埼玉大学「連合寄付講座」

2008年度前期「ジェンダー・働き方・労働組合」講義要録

第1回(4/16)

開講の辞「埼玉大生に学んでほしいこと」

ゲストスピーカー:草野忠義 社団法人教育文化協会理事長

I.はじめに

(1)連合とは何か
  ただいまご紹介いただきました草野と申します。今日は、連合寄付講座の本年度開講初日ということで、一言ご挨拶させていただきます。
  先ほどの質問で、連合についてご存知でない方もかなりおられました。先般、連合や労働組合についてわかりやすく紹介したビデオを作製しましたので、のちほど30分ほどこれをご覧いただきたいと思います。

 第二次世界大戦敗戦後の1945年、GHQ司令官マッカーサーが日本の民主化を進める際に、労働組合の推奨策をとった結果、日本では企業単位の労働組合がぞくぞくと生まれました。労働組合とは、一人一人の労働者は力がありませんが、みんなで団結することにより、巨大な力を持っている経営者と対等に交渉し、闘いましょうという、そういう組織です。
  けれども、企業単位の労働組合だけでは力が弱い場合があります。たとえば、賃金、あるいは一時金(ボーナス)、労働時間をどうするのか、仕事上の安全衛生面をどのように改善していくのかということと同時に、賃金を上げても物価が上がれば、実質的な賃金は上がっていきません。また、賃金からは税金や、年金などの社会保険料が引かれます。しかし、税金や社会保険料は法律で決まっていますから、経営者にそれらを下げてくれと言ってもできません。また、物価についても、他社を含めた商品やサービスの価格などの消費者物価を下げるということは、一企業単位では交渉できません。
  そうしますと、政策や制度に対しても、労働組合がしっかりした発言力や交渉力を持たなければならない。つまり、企業単位の労働組合だけでは、まだ不十分なのです。そのために、産業別組織として、同じ産業の企業別労働組合がまとまる必要があります。私の場合は、日産自動車の出身ですから、自動車関連の企業毎の労働組合が集まってつくられた、自動車総連という組織があります。同様の産業別組織は、電機、デパート、運輸関係など、様々あります。
  しかし、産業別組織でもまだ不十分です。したがって、これらが一緒になって、労働組合の全国中央組織、通称ナショナルセンターを結成しますが、これまで、政党との関係やイデオロギーの問題があり、日本では労働組合が分裂と再編を繰り返してきたのです。しかし、どうしても一緒にならなければだめだということになり、ようやく1989年に全国的な統一が実現して今の連合ができた、ということでご理解いただきたいと思います。

(2)連合の組織について
  現在、連合の組織人員は680万人です。連合は、来年で結成20年になりますが、20年前には約800万人の組合員がいました。しかし、その後組合員は減少し、現在に至っています。また、働いている人たちのうち労働組合員の人数の割合を組織率といいますが、今18.1%となっています。大戦直後は、労働組合が増えて組織率は上昇しましたが、1970年代以降、組織率は低下傾向にあります。1990年代前半までは、高度成長にあわせて労働者はどんどん増えたのですが、労働組合員になる人が追いつかず、組織率が減少しました。1990年代後半以降は逆に、バブル崩壊もあって企業が人員削減を行い、組合員が辞めていかざるを得ないという状況になっています。
と同時に、非正規労働者、すなわちパートタイマーや、派遣労働者、契約社員、請負労働者の方がどんどん増えています。この非正規労働者に対して、私どもの対応が遅れたこともあり、1990年代後半には、組織率がさらに減少しました。ただ、ここ数年は組織率の減少に歯止めがかかる傾向が見え始めており、これから私たちとしては労働組合員の比率を高めていきたい、というのが今労働組合にとって大きな課題となっていることをまず、冒頭に申し上げたいと思います。

(3)連合の関係団体について
  連合結成後、連合本体の労働運動とは別に、3つの関係団体を作りました。まず、政府、あるいは政党に対して、働くものの政策を提言するために政策の立案力、作成力を強化していくため、自らのシンクタンクとしてつくったのが、「連合総研」です。
  2番目は「国際労働財団(JILAF)」です。これは主に、発展途上国の労働組合に対する援助を行っており、その中で、最近力を入れている事業が二つあります。一つは、発展途上国の労働安全衛生問題についての援助です。日本は、労働安全衛生面では、世界的に極めてレベルが高いのですが、特に発展途上国の場合には、仕事をして怪我をする、亡くなる、あるいは病気になる方が極めて多いので、そういった側面について支援しています。
  もう一つは児童労働、要するに、小学生が仕事をしなければ家族が食べていけない、ということで学校に行けない。こういう人たちを学校に戻そうという目的で、教材、文房具や簡単な履物(裸足の子供も少なくないそうです)などの提供、また、現地の先生を雇って学校に戻ってすぐに勉強ができるように、その準備のための教育などの支援を国際労働財団が行っています。

II.寄付講座開設の趣旨

 3番目が「(社)教育文化協会」です。
  「教育文化協会」では、労働組合の次代のリーダーを育成する目的で「Rengoアカデミー・マスターコース」を開講しています。このほか、文化展、論文募集など様々な文化活動も行っています。また、将来社会人となり、日本経済の支え役になっていただく大学生の皆さんに、労働組合について学んでいただくと同時に、働くということの意味について考えていただくために、このような寄付講座を開設しています。
  寄付講座は、2005年度からスタートして、日本女子大学、同志社大学、一橋大学、埼玉大学と4つの大学で開講しています。日本女子大は昨年度で3年間の講座が終了し、今後について検討中ですが、本年度は、同志社大学、埼玉大学、一橋大学の3大学で講座がスタート致します。
  埼玉大では、今年度前期はジェンダーをテーマにお話をさせていただきます。「ジェンダー」というと、女性の問題だとよく思われますが、実は違います。ジェンダーを考えていく場合、行き着くところは、最近流行の言葉ですが、「ワークライフバランス」という言葉に、行き当たります。実は、ワークライフバランスで一番基本になるのは、従来の男性の働き方をどう見直していくかということであり、このことを抜きに、ワークライフバランスは実現しないと考えています。
  と同時に、最近の若い女性は元気だと言われますが、現実的には賃金、就労形態など、男女の性による差別があるのは、一方では事実です。この両面をどう解決していくべきか、労働組合や働く人たちの考えや、現場で実際に起こっている問題などについて、現実にそういう問題に直面している講師がこれから講義致しますので、ぜひ一緒になって考えて、勉強していただきたいと思います。

IV.問題提起

(1)ロナルド・ドーア先生の講演から
  最近、私が読んだり、聞いたりした講演の中から、極めて強い印象と感銘を受けたものを二つ簡単に紹介致します。
  一つは、ロナルド・ドーア先生、ロンドン大学の名誉教授になられる方ですが、日本語で本もずい分書いておられます。3年前に出された『会社はだれのためのものか』(岩波新書)は、ベストセラーになっています。もう80歳を越えておられますが、矍鑠として今でも大活躍されておられる先生で、私が尊敬する方ですが、その方が今回、同志社大学の名誉文化博士になられました。3月26日に学位贈呈の記念講演をされ、その中で、経営者あるいは経済をどう捉えていくのか、ということについて極めて強烈なる問題提起をされています。
  アメリカにビジネススクールがありますが、もともとは専門学校でした。このビジネススクールを大学に開設する際に、大学を汚すのではないかという反対の議論がありました。それに対して、その当時の当事者たちの考え方は、経営者としての倫理といいますか、良心をもった経営者を作らなければいけないというのが、基本的な出発点でした。ところが、その後一体どうなったのかといえば、現在のビジネススクールは、経営のテクニックだけを教えて本来経営者としてあるべき心構えだとか、基本的な考え方を教えていないのではないか、という問題提起をされておられました。

(2)東京大学・神野直彦教授の講演から
  もう一つは、東京大学の神野直彦先生が、昨年11月27日に連合総研の創立20周年記念シンポジウムで特別講演をされました。その中から一部を紹介させていただきます。こちらは、連合総研のホームページに全文掲載していますので、ぜひ読んでいただきたいと思います。
  神野先生の講演は、9.11という話から始まりました。9.11といえば、通常はアメリカの貿易センタービルに飛行機が突っ込んだ、例の9.11のテロを思い出します。ここでのお話は、それよりずっと前の1973年9月11日、チリのサルバトーレ・アジェンデ大統領が、軍部のクーデターによって大統領宮殿で殺された日についてでした。その時のわずか10分足らずの、民衆によびかけたアジェンデ大統領の演説を全文紹介し、神野先生の今日の講演はこれでもう終わりです、というくらいの内容のお話でした。私はその部分を今日は全文レジュメに書いて参りました。
  3年前に、私はチリに仕事で行ったときに、この旧大統領宮殿、マネダ宮殿といいますが、かつて造幣局であったところが大統領宮殿だったのですが、この場でアジェンデ大統領が殺されたという、ちょうど階段の踊り場を見せていただきました。
  神野先生は、実はこの講演の前に『世界』という雑誌に文章を出したのですが、その後、神野先生の恩師でもある東大名誉教授の宇沢弘文先生という大変高名な経済学者がおられますが、その宇沢先生から来た手紙を神野先生は、公表していいかということで本人にお聞きしたら「結構ですよ」ということで、この話をされたのです。ここだけ少し読み上げます。
  「1973年9月11日…つまり、サルバトール・アジェンデが暗殺された日…に、私はシカゴにいました。たしか、かつての同僚たちとの集まりに出ていたとき、たまたまチリのアジェンデ大統領が殺されたという知らせが入った。その席にいた何人かの、小さな政府論を広めている、あのフリードマンの仲間たちが、歓声を上げて喜び合った。私は、その時の彼らの悪魔のような顔を忘れることは出来ない。それは、市場原理主義が世界に輸出され、現在の世界的危機を生み出すことになった瞬間だった。私自身にとって、シカゴ学派との決定的な決別の瞬間だった。」
  もちろん、経済に対するいろいろな考え方があります。それぞれは皆さん方に考えていただければいいと思いますが、私どもは、やはり人間を大事にした社会を作っていきたい、そのためには市場万能主義という考え方はどうしても逆行するのではないか、私自身がそういう強い思いを持っているものですから、こういう文章を紹介させていただきました。ぜひ、これから様々な勉強をされる時に頭の片隅に置いて思い出していただければ大変有難いと思っております。

V.おわりに

 最後になりますが、連合と教育文化協会は「私の提言」という論文募集を行っています。昨年は寄付講座の受講生から二人の方が応募されて、優秀賞と奨励賞に輝きました。今年も6月から募集を始め、連合と教育文化協会のホームページに載せますので、我と思わん方はぜひ積極的に応募していただきたいと思います。
  これから、実際に社会で働いてきた方が、自分の体験をもとに、働くということはどういうことなのか、現場ではどういう問題があるのか、何をこれから改善していかなければならないのかということを、提起させていただきます。ぜひ一緒になって勉強していただきますように心からお願い申し上げまして、開講のご挨拶とお願いに代えさせて頂きたいと思います。どうもありがとうございました。

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