一橋大学「連合寄付講座」

2013年度“現代労働組合論I”講義録

第4回(4/26)

職場の課題とその取り組み[1]
労働組合をつくる

ゲストスピーカー:黒川 真一(山陽マルナカ労働組合中央執行委員長)
水谷 雄二(連合副事務局長)

1.自己紹介

【水谷】みなさんこんにちは、連合の水谷です。私は1977年に当時のジャスコ、今でいうイオンという小売業に入社しました。自分としては、当時「流通革命」という言葉も雑誌等々で言われていて、成長産業に入ったつもりだったのですが、近所のおじちゃん、おばちゃんに言わせると、「あんた、なんでスーパーなんかに入った?」という反応でした。当時スーパーは、「スーっと出て、パーっと消える」と言われたり、江戸時代の身分制度「士農工商」のように、商人は一番下というような差別的扱いも残っていました。お客様にも「店員のくせに」というようなことを言われて大変悔しい思いをしました。
 ただ、私が恵まれていたのは、私の入社したジャスコには労働組合があったことです。労働組合の綱領の中に、「小売業で働く労働者の社会的地位の向上をめざす」というものがありました。そこで、私も一番下扱いの小売業に働く労働者の地位向上をめざそうという思いから、労働組合運動にはスムーズに入っていきました。当時、製造業や金融業とは違い小売業界で労働組合がある企業は少なかったのですが、今はさらに少なくなっています。

2.労働組合をめぐる状況

【水谷】厚生労働省の調査によれば、2012年の雇用労働者は5,528万人です。このうち労働組合に入っている人は989万人、組織率は17.9%です。つまり100人の労働者のうち17~8人しか組合員はおらず、非常に少ないというのが現状です。次のグラフは2012年の厚生労働省調査をもとに連合が作成したもので、雇用者総数に占める労働組合員数と推定組織率を示したものです。

 これをみると、例えば私が入社した1977年の推定組織率は約35%でした。それが2012年には17.9%と、組合員は減少の一途をたどってきました。なお、この推定組織率には企業規模別でかなりの差があります。いわゆる大企業と呼ばれる1,000人以上の企業では45.8%ですが、100人未満の企業になると1%です。業種によってもばらつきがあり、電機、金融業などは50%に近いのですが、サービス関連の業種になるといずれも一桁台です。高齢化社会では医療・福祉が非常に大切な産業になってきますが、これらの産業も7.1%という状況です。今日このあと労働組合を結成した事例としてお話しいただく、「山陽マルナカ労働組合」は、卸・小売業の労働組合ですが、卸・小売業の推定組織率は13.1%と、全体平均の17.9%と比べるとまだまだ低い組織率です。さらには、パート労働者に関しては、ここ数年頑張って組合加入を進めていますが、それでも6.3%にすぎません。
 従業員の構成も大きく変化しています。総務省が5年毎に調査している「平成19年度就業構造基本調査」による雇用形態別の構成をみると、1987・1992・1997年の正社員比率は7割台、2002年も63.1%と7割弱でしたが、2007年には59.9%と6割を切ってしまいました。1997年はアジアで通貨危機が起こり、企業がリストラを始めた年です。以後、現在まで正社員の絶対数は減り続けています。企業は正社員を派遣やパートに置き換えた企業経営を進めています。このように、雇用形態の大きな変化が1997年以降今日まで続いています。
 労働組合をめぐる状況には、こうした組織率の低下や雇用形態の変化などがあります。

3.講義のねらい

【水谷】今日の講義テーマは「労働組合をつくる」ですが、講義の主旨は労働組合のつくり方を説明することではありません。皆さんに、労働組合をつくるとはどういうことか、何のために、誰のために労働組合をつくるのかを考えていただきたいと思っています。そこで、本日は労働組合をつくった当事者の話を聞いていただきます。講義は、大きく3つに分けて進めていきます。1つ目は労働組合をつくったきっかけです。2つ目は労働組合をつくる経緯・経過を、そして3つ目は労働組合を結成したことによって、何がどのように変わったのかということをお話しいただきます。
 それではまず、黒川委員長に自己紹介と「山陽マルナカ」という会社の概要をご紹介いただきたいと思います。

4.自己紹介

【黒川】皆さんこんにちは、ご紹介いただいた山陽マルナカ労働組合の黒川です。私は今から18年前に山陽マルナカという生鮮食料品スーパーに入社しました。入社1年目は野菜担当、2年目には早くも副店長になり、3年目にはバイヤー、6年目には店長になっていました。入社から16年たったとき、会社が大きな転機を迎え、自身もさまざまな経験を通じてそれまでの働き方への疑問を感じたことにより、そこで働く仲間の為に、労働組合を立ち上げようと決意しました。2年前のことになります。
 私は、大学では法学部に在籍していたのですが、成績も芳しくなく、就職先をどうするか考えあぐねていました。同期には銀行員や公務員になる人が多かったのですが、自身成績もそうですが価値観の相違もあり、銀行員や公務員には今一つ気乗りがしなかったのです。私が山陽マルナカに就職したのは、学生時代にアルバイトをしていたコンビニやスーパーでの経験が楽しかったというのが大きな理由です。「お金」を通じて社会人として生きていくよりも、目の前の食べるもの、毎日の生活で使うものを通じてお客様や同僚との信頼関係のなかで利益を創出する仕事の方がわかりやすい、自分自身も納得しやすいと思ったのです。もちろん、スーパーの仕事もお金と無関係ではありませんが、扱う食べ物は直接命にかかわるものであり、お客様や従業員の人間関係が密接につくれる仕事に魅力を感じました。
 私が大学生の頃は今日のような講義はなく、労働組合について知識では学ぶものの具体的な内容や必要性について知る場はありませんでした。本来なら労働組合のある企業へ入社できればよかったのですが、当時の私は労働組合の有無を選択しとして重要視していませんでした。社会経験が少なく労働組合のイメージも湧かず、労働組合が自分の人生にどう関わるのかということを知る機会もなかったのです。
 私は、社会人になって16年目でようやく労働組合の大切さを骨身にしみて知りました。
 16年間の経験がそうさせたのであり、たとえば、労働組合が既にある企業に入社したとすればこのような気ずきは得られなかったでしょう。
 ですから、皆さんはこうして労働運動に関する講義を受けることができるということはとてもラッキーだと思います。

5.山陽マルナカの概要

【黒川】山陽マルナカは岡山県に所在し、岡山、兵庫、大阪、広島に74店舗を展開している生鮮食料品中心の食品スーパーです。創業会社は果物の卸からスタートした、「四国マルナカ」です。この四国マルナカのオーナーが息子に会社を起こさせ、四国マルナカとは別会社として1987年にできたのが山陽マルナカです。
 会社は経営感覚と現場や消費者とのずれによって業績の伸び悩みが生じ、2011年にはこの問題を解決しなければならない事態に陥りました。そこで選択肢の1つだった(株)イオングループに入ることで、会社を存続させていくことになりました。イオンが当社の100%株式を取得し、新たな経営陣による新体制がスタートしました。
 年商は1,200億円、従業員は7,000名です。その構成は、正社員が1,100名、契約社員が200名、時間給の労働者のうち、7.5時間契約の人が1,600名、5時間契約の人が2,600名、学生アルバイトが1,500名となります。男女比は1:3です。

(1)トップダウンが会社の風土・文化だった
 当社の20年間は、社長が創業者の息子ということもあり、同じように創業者一族の経営方法であるトップダウンの会社運営でした。従業員が営業方針に疑問を持ったとしても、創業者一族の決定を復すことは決して不可能です。会議はありますが合議制ではなく、上意下達の確認の場となっていました。ワンマン経営においては、身の回りに置く部下はイエスマンばかり、異を唱えるものは排除するというやりかたとなります。もともと発祥の四国の商売のやり方とほぼ同じ手法でした。四国というのは地理的制約から、お客様も職場も取引先も島内に限られます。買いものに行く先、働きに行く先、仕入れ先いずれも限られており、一番先に権利を得た人が圧倒的に有利な立場に立つという、いわゆるガラパゴス的な土壌での商売になりがちなわけです。その経営手法が岡山の山陽マルナカでも行われようとされました。しかし本州は四国とは事情が異なります。そういた古色憤然とした営業方針に囚われていたことで、競争環境の中での大きな遅れが生じていたのも事実です。電子マネーやPOSシステムなど、新しいシステムについて全てが他社と比べて遅れがちになっていき、取引先とのコンプライアンスに面においてもその取り残された価値観を基にしたトラブルが生じてきました。

(2)従業員が次々に辞めていくことに危機感を持った
 企業の絶対数が少ない地域では、就労の選択の幅が限られます。選択肢が少なければ、市民の雇用と生活を一手に担う企業はその「おかげ」をもって多少の無理も聞かざるを得ない立場となります。しかし本州においては同様の手法は通用しません。就労に関する他の選択肢も十分に存在し、おかしいことは情報として流れ、発信される、労使のパワーバランスは当然異なります。これまでのトップダウンの経営手法に従業員からも不満が出てきました。ガラパゴスで通用していたことが、企業膨張のある時点を境に通用しなくなってきたのです。サービス残業を強要したり、公休や有休をきちんと取らせない、経営者の好き嫌いで評価を決めてしまうなどから、従業員もどんどん辞めていってしまいました。
 これではいけない、労働環境に不満を持ちながらの生活はよくないと思ったことが、私が労働組合をつくろうと思った理由です。

【水谷】今のお話で山陽マルナカという会社の概要は理解できたように思います。会社の風土・文化の問題として、四国マルナカの圧倒的に有利な立場を利用するワンマン経営を本州でもやろうとしたこと、しかし本州では通用せず、消費者の価値観への対応の遅れや取引先とのトラブルが生じてきたということでした。そして、黒川さんが組合をつくろうと思った背景には、こうした経営手法が従業員の不満の原因になってきたこと、同僚や後輩が退職していく状況を何とか変えたいという思いがあったというお話でした。
 それでは次に労働組合づくりの経緯を伺いたいと思います。結成された労働組合の概要もご説明いただきたいと思いますが、労働組合づくりでは、7,000名の従業員のうち、どういう層を組合員の対象としたのでしょうか。また、組合をつくろうと考えて、はじめにやったことはどんなことですか。

6.労働組合の概要

【黒川】組合結成にむけては、私を含めた有志8名が動き出しました。まず、労働組合の概要をご紹介します。組合結成日は2010年10月27日で組合の所在地は岡山県です。組合員数は5,600名で、正社員が1,061名、契約社員が189名、パート社員が4,350名、男女比は1:3です。この数字は、先ほどご紹介した従業員構成と若干違います。正社員に関しては、経営側、つまり管理職などは非組合員になります。学生アルバイトは組合員ではありません。
 山陽マルナカ労働組合は、連合傘下の産業別労働組合(産別)であるUAゼンセンの流通部門に所属し、企業がイオングループ入りした後、イオングループ労働組合連合会にも所属することになりました。労働組合は74店舗すべてに支部長を配置し、この74店舗を10ブロックの地域にわけて、それぞれに中央執行委員を配置しています。こういった組織体制を通じて現場の問題点を吸い上げて行こうと思っています。

7.労働組合結成までの経過

【黒川】2010年7月に組合結成を決意したあとは、とりあえず組合づくりを誰に相談すればよいかを考えました。これには日頃の人間関係が役立ちました。職場の人間関係には限りがあったので、大学時代の人間関係も利用しました。当時のバイト仲間に、競合相手の食品スーパーで働いている先輩がいたので電話で飲みに行こうと誘ったのです。その中で、先輩が働く企業にもUAゼンセン傘下の労働組合があるから紹介しようと言ってくれました。相談先としてはUAゼンセンの岡山県支部を紹介してもらいました。私は、それまでUAゼンセンという組織についてはまったく知りませんでしたが、対応してくれた人に山陽マルナカの今までの労働環境の問題を話し、どうやって解決したらいいのかを相談しました。これが組合づくりのはじめの第一歩です。
 
【水谷】相談先となったUAゼンセンは、日本の百貨店、チェーンストアの企業で働く人たちの労働組合で構成する産別です。皆さんご存じだと思いますが、日本の労働組合には、企業別の単位労働組合(単組)があります。その単組が集まった組織が産別で、その産別が集まった組織が、連合などのナショナルセンターという構造になっています。
 さて、黒川さんは組合づくりの第一歩を踏み出されたわけですが、労働組合をつくるにあたって、最も苦労されたことはどういったことでしょうか。
 
【黒川】一番苦労したのは、仲間を募るにあたり水面下で動かなければならないことでした。組合づくりにあたっては、本当に気心を知れた仲間を峻別しなければなりません。例えば、私をライバル視している人に声をかけてしまったら、会社に組合結成の動きを告げ口されてしまいます。志を同じくする仲間を見つけるネットワークづくりは本当に大変でした。仕事が終わってから呼び出しては話し合い、飲み明かしたこともありました。
 組合づくりでは、まず組織化にあたりUAゼンセンに全面的な支援をお願いすることにしました。また、UAゼンセンには、会社に組合結成の動きが漏れたときはどうすればよいか、会社が組織化を妨害してくる可能性もあるので、どういうことに注意すればいいかなども教えていただきました。会社の就業規則も、それまではあまり大事だとは思っていなかったのですが、それも勉強するように言われしっかり勉強しました。
 経営陣にどの時点でアプローチするかの判断も必要でした。ある程度の組織になっていなければつぶされるだけです。数の力を示せる程度の組織にすることについてもUAゼンセンに相談しました。その結果、全国からUAゼンセンの担当者に集まっていただき、1日ですべての店舗をゲリラ的に回る中で、「職場に不満はありませんか?」というアプローチをすることにしました。おかげで、1日で1,000名の組合員を獲得することができました。2000年11月には、その1,000名を盾に会社に労働組合の結成を通告しました。これには非常に勇気がいり、従業員が本当に組合に入ってくれるのか心配でした。有志以外の従業員が労働環境を問題視していない、組合はいらない、ということになればこれまで組合発足の面でお世話になってきたUAゼンセンに対して申し訳が立たないことになります。
 
【水谷】有志8名の集まりから3ヵ月後には労働組合を立ち上げたというお話しでした。皆さんはここまでの話を聞き、組合づくりはなぜ水面下で行わなければならないのか、疑問に思われたと思います。
 労働組合結成を水面下で進める背景には、労働組合を嫌がる経営者が多いという現実があります。労働組合がなければ経営者はなんでも自由にできますが、労働組合があると労働者の権利を守るためにいろいろな行動を起こします。そのため、組合結成を妨害する経営者もおり、例えば、組合づくりをしたために解雇された人もいて、連合にも時々相談があります。黒川さんは、ある程度組織化した時点で経営者に組合結成を通知した、その規模は1,000名というお話しでしたが、これを3カ月という短期間で成し遂げたことには驚きました。UAゼンセンの全面的な支援が得られたことも大きかったと思います。
 ところで、私がはじめにご紹介したように、パートタイマーの組織率は大変低いというのが実情です。山陽マルナカ労働組合は結成にあたりパートタイマーも組織化対象とされましたが、なぜパートタイマーも組合員にしたのでしょうか。

9.パートタイマーを初めから組織化対象とした理由.

【黒川】パートタイマーを組合員の対象とした理由は何点かあります。まずは、お店の従業員にはパートタイマーが多いということです。職場では、従業員の過半数で物事を決める場合が多くあります。その際に、パートで働く人も組合員でないことには過半数代表として労働組合があることを活かせないからです。そして、パートで働く人にも不満が多かったことも理由です。サービス残業やパワハラなどの事例がたくさんあり、パートで働く人の問題を放っておくことはできないと思いました。
 そして労働組合にとって何より大切なのは組合員が一丸となることです。みなが困っているという事実をもって経営者に対峙したとき、一番説得力を持つと思います。組合員みな同じ思いで経営者にものを言っていこうと考え、パートタイマーを含めた従業員全員を組織化対象としました。また、労働組合結成にあたっては、先に正社員だけで結成して成果を得て、後からパートで働く人を入れるというやり方は印象が良くないとも思いました。
 
【水谷】山陽マルナカ労働組合の場合、パートで働く人に正社員と同時に声をかけたことが組織化成功の大きな理由の一つだと思います。組合加入の勧誘では、パートで働く人たちの反応はどうだったのでしょうか。
 
【黒川】組合結成には、多くの人から非常に好意的な反応が返ってきました。それまで、パートで働く人にも不平不満が多かったのです。食品スーパーの生鮮部門のチーフには職人気質の人が多く、仕事は見て覚えるもの、徒弟関係のように上の言うことは絶対だ、そういう感覚で仕事をしている人が多いのです。ところが、パートで働く人にはそういう感覚はなく、双方の思いがずれてきます。こうした仕事上の不満を解消したいというパートで働く人の思いは、組織化の大きな力にもなりました。
 1・2割の正社員が頑張っても、7・8割のパートタイマーが不満を持って働いている状態では職場が機能しません。パートで働く人のモチベーションを高めることが不可欠です。  
 職場にはパートで働く人の問題も多く、組合結成に対するパートタイマーの反応は非常に好意的なものでした。
 
【水谷】一般的にパートで働く人の中には労働組合に入ることを拒否する人も多く、どのようなメリットがあるのかと問われることもあります。そうした中にあって山陽マルナカ労組では多くのパートタイマーが組合に加入されました。この成果の要因には、労組結成の目的にパートで働く人も含めた全従業員の仕事上の不満を解決し、働く環境をよくしていきたいというものがあったこと、UAゼンセンの支援を得て短期間に組合員を増やすという戦略的な展開が大きかったと思います。
 それでは、こんどは従業員全体の反応を伺いたいと思います。組合結成にむけたオルグ活動の中で、パート以外の従業員の反応にはどのようなものがありましたか。
 
【黒川】最初は会社側についている社員、店長などから反発がありました。組合の必要性を認識していない人からの反発は特に大きいものでした。オルグをしていく中では、労組に理解のない店長から店への出入りを禁止されるという嫌がらせも受けました。当初はそういう反発がたくさんありました。会社との折衝では、労働組合の存在が企業のリスクマネジメントにおいても重要な意味を持つことなどを話す中で、経営者側もだんだんと労働組合は必要という流れに変わっていきました。こうした会社側の動向が伝わることで心の壁が取り払われ、柔軟に対応してくれる店長も出てきました。しかし、一部経営側のスタンスに立つ店長やバイヤーの組合加入には大きな壁がありました。
 
【水谷】山陽マルナカ労組は、2010年11月の全店一斉行動で1000名が労働組合に加入、それを機に会社に組合結成を通告し、その後の団体交渉を経て、翌年の2011年2月には「基本労働協約(ユニオンショップ協定)」を締結されました。
 この「ユニオンショップ協定」とは、山陽マルナカに入社したら労使で決めた対象者は自動的に組合員になるというものです。これに対し、「オープンショップ協定」とは、組合に加入する・しないは個々人が選択するというものです。
 それでは、最後に結成から2年半たった現在の従業員の意識や職場での変化をお話しいただきたいと思います。

10.労働組合結成後の変化

【黒川】労働組合がない時代は、従業員の意見は十分に経営陣に伝わることはありませんでした。しかし、労働組合ができ、現在では月1回の労使協議会が行われるようになりました。
 労働組合は経営側と顔を合わせる場で、現場から集約した問題を提起して、話し合いを通じさまざまな問題を解決していきました。例えば、サービス残業があった場合は実態を調査して会社へ労務管理の問題を提起します。それによって管理職は罰則を受けるようになりました。パワハラもこれまでは隠ぺいされていました。冷蔵庫の中で殴る蹴る、そんな暴力もあったのですが、事実が明らかになるとチーフもそれに応じた処分を受けるようになりました。そういう意味では、職場環境が改善されるという、労働組合結成のメリットがあったと思います。
 また、春には賃金交渉が行われます。実は労働組合ができれば給料は自動的に上がっていくと思っている人が多くいました。会社の利益からお給料が支払われたり、アップしたりする、従業員の中にはそういう感覚もなかったようです。労働組合ができてからは、こうした賃金の仕組みなどの理解も深まったように思います。
 なお、労働組合があっても働く人がどんどん発言しなければ意味はありません。私は、労働組合がある一番の意味は、現場の問題の当事者が主体的に声を上げていくことだと思っています。この2年間、組合員に手を挙げることを促し、そうしないと職場は変わらないということを伝えていった結果、現場の空気も少しずつ変わってきました。
 
【水谷】結成後の変化では、今までたまっていた不満や不安を発言する場ができたことが改善という目に見えた成果につながったということでした。
 私は以前パートで働く人に、「労働組合ができて何が良かったか」と質問したことがありますが、その答えは、「ものを言う場ができて良かった」というものでした。人間というのは弱いものです。1人では上司や経営者に自分の意見をいうことはなかなかできません。労働組合があってはじめて自分の意見を言うことができます。意見を集めて経営者に改善を求めることもできます。  
 労働組合をつくる目的には、賃金を上げる、労働者の権利を獲得するなどに加え、自分たちが働く企業を良くしていこうという目的もあります。労働組合の活動を通じて働く人の意見を集め、働きやすい職場づくりに生かすことが重要です。そしてその取り組みは企業を良くしていくことにもつながります。皆さんには、今日の黒川さんのお話しからもこのことがおわかりいただけたのではないかと思っています。
 それでは、最後に黒川さんから、これから社会に出る学生の皆さんへメッセージをお願いします。

11.皆さんへのメッセージ

【黒川】学生生活は、講義を受けて単位を取るという、受け身になりがちな毎日ですが、社会人になることで、「自ら主張すること」が人生において重要な意味を持つことに改めて気づかされます。例えば自分がやった仕事に対して、「自分はこれだけやった。だから会社はこれに応えてくれなければおかしい」と主張しなければ、その成果は厳しいようですが、他人に配分されます。労働者の受動的な姿勢は、市場原理主義によってお金はお金のあるところに自然に集まることで、結果貧富の差をもたらすことになります。 
 一人ひとりが自分の意見を主張し、話し合うことによって労働者の平等な幸福が実現され、まさしくそのことが、市場原理主義がつくり出す格差をなくしていくことができると思っています。
 話し合う、ということがなければ、人間の尊厳が脅かされるということです。
 私は、人は人とコミュニケートする、社会的役割を果たしてこそ人間になれると思っています。その役割を果たすうえでは人間同士のネットワークを構築する事が不可欠です。
 現代はネットというコミュニケーションが主流で、社会的役割を果たすといったネットワーク構築が著しく疎かになっています。
 皆さんには、一人ひとりが主張し、話し合う事の大切さと、一人一人が社会的役割を果たすネットワークを構築することこそが働くお互いの人間の幸福を実現できるということについて改めて深く考えて頂きたいと思います。そしてこれは、いわゆる、「労働組合」の根幹そのものでもあると考えます。

まとめ

【水谷】私が冒頭でご紹介した数字のとおり、労働組合がない職場が圧倒的に多いというのが現状です。つくろうと思っても、本気度が低いとなかなか実現しません。企業側からのいろいろな妨害もあり、家族からは、「お父さんやめてよ、会社をクビになったらどうするの」と止められることもあります。組合結成はリーダーの本気度が成功か不成功かを分ける、本日の講義は、そのことを実感する講義であったと思います。そして労働組合はそれをつくることが目的ではなく手段であること、働く職場の問題解決や良い企業にしていくことが労働組合をつくる目的であることをご理解いただけたと思います。
 皆さんには、労働組合のない企業に入っても、労働組合をつくるという選択肢があることを頭の片隅に入れておいてほしいと思います。

以 上

ページトップへ

戻る