一橋大学「連合寄付講座」

2014年度“現代労働組合論I”講義録

第9回(6/6)

職場の課題とその取り組み
雇用と生活を守る取り組み〜経営合理化に対応する

逢見直人(UAゼンセン会長)

はじめに

 本日は、企業経営が危機的状況に陥った時に、働く人たちがどうするか、労働組合はどう対応するのかということをお話したいと思います。

自己紹介

 私は本学の出身です。1976年に卒業後、ゼンセン同盟(現在はUAゼンセン)の職員として採用され、ずっと労働組合の仕事をしてきました。
 最初はゼンセン同盟本部で賃金や労働条件の調査を担当しました。それから千葉県支部へ行き、東京ディズニーランドに組合をつくるという経験をしました。その後本部に戻り、産業政策や経営合理化対策を担当しました。のちほど紹介する「山田紡績」「マイカル」「壽屋」などの合理化問題を立て続けに担当し、現地に常駐して対応してきました。2005年からは連合本部へ派遣され、6年間政策担当の副事務局長を務めました。現在はUAゼンセン会長をしております。
 一般的に労働組合の幹部は、企業に就職して、その企業の労働組合の活動に携わる中で組合役員に選ばれて、そこから組合活動に従事するという人が多いです。しかし、私の場合は、就職先が企業ではなく労働組合でした。私のような職員のことを「プロパー職員」と言います。プロパー職員からキャリアを積み重ねて、産業別労働組合の会長になったというところが、ほかの組合幹部と変わっています。

1.UAゼンセンの組織構成

 UAゼンセンは全国で146万人の組合員を抱える産業別労働組合です。146万人というのは日本の産業別労働組合では最大ですし、国際的に見ても、アメリカ、イギリス、ドイツにある産業別労働組合に引けをとらないほどの規模の大きさです。
 UAゼンセンは、製造業、流通業、サービス業を中心に、さまざまな産業業種の組合で構成されています。具体的には、製造業でいうと、東レや旭化成などの繊維メーカー、武田薬品や第一三共などの医薬品メーカー、ミズノやアシックスなどのスポーツ用品メーカーなどの労働組合があります。流通業では、三越伊勢丹、高島屋、大丸などの百貨店、イトーヨーカドーやイオンリテールなどの大型スーパー、マルエツ、エコス、いなげやなどの食品スーパーの労働組合が入っています。ほかに、マツモトキヨシなどのドラッグストア、すかいらーくグループやデニーズなどのファミリーレストラン、消費者クレジットのセディナなどもあります。また、マルハン、ダイナムといったチェーン展開をしているパチンコ店、東京ディズニーランドのようなアミューズメント関係や、京王プラザホテルや東京ドームホテルなどのホテルもあります。マスコミでは産経新聞の労働組合が加盟しています。このように、非常に多種多様な産業業種をカバーした組合を「複合型産業別組織」と言います。
 さらに、UAゼンセンには、正社員だけではなく、パートの人たちも多く加入しており、146万人の約半数をいわゆる非正規労働者が占めています。

2.経営合理化の事例紹介

 「経営合理化に対応する」という今日のテーマは、みなさんには少しイメージしにくいかもしれません。経営が順調な時は良いのですが、経済はいつも拡大しているわけではありません。長期にわたってデフレや不況が続くと、売り上げが伸びません。競合他社に負けて、企業経営が悪化していくこともあります。そういう時に企業はリストラをしたり、事業をやめたり、最悪の場合は企業そのものが倒産することもあります。そこで働いている従業員にとって極めて大きな問題になります。
 職場で実際にどんなことが起こるか、菅野和夫先生が中心になって編集された『実践 変化する雇用社会と法』(有斐閣、2006年)という本から、いくつかのケースを見てみましょう。菅野先生はすでに東京大学を定年退官されましたが、法科大学院の創設にも尽力された労働法の権威です。この本は、菅野先生のもとで開かれている勉強会の中で、いわゆる教科書的な労働法の本ではなく、実際に職場で起きている問題を法に照らしてどう考えるべきかという視点から実務的実践的な本を出そうと企画・出版されました。私も勉強会に参加するメンバーとして執筆を担当しましたので、そのうちの三つを紹介します。

(1)会社分割と労働条件
 一つめは、「会社分割と労働条件」についてです。

 関東地方を中心に全国で10の大型店舗を有するフライバード百貨店は、各店舗を独立採算制の子会社とし、これらを持株会社が指導していく組織体制にしたい。これを実現するには会社法上どのような制度があるか。労働法上はどのような対応が必要となるか。従業員の雇用や労働条件についてはどのような処理を図るべきか。
 この組織再編成について、フライバード百貨店の従業員で組織するフライバード労組としては、今後とも労働条件は各店舗で斉一的なものとしたいと考え、同労組と持株会社との間での労使交渉で決定したい意向であるのに対し、会社としては各店舗が実情に応じた処遇をできるよう、各店舗の労組支部と子会社の経営陣との団体交渉で決定することを通告した。フライバード労組は持株会社に各子会社の労働条件に関する団体交渉に応じることを求めることができるか。できるとすれば、それはどんな場合か。

 2週間ほど前の日経新聞トップに、イオングループが首都圏の食品スーパー3社(マルエツ、カスミ、マックスバリュー関東)を持株会社の下に事業会社として集約するという記事が出ました。これは私たちの加盟組合に関わることなので、非常に大きな衝撃でした。持株会社が日本で認められるようになってから、こうしたケースはよく出てきます。実際に働いている人たちにとって影響が大きいため、こうした問題が起きた場合に、従業員の立場で労働組合はどう対応すべきかが問われます。

(2)有期雇用契約更新時における契約内容の変更
 二つめは、「有期雇用契約更新時における契約内容の変更」についてです。

 スーパーマーケット金策社のX店は創立10年であるが、競争環境の激化に伴い近く赤字への転落が見込まれる状況となり、抜本的な対策を迫られていた。このため、衣料品担当のパートタイマー20名(有期契約)のうち、10年前の開店と同時に入社し、今日まで1年の期間を定めた雇用契約を更新してきたA・B・C・Dの4名に対し、次回契約の更新の際に下記の[1]~[4]のどれか一つを受諾すること、受諾できない場合は次回の契約更新は行わないことを申し入れた。
[1]入社以来午前中の勤務であったところを、来客数の多い夕方~夜に勤務時間帯を変更すること。
[2]対策強化部門である鮮魚コーナーに担当部門を変更すること。
[3]人件費削減のために隣のY店へ異動すること。
[4]労働時間を50%削減して契約すること。
 Aら4名が[1]~[4]のいずれにも応諾しなかったため、金策社はAら4名を契約期間の満了に伴い雇止めとしたが、Aら4名はこの雇止めは無効であると主張した。この雇止めは有効か。

 経営状況の悪化によって、有期契約労働者を雇止めにするというケースです。これもよくある話です。こういう問題が起きた時に、どういう対応をするかが問われます。

(3)倒産と退職金
 三つめは、「倒産と退職金」についてです。

 闇雲興業はかねてから経営不振に陥っている。取引先からの問い合わせには通常通り営業していると回答しているが、倒産の可能性もあるという噂もあり、経理担当者によれば次回賃金は遅配が必至だという。
 「退職金が出るうちに退職したほうが有利だ」などと社員間では取り沙汰されているが、現在退職した場合、退職金は払われるのだろうか。退職後、賃金遅配・退職金未払いのまま倒産した場合はどうなるか。在職のまま倒産した場合はどうか。

 みなさんは将来就職した時に、いろいろな立場で仕事をすることになると思います。一従業員としてこういう問題が降りかかることもまったく皆無ではないと思いますし、管理職として事業再編を担当する部署に遷されて、「この事業を廃止しなさい」「この店舗を閉めなさい」という会社の決定に従って、自分が指揮を執ることになる場合もあり得るでしょう。そういう時に、どのように対応をするのかが問われます。

3.民事再生法の制定

 私たちは労働組合の立場から、そこで働く従業員が経営合理化の中で不当に扱われることのないように、権利をきちんと守る役割を担っています。バブル経済が崩壊した1991年以降から銀行の不良債権がどんどん膨らんで、それを処理しなければならないという認識がなされる中、倒産法制の見直しが行われました。それまで、再生型については、和議法という大正時代につくられた法律と会社更生法がありましたが、時代に合わなくなっていました。1990年代の見直しの過程で労働組合も法制審議会で意見を述べ、1999年に「民事再生法」という法律ができました。
 それまでの法的整理は非常に敷居が高かったので、申し立てや処理がしやすいようにできるだけ敷居を低くして、経営が苦境に陥った企業を再生できるようにしたのがこの法律です。ただ、そこで懸念されたのは、この法律が悪用されて従業員たちが犠牲になってしまうのではないかということでした。それが的中してのちほどビデオでも紹介する山田紡績事件が起きました。民事再生法ができて間もない頃だったこともあり、労働組合は全力をあげてこの対策に取り組みました。

4.民事再生法の課題

 2000年4月に民事再生法が施行されて以降、この法律の適用を申し立てる企業が急増しました。当時はちょうど、「構造改革なくして景気回復なし」というスローガンを掲げる小泉政権ができた頃でした。2001年12月に青木建設が民事再生法を申請した時、小泉首相は「構造改革が順調に進んでいることの現れだ」と発言しました。それを聞いて私は直感的に「これはおかしい」と思いました。その頃新自由主義的な経済学者たちが大きな勢力を持ち、「弱いところが淘汰され、強いところが生き残れば、その国の経済は強くなる。そのためには弱いところはどんどん淘汰されていかなければいけない」と主張していました。アベノミクスでデフレを脱却しようとしている今も、「ゾンビが生きながらえるのはおかしい。もっと倒産の数が増えなければ改革が進んだとは言えない」という見方をする人もいて、議論はあります。
 日本の企業には再生する力があります。経営危機に陥っても、すべてがだめというわけではありません。問題のある部分を摘出すれば良いのです。人間の身体で例えるなら、患部を手術すれば、その人の身体は回復します。企業という組織も同様に再生する力を持っていて、悪いところがあってもその原因を取り除けば、今まで以上に力のある企業になることが可能です。いったん潰してしまうと、その企業が持つ潜在的な力も当然なくなりますが、再生する道を選べば、少しの犠牲で、残る多くの人たちの雇用を守り、より体力のある企業に甦らせることができるのです。
 淘汰されて市場から追い出せば問題が解決するわけではなく、再生ができるかどうかがカギになってくるのです。労働組合は可能性を追求しながら、再生する道を選択しています。

5.民事再生法の申し立て事例

(1)山田紡績の事例(※ビデオ上映あり)

<概要>
○愛知県半田市にある紡績会社。3部門(紡績、不動産、アパレル)で事業を展開
○2000年10月、民事再生法の適用を申請
○民事再生手続下で、紡績部門の廃止を理由に、パートを含む従業員全員(計約160人)を整理解雇
○そのうち約100名が不当解雇であるとして裁判闘争。2008年に労働者側勝訴

 これは民事再生法をめぐって、山田紡績で起きた事例です。2000年の年末に問題が起き、私も2001年の正月から現地へ入って対応しました。
 この事案は、民事再生中の企業で紡績工場を全面閉鎖し、十分な労使協議のないまま従業員のほぼ全員を解雇し、これに対して「解雇は無効」と組合員らが訴えた裁判です。名古屋地裁は、2005年2月23日、原告(労働者側)の主張をほぼ全面的に認め、「被告会社の行った解雇は無効であり、原告らは現在もなお、被告会社の従業員としての地位を有しており、被告会社は原告らに対しこれまで未払い賃金の全額を支払うこと」という内容の判決を言い渡しました。その後、会社側は、控訴、上告しましたが、最高裁が上告を棄却して2008年に労働者側の勝訴が確定した裁判でした。裁判の過程では、民事再生で紡績事業を再建できるはずがないと、最初から決めつけた経営側の結論に対して、我々なりに再建案を作り、裁判所に提出しました。それが裁判官の心証にプラスに働いたと思います。
 いかに会社が不当なことをしているかを組合が訴えるだけでは裁判に勝てません。一人ひとりの参加意識を高めることも重要です。パートの人たちは、それまで組合には入っていませんでしたが、解雇されたのを機に組合に入ってもらい、街頭行動をする時には街宣車の上で順番にマイクを握ってもらいました。最初「 私にそんなことできるかしら」と言っていた人たちがマイクを持って話すうちに、だんだん意識が高まっていき、街宣車から降りる時には非常に強い闘争心を身につけていました。
 不当解雇の裁判には勝利しましたが、未払い賃金の支払いが行われなかったため、会社の債権差し押さえを求める裁判を起こし、和解に至りました。原告団の人たちからは「私たちはお金が欲しくてやったわけじゃない。私たちと同じような目に遭う人のために使ってください」と、和解金のおよそ半分が寄付され、基金が設立されました。
 山田紡績の場合は、再生が事実上不可能だったため、最終的には金銭による解決になりました。再生の可能性があるかないかを探って、可能性がある場合には再生に向けてみんなが一つになっていく必要があります。その時、従業員をまとめていくのが労働組合の役割です。

(2)壽屋の事例

<概要>
○西日本地区に132店舗、13,000人の従業員(パートを含む)を擁する九州最大手のスーパー
○2001年12月に民事再生法の適用を申請(事実上倒産)、負債総額は2,959億円
○翌年2月には全店休業、従業員全員を解雇
○2005年に再生手続きは終結、2013年12月をもって特別清算

 倒産の現場ではどういうことが行われるか、壽屋の事例で紹介します。
 壽屋の場合、民事再生に持ち込む前に、会社は私的整理をやろうとしました。私的整理とは、法律によらず、当事者間、つまり債権者と債務者の間で債権の放棄などを決めて、その企業の再生の仕組みを決めるやり方です。それが途中でうまくいかなくなり、裁判所に民事再生法を申し立てた時にはすでにほとんど体力がない状態で、二次破綻(法の適用を受けても経営を立て直せず再建不能に陥ること)の心配がありました。弁護団と話し合った結果、やはり再生というのは難しい、一部店舗の事業譲渡も非常に困難であると判断し、苦渋の選択ではありましたが、全員をいったん解雇することにしました。壽屋との債権、債務の関係をいったん整理して、事業の売却を進めることにしたのです。
 その時、壽屋が支払わなければならない賃金と退職金は膨大な金額でした。会社側からそれをカットして欲しいという要望が来ましたが、それは従業員にとって絶対に受け入れられないことです。解雇を受け入れるだけでも非常に大きな決断なわけですから、退職金、労働債権のカットには最後まで応じませんでした。いつもらえるかは分からない状況でしたが、会社には、時間がかかっても全額を弁済させることとして、最終的には全額受け取ることができました。13,000人の生活を肩に背負いながら交渉をするという労働組合にとって厳しい局面に直面したのが、壽屋のケースでした。

(3)マイカルの事例

<概要>
○全国に150店舗、約6万人の従業員(関連会社を含む)を擁する総合スーパー大手
○2001年9月に民事再生法の適用を申請、同年11月に会社更生法に切り替え
○負債総額は1兆3,500億円超、関連する取引先は約5,000社
○イオンがスポンサーとなり吸収合併

 マイカルについて、みなさん名前くらいは知っていると思いますが、当時は日本で3番目くらいの大きなスーパーでした。ここは、80年代前半から「脱スーパー路線」を掲げ、リゾート開発や都市開発などに手を出し始めました。横浜や小樽などで、単に店を作るだけではなく、地域そのもの、都市機能を改造するくらいの大規模な投資をやっていたわけです。しかし、積極的な事業展開が裏目に出て、収益が悪化してしまいました。その時取締役会では意見が対立し、会社更生法での再建を図ろうとした社長が解任され、新社長のもと、民事再生法の申し立てがなされました。しかし、民事再生法で乗り切ろうとした新社長はわずか2週間で退陣し、最終的には会社更生法の手続きに移行することになりました。
 その間、司令塔を失った会社は機能不全に陥ってしまいました。店は営業を続けなければいけないし、仕入れもしなければなりません。かといって、そういう状態の会社に商品を卸してくれるところもありません。それでも従業員は、店が開いている以上はお客様にきちんとした対応をして、モノを売っていかなければなりません。そんな時、従業員の士気を落とさず営業を続けられるように従業員の声を弁護士や裁判所に伝え、サポートするのが組合の役割です。現場で従業員を励ましながら、他方では再建をどうしていくか弁護団と協議する。これを毎日積み重ね、最終的にイオンがスポンサーになることになりました。記者会見には、そこで働く従業員も再建のスキームを理解し全面的に支えていくという決意を示すため、労働組合も同席しました。今、その店舗と雇用はイオンに受け継がれています。

(4)大東染工・朝倉商事の事例
 大東染工の場合は、経営者個人としての資産はあるけれども、会社として退職金を支払う資金はないということでしたので、退職金の支払いを求めて行動しました。
 朝倉商事はネクタイの大手メーカーでしたが、民事再生が整わずに破綻してしまいました。破綻した時、大量のネクタイの在庫があり、それらを現金に換える必要がありました。ただ、こうした在庫商品が普通に市場に流れると、市場を混乱させてしまうこともありますので、破産の場合は、通常の市場を介さない方法をとらなくてはなりません。そこで、労働組合は組合員に朝倉商事のネクタイを買ってもらおうと斡旋し、実物資産を現金に換えることで退職金をつくりました。このように労働組合は販売の大きなネットワークとなり、未払い賃金や退職金などの労働債権をできるだけ組合員に手渡すことができるよう取り組んでいます。
 また、労働債権には、民法や商法上、他の債権(売掛金、貸付金等)に優先して弁済を受ける先取特権が与えられているのですが、一人ひとりの従業員が行使するのは大変なため、労働組合が集団として権利を行使していけるようにしています。

6.労働組合の役割

 企業倒産時にとるべき選択肢として、「再生をめざすもの」と、再生不可能との判断で最初から「破産に持ち込むもの」があります。これは再生可能なのか難しいのか、可能だとすればどういう手立てがあるのかという見極めが必要になります。組合として、しっかり見極めた上で方針を立て、動き始めることになります。先述しましたとおり、可能性があるならできるだけ再生をめざした方が良いと考えています。なぜなら、そのことで人的資源も守られ、よりコストが少なくて済むからです。
 見極めにあたっては、『実践 変化する雇用社会と法』の中で、「会社が倒産手続きに踏み切るかどうかはトップシークレットに属する問題であり、経営者も正確な情報を流すことが少ないので、労働組合がある場合には、団体交渉、労使協議会、非公式の折衝などで情報を収集する必要がある。会社が倒産するには、必ず前兆がある。アンテナを高くして、前兆を見逃さないことが必要とされる」と書かれています。これは私が執筆したところなのですが、これまで話したような経験を踏まえて記載しました。

7.雇用環境と労働組合

(1)産業雇用特性と雇用シフト
 経済成長を高めるために、経済学ではしばしば、生産性の高いところに雇用をシフト(流動化)すればいいと言われます。生産性の低い企業がある場合は、労働力を流動化して、生産性の高いところに行けばみんながハッピーになるという考え方です。労働市場における流動化促進という政策で、よく持ち上がります。しかし、これはそんなに単純なものではありません。このやり方を実施したスウェーデンなどでは問題も出てきました。
 原因のひとつは、「生産性の高い企業」=「雇用吸収力のある企業」ではないということです。高度な技術やITを使うことで生産性が上がっているところに、たくさんの雇用があるわけではありません。つまり、生産性の高いところに雇用吸収力がなければ雇用はシフトできず、この政策は実効性をもちません。だんだんそういうケースが多くなっています。
 しかも、なんのスキルもなく別の仕事に就けるかというと、それは不可能です。新しい仕事に就くためには、再訓練が必要になります。では、どこがその訓練をやるのか、その際に生活費はどうするのか。そういう点がしっかりカバーされなければ、労働力の移動はできません。
 また、ローテクだからといって、淘汰されてしまえばいいのかという問題もあります。労働集約的な仕事の中には、人々の暮らしにとって不可欠なものがあるわけです。たとえば、魚を獲ったり、服を作ったり、あるいはそれを販売したり、クリーニングするなどさまざまなサービス業が存在し、その多くは労働集約的です。もし、そういう人たちがいなくなれば、生活する上で困ってしまい、社会が成り立たなくなってしまいます。ローテクであっても残さなければならない産業もあるし、ローテクだから低賃金であっていいということにはなりません。そうやって全体のバランスを見ながら雇用の配置を考えなければいけないのです。

(2)誰のための労働組合か
 ローテク産業で働く人にも、労働組合をつくる権利があり、労働条件は守られなければなりません。サッカーでたとえると、得点を取るためにエースアタッカーを育てるのは大事です。その一方で、ディフェンス、しっかり守る機能も必要です。とりわけローテク分野で働いている人はディフェンスに該当し、そこが崩れれば、社会の根幹に響くことになります。エースアタッカーとしてグローバルに競争して高収入を得る人たちには自力でがんばってもらい、ドメスティックな市場で日銭を稼いでいる人たちを守ってあげることが労働組合に求められています。そうしなければ、何かが起きた時に彼らは非常に弱い立場になってしまうからです。つまり労働組合はどちらかといえば、ディフェンス側を強固にするという役割を担っていると考えます。そのためにはセーフティネットが必要になってきます。

8.雇用のセーフティネット

 雇用のセーフティネットとしてまず重要な制度が、雇用保険です。失業した時に、ただちに生活に困らないようにするための制度です。雇用保険をめぐって記憶に新しいのは、2008年のリーマン・ショックの時に起きた「派遣切り」の問題です。この時、雇用保険が適用されない失業者が多く出ました。当時は1年以上雇用保険に加入していなければ、失業給付の受給権が得られなかったため、リーマン・ショックで職を失った有期や派遣労働者など1年未満の雇用の人たちは失業給付を得られませんでした。そこで、短期で働く人たちをカバーするために雇用保険法が改正され、雇用保険の加入資格が見直されました。
 しかし、雇用保険は自営業の人たちには適用されません。そこで政府は第二のセーフティネットとして、求職者支援という仕組みをつくりました。雇用保険でカバーされない人たちの再訓練をし、その間の訓練費と生活費を支給することで、再就職に結びつけようという仕組みです。これは連合の政策要求によって実現したものです。

9.企業倒産時における労働債権

(1)倒産法制における労働債権の優先順位の引き上げ
 労働組合は、ただ現場で対処するだけではなく、倒産法制の問題点を指摘し、その見直しを政府に要求してきました。その一つが、「労働債権の優先順位の引き上げ」です。倒産法制において、労働債権は税金や抵当権付債権よりも優先順位が低く設定されています。倒産手続きの中で労働債権を確保できない事態が相次いで発生したため、労働組合は会社更生法の見直しの時に、労働債権の順位を引き上げるよう求めました。

(2)企業倒産時における労働債権の扱い
 倒産には大きく分けて法的整理と任意整理があります。裁判所を通じて処理するのが法的整理で、裁判所を通さずに倒産処理するのが任意整理です。問題が起きた時にまず、それが法的整理なのか、任意整理なのかを判断します。
[1]法的整理の場合
 法的整理には大別して二つの手続き(再建型、清算型)があります。再建型は会社更生や民事再生のように企業の存続を前提としているのに対し、清算型は破産や特別清算のように企業の存続を前提としないものであるため、その対応が違ってきます。
 再建型はこれまでお話ししてきたような対応をしますが、清算型で破産に至った場合は、残った破産財団のお金で清算するしかありません。その時に労働組合としては、できるだけ早く労働債権が手に入るように弁護士と交渉していきます。
[2]任意整理の場合
 任意整理の場合は、基本的には早い者勝ちとなります。他の債権者に負けないように、自分たちの権利を早く行使しなければなりません。とにかく初動が大事です。
 我々の仕事は社会のドクターのようなところがあって、問題があって駆け込んで来た人たちに、ただちにどうすればいいか、まずやれることは何なのかを素早く判断して決めることが求められています。

(3)未払賃金立替払制度
 未払賃金立替払制度は、労働組合の先輩たちの努力によってつくられた法律です。中小零細企業には、従業員が朝出社したら社長が夜逃げしていて賃金も退職金ももらえなかった、という倒産ケースがあります。そんな時、労災保険料を財源とし、国がそのお金を立て替える仕組みです。この制度は今から30年以上前、第一次オイルショックが起きた後につくられました。

おわりに

 企業倒産に直面した場合、労働者は泣き寝入りしていたら、結局なにも自分たちの権利が保障されずに終わってしまいます。「これはおかしい。裁判に訴えてでもやります」と自ら声を上げ、一つの主張あるいは抗議として形作っていかなければなりません。一人ひとりがおかしいと思っていることを誰かがとりまとめ、形にする必要があります。
 そこで力を発揮するのが労働組合です。労働組合はその人たちの声を集め、一つの主張として形作っていく役割を持っています。それは企業の倒産や合理化だけでなく、普段の労働の場面にも多くあります。そうした労働者の声は、発言することで初めて問題の解決に繫がっていきます。

以 上

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