなければなりません。日本政府も、そのような報告書を送りましたが、それを見たILO事務局は、日本政府は是正勧告に対して全く触れていないという見解を示し、差し戻しとする文書を今年3月、日本政府に送りました。同じものを経営者側、労働者側にも送ってきたため、こうした経過が明らかになったのです。

②NGOとの連携
  今回の件では、「ワーキング・ウーマン・ネットワーク」というNGOも具体的な行動を起こしてくれました。このNGOは、住友金属や兼松などに対して、極めて不合理な賃金差別について訴訟をおこしている女性たちを支援しています。
  たとえば、兼松の賃金格差訴訟について東京高裁の判決は、「男女の賃金格差はしょうがないこと」みたいなものでした。均等法施行前は、男性が中心的に仕事をして、女性は周辺的、補助的な立場での仕事をしているという考え方でした。家計を担う男性と補助的に働く女性では企業の期待度も違うし、勤続年数も違うのであれば、それなりの格差があるのは当然だというわけです。
  この判決を不当としたNGOは、2007年ILO総会での第100号条約に関する私の発言やその後の経緯を聞いて、連合本部にきました。そして「私たちは、訴訟を起こしている勇気ある女性たちを支援する組織として、もっと具体的な運動を起こすために、ILO本部に行き、私たちの思いを直接伝えたい。」と言いました。
  私もこの訴訟について知っていましたし、そういう勇気ある女性をバックアップする人たちを何とかしたいと思い、その依頼を引き受けました。ILO事務局で男女賃金格差問題などについて活躍されている女性に連絡し、またイギリスの労働組合の女性リーダー達にメールを送るなどして手配をとりました。
  そして、兼松原告団を含めた20数人が、ジュネーブとロンドンに行き、日本の女性たちがこんなに闘っているのだという、非常にいいアクションをおこしてくれました。その結果、ILOが今年の3月に出した日本政府宛の是正勧告の文書の中には、連合の意見だけではなくて、NGOの訴えにも深く留意するということが加えられました。
  こうしたことから、労働組合だけの連携ではなくて、NGOといった連合外部の人たちとも連携していかなければ、この問題は解決できないということを、強く認識しました。

③ジェンダーとディーセントワーク
  「ディーセントワーク」とは、ILO事務局長のフアン・ソマビアが就任時にILOの理念、活動目標として提唱したもので、「働きがいのある人間らしい働き方」という意味です。簡単に言うと、「当たり前の働き方」とか「まっとうな働き方」ということです。
  連合では、当初この考え方は、主として途上国の中で、路端で仕事をするしかない、あるいは10何時間も休憩時間なしで働き続けているような働き方をしている途上国の労働者に対する考え方で、日本は関係ないと思っていました。
  しかし、昨今日本でもワーキング・プアの問題などがあり、いまや日本こそ、まさにこのディーセントワークを考えていかなければいけなくなってきています。現在、連合は、日本ILO協会と連携し、ディーセントワークの理念を根付かせる運動をしています。昨年も、これをテーマに札幌と神戸でシンポジウムを行ないました。
  来年のILO総会では「ジェンダー平等とディーセントワーク」が主要課題になります。今、各地域のILOだけでなくて、NGO、NPOも含めて、来年の総会に向けて、いろいろな議論がスタートしています。その議論の一端が、先週APの主催によりバンコクで行なわれ、なぜ男女の賃金格差が生じるのかについて会議でした。

5.その他の国際連帯
  IWD(International Women’s Day、国際女性デー)というものが、毎年3月8日にあります。この日は世界中の女性たちが同時に行動をする日です。日本でも、今年の3月8日土曜日に、東京銀座4丁目の交差点で、道行く人に対して、パート労働法の改正ポイントの説明パンフレットと一緒にバラの花を配りました。
  このような行動は、今年で100周年を迎えます。このきっかけは、100年以上前にアメリカの工場で、労働者の女性たちが火災に見舞われ、大勢亡くなったという事実に由来しています。なぜ、工場の火災で多くの女性たちが亡くなったかというと、それこそディーセントワークが守られていなかったためでした。その工場では、10数時間労働で休憩もなしに拘束され、工場の出入り口も閉鎖されていて、トイレに行きたいときにだけ出られるというような環境の中で、女性たちが働かされていました。そこで火災が発生し、出入り口が封鎖されていたので、逃げられなかったのです。
  そのように劣悪な労働条件の中で働いていた女性たちが多く犠牲になったということを悼んで、女性労働者たちが、この状況を変えるために運動を起こしました。世界中には、100年前の工場と同じような働き方をしている人が、まだまだ多くいます。そのような状況があるので、それを忘れないために、世界の連帯の中で改善できるようにということで、毎年行動しているのです。
  この行動では「パン」と「バラ」がシンボルマークとなっています。「パン」は生活の糧をあらわし、女性も経済的に自立して、自分の食べ物は自分の力で得られるようにという意味です。「バラ」は女性の尊厳をあらわし、「女子ども」と扱われたり、女性は公の場には出ないと決めつけるのではなく、女性の尊厳を尊重するということです。
  また、今年と来年は「Decent Work, Decent Life for Women」 というキャンペーンを2年間継続して行うことになっています。2008年10月7日には、「ディーセントワーク世界行動デー」が同時に行われます。連合も10月9日に集会を行いますが、そういったことも国際的連帯の中で行っています。

6.おわりに
  ジェンダー平等推進運動は、冒頭でも申しましたように、国際的連帯なくしては成り立たないところがあります。これも繰り返しになりますが、アジア諸国は、世界の中でジェダー平等推進が大変遅れています。その原因として言えるのは、日本、韓国もそうですが、アジアの女性はおとなしく、あまり自分達の主張をしない、それから、仕事において男性をサポートしているという、そういう家父長的な意識がまだあって、なかなか行動に移れないということがあげられます。また、アジアの中では、言語的な障害により、日本も韓国も一緒の会議で議論に参加することは、なかなか難しい面もあります。しかし、そうであっても、思いが同じであれば、共通のベースで議論ができるはずです。このことは、これまで国際会議において大変有意義な議論をしてきた経験から、私が確信していることです。
  私は、国際的な取り組みや活動に、1980年代頃から関わってきましたが、当時の国際的な女性の会議と今とでは、雲泥の差があります。現在の国際的な女性のリーダーは、非常に難しい環境におかれていると同時に、自らの役割をしっかり担うという強い信念を持っていることが常に伝わってきます。そういう部分を、私自身が学ぶと同時に、連合の中にも強い影響を及ぼしていきたいと考えています。
  私からのプレゼンテーションは以上です。ありがとうございました。

ページトップへ

戻る