「働くことを軸とする安心社会」の実現にむけて
PartI「連合の取り組み」
はじめに
皆さんこんにちは、連合事務局長の南雲と申します。今日は、連合の「働くことを軸とする安心社会」実現にむけた取り組みをお話しします。
連合は、2010年12月の中央委員会で、「働くことを軸とする安心社会」の実現をめざすことを確認し、現在、この提言の具体化にむけた政策、制度のあり方を議論するなど、めざす社会の実現に向けた運動を展開しています。
1.脅かされる日本社会の持続可能性
まず、具体的な取り組みをお話しする前に、安心社会の提起にむけた背景として、今の日本社会がどういう状況にあるのかという、現状認識にふれたいと思います。
(1)増え続ける非正規労働者
総務省が行っている、「労働力調査」というものがあります。これによると、1985年の非正規労働者数は655万人となっていました。非正規労働者といっても様々な雇用形態があり、パートタイマー、アルバイト、派遣社員、契約社員などで働く人を非正規労働者と言っています。それ以外の人は正規労働者、いわゆる正社員です。
この非正規労働者は1985年当時の比率は16.4%にすぎませんでしたが、2012年には1813万人と、全雇用労働者の35.2%を占めるに至っています。一方、正規労働者は、1985年は3343万人(83.6%)で、その後緩やかな増加傾向にありましたが、1997年の3812万人をピークに減少を続け、2000年代中ごろからは横ばいで推移、2012年は3340万人(64.8%)となっています。このことから、正規労働者の多くが非正規労働者に置き換えられたということが推察できます。
(2)年収200万円以下の労働者の増加、格差・貧困の拡大
今日本では、年収200万円以下の労働者が約1200万人と、全給与所得者の4分の1に達しようとしています。なお、連合が行った調査では、世帯収入における主な稼ぎ手が非正規労働者本人である世帯は、世帯全体の44%を占めており、その年収は平均207万円でした。
ところで、2009年10月に誕生した民主党政権は、日本で初めて相対的貧困率を発表しました。相対的貧困率とは、所得中央値の一定割合(50%、いわゆる貧困線)以下の所得しか得ていない人の割合を示したものです。日本では、この割合が2009年(中央値は224万円、その半分は112万円)は16%と、OECD加盟国の中でも高い水準となっています。
そして、生活保護の受給者は2013年は215万人、世帯数では157万世帯を超えて、毎月最悪の記録を更新しています。さらには、日本では、年間の自殺者が2012年には3万人を下回ったものの、それ以前は13年続けて3万人以上いました。その背景には、「経済・生活問題」があります。
このような状況から、日本社会の持続可能性は脅かされているといえます。以前、この寄付講座でも「格差拡大、分配が適正に行われていないのは、市場原理に原因を見出すことができるのではないか」「適正な分配が行われるためには、結局は企業の良心に頼らざるを得ないのではないか」という意見があったと聞いていますが、格差や貧困拡大の主な要因は、新自由主義的な経済モデル、政策モデルに見出すことができます。つまり市場の自由を最大化するために政府の役割を最小限とする政策、富の分配よりも富の拡大を優先する政策です。新自由主義的な経済モデルのもと、この間日本では、経済の金融化と供給サイドの規制緩和が行われてきました。
企業の経営者は、地域社会への貢献や従業員への利益還元をすべきですが、それらよりも、いかにして短期で株価を上昇させ、企業価値を高めるかに執心してきました。労働力を単なるコストと捉え、コスト削減のために正規労働者から非正規労働者への置き換えを進めてきました。さらに政府の規制改革によって労働者保護規制が緩和され、不安定な雇用、労働条件の低い雇用がどんどん生みだされていきました。
私たちは、非正規労働者が全労働者の35%を超え、年収200万円以下の雇用者が1200万人という状況は、このような結果ではないかと見ています。
一方、2008年のリーマンショックでは、市場にすべてを任せていては成長も人々の幸せも実現できないということが明らかになりました。そこで現在では、「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」を通じて格差を是正していく、分厚い中間層を復活させて需要面から成長を促していくことが世界の潮流となっています。
しかし、安倍政権では政策のベクトルが再び新自由主義へとむけられています。「産業競争力会議」「規制改革会議」などで労働政策が議論されていますが、労働者代表を入れない中で労働者保護規制の緩和が議論されており、私たちはこうしたことに警鐘を鳴らさなければならないと考えています。
(3)超少子高齢社会の進展
日本はすでに人口減少社会となっています。一方、2010年の総人口約1億2000万人のうち、人口の多い年齢層は1947~49年生まれと1971年~74年生まれとなっています。今後の人口推計によれば、2025年には1947~49年生まれが75歳以上に、2060年には1971年~74年生まれが85歳以上という、超高齢社会が予測されます。
この変化で一番大きな課題となるのは社会保障の維持です。社会保障の対象の多くは高齢者であり、この層をどう支えていくかが問われます。2010年以前の日本の人口構成では、現役世代が多く、高齢者1人を大勢で支える「胴上げ」型でしたが、2010年は約3人で1人の高齢者を支える「騎馬戦」型になっています。そして2060年は、1人が1人の高齢者を支える「肩車」型に変わることが予測されます。少子化によって、15歳から64歳までの生産年齢人口が減少するなか高齢者は増えていく、いかに社会保障を持続可能なものにしていくかが大変重要な課題です。
2.安心社会の実現に向けて、連合が推し進める3つの参加
連合は、多くの人々が様々な不安を抱え生きている現状は、日本社会の持続可能性を脅かすとの問題意識に立ち、連合が実現をめざす理想の社会像を示した「働くことを軸とする安心社会」を提言し、その実現をめざすことを確認しました。以下では、その具体的内容にふれていきたいと思います。
(1)社会への参加
これまでの寄付講座では、企業別労働組合(単組)や産業別労働組合(産別)の役員による講義があったと思います。その中では、例えば自動車産業であれば、トヨタや日産などの単組は、労使交渉や協議によってその企業での労働条件を決めていること、産別は、自動車産業全体の政策を業界団体に提言しているなど、それぞれの役割や取り組みについてお話があったと思います。
連合は、自動車総連、電機連合、UAゼンセン、電力総連など52の産別で構成するナショナルセンターとして、企業労使や産別労使だけでは解決できない課題に取り組んでいます。特に国会への働きかけが重要な役割となっており、政府や政党に対し連合の考え方、すべての働く者の政策はこうあるべき、という政策提言や意見交換を行っています。連合は、こうした役割のもと、「3つの参加」を切り口に取り組みを進めています。
その1つめは「社会への参加」です。具体的には、働くことと、教育・家族・退職・失業との間に、「安心の橋」をかけることで、働くことを通じた社会への参加が保障された社会をつくろうとしています。日本における格差や貧困は、社会が許容しうる限度を超えて拡大していることから、連合は、誰をも排除しない社会、将来にわたり安心して暮らせる日本をつくりたいと考えています。なお、働くことは雇用労働に限定せず、子育てや地域活動、家事労働も含めています。働くことで社会に参加する、病気や怪我で働けなくなっても、あるいは産業構造の変化などで自分の職場を失ってもまた働くことができるよう、社会全体で支えあう、そういう社会をつくっていきたいと思っています。
社会への参加にはもう1つ取り組みがあります。それは、さらなる労働運動の「社会化」をめざすもので、すべての働く者のための運動を展開するというものです。労働組合によるメンバーシップの運動だけでは、社会全体を良くしていくことはできません。すべての働く人、働くことを望む人、そしてその家族を対象とした取り組みを展開していこうと考えています。
連合は、2002年に労働運動のあり方を議論する、外部委員からなる連合評価委員会を設置しました。この委員会は、この5月に亡くなった中坊公平さんを座長とした委員会で、連合運動への提言をお願いしたものです。この委員会の最終報告は2003年9月に出されましたが、その柱は、[1]企業別組合の限界を突破して、社会運動としての自立を、[2]すべての働く者が結集できる力強い組織拡大、活性化戦略を、[3]職場、地域から、空洞化する足元からの再出発をというものでした。
この提言を受けて連合は、2007年10月の定期大会で「すべての働く者の連帯で、ともに働き暮らす社会をつくろう」をスローガンに掲げ、連合非正規労働センターを立ち上げるなど、新たな活動に着手しました。春季生活闘争では、同じ職場にいる非正規労働者の労働条件の改善、福利厚生制度の充実等々について目標を掲げ、交渉を展開してきました。
(2)政治への参加
参加の2つめは「政治への参加」です。政策を実現するには、政策をつくるプロセスに参加することが重要で、この政策実現プロセスが政治といえます。よく日本の民主主義は、映画館に行って映画を見る「観客型」、誰かがやってくれるだろうという「お任せ民主主義」などと言われます。誰かに任せてあとは「何もやってくれない」と、不満を言ってすませています。しかし、私たちは自分の暮らしや働き方を左右する政策づくりのプロセスにこそ、主体的に参加していかなければなりません。連合は、私たち自身がこの政策実現プロセスに入る取り組み、政治への参加を進めています。
現在の社会情勢は、「利益の分かち合い」から「負担の分かち合い」に変わりつつあります。人口構造の変化等も相まって、これからはいかに負担を分かち合っていくべきかが重要なテーマとなります。また、誰もが安心して暮らせる社会を構築するためには、社会サービスや公共サービスのあり方も含め、そのための財源の確保も急務となっており、所得の再配分を強化することも重要です。私たちは政策形成プロセス、決定プロセスに主体的に参画し、例えば、子育て、介護は社会全体で担うのか、自助努力の範囲として社会保障はできる限り縮小するのか、どちらの政策を望むのかを判断する必要があります。この点について連合は、自助+共助+公助のバランスのとれた組みあわせで担う政策を立案しています。そしてめざす方向が同じである民主党を連合として支援しています。
民主党は2009年の総選挙で国民の高い期待をもって受け入れられました。しかし、党内ガバナンスの問題や離党者を出すなどの問題が生じ、国民からは嫌気がさされ、2012年12月の総選挙では大敗を喫してしまいました。しかし、3年3カ月の短い期間とはいえ民主党政権は、働く者の政策や社会保障政策について、連合の考えと同じ方向をめざしており、連合はこれからも民主党を支援していこうと考えています。今の日本には、自助+共助+公助のバランスある社会保障や格差是正に重点をおいた政策理念を持つ政党の存在が不可欠です。
(3)すべての働く者の連合運動への参加
参加の3つめは、「すべての働く者の連合運動への参加」です。そのためには、仲間を増やしていくことが重要です。集団的な労使関係は、日本社会にとって極めて重要な安定装置といえます。健全な集団的労使関係をどうやって広げていくかが課題ですが、特に非正規労働者と中小企業で働く人たちの組織化が遅れています。日本の場合は、労働組合と企業の協議によって労働協約が締結されます。したがって、労働組合のないところには、原則として労働協約が適用されず、不安定な労働条件下で働くことを余儀なくされています。ちなみに、フランスの組織率は7%程度と低いのですが、労働協約は95%の労働者に拡張適用されています。
連合は2020年までに組合員を1000万人に増やす「1000万連合」をめざし、取り組み体制の整備や、連合の全構成組織、47都道府県にある地方連合会との意見交換を進め、仲間を増やす具体的な取り組みを強化しています。今の日本では企業と労働契約を結び賃金を得て働く人が5525万人います。そのうち連合に加盟している人は675万人です。日本全体の組合員数は989万人で組織率は17.9%です。日本全国の中小企業、また大手でも労働組合がないところは多くあり、積極的に組織化を進めようと考えています。
連合は、「この国に生まれてよかった」「この国で働いてよかった」と思える社会をめざします。そして、働き終えても自分のくらす地域に今までの経験を還元できるような社会をつくっていきたいと思います。そのために政策提言や政治活動に力を入れ、組織拡大の取り組みを強化していきます。
おわりに
今話題になっていることにプロ野球のボールの質、統一球問題があります。その中でプロ野球選手会が野球機構に要望書を出したという話がありました。このプロ野球選手会は労働組合で現在の会長は東北楽天の嶋さんです。連合は、2004年の近鉄・オリックスの合併発表に端を発した球界再編問題に取り組むプロ野球選手会を支援したことがあり、意見交換なども行っています。プロ野球選手会では、怪我をすれば選手生活が終わってしまうこともあることから、外野のフェンスの安全対策にも取り組んでいます。このように労働組合は様々な運動を展開し、自分たちの働く環境をよくしようと活動していることを改めてお伝えしたいと思います。
皆さんの世代では、スマートフォンやITを活用したコミュニケーションやネットワークづくりがベースになっていると思います。私もこの4月からタブレット端末を活用して会議をすることにしました。おそらく労働組合でも今後ITを活用した活動が広がっていくと思います。ただし、そうした時代状況にあっても労働組合の活動の原点は、人と人との対話にあると私は思っています。対話を通じてこそ人間同士の信頼関係は生まれると思っていることにふれて、私の話は終わりとします。
以 上
「働くことを軸とする安心社会」の実現にむけて
PartII「労働組合と政治」
はじめに
皆さんこんにちは、UAゼンセンの逢見と申します。私は1976年に一橋大学を卒業しました。一般に卒業後は企業に就職する人が多いのですが、私は当時のゼンセン同盟という産業別労働組合(産別)に職員として採用されて37年間働き続けています。途中6年間は連合本部に出向して副事務局長をやり、今はUAゼンセンに戻り会長をやっています。
UAゼンセンは、昨年11月に結成した産別です。私が入ったゼンセン同盟が母体になって、これまでも他の組合との合併、統合を進めてきましたが、2012年11月にサービス・流通連合(JSD)という、百貨店やチェーン・ストアの組合と一緒に活動することになりました。今の組織人員は約140万人です。産別としては日本で最も大きな組合で、国際的に見てもアメリカやイギリス、ドイツなどの組合にひけをとらない規模の組合です。
UAゼンセンは、複数の産業、業種をカバーしています。1つは製造業で、特に繊維、アパレル、スポーツ、あるいは化学、医薬品、化粧品分野をカバーしています。中小企業の中でも木材、木製品や印刷の分野もカバーしています。2つ目は流通業、小売業です。三越・伊勢丹、高島屋といった百貨店や、イオンやイトーヨーカドーといったチェーン・ストア、スーパーマーケットはほとんど私たちの組合です。サービス業の分野も非常に幅広く、例えば外食のすかいらーく、デニーズといったファミリーレストラン、チェーン展開している居酒屋、ホテル、パチンコ屋さんなども入っています。さらには、介護、特に在宅介護に従事している人、病院で働いている人、派遣、請負で働いている人たちもカバーしています。
私からは、連合の「働くことを軸とする安心社会」を実現する取り組みとの関わりから、「労働組合と政治」についてお話しします。参議院選挙を1ヵ月後に控え、政治的な関心も高くなっていることから、労働組合の目からは政治をどう見ているのかをお話しします。
1.わが国の「雇用社会化」
まず、日本の雇用社会化についてお話しします。「雇用社会」とは造語です。日本の就業者は自営業者も含めて6280万人です。このうち、企業、国や地方自治体などの政府、NPOなどに雇われて働く人は5501万人で、雇用者比率は87.6%です。約9割の人が雇用関係に結びつく働き方をしています。これは世界的に見ても非常に高い数字です。しかし昔からそうだったわけではなく、どんどん雇用者比率が高まって9割近くまでいきました。
雇用は人々が能力を発揮して自己実現を図る最大の場です。10代後半あるいは20代前半から60代半ばぐらいまで、人生の一番充実した時期の中の最も重要な時間帯を雇用という場で働き、その中で自分の能力を発揮したり、自己実現を図っていきます。
また、高齢化の問題や女性の社会参加も雇用との関わりが大きく、その中で雇用を取り巻く環境の変化も出てきます。グローバル化の問題とも関わりがあります。マネーが色々な形で国境を越えて動き、株価や通貨の為替を変動させていますが、こういう経済環境の変化も雇用に大きな影響を及ぼします。こうした社会を「雇用社会」と呼んでいます。
2.労働組合主義(Trade Unionism)に基づく運動
雇用されている人の利害や主張を反映、実現させていくのが労働組合の役割です。これは「労働組合主義」、トレード・ユニオニズム(Trade Unionism)の訳語ですが、これは大きく3つのムーヴメントに分かれています。
1つは生活諸条件改善のため、経営者との交渉によって獲得していくもので、レイバー・ムーブメント(Labor movement)と呼ばれるものです。労使で合意したものは労働協約として締結され、これは法律と同じぐらいの効力を持っています。
2つ目はポリティカル・ムーヴメント(Political movement)です。これは政治的要求を政府や議会に求めていくものです。自分たちの政策要求を法律や予算と言う形で実現していく政治的要求であり、日本に限らず特に先進国では一般的に行われています。
3つ目はコーポラティブ・ムーヴメント(Cooperative movement)で、協同組合や共済活動によって実現するものです。これは労働組合運動の発端となったもので、現在でも重要な役割を果たしています。
労働組合主義は、この3つで成り立っており、どれか1つを外しても労働組合運動は成り立ちません。
3.労働組合が政策活動に取り組む目的
そこで、第2のポリティカル・ムーブメントすなわち、労働組合が政治的要求、政策活動をどのような理由で、何を目的にやっているのかということになります。その1つは労働組合主義という考え方を発展させていくためです。具体的には私たちの雇用を守り、生活諸条件と権利を向上させることを目的にしています。そのためには法律をつくらせる立法運動、あるいは政策制度を改正させるという分野で労働組合が一定の影響力を行使する必要があります。
成熟した民主主義社会の多くは議会制民主主義で成り立っています。私たちはこれを堅持し、法秩序を守り、現実的改革を推進します。「革命によって要求を実現する」という考え方もありますが、私たちはそうではなく、現在の議会制民主主義の中で政治的要求を実現しようとしています。そうすると、議会制民主主義の中で、どこが大きな勢力を持つか、与党になるか、政権を持つかなどが非常に重要なポイントになります。
国内の問題に限らず、労働組合は、国際連帯のなかで人権・労働基本権を擁護する運動があります。ILOのフィラデルフィア宣言は、「 一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」と言っています。今日でも貧困の問題は地球上に色々な形で存在し、それは自分たちにも無関係ではなく、貧困が私たちの生命や財産を脅かすことにもなりかねません。例えば貧困であるがゆえにテロが起こるという事情もあるわけです。この問題に労働組合主義という考え方の中で取り組んでいくのが政策活動です。
もう1つの目的は、働く側のニーズとして、自分たちが働いている産業や経済を健全に発展させることを通じて、雇用機会と公正な労働条件を確保するためです。「自分たちの労働条件を良くしよう、賃上げしよう」と思っても、経済そのものが成長していないとその配分原資も出てきません。ですから、経済や産業が健全な形で発展するよう、それを具体的に実現するための政策要求が出てくるわけです。「安心して暮らせる社会、公正公平な社会を実現してほしい」という要求も、働いている人、生活する人にとっては当然です。
それから持続可能な社会を実現するという目的もあります。安心して暮らせる社会は、私たちの世代から子や孫の世代に引き継いでいかねばなりません。次の世代のために環境を保持し、社会保障の持続性、財政赤字のつけを次世代まわさないことなど、労働組合は持続可能な社会を実現するための政策提言も行います。また、国民重視の政治、行政、司法制度の実現もめざしています。政治も行政も司法も、本来はすべて国民のために存在するものですが、いつの間にか上から目線になってしまい、主権者である国民に与えてやるという形になってしまうところがあります。国民の立場から政治、行政、司法に対して発言していくのも労働組合の役割です。
4.連合の政治に対する基本姿勢
そこで、連合は、政治に対して基本的にどんなスタンスを持っているかをお話しします。
まずは市場経済体制を否定する運動イデオロギーとは決別しています。連合結成時の綱領には、「自由にして民主的な労働運動の伝統を継承し、この理念の上に立って労働者の結集をはかり、労働運動の発展を期す。」と書かれています。労働運動思想の中には、自由にして民主的な労働運動とは違う、いわゆる階級的な労働運動思想もありますが、それとは決別しています。したがって、市場経済体制を肯定していますが、市場原理主義とは対決しています。市場だけですべてを動かすのではなく、そこに適切なルール設定による市場のコントロールや、公共財の活用という発想を持って発言しています。
また、社会的連帯や社会的弱者への政策的配慮を重視しています。競争社会ではどうしても敗者がでます。それを放置せず、社会的連帯で市場経済での敗者、あるいは社会的弱者に手を差し伸べる政策を考えます。これは例えば、貧困や非正規労働の問題となっています。
さらには、産業民主主義に基づいて、労働者という立場から政策決定プロセスに関与していきます。関与の仕方には、例えば政府の審議会への参加、政党や役所との直接対話などで、要するに政策決定プロセスの中に自分たちも入っていくという考え方です。なお、労働組合と政党とは機能が異なりますから、政党とは連携、協力はしますが、お互いに独立した関係として不介入の立場です。連合は、理念や目的が一致する、そして政策要求が一致する政党や政治家を支援します。連合は今政権交代可能な2大政党的体制をめざし、民主党を支援しています。
5.戦後日本の政治風土
戦後日本の政治を振り返ってみると、日本は保守政党による長期の支配体制、自民党一党支配でした。1990年代以降は連立政権になって、自公などの形になりましたが、基本的には保守政党が長期にわたり支配的に政権を維持する形が続いています。自民党は、地域、団体、企業それぞれの利害集団の神輿として、1955年の保守合同によってできた政党です。
一方、今は小さくなって社民党になりましたが、1955年に右派と左派の社会党が合同で結成した日本社会党がありました。これを自社55年体制と言っています。その後、1960年には社会党から右派が分裂して民社党ができます。その後の社会党はマルクス主義の強いイデオロギー政党になり、政権交代しない、交代することを直接的には求めない最大野党となりました。
自民党は党内に派閥があり、派閥の中で総理総裁を選んでいく仕組みによって擬似的な政権交代を行ってきました。同じ自民党であっても大分考え方や政策が違う人が出てきて、自民党の中でのポスト配分や政治資金集めなどが行われます。こういう政治風土がずっと長いこと続きました。そして、日本の政治は弱い政党と強い官僚による政治とも言われてきました。これには政治家の口利きで官僚と話をつける陳情政治や、非言語コミュニケーション、密室談合政治などがあります。国会審議を止めて、国対政治による裏取引をする野党などもありました。
こうした政治風土によって官僚の強大化と政党の未成熟化、政治責任を曖昧にした意思決定のシステム、政官業癒着による利権政治の横行と腐敗、ビジョンとリーダーシップの欠如した政治、そして行政機構の肥大化が生じていました。欧米型に比べ、なんと日本の政治風土は違っていることでしょうか。一般に民主主義は、個人主義、公開討論に基づく多数決制、政党本位が特徴ですが、日本の実態はこれとは大きく違い、国民の政治不信も高まって、1990年代には政治改革のうねりが起こってきます。
6.政治改革
(1)強い政党をつくる
労働組合は、今お話しした戦後日本の政治風土を変えようと、色々なやり方で政治に関わってきました。
その1つは強い政党をつくるということです。真の政権交代にむけた2大政党制をつくる必要から、1993年に小選挙区比例代表並立制が導入されました。それ以前は中選挙区制で1つの政党から3人も4人も立候補し、お互いが争うことで利害関係に結びつく選挙になっていました。小選挙区にすると政党から出るのは1人ということになり、政権選択を国民に求めることができるはずです。また、候補者の公約から、政党による「マニフェスト」選挙に移行します。候補者の公約は1人ひとりが違い、一体どれが本当の政党の公約なのかわかりませんでした。そこで政党が「マニフェスト」をつくり、自分たちが政権をとったとき実施する政策を国民に約束することになりました。さらに、政治資金規正法を強化して、政党助成金を入れることで透明度を高めました。
(2)行政改革を断行する
2つめは行政改革の断行です。1980年には、「土光臨調」による国鉄などの民営化が行われました。その後1997~98年には橋本行革が行われ、官から民へ、国から地方への流れや中央省庁の再編などによって、肥大した官の仕組みを変えていきました。
(3)政界再編を実現する
3つめは政界再編です。いつでも政権交代可能な2大政党制をめざすことです。1993年には、細川内閣という、非自民、非共産の8党連立政権ができました。これは短期で終わってしまい、その後羽田内閣になりますが、その頃より自民党一党支配が徐々に終わりにむかい、大枠で「自公」という形の連立政権ができていきました。
(4)2009年の政権交代、そして2012年安倍内閣の登場
2009年に初めて民主党は政権をとりましたが、1年ごとに総理大臣が変わりました。民主党政権がだめになった理由で1番大きいのは、政党のガバナンスの欠如だと思います。
そして2012年12月には自民党の安倍内閣ができました。来月の参議院選挙は安倍内閣のもとでの初めての国政選挙ですから、安倍内閣に対する国民の審判ということになります。自民党は変わったのか、アベノミクスは国民からどう評価されるかが問われる選挙といえます。2001年の小泉内閣の頃から、旧来の政治風土での意思決定システムは徐々に変わりつつありました。橋本行革を経験したことにより、徐々に官邸主導、政治主導になっていきました。しかし、それが一方で挫折しながら、また色々な方法を取り入れてくるようにもなりました。意思決定の仕組みはどのようになったのか、来月の参議院選挙は、特にそれが説明責任との関わりから問われる選挙にもなると思います。
7.日本政治はどこへいくか
参議院選挙後の日本政治はどこに行くのでしょうか。2大政党かあるいは多党化か、また今後政党再編があるのかどうかなどです。人材供給源の観点からの課題もあります。政治家を志すにはリスクがあり、なかなか志す人がいないため、2世や官僚OBが政治家になっています。こうした人材供給源の多元化はどうなっていくでしょうか。
そして、提示すべきビジョンはどうなるでしょうか。政治思想、価値観には、元来オルタナティブという形で必ず対立軸があります。古くは自由主義で、アダム・スミスの考え方です。これは、「人々の福祉が増大するのは国家の政策によってではなく、人々の自発的な勤労によってもたらされる。国家はできるだけ人々の経済活動に介入せず、人々の経済活動ではまかなえない司法と軍備、一部の事業に限定すべき」というもので、いわゆるレッセフェール的な考え方が大本の自由主義的な思想です。それに対して例えばヘーゲルは、「市場経済は放置しておけば弱肉強食の法則が支配する。市場経済によって生じる弱者を保護し、人々の福祉の保持に努める、『市民社会の公共的制度』とそれを実効たらしめる『立憲国家』が必要だ」と言っています。この思想は、19世紀末にビスマルクによって、現在のドイツで福祉国家として実現します。
政治思想、社会思想の違いから、どういう国家をつくるかが変わっていきます。20世紀後半には、新自由主義が出てきます。福祉国家は非効率、財政赤字を肥大化させるという批判があり、ミーゼスやハイエクという人々が、「自己責任」や「小さな政府」、そして「弱者救済は民間でできる」ということを強く主張しています。
一方で、新自由主義にも、旧来の福祉国家にも与しない、「第3の道」というギデンスの考え方がでてきます。福祉をネガティブな価値観ではなく、ポジティブな価値観で捉え、効率と公平の両立をめざすものが「第3の道」です。
日本では「デフレ」「失われた20年」の中で、どうやってデフレを脱却するのかが最近の問題です。「成長重視の考え方」と「成長だけではなく分配のルールも必要」という対立軸があります。後者の立場からは、所得の再分配政策を入れないと貧富の格差は拡大します。
ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センは、福祉の概念を再提起しました。福祉を潜在能力という形で捉えて、「ウェル・ビーイング(well-being)」と呼び、福祉の概念を生活の質に関連づけました。労働についても「ディーセント・ワーク働きがいのある人間らしい労働」」という、労働の質に着目した考え方が出てきています。どのような社会像をめざすかというのは、政治の対立軸になります。
どういう政策を実現するかという基本的思想は、政治思想、社会思想に根ざすもので、国民の選択はそういうものまで含めて考えて行わなければいけません。日本の政治は今、「劇場型」の政治になってしまって、ワイドショーのような目で判断してしまう、非常に浅はかな状況が起こっています。皆さんもこれから投票する場合には、ぜひこうした根源的なものも考えに入れて投票していただきたいと思います。
おわりに
冒頭で「雇用社会」の話をしましたが、雇用という窓口から色々な世界の動きを見ることができます。雇用を自分の価値判断の軸にすると、何か起こったとき雇用にどういう影響があるのか、働き方にどんな変化が生じるのかを考えることができます。
どういう視点で世の中を見るか、例えばお金、あるいは食糧やエネルギーなど、世の中には様々な見方があります。皆さんには自分の判断軸をつくってもらいたいと思います。やはり雇用や労働と言う軸も非常に重要な軸です。是非そういう問題にも関心を持ってもらいたいと思います。
一橋の学生の皆さんなら、「キャプテンズ・オブ・インダストリー」という言葉を知っていると思います。このインダストリーという言葉は「産業」と訳されていますが、 もう1つ、「勤勉」という意味があります。なぜインダストリーが「勤勉」という意味を持っているのか、是非考えてみて下さい。そうすると、私が最初に言った意味とつながってくるところがあるだろうと思います。
以 上
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