働く現場の抱える課題と取り組み[3]
賃金処遇に関する取り組み~生命保険産業労組の事例を中心に~
はじめに-自己紹介
私は1997年に第一生命保険に入社しました。当時の第一生命には神奈川県の大井町と東京の日比谷に本社があり、私は大井本社の事務やサービスを扱う部門に配属されました。保険業は保険料を収受し、それを資産運用し保険給付金を支払うという仕組みになっていますが、私はこの保険料の入金や保険金・給付金の支払いの管理などを統括する部署で3年間業務をしました。その後は、保険申込書の査定や保険証券の送付、給付金の支払いまでの流れを企画する事務企画開発、営業職員や代理店の営業戦略の企画・立案に携わりました。また、入社以来内勤業務のみであったことから、現場を知ることも重要ということで、法人営業や、営業職員と一緒に個人宅を訪問し保険を販売する個人営業についても経験しました。私はこうした業務経験を通じ、実際の営業や現場の悩みなどについて問題意識を持ちました。
労働組合の活動では、2011年4月に第一生命労働組合の特別中央執行委員になり、現在は生保労連で副委員長をつとめております。私自身、労働組合の役員になろうと思って会社に入ったわけではありませんが、組合本部から生保労連の専従になる前提で役員をやってみないかという話があり、悩んだ末に引き受けました。入社から15年近く会社の仕事だけをしていたため、生保労連での執行活動は他企業や他業種の方々とのお付き合いが非常に多く自分の懐を広げるチャンスだと思い、役員を引き受けることを決意した次第です。
1.全国生命保険労働組合連合会(生保労連)について
(1)生保労連の概要
生保労連の結成は1969年10月です。生保産業には、事務を行う内勤職と営業を行う営業職という2つの職種があります。元来この産業には内勤職の連合体である全生保と、営業職を中心とした全外連という、2つの産業別労働組合(産別)がありました。この2つの組織が労働条件の向上にむけて一致団結しようということで生保労連は結成されました。
現在組合員数は25万名、営業職員と内勤職員の割合はおよそ4対1、営業職員が大半を占めています。特徴としては、生保セールスレディという言葉があるように、非常に女性が多い産業です。生保労連は上部団体である連合に加盟しており、連合の構成組織の中では、8番目の規模となる組織です。
生保労連の加盟組合は18組合です。生命保険会社は2012年4月現在43社ありますが、そのうち15社の労働組合が生保労連に加盟しています。残りの会社、例えば東京海上日動あんしん生命や三井住友海上あいおい生命など損保系生保会社の労働組合は、損保労連に加盟しています。外資系では、ジブラルタやアクサなど旧国内会社であったところには労働組合がありますが、アメリカンファミリー、メットライフアリコといったところにはありません。また、ライフネット生命のようなネット販売の会社にも労働組合はありません。なお、郵政グループのかんぽ生命は、生保協会には入っていますが、労働組合は郵政グループのJP労組に加盟しています。
(2)生保労連の運動方針
生保労連は、基本目標である、「夢が広がる豊かな生活、人と自然にやさしい社会の実現」をめざして運動を進めています。また、結成40周年を迎えた2009年には、今後10年のグランドデザインとして「NEW・チャレンジ宣言」をまとめ、「社会から共感・信頼を得られる運動をめざして」を合言葉に活動を進めています。
これらを受けた生保労連の2011年度の運動方針では、1.生保産業の社会的使命の達成、2.総合的な労働条件の向上、3.組織の強化・拡大、4.生保産業と営業職員の社会的理解の拡大、に取り組むことを確認しました。例えば1つめの「社会的使命の達成」は、生保産業のそもそもの役割であり、いざというときに保険金や給付金をお支払することで、遺族や老後など、国民の生活をしっかり支えていくという取り組みです。
いままさに国会で社会保障と税の一体改革が議論されていますが、生命保険は社会保障と表裏一体の関係にあります。一人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率では、日本は現在1.39です。1940年代の4.0をピークに、70年代には2.0を切り、現在に続く少子化の流れがあります。もう一つの流れは高齢化です。100歳以上の方が現在4万7千人強おられますが、「敬老の日」ができた約50年前は153人でした。医療や生活水準が改善された結果ではありますが、こうした少子高齢化という現実の中で社会保障と税の一体改革を考えた場合、今後その担い手や社会保障費を増やし続けることは難しいことが理解できるでしょう。私たちは、社会保障をしっかり補完してゆくことが生保産業の大事な役割であると思っており、生保労連では、「公私ベストミックス」が社会的使命の達成の大事なポイントであると考えています。
2.第一生命労働組合(第一労組)について
(1)第一生命について
第一生命は1902年9月15日に創業し、2012年で110周年を迎えました。800万人のお客様に支えられて会社経営を行っています。1年間の保険料等収入3兆560億円は第一生命がお客様からお預かりをしている掛け金です。保険金等支払い金2兆5087億円は逆に1年間にお客様にお支払いをしたものです。1日あたり約70億円程度のお支払いになります。ちなみに業界全体では年間約11兆円の支払い金となっていま。本社は、昨年大井本社を移転し、豊洲に新本社を建てて、現在は日比谷と豊洲の2本社制をとっています。戦後、日比谷本社と本館はGHQに接収された歴史があり、その時にマッカーサーが執務をした部屋を記念室というかたちで一般公開しています。
(2)第一労組の取り組み
第一労組には、生保労連と同じように内勤、外勤の2つの組合がありましたが、1991年6月に統合し、第一労組が発足しました。現在組合員は約4万9千人、営業職員が組合員の8割を占めています。
次に2011年度の運動方針をもとに、第一労組の5つの取り組みを紹介します。1つめは賃金をはじめ労働諸条件の改善、福利厚生制度の充実にむけた取り組みです。2つめは、営業職員体制の充実にむけた取り組みです。具体的には、お客様との接点で抱えている課題を組合員自らが解決をしていく、解決にむけた取り組みを会社に求めてゆくというものです。3つめは、経営問題への取り組み、そして4つめは、組織強化です。労働組合は数が力となることから、組合員を増やすという取り組みです。5つめは、生保労連の活動への積極的な参加です。
第一労組がめざすものは、組合員の幸せの実現です。組合員がやりがいを持ち、前向きに頑張っていこうと思えるよう、日々活動をしています。私たちの活動スタイルは、要求型ではなく、課題解決型・提言型をとっており、そのためには対等な労使関係の構築が非常に重要です。労使が協議し合意に達すれば会社は良くなる、ということを経営に知ってもらうことが大切です。そして、組合の主張はエゴでも、現場の愚痴の代弁でもないことを会社に知ってもらうためには、現場の声を良く聞かなければなりません。この組合員の声を聞き代弁する現場視点による活動を「組合提言」と言っています。会社を人間の身体に例えると、経営が脳みそであるとすれば労働組合は神経にあたります。何か変なものを踏んだと感じたら、踏んだという情報をしっかり脳みそに伝えることが大事です。私たちは、組合員の声を組合本部に集めて団結し、組合員同士の知恵の貸し借りやノウハウを共有化することが一番大事だと考えています。
(3)第一労組の組織体制
第一労組の組織は、本部、地区、支部、分会で構成しています。対応する会社機構は、本社、支社となっており、支社はいわゆる営業の現場です。第一生命には全国に会社の看板を掲げた事務所があり、私たちはこれを営業オフィスと呼んでいます。この営業オフィスが15から20集まったものを支社といい、全国には約100の支社があります。
労働組合は、営業オフィスに対応しては分会を、支社に対応しては支部を置き、この支部がいくつか集まって地区を構成しています。各支社間でどんな問題があるかを把握するには、地区での情報交換が大切になっています。私はつい最近まで渋谷総合支社にいましたが、ここには営業職員が700名、営業オフィスが30ありました。30の分会長は月1回開催する分会で現場の課題についての意見を吸い上げ、支部でとりまとめていきます。本部は、全国の支部から集まった意見を中央執行委員会の場で吟味し、会社と協議していくという組織運営を行っています。
(4)第一労組の活動サイクルと労使協議
第一労組では、4月初旬の人事異動の直後に支部定期大会を開催し、支部体制を決めています。その後5月に開催の地区総会で地区体制を決め、6月の定期全国大会で本部体制がスタートします。定期全国大会は年1回開かれる労働組合の最高議決機関です。全国から400名ほどが集まり次年度の運動方針や役員体制を決めています。そして、8月には全国16の地区に本部役員がオルグとして出向き、意見吸収や本部情報の伝達を行っています。9月の全国支部オルグでは、北海道から沖縄まで109ある支部を1つ1つ回り、いろいろな意見を吸収します。オルグとは、オルガナイザーという言葉を略したもので、組合では役員が現場に行って意見を吸い上げ、情報提供を行う活動のことをいいます。
こうして8月から9月にかけて現場から集めた意見をもとに、10月の営業現場に関連する経営小委員会では、組合提案を行います。全国からの意見をもとに春闘要求案を策定し、1月の中央委員会で承認を受けた後、3月末まで春闘交渉を行います。ボーナスも合わせ交渉します。以上が1年間の活動の大まかな流れです。
労使協議は、本社と本部、支社と支部間で行います。本部では全社レベル、例えば賃金改善や働き方、残業問題などについて協議します。支部では、いわゆる営業職や内勤職それぞれの課題について協議しています。本部・本社間の全社的な課題については、まず、経営懇談会や事務連絡会を通じた部課長層との実務レベルで意見交換を行い、この内容をもとに、経営協議会や営業職・内勤職ごとの経協小委員会でさらに協議を進めます。同様に支部・支社間でも支社運営や労働条件などの諸問題について話し合い、これらを通じて課題の共有化をはかり労使間の信頼強化に努めています。第一労組が一番力を注いでいることは労使間での課題の共有化です。会社から提案があった時、その内容と組合側の認識に大きなずれが生じていた場合、修正協議がハードでタフな交渉になります。その前段の事務連絡会や経営懇談会を通じた意見交換で課題が共有化できれば、認識のずれは大きくなりません。こうしたプロセスを経て制度改正を行い、フォローするというサイクルで会社との協議を行っています。
この取り組みが最終的には課題を解決し、第一生命の業績を向上させ、賃金・処遇の向上にもつながるものと考えています。
5.労使協議の事例紹介
次に第一労組の2011年度の各種議題の中から、「営業職員制度の改定」と「在宅勤務制度の導入」の取り組みについてご紹介します。
(1)営業職員制度の改定
第一生命では、営業職員は売上に応じて給料が決まる歩合給制度をとっています。営業職員の給料や教育体系などの仕組み全体を営業職員制度といっています。この営業職員の給与の決め方には様々な方法があります。例えば、[1]お客様からいただいている保険料の多寡で営業職員の給料を決める、[2]お客様の契約の継続率で評価する、[3]営業職員1人ひとりが担当しているお客様の数で評価する、[4]外資系によく見られる新規契約の保険料のみで評価する、[5]これらをミックスする、[6]名義変更や給付金の請求などの保全手続きを実践した人を評価する、などの制度があります。どれをどう組み合わせて給料を決めるかは、それぞれの会社の経営方針によって違ってきます。
この営業職員制度について、2012年4月に20年ぶりの大改定を行いました。会社は、お客様のライフスタイルやライフサイクルに合わせて丁寧に商品を説明し、提供できる能力を持つ、「力強い営業職員体制の構築」を求めています。環境変化、例えばお客様のニーズが死亡保障から医療・介護保障へシフトしていることなどを踏まえていく必要もあります。一方、保険会社として、お客様のニーズにすべて応えることが理想ではあるものの、会社がなくなってしまっては元も子もありません。したがって、人件費を含め、コストコントロールをやらなければなりません。会社はこうした1つ1つの課題解決のため、2011年8月の経営協議会で営業職員制度の改定を提案してきました。労働組合は提案に対し、制度改定の背景にある環境認識や会社の現状、改定の趣旨・目的などを組合員に示すことが制度変更には欠かせないことを主張しました。こうしたやりとりの後、会社は2011年11月の経営協議会の場に具体的な制度改定の内容を提案してきました。
これを受けた労働組合は、2012年1月開催の中央委員会の場で会社提案の具体的内容を伝え、数多くの意見を受けました。また、出された意見をふまえ、会社提案に対する組合の回答を確認しました。それは、制度改定にむけては、前向きに一体感を持って取り組むことができる営業職員制度にしていくための具体的な対応を求めるというもので、制度改定によって給料の変動幅が大きい場合などに係る経過措置を設けるというものです。
また、新商品の販売にあたっての奨励策、例えば既存の商品1件につき100円だった奨励費を新商品は1件110円にするというものです。さらには、営業職員にはいわば上級・中級・初級という区分に近い資格区分が設けられており、その資格に応じて給料が決まっています。その資格には1年に1回、人によっては半年に1回、3ヵ月に1回というように選考期間があります。この選考基準を改善してほしいというものです。
労働組合は、制度の移行期には給料の変化による生活への影響なども含め、いろいろな混乱が生じることを想定し、具体的な提案をもとに話し合いを繰り返し行い、2月の経営協議会において会社に了解を申し入れました。
(2)在宅勤務制度の導入
もう1つは在宅勤務制度の導入の取り組みです。これは内勤職に関する制度です。第一労組では、ワークライフバランスや仕事と育児の両立支援として、柔軟な勤務形態の整備を会社に求めてきました。とくに小学校低学年の子どもを持つ組合員への対応です。小学校1年生から3年生くらいの子どもが、学校が早く終わって家に帰ってきた時、お母さん、お父さんがいないとなると子ども1人では結構大変です。そこで、組合員が5時には仕事が終わって帰宅できる体制づくりを提案しました。実は、昨年の東日本大震災の時に出社できない人が非常に多く、会社側の節電対応からもこの課題が議論の俎上にのぼったことがありました。
こうした経過もあって、会社より生産性向上やワークライフバランスの観点からの制度案が示されました。制度の概要は、1週間のうちの3日間は、個人情報を扱わない仕事である企画立案業務や調査分析業務などは在宅勤務でできるというものです。労働組合は組合からの要求趣旨にも沿ったものであり、前向きに評価できるとして了解しました。
在宅勤務制度は、IT企業をはじめ、いろいろな会社が導入していますが、保険業界では実は第一生命がはじめてになります。保険業務では、お客様のニーズに沿った制度設計にあたり、名前、生年月日、性別といった個人情報がないと仕事ができません。したがって、十把一絡げにした在宅勤務制度は考えられませんでした。今回の内勤職への導入にあたっては、今後前向きに1つ1つ改善していくという対応がなされています。
6.労働組合の課題
(1)組合員範囲の拡大
最後に第一労組の課題についてふれたいと思います。第一労組では、この4月に有期雇用契約者である「スタッフ社員」の組合員化を実施しましたが、これは2年がかりで取り組んだものです。各社で従業員の非正規化が進み、同じ職場で同じ仕事をしているが、ある人は正社員、ある人はパート社員という状況が出てきています。そうした中で、例えば、正社員は福利厚生が充実しているのに対し、パート社員は何もないということになれば、今後非常に大きな問題の1つになるでしょう。仕事は正社員と同じ、しかし雇用形態が違うから評価は違うというのはおかしいという話になります。
第一労組では、こうした声を拾い、組織強化の観点からも組合員の範囲をスタッフ社員まで広げました。ただし、仕事が同じということですべて一緒にできるのかという問題もあります。会社は勤続の長い人にはしっかり報いたい、という思いを持っています。この点が課題ですが、どう考えるかについて、他産別の話も聞きながら取り組みを進めたいと思っています。
(2)「個別化」する組合員の幸せ
個別化する組合員のニーズをどう受け止めていくかが課題となっています。経営判断はトップダウンで行われますが、労働組合は、組合員の意見を集めて行っていくというボトムアップです。一方で、一人ひとりに着目した活動をしようとすると、例えば、先ほどお話しした制度改定などは、4万人の営業職員全員が満足できるのかというとなかなか難しい話になります。営業職員制度の改定では、給料が上がる人もいれば、下がる人もでてくることから、下がる人の納得感の問題が非常に大きな課題だと考えています。労使協議の妥結後の組合員の納得感もすべてが一緒ではなく、1人ひとり温度差が出ていて悩ましいところです。
(3)「スピードアップ」する経営への対応
この点については、常日頃の組合員の意見集約と労働組合自身が学び続けることが大事であると思っています。第一生命は私が入社した1997年当時は相互会社でしたが、その後資本調達や事業展開、海外戦略などの機動性を確保するため、株式会社になりました。
労働組合では、こうした企業環境の変化をふまえ、第一生命の中だけの話ではなく、経営と同じようにアンテナを張って情報収集や迅速な判断をしていかなければなりません
(4)組合活動に対する「理解促進」
第一生命はユニオンショップ制をとっており、入社と同時に組合に入ることになっています。保険会社はほとんどがユニオンショップ制をとっていますが、このため、労働組合に入っているという意識を持ちづらいというのが実情です。広報活動をしっかりやっていかなければなりません。また、組合員の多様な意見が力になり会社を変えるとしっかり言えるよう、組合員の組合活動への理解を深めることが重要になっています。
そして、会社のこと、組合員のことをしっかり考えることのできる組合幹部、こうした人間を育てていかなければなりません。生命保険会社は8割が営業職員で、そのうちの9割以上は女性であり、女性の組合役員が発言できるようにすることも課題です。このことは女性の経営者を出すことの重要性にもつながる話であり、こうした担い手づくりは、労働組合の重要な課題です。
以上、将来皆さんが会社に勤めた時、労働組合とは具体的にどのような仕事をしているのか、その理解の一助としてお役に立てればと思い、生保労連と第一労組の取り組みについてご紹介をさせていただきました。ご清聴ありがとうございました。
以 上
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