一橋大学「連合寄付講座」

2013年度“現代労働組合論I”講義録

第2回(4/12)

今、働く現場で何が起こっているのか ~労働相談からみた職場の現状と労働組合の役割~

田島 恵一(連合中央アドバイザー)

はじめに

 こんにちは。連合でアドバイザーをしている田島です。連合は、労働組合の全国中央組織で、労働組合員のための組織ですが、すべての労働者の権利や生活を守るための活動に取り組んでいます。しかし、労働者全体に占める労働組合員の割合は18%で8割以上の人が労働組合のない職場で働いています。そこではたくさんの労働問題があり、自分にまったく責任や非がないにもかかわらず解雇された、有給休暇を取らせてもらえない、残業しているのに残業代がもらえないなどの問題があります。連合は、労働組合を通じて解決しようにも職場に組合がない人たちを対象に、労働相談窓口を設けて対応をしています。そして、労働組合を作ろうと呼びかけています。労働組合を作れない場合でも、支援をして問題解決を図っています。
 連合では、本部と47都道府県にある地方連合会で労働相談を受け付けています。全体で年間約16,000件の相談が組合がない職場から寄せられています。相談の中には働いている人たちが自分たちの権利をもっと知っていれば、そこまで追い込まれずに済むものもたくさんあり、そのためには学生時代に働く者の権利を知っておくことが極めて重要だと思います。
 みなさんの中でアルバイトをしたことのある人は手を挙げてもらえますか。ほとんどの人がしていますね。同じ職場で半年以上アルバイトをしていた人はいますか。結構いますね。その中で、有給休暇を取ったことがある人はいますか。1人のようですね。実はアルバイトでも働いて半年経つと、有給休暇を取ることができます。正社員だから有給休暇があるのではなくて、労働者すべてに有給休暇をとる権利があるのです。「私はアルバイトだから有休を取れない」と思っている人も多いと思いますが、アルバイトやパートタイマー、有期契約社員でも、有給休暇を取る権利があります。
 今日は、今お話ししたような労働者の権利と、働く上で起きる様々な問題、トラブル(労働問題)にあった時に、解決するにはどうしたら良いか。この3つについてお話しします。

1.憲法、労働法での労働者の権利の規定

(1)法律で定められた労働者の権利

 就職をする、働くということは、法的に使用者と労働者の対等の契約関係です。例えば、みなさんがお昼休みに食事をします。生協や学食でお金を出してモノを食べるというのも対等な契約関係です。それと同じように、働くということは使用者と労働者の対等な契約関係であることが、労働契約法や民法で定められています。
 しかし、契約関係は法的に対等といっても、実際には採用する側とされる側とでは、採用する側の方が圧倒的に強いです。就職難で失業者が多いと、さらに採用する側が強くなります。
 今の若者たちを取り巻く状況として、ワーキングプアという世界が広がっています。非正規社員が増え、正社員は狭き門となっています。結果的に使用者の方が圧倒的に強く、「自分は能力があるから、最初から労使対等だ」と言っても、採用の権限を持つ使用者が強いというのが現実社会です。
 日本では、個人が会社と向き合った時に、立場の弱い労働者側を保障し対等にするために、「労働三権」という基本的な権利を労働者に与えています。憲法28条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利は、法律でこれを定める。」としています。団結すること(労働組合を作ること・加入すること)、交渉すること、不満があったら争議行為(ストライキ)をするという3つの権利です。
 この3つの権利が憲法で保障されているにもかかわらず、労働組合を組織しているのは全体の2割弱です。それでは残りの8割の人々は使用者の言うがままに働かされているのかというとそうではなく、働く上での最低基準が法律によって定められています。
 例えばラーメンを400円以下で売ってはいけないという法律はありません。300円のところもあります。しかし、人が働く場合はこれ以下で働かせてはいけないというルールが定められています。
 例えば1週間に40時間を超える所定労働時間は労働基準法違反です。アルバイトをしていて仕事がまだあるからと残業命令を出されても、これは法律違反です。週40時間を超えて働かせるには、労働者の過半数代表と時間外労働に関する労使協定を締結し、労働基準監督署に届けて初めて、会社は合法的に残業させることができるのです。「うちの会社は経営が大変だから所定労働時間は44時間だ」というのは法律違反で無効です。
 入社から半年後には、大企業でも中小企業でも10日間の有給休暇を付与しなければいけない(注:1週間の所定労働日数が4日以下で、かつ1週間の所定労働時間が30時間未満の場合は、法定有給休暇=10日×所定労働日数/5.2日)、あるいは40時間を超えて残業させた場合には2割5分増の割増賃金を払いなさいというのが法律の定めた最低基準です。こうしたルールは通常の商取引関係ではあまりありません。
 労働者は働く以外に自分の収入の道がありません。そこで、生活できる最低限の賃金を保障しているのが最低賃金法です。この法律は日本だけではなく、アメリカ、韓国、タイ、中国など多くの国々にあります。
 憲法27条は「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」としています。憲法27条、28条は労働者が働く上での基本的な権利を定めていて、極めて重要です。

(2)法律以外の規定や判例法理

 さらに、法律の定めだけではなくて、法律の行間を埋める告示や通達、指針があります。
 労働基準法41条2項では、管理監督者に対しては労働時間管理の適用除外で残業手当を出さなくて良いとなっていますが、管理監督者とはどういう人かについて書かれていません。この点については、厚生労働省の法律の解釈などを示した通達に「経営者と一体的で出退勤も自分の裁量となっていて、処遇も一般の社員より良い人」と書かれています。つまり、管理監督者とは経営者に近い人、役員クラスの人です。したがって、全国に100店舗もある店舗の店長は、管理監督者には該当しないということが、厚生労働省の判断基準として示されています。しかし企業の中には、店長は管理監督者だから残業代は払わないというところがありました。それを裁判で争った結果、その企業の店長は管理監督者にあたらないので、時間管理をして残業代を支払いなさいという判決がでました。このケースで有名なのはマクドナルド店長の裁判です。
 労働者の権利に関してはもう1つ重要な裁判所の判例があります。「会社都合で労働者を解雇する時、解雇せざるを得ない事情があるか」、「解雇以外の方法はないのか」が問われます。また、解雇に関する判例の積み重ねの中で、「解雇にあたり、女性だけ解雇する、組合役員だけを解雇するというような選別的な解雇はしてはいけない、解雇対象者は公平に選ばなければならない」というルールが作られていきました。さらに、解雇をする場合は「労働者代表や労働組合としっかり話し合う」ことが必要とされています。これらが整理解雇の4要件と言われるもので、この4要件を満たさない解雇は無効であるという判例が1つのルールになっています(ただし、経営者側の「4要素である」という主張もあり、下級裁判所でそのような判例が出されることもありました)。
 以上が働くことに関わる基本的な権利です。この基本的な権利はいわゆる正社員だけが保障されるのではなくて、有期契約社員もパートタイマーもアルバイトも、同じように保障されている権利だということを踏まえておいてください。

2.労働相談の内容と法による権利

(1)就職・労働契約締結時の相談

[1]内定に関する事例
 次に、労働相談の内容から今どのような問題が起きているのかをみていきましょう。
 通常、求人募集はハローワーク、新聞広告、就職情報誌、インターネットなどを通じて行われます。新卒の場合には学校に求人募集が来ます。求人募集に応募することは、労働者からの労働契約の申し込みにあたります。次に、試験や面接をして内定となります。最近は内定の前に内々定があるようです。そして新卒の場合は通常4月1日に採用され、4~6月は試用期間、7月1日に本採用となるのが一般的です。労働契約の成立時点は、裁判例では採用日ではなく、内定した日であると言われています。したがって、会社は内定を出しておきながら、例えば「ちょっと余分に採用しすぎたから」というような理由で内定を取り消すことはできず、客観的に合理的で社会的相当性がある理由が必要となります。
 東日本大震災が起きた時に、内定取り消しにあった学生の相談を受けました。A会館に就職が内定していたのですが、震災でA会館が崩れて営業できず、ホテルもレストランも閉鎖してしまったのです。この場合には会社としての合理的な理由があり、内定取り消しは不当だと争っても難しく、その学生は関連事業への従事や就職斡旋などを求めて交渉しました。その結果、何ヵ月分かの補償金をもらい、就職斡旋を受けて新しい会社に採用されたという、円満に解決した事例です。
 合理的な理由としては、例えば履歴書に大学卒業見込みと書いて、卒業できなかった場合には、内定取り消しができます。したがって内定は、「始期付解約権留保付き労働契約」とされています。始期付というのは、契約したのは10月であっても、4月1日が始期という意味です。解約権留保付きとは、試用期間も対象となっていますが、恣意的な契約解除はできません。

[2]応募時と実際の労働条件が違った事例
 ハローワークを通じて中途採用されたものの、応募時の労働条件と違ったという事例を紹介します。IT関係の学校を経営する中小企業に採用された人が、試用期間の3ヵ月間はアルバイト雇用だと言われました。本人は正社員募集で応募したのでアルバイトとはおかしいなと思いながらも、正社員になれるからという思いで働いていました。試用期間中ということで社会保険も未加入でした。さらにそのIT教室の授業を受けて仕事の内容を把握するように言われ、受講料として賃金から2~3万円引かれていました。そうすると、手元には最低賃金を割るような金額しか残りません。本採用になり1ヵ月間働いても社会保険にも入れないということで、本人は退職届を出してから相談に来ました。交渉の結果、試用期間まで遡り、残業代や一方的に天引きされた受講料を取り戻し、社会保険にも遡って入ることができました。労働組合のない職場では、社員として募集しながら、アルバイトや有期契約で採用する事例が結構あるので、採用時に契約内容を確認することが大事です。
 労働基準法15条では、雇用契約を交わす時には契約内容を文書で示しなさいとあります。しかし書面で明示をしない企業が多く、相談が寄せられています。必ず明示しなければならない事項の1つに契約期間があります。アルバイトでは3ヵ月や1年などの有期契約、もしくは有期でない場合には「期間の定めなし」です。それ以外には就業場所や始業・終業時間、時間外労働の有無、休憩時間、賃金の決定や退職に関する事項などがあります。
 もう1つ労働条件を明示させているものが、就業規則です。就業規則は、10人以上の人が働いている職場では必ず作成し、労働基準監督署に届出なければいけません。なお、労働基準法を下回る就業規則は法的に無効となり、その場合は法の基準が適用されます。また、就業規則は労働者に周知することが義務づけられていますが、就業規則を見せない企業も多くあります。労基法15条の2では、事前に明示された労働条件と実際の条件が違った場合は即時に労働契約を解除できる、労働者は辞めることができると定めています。労働条件は書面で提示しなければいけませんが、実際には口頭の場合も多いです。ただし契約そのものは口頭でも法的に成立するので、口頭の場合は、勤務時間、休憩時間、時給(月給)や休日などについて、自分でメモをしておくことが大切です。ちなみに、みなさんがアルバイトをする時には、時給や勤務日などを約束すると思いますが、それは個別の労働契約です。
 労働契約法12条では、就業規則の基準に達しない労働契約はその部分が無効となり、就業規則が適用されると定めています。労基法の労働時間は週40時間ですが、労働組合のある職場では、週38時間や35時間の職場も多く、有給休暇も労基法では入社から半年後に10日付与となっていますが、入社した日から10日を付与する企業もあります。
 労働組合法では、労働組合と会社との約束事項である労働協約は労働契約や就業規則よりも優先されると定めています。したがって、優先順位は労働協約、次に就業規則、労働契約の順となります。しかし、個別の労働契約が就業規則を上回る場合は個別契約が優先されます。

[3]賃金に関する事例
 賃金の支払いに関する労働相談で多いのは、賃金を一方的にカットされるという事例です。賃金の支払いには5原則があり、定期的に、毎月1回、通貨で、直接本人に、全額を払うことになっています。一方的なカットや天引きはできません。したがって、例えばみなさんが借金をしている場合、会社が勝手に借金取りに賃金を渡すことは法律で禁じられています。
 入社時に法違反を強要される事例もあります。50歳で家族を抱えていて、失業して正社員の就職先を探している人が、「うちの会社は残業代が出ない、出ないことを承知してハンコを押してくれるなら採用する」と言われ、疑問に思って相談の電話をかけてきました。私はこの相談者がみなさんのような若い世代であれば、「法律違反を強要するような会社はやめて、別の会社を探しなさい」とアドバイスをしたと思います。しかし50代で家族を抱えている人には、就職先を確保することが先決です。私は、「サインはしなさい」とアドバイスしました。先ほど言ったように、法律違反の契約内容にサインをしても、法的には無効で、法律の水準が適用されます。したがって、残業代をしっかり請求する、そこで働いている仲間を誘って労働組合を作り、時間管理をさせて残業代を払えという取り組みもできるでしょう。組合ができなくても、賃金債権は2年前に遡って請求することができるので、働いた時間を自分でノートに書いておき、いざという時には裁判で残業代を請求することも可能です。
 法律で決められた最低賃金は都道府県ごとに違います。東京は時給850円、埼玉は771円です。最低賃金以下で働かせてはいけませんが、月給20万円を働いている時間で割ったところ、時給600円で働いていたという女性からの相談もありました。この女性の場合、本人ではなく東北在住の母親から、娘が飲食店で働いているが心配だという電話があり、その後親子で連合本部まで訪ねてきました。彼女の働いた時間で計算してみると時給は700円に至らず、「同じ職場のアルバイト採用の人より時給が低い」と本人も驚いたようです。賃金は単に見かけ上だけではなくて、働いた労働時間や中身でしっかりと検証しなくてはいけません。

[4]有期契約に関する事例 
 その他、労働相談で多いのは有期労働契約に関するものです。大きな出版社で働いている女性、これも本人ではなく母親から、「娘が10年間も有期契約で働いているのだが、非常に悔しがっている」という相談がありました。その中身は、有期契約なので賃金や処遇に正社員と差があるのは仕方がないが、仕事では入社2~3年目の正社員よりも一生懸命頑張って貢献している。しかし会社の創立記念日を祝う行事や職場の集まりにも有期雇用であるからという理由で呼ばれない、それが悔しい、というものでした。母親には、「労働契約法が改正されて、2013年4月1日から5年働くと無期の労働契約への転換権が発生します。契約期間が満了したからと雇止めされる場合でも合理的な理由が必要です」と話しました。また、改正法では有期であることを理由とする不合理な労働条件も禁止されました。有期契約だからという理由で、通勤手当が出ない、食堂を利用できないなどが現にあるのです。正社員は賃金が高いうえに安い社員食堂を使え、有期の人たちは賃金が安いにもかかわらず外で食べなければいけない、こんな不合理な取扱いが多くあり、こうしたことが禁止されました。

(2)働いている期間での相談内容

[1]休暇など、権利があっても行使できない
 次は働いている期間での相談です。労基法には年次有給休暇を取得できる権利が定められています。厚生労働省の調べによるとこの有給休暇の平均取得率は47.1%で、5割以上の有給休暇を捨てていることになります。例えば1日休暇を取得しても賃金が出ることになっていますが、休暇を取らずに働いているということは、タダ働きを1日していることになります。欧米の労働者は権利意識が高く、有給休暇はしっかり取ります。
 連合の組合員調査によれば、有給休暇の取得率は68.3%です。100%に近い会社もたくさんあり、例えば自動車メーカーの本田技研はほぼ100%の取得率です。有給休暇がしっかり取れないのは管理職に問題があるなどと労働組合が管理・点検を行いながら有給休暇の取得促進や不払い残業の撲滅に取り組んでいます。
 そういう職場もある一方で、有期契約の人たちが有給休暇を取ったことがないという事例もあります。つい先日受けた相談には、「辞める決意をして有給休暇を申請したら、認められなかった」というものがありました。そもそも有給休暇を取るにあたって辞める決意をする必要はなく、本来は申請すれば取れる権利なのです。
 有給休暇の取得率が低いことから、民間企業で有給休暇を積み残して辞める際に、お金に換算して清算する方法が最終的に認められています。審議会で使用者側から出た発言は、「有給休暇は働いている個人に保障されている権利、その権利を行使しない者が悪いのに、なぜ買取を保障しなくてはいけないのか」という極めてドライなものでした。日本の労働者はあまりにも人が良すぎて、自分が休めば仲間に迷惑がかかる、利用者やユーザーに迷惑がかかる、休んだ後の仕事が大変だなどと考えて、なかなか有給休暇を取りません。労働組合のある職場では何とか取れていますが、組合がない場合は取らせない経営者もいます。しかし、有給休暇は労働者の権利です。例えば今日、私が休むと職場の業務が止まってしまう、重要な会議が滞ってしまう、したがって今日ではなく明日か明後日に休みを変更してほしいという権利は使用者側にもありますが、私が休んでも仕事に重大な影響が出ない場合、使用者は労働者の請求を拒否することはできません。
 労働者の法的な権利でもう1つ重要なものは育児・介護休業制度です。最近「イクメン」という言葉が浸透し、男性も育児に携わっていこうという動きが出ています。しかし男性の育児休業取得率は1.38%で、まだまだ女性への育児負担は大きいというのが実情です。一方、統計上は出産した女性の83.7%が育児休業を取得していますが、先ほどお話ししたように有給休暇の取得率が47%という中で、育児休業を8割以上の女性が実際に取れているかというと、実は取れていません。厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」によると、出産1年前に常勤だった人が、出産半年後も常勤である割合は39.2%で、6割の人は出産を契機に辞めています。つまり出産後も働き続けた人4割のうちの8割が育休を取得していることになり、実際の取得率はわずか32.8%ということになります。

[2]残業代の未払い
 日本は、法律と制度は良くなってきています。しかし、それを誰もが利用できる社会にしなければならず、そうした世の中にしていくのが労働組合や労働基準監督署の役割です。法律違反が蔓延している代表的な法律は、道路交通法と労働法だと言われています。しかし道路交通法は白バイに捕まるなどして罰金を課せられるので、注意するようになります。それに比べて労働法の場合は、労基署の職員が少なく違反企業が野放し状態です。労基署が摘発した不払い残業だけでも年間120億円になっており、その点からも労働組合の役割が重要です。
 残業代の未払いの手口はいろいろあります。単純に時間外のタダ働きを強いるのではなく、例えば残業代込みの3万円の手当をつけ、何時間残業しても3万円で打ち切るという方法があります。もちろん違法です。
 労働時間の原則は1日8時間、週40時間と決められていますが、サービス業などは24時間営業化しており、変形労働時間制が積極的に活用されています。裁量労働制やフレックスタイム制の導入も増えています。裁量労働制の場合、例えば「あなたの仕事は裁量労働なので週50時間働いたと見なし、40時間プラス10時間の残業手当を賃金に組み込みます。」となります。みなし労働時間が働いた時間とみなされるので、みなし時間以上働いても残業代を請求することはできないことになっています。しかし一方、フレックスタイムは所定労働時間を超えて働いた分は賃金を請求する権利がありますが、ほとんど請求されていないのが実態です。労働組合があれば、契約で50時間と定めても実際に60時間、70時間働いた場合、この分を残業手当として払うよう交渉できますが、組合がないと交渉ができず不払い残業が発生します。なお、残業した場合は25%の割増手当、休日出勤した場合は35%の割増手当を支給しなければなりません。

[3]休憩時間がとれない
 休憩時間は労働から完全に解放されている時間です。例えば、休憩時間に来客がある、あるいは電話があるから席を離れてはいけない、その合間をみて食事をとりなさいという場合は休憩時間ではなく、労働時間にあたるというのが裁判所の判断です。休憩時間と労働時間の違いは、指揮命令下になく労働から全く解放されているかどうかという点にあります。

[4]権利行使と解雇の問題
 また、有給休暇や育児休業の取得、妊娠や労働災害で休業していることなどを理由に解雇することは法律で禁止されています。妊娠した女性からの相談で、会社から「あなたの働く部署がなくなるから、もう辞めてほしい。他の部署では人を募集しているから、応募して採用されたら働ける。」と言われたそうです。この場合、辞めることはありません。これまでの部署の仕事がなくなっても他の部署で仕事があれば、会社都合での解雇は成立しません。労働者本人に辞める自由はありますが、会社が辞めさせる(解雇する)自由は規制されています。相談があった女性は他の部署に異動して今でも頑張って働いています。

[5]いじめやパワハラの問題
 最近はうつ病などの精神疾患の労働相談も多くあります。使用者には安全配慮義務が課せられており、労働契約法、労働安全衛生法では、使用者は労働者が安心して健康に働ける環境を作らなくてはいけないと定めています。いじめやパワハラも安全配慮義務違反として違法であり、労災としての認定基準があります。しかし、この点については線引きが本当に難しく、本格的に争うなら裁判所に行って争う事例も多いです。
 労働者の権利をしっかり知っておくこと、自分の悩みを打ち明けられる職場の友人を作ることが大切です。職場の友人に打ち明けられなければ、一橋大学の友人でも良いです。AさんはB社に行き、CさんはD社に行ったとします。お互いに話すことで、B社とD社の労働条件の違いや、自分の会社の企業文化がおかしいことに気づくこともあります。就職先が別でも、働いている環境などについて、同級生であればいろいろ打ち明けられると思います。学生時代の友達は一生の宝といえます。是非良い友達を学生時代につくって欲しいと思います。

[6]労働条件の不利益変更
 労働条件の不利益変更については、例えば経営者が会社の経営状況が大変だからと言って、一方的に賃金を1割~3割カットする、あるいは退職金を一気に30ヵ月分から20ヵ月分に減らす、などがあります。労働契約法では、労働者の合意なしに就業規則を一方的に不利益変更することはできないと定めています。
 パナソニックで働いていたある人が、外資系の企業に転職しました。その企業の業績は上がっているので、当然一時金(ボーナス)が出ると思っていたら、支給停止になってしまいました。パナソニックでは一時金が出るのは当たり前で、労働者の合意なしに変更することはあり得なかったので、これはおかしいと思い、彼は懐に辞表を入れて労働組合を作って交渉しました。本来労働組合を作ることは、憲法と労働組合法が保障しているので、辞表を懐に入れることをみなさんは疑問に思うでしょう。しかし、「組合を作る奴はけしからん」と思っている前近代的な経営者は意外と多いのです。労働組合として交渉する中で、会社は一時金を出しました。彼は、パナソニックで働いていた時には労働組合があって、一時金をもらい、有給休暇も当然のごとく取っていたが、組合のない職場に移ったとたんに当たり前のことが当たり前ではなくなってしまった、組合がないところに行って組合があることの大切さを実感したと、つくづく語っていました。労使が対等に労働契約の内容を交渉するためには、団結権、交渉権、団体行動権(ストライキ権)の労働三権が必要です。これを行使できるのは労働組合だけです。労働組合があって初めて労使が対等に交渉できるのです。

(3)解雇、退職に関わる課題

 解雇には、懲戒解雇と普通解雇、整理解雇があります。懲戒解雇は、例えば飲酒運転で人身事故を起こした、窃盗に入って捕まったなど、反社会的な行為をした本人に重大な責任がある場合です。普通解雇は病気になって会社の業務に耐えられない、3年以上も休職しているような場合です。このように懲戒解雇や普通解雇は本人に責任があります。一方、整理解雇は、本人にまったく責任がなく会社の都合で解雇する場合です。労働契約法16条には、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したもとして、無効とする。」と定めています。
 民法627条には、「各当事者(使用者と労働者)は、いつでも解約の申し入れをすることができる」と定めています。解約というのは会社を退職する、辞めるということで、「この場合において、雇用は、解約の申し入れの日から2週間を経過することによって終了する。」と定めてあり、2週間前に申し込めば、労働者の方はいつでも辞めることができます。しかし、民法の規程を適用して使用者が労働者を2週間前の通告で解雇してしまっては、労働者は路頭に迷ってしまうので、先に述べたとおり、労働契約法16条で正当な理由がない限りは権利の濫用として無効とするという、解雇制限をかけています。
 労働相談で最近多いのは、会社都合で解雇を迫っていながら、本人の自主的な退職という形態をとらせるケースです。労働者は、会社を退職してハローワークに行くと雇用保険の失業給付が受けられます。その場合、自己都合の退職と会社都合の退職とでは支給期間や支給額に違いがあります。なお、普通解雇による即日解雇の場合は、会社は1ヵ月間の予告手当を支給しなくてはいけません(労基法20条)。
 労働者は、労基法22条に基づき解雇理由について文書回答を請求することができます。会社都合による解雇にもかかわらず離職票に自主退職と記載される場合があり、その場合雇用保険の受給制限を受けてしまうので、その点に関しての相談も増加しています。会社が自己都合退職としたがる大きな理由の1つは、会社が責任を負いたくないということです。そしてもう1つの大きな理由は、政府が雇用保障のために、企業に様々な助成金を出しており会社都合で解雇すると、その助成金が止められてしまうからだと思います。
 相談では、女性よりも男性の方に、権利を主張できず、辞めたいのに辞めさせてくれないという相談事例が多いです。会社にとっては一回採用したら、労働条件が悪くても無口で黙々と一生懸命働いている労働者は手放したくない、新しい人を採用したらコストがかかるという考えがあり、「辞めたいと言っても辞めさせてもらえない、もし辞めるのなら同じ条件の労働者をもう1人連れて来いと言われる」という相談です。そういう時に思い出して欲しいのは、会社を辞める時には「退職願」と「退職届」という制度があるということです。退職願は、労働者が願い出て会社がOKすれば辞めることができる労使合意の解約になります。しかし、民法では、使用者がうんともすんとも言わなくても、届出を出せば解約できると定めています。したがって、退職願ではなく退職届として出せば、14日後には退職が成立します。
 「途中で辞めるのなら損害賠償を請求するぞと脅かされて、辞められない」という泣きながらの相談もありました。その人は出版社に勤めていて、完成した本の校正ミスを弁償しろと言われていたのです。ところが校正そのものに上司も確認のハンコを押していたので、あなた1人が被ることはないというアドバイスをして解決した事例がありました。労働者が働いている上で起こす些細なミスを賠償請求する様な企業は、組合のない職場に見受けられます。なお、労基法16条では、事前に賠償を予定することは禁止されています。

(4)雇い止め

 有期労働契約による雇い止めは、労働契約法が2012年に改正され、2013年4月1日より、期間の定めのない契約と同様に、契約を繰り返している場合には、合理的な理由のない雇い止めはできないことになりました。

3.職場で問題があった場合の対応

 昔から「753現象」と言われるものがあります。これは入社して3年後の離職率が、中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割という状況を表したものです。 
 最近では、過剰に雇って社員同士を競争させてふるい落とし、入社3年後までに5割以上が辞めて行く企業があり、ブラック企業とも言われています。厚生労働省が調べた2009年3月の大学卒業者の離職率では、業界ごとに大きな違いがあり、宿泊・飲食サービス、不動産・物品賃貸、小売り業の離職率が特に高くなっています。
 職場に不満があった場合には、逃げ出す、我慢して従順に働く、改善に向けて行動を起こす、の3つの選択肢があります。なかでも、改善に向けて行動を起こすことは重要です。先ほどご紹介したように、パナソニックを辞めて外資系企業に転職し、そこで労働組合を作って交渉し、みんなが安心して働き続けられるような職場環境を作ったという例もあります。労働相談の解決の基本は、職場で組合を作って改善させていくことです。労働組合を作ることは憲法で保障された権利で、2人以上いれば作れます。複数の企業で働く労働者が横断的に労働組合を作って交渉することも可能で、こうした組織はユニオンあるいは合同労組といいます。問題の解決には、労働者の権利である労働組合を作って交渉することが必要です。
 労働基準法違反については、労働基準監督署へ違反申告すれば是正指導をしてくれます。しかし、監督署の指導をまったく受け付けない悪質な企業もあります。その場合に、連合に相談に来て解決した事例が多くあります。公的な相談機関としては、厚生労働省の出先機関である都道府県労働局や、県によっては地方労働委員会が相談窓口を持っています。東京都では東京都労働相談情報センターが相談窓口を設置しており、ここには1年間に約5万人が相談に来ているそうです。また司法の場では、労働審判や簡易裁判所による少額訴訟があります。

おわりに

 今日は労働相談事例をもとに、職場で苦しんだ人たちの声をお伝えしましたが、世の中のすべての職場がそうであるとは思わないで下さい。新入社員をしっかりと育て、優秀な戦力にする企業もたくさんあります。みなさんには、どこの企業で働くにせよ、自分たちには労働者としての権利があるのだということを是非知っておいて欲しいと思います。

以 上

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