一橋大学「連合寄付講座」

2018年度“現代労働組合論”講義録

第7回(6/4)

仕事と生活の両立にむけた取り組み

味の素労働組合中央執行委員長 武田 建

はじめに

 味の素労働組合で委員長をしております武田と申します。本日は、味の素株式会社と味の素労働組合の取り組みについて話をしていきたいと思っています。

自己紹介

 私は、味の素に入社して今年でちょうど20年目になります。入社時は、広島県や山口県で家庭用のスーパーを担当し、味の素の商品を売るということをやってきて、その後、本社に異動して、「アジパンダ」「アジシオ」といった基礎調味料商品の販売管理を数年やった後、組合の活動に携わって、今、丸11年です。
 今日は皆さんに少しでも、組合活動と味の素のことも知っていただきければと思っています。
 今日は、簡単に味の素の紹介と組合の紹介、働き方や仕事と生活の両立について話をしたいと思います。

味の素株式会社のご紹介

 まず味の素の紹介です。簡単に言いますと、来年で110周年を迎える会社になります。社名の通り、味の素という白い粉なのですが。池田菊苗博士が「なぜ湯豆腐がおいしいのか」ということで、湯豆腐に入っている昆布に秘密があるのではないかということで研究したことが始まりです。その結果、昆布に含まれているグルタミン酸ナトリウムが、うま味の素ではないかということで商品化し、販売していきました。
 そこから、110年の間に、売り上げも従業員も販売する国々も相当増えました。現在、売上高は、約1兆2,000億円。従業員は3万3,000人になります。
 皆さん馴染みがあるところから言いますと、調味料かと思います。先ほど触れた「味の素」もありますし、「Cook Do」、クノールのカップスープも味の素の商品です。クノールは、味の素の名前が前面に出てこないので、「あ、そうなのか」ということもあるかもしれません。そのほかマヨネーズや冷凍食品も扱っています。また、皆さん何気なくセブンイレブンの店頭で、100円でおいしく飲んでいただいているコーヒーは、味の素AGFという会社が作っているコーヒーです。食品以外では動物栄養ということで、豚や牛の餌にアミノ酸を添加するといった事業もあります。
 海外におえる利益の中心は東南アジアです。タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピンの4か国で、海外全体のほぼ半分くらいの利益を稼ぎ出しています。これにブラジルを足すと7割くらいの利益は、東南アジアとブラジルで出していると思います。海外法人は現在27か国にあり、どんどん増えています。

味の素労働組合について

 続いて、労働組合について話をしたいと思います。味の素労働組合は1974年設立となっています。これは簡単に言いますと、本社や営業、研究所、あと工場の組合が独立していて、この時に初めて、バラバラになっていたものが一緒になったのが、1974年だと認識していただければと思います。
 私もそうですが、組合の仕事だけをしている人は、なかなか珍しいです。組合員が現在2,600人いる中で、専従者は21名ということで、この組合員数で専従者がこれだけいるということは、結構稀かなと思っています。また、稀だということだけではなく、それだけしっかり組合活動をしなくてはならないという責任感を持って日々励んでいるという状況です。
 もう少し話を広げますと、私たち味の素労働組合は、フード連合という食品関連の産業別組合にも加盟をしています。フード連合に加盟しているのは、キリンビール、サントリー、キッコーマン、日本ハムなどで食品会社の労働組合の集まりです。このフード連合に加盟をして、様々な活動を行っています。
 これも紹介ですが、味の素労働組合を設立した1974年に、働く上で最低限こういうことを守ろうよというルールである労働協約を、労働組合と会社で締結しています。実際には、100条超える条項が掲げられているわけですが、その条項に入る前に、労働協約前文を記載しています。先輩から聞いている話では、この時、この1ページを作るのに相当な年数とパワーをかけたと聞いています。やはり、会社と組合では目線が違うということもあり、どこを重点的に表現するのかということに一字一句こだわり続けたと聞いていますが、最終的に掲げた前文、特に、「一人ひとりの成長と企業の継続的な発展を通じて、企業を構成するすべての人の豊かで実りある人生の実現と社会の繁栄に貢献するため」に、労使関係を確立しようということを1974年に掲げました。
 組合は、組合員一人ひとりが成長することによって企業が発展する、会社は、企業が発展すればその分組合員が成長しているであろうということで、ベクトルは一緒ですが、最初の入りが違うということがあります。ベクトルは一緒なのだから、それぞれの持ち分の中で労使関係を築いていこうということを、労働協約前文の中で記しているということです。
 労使関係ということで、味の素の本社の13階に厳かな役員会議室があり、ここで労使協議や賃上げの交渉をしています。なお、労使協議と団体交渉というものを、味の素労使の中では切り分けて話をしています。非常に細かい話ですが、労使協議は、組合と会社の中で1つの物事を解決していこう、何か結論を導き出していこうということを協議する場です。そういった時は、お互い同じ目線に立って話をしようということですので、お茶が会社から出されます。団体交渉、いわゆる労働条件を要求していくときには、お茶は出されません。同じフード連合の仲間のお茶を持って行って、交渉するということを過去より行っています。

近年の味の素労使の取り組み

 では本題の、近年の味の素労使の取り組みについて話をさせていただきます。味の素労使の取り組みをこれからいくつか紹介していきますが、味の素労使で何か新しいことを立ち上げていこう、進めていこうといったときに起点になるのは、春闘になります。早ければ10月あたりから、マスコミで春闘の話が出てきて、ベースアップ、賃上げをどうするのか、いくらやるべきかといった報道がされていきます。まず、労働組合が何を要求するのかということが大きな注目を浴び、実際に交渉して3月に会社から要求に対する回答を得るということが春闘になります。味の素においては、組合が何かしら要求・要請をしたことによって、会社がそれに対して回答を行っていくということで、そこから色々な取り組みが始まっていくケースが非常に多い状況です。
 まず紹介したいのは、2008年の話ですが、この時100円のベースアップと時間外割増率の引き上げの要求を行いました。この時間外割増率、聞き慣れないことだと思います。皆さんがアルバイトをしていて、夜10時以降になると時給がいきなり上がるという経験はないですか。アルバイトの募集で、22時以降の金額が高くなっていますが、これは法律で25%以上の割増をしなさいということが決まっているので、上がっていて当然の話なのです。それをイメージしていただく中で、25%ではなくて、50%に引き上げてよということを、この時に要求しています。
 例えば、所定労働時間が8時間ですと、8時間以上働いた10分、15分は残業になるのですが、その残業には、割増率をかけて、普通の賃金でない賃金を払いなさいということが決まっているのですが、味の素労働組合として50%の引き上げということを要求しました。何を目的にしていたかというと、残業がなかなかなくならないということを問題意識として持っていました。つまり、割増率を引き上げることによって残業代が多くなるということは、いわゆる会社、使用者は残業代を増やしたくないので、残業を減らすために何らかの取り組みを始めてくれるのではないかということが、この割増率の引き上げの要求の目的、背景でした。
 しかし結果的に100円のベースアップは受けるが、時間外割増率の引き上げは受けないということが会社からの回答でした。味の素の労使の歴史上、初めて要求についてゼロ回答があったというのがこの年で、大変重い回答を受けたと思っています。
 ただ、この時の回答に加えて、ワーク・ライフ・バランスのプロジェクトを労使で立ち上げないかという会社からの提案がありました。課題認識は会社も同じなので、ぜひ組合と一緒に解決していこうという提案がなされました。この立ち上げから色々始まっていって、介護関連の要請につながり、その後の所定労働時間短縮の要求につながっていきます。ですので、思いつきでこういった要求をしたわけではなく、2008年の味の素労使のやり取りをひとつのきっかけとして、様々な働き方に関する取り組みが動いていったと認識していただけるとありがたいと思います。
 春闘に関連した取り組みについて、時系列に追っていきます。まずは2008年から2011年ということで、各種制度については、後ほど触れていきたいと思いますが、先ほどあった通り、会社から提案があったワークライフバランス(WLB)の労使のプロジェクトを立ち上げて、何を目指すのか、ワーク・ライフ・バランスによって何を最終的に実現したいのかというビジョンを策定し、そのあと様々な制度整備拡充を行っていきます。再雇用制度、育児短時間勤務の制度拡充などありますが、まずは、育児の方が中心になるのですが、育児に携わる方々が働きやすくなるような制度・枠組みを作ろうということを、この時労使で話をして進めていきました。ただ、こういった制度があっても、なかなか職場の中で使いづらいという話は、どこの企業でもある話です。こういった制度を使えるように、職場での意義の理解や、何とかこういう制度を使えるようにできないかという取り組みを、その後労使で進めていきます。
 WLBビジョンの策定ということで、今でこそ、ワーク・ライフ・バランスという言葉は、相当浸透してきていると認識をしています。ただ、ワーク・ライフ・バランスと一言でいっても、考え方は人それぞれ違いが出てくるところもあります。では味の素グループにおいてワーク・ライフ・バランスとは何かということを、当時定めていきました。色々考え方を整理して決めていこうという話をしたのですが、行きつくところは、先ほど紹介した1974年の労働協約前文のコンセプトが大事ではないかということです。
 具体的には、「会社は従業員一人ひとりの多様な価値観を理解して支援していく、その結果ワークとライフが充実し、心身ともに健康な従業員が、持てる能力を存分に発揮し、会社の成長・発展に寄与する」ということです。従業員は、自分の能力を高めて、新しい価値を作って、最終的には会社に貢献する、会社はそういうことをしてくれる従業員に対しては、しっかり支援していきますという考え方をまとめていったということになります。ですので、このサイクルが回っていくことによって、最終的には、さきほど述べた一人ひとりの成長と企業の継続的な発展につながるのではないかということで、労働協約前文の考え方をワーク・ライフ・バランスのビジョンとして策定したというのが、当時の結論になります。
 その後、制度導入を様々行っていきます。これらの制度は、今で言うと、多くの企業には導入されているものだと思います。9年前の話ですので、当時はこういった制度を入れていくということはかなり画期的なことだったと記憶をしています。再雇用制度ということで、育児・看護、これは介護を含みますが、家族事情で退職したが、再度当社で働きたい人を支援する制度の拡充です。配偶者の方々が、例えば九州に異動になって、旦那さんが九州、奥さんが東京となり、離れ離れになってしまいます。やはり家族としては同居を希望され、奥さんが会社を辞めて九州についていくといったケースはよくあります。そういった時に復職できるようにしたのが再雇用制度です。再雇用制度という名前ですので、いったん退職していただきますが、5年を目途に復職の意思があれば、しっかり職場を探して、また雇用しますというものが、この時に作った制度になります。
 具体的には、26名が当時登録しました。2016年は73名が登録しました。現在16名の方が再雇用制度によって復職をしているということです。もうちょっと多くてもいいのではないかと思いますが、実は、世の中では、なかなか復職してないという状況を労働組合、企業の方から話を聞きます。5年のブランクというのは、その人にとってはなかなか大変なことで、5年の間に会社の仕組みや制度が変わっていることによって、自分たちが本当についていけるのかという不安に駆られる方が多く、なかなか一歩踏み出して、再雇用制度に登録したい、復職したいという人が不安を抱えているということも実態としてあると聞いています。ただ、味の素の中では、今、16名の方が復職して働いているということです。
 それから、育児・看護支援策、育児休職の一部有給化。これは、先週末だったと思いますが、ニュースになっていました。男性の育休取得を促す施策に向けて、分割で取れるようにしてあげられないかという議論が国レベルで始まったという話があります。例えば男性が育児休職を取ると言っても、その間働かないわけですので、収入の部分でなかなか難しいということがありました。当社の中では、一部有給化、育児休職の全部を有給にするのは莫大な費用がかかりますが、ここでは15日分を有給化するということを決めました。これとは別に、配偶者の方が出産した時の特別休暇が5日間あり、5日と15日を足すと20日間で、土日が休みということを想定すれば、1か月間の育児休暇を取れるということを目的に、一部有給化を進めています。世の中では、まだまだ数パーセント台の男性の育児休暇の取得率です。味の素も、長期間休むというところにはなかなか向いていませんが、1週間、2週間といったレベルでの育休を取得するという男性従業員も増えてきています。
 あと細かいですが、育児短時間勤務。当社は今、所定労働時間が7時間15分ですが、どうしても育児で保育園の送り迎えをするといった中で、7時間15分も働けないといった人に対して、もう少し時間を短くして働いていいよという制度があるのですが、当時、小学校に入学するまでとなっていたものを、小学校3年生の終わりまでに期間を拡大しました。これも議論がありました。今、世の中的には、もう小学校卒業までという企業も大分増えてきている中で、何で小学校6年生じゃないのだと、今学童保育でもそんなに預かってくれないという話もある中で、議論したのですが、まずは3年生までやってみようという「まずは」で、2010年から止まっているという現実ですので、実態を見て、また拡大をしていくということを考えていきたいと思っています。
 効果ですが、育児をしながら働く従業員の働きやすさが向上したと思っています。ただ、育児・看護と言いながら、ほぼ育児に関わる話をしていて、特に介護に関わるような方々からは「育児ばっかりやらないで、ぜひ介護に向けても」という話は、こういった制度導入の時から、組合員の方々から話があったと記憶しています。
 様々な制度導入を行った後、導入した制度を様々な人に取っていただくために、職場の中で理解を進めていく取り組みを行いました。ただし、味の素の従業員が味の素の従業員にワーク・ライフ・バランスって大切だよと言ってもなかなか浸透しないということで、ワーク・ライフ・バランスとは何かという意識啓発を、外部の専門家による講演会という形で、全事業所で実施し、世の中は今こうなっていますということを、従業員一人ひとりに認識してもらうということをしてきました。とはいえ、そんなきれいごとをという話は、当時のアンケートであったと思います。しかし、少なくとも、こういう話を聞いて、自分の考え方はおかしいのだろうと気づいた人も少なからずいて、そういった人たちが、良い上司、良い管理職になっていると私は思っています。
 これも非常に大事な話ですが、職場ごとの働き方の見直しということで、味の素の国内の職場ですと、何百と職場がありますが、その職場で年1回は、職場懇談会という、いわゆる職場の課題に対して、上司、管理職がその課題についてはこういう手を打っていこうという話をする場を設けています。そもそも組合主導でやってきた話ではあったのですが、年1回やらない職場も、例えば、本社とか、研究所とか、そういったところでは多くありましたが、会社が絶対やるということを、当時の春闘の回答で盛り込んで2011年度から、未だに年1回の職場懇談会は続いています。毎月やっている職場も工場単位であったりもするということで、誰かがやってくれるではなく、自分たちの職場は自分たちで良くしていくのだということが、この時くらいから植え付けられ始めたと思っています。
 2012年と2013年の取り組みということで、ワーク・ライフ・バランスのプロジェクトを立ち上げて以降、大体2年から3年スパンで、ワーク・ライフ・バランスの計画方針を労使で計画して取り組んできました。この2年間は、どちらかと言うと、先ほどの意識啓発に似ていて、制度をちゃんと活用していくためにどうするか、自分たちで改善できることはないのかということを考えていた時代になります。当時から、時間外割増率の残業問題ではないですが、労働時間への感度をもっと高めよう、時間は無限ではない、限られた時間でしっかり成果を出さなきゃいけないということを取り組もう、有休取得の促進ということで、休まずに働くことの健康的不安、土日以外でも休まないと相当フィジカル的にも疲れ、良い発想が出ないということを伝えていきました。そして、最低限このくらいの有休取得はしようということを、職場で決めてもらいました。あとこの職場運営改善は、先ほどの職場懇談会をやっていき、会社としても、自律・ライフプランの実現の支援策を出すということで、2年間取り組みをしてきました。
 こういったものは定量的に見ることがなかなか難しいということがありましたが、組織文化診断という全従業員対象のアンケートによって、前回と今回の働き方に関する数値がどのくらい上がっているのか、極力定量的に見ていこうということで話をしてきました。
 一方で2008年から労使ワーク・ライフ・バランスのプロジェクトを立ち上げてきたわけですが、2013年に至るまでに、課題が色々出てきました。立ち上げ当初のような制度導入の検討がされなくなり、世の中と比較しても優位性は低下しているのではないかということが浮き彫りになりました。先ほども言ったように、多くの企業で再雇用制度も入っている、育児短時間の期間も小学校6年生までとなっているということで、優位性が明らかに低下していました。また職場の課題解決についても比重が職場に置かれすぎて、職場懇談会を開催しても無理やり課題を抽出したりするなど、若干マンネリ化が進んでいました。そうすることにより、ワーク・ライフ・バランスという言葉が非常に軽い、暇な人が考えていればいいものなのではないかと、味の素の中で意識が低下していった、そういったことが課題として浮き彫りになってきました。
 そういった状況の中で、いわゆる賃上げというものも、当時はずっと見送るのが世間の風潮であったことも踏まえ、何か刺激を与えなきゃいけないなと考えていったのが、2013年の春闘です。介護関連の要請は、もう1回労使の取り組み方法を見直していくという意味で、組合から要請をしていったということになります。
 では、何で介護の要請をしたのか、その内容は何だということになりますが、世間はどんどん高齢化していますが、組合員の構成について、味の素の中での年齢別ピラミッドをグラフにし、10年前と比べると、約34歳であった平均年齢が、ほぼ40歳に近づいているということになり、組合員の中でも、介護に対して問題意識を持っている、あるいは、今、介護の状況になっているという話が職場の中で様々な声として出ていました。それと同時に、育児で制度を入れた後に、「いつ介護の話をするのだ」という声も年々高まっていました。また、当時よく言っていたのが、介護は周囲に相談しづらいということで、育児と比べて、職場の中で、「私、介護をやっている」という話がなかなか顕在化していませんでした。こういった問題意識を持った中で、組合でも当時アンケートを試みて、今、介護をやっている人たちが何人いるかということを見てみました。先ほど2,600名の組合員と説明しましたが、実際には、100名くらいが当時介護に携わっているということでした。ただ、組合員で100名なのですが、いわゆる管理職など、要するに、もっと年齢が上の人たちからすると、「組合はよく言ってくれた」と、もっと介護に対して会社の中で議論すべきだという話があり、そういった具体的に数値を示したことに加えて、これは別に組合員だけの問題ではない、会社にとっての問題だということになり、将来に備えてセーフティネットを確保するという、過去からの労使の考え方に基づいているのではないかということで、介護の要請をしました。
 まず相談窓口を設置して、周囲に相談しづらいのであれば、専門的な窓口を設置することによって、聞いてあげる場所を作ろうとか、看護休暇の日数を5日から10日に増やそうという話をしました。またこの時から、在宅勤務というものが組合から話がなされていきます。加えて、介護で動けないのだから転勤させずに、自分の意思で勤務地を指定するような制度を作ったらどうだ、介護もお金がかかるので、会社として補助したらどうかということを思いつくままに組合が会社に要請していきました。先の2つは即日に回答が出ました。在宅勤務や勤務地指定制度、組合は、そう簡単に在宅勤務制度は入れられないんじゃないかと思っていながらも、まずは対象者が限られている介護に関して入れたらどうかという話をしていったのですが、会社からは「思い切って対象を広げて検討しないか」と回答されました。
 そうした考え方に基づいて、改めて労使でプロジェクトを立ち上げて、味の素流働き方改革を進めていくことになりました。2013年、味の素の中では、「働き方改革」という言葉が、ここで初めて顕在化したということになります。目的は、生産性の向上です。生産性の向上と言うと、なかなか深い話で、時間生産性という言葉を労使で話をしていきながら、労使ワーク・ライフ・バランスプロジェクトを立ち上げた時と同様に、考え方とともに、制度導入について進めていきました。その1つがテレワークということで、後ほどまた出てきますが、在宅勤務と言われているものにつながっていくワードになります。これは世の中的にはもう標準的な言葉だと思います。
 実際には、2014年にテレワークが導入されます。在宅勤務とは、家や社外で仕事をしていいですよというもので、当時は活用するためには制約(事由)がありました。結果的には、機密性が守られている場所であれば働いてもいいよという運用にしていきました。
 2015年も、休暇制度の導入など、いくつか制度の検討を行いました。導入のコンセプトは、育児・介護ばかりではなく、業務を円滑に回し結果的に生産性を上げていくために、どういった制度を入れることによってこれが実現していくかということで、スーパーフレックスなどが入ってきます。スーパーフレックスタイムというのは、本社や営業部門であれば、8時45分に出社して5時20分に帰るという労働時間が定められていました。ただ、その中の10時から15時の間さえいれば、自分で始業時間を決めたり、帰る時間を決めることが可能であったということだったのですが、逆に10時から15時まで在席しなければならず、かえって柔軟な働き方ができなくなるということもあったため、10時から15時まではいなければならないという制約を撤廃しました。とにかく、当時、7時間35分の中で、自分の中で切り盛りして、最終的な成果を出しましょうということが、スーパーフレックスタイムの内容になります。それと、社外サテライトオフィスということで、首都圏が中心になっていますが、複数の業者と契約を締結して、わざわざ会社に来なくとも仕事ができるということも実現しました。首都圏で働いてみれば感じるのですが、朝の通勤ラッシュで満員電車に揺られて事務所に行くよりは、その時間はこういった駅の近くで仕事をする、逆に言うと、自宅でもちろん働いてもいいのですが、自宅で働くことも含めることによって、通勤の時間をずらして会社で働くこともできる、実際に出社する時には、電車も満員ではなく、ゆったり座ることができるのです。
 例えば、朝起きてメールを確認したり、保育園への送迎後、自宅で業務をすることが可能になりました。帰りの時も迎えに行き、最終的に子どもを寝かしつけた後に、明日の仕事の内容を確認するということも可能です。定量的になかなか言えませんが、活用している人は多くなっていると思います。
 さらにワーク・ライフ・バランス休暇という休暇制度を導入しています。2011年に東日本大震災がありました。その時に、味の素グループ全体として行ったことは、当時節電をしていこうという話があり、8月のお盆の時期を、従業員1人1人が持っている有休のうち3日間取りあげて、夏季指定有休を設定しました。当時、このまま指定有休を使っていけばよかったのですが、次第に指定せずに様々な職場ごとによって運用が変わってしまいました。せっかく長期休暇を取得しやすい状況を作っていたのに、それがすべての職場で行われていないということに対して、当時、問題意識を持っていました。細かく言うと、働き方関連法案が現状佳境を迎えているのですが、この時、2015年当時には、もっと有休取得が進むように、会社が時期を指定して、5日間休ませるという話が、当時閣議決定されているという話もあって、会社に決められるよりは、自分たちの意思で取得できる休暇を設定すべきということを、労働組合で考え、指定有休3日間を全社で取り組む代わりに、5日間の連続休暇になるワーク・ライフ・バランス休暇を新設してほしいということを会社に要請し、回答を得たという休暇制度になります。
 あと時間単位有給休暇は、1時間単位で有給休暇を取得できるという制度で、特に取得の理由等は問われません。これも育児関係の人などで、半日休まないといけなかった人たちが、1時間の休みによって、半日分の有休取得をしなくて済むという効果が生まれました。
 このような制度を活用した結果として、営業利益が上がった分、労働時間が下がっているということがデータで言えるようになりましたが、課題としては、残業を前提とした働き方はまだ職場にあるということが、当時の労使で振り返ったところであります。
 そして、2014年と2015年の春闘の取り組みあたりから、味の素の春闘が取り上げられるようになってきました。

働き方改革の取り組み

 最後に働き方改革への取り組みということになります。所定労働時間短縮ということで、先程8時45分から17時20分というのが、本社や営業部門の労働時間ですという話をしましたが、それは、1時間の昼休みを除くと、7時間35分の労働時間だったものを縮めようということです。そういうことを組合から会社に要請していったという話です。実際には20分短縮ということで、時給換算などを色々していくと、1万4,000円にあたるということで、実質ベースアップ、賃上げだと、当時マスコミには報道されて、世の中に知れわたっていきました。
 最終的には7時間35分から20分短縮して、現在は7時間15分ですが、2020年までに7時間にしたいと会社から発信されています。7時間労働で新たな価値を創造するということで、冒頭の紹介であった通り、グローバル化も含めて色々な性別、国籍、価値観をもった方々が一緒に働いているという状況の中で、誰もが活躍することを目指していこうということが根底にありました。残業前提で働いている今の日本的慣習の働き方から脱却していこうというのが、味の素グループが考えている働き方改革になります。改革ですので、単なる見直し、改善ではないので、今までの働き方とか、今までの考え方を抜本的に改革するということで、こういったマネジメントとか、ワークスタイルについて考えていこうと取り組みました。そういうことを打ち出して、まずは味の素だけですが、そこから味の素グループに広げて、最終的には食品業界や社会まで広げていきたいというのが、今考えている話になります。
 当時、所定労働時間短縮を組合から要求した背景には、まずは「官製春闘」という政権が賃上げを促進している3年目だったのですが、私たちもこれまで1,000円、2,000円という賃上げをやってきたわけなのですが、その波に逆行したとか、邪魔したという形にしたくなかったので、労働条件の根幹である賃金原資改善につながる取り組みとは何なのかを徹底的に議論していました。労働単価の引き上げにつながる所定労働時間、20分短縮で実質1万4,000円というベースアップになると考えましたの。この考え方であれば、労働界の流れを邪魔せずにやり取りができるのではないかということで、この所定労働時間の短縮に着目し、要求をしたということになります。
 年間の総実労働時間が、ワーク・ライフ・バランスのプロジェクトを開始した時は、約2,000時間だったのですが、10年ほど経過しても2,000時間前後を推移しており、数値から見る労働時間は大きく変わっていませんでした。
 組合も、職場での生産性運動を展開して、個人目標に生産性を高める内容を記載させることを数年やってきたのですが、「やっている割に全然効果が出てない」と直前のやり取りで会社から言われてしまっていました。この状況を打破するためにも、所定労働時間の短縮を選択しました。なぜなら組合員の取り組みだけではなく、所定労働時間は管理職にも影響する話で、全員で働き方、今の長時間労働を打破できると考えたからです。味の素だけがいいというわけではなく、冷凍食品、味の素AGF、クノールなどのグループ企業も同じく進めないと、結局しわ寄せが子会社に行ってしまうということにつながってはならないという話もしました。パートタイム従業員も味の素では働いていますが、自分たちだけ短縮していても、この人たちは時給で働きますので、何もしなければ、年収が下がるということになりますので、何とかこの人たちの時給も上げていきたいということも考えていました。また、ちょうど人事制度の改定において個人目標の中身を変えようという話を当時しており、そこに働き方改革や生産性向上の項目をぜひ入れていきたいという話をここでできるのではないかと考えていました。
 実は、組合から要求していたのは、所定労働時間の短縮のみで、具体的な時間は何も要求をしていませんでした。何分短縮していいかが結局判断できなくて、1年間労使で考えていくという要求をしたのですが、即日会社から20分短縮との回答がなされました。会社の回答の中では、実質ベースアップの効果があるとか、グループにも影響するとか、パートタイム従業員の働き方にも影響するということで、当初の狙い通りに全て盛り込めたことが良かったと思っています。
 それから、2016年以降に、20分短縮に加えて5,000円のベースアップを要求し、獲得することができました。今年は、本当の意味でのベースアップは見送り年間休日を増やして、固定化するということを会社に要求し、実質2日の休暇増という回答を得ました。
 今、この味の素グループの中で大事にしているところは、世の中的にも働き方改革と言われていますが、生産性向上によってもたらされた原資を還元するという議論が、ほぼなされていないと感じています。私たちは組合の活動の中でも、生産性向上の話をしてきた部分もありますので、生産性向上によってもたらされた原資を社員に還元する方針だという考え方を労使で確認しました。世の中的には、残業が減ってしまうと収入が減るため、働き方改革に真に取り組めないのではないかと言われています。そのような状況の中で残業が減った分をちゃんと還元し、人財に投資するということが宣言され、それはグループも同様の考え方だということも示されたことは大変大きかったと思います。ですので、生産性を上げた、それによって残業は減った、その分は人財への投資をし、従業員の働きがいを高め、最終的には心身の充実を図り、さらにまた生産性を上げるという、このサイクルを回していくということが味の素グループの共通認識です。
 去年、1万円の賃上げをするということも取り上げられましたし、今年も年間休日の話は出ていて、結果論かもしれませんが、社会への影響、味の素が取り組んでいる働き方改革に対して、自分たちも何とかそういうことをやっていきたいと言う組織も少なからず出てきています。
 現在どんなことやっているかというと、会議の抜本的な改革ということで、必要な人だけ出席しよう、会議は9時から16時までで、その時間帯以外にはやらない、紙も使わないなどのルールを定めて運用しています。
 実は20分短縮しただけではなくて、現在、本社、営業、研究所は、始業時刻が8時15分になっています。スーパーフレックスタイムを前提に基本の始終業時刻を朝8時15分から16時半としました。さらに、早く来た人たちに対しては、本社の中で、パンやコーヒー、バナナを無償で提供して、朝出社する人を奨励してくということもやっています。それから、本社では毎週水曜日は17時消灯などの取り組みを行っています。
 あとは、どこでも働けるようにパソコンを軽量化したり、交通費をかけて全国各地から集めずにウェブで会議をしていくといった取り組みをしています。
 結果的に2017年度の就労データでは、総実労働時間は1,827時間で着地しました。2018年度に1,800時間を達成すると発信しており、あと27時間というところになっています。ただし、職場での課題はいっぱいあり、単なる数字合わせではなく、ちゃんと働きが上がっているのかどうかということに重きを置いて活動しているという状況になっております。

以 上

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