一橋大学「連合寄付講座」

2012年度“現代労働組合論I”講義録

第5回(5/11)

働く現場の抱える課題と取り組み(1)
労働時間を中心としたワークルール確立に向けた取り組み

ゲストスピーカー:新谷 信幸(連合総合労働局長)

1.はじめに――「“雇用社会”日本」

 私の講義では、労働時間を中心としたワークルールの取り組みについて話したいと思います。会社の中でワークルールや労働条件はどういう基準でつくられているのか、労働組合はどのような役割を果たしているのか、その仕組みをお話しします。
 配布したプリント(後掲資料)に、「民間企業サラリーマンとしての生活を始める“労働者A君”はどうする」という設問が設けてあります。設問ごとの末尾に正しいと思ったら「○」を、間違っていると思ったら「×」をつけてみて下さい。
 まず、日本社会は雇用社会であることを理解していただきたいと思います。日本の就業者は約6200万人で、総人口の約半分が何らかの職業に就いています。また6200万人のうち、5200万人が雇用関係のもとで働いています。雇用関係とは、雇用契約、労働契約、つまり、「労働を提供し、その対価として賃金を要求する契約」に基づくものです。この雇用関係のもとで働く人は1961年は5割強だったのですが、2009年には9割弱までその比率が増えており、日本は雇用社会化が進んでいると言えます。

2.日本の労働時間規制の流れ

 日本では、明治維新後の近代化の中で工場ができ、そこで働く労働者が出てきます。そして、近代的な雇用関係が生まれる中で労働条件も形成されていきました。明治時代は軽工業が中心産業で、紡績工場が各地にできていきましたが、そこで働く労働者の主役は女性であり、しかも非常に若い女性労働者が中心的な労働力でした。
 工場での労働条件はというと、当時の農商務省という役所が調査を行い、『職工事情』(1903年)で発表しています。1日24時間のうち、労働時間が14時間20分というもので、朝4時5分に起床し、4時半から始業、終業時間は19時半、その後、1時間半の間に夕食と入浴、就寝が21時という毎日でした。これが繰り返される中、食事の内容もひどく栄養失調で失明する、あるいは発狂する女性労働者も出るなど、悲惨な状況が出現しました。
 こうした悲惨な状況に、日本で初めて労働条件に法規制を加え労働者を保護するという動きが出てきます。これが明治44年(1911年)に公布され施行まで5年かかった工場法です。この法律は、児童等の若年労働者と女性労働者だけを保護する、いわゆる労働者保護法でした。労働者全体の労働基準を定めたものでなく、特定の労働者の保護を図ったのが工場法の特徴です。
 こういう時代を経て、1947年に労働基準法ができました。労働基準法は、憲法第25条の生存権や第27条の勤労の権利と義務、勤労条件の基準などを受けて制定され、労基法第1条には、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」と書かれています。「人たるに値する」という文言は、ワイマール憲法の生存権保障から持ってきたものです。労働基準法の概念は、特定の労働者保護ではなく、日本の最低限の労働条件のスタンダードを定めたものという意味で、労働基準法という名前がついたわけです。

3.法律に定められた労働基準とその課題

 労働条件に関する法体系は、大きく分けると2つの体系に分かれます。1つは国が関与することによって最低限の基準を設定する領域です。例えば労働契約では、企業に入社して、何時から何時まで働くという約束をして、その対価として賃金を受け取るという内容の契約になりますが、その内容は本来、契約自由の原則からは、どんな契約でも原則として締結可能です。ところがそれを放置すると、労働者と経営者の立場は、理念としては対等でなければならないわけですが、現実の世界では企業の力が強く、労働者は低い労働条件をどんどん呑まざるを得ない可能性があります。そこで、国が介入して労働条件の最低基準をつくります。これが労働基準法などの領域です。最低賃金法や労働安全衛生法などもこの領域に入ります。
 もう1つの領域は最低条件を上回る領域です。契約自由の原則から、どんな契約内容となるかは労働者と使用者の間で決まりますが、解雇ルールなど労働契約の内容を規制する領域です。民法や、民法の特別法としての労働契約法が制定されています。

(1)労働時間規制に関する規定
 今日のテーマである労働時間については、国が最低限基準を定めています。労働基準法第32条は、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない」とあり、第2項で「1日について8時間を超えて、労働させてはならない」としています。また、休憩時間については、「使用者は、労働時間が6時間を超える場合は少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」となっています。休日についても、毎週少なくとも1回の休日を与えなければなりません。ただし、4週間を通じ4日以上の休暇を与える場合はこの規定は適用されません。
 労働時間の1日8時間という基準は、世界的なルールです。世界的なルールとは、労働条件に関する国際条約をいい、ある国が劣悪な労働条件で労働者を働かせ、それによって競争力を高めることで利益を得ることのないよう取り決めて、そのミニマムの労働条件を各国が守ろうというものです。その中心に立つのが国連の専門機関であるILO(国際労働機関)です。現在185ヵ国がILOの加盟国になっています。このILOで採択された条約の中の労働時間に関するものの一つは、1919年に採択されたILO第1号条約、「労働時間(工業)条約」です。この条約では労働時間は1日8時間、週48時間を超えてはならないと定めており、日本政府は未批准です。ちなみに、日本政府は労働時間に関するILO条約のほとんどを批准できていません。

(2)労使協定による労働時間規制の適用除外
 日本では、労働基準法第36条の規定により、労使協定があれば1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて労働をさせることができます。ちなみに、これがILOの第1号条約を批准できない理由です。当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合と、ない場合には労働者の過半数を代表する者との書面による協定(36協定[サブロク協定])を結び、これを労働基準監督署に届けた場合、1日8時間、週40時間を超えて労働させることができます。
 労働基準法は、人が生きていくための最低基準を定めた法律であり、それに違反した場合は刑事罰が科されます。しかし労基法第36条に基づく労使協定は、その刑事罰を免れる効力を有する免罰規定で、この労使協定があれば、法定労働時間の上限を超えても刑事罰は科されません。それでは36協定が結ばれていれば労働者は使用者からの残業命令を拒否できるのか、さきほどのプリントの設問3の答えは「×」となります。労基法第36条の協定があり、その内容に合理性があれば、デートの約束をした日でも命じられた労働をしなければならないというのが労働契約上の義務とされます。
 ところで、36協定に基づく時間外労働の上限時間はどれくらいでしょうか。結論から言えば上限値はないに等しいと言えます。国が定めた上限の目安時間はありますが、例えば、特別条項付きの36条協定を結んだ場合、過労死の認定基準を超える1ヵ月100時間超などという残業も命じることができます。残業時間に関する上限時間の法的規制がないことが問題です。

(3)労使協定における労働者の過半数代表とは
 36協定を締結する過半数代表とは、その事業場の過半数の労働者で組織する労働組合があれば、その労働組合が代表となります。そのような労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者となります。この代表者の選出について、法令では過半数代表を選ぶ際の条件を、管理・監督者ではない者、また、この代表となることを明らかにして行われる投票・挙手等で選出された者としています。要するに、選挙、投票等で職場で民主的に選んだ人を代表にすることになっています。しかし、実際にはこのような手続きが踏まれていないケースが特に中小企業などで多くなっています。
 実はこの過半数代表者との協定は、労働基準法では第36条だけではなく、他にも多く規定されています。例えば、第18条の強制貯蓄禁止の例外となる社内預金、第24条の賃金支払いの協定、すなわち、賃金は全額を支払わなくてはならないという原則の例外として、独身寮や社宅の利用料やの給食費の徴収などを給料から天引きで控除する協定などの代表者は、この過半数代表者です。また、「フレックスタイム制」や「みなし労働時間制」など非常に大事な協定も、この過半数代表者が締結しています。これらの協定は労働関係だけで66もあり、どんどん増えてきています。したがって、労働者の過半数代表者はとても大事な役割を担っているのですが、一方、代表者を民主的に選ぶ方法については法制度が整っておらず、連合は、この代表制の在り方を次の法改正の検討課題にしなければならないと思っています。

(4)年次有給休暇の法定基準
 次に年次有給休暇の話をします。これに関する設問2の答えは「×」です。労働基準法による年次有給休暇の規定は、雇入れの日から起算して6ヵ月継続勤務し、その全労働日の8割以上出勤した場合に10日付与しなければならないとなっています。その後は1年経過ごとに付与日数が増えていきます。設問2のA君は4月に入社して勤続4ヵ月ですから、法定基準に達していません。ただし、その企業が最低基準を上回って年休付与の基準を決めている場合には、「○」に該当する可能性があります。
 また、6ヵ月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤していれば、アルバイトやパートタイマーで働く人にも、最低10日(週30時間未満の場合は比例付与日数)の年次有給休暇が発生します。なお、年休は労働者が休みたい日を指定するという意思表示で取れるということも覚えておいて下さい。

(5)労働時間規制の弾力的運用
 次に、労働時間規制の柔軟化についてお話しします。まず、「変形労働時間制」があります。これは労使協定あるいは就業規則によって定め、一定期間の労働時間が平均して法の範囲内であれば、1日8時間や週40時間の上限を超えて勤務させることができます。次に、「フレックスタイム制」があります。これは働く時間について、出退勤の時間を労働者が自分で決めることができる制度です。さらに、「みなし労働時間制」があります。これは、ホワイトカラーなどを対象に、協定によって何時間働いても1日の労働時間は労使協定の時間とみなすというもので、例えば1日10時間働いたものとみなすといった制度です。非常に柔軟な労働時間規制であり、健康管理面で非常に問題が大きいことから、要注意です。この場合の労使協定の「労」とは先ほどの過半数代表者が含まれています。

(6)総実労働時間の現状と課題
 日本の労働時間のトレンドを見ると、1980年代までは非常に長時間労働で、欧米先進国に比べてダントツに長かったのです。日本のGDPが世界第2位になり、その背景に長時間労働があるのではないかとの批判が先進諸国からあり、これを是正しようということで、1986年に中曽根内閣の私的諮問機関であった「国際協調のための経済構造調整研究会」が報告書を出しました。これが有名な「前川レポート」です。これによって、日本が労働時間の短縮に取り組むことを国際公約として労働基準法の改正などの政策を総動員した結果、日本の総実労働時間はどんどん下がってきました。
 しかし、最近の総実労働時間減少の背景には、実は労働者の構成比率が変わってきているという問題があります。もともと労働時間の短いパートタイム労働者の比率が増えている結果、平均すると労働者の総労働時間が下がっているように見えるのです。実際には労働時間は長短二極化しており、短時間労働者が増えている一方、正社員の労働時間は長く、週の労働時間が60時間(1か月あたりの残業時間が86時間)を超える人が非常に増えています。特に30代の男性で増えてきています。
 また、年次有給休暇の付与日数は増えていますが、取得日数は少なく、取得率は約48%です。したがって、取得率を上げていく取り組みが必要です。
 さらに「名ばかり管理職」や「不払い残業(サービス残業)」という問題が発生しています。労働基準法は1日8時間、週40時間を超えた場合、時間外割増賃金の支払いを義務付けています。しかし、これを払わない企業があり、労基法違反の摘発や行政指導が行われています。厚生労働省の調査によれば、2009年度の是正対象企業は約1200社、116億円、11万人分ありました。1企業で12億円も払っていなかったところがあったということです。
 「名ばかり管理職」の問題では、「日本マクドナルド事件」が有名です。マックの店長は管理職ということで、管理職には残業代を払わないという社内規定になっていたのです。労働基準法には、管理監督の地位にある者は時間外割増賃金支払いの対象外にするという規定がありますが、この事件では、その厳格に定められた管理監督者の要件に合っていないにも関わらず、残業代を払っていないことが問題になりました。
 労働時間に関しては、過労死の問題、これは日本固有の事象ですが、働きすぎて亡くなってしまうという非常に不幸な事例が多く、毎年300人以上の方が長時間労働を原因とする脳・心臓疾患による労働災害の認定を受けています。このうち100人以上の方が亡くなっています。特に運輸業・郵便業自動者運転業務従事者や製造業に多く、東証1部上場企業にもあります。最近では、外食系のワタミや「日本海庄や」という居酒屋を経営している大庄という1部上場企業でのケースが新聞報道されています。

4.総実労働時間の短縮に向けた労働組合の取り組み

 このような現状に対する労働組合の取り組みをお話しします。私たち連合は、年間総実労働時間を1800時間台実現に向けて取り組んでいます。1800時間台というのは先進諸国の大体の水準です。具体的には、1日の労働時間を7時間半にする、週休2日と国民の祝日は確実に休む、夏期休暇と正月休暇を取って年間の所定労働日数を240日にする、こうして年間所定労働時間を1800時間とする方針を決めています。また、年次有給休暇の付与日数も現在の最高付与の20日を25日以上にすることなどを決めています。そして、時間外労働は当面年間360時間以内に徹底する取り組みを進めています。
 労働時間の短縮をどう進めていくかということは、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)と密接に結びつくことから重要です。
 電機連合が行った調査に、横軸を1ヵ月の残業時間、縦軸をワーク・ライフ・バランスの満足度として、その相関関係をみたものがあります。仕事と生活の調和に満足している割合を残業時間帯別に見ると、「満足」と「不満」がクロスするのは月の残業時間が40時間です。残業が40時間を超えると「不満」がどんどん増え、「満足」がどんどん減っています。1ヵ月の残業時間を40時間以内に抑える取り組みが必要と考えています。
 実は悩ましいのは、残業と仕事のやりがいとの関係です。同調査には、残業時間帯別の仕事のやりがいとワーク・ライフ・バランスの満足度の変化をみたものがあります。残業時間が増えていくと、ワーク・ライフ・バランスの満足度はだんだん落ちていくのですが、仕事のやりがいは残業時間が増えても落ちていきません。要するに、仕事が面白くて仕方がないのです。自分が思っていることがどんどん提案でき、それが実現していくと仕事にのめり込んでしまうのです。一方、ワーク・ライフ・バランス面ではこんな生活をしていてはいけないとも思うようです。
 それでは、仕事と生活の調和の重要性は労働者はどこで気づくのでしょうか。これはやはり労働組合がやらなければいけないと思っています。「悩ましいというのは、まさしくこのことであり、その気づきを働く人にどう与えるかということです。私たちは、労働者の皆さんが、「こんな生活をしていては駄目だ」と気づき、働き方を変えていくための取り組みをしていかなければならないと思っています。

5.労働条件決定システムの概要――労働条件はどのように決定されるか

 今までは国が介入する最低限の労働条件、労働基準の現状や課題などをお話ししてきました。以降では、その最低限の基準を上回る労働条件をどうやって決めていくか、という話をします。この領域が現実の企業での労働条件決定の仕組みです。

(1)就業規則による労働条件の決定
 大手や中堅企業の多くは4月1日に入社式をすることが多いと思いますが、その時、労働者は労働契約書にサインをします。通常、労働契約書というものを1枚渡され、日付と名前を書けと言われますが、多くは労働契約の内容はほとんど書かれておらず、それに替わるものとして1冊の冊子を渡されます。その冊子とは就業規則です。就業規則とは会社がつくる文書で、休日や休暇、賃金などの労働条件や、社内規律などが書かれてあります。労働者はこれを渡され主な内容の説明されると共に、「ここに労働契約の内容は全部書いてある」と言われるのです。この内容で労働契約をするかどうかを決めろということです。そして、同意した労働者は労働契約書にサインして正式に労働契約が成立します。
 契約は当然、労働者と使用者(会社)という両当事者が合意して成立するわけですが、いったん成立した労働条件や契約の内容を変更する場合はどうするか、という問題が出てきます。誤解を恐れず端的に言えば、労働条件は労働者個人毎に同意を得ることなく会社が勝手に変更できます。この点が労働条件決定システムにおける就業規則の重要な効力です。配布したプリントの1つめの設問は、A君が入社式でサインした契約の中身を将来会社が引き下げ変更をするときに、一人ひとりの同意が必要かという問題でしたが、これは「×」です。
 就業規則は、多くの労働者との労働契約における労働条件を公平・統一的に設定し、職場規律を規則とするため使用者がつくります。就業規則には、判例で認められた2つの効力があり、確定した判例を基に労働契約法にその内容が組み込まれています。その1つは、「その内容が合理的なものである限り、労働者がその内容を現実に知っているか否かにかかわらず、就業規則の内容が労働契約の内容となる」という効力です。なぜこのような効力を認められているかというと、大量の労働者を公平に扱うためであり、内容が合理的であり、周知手続きをとっていれば現実に労働者がその具体的内容を知らなくても労働契約の内容とするということです。
 もっと強い2つめの効力は、「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、それに同意しないことを理由として、労働者がその適用を拒否することはできない」というものです。労働契約の内容が不利益に変更されたとしても、それが合理的なものであれば、一人ひとりの労働者の同意は要らないというものです。
 常時10人以上の労働者を使用する場合、使用者は就業規則をつくらなければなりません。そして、労働基準法第90条には、就業規則をつくる、あるいは変更するときには、労働組合など労働者の過半数代表の意見を聴かなければならないと書いてあります。しかし、法が求める要件は「意見を聴く」だけであり、労働組合などが反対と言っても効力には影響ありません。労働組合などの労働者過半数代表が反対し会社が一方的に作成、変更したものであっても労働基準監督署に持っていけば受理されてしまうのです。ですから、設問4の答えは「×」です。

(2)労働協約による労働条件の決定
 そうなると、労働条件決定システムにおいて労働組合は何のために存在するのかということになります。そこで登場するのが「労働協約」です。
 労働協約は、労働組合と使用者またはその団体が書面を作成し、両当事者が署名または記名押印することによって効力が発生するものです。そしてその効力ですが、労働基準法第92条に、「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない」、また、労働組合法第16条には「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効とする。この場合において無効となつた部分は基準の定めるところによる。」と書いてあります。つまり、労働協約があれば、会社が一方的に就業規則をつくる、あるいは変更しても、その効力は労働者各人の労働契約には及ばないということです。ここで設問5の答えは、就業規則より労働協約の方がその効力は優越しているので「×」です。
 つまり、国が定める最低限の労働条件を上回る労働条件を定めるために、一番強い効力を持っているのは労働協約なのです。労働協約はは労働組合法によって守られており、唯一、労働組合のみが締結できるものです。そして労働組合は、同盟罷業という労働者の団結によるストライキによって使用者の営業を妨害したとしても、それが正当なストライキであれば、労働組合法によって刑事免責や民事免責などの強い保護が与えられています。労働組合は使用者からの不当な介入を阻止し、自主的・民主的に運営するものとして結成されますし、それが労働組合法のでの保護を受ける条件でもあります。なぜ、労働者は労働組合をつくるのかというと、労働条件面から言えば労働協約を締結するためと言えます。労働組合の最大の目的は労働協約の締結にあり、労働協約は、企業の中で労働条件を決定するシステムの最上位の仕組みなのです。

6.まとめに代えて

 今国会(2012年第180通常国会)には、労働関係の重要法案が2本出ています。その1つは有期労働契約にかかわる労働契約法の改正法案です。有期労働契約とは、労働契約の期間に定めがある契約です。正社員の労働契約期間には通常定めがなく、入社から定年までとなりますが、有期労働契約は、半年や1年などの決められた期限が来れば自動的に終わってしまいます。契約が更新されたとしても次の契約が更新されるとは限りません。これがいわゆる雇止めです。労働者は契約が更新されずいつ打ち切られるかの不安を抱え、例えば権利としての年次有給休暇も怖くて使えないという状況があります。連合は、この状況を変えるため、現状ではほとんど規制がない有期労働契約に規制を入れるべく取り組んでいます。
 もう1つは高齢者雇用にかかわる改正法案です。2013年4月から老齢厚生年金の給付開始年齢が61歳からとなります。一方、定年年齢はほとんどの企業が60歳ですから、1年間の空白期間、無年金期間が生じてしまいます。こうした無年金問題や高齢者の雇用確保のために65歳までの雇用を義務化する法律が国会に出されています。これら2つは雇用にかかわる重要な法案であり、今後新聞報道などもあると思いますので、ぜひ注目していただきたいと思います。
 最後に、皆さんは就職活動をへて、いずれかの企業に入られる方が多いと思いますが、そのときは必ず労働組合のある会社に入っていただきたいと思います。労働条件決定システムの最高位にある労働協約を結べるのは、労働組合だけです。組合のない企業では、労働条件は就業規則のみで決められ、使用者に勝手に変更される可能性があります。もし就職先を迷われたら、是非労働組合のある企業に入っていただきたいと思います。そのことをアドバイスとして講義を終わります。

以 上

資料

民間企業サラリーマンとしての生活を始める“労働者”A君はどうする

1.A君は大学卒業後、大手企業B社に入社した。A君は入社式の手続きの中で「労働契約書」というものにサインをした。会社での労働条件は、採用時にサインした時に決められていた条件がずっと適用されるし、将来、会社が労働条件を引き下げる変更をする場合には労働者一人ひとりの同意が必要であると思う(   )

2.B社で働き始めたA君は、集合研修を終えて、配属された職場での新入社員研修に取り組んでいる。入社から4カ月になるが、もうすぐ8月。学生時代なら夏休みで遊びやバイトに忙しい時期だ。職場の先輩は年次有給休暇を使って夏休みをとるという。A君も年次有給休暇の申請をしようと思う(   )

3. 職場や取引先での研修をこなしながら、A君はB社での仕事にも慣れ、職場の先輩や同期入社の仲間とも飲みに行く余裕も出てきた。学生時代からの彼女と就業後のデートのために奮発して高級レストランを予約した。ところが大型受注が舞い込み、職場総出で対応しなければならなくなり、課長からデートの日に残業を命じられた。大切なデートの日の残業は拒否できると思う(   )

4.ある日、会社のイントラネットにある人事部のHPで就業規則というものを見つけた。労働条件や職場規律などを規定した会社の文書のようだ。研修先の先輩に聞くと、就業規則というのは会社が作るが、それを作成する際や変更する際には、労働組合は意見を述べることができる。しかし、労働組合が反対した場合は変更できないとのことだ(   )

5.A君はまもなくB社にあるB労働組合の組合員になったが、会社が作る「就業規則」とは別に、労働条件などに関して労働組合と会社の合意文書である「労働協約」というものがあるそうだ。就業規則と労働協約は同じ内容が書かれてあるそうだが、会社が制定する就業規則と労働協約は同じ効力を持っていると思う(   )

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