一橋大学「連合寄付講座」

2015年度“現代労働組合論”講義録

第3回(4/27)

いま働く現場で何が起きているのか
~労働相談からみた若者雇用の現状~

村上陽子(連合非正規労働センター総合局長)

はじめに

 みなさん、こんにちは。私たちは日常的に労働相談の活動をやっておりますので、その中からどんな相談が寄せられているのか、それに対して、どうしていけばいいのかをお話ししたいと思います。
 私は「連合本部」に採用されている職員です。1989年に大学を卒業して、民間の出版社で4年ほど雑誌の編集の仕事をしていました。少し違うこともやってみたいと思い始めていたところ、リクルートから出ていた『ビーイング』という求人雑誌に掲載されていた連合の募集広告の「世の中を変えてみないか」という謳い文句にひかれて、連合に就職しました。その後20年ちょっと、この「連合」というところで仕事をしております。
 パワポに今出てきたキャラクターは、「連合」のキャラクターで、「ユニオニオン」という名前です。ユニオンとオニオン。ユニオンは組合で、オニオンは玉ねぎ。語源が一緒です。たくさんのモノがギュッとひとつになって集まっているというところが同じなので、「連合」のキャラクターとして使っています。

1.連合とは

 連合は、1989年に結成されました。89年は「ベルリンの壁」が崩れたり、昭和から平成になった年です。みなさんが生まれる少し前ですね。全国47の都道府県に「地方連合会」が設置されていて、組合員数は682万人です。労働組合組織率は17.5%、雇用されて働いている人たちのうち、労働組合に入っている人が17.5%ということです。
 682万人のうち、パートや派遣や契約社員という「非正規労働者」が、何人いるかお分かりになるでしょうか。労働組合の「連合」というと、「どうせ正社員と男性と大企業の人ばかり集まっているのでしょ」と言われます。実は組合員の中にはパートタイマーなど100万人の非正規労働者がいます。組合員総数の14~15%は非正規で働いている人たちです。かつてはもっと少なかったです。しかし、この間、パートや派遣、契約社員の方々に組合に入ってもらう取り組みを進めて、次第に増えてきました。
 連合本部は御茶ノ水にあります。私が担当しています「非正規労働センター」は、2007年の10月に設置されました。2005~2006年頃に「ワーキングプア」や「格差社会」という言葉が出てきました。非正規労働者の比率が働く人の3割を超えてきた頃で、この問題に専門的に対応する部署が必要ではないかと議論をし、設置されたのが「非正規労働センター」です。
 私たちは、大きく3つのことをやっています。ひとつは非正規で働く人たちに組合に入ってもらうこと、そして、処遇、賃金格差とかかなりありますので、処遇を上げていく取り組みを進めています。今は、「若者雇用」にも力を入れています。そして、「労働相談」活動を行っています。これらの中から、今日は「若者雇用」の現状についてお話したいと思います。

2.若者雇用について

 「若者雇用」については、さまざまな問題が指摘されています。たとえば、就活です。みなさんにとって身近なテーマだと思います。就職活動が早すぎるだとか、長すぎるだとか、複雑になっているとか、よく聞かれると思います。昔からあるテーマで、「七五三現象」、若者の早期離職が、たびたび政策課題にあがっています。新規学校卒業者の離職状況(スライド4)を見てください。これは、新卒で入社した会社を3年以内に辞めた比率です。中卒は、今は6割ですが、かつては7割の人が辞めていました。高卒では現在は4割、かつては5割、大卒では3割の人が辞めています。これを「七五三現象」と呼んできました。すぐに辞めるとか、転職すること自体は、若いうちにはよくある話です。今の会社とは違う世界を見つけて、前向きな転職していくことは、積極的に評価していいものだと思います。しかし、最近問題になっているのは、積極的な転職だけではなくて、働き続けられないから辞めている人が多いのではないか、という指摘です。


(資料出所)厚生労働省職業安定局集計

 どの産業で若い人たちの離職率が高いのか。スライド4の下のグラフです。○が付いているところが高いところです。一般的にサービス業で比率が高いです。

 次のスライド5は、若い人たちが初めて勤めた会社を辞めた理由を示しています。若い人たちは堪え性がないとか、我慢が足りないという指摘がされますが、「いやいや、実はそんなことはない」というのが、このグラフです。いちばんトップにあがっているのは、「労働時間、休日、休暇の条件がよくなかった」です。次が「人間関係がよくなかった」です。「仕事が自分に合わない」「賃金の条件がよくなかった」という順に続いています。
 これは平成25年の調査ですが、その前年は、「労働時間、休日、休暇の条件がよくなかった」はトップではありませんでした。近年、働き過ぎ、働かされ過ぎになっていることが、こういう調査にも現れていると思います。

3.連合なんでも労働相談

 具体的にはどんな問題があるのかを、私たちの労働相談の事例から少しご紹介し、法律的にはどんな問題があるかを見ていきたいと思います。「連合」結成の翌年の1990年から、「なんでも労働相談」をスタートしています。全国統一のフリーダイヤルによる電話相談で、相談料は無料、組合員かどうかは問いません。組合員からの相談はあまりなく、組合に入っていない人たちや、職場で働いている本人ではなく家族の方から電話が来ることもたくさんあります。秘密厳守です。メールで受付もしています。「連合」のホームページに電話、メールそれぞれの連絡先を出しているので、もし何かあったら、それを見て頂ければと思います。
 この活動は、平日の10時~5時ぐらいまでやっています。その他に、年に3回、2月、6月、12月にテーマを決めて、「集中相談」をやっています。去年、2月には解雇に関する相談、6月は女性の相談、12月は長時間労働の問題の相談をやりました。これらはNHKのお昼のニュースで取り上げてくれましたので、もしかしたら見た方もいらっしゃるかもしれません。労働相談を通じて、どんな問題が起きているかを、世の中に伝えていくことは、私たち労働組合の活動だと思います。
 電話相談では、年間約1万6000件の相談が寄せられていますが、20代からの相談は10%に満たないぐらいです。40代がいちばん多くて、40代、30代、20代と続くような感じです。
 20代の方々からはどんな相談があるのかをここで見てみましょう(スライド7)。20代の方からの相談で多いのは、「賃金関係」が17.8%。賃金を払ってもらえないという話と、残業代を払ってもらえないという話の二つが主に考えられますが、残業代の方がたぶん相談件数が多いです。それから、2つ目に多いのは、「雇用関係」です。解雇や、有期契約、3ヶ月や1年の契約をしている人たちで、ずっと更新するものだと思っていたら、ある日突然、「次は契約ないからね」と言われるトラブルです。次に多いのが、パワハラとか嫌がらせなどの「差別関係」が15.0%と多くなっています。全体的に見ると、差別やパワハラ、嫌がらせなどの相談は1割ぐらいですが、若い人たちに限ってみると、15.0%になります。やっぱり若い人たちには上司がいて、上司からいろんなことを言われることが大変多いので、相談も多くなっているのかなと思います。

4.具体的な労働相談事例から

 具体的な相談事例と、最低限知っておいた方が役に立つルールについて、少しお話したいと思います。

(1)労働契約について
 1つめは、「労働契約を結んでいない。求人票に交通費支給とあったが、実際は支払われない。休日に出勤しても休日手当もない。体調を崩したので、退職も考えている」という相談です。このポイントは、まず労働契約の話です。労働契約は、労働者と使用者の契約で労働者は働き、そして、労働者が働いたことに対して企業が賃金を支払いますという契約です。契約なので、基本的にはモノの売買と同じです。ただ、モノの売買との違いは、契約の当事者の力関係が圧倒的に違うということです。かたや企業、会社は法人で、働く方は労働者で個人です。両者の力関係がぜんぜん違うので、対等ではないこの力関係の下で、労働契約を公正なものにしていくために、世界共通で2つの方法が取られています。
 1つは、法律で最低限の基準を定めるということです。これ以下の条件で働かせてはいけない。労働者が、「私、時給500円で働きますよ」と言っても、最低賃金は東京では888円なので、それ以下で働かせる契約は無効になります。500円で働きますと言っても、それは自動的に888円まで上がります。このように、最低基準を最低賃金法や労働基準法などで定めることが、1つの方法です。労働時間や賃金、休暇については労働基準法で定めています。
 では、最低基準だけ定めれば、それで解決するのかというと、そうではありません。すべてのことを法律で定めるわけにはいかないし、いろんな条件や福利厚生などが出てくるので、労働組合法で団体交渉を促すという方法を取ります。労働者と使用者の力関係が対等でないので、労働者を集団にする。一人ひとりがバラバラで交渉するではなく、集団で企業と交渉させるということで、力関係をより対等に近づけていくという方法です。
 これらのルールは、基本的にはアルバイトやパート、派遣、契約社員という雇用形態を問わずに、すべての労働者に労働法は適用されます。 
 先ほどの事例には「労働契約を結んでいない」とありました。労働契約は、契約書を交わしていなくても、口頭でも契約は成立します。ただ、労働条件に関しては、使用者は書面で明示しないといけないというルールがあります。『知っ手帳』という小さい冊子をお配りしました。学生さんや労働法を勉強する機会のないまま社会人になっている方のために、役立つものとして作ったのがこの手帳です。こちらの4ページと5ページを見て頂くと、「労働条件通知書」というものが出ています。みなさんはアルバイトをしたときに、これに似たものをもらったことがあるかもしれません。どうですか。私の息子は今、大学1年生です。去年1年間は「ヤマト運輸」の配送センターで早朝のバイトをしていました。その時にちゃんと「労働条件通知書」をもらっていました。今年は「まいばすけっと」という小型のスーパーで、アルバイトしています。そこでも労働条件通知書をちゃんともらっていました。使用者は、労働契約を結ぶ時に、労働条件通知書を書面で渡さなくてはいけないことになっています。こういうことは義務になっていることを、まず覚えておいて頂きたいと思います。もし、もらえなかったら「労働条件通知書をもらえませんか」と言って、是非もらってください。

(2)求人広告と実際の労働条件が違う
 次に、求人広告に書いてあったものと、実際の労働条件が違うという話です。求人票、求人広告は、そのまま労働契約になるわけではないです。そこを注意して下さい。また、求人広告を見て面接に行って、労働契約が成立した時に、労働条件を明示していなければ、当初の求人広告の条件が労働条件になるという裁判例もあります。したがって、求人票や求人広告は、しばらくのあいだ持っていた方が良いというのがひとつのポイントです。
 交通費は、多くの会社で実費が支給されています。しかし、支給するも、しないも任意です。法律で支給しなくてはいけないとは書かれていません。会社側が「交通費を払います」と言っていたのに払わなかったら、それは債務不履行になりますが、交通費に関しては、法律上のルールはありません。
 相談の内容は、「求人票では、給料20万円となっていたが、実際は基本給13万円+残業見合4万円である。休憩時間もなく、1日10時間ほど働かせられる。契約書もない。体力的に苦しく、悩んでいる」というものです。このような相談は大変多いですし、深刻な問題になるので、ぜひ気をつけて頂きたいと思います。
 この事例では、1日10時間働いているという内容がありました。労働基準法には、基本的にこれ以上働かせてはならないという労働時間が定められています。原則1週間に40時間、1日8時間と決まっています。ただし、労使で協定を締結すれば、それを超えて時間外に働かせることが可能となっています。ですから、1日10時間というのはあり得ますが、基本は1日8時間です。 
 休憩は、6時間を超えて働かせる時には、少なくとも45分、8時間を超える時は、少なくとも1時間と労働基準法で定められています。この『知っ手帳』にも出ています。アルバイトで休憩がなかったら、「ここは違うんじゃないですか」と話をしてみてはどうでしょうか。
 固定残業代を導入する例が問題となっています。1日8時間、1週40時間を超えて働かせる場合には、25%以上の割増賃金、時給1000円の人だったら、1250円以上を払わなくてはいけません。月60時間を超えた残業については、50%以上です。1500円を払わなくてはいけない。また、深夜については25%です。深夜労働は夜10時から翌朝5時までです。これが普通の時間外労働の割増賃金支払いのルールです。初めから残業代を定額にして支給するのが「固定残業代」です。あらかじめ固定給35万ですと言っておいて、その中に月80時間分の残業代も含まれているといった事例があります。求人広告には充分気をつけて頂きたいと思います。
 月に80時間の残業をしたとすると、平均すると1週間に20時間になります。土日働かないとして、週5日で20時間の残業とすると、1日4時間です。勤務時間が5時までの仕事でしたら毎日9時まで、6時までの人でしたら毎日10時まで残業することとなります。それが毎日毎日続くような働き方が、月80時間の残業です。それが、あらかじめ月給の中に入っていて、働いても、働いても残業代がもらえないというのが、「固定残業代」の問題です。これは国会でも問題になっているので、制度が変わっていく可能性があると思います。

(3)産前産後休業について
 次に、女性のみなさんもいらっしゃいますし、女性だけではなく、男性もキチンと知っておいた方がいい、「産前産後休業」問題です。
 「先日、妊娠が判明した。仕事には、産休、育休を取って復職する予定でいた。しかし、直属の上司から『妊娠をしたら休職するか、辞めてくれ』と言われ、ショックを受けたので辞めるつもりでいる」という相談です。
 「マタニティハラスメント」とか「マタハラ」という言葉は聞いたことがあるでしょうか。最近、「セクハラ」「パワハラ」に並んで「マタハラ」についても問題になってきています。妊娠や出産を理由にして、不利益な取り扱いを受けるだとか、嫌がらせをされるのが「マタニティハラスメント」です。
 まず「産前産後の休業」は労働基準法で定められた権利であるということをぜひ覚えておいてください。産前6週間、出産前の6週間については労働者が休みたいと言ったら、休ませなくてはいけない。出産前でも働き続けたいという人もいるので、その時には働かせても良いですが、休みたいと言ったら休ませなくてはいけない。産後8週間については、産後6週まではぜったいに働かせてはいけないことになっています。それは、授乳の関係もあるし、出産したあとの産婦の身体を回復させなくてはいけないからです。6週間を超えた2週間については、労働者の方が休みたいと言ったら働かせてはいけないし、働きたいと言ったら働かせてもいいというルールです。これが「産前6週、産後8週」というルールです。
 なお、産前産後休業中は、会社が賃金を払わなくてはいけないという義務はありません。しかし、フルタイムで雇用されている人は健康保険に入って働いているので、その場合には賃金の3分の2が健康保険から出産手当金として出ることになっています。ちょっと収入はダウンするかもしれないけれども、ある程度の生活が保障されるというのが「産前産後の休業」制度です。みなさん、自分のこととして受け止めてもらいたいです。みなさん方が会社に入って10年ぐらいすれば、部下ができるかもしれません。10年、20年たつと、管理職になっている人もいるかもしれません。そういう時に、「産前産後の休業」は法律で決まっていることや、それを取りたいと言った人を不利益に取り扱ったら、それは違法だと言われることをぜひ覚えておいてください。
 2014年10月には、この問題に関する初めての最高裁の判決が出ました。妊娠、出産して、「軽い業務に変えてくれ」と言ったことを理由に降格してしまったという事例です。それを違法だと言ったのが、最高裁判決です。女子学生のみなさんも、「ウチの会社には育児休業はない、産前休業はない」と言われることがもしかしたらあるかもしれません。しかし、そんなことはないです。会社に制度があるとかないとか関係なく、当然休ませなくてはいけない。当然、労働者は休む権利があるというのが、「産前産後の休業」なので、そういうことを言われたからといって、泣き寝入りしないで、ぜひ周りの人にまず相談をしてみてください。その上で、どうしても埒が明かない場合は、たぶんみなさんが入る会社には労働組合があるケースが多いと思いますので、自分の企業の労働組合に相談するとか、あるいは、労働組合がなければ、この手帳にもありますが、0120-154-052の私たちのところに相談して下さい。泣き寝入りをしない、あきらめないで下さい。男性のみなさんも、自分の彼女とか、配偶者がもしそういう目に遭ったら、「いやいや、こういうのは確か法律で決まっていたはずだな」と思い出して、応援してあげて欲しいと思います。

(4)辞めさせてもらえない
 次は「アルバイトだが店長代理の役目を負わされている。人手が足りないということで時間外労働が増え、月250時間を超えた分は時間外手当が支払われない。また、なかなか休みもとれない。辞めたいと申し出たが『人手が足りない』との理由で辞めさせてもらえない」という相談です。時間外労働の話は、先ほどお話したとおりです。ここでは退職のルールについてお話します。この種の相談は大変多く、毎日のように見かけます。メール相談では、1週間に1件ぐらいは「辞めさせてもらえない」という相談が来ています。
 労働者と使用者の労働契約には2つの種類があります。6ヶ月とか、1年とかの期間の定めがある契約の場合は、基本的には契約期間を約束したのだから守らなくてはいけないということで、期間中に契約を解除することは基本的にダメというのが労働契約法のルールです。ただ、やむを得ない事情がある場合には、途中でも解約できるということになっています。やむを得ない事情は、労働者と使用者の双方に適用されますが、労働者に有利な判断がされています。会社の方は、よほどの事情がない限りは、3ヶ月契約なら3ヶ月キチンと雇いなさいというのが、今の労働契約法のルールです。
 次に期間の定めがない契約。みなさん方が大学を卒業されてお勤めになる時には、多くは期間の定めがない契約で、正社員として入社されるのではないかと思います。それは解雇されるなどよほどのことがない限り、高齢者雇用安定法で定められている定年退職の下限年齢である60歳まではだいたい働き続ける契約です。途中で一切辞められないのかと言えば、そんなことはなくて、辞めることはできます。
 最近、人手不足感が広まっていて、次の人を探すのが大変だということもあって、辞めさせてもらえないという相談が増えています。退職願いではなく、退職届を出せば、2週間で契約は解除されるというのが、民法上のルールです。退職願いを出してしまうと、「辞めさせて頂けませんか?」というお願いにしかならないので、ほんとにもう、切羽詰まった段階で、「もう、どうしても辞める」と決めているのであれば、退職届を出すことを覚えておいて頂ければと思います。みなさんだけではなくて、みなさんがお友達からそういう相談を受けたときに、アドバイスしてあげてほしいと思います。
 労働条件が事前に聞いていた話とぜんぜん違うじゃないかという時には、すぐに解除できるというのが、「労働基準法15条」に定められています。40万円稼げると言われていたのが、実際は最低賃金ギリギリしか支払われないとか、極端に労働条件が違うような場合には、すぐに辞めることができます。
 なお、ここで紹介しているような働き方は、一般的かというと、そうではないので、みなさん、就職後に対して希望を失わないでほしいなと思います。

5.新社会人のための全国一斉労働相談キャンペーン

 先ほど年に3回ぐらい特定のテーマを決めて、労働相談のキャンペーンをやるというお話をしました。若い人たちの声を聞いてみようと、2012年6月に実施した新社会人を対象としたキャンペーンの結果がこちらです。男女半々ぐらいの相談がありましたが、やはり、長時間労働とか、年次有給休暇や休日を取らせてもらえないとか、残業代を払ってもらえない、パワハラや嫌がらせがあるといった相談が多かったというのが特徴です。こちらも具体事例を3つご紹介します。

(1)時間外労働の事例
 「新卒で4月に入社。入社時、勤務時間は10時~19時となっていたが、毎夜23時半まで勤務し、休日出勤も強要される。残業代は支給されず、即戦力を求められ、誰も仕事を教えてくれない」という話です。仕事を教えてくれないという相談も、悲しいことに時々ありまして、会社側に問題があります。みなさん方もぜひ、同期のみなさんとは仲良くして、ネットワークを作っておくことが、こういうことに対する対処法のひとつです。
 ここでは労働時間の話です。勤務時間10時~19時で、一見するとゆとりのある会社のようですが、けっきょく23時半まで毎日働いているということです。
 法定労働時間は1日8時間、1週間40時間です。それを超えて働かせる時には、職場の過半数で組織されている労働組合か、労働組合がない時には過半数を代表する人と会社が、何時間まで残業を命じることができるという協定(労働基準法36条に基づく「36協定」)を結ばなくてはいけません。それを結んだあとに、「労働基準監督署」に届け出ないといけません。
 労働基準監督署は、労働基準法で定められた労働条件の明示や、労働時間、時間外労働に対しては割増賃金を払わなくてはいけないとか、それらの取り決めをキチンと守らせるための「司法警察権」を持った人たち、すなわち「労働基準監督官」がいる役所のことです。ちょっと前に放映されていた「ダンダリン」というドラマや漫画にも登場しています。さらに時間外労働をさせると25%の割増賃金を払わなくてはいけないというルールがあります。
 36協定を結べば、何時間でも働かせていいのかという疑問が出てきます。現在、厚生労働省の大臣が定める基準としては、1ヶ月は45時間、1年は360時間などが大臣告示として定められています。しかし、これは強制力が乏しく、これを超える「36協定」を結ぶこともできます。1ヶ月100時間とか、1年で900時間という協定が結ばれてしまっているのが現実です。さらに、協定を結ばないで、それに近い残業をさせている会社もあるので、過労死とか過労自殺、過労鬱というものが出てきてしまっているのです。時間外労働は45時間を超えて、実態は青天井です。ぜったいこの時間を超えてはいけないという法律がないのが現状です。それに対して、何もできないのかというと、目安になる時間が、過労死の認定基準です。これは、2ヶ月から6ヶ月間の平均が月80時間とか、1ヶ月100時間を超える残業をしている場合に亡くなると、長時間労働との因果関係があると認められます。この過労死の認定基準の80時間や100時間という項目が目安になるのです。
 みなさん方が働き始めて、労働時間が長いところへ行かれると、「若いから多少寝なくても大丈夫だから」と働いてしまう方もいらっしゃると思います。しかし、自覚症状に任せていると、なかなか気づかないうちに過労になってしまいます。ひとつの目安は月45時間、そして、月80時間を超えたらちょっとやばいんじゃないかという感覚を、ぜひ身につけておいてください。たぶん個人差があるので、その前の段階で辛くなる人もいらっしゃると思います。しかし、まだまだ元気だと言って、月80時間を何回も繰り返していると、身体によくないですし、だんだん眠れなくなってきたりします。眠れなくなるのが鬱の兆候なので、そこは本当に気をつけてください。働けるからいいやとそれだけ働いても、会社は命も健康も返してくれません。そこは、自分でも気をつけなくてはいけないところなので、ぜひ覚えておいて頂きたいと思います。

(2)パワハラと解雇
 次の事例は「胃痛で会社を休んだ。解雇にならないか心配。胃痛の原因は、上司の暴言の数々。例えば、『仕事ができないから辞めてしまえ』『おまえは人間じゃない』『俺は12時間働いている、お前も働け』など。月40時間残業しているが、残業代はもらえない」。
 ここでのポイントは2つあって、1つは解雇です。解雇とはクビですね。会社側が労働契約を一方的に解除するのが解雇です。会社側は解雇することができます。時々、新聞などを読んでいると、「日本では解雇ができない」と書いてあることがありますが、そんなことはなくて解雇はできる。ただし、それなりの理由は必要だよというのが日本のルールです。解雇は、客観的合理的な理由がなければダメで、社会通念上相当である場合にのみ認められます。つまり、理由があったとしても、クビにするのはおかしいんじゃないのと思われるような解雇は無効だということです。今は「労働契約法」という法律の中に条文があります。
 どんな時に解雇できるのかというと、よくある話は、何回も指導しているのに一定の業務をこなせないとか、配置転換をしてもなかなか難しいとか、そういう時にも、解雇は仕方ないよねと言われる場合があります。会社に対して誹謗中傷するようなことをネット上にボンボン書き込んでいて、それに対して注意しても同じことを繰り返す。この「注意しても同じことを繰り返す」というのがポイントです。1回でアウトになることはあまりないです。
 もう1つが、最近多い「パワーハラスメント」です。人格を攻撃するようなことです。「パワハラ」ってよく聞きますが、実は法律の定義は今のところありません。厚生労働省の研究会が「パワハラ」とはこういうことだよと言っていて、具体的にはこの手帳の11ページの真ん中あたりに書いてあります。「職場のパワハラの類型」というところで、身体的な攻撃、精神的な攻撃、侮辱とかですね、人間関係からの切り離し、仲間外しですね、過大な要求、過小な要求などがあります。大企業の部長まで勤めたような人に、草むしりをさせるなどは過小要求です。個の侵害、私的なことまで過度に入り込む、このようなことが「パワーハラスメント」になると言われています。

(3)労働時間とは何か
 次の事例は「大学生で塾の講師のアルバイトをしている。残務整理等で帰宅時間が22時以降になることがしばしばあるが、塾長の指示で帰りは22時前にタイムカ-ドを打刻してから仕事を片付けるように言われた」。
 講義をしている時間はお金を払うけれども、それ以外の前後の時間は賃金を払いませんよという契約をされている、扱いをされているという相談です。これはたぶん、一橋大の学生さんだったら、経験されているかもしれません。
 労働時間とは何なのかが問題です。労働時間とは、労働者、使用者の指揮監督の下にある時間で、命じられた仕事をしている時間は労働時間です。テストの採点をする、テスト作りをする、いろんなイベントで保護者向けの説明会に出席するなど、すべて労働時間です。工場で働いている人が、始業前に作業着に着替える時間、これは労働時間です。ビル管理をしている人たちが、深夜に仮眠を取っている時間も、すぐにパトロールに行ったり、なにかがあったら対応したりしなくてはいけないので、こういう時間は労働時間とされています。業務上の研修のうち、ぜったい出なくちゃいけないと言われていて、出ないことでペナルティになるようなものは、指揮命令されている時間として、労働時間と扱われることが多いです。

6.若い人たちからの相談を受けて

 若い人たちからの相談を受けて感じていることが5つぐらいあります。労働法や働く時の実際のルールをみなさん知らないのかなあと思うことがあります。実際に働く時の労働条件の確認ができていないまま仕事を始めている方が多いのではないかということも感じます。「こんなはずじゃなかった」という声も時々聞きます。こんなふうに仕事をしていくのかというイメージができていないと感じます。困った時は誰かに相談する、大人に相談することや、相談する場所があるということを知らない方が多いと感じます。特にフリーターの方からは、誰にも助けてもらえない、誰にもお話することができないと言って、相談の電話をしてこられることがあります。孤立している若い人たちが多いのかなと感じています。

7.ブラック企業の見分け方

 今日、ご紹介したような企業は、いわゆる「ブラック企業」と呼んでよい事例ばかりだと思います。どうやったら見分けることができるのか。完全に見分けることはできませんが、いくつかの方法があると思います。
 私たちが若い学生さんたちと話していると、「労働組合があるところって、どうやって探したらいいんですか」と聞かれることがあります。実は、公的なところで労働組合があるかないかを調べる方法はないです。労働組合があるかないかで、労働条件を決める仕組みが違っているので、労働組合があるところは、物事を会社と話し合うきっかけをキチンと持っている企業だと私たちは思います。労働組合があるか、ないかを確認することは、「ブラック企業」かどうかを見極める、1つのヒントになると思います。
 では、どうしたら労働組合があるかどうか確認できるか。連合のホームページに労働組合があるかどうかを確認できるリストがあります。企業名を入れていただくと、あるかないかが出てきますので、ぜひ活用してみてください。ただし、連合に加盟している組合のリストになっていて、全部の組合が入っているわけではないので、その点はちょっとご留意頂ければと思います。
 2つめの確認の方法として、「EDINET」です。これは上場企業だけですが、各企業の有価証券報告書などが「EDINET」として、ネット上で公開されています。こちらで会社名を入れてみて、出てきた有価証券報告書のページをスクロールしていくと、「従業員の状況」という欄があります。そこに労働組合があるかどうか、ある場合には、上部団体に入っているか入っていないか、そんな情報も出ているので、上場企業の場合は確認できます。
 もう1つ、こちらの「若者が活躍できる社会へ」というチラシがあります。その右側の下の方にありますけれども、今の国会で、「青少年雇用促進法」の法律案が審議されています。労働条件は労働契約を締結する時に分かるけれども、その職場の実際の労働時間の長さや、産休や育休を取れている人がいないのではないか、離職率が高いのではないかということが分からないまま会社に入っています。それらが分からないまま入るのではなくて、分かるようにしてから入社した方がいいということで、募集採用に関する状況などについて、応募する人が求めれば、会社側がそれを開示しなければならない、という法案が出ています。こういったものも積極的に使っていって頂きたいと思います。上手く行けば、来年の3月から施行されるようになりますので、今の3年生から適用されるのではないかと思います。
 入社時に募集要項や求人広告にあった内容とぜんぜん違う内容を提示されていないかとか、会社は就業規則を作らなくてはいけないけれども、それを労働者に見せないというような会社は、怪しいと思います。また、困った時には誰かに相談する、相談する相手が思いつかなければ、「連合」に相談頂ければと思います。
 「ブラック企業」を見分けるには、自分が基本的なワークルールを知っていなくてはならない部分もあります。今日お話したのはごくごく基本的なことなので、これらを頭に入れておいて頂きたいと思います。では、今の若い人たちがどれぐらい知っているのかを見たのがスライド18です。これは、新社会人500人と大学4年生500人、計1000人に聞いた調査ですが、「労働条件の明示」を知っていた人たちは、思った以上に多かったですが、3割の人はそれを知らなかった。「36協定」を結ばなくてはいけないことを知らない、時間外労働の割増率がどれぐらいなのかを知らない、知っている人は4人に1人しかいなかったということです。そういう状況で、何も知らないまま企業に入ってしまうと、「ま、こんなもんだな」と思ってしまいがちですが、キチンと知っていることが「ブラック企業」を見分ける1つの方法になるかと思います。

8.ブラック企業に入ってしまった場合どうしたらよいか

 もし「ブラック企業」に入ってしまった場合、どうしたらいいのか。「労働基準監督官」を増やして、法律違反を一掃するのが良いのではないかという声も聞かれます。しかし、それだけでは「ブラック企業」はなくなりません。日本にある会社全部に出かけて行って、立ち入り調査するというわけにはいきませんし、それだけの数の「労働基準監督官」はいません。私はいつも、水町勇一郎先生の『労働法入門』をご紹介しているんですが、自分たちで声をあげることが必要ではないかと思います。その一節を少し確認しておきたいと思います。「不条理な事態に直面したときに、泣き寝入りしたのでは自分の権利や信念は守られない。それだけでなく、法と乖離した実態を容認することは、会社側に法は守らなくてもよい、さらには、法を守っていては厳しい競争に生き残れないという意識を植えつけ、公正な競争の前提自体が損なわれる事態を生む。・・・自分たちの権利や利益を一つ一つ守っていってほしい。それは、自分や友人のためにはもちろんのこと、会社のためにも、社会全体のためにもなる」と。本当にこれに尽きるのです。けっきょく、みんなが今の状況を是認して働き続けていると、それがスタンダードになってしまいます。そうではなくて、残業代は払わなくちゃいけないよね、とか、休憩は取らせなくちゃいけないんだよね、休日も与えなくちゃいけないよね、労働条件の明示だって、キチンとしなくてはいけないということを、法律どおり、みんなが当たり前に思っていることを、誰かにやってもらうのではなくて、おかしいと思ったら自分たちで言っていくということが必要です。
 しかし、会社の中で、たった1人で立ち上がるというのは本当に難しいことです。だからこそ、私たちは労働組合を作っています。1人ではなかなか言えないけれども、みんなで、職場全体の問題として言って、職場環境を良くしていくというのが、労働組合です。おかしいと思ったことがあったら立ち上がるということと、立ち上がる時には1人でやらず、仲間を作って立ち上がっていくのが大切です。

さいごに

 初めに「七五三現象」についてお話しました。産業別に離職率が高いところと低いところがあるとお話しました。労働組合があるかないかで、違いがあることを示したグラフがスライド21です。労働組合の組織率が高い業種の方が離職率は低いというのが、そこで見て取れる状況です。

 私たちは、若い人たちともいろんなお話をしたいし、みなさん方に職場の現実や、会社説明会では伝えられないような、業界の現実も伝えたい。逆にみなさん方から、こんなことで困っているとか、こういうふうにしていきたいというお話も聞きたいので、2012年と2013年の5月1日のメーデーに、テントを張って、若い人たちと、私たちの若い組合員でお話をする機会を企画しました。参加した学生のみなさんからも、私たちの方から参加した組合員からも「参加して良かった」という声を頂きました。
 私たちが、若い人たちの雇用の問題になぜ取り組んでいるのか。1つは、682万人いる組合員を、早く1000万人に増やしていきたいと思っています。みなさんは未来の組合員だと思っていますので、みなさんにアプローチしています。2つめは、雇用問題で悩む若い人たちに、私たちは社会人の先輩として、労働法や労働組合のことをキチンと伝えていくことが、社会的な責任だと思っています。
 一方、組合というと、赤いハチマキ、宣伝カー、拳をあげている姿を思い浮かべる方が多いのではないかなと思うのですが、実際には、普通に働いている人たちが行っている活動です。その活動を、より若い人たちにも参加してもらいやすくするためには、どうしたら良いのかということを、私たちの頭で考えるのではなくて、みなさんに教えてもらいたいと思っています。若者雇用というと、ほとんど組合員以外の人たちのことです。しかし、私たちはそういう人たちの声を聞きたいのです。
 この3つの理由で、私たちは若者雇用の問題に取り組んでいます。何かお困りのことがあったら、1人で悩みを抱えずに、フリーダイヤルでしたら、気軽に、顔も見ないでお話ができるので、すぐそばにお話できる人がいない時には、学生のあいだも、就職してからも「ちょっと聞いてみようかな」という気持ちでぜひご相談して頂ければと思います。

以 上

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