修了講義:『働くことを軸とする安心社会』の実現にむけて
はじめに
最初に、大きな枠組みの話をします。いま世界がどのような状況にあるのか、その中で日本がどのような状況に置かれ、私たちがどういう位置に立っているのかということです。続いて、連合のスタンスと具体的な運動についてお話しします。連合がめざす「働くことを軸とする安心社会」という言葉を、これまでの講義でも何度か聞かれたと思います。連合はその実現のために5つの橋を架ける必要があると考えています。この5つの橋の内容についてもお話しします。
1.現状認識と課題
(1)将来の日本社会を見据えて-「2050年」日本の問題
[1]グローバル化と無極化の時代
1989年に連合が結成されました。それまで日本の労働組合は、総評、同盟、中立労連、新産別という4つのナショナルセンターに分立していました。労働運動において、4つがバラバラに活動するよりも1つに集まったほうが良いに決まっています。しかし、いわゆるイデオロギーの違いなどが労働運動のスタイルの違いにまで及んだため、なかなか統一できず、統一の話が出てはご破算になるということを繰り返しました。
諸先輩方の血のにじむような努力によって、1989年、労働戦線を統一する悲願がかない、現在の連合が結成されました。今年の11月で結成25年になります。
1989年というのは、象徴的な年だったといえます。年号でいうと平成元年です。日本は昭和から平成に変わりました。世界に目を向けてみると、ベルリンの壁が崩壊した年です。第二次世界大戦後、ソ連を中心とする共産主義、アメリカを中心とする資本主義、その両者の対立という冷戦構造が、世界の秩序を保つという構図になりました。その中でベルリンは東西に引き裂かれ、共産主義側の東ベルリンと資本主義側の西ベルリンに分かれました。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、東西ベルリンが融合します。これはただ単に東西ベルリン、引いては東西ドイツが統合したということに留まらず、大きな世界単一市場を形成していく契機になります。
1991年にはソビエト連邦が崩壊します。ソ連の崩壊により、東欧諸国をはじめとする共産主義・社会主義国家が、一気に雪崩を打つように市場経済のメカニズムの中に入ってきました。もちろん今でも中国やベトナムなど共産主義・社会主義を標榜する国家はあります。しかし経済的には市場経済化を着々と進めています。世界単一市場になっているわけです。
これと相まって、ITが急速に進展します。Windowsというソフトウェアができたのは90年代の初めです。一般の人の日常生活のなかにITがどんどん入り込んでいくわけです。
世界の単一市場化、IT革命の2つにより、ヒトもモノもカネも情報も言論も、一瞬にして国境を越える時代が来ました。グローバリゼーションはどんどん進展していきます。
しかしグローバリゼーションの進展とともに、世界の秩序が崩れていきました。第二次世界大戦後は、ソ連とアメリカという二極が、核の抑止力による冷戦でバランスをとってきました。ベルリンの壁崩壊以降、片方の極であるソ連が崩壊し、アメリカ一極体制になると多くの人が考えました。しかし、様々な要因でアメリカ一極体制にはならずに、極がない、いわゆる無極化の時代となります。
2008年、ブッシュ政権時代にパウエル国務長官の主席顧問を務めた、リチャード・ハースという人が、『無極化の時代』(The Age of Nonpolarity)という論文を発表しました。そしてアメリカの若手政治学者、イアン・ブレマーが、『「Gゼロ」後の世界』という本を書きました。GはGovernmentの略です。それがゼロであるとは、つまり国際秩序を保つような政府がなくなっているということです。日本では寺島実郎さんが、「無極化の時代」に括弧をつけて、「全員参加型秩序の時代」と書いています。「無極化の時代」とは、ある一極のどこかが秩序をつくるのでも、全部がバラバラになることでもなく、様々な主体が意見を述べ合いながら、みんなで秩序を模索し形成していく時代のことだと解釈するのが正しいのではないかと思います。
政府だけではなくて、企業、NPO、労働組合など、社会的ステークホルダーである主体を持った団体や人が、これからの社会のあり方を議論しあいながら秩序をつくっていく時代になったのです。誰かに任せて秩序を整えてもらうのではなくて、秩序をつくるために一人ひとりが参画をしなければならない、そんな時代に入っています。「無極化の時代」を私たちはそう捉えなければならないと思います。
[2]超高齢・人口減少・成熟社会
日本の課題、日本がこれから乗り越えなければならない壁について、お話ししたいと思います。
ひとつは、なんといっても超少子高齢・人口減少社会です。現在の人口1億2千数百万人が、2050年には9,700万人になります。2060年には8,000万人台になります。そして人口が減少するだけではなくて、超高齢化の社会になるわけです。今は65歳以上の人1人を、だいたい3人が支えています。20年、30年前は、もっと多くの人が65歳以上の人1人を支えていました。「胴上げ型の時代」とも言われていました。今は3人で1人ですから「騎馬戦型」と呼んでいる人もいます。これから2050年、2060年になると、1人が1人を支えなくてはならない時代、いわゆる「肩車型の時代」に、確実になっていきます。
人口減少といえば、昨今非常に注目されているのが、元岩手県知事の増田寛也氏等が発表した『極点社会』という論文です。少子化の中で人口がどんどん減っていく、しかも基礎自治体である市町村が2040年には半分消滅するという衝撃的な論文です。一方で東京がどんどん人口を吸収し、「東京ブラックホール」と呼ばれています。ブラックホールは、どんどん吸収するけれども、吸収した後はどんどん消えていく。そうならないためには、地方に若者がきちんと定着でき、そこで子育てをすることにより、少子化を防いでいくことが必要です。この超少子高齢・人口減少社会を迎えて、我々は今までのシステムをどう変えていくかということを、大きな課題として突きつけられているわけです。
[3]分かち合うべき負担の増加
私たちは今、お互い負担を分かち合う時代に入っているといえると思います。日本は、第二次世界大戦後、高度成長を遂げてきました。1964年に東京でオリンピックが開かれた時が、まさに高度成長の真っ只中です。1968年にはGDPで西ドイツを抜き、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国になったわけです。
しかし、パイがどんどん増えていく時代は終わりました。パイを分け与える時代から、互いに負担をどう分かち合うかという時代に変わっていった。それがより一層加速するというのが2050年ということになります。
(2)足もとの日本社会 -問われる持続可能性
[1]増加を続ける非正規雇用・低所得者層
働く現場を見てみると、やはり持続可能性が問われているといわざるを得ません。たとえば、増加する非正規労働者です。労働者に占める非正規労働者の比率が4割弱まで増加したという統計があります。
日本の非正規労働者は処遇が低いという特徴があります。ヨーロッパではEU指令により均等待遇でなければなりません。均等待遇とは、同じ価値の労働をしていれば同じ処遇が受けられる(同一価値労働・同一賃金)ということです。これがきちんと隅々にまで徹底しています。近年ヨーロッパでも、産業界は安い労働力をどう広げるかということにやっきになってきていますが、少なくともEUでは同一価値労働・同一賃金、均等待遇原則が定められています。
ところが日本では、非正規と正規の間に歴然とした処遇格差があります。
非正規労働者の比率が4割弱にまでなっているということは、社会を支えるパワーがどんどん落ちているといえます。なぜなら、非正規の人たちは能力開発や職業訓練から除外されていることが多く、日本社会を支える担い手の減少とその人たちのスキルについて大きな課題に直面することになるからです。
さらに、低所得の人たちが年を取った時、その人たちの生活をどう支えるかが問題になります。今のシステムでは、生活保護という公費、即ち税金を投入することになりますから、莫大な税金が必要になります。
したがって、均等待遇を徹底するとともに、この人たちに能力開発や職業訓練の機会を与え、技能や技術のステップアップをはかることで新しいステージへのチャレンジを可能にするような社会をつくらなければならないということも、大きな柱です。
ただし、非正規労働者を、マスで捉えるのではなくて、きちんと分解しなければなりません。まず、働く側の意思がどう入っているかということです。長いライフサイクルの中では働き方が変わるのは当然だと思います。非正規労働を希望している人もいるでしょう。希望している人はそういう働き方を望んでいるわけですから、それはそれでひとつの整理ができるわけです。しかし希望していない人や主たる家計を担っている人にとっては、きわめて大きな問題です。
日本の雇用労働者は5千数百万人。その中で年収200万円以下の人が1,100万人に近づこうとしている。まさに、貧困、格差ということが非常に大きな社会問題になっているということです。これは労働現場の問題ではなくて、日本社会全体の課題として、みんなで受け止めて解決を目指していかなければなりません。
先日の新聞報道によると、日本の子どもの貧困率が2012年の調査で、過去最悪の16.3%になりました。OECD(経済協力開発機構)34か国の中でも、日本は貧困率が高く、大きな問題です。
[2]減らない長時間労働
日本人の年間総労働時間の平均は、1,700時間台です。1,700時間台というのは非常に良い数字です。ただしこの数字にはマジックがあります。労働者の4割弱を占める非正規労働者が統計に含まれており、この人たちの多くは短時間労働のため、労働時間の数値を押し下げているのです。一方で、正規労働者の労働時間は2,000時間を軽く超えているのが実情です。おそらく去年で2,020から2,030時間ほどで、リーマンショックが起きた2008年を除いてこの10年間ほとんど変わっていません。労働時間については、労働組合にも責任があり、時間短縮に向けた運動が弱かったと反省しています。
これから人口減少を補っていくためには、女性の社会進出や、性別や年齢に関係なくみんなが働くことを通じて社会を支えることが求められています。こうしたワーク・ライフ・バランス社会の実現に向けて一歩ずつ進んでいかなければなりません。その最大のポイントが、この長時間労働です。
タイムをシェアすることでワークのシェアにつなげていく、そのように社会変革をする、そのことがワーク・ライフ・バランス社会の実現です。ワーク・ライフ・バランス社会とは、仕事と家庭と地域を楽しみましょうということだけではなくて、みんながゆとりをもった生活をするということです。社会全体の課題であるわけです。
長時間労働や過重労働が労働災害を引き起こす例はたくさんあります。過労死は、毎年100人を超えています。この人数は厚生労働省が認定した数字で、グレーゾーンを足せばもっと多いと思います。この長時間労働をどう短縮していくのかということにも、我々は力を注いでいかなければなりません。
2.連合の運動課題
(1)「働くことを軸とする安心社会」の実現
[1]5つの理念・・重層的なセーフティネットの構築
拡大する格差、不安、不信が連鎖しています。そんな状況下で私たちがどういう運動をしていくのかということを議論し、到達したのが「働くことを軸とする安心社会」をつくっていこうということです。この「働くことを軸とする安心社会」の前段で、我々の運動、あるいは政策の理念をもう一度整理しようという議論をしました。2008年、リーマンショックが起こったときです。このとき、世界各国のあらゆる機関、あらゆるレベルで、新しい社会モデル、新しい経済モデルを模索し始めました。その意味でこの2008年というのは世界経済や社会のターニングポイントになった年といえます。そんなときにもう一度私たちの運動の理念、政策の理念を整理し、5つの運動の理念、政策の理念を掲げました。
1つ目が「連帯」です。2011年の東日本大震災を機に、絆や連帯、支え合い、助け合いということが日本の中でも多く語られるようになりました。労働組合の原点ともいえる、支え合う、助け合う、ともにつくっていく、すなわち「連帯」を政策理念の1つ目にしました。
2つ目、3つ目が、「規律」、「公正」です。規律や公正が、日本社会の隅々まで徹底されているのかどうか、もう一度検証しなければならないと考えたからです。
4つ目は「育成」です。人材育成を含め、あらゆる組織や集団、社会がお互いに育てはぐくむような機能をもっているだろうか。あるいはそういうマインドをみんながもって社会にかかわっているだろうか、という意味での育成です。
最後の5つ目が「包摂」=inclusionです。「包摂」という言葉は難しく、ほかに良い訳はないかと色々議論しましたが、やはり「包摂」です。除外=exclusionするのではない。
この5つを政策や運動の理念とし、そこから我々はどんな社会を目指すべきか、という議論を始めました。政府や経営者に対して求めるだけではなく、我々自らが目指す社会をきちんと描けていなければならないとして、約1年をかけて議論し、2010年12月に連合として確認しました。それが「働くことを軸とする安心社会」です。
「働くことを軸とする安心社会」とはどんな社会かというと、働くことに最も重要な価値を置こうということです。我々連合は雇用労働者が集まった組織です。しかし、働くことは、雇用され賃金を支払われ生活していく、という雇用労働だけではないでしょう。地域の活性化に取り組んでいる人や団体、NPO、あるいは子育てや家事労働に励んでいる人も、働くことを通じて社会に参画しているのではないか。働くという概念を大きく捉え、働くということに最も重要な価値を置く。
その「働く」はディーセント・ワーク(decent work)でなければならない。ディーセント・ワークは、「働きがいのある人間らしい仕事」と訳します。ディーセント・ワークを最初に唱えたのは、ILO(国際労働機関)の前事務局長、フアン・ソマビア氏で、チリでは日本でいう中央省庁の次官を務めた方です。彼が1999年にILOの事務局長選挙に立候補したとき、「ディーセント・ワークを世界の隅々まで」を自分のキャッチフレーズ、選挙公約にし、当選しました。したがって今、ILOは、運動の大きな指針のひとつにディーセント・ワークを掲げています。
ILOについて少し説明したいと思います。ILOは国連の専門機関の一つで、政府・労働者代表・経営者代表、この三者が議論をして世界の労働基準を決定するという三者構成主義を採っています。政労使三者で議論をして決めるという、非常にユニークな意思決定方式をとっている機関です。
ILOは第一次世界大戦後に創設されました。1944年にアメリカのフィラデルフィアで開かれたILO総会で、「フィラデルフィア宣言」という重要な宣言が採択されました。宣言の中から、2つ重要な言葉を紹介します。1つは「労働は商品ではない」、もう1つは、「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」という言葉です。70年前に作られた宣言が、いまなおILOの重要な指針になっています。我々は、日本の労働者の代表としてILOに参加し、世界の労働基準を決定するために議論をしています。
働くことに最も価値を置き、その労働はディーセント・ワークでなければならない。そして我々は、助け合い、支え合い、連帯という言葉をよく使います。しかし、それは、決してもたれあうことではありません。社会的、経済的に一人ひとりが自立をしていく、そのために支え合う。そして社会的、経済的に自立した人たちが支え合いながら、次のステージをつくっていく。そんな社会を「働くことを軸とする安心社会」と呼んでいるわけです。
しかし、私たちは、生きていく中で、不慮の事故にあったり、思いもかけない病気になったりすることもあります。一所懸命働いているのに、大きな社会構造や産業構造の変化で、今の仕事や職場を失うこともあります。そういうときに社会がきちっと受け止めて次のステージに挑戦できるようなきめ細かいセーフティネットが張られた社会、これを我々は「働くことを軸とする安心社会」と呼んでいます。「重層的なセーフティネットの構築」が非常に大きなひとつのテーマになります。
[2]底上げと所得再分配機能の強化
格差や貧困に関しては、底上げと所得再配分機能の強化が非常に重要です。
今ちょうど審議会で最低賃金の引き上げに関する「目安審議」をやっています。最低賃金を、全国平均で1,000円以上とすることを目指して我々は議論に参加しています。7月の終わり頃にこの最低賃金の引き上げ目安を中央の公労使で決定します。そして47都道府県ごとの審議会で最低賃金を決定し、秋から実行します。今の全国平均は700円台です。まずはこれを800円以上にすることを目指しています。格差是正の一番の原点です。
所得再配分機能の強化のためには、まず賃金や一時金を上げることが必要です。その上で、所得を再配分すること、税金や社会保障制度で再配分機能を強化していくことが非常に重要であると考えています。
[3]国際的な枠組みの構築と厚みのある中間層を基盤とした社会の構築
グローバル化が急速に進展する中では、日本だけでルールが決められるものと決められないものが出てきます。特に税制の問題です。ファンドは一瞬にして国境を越えます。我々からすれば良いファンドもあれば、悪いファンドもあります。よく使う言葉に「売り抜く資本主義」という言葉があります。利ざやだけを確保するために買収して売る、育てる資本主義ではなくて売り抜くファンドがあります。ファンドの規制は国際的に一定のルールを作らなければなりません。あるいはタックス・ヘイブンといって、税金がまったくかからないところがあります。これもおかしいでしょう。
いま、国際会議に行きますと、国際連帯税が非常に大きなテーマになっています。国際的に、すべての人が、ある事象に対して税金を払って、それをたとえば新興国の発展のために使うとか、環境保全のために使うとか、こういう取り組みに我々は国際労働運動を通じて参加していく必要があると思います。
そうした取り組みで分厚い中間層を作り出していく。厚い中間層こそが社会の安定と発展につながっていきます。こういうストーリーの中で、「働くことを軸とする安心社会」を目指して運動を進めていくということです。
[4]「働くことを軸とする安心社会」の具体的な施策~5つの橋を架けよう
「働くことを軸とする安心社会」の具体的な施策は何なのかというと、5つの橋を架けようということです。橋を架けるというのは非常に重要な単語で、橋を架ける人、Bridge Builder というのは非常に重要な意味を持ちます。
職場と社会をつなぐ橋が労働組合だと思います。労働の現場と社会をつなぐ橋、つなぐ橋を架けるために我々は活動していると私は自覚しています。みなさん一人ひとりもやはり橋を架けています。人と人との橋を架けるとか、地域と自分との橋を架ける、この橋というのは、非常に重要な言葉だと思います。したがって、この「働くことを軸とする安心社会」も5つの橋を架けるということをあげています。
1つ目は、教育と働くことをつなぐ橋。学べばそれが働くことにつながって、社会に参画をしていく。橋ですから一方通行ではないのです。働いていて、もう一度学びたいと思ったら、その橋を渡ってもう一度学び直しをして、またその橋を渡って働くことに帰っていく、という橋です。
2つ目は、家族と働くことをつなぐ橋。ワーク・ライフ・バランス社会を実現する上で働くことと地域・家庭を結ぶ。あるいは育児、介護などで家庭にいた人が、それがひと段落するともう一度働くことに戻る。
3つ目は、失業から就業へつなぐ橋。自分は一所懸命働いていても、大きな産業構造や社会構造の変化の中で、今の仕事や職場を失うことがあります。そのときにはセーフティネットがきちんと受け止めて、新しい能力開発や職業訓練をし、また橋を渡って働くというところに戻っていく。
4つ目は、生涯現役社会をつくる橋。日本には定年退職というものがあります。一定の年齢になったら会社を卒業しなければならない。しかし超少子高齢社会を乗り越えるためには、性別や年齢にかかわりなくみんなが働くことを通じて社会に参画をして、支える側に回らなければならない。退職と働くことをつなぐ橋は、当然架けなければなりません。高齢になっても働きやすい職場を作りたい。働ける限り働くことを通じて社会に参画できるようにしていくということです。
5つ目が、働くかたちを選べる橋です。働くことの形態を多様化をする。我々の長い人生の中で、若いときの働き方と年をとってからの働き方は違って当たり前です。均等待遇、あるいは個人の働く側の意志が尊重される、そんな前提条件をきちっとクリアしながら働くことと働くこと、働くことの多様化の橋を架けていきたいと思います。
この5つの橋を架けましょうという、それが「働くことを軸とする安心社会」の具体的な形です。その具体的な一つひとつの橋のためにはこういう政策課題がある、こういうふうに法律を変えなければならない、あるいは私たち労働運動としてこんな運動を展開しなければならないということを整理して、ひとつずつ実現していくために、取り組んでいます。
(2)連合運動の方向
そういう社会を実現するために私たちが今運動体として何を考えておかなければならないのか、3つあります。
[1]社会から共感を得られる運動の構築
まずはなんといっても、社会から共感を得られる運動を構築していくことです。現在、労働組合の組織率は17.7%になりました。我々の力不足です。ただ連合の組合員は、675万人いるわけです。そんな組織は日本にはおそらくないと思います。その675万人がみんなで力を合わせれば社会を変えることができると思い、運動を展開しています。
しかし17.7%です。80数パーセントの人たちは労働組合に入っていません。過去、全体のパイが膨らんでいたときには、そのパイをみんなで分け合う、そういう時代の労働運動から、今の労働運動は変化しなければなりません。負担をどう分かち合うかということを頭に入れながら運動を展開しなければならない。我々675万人だけの運動とか、幸せの追求では社会全体から孤立してしまう。すべての働く者、ここにある社会、国民から共感を呼ぶ運動をどうつくっていくか、ということが私たちに問われている。そのための運動をどう構築するかが私たちの大きなテーマになっています。
[2]運動のウイングを広げる~働くこと・生活者を切り口にしたアライアンス
我々と同じように生活者の視点、働く者の視点から運動をしている個人やNPO、NGOはたくさんあります。そういうところとアライアンス、連携を組みながら運動を展開することが必要ではないかと考えます。加えて、私たちの諸先輩が作った労働者自主福祉団体というのがあります。労働金庫はまさに働く者の銀行です。そして全労済、これは働く者の保険です。こういうものがあるし、生活協同組合、その他の協同組合、そういう人たちと一緒にアライアンスを組んで運動を展開していくことも非常に重要だと思っています。
[3]「1000万連合」の実現
私たちが力を入れていかなければならないのは、私たちの仲間を増やすことです。ともに悩んで、ともに学んで、ともに課題解決をしていくために行動していく。その仲間を増やす。労働組合というのはもともと、仲間を増やすことが基本機能であるはずです。なぜならば1人では弱いからです。1人では会社と対等に話ができないが、仲間と一緒に数をまとめれば会社と対等に交渉ができる、ということがそもそもの起源です。
仲間を1人でも2人でも増やしていくことが、私たちの基本機能であったはずなのに、私たちはそのことに力を入れてこなかった。あるいは労働市場の大きな構造変化にもついていけなかった。
その理由が、高度成長の中でのユニオンショップ協定にあります。ユニオンショップ協定というのは、会社と労働組合が協定を結び、社員=労働組合員ということです。オープンショップというのはそういう協定が一切ありませんから、1人ずつ組合に加入しなければならない。ひとつの企業の中で、組合員の人もいれば、組合員でない人もいます。今、民間の中堅大手の組合は、ほとんどがユニオンショップ協定を結んでいます。
ユニオンショップであるために、会社がどんどん新入社員を増やせば、自動的に組合員が増えていく。そこに甘えていなかったか、という反省があります。そのために我々は2020年を目標に、1000万連合を目指そうと活動を強化しています。数はやはり力です。発信力を強化するためには数は多いに越したことはない。仲間を増やしていくことで組織を強化するという取り組みを現在進めています。
エピローグ
エピローグとして、これまでの話と少し離れて、働くということは何だろうということを皆さんと考えてみたいと思います。
働くというのは何か。我々は働く者の集団です。働くことを常に見つめ直さなければなりません。私は四十数年、働くことに携わってきました。4つの切り口があるのではないかと思っています。
1つ目は、私たちは時間と能力を仕事に費やし、その対価として賃金を支払ってもらって生活をしている。これは当然のこととしてあります。
2つ目は、働く喜びとか、働く苦しみとか、ひょっとしたら働く悲しみもあるかもしれない。そういうことを通じて自分を見つめ直すひとつの大きな媒体になることです。チームワークで何かひとつの大きな目標を完遂しなければならないような仕事をするときもあります。そういうときはお互いの足らざる点を補いながら、苦しいことを乗り越えて、ひとつの目標を達成していく。そういうことによって自分自身を見つめ直す。もっといえば、自分自身を育てていくということです。
3つ目は、社会とかかわっているということです。働くことを通じて社会とかかわっている。それは働くことを通じて誰かの役に立っているということです。どんなに小さなことでも誰かの役に立っています。
4つ目は、人と人とをつなげる、働くことを通じてつながる、ということです。人と人とがつながるために、働くことや仕事が非常に大きな媒体になると思います。
こういう話をある大学でしましたら、最後の質問で手を上げた方が、「古賀会長の4つの働くことに非常に共感しましたが、もうひとつ働くことの意味があるのではないか」と言われました。「働くことを通じて、社会のルールを身につけることではないでしょうか」と、「いわば社会人となるということではないでしょうか」と言われました。なるほどと思いました。5つ目の視点として、働くことを通じて、社会のルールを身につけていく、ということも入ると思います。
最後に、若いということはどういうことかについてお話ししたいと思います。皆さんは若いです。私は今、47都道府県を回って、各都道府県の地方連合会にお願いをして、若い世代の男女との対話を続けています。まだまだ20か所に満たないのですが、今年の初めから始めて、1年半くらいはかかるのではなかと思っています。この週末も茨城、栃木に行きます。
対話の中で、「会長、若いということはどういうことだと思いますか」という質問を受けます。とっさに答えたことが3つあります。
1つ目は、若いということは失敗できるということです。チャレンジできるということです。一度失敗してもやり直しがきく。私のように60を超えれば、チャレンジはしたいですが、そして今でもチャレンジをしていますが、それに失敗したから次へまた次へという、そういう時間的な余裕はありません。みなさんは失敗したら、その失敗に学んでもう一度チャレンジできる。そういう非常に大きな特権を持っていると思います。
2つ目は、エネルギーがやはり違います。どんなに鍛えている人でも、60歳を過ぎればみなさんのエネルギーとは違います。若い頃は二晩徹夜しても平気でしたが、今おそらく徹夜なんかしたら正常な体調に戻るのに2週間から3週間かかるのではないかと思います。ことほど左様にエネルギーが違う。もちろん、よく言われるように、青春とは年齢ではない、心の持ちようである、それはその通りです。しかし何回も失敗し、チャレンジできる余裕というのは、歳をとるほどやはり狭まってくる。物事にチャレンジする気概を忘れてはなりません。失敗を多くできる、チャレンジを多くできる、と言ったほうがいいかもしれません。
3つ目は、人の話や色々な考えを、若いときには吸収できるということではないかと思います。我々も吸収したいし吸収しようと思っていますけれども、50歳、60歳になると、聞いたふりをしてあまり聞いていないのです。私のような立場では、朝令暮改、朝言っていた方針と夜の方針が違っても、世の中のスピードが非常に速い中で当然だという人もいます。しかし、その軸がブレていては運動にはなりません。ちょっと違うかもしれませんがそういう意味もあります。どんどん吸収していけるというのはやはり若い時期です。人の意見も、本を読んでも、スポンジが水を吸い込むようにどんどん吸収していける。
この3つは、いくら精神的な、心の持ちようであるといっても、私は皆さん方には勝てないと思います。そういう特権をぜひ生かして、これからの仕事、勉強、それぞれの活動に生かしていただきたいと思います。
私は労働運動を長くやっておりますので、現場の仕事は労働組合の立場からかかわってきました。入社して、実際に会社の仕事をしたというのは3、4年ぐらいで、あとは労働組合の活動をずっとしてきました。そういうかかわりの中で、働くことを常に見つめ直していくことが必要だと思いますし、働くことを見つめ直すということは、自分自身を見つめていくということだと思います。
そんなことを頭に入れながら、これからの学生生活、そしてみなさん方がこの日本社会をこれから担っていかなければならないわけですから、常に自分の立ち位置を確認しながら、自分の行く方向を見出していく、そんな習慣をつけていただくことを心から祈念して、私の話を終わりたいと思います。
以 上
▲ページトップへ |