働く現場の抱える課題と取り組み[2]
雇用と生活を守る取り組み~自動車産業労組の事例を中心に
はじめに
今日は、産業と雇用の空洞化に労働組合はどのように対応しているのか、というテーマについて、自動車総連が取り組んでいる自動車関係諸税の抜本改革に向けた活動をご紹介します。
まず自己紹介をさせていただきます。私は1986年に大学を卒業し、本田技研工業に入社しました。翌年、新人研修をへて埼玉製作所和光工場に正式配属になりました。
和光工場は四輪のエンジンを造っているところですが、私はそこでエンジンを生産する設備の電気の設計と保全の仕事をしていました。
1996年からは、仕事をしながら本田技研労働組合埼玉支部の職場委員や執行委員をやり、2000年から組合の専従になりました。「専従」というのは、組合費から給料をもらい、仕事からは離れて組合活動を専門にやっている人間のことです。本田労組では、会社にしっかりものを言うため、各支部に専従を置いています。その後、2002年からは組合本部の専任中央執行委員、副書記長、2006年からは上部団体である全本田労連の事務局次長になりました。現在は、全本田労連副会長と埼玉地方協議会(埼玉県にあるホンダグループの労働組合の集まり)の議長をしています。上部団体である自動車総連の埼玉地方協議会の議長も担当しています。それから、連合埼玉の副会長、2011年4月からは埼玉県地方労働委員会の労働側委員をやっています。
私は本田技研という会社を良くしたいという気持ちを強くもって組合活動をしており、自分の会社が良くなれば、組合員、従業員にも返ってきます。また、労働組合は会社からその存在が期待される組織であるべきだと考えていますが、本田技研労働組合はそうした組織であると、自信を持って言えると思っています。
労働組合がある限り、誰かが組合役員をやらなければなりません。ある意味では、労働組合の役員は、1つの職場に配置転換されて労働組合の仕事をやる、そういうふうに考えたほうがいいと思います。ただし、会社にべったりではなく、緊張感のある労使関係、健全な労使関係であることが前提です。私自身は職場の先輩から誘われて役員になり、非専従の期間を合わせて16年間役員をやってきました。本田技研の場合は、専従者は休職扱いとなり人事部所属になりますが、労働組合の専従期間も勤続年数に加算され、労働組合の役員をやったからといって不利益を被ることはありません。
1.本田技研労組・全本田労連・自動車総連について
(1)本田技研労働組合について
本田技研労働組合は、本田技研工業(株)、(株)本田技術研究所、ホンダエンジニアリング(株)など、7企業の組合員で組織されている労働組合です。ホンダエンジニアリング(株)や(株)本田技術研究所などは本田技研工業(株)の子会社ですが、本田技研労働組合の中に組織されています。
本田技研労働組合は、1953年6月27日に結成され、いかなる外部の力からも独立した運営、自主自立の精神を原点に、1200名の組合員で活動をスタートし、2013年には結成60周年を迎えます。私たちは、結成時から自らの問題は自らが解決するという職場重視の活動をめざし、それを体現すべく非専従の執行役員に執行権を持たせ、職場での課長折衝やブロック折衝などを行ってきました。同時に、労働時間に強いこだわりを持つ活動を展開してきました。現在、本田技研労働組合は4万人を超える規模まで成長し、9つの支部で構成されています。私が所属している埼玉支部には、現在約5500名の組合員がいます。
(2)自動車総連の取り組み
上部団体には、全国本田労働組合連合会(8万人)があります。ここは、本田技研に加え、ホンダグループの部品企業や販売会社、物流会社、教習所、研究開発などの企業を組織する44の労働組合の連合体です。その上に、自動車総連、連合やIMF-JC(全日本金属産業労働組合協議会、206万人)という上部団体があります。
自動車産業では、1965年に様々な労働組合が集まって自動車労協が結成されました。その後、1972年に社会的、経済的、政治的地位の向上のためには、企業の枠を超えた連帯が不可欠であるという認識のもと、自動車総連が結成されました。自動車総連はメーカー、部品、販売、その他の労働組合が結集した産業別の組織です。組織人数は76万6000人です。自動車総連は、結成以来産業別組織としての体制を強化しながら、産業政策活動、賃金をはじめとした労働条件の改善活動、社会福祉活動、国際連帯活動などに取り組んできました。傘下には11の企業グループ別労連と部品労連があります。部品労連は、トヨタにもホンダにも日産にも部品を納めているような、どのグループにも属さない独立系部品メーカーの労働組合の連合体です。
自動車総連は毎年モデルカレンダーをつくり、各労連はそれに合わせてカレンダーをつくっています。このカレンダーの決め方は、まず労働組合が要求を行い、4月から翌年3月までのカレンダーに年間244日の稼働日、121日の休日を設定します。土・日は休みですが、祝祭日は出勤です。休日の中では、三大連休といって、年末年始と5月の連休、お盆休暇を設けています。
このモデルカレンダーをつくる目的は、一つの部品メーカーが複数の自動車会社に部品を納めている場合、それぞれがバラバラのカレンダーであると、部品メーカーは自動車会社各社のカレンダーにあわせて納入するため、休みがなくなってしまうからです。そのために自動車総連がモデルカレンダーをつくり、それに沿って各メーカーはカレンダーを設定しています。
ところで、自動車総連では2011年の東日本大震災後の夏の電力対応として、7月から9月までの3ヵ月、北は北海道から南は沖縄まで、全国で休日を土・日から木・金にシフトしました。この取り組みは夏の電力対応として実施したものの、子どもとの生活や保育園の問題などが生じ、課題も多くありました。
(3)全本田労連の運動方針について
次に全本田労連の運動方針についてお話しします。全本田労連の2年間の運動方針には4本の柱があります。1つ目の柱は組織の充実と拡大です。組織運営、組織拡大(組合員を増やす、労働組合を新しくつくる)、教育、広報活動などです。2つ目は、健全な労使関係の確立と経営対策活動の充実です。企業実態の調査と分析、労使会議の充実、海外展開への対応などです。3つ目は、安心の生活と安全で働きがいのある職場づくりです。賃金政策、労働時間や総合生活改善への取り組み、労働関係調査、安全衛生、総合福祉の充実などです。4つ目が、社会的諸課題の改善です。政治活動、政策制度の取り組み、震災への対応、労働組合組織から地方議員を出す活動なども行っています。
2.自動車産業を取り巻く環境
世界の自動車生産では、アジアが生産の中心となっています。2010年度は、全世界で7650万台生産されましたが、そのうちアジアは50%を超えています。
中国の新車販売台数は、2008年が938万台、2009年が1364万台、2010年が1806万台と、毎年400万台以上のペースで増えています。2011年には1850万台と、少し伸びが鈍化しましたが、これは中国が金融の引き締めを強化したからです。中国の自動車工業協会は、販売台数は3年連続で世界第1位の座を維持したと言っていますが、中国の自動車市場は低成長時代に入り、2011年には成長が止まりました。2012年は2000万台と予測しており、台数は増えるものの、その伸びは鈍化してきました。
一方、日本の自動車販売台数は右肩下がりですが、保有台数は増加中です。保有台数の中で乗用車については、2000年に5000万台を超えて、2011年は5802万台です。また、自動車の平均使用年数(自動車の車両登録をしてから抹消登録するまでの平均年数)は、2010年は12.7年となり、1990年代からすると3年以上伸びています。品質が向上し壊れないということもあって、車の平均使用年数は年々伸びています。つまり、多くの方々が長く乗り続け、新車を買わないということから、販売台数は落ちていても保有台数は増加中というのが、今の日本の自動車産業の状況です。
日本メーカーの国内生産数と海外生産数の推移では、国内生産はリーマンショックでかなり落ち、そのあと若干持ち直していますが、海外生産分が国内生産を超えています。円高の関係から、国内生産の海外向けが2009年から激減しています。したがって、円高是正、自由貿易協定、経済連携協定は喫緊の課題です。同時に、保有ニーズのある自動車に関わる過重な税負担を軽減し、国内市場を活性化することが、産業の空洞化を回避し雇用を守るためには必須の政策となっています。
3.自動車関係諸税の抜本改革について
(1)自動車関係諸税の現状
自動車総連は、自動車関係諸税は理不尽な税であると、何年も訴え続けてきました。自動車関係諸税は、自動車を購入、あるいは保有する人は税負担をする余力がある、財力がある人とみなされ、理念を失った不条理で過重な税体系が維持されています。当初、自動車取得税や自動車重量税は、道路をつくることや修復することを目的にできましたが、今や一般財源化され、すでに目的税としての課税根拠は失われています。
また、第一次オイルショックの時に、石油消費を抑制する目的で暫定的に税率を高くしましたが、この期限が1993年、2003年と次々に延長され、30年以上「暫定」が引き伸ばされました。このように、課税根拠を失った税や暫定税率の存続が自動車関係諸税の理不尽さです。
自動車ユーザーが負担する税金は、取得、保有、走行の各段階で9種類、国レベルではおよそ8兆円にものぼります。例えば、180万円の新車を購入し仮に11年間使用した場合、取得、保有、走行、その他、11年間にかかる税金は、購入価格を上回る188万円になります。実際には、整備費用、任意保険、駐車場が必要な人には駐車場代などもあり、さらに、車の値段以上の税金を支払うのは大変な負担になっていることがわかると思います。
市町村別世帯当たりの自家用自動車の保有台数の調査によれば、公共交通インフラの整った東京都市部では、世帯当たりの保有台数は0.3台です。一方、地方では2台から3台、多いところでは1人1台となっており、車がなければ仕事にも買い物にも行けない、まさに、自動車が生活の足になっています。したがって、一つの世帯で自動車を複数台保有しなければならない地方ほど過重な税負担となっています。
(2)抜本改革に向けた具体的な要請事項
自動車総連の税制改正に向けての具体的要望事項の1つ目は、車体課税の簡素化、グリーン化(環境配慮型税制)、負担の軽減となる抜本的見直しを行うべきであるということです。
車に関する税金は、大きく分けると車体課税と燃料課税の2つにわかれます。車体課税には、取得段階に支払う自動車取得税、保有段階(車検の時)に支払う自動車税などがあります。自動車総連は、取得段階の自動車取得税を廃止し、取得時には消費税のみにすることを求めています。保有段階においては、大きな車に対する自動車税を軽自動車と同じ水準にすべきであり、この2つを一緒にした自動車保有税(仮称)にすることを要求しています。もう1つは、自動車重量税の廃止です。
具体的要望事項の2つ目は、車体課税の抜本見直し後もエコカー減税やエコカー補助金など、先進環境対応車普及のためのインセンティブも実施すべきというものです。
3つ目は、燃料課税のうち、当分の間として措置されている税率の廃止です。現在、消費税が二重にかかっており、これも廃止すべきです。
(3)いまなぜ抜本改革に取り組むのか
自動車産業をはじめ多くの経営者から、国内事業の基盤を維持することに対する阻害要因として次の6つの課題が提起されています。
1つは長引く歴史的な円高です。2つ目は高い法人税率です。3つ目は自由貿易協定締結の遅れであり、韓国に遅れをとっているということです。4つ目は、厳しい労働規制であり、製造業への派遣を禁止しようというものです。5つ目は、環境規制の負担であり、温室効果ガスの原因とされるCO2を削減する取り組みが、企業にとっては大きな負担となっています。6つ目は、震災後の電力の安定供給に対する不安です。さらに、本田技研の場合はタイで洪水にあい、日本の自動車メーカーで唯一自社工場が浸水したということもありました。2つ目と4つ目については労働組合として必ずしも共通の立場には立っていませんが、基本的にはこういった課題の解決や国内市場の縮小に歯止めをかけなければ、今後の生産の空洞化が加速するという懸念があります。これらの問題を解決しないと全国レベルで重大な雇用喪失を招きかねず、震災を契機にリスク回避の観点から企業が海外移転を検討するなど、国内生産の空洞化という危機が迫っているというのが、自動車産業を取り巻く環境です。
自動車産業は、メーカーと部品企業、電機や機械など自動車の部品をつくっている企業などを含めるとすそ野が広く、就業人口の約1割、532万人が自動車関連産業に携わっています。自動車産業の雇用が、被災地の復旧復興、おそらく日本の復旧再生に重大な影響を及ぼすといっても過言ではありません。そのために、何としても国内市場の縮小に歯止めをかけなければならず、自動車関係諸税の負担の軽減、簡素化は、今こそ実現すべき課題です。
(4)地方における要請の重要性
なぜ国レベルで解決すべき課題を地方レベルでも要請しなければならないのかということですが、1つ目は、先ほどお話しした自動車関係諸税のように、地方の住民の税負担が重いということです。2つ目は、国内生産の空洞化は地方の問題であることです。地方の工場が海外に出ていくことになれば、国内生産の空洞化が進みます。自動車メーカーの本社がある東京で空洞化が起きるわけではなく、地方で起きるわけです。生産の空洞化は、企業はもちろん雇用=住民の空洞化に直結した地方の問題であるととらえることが重要です。
(5)抜本改革のポイント
昨年(2011年)の政府の税制改正大綱には、車体課税について、簡素化、グリーン化、負担の軽減等を行う方向で抜本的な見直しを検討すると記載されています。これが国民との約束となっています。また、政府の社会保障・税一体改革案にも車体課税について、見直しの検討が記載されています。
連合の重点政策にも、自動車関係諸税の抜本的見直し、暫定税率の廃止について記載されています。つまり、自動車総連や自動車産業だけの主張ではなく、これらは政府や連合の政策の中身になっています。
車体課税の負担軽減は最大の経済対策であって、最良の雇用対策になります。産業が空洞化すれば、国民の雇用、地域経済にも大きく影響します。車体課税の負担軽減は国民との約束でもあり、私たちはこの取り組みを進めていきたいと考えています
4.労働組合としての具体的な活動
自動車総連では、2012年3月末までの税制大綱の検討に向けて、2011年7月に産業労使や国会議員、組織内地方議員などが集まり、「政策推進コンベンション」という決起集会を開催しました。
また、抜本改革に向けたこれまでの活動は、自動車総連本部による政府、与党への要請や地方からの要請などでしたが、今回新たな活動として、車のユーザーを巻き込んで世論喚起を行うことも検討しています。
さらには、自動車関係諸税の抜本改革への賛同を求めた署名活動も行いました。この活動では、組合役員の積極的な働きかけによって自動車総連単独で192万の署名を集めることができました。経営側もこの署名活動を行い、トータルで436万強の署名を集約しました。その結果を11月7日に労使、ユーザー代表による共同記者会見の場で発表しました。それが新聞報道や報道番組など従来以上に多くの媒体に取上げられ、世論喚起に繋げることができました。
あわせて、民主党都道府県連への要請も行いました。組合の代表者だけではなく、自販連(自動車の販売会社の連合体)と一緒に行ったところも含め、30の民主党都道府県連に要請を行いました。
自動車総連傘下の各労連に依頼し、15県の知事要請も行いました。工場がある県、例えば、全トヨタ労連は北海道・宮城・岩手・愛知を、全本田労連は埼玉・三重を担当し、各労連代表者が自動車関係諸税の抜本改革の要請書を持って行きました。埼玉県へは、私と全本田労連の会長、本田技研の役員も一緒に要請書を持って行きました
5.活動の成果と今後の取り組み
こういった活動の成果として、自動車関係諸税の軽減・簡素化が2012年度の税制改正大綱に記載され、翌年の国会で審議されるという流れができました。
その税制改正大綱にまとめられたものは3つです。(1)重量税のうち1500億円が減税され、(2)エコカー減税の3年間延長、エコカー補助金の復活、(3)自動車総連の要求に対する満額回答ではありませんでしたが、引き続きの見直しを行うということが記載されました。
政府の税制調査会においては、歳出超過が続いていること、震災の復興財源の確保が必要なことから、大綱の提案にはその根拠となる代替財源の捻出も含めるとの条件が追加されました。財務省や総務省は、自動車だけが減税の恩恵を受けることに国民の理解が得られるのか、という理由で抜本改革は容認できないとの姿勢を最後まで崩しませんでした。しかし、自動車総連の働きかけにより、経済産業省や国土交通省などの副大臣や議員から、車体課税の廃止を求める意見が出されるという異例の論議展開となりました。税制調査会は、意見が二分した状況が継続し議論が膠着しましたが、組織内国会議員の粘り強い主張と行動によって、自動車取得税の当分の間の税率一部廃止と軽減、エコカー減税の延長、エコカー補助金の創設という、政府の判断を引き出しました。大変厳しい交渉ではありましたが、このような結果がでました。
今後の取り組みについては、税制改正において一定の前進を果たすことができたものの、抜本的改革はいまだ道半ばです。本年度の税制改革においては、従来以上に自動車関係諸税の改革が明確となっており、私たちの求める抜本改革に向け、引き続き取り組む必要があると考えています。
以 上