一橋大学「連合寄付講座」

2011年度“現代労働組合論I”講義録

第12回(7/8)

労働組合の求める政策と目指す社会
「連合の政策・制度要求と実現に向けた取り組み」

ゲストスピーカー:逢見直人(連合副事務局長)

はじめに

 皆さん、こんにちは。私は1976年にこの大学を卒業しました。大学卒業後は、UIゼンセン同盟という産業別組合労働組合に入り、現在は、連合で政策全般を担当する副事務局長をしています。これまでの講義では、企業別組合の取り組みが多かったと思いますが、今日は、連合が政府や地方自治体などに対して行っている取り組みについてお話ししたいと思います。

1.労働組合の定義と思想

(1)労働組合とは何か
 労働組合法で、労働組合とは、(1)労働者が主体となって、(2)自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として、(3)組織する団体又はその連合体を言います。まず、「労働者が主体となって」がポイントです。経営者や自営業者など入らず、あくまでも労働者が中心というのが労働組合の要件です。「自主的に」とは、他からの圧力、支配介入を受けないということです。「労働条件の維持改善」は、賃金や労働時間について労使の交渉や協議で取り決めをすることです。「その他経済的地位の向上」の中には、企業との話し合いだけでは決められないものが含まれています。「組織する団体」とは、労働者個人が組合員となってつくる組合、これを「単位組合」といい、企業別労働組合がそれにあたります。「その連合体」とは、例えば産業ごとの単位組合の連合体を産業別組織といい、この産業別組織が集まって日本労働組合総連合会、連合を構成しています。連合は労働組合の全国組織、ナショナルセンターで、その傘下には、たとえば自動車、電機、公務員などの産業別組織があり、その下に単位組合があるという構造になっています。

(2)労働組合の思想
 労働組合は、誰のために、どんな運動を行っているのかということについて、その原点となる思想があり、次の3つは連合が掲げているものです。1つは、「民主的労働運動思想」です。これは政治、経済、社会に対して、民主主義の徹底を求め、言論や結社の自由を保障し、基本的人権を尊重し、専制政治や独裁政治に対して毅然と闘うという思想です。
2つ目は「労働組合主義」という考え方です。これは労働条件の維持・向上を主たる目的とし、経営や政党などの支配介入を受けない自主的組織であるということです。
3つ目は「社会民主主義(民主社会主義)」です。これは多元主義的政治思想で、市場経済を認めつつ、市場経済になじまない分野は、政府や中間組織が「公共の概念」で一定の役割を果たすという考え方です。効率だけでなく公正も重視し、社会的弱者を救済するというものです。

(3)労働組合主義に基づく3つの運動
 労働組合主義というのは、3つの運動で成り立つと言われています。1つは、経営者との交渉によって獲得するというものです。経営者と団体交渉を行い、合意したものを労働協約として締結し、その中で労働諸条件を決めていきます。2つ目は、政治的要求によって政府に実現を求めるものです。政府に対して法律制定などを働きかけることで、労働者の経済的地位を向上していこうというものです。3つ目は、協同組合や共済活動によって実現するというものです。労働者自らが生活協同組合をつくる、損害保険や生命保険にあたるものを共済という形で実現する、労働者が集まって労働金庫という金融機関をつくり、住宅ローンや老後の生活資金などを準備していくというものです。この運動には長い歴史があって、2012年は国際協同組合年という記念すべき年です。
今日はその2つ目の政治的要求の実現を中心にお話をしたいと思います。

2.労働組合が政策活動に取り組む目的

(1)労働組合主義の発展
 労働組合が政策活動に取り組む目的は、大きく分けると2つあります。1つは、労働組合主義という考え方を発展させるということです。つまり、雇用を守り、生活諸条件と権利を向上させるため、個別企業との交渉で決定できる部分に加え、労働組合が立法運動や政策・制度の改善に影響力を行使することにより、働く人の権利や労働条件を高めていくことです。さらに、議会制民主主義を堅持し、法秩序を守り、現実的改革を推進するということです。

(2)働く側のニーズ
 労働組合が政策活動に取り組むもう1つの目的は、働く側のニーズです。私たちには、自分たちが働く職場や産業の健全な発展に対する願いや期待があります。産業・経済の健全な発展にむけた課題は何か、どう解決していくかについて政府と話し合う必要があります。雇用機会と公正な労働条件の確保など、政策として実現をめざす課題もあります。
労働組合には、人びとが安心して暮らせる社会、公正・公平な社会、持続可能な社会、国民重視の政治・行政・司法を実現するための代弁者としての役割があります。

3.わが国の 「雇用社会化」

 日本には、2009年調査によれば、6,265万人の就業者がおり、そのうちの雇用者は5,457万人で、9割近くが雇用者です。働く人の圧倒的多数は企業や国・自治体役所、どこかの非営利組織などで雇用関係の下で働いています。
また、雇われて働く人の給料は生活の糧として家族の生活を支えています。そして、雇用は、人びとが能力を発揮し、自己実現をする最大の場でもあります。20代から60代前半という、人生で一番力の発揮できる時期を雇用関係のもとで働き、その中で能力を発揮し、地位の確保や所得を高めていくことになり、仕事を通じて自己実現が図られていると言っていいと思います。
少子高齢化の進行や女性の社会参加の伸展は、労働市場に大きな影響を与え、労働市場法制を変えていくこともあります。2008年にリーマンショックという世界的な金融危機が起こりましたが、こうしたことも雇用に大きな影響を与えます。
労働組合は、こうした雇用社会の中で、働く者の利害や主張を政策に反映し、実現していく役割を持っています。

4.連合がめざす社会と政策活動への取り組み

(1)連合の政策要求
 連合では2年に1度、「政策要求と提言」を策定しています。その内容は、経済政策から税制、産業、資源・エネルギー、雇用・労働、福祉・社会保障、国土・住宅、交通・運輸、ICT(情報通信)、環境、食料・農林水産、消費者、政治、行政・司法改革、人権・平等、教育、国際政策などで、およそ労働や生活を取り巻くありとあらゆる分野をカバーしています。安全保障や治安は含まれていませんが、これらは、三役会議の中で、より次元の高い問題として、取り上げることにしています。

(2)政策実現に向けた取り組み
 政策の多くは、国会で法律が議決されて成立して決まります。労働組合が政策を実現するには、政策決定プロセスへの参画、自分たちの意見表明、政府の政策づくりなどへの関与という課題があります。
政策策定プロセスにアプローチする方法には、審議会へ委員として参加する、意見書を提出する、コメントを出すなどのやり方があります。また、各政党への要請や意見交換、定期協議、個別議員との意見交換などがあります。政府、省庁への対応では、政府のトップである総理大臣と直接話をする、あるいは官房長官と話をします。また、厚生労働省、財務省、経済産業省などとは、課長、審議官クラスとの意見交換を行っています。国際組織・国際機関への対応では、国際機関との連携(後述)のほか、国際産別組織を通じて意見を反映します。特にG8、G20といったサミットでは、その協議の中に私たちの意見を反映させるというアプローチもあります。また、立場は違っても雇用や産業・経済問題などについては、経団連や日本商工会議所、経済同友会などの経済団体とも協議を行い、必要があれば共同作業を行います。
政策実現にむけたもう一つの方法は、世論形成へのアプローチです。国民に訴え、「こういうものが必要だ、実現しよう」という声を国民世論として盛り上げていくということです。たとえば宣伝カーを使って街頭で訴える、集会やシンポジウムなどを開き、労働組合以外の人にも参加してもらい議論する、キャンペーンを展開するなどです。最近ではインターネットも使っています。また、マスメディアへの対応も行います。新聞記者や論説委員と意見交換を行い、連合の考え方が報道されることを通じてアピールしていくという方法があります。広告やラジオを使う場合もあります。朝7~8時台に車の中でラジオを聞いている人が多いことから、その時間帯に連合のコマーシャルを流しています。また、7月からは、東京メトロ半蔵門線で最低賃金についての意見広告を出しています。

(3)政府の予算編成の流れと連合の取り組み
 政府が予算を決めていく中に、私たちの要求項目をどうやって入れていくかが、特に重要です。政権交代前の自公政権のときは、6月中旬頃に経済財政諮問会議が「骨太方針」という予算編成方針を決め、これに基づいて8月末頃に概算要求基準が示され、各省が次年度の予算要求を行い、それを財務省が査定していました。歳入については、税制調査会が必要な税収額や税制改正すべき課題を示し、一方、歳出については、財政制度審議会で意見書を出します。連合は、この税制調査会や財政審議会に委員を出し意見を述べていました。そして、12月上旬には税収と国際環境の見通しを立て、12月中旬に財務省の予算原案が出され、最終的に政府予算案になっていました。
2009年8月の総選挙で政権交代が実現し、9月17日に鳩山政権が成立しました。この時点では、すでに自公政権時の概算要求基準が示されていましたが、新政権は、概算要求基準の組み換えから始め、10月から12月は非常にタイトな時期だったのですが、事業仕分けという手法で、無駄の排除などをやりました。
その後、2010年6月に成立した菅政権のもとでは、概算要求基準が7月に出され、各大臣が要求するだけではなく、各省庁で何を担うかという、見直しと要求を併せてやる形に変わりました。そして、特に新しい政策では、政策コンテストというものをやって、それがなぜ必要かをプレゼンテーションし、第三者評価を受けるという形になりました。無駄遣い根絶、総予算の組み換えをやった後、財務省原案が出されます。
このように政府の方針が変わることによって、私たちの対応も変わってくるわけですが、連合は、政府の予算編成の流れを見ながら、さまざまな取り組みを進めます。2011年度は、5月に要求と提言を策定し、6月初旬に重点政策を決め、6月から7月にかけて各政府への要請行動を行い、概算要求基準が出る前には各省の政府三役と意見交換を行っています。9月には、各省の予算要求をふまえ、何を連合の重点としていくかを決定し、10月には、予算編成にむけた政府・与党との政策協議を行い、1月に通常国会がはじまります。

5.連合の政策・制度要求の実現手法

(1)政府との協議
 政策実現の具体的な手法の1つは、政府と連合のトップ会談です。これは2009年の政権交代後にできた仕組みで、今年は6月10日に総理大臣官邸で、菅総理と古賀連合会長の会談を行いました。政府の機構で言えば、トップレベルの会談ということになります。
もう1つは、政府・連合の定期協議で、官房長官、あるいは官房副長官、その時々のテーマに関わる副大臣との協議です。直近では7月4日に、枝野官房長官、仙石・福山各官房副長官、東内閣府副大臣、そして小宮山厚生労働副大臣と協議を行いました。3つ目の省庁別の政策協議は、必要に応じて、各大臣や政務三役と行っています。
政策協議としては、雇用の重要性について話しています。2009年10月に政府が緊急雇用対策をつくった際に、連合は政労使三者による雇用政策に関する協議の場をつくって欲しいと要請し、その結果、11月に「雇用戦略対話」が設置されました。労働界、産業界の代表も参加し、雇用政策について意見交換を行っています。
また、2010年9月に、新成長戦略を推進するエンジン役として、「新成長戦略実現会議」が設置されました。政府メンバーは、総理大臣、官房長官、国家戦略担当大臣、内閣府特命担当大臣・経済財政政策担当、経済産業大臣、財務大臣、厚生労働大臣なども入ってきます。そして日銀総裁、有識者、この中には古賀連合会長も入っています。新成長戦略には、およそ経済政策に関わるほとんどの部分が入ってきます。社会保障政策、エネルギー政策、農業を含む産業の問題、貿易の問題など、あらゆる政策課題はここで議論されると考えていいと思います。直近では、6月24日に開催され、空洞化防止、海外市場開拓戦略等について話し合いが行われました。日本が従来抱えていた問題に加えて、震災後の新たな課題が出ています。次回は長寿社会や地域活性化について話し合うことになっています。

(2)政党との協議、国会対策
 政策の具体的な実現手法のもう1つは、政党との協議や国会対策です。連合は政党では民主党との関係が一番深く、組織内議員として国会議員に送り出している人がたくさんいます。なお、政党協議は民主党だけでなく、社民党、国民新党、自民党、公明党ともやっていますが、政権政党である民主党の政務調査会、国会対策委員会などとは2~3週間に1度の割合で定期協議を行っています。
また、連合は、国会の場で公述人、参考人として発言することもあります。国会では、重要な政策問題について参考人を呼ぶことや予算委員会で公述人から意見を聞くことがあり、2月22日に衆議院予算委員会で行われた公聴会には、私が出席しました。平成23(2011)年度の一般会計予算、特別会計予算、政府関係機関予算についての意見を20分程度述べたあと、国会議員からの質疑を受けました。この大学出身の国民新党の田中康夫議員からは、TPPへの参加は経済成長や雇用機会の拡大につながると考えているか、という質問を受けました。公明党の遠山清彦議員からは、幼児教育の無償化について、共産党の笠井亮議員からは、法人税率引き下げにより雇用や国内投資が増加するかどうかについてなどの意見を聞かれ、見解を述べました。こうした場を通じ、多くの方々に連合の政策を理解いただいています。

(3)審議会への参加
 政権交代によって、審議会の位置づけがずいぶん変わってきました。今までの審議会は、官僚が政策をつくる隠れ蓑となっている、官僚の作文を追認するためのものになっているという批判がありました。現在の審議会は、官僚とのやりとりだけではなく、政務三役、大臣、副大臣、政務官が出席するという形が広がってきています。

(4)国際機関との連携
 国際機関との連携では、ILOやOECDを通じて行う取り組みがあります。たとえば、G20、これは2008年のリーマンショックのあと、G8サミットでは世界経済をカバーしきれないということで、中国、ブラジル、南アフリカ、インドなどの新興国も入れ、G20という枠組みになりました。2009年にアメリカのピッツバーグでG20が開催された際には、連合は、当時の鳩山総理との意見交換の場をつくり、その内容はその後のG20サミットの首脳声明に反映され、雇用の量だけではなく、質の高い仕事を経済回復の中心に置くということを、G20の首脳合意の中に入れさせることができました。

6.日本の「雇用社会」が抱える問題

 日本の雇用社会は様々な問題を抱えています。たとえば完全失業率は、2008年のリーマンショックを契機に一気に上がり、5.5%となりました。その後、徐々に下がってきましたが、いまだ高止まり感があり、2008年秋以前の状態には戻っていません。有効求人倍率も、最近少し改善傾向にあるとはいえ、まだ0.5程度です。就職内定率は氷河期といわれた頃よりも更に悪化し、若者の失業が問題となっています。
そして、正規雇用が減り非正規雇用が増えています。1998年頃の正規雇用者は約3,800万人でしたが、今は約3,300万人です。一方、約1,200万人だった非正規雇用が、今は1,700万人になっており、この10年で大きな構造変化が起こっています。非正規の問題としては、パート労働者の賃金が低く、男性一般労働者を100としたとき、女性パート労働者は約半分の水準しかありません。
セーフティネットの問題では、2008年末に「年越し派遣村」ができた時期に、ILOが調査した失業給付を受けていない失業者の割合は77%で210万人いました。日本はブラジル、中国の次に多いということで大変驚きましたが、この背景には、派遣や有期で雇用期間の短い労働者が雇用保険でカバーされていないという問題があります。
貧困には、絶対的貧困と相対的貧困という2つの尺度があり、絶対的貧困は、1日1ドル未満で生活をしている人の割合で、世界中に40億人いると言われています。この絶対的貧困は、さすがに日本ではあまり多くありませんが、相対的貧困は増加傾向にあります。相対的貧困率は、等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合をいいます。大雑把に言えば、その国の平均的な所得の水準の半分以下で暮らしている人の割合で、日本の場合、単身者では、等価可処分所得の中央値(254万円)の半分(127万円)未満が相対的貧困率の対象となります。この割合も増加傾向にあります。また、日本の最低賃金の水準は、他の先進国に比べてかなり低くOECD加盟諸国の中では下から3番目です。
次に所得再分配の状況ですが、税や社会保険料金を引く前の所得を市場所得と呼び、その市場所得から税金や社会保険を引く仕組みに所得再分配機能があります。税、社会保険を高所得者から多く徴収し、低所得者からは徴収しない、あるいは還付するといった仕組みです。日本は、市場所得で比較した相対的貧困率ではスウェーデンとほぼ同率ですが、所得再分配後の相対的貧困率では、日本は大きく変化しないのに対し、スウェーデンは大幅に下がっており、日本には、再分配機能が非常に弱いという問題があります。
正規・常用で働く人の問題に長時間労働の問題があります。週の就業時間が60時間以上の労働者の割合は、最近少し下がっていますが、2004年頃は12.2%の労働者が週60時間以上働いていました。週60時間以上ということは、週5日働くとすると毎日12時間働いていることになります。また、年次有給休暇の取得状況も国際的に見た場合非常に特異で、日本の年休得率は非常に低く、半分にも満たないという状況です。
さらに、国際的に見た日本の自殺率は非常に高いです。交通事故による死亡者は年間約6,000人ですが、自殺者は年間3万人で、この状態が1998年から12年続いています。その理由には、経済的理由以外に、健康問題やうつ病による精神的ストレスなどがあります。
個別労働紛争が非常に増え、2009年の民事上の個別労働紛争相談は約24万7,000件でした。解雇が最も多く、労働条件の引き下げやいじめ・嫌がらせなどがその内容です。
2006年には、「労働審判」が導入されましたが、2009年の労働審判は、全国で約3,500件、2010年は10月までの数字で約2,800件となっており、予想以上に労働審判事件が増えています。

7.ディーセント・ワークの実現:「新成長戦略」への対応
いま、従来の日本的雇用慣行では対応しきれない問題がいろいろ出てきています。私たちは、その改善にむけた「ディーセント・ワーク(人間らしい働きがいのある仕事)」の実現をめざしています。連合では、この課題を政府の政策に反映させる取り組みを進め、2009年の政府の新成長戦略の骨子に「ディーセント・ワークの実現」が入りました。
政府の新成長戦略は、2000年代前半の実感なき経済成長、ジョブレス・リカバリーを繰り返してはならないとして、デフレの克服と雇用増につながる成長をめざし策定されたものですが、この中に雇用が内需拡大と成長力を支えることと、ディーセント・ワークの実現を盛り込みました。そして、内需を中心とする需要創造型経済は、雇用によって支えられるという考え方に立ち、「雇用・人材戦略」を策定することになりました。
また、新成長戦略では、成長力を支えるトランポリン型社会の構築を掲げ、セーフティネットの整備として、第2のセーフティネット、求職者支援制度の創設を盛り込みました。雇用保険による失業給付が第1のセーフティネットとしてありますが、失業給付期間が終わっても再就職できない人がいます。大学や高校を卒業しても就職できなかった人には、雇用保険は適用されません。自営業、漁業や農業に従事していた人が仕事を諦めてどこかで働きたいと思っても、その間の失業給付はありません。こうした人たちも含め、生活保障のもとで職業訓練を受けられる仕組みを第2のセーフティネットと言いますが、今国会において「求職者支援法」の制定により、この第2のセーフティネットができました。
さらには、日本版NVQ(National Vocational Qualification) の構築にも取り組んでいます。これは、社会全体で実践的なキャリアアップを図ることをめざしたもので、職業能力を客観的に測定し、1級、2級などの認定を行い就職につなげていくものです。新成長戦略では、日本版NVQを通じて環境や介護、農業などを付加価値の高い産業に変えていくための人材を育てていこうとしています。
あわせて、新成長戦略では、2020年までの目標に、「最低賃金の引き上げ」、「年次有給休暇の取得率の向上」、「週労働時間60時間以上の雇用者の割合の削減」を掲げ、取り組みを進めています。特に重要なのは最低賃金の引き上げです。2009年時点では、全国加重平均の713円を800円にすることをめざし、雇用戦略対話の中で合意づくりを行い、「できる限り早期に全国最低800円を確保し、景気状況に配慮しつつ、全国平均1000円をめざす」としています。

8.東日本大震災と政策課題
今回の震災は、地震と津波の複合災害であることと原発事故が非常に大きな特徴です。被災者数も多く被災地域も広域です。岩手、宮城、福島の3県は財政力が弱く、自主財源に乏しい自治体が多い中、農地や水産基地の被害が甚大です。農水産業をどう再生するか、サプライチェーンの脆弱性にどう対処するかなどが課題としてあります。内閣府の試算によれば、直接被害で16兆から25兆円、今後数年間に復旧・復興のために相当程度の財政支出が必要になります。消費行動の混乱や自粛ムードの高まりによる個人消費の減少、電力供給不足による経済活動の停滞が懸念されます。
連合は、復興検討会議に参加しています。会議では、震災が日本経済に与えた影響として「足許での成長期待の低下」、「電力供給の逼迫と電気料金上昇への懸念」、「製造業に係わるサプライチェーンの『脆弱性』の顕在化」、「海外における日本ブランドへの信頼性の低下」の4点をあげています。さらに、こうした諸点が複合的に重なりあうことによって起こる問題や、産業空洞化への懸念の深刻化です。
震災後のマクロ経済の状況は、1-3月期で年率3.5%のマイナスです。ただし、リーマンショックの頃の落ち込みほど大きくはなく、民間予測では第2四半期以降上昇すると見られています。経済指標を注目していますが、民間の立ち上がりは早いようです。
サプライチェーンについては、半導体では、サプライチェーンが途切れても代替供給によって、6月は被災前との比較で10%でしたが、7月は30%、8月50%で、10月にはほぼ100%に回復するという見通しです。ただし、被災地の供給能力の復旧は、8月頃から始まり10月でも50%という状況です。しかし全体としての供給は早い回復となっており、自動車の生産も、7月頃には元に戻るという見通しです。消費者の動きも含め、回復の足取りは速いと思われ、これを持続させるには、早期の復興対策が必要です。復興が遅れれば、さらに雇用機会を喪失するという懸念があります。
今回の震災では、人と人とのつながりが重要だという認識がなされています。私たちはこの経験を経済活動に活かすため、「連帯経済」という考え方を取り入れ、倫理的金融、フェアトレード、責任消費などを広めていきたいと考えています。
震災前から抱えていた問題には、新成長戦略の着実な実行、社会保障と税の一体改革の推進などがあります。また、TPPを含む経済連携のあり方の議論は今止まっており、なかなか進みそうになく、世界の議論はどんどん進んでいることから、取り残されると競争力を失う心配があります。また、日本の農業の再生、強化が課題です。このことは日本がもともと背負っていた課題ですが、これに震災への対応が加わりました。
連合は、これらの政策課題について、雇用という視点からどう改善していくかを検討し、政府にさまざまな要求を行いながら、その実現に取り組みます。 ご清聴ありがとうございました。

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