一橋大学「連合寄付講座」

2016年度“現代労働組合論”講義録

第6回(5/9)

今、働く現場で何が起きているのか ~若者を取り巻く雇用の現状と労働組合の役割

今野衛(連合ユニオン東京書記長)

はじめに

 今野衛と申します。私の仕事は、職場で働いている人から、パワーハラスメントやセクシャル・ハラスメントなどの相談を受けて、それに対処する役割を担っています。いちばん多い問題は、「解雇」の問題です。「解雇」ということについて、みなさんは、まだまだ実感としてないかもしれないですね。大きくは2種類に分類できるのですが、例えば工場労働者の方々がクビを切られるケースと、みなさんたちのような大卒の方がクビを切られるケース。これはまったく違います。今日は、どちらかというと、高学歴の方たちが、どのように職場から追いやられているか、ということの実態についてお話したいと思います。その方たちが、ローパフォーマー(ローパー)と言われてクビを切られる現状について、動画を含めてご説明したいと思います。

1.リストラ指南の実態

 最初に誤解のないように言っておきますが、みなさんたちにとって、パフォーマンスが高いか低いかというのは、試験の結果次第かもしれません。しかし、みなさんが会社に入社されたとき、パフォーマンスは、それぞれの会社の尺度で測られます。必ずしも基準はひとつではありません。さらに言えば、その基準が非常に曖昧で、こんなことで良いのかな、と思う基準を示されることがあります。
 まず見ていただきたいのは、2016年4月13日にNHKの『クローズアップ現代』で放映された映像です。会社の業績が非常に良いのに、なぜクビを切られるのか。非常に学歴の高い方がクビを切られる事件について紹介しています。この問題は2月の国会で大きな問題になりました。連日、国会の厚生労働委員会で国会議員から厚生労働大臣に質問がなされました。
 私はこのような相談を非常に多く受けています。このローパフォーマーといわれている人たちは、本当にローパフォーマーなのか、と疑うことが非常に多いです。役員から一定数の人材を入れ替えろと言われたとき、担当者はそれに合意してくれる人、辞めていただける方、おとなしい方たちを中心にリストアップしていきます。番組ではC評価、E評価が続いた、というリストが出ました。私も同様の相談を受けたことがあります。この方たちは、実はその前の3年間において、普通にBやC評価を受けていた人たちです。その人たちが、ある日突然上司が変わって、その上司のもとで急に評価を下げられたということは、日常的にあることです。日本では多くの企業で職能資格制度が採用されておりますが、それが適正に運用されずに、客観性を著しく欠き直属の上司の主観による評価がなされている場合が多いのではないかと非常に疑問に思っているところです。そもそも労働者の問題というよりは、彼らを管理する、マネジメントをする人間の能力の不足ではないかと考えています。みなさんたちは、ローパフォーマーの解雇について、これからもどんどん聞く話だと思います。そういった疑問を持ちながら聞いてください。 
 クビを切るというのは、実はものすごくストレスのかかる作業です。資料は、人材(コンサルティング?)会社が会社側に「クビ切りというのは、こういうふうにしなさい」と出しているマニュアルの一部です。退職勧奨の面談の時に非常に傾聴スキルが問われます。辞めてください、と言われてから退職勧奨を受け入れるまでの心理的な動向が書かれています。最初は怒りという形で表れ、次第に気分がどんどんと落ち込んで、3~5週目にかけては抑うつ状態になる。ただこれを過ぎていくと受容にかわっていく。つまり、解雇を受容していきます。
 これは、エリザベス・キューブラー=ロスのモデルというもので、看護師をやっている私の妻にこのマニュアルを見せたところ、「これは、ターミナル・ケア(終末期医療・終末期看護)のモデルよ」と言われて、非常にビックリしました。それで調べてみたところ、このマニュアルでは、末期がんの方たちが、自分の死を受け入れていくモデルをそのまま使っていました。退職勧奨について、このように考えている。不謹慎なものを使っているなあと、私は非常に憤りを感じました。

 最初に申し上げたとおり、このように追いやられる方たちのほとんどは、かなりの高学歴です。そのためか、どちらかというと上司とぶつかることが多いのかなあと思います。ある日突然辞めてほしい、と言われ、そのほとんどの方は抑うつ状態から受容にはいきません。受け入れられないままの状態で辞めていくのがほとんどです。我々としては、この問題は許されるものではない、と思っています。
 これは、ある会社が退職勧奨をするときに、こうしなさいと出したものです。本来、退職勧奨を受け入れるか否かは、労働者の自由な意思に基づく話です。追い込んで辞めてくれ、と言うのは解雇です。これを受け入れなかった労働者に対して、会社の対応は、①厳しい降格や降給を徹底的に実施する。つまり役職を取りあげて賃金を下げる。②低位な部署や現業へ配転し、それに見合う評価、処遇、賃金に切り下げる。③保安、警備、食堂やトイレ清掃、メール回収、配布などの業務へ配置転換。このように追い込んでいく。これが実際に行われていることです。

2.労働組合とは何か

 後半では、このように追い込まれた人たちが、どのように闘ってきたのかについてお話します。
 追い込まれる人たちの多くは、40歳から50歳前半の方たちです。私は48歳ですので、ちょうど私くらいの年代になります。私には3人の子供がいます。大学2年生と高校1年生、中学校3年生で、いちばんお金のかかるときです。いま私が解雇されたら、生活が破たんするだろうと思います。我々は追い込まれた人たちをできるだけ救いたいという思いで、活動しているところです。
 さて、みなさんは労働組合についてご存じですか。動画で説明した方がわかりやすいと思いまして用意しました。Facebookなどで世界的に共有された動画です。「団結は力なり(Union is Strength)」と書いてありますが、この動画はもともと団体旅行がスマートですよ、という旅行会社のCMです。それを誰かが、Union is Strengthと付けました。労働組合関係者の間では非常に多く共有されていて、私はタイの方から教えてもらいました。労働組合についてとてもわかりやすく説明していますので、見てみてください。

動画の上映『団結は力なり(Union is Strength)』

 最初に小さいカニが集まってきて、大きなものに立ち向かっていくという映像です。
 職場では、一人ひとりが非常に弱い立場です。社長や部長に対して、非常に弱い立場ですが、みんなでひとつの目標に向かって交渉していくと、非常に大きな力を持ちます。言語は違っても、世界中の労働組合の関係者にシェアされます。
  次に、連合のCMもあります。連合の相談ダイヤルの30秒の動画です。

上映・連合紹介CM

 連合ユニオン東京は1人でも入れる労働組合です。今、働いているところに労働組合のない方が入れます。賃金不払いやセクハラ、パワハラ、長時間労働、不当解雇、いじめという問題があった場合、我々はフリーダイヤルで相談を受け付けています。2人以上いれば労働組合をつくれます。1人の場合は個人加盟としてユニオンに入っていただいて、会社と交渉することができます。労働組合に入っていただく、あるいは労働組合を結成することで、我々がサポートして、会社と交渉することができます。団体交渉によって働きやすい職場をつくります。
 私たち連合ユニオン東京は、組合員数4000人、単位組合100組合、個人加盟約110人です。1年間に個人でユニオンに相談に来て、会社側と交渉する人たちは、おおよそ110人前後です。組合費は、ひとり1000円です。普通に考えれば、この財政で運営できませんが、連合という大きな財政母体があるなかで、サポートを受けてやっています。活動方針は、安心して働ける職場づくりへの取り組みや、健全な労使関係の確立に向けた取り組み、組織拡大の取り組みを掲げています。
 最近の特徴は、女性や若者のグループから労働組合を結成したいとか、会社側と交渉したいとかの相談が非常に多いことです。労働組合のない職場において、アクションを起こしているのは、この層だということです。一方、会社側と交渉できないのが中年のおじさんで、私と同じような世代です。あなたもう生活破たんするよ、と言っても、なかなか最後の最後まで決断できないのが、このおじさんたちの層です。それに比べると、背負っているものが比較的小さいんでしょう。若い人たちはすぐに行動を起こします。また、女性たちは、日常的に職場で差別されているので、ここで動かなければ、という危機感が働くのだと思います。

3.相談内容の実態と傾向

 全国での相談件数は、年間15,000件ちょっとくらい。毎年同じくらいの数字です。相談者は、以前は圧倒的に男性でしたが、今は男女半々くらいです。雇用形態は、正社員と非正規労働者が半々です。年代別の割合では、20年前に10・ 20代からの相談はほとんどなく、40・ 50代からが圧倒的でした。しかし、最近では「ブラック企業」が蔓延しているためか、特に10・20代からの相談が非常に増えています。なかでも、大学を卒業してすぐに入った企業が、「ブラック」なのではないか、という問い合わせが非常に多いです。ただ、何をもって「ブラック」なのか、というのは非常に難しい。なんでも偏差値にして表すというのが今の世相で、「ホワイト企業」ランキングで偏差値70を超える企業で、ここヤバいよ、という企業が何社もあって、あてにならないと思います。
 次に、相談内容についてお話しします。20年前には賃金未払いについての相談がほとんどでした。残業代や割増賃金、休日手当が払われていない。急な解雇や不利益変更。いちばん多かったのは、給料を下げるぞという相談。しかし、5~6年前からの傾向として、セクハラやパワハラ、マタハラ、男女差別が増えてきました。セクハラは20年前から言われていますが、パワーハラスメントは最近の概念で、これに関する相談が非常に多いです。ただ、パワハラの相談はどちらが本当なのか、正直言うとわからないというのが多いです。普通に職場で教育的指導をしているのに、パワハラと訴えてくる人も多く、線引きが難しくなってきています。
 週40時間や休日・休憩に関する問題も増えています。これは圧倒的にITの職場で多く、残業時間は天井なしです。大学を出たばかりの人たちが、月に50~60時間の残業をさせられて、疲弊しきって相談に来ます。一方、30代くらいですでに管理職にあげられて、残業代なしで馬車馬のように働かされているという相談も増えています。あとは退職金に関する相談です。再雇用の際に相談が多い。今は60~65歳の雇用が義務づけられていますので、65歳まで働くのが普通になってきています。60歳から再雇用になるときのトラブルが非常に多い。以前は、単純な法律違反という形の相談が多かったのですが、今増えているパワハラは、どこまでを違法行為というのか、線引きが非常に難しく、複雑な内容が増えています。

4.相談事例〜消費者金融会社Aの場合

 不幸にして問題のある企業に入ってしまった場合、どうしたらよいのでしょう。消費者金融会社Aで働いていたB氏は、職場に労働組合を作りました。B氏が語る8分の動画をみてください。

動画の上映

 いまB氏の職場では、会社との労使関係が非常に良いです。悩んでいる人や精神的に落ち込んでいる人がいる場合、人事と話し合って、会社としてバックアップ体制をとるなど、前向きな話し合いができるようになっています。
 この間の経過についてお話しします。消費者金融会社Aの職場内で、不当な懲戒処分とパワーハラスメントが発生しました。この問題を会社全体で何とかしなければならないと、有志が集まって労働組合を結成します。そのうえで、会社側と交渉しました。団体交渉は日本国憲法で保障されている労働組合法にのっとった権利です。しかし、実際のところ、最初のうちはうまくいきませんでした。会社の方も最初のうちは、敵対組織ができたと思って非常に緊張します。妨害的な工作もありました。しかし、労働組合法には、不当労働行為という労働組合をつくったときに使用者側に禁止されている事項があります。これは労働組合法7条に書かれていて、7条1号から4号までの違反に分けられます。
 7条1号の違反とは、不利益な取り扱いと言って、例えば、労働組合を結成したことによって、東京営業所から地方の営業所への業務命令を出した場合、これはもう完全な組合つぶしであるということから、このような不利益行為を禁止しています。
 7条2号では、正当な理由のない団体交渉の拒否が禁止されています。これと同類で、不誠実な団体交渉も禁止されています。「それはできません、できません、できません。」という形で、会社側が一方的に考えもせずに答弁すること、これは不誠実な団体交渉として、団体交渉拒否と同類に扱われます。 
 7条3号は、組合運営に対する支配介入です。「君はもうすぐ係長だな。悪いことは言わん、組合活動はもう辞めなさい」と、これを組合活動に対する介入と言います。
 最後に4号は、労働委員会への申立て等を理由とする不利益取り扱いで、これは難しいので覚えなくていいと思います。

 上記のような行為が発生した場合、労働三権は憲法で保障されていることですので、これを救済する機関があります。これは裁判所と違って、各都道府県の労働委員会という機関です。我々が労働組合をつくると、まずここに駆け込むことが多いです。と言うのは、どこの会社でも最初は、会社側に知識がないために過剰に反応して、お互いにケンカになって、良い関係にはなれません。そこで、労働委員会という第三者に仲立ちに入ってもらうというイメージです。労働委員会のメンバーは、弁護士や大学教員などの公益委員と、経営者団体の役員などの使用者委員、そして、労働組合の役員の労働者委員の3者構成で話し合いがおこなわれます。命令権をもちますが、途中で和解という形でうまくいく場合もあります。
 先ほどのB氏たちの職場でも、お互いに譲歩して歩み寄ることができました。このときは、労働委員会が、会社側を指導・説得して、会社がわかりましたという形で、話し合いをする環境が整いました。そのうえで、和解が成立して労働協約の締結に至りました。労働協約の締結とは、労使のルールを文書化したものと覚えてください。労使協調路線で、非常に円満な関係がつくられていきました。労働者と使用者との関係は、ケンカではなく、お互いに協調していくことによって企業が栄えれば、労働者にとっても利益になる、という考えに基づいて話し合いが続いています。私から見ても、何年か前に大ゲンカしたとは思えないような良い関係になって、彼らは会社をどう発展させていくのか、ということを真剣に論じています。会社も働く人にとって、どのような福利厚生制度がいいのか、真剣に提案し、良い関係になっています。
 我々は基本的にこのような解決方法で、職場における課題を解決しています。円満に解決できるところばかりだといいのですが、なかには裁判にまでいったケースがあります。

5.相談事例〜Dケーブル会社の場合

 大手のDケーブル会社で起きた退職強要と追いだし部屋の問題を、労働組合を結成して解決した事例を紹介。

6.相談事例〜大手IT企業の場合

 大手IT企業で起きた長時間残業強要の問題を、労働組合を結成して解決した事例を紹介。

さいごに

 本日は、世間一般では高学歴といわれる方や若者が不当に職場から追いやられたり、長時間労働を強いられたりする事例と、そのような問題に対する労働組合の役割や取り組みをお話ししました。みなさんも多くの方があと数年すると就職して社会に出ることになると思います。本日配布した資料の末尾に連合が設けている労働相談専用のフリーダイヤルの番号(0120-154-052)を記載しましたので、もし、ご自身だけではなく、友人やご家族も含めて、ハラスメントや長時間労働など困難な状況に直面した場合は、一人で悩まずに私たちにご相談ください。ご清聴ありがとうございました。

以 上

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