一橋大学「連合寄付講座」

2012年度“現代労働組合論I”講義録

第10回(6/15)

働く現場の抱える課題と取り組み[6]
労働組合をつくる

ゲストスピーカー:相原 秀輝(アルプス技研労働組合委員長)
水谷 雄二(連合副事務局長)

水谷:今日のテーマは、「労働組合をつくる」ということで、それを実践した相原さんとの対談形式で進行したいと思います。皆さんには、誰のために、そして何のために労働組合をつくるのかについて、ぜひ考えていただきたいと思っています。
まず、私から労働組合の現状をお話ししておきます。2010年の雇用者総数5447万人のうち組合員は1005万人となっており推定組織率は18.5%です。10人中8人は労働組合のない企業で働いていることになります。1970年代は35%近い組織率でしたが年々下がってきました。組織率を企業規模別にみると、1000人以上は46.6%で、ほぼ半数が労働組合に組織されていますが、100人未満は1.1%です。パート労働者は、総数1290万人のうち、72万6千人が組合員で、組織率は5.6%です。派遣労働者は302万人いますが、連合が組織しているのは約3万人で、組織率は大変低い状況にあります。
それでは、さっそく、アルプス技研の相原さんに会社のご紹介をしていただきながら、なぜ労働組合をつくろうと思ったのかを伺いたいと思います。

「なぜ、労働組合をつくったのか」

相原:アルプス技研は製造業における製品の設計や開発を担当する技術者を派遣する企業です。1968年の創業で、国内に2社、海外に2社のグループ子会社があります。社員数は連結で約2700名、単体では約2400名です。社員のうち2300名がいろいろなメーカーに派遣され、設計や開発の仕事をしています。私も最初はトヨタ、その後に三菱電機、いすゞ自動車、日産自動車へ派遣され仕事をしてきました。私自身は熱交換の技術者ですので、日産では燃料電池車の冷却系統の設計を行っていました。
メーカーに派遣されていると自分がアルプス技研の社員だということを忘れてしまいます。例えば、パナソニックの人とばかり飲みに行く、お昼ご飯を三菱電機の社員と食べるということが日常であり、帰属意識がどんどんなくなっていきます。こうしたことから、私はアルプス技研の社員同士の横のつながりがなくなったことに危機感を抱き、技術者たちが自分の持っている技術を紹介しあう勉強会などの活動を一生懸命やっていました。しかし、多くの後輩たちが次々とアルプス技研を退社するという事態に追い込まれ、このことが労働組合の必要性に気づくきっかけとなりました。
技術者派遣の1時間あたりの単価は、5000円から8000円にもなり、それがそのまま社員個人の給料に跳ね返ってきます。技術力の深さによっては年収1000万円を超える者もいます。他方、後輩たちが年頃を迎え、彼女と結婚したいと親に挨拶に行ったところ「派遣会社の人間には娘はやれない」と言われ、退職を選ぶ後輩たちが出てきました。私は、多くの社員たちが辞めていく状況に強いフラストレーションを持っていました。

水谷:先ほど派遣労働者の組織率は非常に低いとご紹介しましたが、相原さんは非常に難しい派遣労働者の組織化に成功されました。仲間が退職しなくてもいいようにしていきたいという思いで労働組合をつくられたということですが、実際に労働組合を結成するまでの経緯をお話しください。

相原:私は派遣先で人工衛星を打ち上げるプロジェクトの一員であったことがありました。半年間ほど種子島に缶詰状態になり、三菱電機の社員と毎日お酒を飲んでは話をするという人間関係ができました。三菱電機の派遣が終了し、次の企業に派遣された時期のことですが、アルプス技研の中で後輩たちが辞めていく、こうした会社を何とか変えられないかを考えていました。私は技術マネージャーとして150人ほどをまとめるような仕事もしていましたが、新卒者が入ってもそれと同じ数の人が辞めていく、この状態を断ち切れないものか、ということを三菱電機の種子島時代の友人に相談しました。その友人から、「あなたが欲しがっているものは労働組合ではないか」と言われました。当時の私は、労働組合や連合に対してマイナスのイメージを持っていました。重箱の隅をつつき経営の揚げ足をとる集団だとずっと思っていたからです。しかし、友人に、「会社を発展させることができるかどうかは、従業員の気持ちをつかんでいるかどうかにかかっている。ガバナンスという正しい企業内秩序を労働者が自治組織としてつくり、その会社の経営と労働組合がしっかりタッグを組んでいけば良い経営体質ができ、企業も成長する」と言われました。そこで、三菱電機労組の上部組織である電機連合に一度話を聞きに行こうと思いました。
電機連合を訪ね、私が持つ労働組合に対する悪いイメージをお話しするなかで、電機連合がそうした組織ではないことや労働界それ自体のこともわかってきました。経営を発展させて自分たちの取り分をしっかり取る、こうした目的を持つ労働組合を知りました。
また、電機連合では、労働組合のつくり方を教えていただき、労働組合をつくるまでのイメージが湧き始めました。最初に相談に行ったのが1月だったと思いますが、5月には仲間を集め始めました。その間、私は労働組合をつくる準備をしていましたが、電機連合からのアドバイスもあり、会社には秘密裡に仲間を集めなければなりませんでした。この一緒に立ち上がろうという仲間を集めるまでが精神的に非常に厳しいものでした。皆で飲みに行っても、労働組合をつくろうとしていることがばれるのを恐れてじっと黙っていたり、飲み会を断ったりしたこともありました。そのようにして5月には全国の事業部から1人ずつ人望ある人間を集め、設立準備委員会を開催し、一致団結しようという意識のすり合わせをしました。

「組合づくりで困ったこと、よかったこと」

水谷:1人で労働組合をつくろうという思いに至り、東芝や三菱電機、パナソニック、シャープなどの労働組合が集まった電機連合に相談に行かれたということです。仲間をつくるまでは誰にも話せずつらかったということでしたが、日本の中には、労働組合をつくる動きが少しでもあると、それを嫌がる経営者がまだまだ多く、組合をつくろうとする人間を会社から排除しようとする場合もあります。誰にも相談できずに悶々としていた時期の後、いよいよ仲間の拡大に入っていくわけですが、その中で困ったこと、良かったことについてお話しください。

相原:最初は10人の仲間を集めました。私が組合を設立するまでのプロセスを書いた資料をつくり、1枚目にはクラシックコンサートのチラシを入れて一見して労働組合の結成準備であることがわからないよう工夫をしました。そもそもこの10名を集める過程が大変でした。メールでやり取りできるようなものはありません。組合づくりが経営側にばれないように気を付けながら定期的にコンタクトを取っていました。候補者は北海道の人もいれば九州の人もいます。人物を見極めながら1人ずつ人選していく作業は難しかったのですが、一方で面白いものでもありました。社員のほとんどは派遣先にいます。私自身は本社に異動になってからは動ける立場になりましたが、他の9名はいろいろな派遣先企業で働いています。また技術者は22時頃まで働いていて帰りが遅く、帰宅後に私とコンタクトを取り書類の作成や設立準備の作業をするわけです。普通の会社であれば定時後に食堂で会うなどができるのですが、派遣先の仲間同士は物理的に会うことができません。たまに開催する設立準備委員会で10人の結束を高めないと、設立までのテンションが持たないというところが非常に難しいところでした。

水谷:派遣社員であるため仲間同士会うことが難しいという環境の中で、仲間を集める活動が大変だったということですね。その仲間も誰でもいいというわけにはいきませんから、人望のある理念を理解してもらえる仲間を集める、しかも水面下でということで大変なご苦労があったと思います。相原さんは、そうした活動を時間外にやられたと思いますが、ご家族の反応はいかがでしたか。

相原:もともと私は技術者であったことから、帰りが遅かったり、種子島での仕事などもあって、私が自宅にいないということを妻も小さい子どもも理解してくれていました。労働組合をつくることについて妻にも相談しましたが、私が心の中で決めていること、私が熱血漢であることはわかっていて、やり始めたら止まらないことを知っていたのでしょう。理解してくれました。

「労働組合ができて変化したこと」

水谷:ご家族の理解を得られてよかったですね。
さて、いろいろなご苦労を重ね、組合を結成されて数年が経ちました。そこで、次は労働組合ができる前とできた後で職場がどのように変わったのかをお聞きしたいと思います。当初の目的、仲間が生き生きと働き続ける職場にしたいという思いは達成されていますか。

相原:残念ながら、社員が辞めてゆくという現状はあまり変わっていません。しかし、組合員は変化を感じており、様々な声が上がっています。組合員の中からは、「運命共同体のような大きな輪の中に自分がいることに気がついた」という声が出ています。私たちは連合、そして電機連合に加盟するアルプス技研労働組合の組合員であり、電機連合や連合を通じて政府への提言もできるわけです。
もっと狭義で言うとアルプス技研という会社にプライドを持ち始めたということです。派遣で働くというと、どうしても「どうせ派遣でしょ」と思いがちですが、こんなに良い会社はないのです。例えば、20代そこそこでも実力次第では1000万円プレーヤーになれること、いろいろな派遣先に行けることもアドバンテージです。例えば日産のシンボル車といえるGT-Rの開発に携わりたいと思って日産自動車に入社したとしても、実際に携われるかというと、おそらく数千分の1の確率だと思います。アルプス技研では、技術があればそれの可能性は高いわけです。自分で派遣先を決められるということもアドバンテージであることに組合員が徐々に気づき始めている実態があります。
また、「会社は我々の手で良くしていかなければならないものと意識し始めた」という意見も出てきています。居酒屋で、「うちの会社は変だ」と言い合っても何も改善されません。しかし、労働組合があればその場で意見を言い、同じように思っている仲間がいれば、それを労働組合で検討し、経営に改善すべきだと堂々と言えるようになりました。「新たなコミュニティーの発生を感じる」という声もあり、これは大変意義あるものだと思っています。定期的に組合集会を開いていますが、そこでは労働条件の話などせず、まったく別のテーマ、例えば「オレ流の美味しい焼きそばの作り方」を議論し、「我々の思う美味しい焼きそばの作り方」という結論を導くなど、盛り上がるような話をしてもらいます。自分にとって居心地のいい場所があり、自分の人格が認められる場があることに大きな意義があり、価値があると思っています。
さらには、「自分たちの思いが経営トップに確実に届いていると感じる」という声が出ています。今まで経営者にはなかなか見えなかった現場の状況について、労働組合が意見を言うことによって、それらが具体的に施策として実行されてきています。「会社をもっと知ろうという意識が芽生えた」という声もあります。これまで組合員は、派遣先のことさえ知っていればよく、アルプス技研のことは知らなくてよいと思いがちでしたが、組合によって会社への求心力が向上したのではないかと思います。経営活動への影響を実感する、組合員の連帯が会社を動かしているなどの反応は、例えば、春闘での合意によって、労使で会社の風土を良くしていくという活動が実っていることの表れです。

水谷:労働組合ができたことによって、1つは従業員同士のコミュニケーションが良くなったということでした。そして経営者に対しても、働く者の意見が通るようになったというお話でした。また、こうしたことを通じ、派遣で働く人の企業に対する求心力、帰属意識が高まってきたという変化もあったようです。労働組合ができたことで、会社、特に経営者、経営幹部は変わりましたか。

相原:会社側の反応は非常に良いです。会社には、組合員の意見を集約して経営に伝えることで、従業員の就業満足度も上がるのではないかということを定期的に伝えています。例えば、会社には現状に合わなくなったルールが残っていました。これが従業員の不満に結びついていることを労働組合が提起したことによって、会社はそのルールを廃止しました。また、会社からは、全国にいろいろな営業所がある中で、平準化を図る材料になり助かるとも言われています。

「これからの課題は」

水谷:従業員も会社も意識が変わってきたということでした。それでは、今後の課題についてお話しいただければと思います。

相原:組合結成当初は組合づくりにむけた熱意もあり、いろいろな意見が上がってきていました。設立から3年半経過した中では、だんだん声を上げることが面倒という雰囲気や、徐々に派遣先の仕事が忙しいなどの理由から、組合への参加意欲が下がっているところが今の問題点です。例えば、新宿で月1回の集会を開こうとすると、派遣先で仕事を済ませ疲れた状態で会合に出席し、それから自宅に帰るというのはやはりストレスのようで、だんだんと参加の積極性が萎えてきていると感じています。もっと組合の集会に参加することのメリットをアピールしていかなければと考えています。
組織全体としてこの先なにをめざすのか、という点ですが、組合を設立することが目的ではありません。会社で働く従業員たちがここで生涯働きたいと思えるような企業にしていくことが目的であり、さらなる経営分析を行い、より積極的な明るい企業運営にむけた提言をしていかなければならないと考えています。
もう1つは、組織として安定してきたので、もっと社会性を帯びてもよいと思っています。例えば、連合が東日本大震災の時にボランティアを募集していたのですが、派遣という業態であることから出せませんでした。今後は、労働組合として連帯し困っているところを助けに行くというような活動もしていきたいと考えています。

「組合づくり成功のポイントは」

水谷:今後の課題をお話しいただきました。労働組合はつくることが目的ではなく、手段であるということでした。アルプス技研を良くしていくには、そこで働く従業員が生き生きと働くことができる、一言でいえば従業員が幸せになることを目的に労働組合をつくったということだと思います。労働組合の活動というのは、労働条件を良くしていくことは当然ですが、それ以上に、人間としての働きがいを阻害している要因を取り除いていくことが活動の大きな柱と言えます。
最後に、相原さんが労働組合をつくる活動で非常に良かったと思ったこと、組合づくり成功のポイントをあげていただきたいと思います。

相原:労働組合をつくるエネルギーというのは大変なものだと私自身の経験から思います。うまくいった要因は、連鎖を作ることに成功したことだと思っています。現在アルプス技研労働組合には、私をトップに役員が12名、全国の代表が28名、その下にエリア長という職場ごとの代表が約150名、そして約1500名の組合員という構造になっています。また、エリア集会で行われた議論がサブブロック委員会に付託され、さらにブロック委員会で議論され、最後に執行委員会へ上がっていく組織運営を行っています。設立の時もまさにこれと同じように、私の熱い思いをブロック長に共有してもらうよう一生懸命説得しました。彼らの心にうまく火がつけば、その下のサブブロック長の人たちにも思いは伝わります。そして、そのサブブロック長も熱い気持ちを持ってエリア長を集め、エリア長が一般の組合員にわかってもらおうと努力します。こうした連鎖をつくることができた、これが一番の成功のポイントだと思います。なおこの背景には、アルプス技研に本来ある真正面から議論をすれば相手は逃げない、という武士のようなメンタリティーの文化があり、それがうまくいった要因と感じるところもあります。全国から一本釣りしていった9人との出会い、この9人が素晴らしい人たちで、私1人では決して成功することはできなかったと思います。
労働組合をつくるということは仲間を広げていくことです。仲間を広げる活動と認識した時点で運動が楽しいものとなりました。これも成功のポイントだと思います。

水谷:こうした活動は1人でできるものではありませんが、最初の1人が熱い思いを持っていないとできないのも現実です。特に労働組合をつくる、自分の職場で一緒に働いている非正規労働者の組織化や仲間の拡大などは、そのリーダーの本気度、熱い思いがないとできません。しかし1人ではできないので、自分の思いを理解してくれる仲間をいかに拡大していくかが非常に大きなポイントだったとのお話しでした。
これまでのお話をまとめますと、労働組合は、そこで働く従業員の皆さんの幸せを実現するためにつくるということです。当然ながら労働組合が存在していくには、その会社が健全に成長していかなければなりません。会社の健全な成長には、従業員の働きがいを阻害している要因を取り除いていくこと、それを経営者に伝えていくことも労働組合の重要な活動です。また、会社が倒産をしたり、法的整理に追い込まれたりすると、そこで働く従業員の皆さんはつらい立場になっていくわけですから、チェック機能も重要です。このチェック機能とパートナー機能の両方を果たしていくことが労働組合の重要な役割です。
皆さんには、今日のお話を通じ、労働組合を作る目的や労働組合の役割について、さらに理解を深めていただけきたいと思います。
最後に、相原さんからこれから社会人になる学生の皆さんに何かメッセージがあればお願いします。

「これから社会へでる皆さんへ」

相原:今日私は労働組合をつくる話をしました。働く中でなにか困った時、あきらめるのではなく、労働組合をつくって解決することができます。組合のつくり方がわからなければ、連合に相談に行けば良いのです。おそらく皆さんが就職する企業のほとんどには労働組合があると思います。皆さんには、それぞれの労働組合の活動を理解いただき、是非、社会人生活を楽しんでいただきたいと思います。
労働組合の世界でも、会社の世界でも、周りに影響を与えうる人物は貴重な人材と言えます。熱い思いを表現することが格好悪いと言われる時代になっていますが、例えば、課長、労働組合の委員長、取締役など、いずれのポジションにあってもその思いを表現して欲しいと思います。表現することで一緒に仕事をやっている人たちに何らかの影響を与え、同じ気持ちを持ってもらうことができるように思います。皆さんには、ぜひ、思いを表現する人になって欲しいと思います。

水谷:最後の皆さんへのメッセージはまさに重要なことだろうと思います。就職活動を終えた方もいらっしゃると思います。社会人になって何か困ったことがあれば労働組合にご相談いただきたいと思います。労働組合がないところであれば、1人で悩まずに是非連合にご相談ください。
私が非常に感動した話があり、メッセージとしてご紹介したいと思います。作業するエジプトの囚人の3人に牧師が面談し、1人目のAさんに今どういう作業をしているかを尋ねたところ、「私は大きな石を運んでいます。」と答えたそうです。同じ作業をしている2人目のBさんに同じ質問をしたところ、「私はピラミッドをつくるために石を運んでいます。」と答えたそうです。最後に3人目のCさんに質問したところ、「私はエジプトの文化をつくっています。」と答えたそうです。明日の命があるかどうかもわからない囚人という身におかれても、目的意識を持てるものが人間だというお話です。そして、同じ作業をするにしても、単に石を運ぶというのはつらいことですが、自分がエジプトの文化をつくるために一役買っているという思いを持った時、人間はやりがいがでてくるという話でした。
常に目的意識、志を持って働いていただくことが、皆さんの社会人人生にとって良い方向につながるのではないかということを申し上げて、私たちの話を終えたいと思います。

以 上

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