一橋大学「連合寄付講座」

2015年度“現代労働組合論”講義録

第5回(5/11)

公正な賃金制度の確立に向けた取り組み

芳野友子(JUKI労働組合中央執行委員長)

はじめに

 今日は、私どもJUKIの賃金、特に賃金体系と「トータル人事制度」について、お話します。賃金というと、結果としていくらになるのかに関心が向かいます。もちろん結果も大事ですが、結果に至るプロセスも非常に重要だと考えています。

1.JUKI株式会社の概要

 「JUKI株式会社」が正式な企業の名前になります。今はJUKIというアルファベットになっていますが、元々は「東京重機工業株式会社」という名前でした。戦前は、軍需産業としてピストルや鉄砲を作っていました。戦後、その技術を生かして平和産業に転換し、今は工業用ミシンが主力の企業です。創立は1938年12月15日です。主な営業品目は、工業用ミシン、産業装置、家庭用ミシンで、それ以外にも様々なものを作っています。

2.JUKIの販売拠点と製造・開発拠点

 日本国内の産業構造の変化によって、賃金体系にも影響が出てきました。どういう影響が出てきたかというイントロに入りたいと思います。
JUKIは工業用ミシンを作っているので、個人のお客様ではなくて、縫製工場にミシンを売っています。したがって、縫製工場がどこに移転するかによって、私たちの仕事の場所も変わってきています。今では売上高の8割から9割が海外になっています。国内に縫製工場がなくなってきたということです。
 販売拠点は全世界に広がっています。これまでは中国が主力でしたが、最近では、バングラデシュのチッタゴンやダッカ、インドネシアのジャカルタ、カンボジア、ミャンマーなどに縫製工場が増えてきています。また、中国からベトナムに縫製工場が移っています。
 販売拠点が新興国に広がってくると、ミシンを作るコストとの関係が出てきます。要するに、日本でミシンを作るということがコスト的に非常に難しくなっています。したがって、国内に部品工場を残していますが、製造拠点は中国、ベトナムへ進出しています。
 会社は、「ものを売るところでものを作る、そこで部品を調達する」という方針を出しています。ものを売るところが新興国ですから、そこで部品を作り、現地でなるべく部品を調達するというかたちに転換をしています。営業社員は、国内での販売がありませんから、海外と行ったり来たりしています。市場はすでに海外に行っているということです。
 なぜ、コストとの関係でどんどん海外に行くのか。例えばA社の縫製工場もJUKIのミシンを使っています。A社では700円から1000円ぐらいでTシャツを販売しています。その価格に、生地代や縫う人の工賃、縫うためのミシン代がすべてコストとして入っています。日本で縫うことを考えると、東京都では最賃ですら888円なので、とてもその時間単価では、完成品が作れません。そうすると、単価の低い地域に工場が移転をする。そこにJUKIも進出する。安いものを作るということは、ミシンそのものも安く作らないといけないということです。JUKIとしても、国内の雇用を守ることはとても大事なのですが、縫製工場がどんどん移転するのにあわせて、ミシンのコストダウンをしていかなければいけない状況になってきました。
 その結果、国内で定年まで働くということではなくて、時として海外にも行かなければいけない。海外、しかも新興国で働き、生活していかなければいけない、という働き方に変わってきました。90年代以降、非常に環境が変化してきたといえます。
 今、ベトナムと中国に開発拠点を作っています。ものづくりのスタートの工程からすでに海外に移転しているのです。ただ、私たち労働組合としては、開発・調達から生産・販売まですべて海外になってしまいますと、国内がどんどん縮小してきますし、技術力が海外に流出するのではないか、という危機感を持っています。必ず労使協議会の中で、技術をどうやって日本で確保していくのか、日本の人材をどう確保していくのか、教育訓練をどうやっていくのか、ということを労使の課題として協議しています。

3.世界のお客さまとともに

 この写真は縫製工場のイメージです。

 工場には何百台というミシンが並ぶわけです。どうしてもミシンというと、家庭用ミシンのイメージがとても強いかと思いますが、工業用ミシンというのは、ボタンを付けるミシンなら、ボタン付けだけという専用機になります。縫い子さんたちは、ポケットを付けるだけのミシンを1日中、何百枚と縫いながらポケットを付けるとか、襟付けなら襟付けだけという工程でやっています。JUKIはただ単体のミシンを売るだけではなく、縫製工場で効率的に1つの製品を、たとえばTシャツなら、いかに効率よく縫えるかを提案します。1枚の製品がどれだけ短い時間で量産できるかを提案しながら、縫製工場にミシンを提供しているわけです。
 そして、地域にも貢献したいということで、多摩センターの本社に、地元の小学生を集めて、「ソーイングセンター」という工業用ミシンと家庭用ミシンが置いてある場所をお見せしながら、お子さんたちに家庭用ミシンで実際にティッシュケースやバッグを縫ってもらい、それをお持ち帰り頂くことで、いわゆるものづくりの楽しさを、子どもの頃から分かって頂こうという取り組みもしています。
 「チップマウンター」という産業用装置も製造しています。これは、携帯電話やテレビなどに搭載されている基盤にチップを搭載する機械です。一昨年、JUKIの産業用の職場がソニーの子会社を吸収合併して、JUKIの子会社を作って、この機械を作っています。この機械の製造工場は中国が中心になっています。したがってこの職場の人たちも、ほとんど中国で仕事をするという働き方に変わってきています。

4.JUKI労働組合の概要

 図表1がJUKI労働組合の関連組織図です。

図表1 JUKI労働組合関連組織図

 下から2つめの箱のところがJUKI労働組合です。かつては2,000人以上組合員がいましたが、国内工場がどんどん縮小して海外に出ていくという中で、どうしても辞めざるを得ない人たちがいたり、組合としては残念でしたけれども、リーマンショックの時に早期退職をやったりしましたので、従業員は減っています。組合員も減ってきて、今700名弱となっています。
 JUKIはものづくり産業ですので、金属機械産業の労働組合が集まっているJAMという産業別労働組合に加盟しています。JAMの中には、この他にダイキンやクボタ、時計のセイコーやシチズンといった企業も加盟をしています。他の産業別労働組合を見ると、例えば電機連合だと日立、東芝、パナソニック、NECなどが集まり、自動車総連だとトヨタ、日産などになるわけですが、JAMというのは、いろんなものづくりの企業の労働組合が集まっているので、JUKIのように生産財を作っているところもあれば、農器具を作っているクボタ、時計を作っているメーカーなど、いろんな金属機械産業が集まっていて、そのうち8割が中小・零細企業の組合です。組合員1万人以上の大きな組合が非常に少ないという特徴があります。

5.労働組合の組織と運動の進め方

 会社はトップダウンで、上司の命令において仕事をするわけです。それに対して、労働組合というのは、組合員の意見を運動方針というものにまとめて、それを執行するのが執行部です。執行部は選挙で選ばれた13名の中央執行委員で構成されています。企業はトップダウン、労働組合はボトムアップという逆の方向性になっています。JUKI労働組合の全体像をまとめたのが図表2です。

図表2  JUKI労働組合の全体像

 真ん中の上の方に大会とあります。これは年に1回必ず開かれるものです。組合員の意見を集めて、JUKI労働組合として、むこう1年間こういう活動をしていきますという方針を決めます。そのためには人が動きますから、お金もかかってくるわけです。方針に基づいて組合費をどう使っていくのか、という予算も、この大会で決定されるわけです。大会には組合員が出て、賛成反対を投じて決定されますから、決定権は組合員にあるということです。
 執行部が、「今年度の活動はこういうものをやりたい」と言っても、組合員のニーズに合わなければ、大会や大会の下にある総合委員会で否決されてしまうこともあります。組合員の声やニーズを集め、それをいかに方針に反映し、労使協議で会社と交渉しながら、達成していくか、というのが組合の活動です。大会は最高決議機関です。組合の運動方針・予算・労働条件・賃金に関わるすべてのことが、ここで決定されていきます。大会に次ぐ決議機関に総合委員会があります。これは賃金以外の労働条件について決定をしていきます。
 組合の仕事は執行部だけではできません。現在、委員長の私を含めて13名の中央執行委員がいて、それぞれ専門部というものを持っています。図表2の左下に組織部から会計監査まで、専門部の内容が記載されています。

6.専門部と専門委員会の役割

 専門部と専門委員会の役割について理解していただくために、調査部と賃金専門委員会の話をします。
 調査部は賃金について専門的に調査し、JUKI労働組合としてこういう賃金の方針が必要なのではないか、ということを提起します。JAMに加盟している他の企業の賃金水準などのデータを活用して、JUKIがJAMの中でどういう賃金水準にあるのかを調査します。ただし、13名の執行部だけで、JUKIの労働条件全体をカバーすることはできません。図表2の右側に専門委員会というのがあります。9つの専門委員会があり、執行部の求めに応じて意見を述べる、いわゆる諮問機関となっています。
 賃金専門委員会は、同業他社との比較や賃金に関わるすべての議論をする場になっています。委員長と委員は各職場から執行部が選び、執行部の調査部担当者が事務局を担います。賃金は、会社との労使協定がありまして、組合員の賃金はすべて把握しています。ただ、これは個人情報になりますので、取り決めで、執行部の三役(委員長、副委員長、書記長)と調査部長が把握できる立場にあります。実際に専門委員会の中で賃金を取り扱う時には、従業員番号と名前を消してデータを取り扱うことになっています。プロット図を作ったり、折れ線グラフを作ったり、いろんなデータを作りながら会社の水準について議論し、執行部に答申を出します。たとえば2015年度の春季生活闘争の要求の叩き台についても、この賃金専門委員会で様々な議論をしながら、JAMの方針はこうなっているが、JUKIとしてこのぐらいの要求を出さないと、世間並みの賃金にならない、ということが、この委員会から答申として出されます。それをもとに執行委員会として、今年の方針をどうするのか議論します。執行部の案が固まった段階で職場に下ろして、職場の意見を聞きながら、最終的に大会で提案し、そこで最終決定されます。執行部が、物事を決めているということではなく、すべての決定権は組合員にあるのです。いかに組合員のニーズを取り入れるかによって、組合の活動も活性化しますし、会社との交渉の時も、組合員の意見として「JUKIで働く人たちは、こういうことを思っていて、今、こういうことが必要なんだ」ということが会社にも訴えられるのです。きめ細かい活動がとても重要なのです。

 このようにJUKI労働組合の中で、専門部と専門委員会が車の両輪のように活動しながら、組合の方向性や要求を作っています。調査部の役割として、2つ例を挙げましょう。
 1つめは、JAMが実施する「生活実態調査アンケート」への協力です。アンケートを通じて、JAM全体の組合員の思いと、JUKIの組合員の思いの比較などもしています。最近、面白いと思うのは、JUKIの組合員は成果能力主義型よりも年功序列型の人事処遇制度が良いというニーズがあるということです。どちらが良いのかは時代によって変動もあるのですが、最近の傾向としては年功序列型のニーズが高まっています。JAM全体で見ると、どちらかというと成果能力主義型のニーズが高いので、そこを比較しながら、なぜ年功序列型が良いのかと調査部が分析をしています。
 2つめは、「人事考課に関する苦情処理アンケートの実施」です。毎年4月に昇給が行われ、過去1年間に目標をどれだけ達成できたか、S、A、B、C、Dの評価が付けられます。4月の給与明細を見た時に、自分がどの評価をもらったかが分かります。また、6月と12月には一時金が出ます。組合では、4月・6月12月の年に3回、評価に関する苦情アンケートを実施しています。一時金にもS、A、B、C、Dの評価が入っています。なぜ自分がこの評価になったのか納得がいかないだとか、これだけ一生懸命やったのに、という思いが、どうしても評価を見ると出てくるのです。その思いを組合として正式に苦情として受け止めて、人事担当者にこの人がなぜこういう評価になったのかということを、上司を通じて部下に説明するように、ということを求めています。
 私たち労働組合としては、賃金体系そのものもそうですが、評価に対しても、本人の納得性と評価の透明性を求めています。人事異動が行われる時によく言われることが、私たち社員は上司を選べないということです。上司が異動すると部下も異動するケースがあります。そうすると、職場内でみんながどう思うかというと「Aさんはあの上司に好かれているから、あの上司が異動すると必ずついていくよね」というようなことが言われます。職場の中はそんなに簡単なものではなくて、仕事をするということは、適材適所の観点と、その人をどういうふうにキャリアアップさせていくかというキャリアモデルがとても大事です。たとえば、研究開発者も、研究開発をやっているだけでは良い製品開発はできません。開発する時に、いかに縫製工場の縫い子さんたちのニーズを汲み取るかによって、新しい製品の開発というものが生まれてくるので、時としては現場に入ることも必要ですし、営業と一緒に客先を回ることも必要になります。ずっと研究だけを入社から定年までやっていくわけではなく、途中で他の部門を経験していくこともとても大事です。ジョブローテーションをちゃんとやっていかなければいけないのです。見る人によって、どうしても偏見やいろんな感情が生まれてくるので、評価については本人がキチンと納得をする、それから透明性を持って評価されるということに、組合として着眼点を持っています。

7.トータル人事制度

 ここからJUKIの人事制度に入ります。JUKIでは賃金体系だけではなく、「トータル人事制度」という捉え方をしています。賃金体系以外のプロセスと結果の部分、どういう評価をされて今の給与になっているか、ということが重要だと考えているからです。したがって、評価の運用についても、賃金体系を変えるたびに必ず労使協議で議論をしています。

(1)成果主義の導入
 まず、これまでの流れですが、1999年までは年功型の賃金体系を取っていました。いわゆる属人給と仕事給の2本立てです。属人給の中には、年齢給・勤続給・家族手当・住宅手当がありました。世間では家族手当のことを扶養手当という言い方をしている企業もありますが、JUKIは家族手当という言い方をしています。住宅手当の中には地域区分があります。首都圏の人と、地方の人では「住」に関する費用が異なるからです。それから、仕事給の中には、職務給と職能給があります。どういう仕事に就いているのかが職務給、与えられた仕事をどれだけスピーディーに能力発揮ができるのかが職能給です。年功型の賃金体系では、1歳年を取るごとに、年齢給も勤続給も必ず上がりました。職務給は仕事が変わらなければ変わりませんが、ベースアップがあれば上がります。職能給は評価によって変わっていきます。年功型とはいえ、ここのところが非常に大きいといえます。
 バブル崩壊後の90年半ばから後半にかけては、日本経済が非常に大きく変化をした時代でした。JUKIでも工場がどんどん海外展開していましたから、年功型ではなくて、成果主義型のニーズが非常に高まってきました。こうした流れを受けて、1999年7月には、年齢給・勤続給を本給、職務給・職能給を仕事・成果給にまとめました。仕事・成果給は1級から7級までの7段階の「テーブル表」とし、7級の方は給与が高くなります。ただ、これだけでは年功型の部分が非常に残っている上、海外にどんどん進出していることもあり、私たちの働き方も変わっていったのです。

(2)職種・地域別要素の導入
 2002年9月に、仕事・成果給の部分を、これまでは1級から7級だったものから1級から6級とテーブルを1本減らし、職種別・地域別の賃金体系を導入しました。職種別は製造職、研究開発職、本社の企画・営業、管理部門をそれぞれ職群としました。これは非常に異例な部分なのですが、製造現場をどんどん海外に移管していきますから、その時に海外駐在員として行く人たちがいるわけです。事情があってなかなか駐在員になれない現場の人たちが、国内に残ってどういう仕事ができるかを検討しました。入社した時から製造現場で組立とか溶接をやっている人たちが、いきなり間接部門でパソコンを使ったり、語学でというのは非常に難しいし、年齢的にも定年間際の人たちが多いので、職種転換ということで、守衛さんになって頂くとか、リフォームの勉強をして、JUKIのグループ会社に出向して頂くとか、そういう職種を作って雇用を守ってきたわけです。このように、会社の変化にあわせた賃金テーブルを作るということで、2002年9月から導入されました。
 地域別は、大阪とか名古屋、福岡、秋田などにも拠点があるのですが、賃金の基本となる仕事・成果給の部分について、本社にいる人と、秋田の事業所にいる人で、同じテーブル表を使ってしまうと、コストへの影響が大きいので、どこの地域で働くかによってテーブル表を変えた方がいいのではないかということで、職種別・地域別の賃金体系を作りました。この時は企業の業績が非常に悪かったので、地方を若干下げたテーブル表にしました。しかし、組合としては、秋田で採用されてずっと秋田にいる人と、たまたま本社で採用されて、本社から秋田に転勤になった人が、同じ仕事をするのに給与が違うのはおかしいのではないかという問題に直面しました。本社の人は、本社の給与体系のまま転勤になりますから、秋田で採用された給与体系の人と、同じ仕事をしながら差が出てきます。2002年9月以降、何年か経つうちにそうした矛盾点が出てきたため、2014年4月に、新しい賃金体系を導入しました。

(3)キャリア制度の導入
 新しい賃金体系では、仕事・成果給を「グローバルコース」と「リージョナルコース」という2本に分けました。市場が海外に出ていて、駐在員もどんどん増えていく。それだけではなく、海外出張も増えていく。バングラデシュ、ミャンマーなど新興国の場合、旅行で2~3日行くのはいいけど、そこで生活をするのはすごく大変なのです。バングラデシュ駐在の組合員が帰国した時に「寝ていて、耳が冷たくなったから触ってみたら血が出てて、ネズミに齧られたんだ」と言っていました。外国人用のマンションに住んでいてもこういったことがある訳です。そういう環境の中で生活しなければいけないのです。すると何が起きるかというと、まずみんな駐在員になりたがらない。それから出張で1ヶ月とか3ヶ月とかというのも行きたがらなくなってくるわけです。これは企業の中で言うと、「転勤拒否」になるので、酷いケースでは解雇に相当してきます。「転勤拒否」は「業務命令違反」なのです。よくて減給か降格です。職位が下がってしまう。そういうケースが増えると、企業は成り立たなくなってきます。市場の8割から9割が海外なのに、海外で仕事をする人がいなくなるというのは、JUKI存続の危機です。しっかりコースを分けて、海外に行ける人、そうでない人、とした方がいいのではないかと考え、グローバルコースとリージョナルコースを作りました。
 採用そのものはグローバルコースなので、新入社員のあいだは全員がグローバルコースです。進級して1つステップが上がると、リージョナルコースを選択できるのですが、このリージョナルコースでは、キャリア制度という「住居移転をともなう、転勤・出向、または1週間以上にわたる長期出張の免除措置」を導入しました。このコースを選択しているあいだは、転居を伴う転勤や1週間以上の出張が免除されます。あくまでも免除措置ですので、特別な事情が発生した時に、このコースを選択できます。上司が「あなたはリージョナルコースね」と選ぶのではなく、本人に選択権があります。で、どういう人たちがこのコースを選んでいるかというと、子どもが小さい人、妊娠している人、自分に病気があって海外に行くのが難しい人、親とか兄弟の介護がある人などです。ここで問題になったのが、1週間以上の長期出張で、国内ならば、何かあってもすぐ病院に行けるからいいけれども、海外だと行けないという場合です。海外で病院にかかるのはすごく大変なので、現行制度でも、海外駐在員や長期出張に行っている人が病気になると、すぐに帰国させて、日本の病院に転院してもらいます。本人が「自分はグローバルコースを選びたい」と言っても、健康に関することは本人にとっても会社にとってもリスクですから、産業医との面談も入れながら、「リージョナルコースを選んでください」と言って、ご本人に納得して頂きました。リージョナルコースは、転勤や出張が免除されているため、グローバルコースの給与に比べ、基本給が10%下がります。子どもが大きくなって、1週間以上の出張や転勤することができるなど、特別な事情がなくなった時には、自己申請に基づいて、またグローバルコースに転換できます。グローバルコースとリージョナルコースは相互乗り入れ可能というわけです。このコース転換は、原則2回までと決まっています。というのは、転勤になりそうな時、急にリージョナルコースに転換して転勤を逃れるようなケースがあると、トラブルの元になるからです。ただし、これは原則条項です。当初会社は2回までとキッチリ決めていたのですが、組合員から意見が出て、交渉の中で原則を設けることになりました。例えば、子どもが小さい時にリージョナルコースを選び、大きくなったらグローバルコースに戻る。親の介護が必要になってリージョナルコースを選ぶと、これだけで2回発生してしまいます。こういう場合は、とてもじゃないけど2回では足りないということになったので、原則2回までとしています。

(4)目標面談制度と人事考課のフォロー
 体系としてこうした免除措置を設けていても、評価については非常に不信感があるわけです。なぜ自分がその評価になったのか。賃金というものは原資、人件費が決まっています。そうすると、評価も原資からどう配分するかということになりますので、全員がS評価を取ることはないわけです。SからDまでの正規分布で、絶対評価ではなく、相対評価を作ります。自分がどこで評価されるかがとても大事です。それを「目標面談制度」と「人事考課のフォロー」で決めています。JUKIの場合は、自分がどの職位にあるのかによって、仕事のランクが決まってきます。そのランクに基づいて、上司との面談の中で、「自分はこういう目標設定で、こういう仕事をしていきます」ということを話し合います。その目標に対して、半年後、もしくは1年経った時に、どれだけ達成できたかが点数づけされるわけです。その点数によって、部の中で、同じ職級で並び替えされていきます。目標に対してどれだけ達成できたかということだけでは、評価は分からないわけです。自分では高い目標を立てたつもりでも、同じ職級の人が、別の職場でもっと高い目標を設定していたかもしれない。目標が高かったがために、達成できなかったかもしれない。こっちは低い目標だったから達成できた。これでは同じ評価はつけられません。評価を平準化させるために、部の中で評価会議が行われて、「この人の目標については、これだけ達成できた」ということを、上司どうしが議論するのです。その中で、「目標達成できたけれども、目標設定自体がその人にとって低くないのか」ということも会議の中で話し合われ、それぞれの考課表の数字の並び替えをして、正規分布をさせて、最終的にS、A、B、C、Dがつけられます。そういうステップについても、会社と組合の労使協議の中で、「ではこういうステップでやっていきましょう」と作り上げられたのが、この目標面談制度と人事考課のフォローなのです。これは「こういう流れでみなさんは評価されていきますよ」と組合員に公開しています。この段階で、「フィードバック評価」といって、目標達成の途中で、上司からアドバイスをもらい、残りの期間でどういうことをすれば目標達成できるのかを話し合います。また、会社の方針が変わって、目標を変えなければいけない場合もありますので、そういう話し合いも目標面談の中で行います。 

(5)新人事制度における改善点
 新人事制度では、いくつかの改善を行いました。

 1つめは、考課基準・目標面談制度・人事考課制度の変更です。人事考課要素の着眼点の公開、目標面談研修やフィードバック研修の改善、新規に部門レベルの管理職による多面評価会議の実施などを行いました。
 2つめは、「考課項目」と「考課要素」の見直しです。業績、態度・意欲、能力について、それぞれの職級ごとに考課要素として何が求められているのかを明確にしました。
 3つめは、「態度・意欲、能力考課」の着眼点を考課要素ごとに明確にしたことです。やはり個人ではなく組織で働いているわけですから、職場の中での協調性もとても大事になってきます。例えば、積極性、企画力、折衝力といった考課要素について、具体的に何を求めているかを公開しています。

8.賃金体系の問題点

 このように、ずっと賃金体系を変えてきたのですが、まだまだ問題点があります。

 1つめは、「間接差別」の問題です。間接差別とは、制度や文言上は性別にとって中立であっても、結果としてどちらか一方の性が不利になることです。「男女雇用機会均等法」が1985年に制定され、翌年から施行されていますが、それ以前は「直接差別」がありました。具体的には、男女で初任給や新入社員教育などで差があったり、昇格の研修なども、男性は受けられても女性は受けられないということがあったりして、女性が排除されていたのです。今は直接差別があると均等法違反になりますので、初任給ももちろん男女で一緒になっているのですが、間接差別がまだ残っています。では、賃金制度で何が間接差別に該当するかというと、家族手当、住宅手当の支給要件です。JUKIの場合、家族手当も住宅手当も支給要件があります。これは、どこの会社にもあると思います。どういう要件になっているかというと、世帯主とか、主たる生計者となっているのです。これらは男性とか女性とかとは言っていません。でも、住民票上の世帯主というと、ほとんどの場合が男性なのです。主たる生計者というと、給与の高い方なのですが、JUKIの例で、奥さんが8歳年上で研究開発者で、旦那さんが営業の場合、研究職の奥さんの方が高かったので、女性が家族手当も住宅手当ももらっていましたが、これは例外で、普通はほとんどが男の人になります。すると、結果として女性は手当がもらえません。もちろん住宅手当とは、住宅費を補助する手当なので、世帯に対してで1人ひとりにあげるものではないのですが、これがあることで、結果として同じ仕事をしながらも、世帯主かそうでないのかによってもらう賃金が変わるので、これはおかしいのではないかと私自身は思っています。JUKIとしては、この間接差別について、労使で取り上げているところです。
 2つめは、「男女間賃金格差」です。JUKIとしては、先ほどの間接差別とあわせて、男女間の賃金格差についても取り組みはじめています。格差を改善するためには原資が必要なので、現行給与を下げずに格差をなんとかしなければなりません。もう少し会社の経営状況が良くならないと、原資が生まれてこないので、難しいかなと思っていますが、これについても、労使の共通点としてやっています。
 評価そのものは、若い人たちを見てみると、割と女性も良い評価を得ているのですが、育児休業を取ったり、育児休業が明けて、短時間勤務で働いている人たちの昇進、昇格が遅くなっているのです。育児休業を取ったり、短時間勤務をしていることは、制度として不利益にならないとなっていますが、結果として昇進、昇格が遅れている。特に子どもが4人いる人が、JUKIにはすごく多いのですが、4人分の育児休業を取って短時間勤務にもなるため昇格が遅れてしまいます。ここをどうしていくかが、今後の課題として残っています。
 3つめは、「考課の透明性と納得性」です。もちろん100%に近づけていかなければいけないのですが、制度が変わればいろんな問題点が出てきます。今の制度を導入してから1年目ですけれども、組合員から意見を聞きながら、評価のやり方、もしくは制度変更について、しっかりと協議を続けていきたいと考えています。
 4つめは、「目標管理の徹底」です。目標設定をして、なぜあなたはそういう評価になったのか、どうすれば進級できるのか、についてもしっかり上司が説明するように面談を充実させていくということです。
 5つめは、「チャレンジ性」です。成果能力主義が強くなっていますので、チャレンジ性も持っていないとダメですから、そこも見ていかなければいけません。
 6つめは、「社内ローテーション」の活発化です。グローバルコースは転勤も海外出張も増えてきているので、一部の人たちだけが転勤をしてしまうということになりますと、偏ってしまい、差別的扱いとなってしまいます。一部の人だけがしょっちゅう海外に出張するとか、同じ人が海外駐在員を繰り返すということがないように考えています。
 7つめは、「コミュニケーション不足」です。今、仕事が1人1人になっていて、パソコン1台あればどこでも仕事ができる環境になってきています。すると、職場で上司と部下が顔をあわせて会話することがないのです。そうなると、言いたいことがいえない。上司は仕事上、命令でいろんなことを言いますが、部下は弱い立場なので、上司に対しておかしいと思ったことを言いづらいということもあるし、メールでのやりとりだと、本心がどこにあるのかが分かりづらくなってしまいます。もっと顔と顔を突きあわせて、しっかりとコミュニケーションを取っていくということも大事なのではないかということです。

9.賃金制度の改定に向けて

 賃金制度の改定は「労使協議会」で会社と組合が意見交換しながら詰めていきます。定例の労使協議会は、社長以下取締役が全員出てきて、主に会社の経営状況について意見交換する場です。賃金体系とか細かい職場の関係になると、企業トップに話しても理解が難しい部分があります。人事担当役員以下、人事部長、人事課長が出てくる「ミニ労使協議会」を設定して、制度の細かい部分、目標のやり方、面談のやり方などをミニ労使協議会で議論しています。もっと細かいものについては「事務折衝」で、組合の書記長と人事担当者レベルで細部を詰めるということもやっています。
 組合の機関会議としては、最終的に賃金に関わることは大会決定事項ですので、大会まで「職場討議」を重ねて、最終的に大会で決定します。それ以外の、たとえば「労働時間の短縮」ですとか、「年次有給休暇をもっと増やしていこう」だとか、そういう賃金以外の処遇については、「総合委員会」で決定していきます。これも職場の意見を聞きながら、「総合委員会」で提案をしていくというステップを取っています。日常活動を通じて、組合員に知らせていくのが「職場委員会」です。各職場の代表者が職場委員会を開催して、「今、会社の状況はこうなっていますよ」とか、「制度がこういうふうに変わりますよ」ということを報告しています。それ以外にも、先ほど出た職場討議という、職場ごとに物事を決める時に意見交換してもらう討議の場や、意見を取りまとめる「中央執行委員会」があります。組合の中にはこれだけの「機関会議」があるということです。
 私たち執行部が具体的に何をやっているのかを、どのように情報提供していくか。まず、「ユニオンニュース」といって、最低月に1回発行しているものですが、会社の状況や制度改定の途中のやりとりについて、ニュースでお知らせしています。その他に、「職場説明会」というものがあり、賃金体系など、非常に重要な項目について、日にちと時間を区切って、職場単位で個別に説明会を開催して、その中で意見を聞き、それを元にまた会社と労使交渉しながら、制度を確立し、最終的に大会で決定していきます。必ず、組合員の意見を聞く場を設けながら会社とやりとりをし、組合員の意見を制度に反映できるようにしているのです。そうは言っても、まだまだ意見や質問は出てきますので、職場から上がってきた意見については「Q&A」として、組合の考え方を必ず出すようにしています。それから、「資料作成」ですが、賃金体系が変わる時には、会社は会社で資料を作るのですが、組合は、組合員が分かりやすいように、会社の資料を噛み砕いた資料を作り、移行のプロセスなどについても追加で資料を作成して、「こういうふうに体系が変わっていきますよ」ということを説明会でお知らせするようにしています。
 組合というのはボトムアップの活動で、組合員の意見をどれだけ拾い上げ、政策的に活かしていけるかということですので、ニーズが発生するたびに、執行委員会として案件にどう対応していくのかを議論し、組合内部で対応できることは即対応します。労使協議会に持って行って、会社とのやりとりの中で制度として確立していったり、ちょっとした改善でできることであれば、「職場の改善」としてあげていったりもしています。
 賃金というのは、プロセスと結果になってきますが、そこに至るまでのトータル人事制度として見ていくことがとても大事ではないかと思います。

以 上

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