一橋大学「連合寄付講座」

2011年度“現代労働組合論I”講義録

第2回(5/6)

開講の辞:連合寄付講座で一橋大生に学んでほしいこと
課題提起:労働組合がめざす社会像とは

(社)教育文化協会理事長 岡部謙治

1.はじめに

 みなさんこんにちは、教育文化協会の岡部です。連合と教育文化協会が主催します寄付講座に参加いただき、ありがとうございます。
まず冒頭に、3月11日に起こった東日本大震災で被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げたいと思います。連合は、今度の大震災に際して、ただちに支援体制をとりました。被災3県に常駐の役員を配置して、全国各地の連合傘下の労働組合からボランティアを募り、その方々が現地に入り、地元のボランティアセンターから割り振られる様々な作業を展開してきました。
私は自治労という、主に地方公務員を中心とする労働組合の出身ですが、今度の震災では、津波で役場が流され、職員にも行方不明者が出るなど、役場の機能が大打撃を受けており、その支援は急務となっています。自治労では、他の産別も同様ですが、単独でのボランティア活動もやっています。一日も早い復旧、復興を祈っています。
連合寄付講座は、連合本部や加盟組合の役員が、今現場で起こっていること、それに対して労働組合はどういう取り組みをしているのか、あるいは社会に対して何を発信しているかなどを皆さんにお話しし、働くことの意味や労働組合の必要性をつかみ取っていただきたいと思い企画したものです。よろしくお願いいたします。

(1)労働運動を仕事にするきっかけとなった「救急たらいまわし訴訟」
まず、私自身がなぜ労働運動を自分の仕事にしたかということを、自己紹介を含めてお話しします。
私は、1972年に福岡県の中間市役所に就職し、地方公務員として社会人のスタートを切りました。この中間市に就職して2つの大きな出来事がありました。私が最初に配属されたのは市立病院ですが、そこで、休日夜間の診療体制が非常に不備であるという問題にぶつかりました。当時の中間市立病院は、当直医師1名、事務当直者1名で救急患者を引き受けていました。担当医師が外科担当の医師であれば、交通事故や怪我などに対応できますが、これが他の科の医師であった場合には対応ができません。そうすると、次に引き受けてくれる病院を探すのですが、これがなかなか大変な作業です。中間市は北九州市に隣接する人口5人の小さな市で、市内だけでは受け入れてくれる病院を見つけられないので、隣の北九州市まで受け入れ先を探すわけです。こうしたことが毎日のようにあって、医師やスタッフがいくらやっても追いつかない、こうしたことは中間市立病院だけの話ではなく、当時全国で深刻な問題になっていました。
また、当時、千葉県木更津市で、診療体制の不備のために18の病院をたらいまわしにされ青年が亡くなるという事故が起こり、新聞にも大きく取り上げられました。亡くなった青年の父親が、国・厚生省に対し、「救急たらい回し訴訟」を起こしました。実はその父親は、福岡県庁の職員で私ども自治労の仲間でした。千葉県で不幸な事件が起きましたが、それと似たようなことは全国各地で起こっていました。そこで、自治労は、訴訟の支援と政府に受け入れ体制をつくらせるための運動を進め、これが当時大変な問題意識を全国に投げかけて、マスコミもどんどん報道しました。
その結果、現在の救急医療体制が整備されました。つまり、第一次救急医療体制として、休日・夜間診療所を広域市町村ごとにつくる。第二次として、入院措置のできる病院を県内に何か所かつくる。第三次は救命救急で、必ず県内に1ヵ所ないし2ヵ所つくっていくという救急体制が、その後整備されていきました。私は、この運動を現場でやっていて、そこで自治労という労働組合に出会いました。

(2)財政破綻をさせないための取り組みに着手
その後、私は中間市役所の労働組合の書記長になりました。ちょうどその頃(1973年)、中東戦争を契機に石油価格が暴騰したオイルショックが起き、日本経済に打撃を与えました。地方財政が危機に陥って、中間市役所も財政難に陥り1976年頃に、給料ダウンや人員削減が提案され、労働組合は合理化反対の闘いを組みました。そのとき私が考えたことは、財政危機の原因が解明されないまま、働く者にしわ寄せする提案には承服できないということでした。そこで、労働組合として財政分析に取り掛かり、市当局にも要求して、労使で財政分析、経営分析を行いました。実はこれは非常に冒険でありまして、労働組合には、経営についての権限はありません。当時、支払い能力論にとらわれて、結局、組合が合理化提案を呑まざるを得なくなることを警戒する考え方がありました。しかし私は、労働組合は自治体の財政状況を全く知らずに、賃金、労働条件を本当に守れるだろうかと考えました。仮に、財政悪化の要因が、賃金が高いことにあったときどうするか悩んだものの、とにかく徹底的な財政分析をやりました。その結果、中間市の財政悪化の最大要因は、無計画な建設事業にあることが明らかになりました。首長や議会が借金を重ね、いわゆるハコモノを無計画に建ててきたことが主たる要因とわかり、市当局にそのことを認めさせました。そして、二度と財政破綻を起こさないことを労使で確認して、賃金を若干下げることを受け入れました。
自治体の財政破綻が起きた場合、そこに働く者の待遇は切り下げられ、同時に、その自治体の政策に反映されて福祉の後退などにつながっていきます。結果として、住民に大変な迷惑をかけることになります。最近の例でいえば、夕張市の財政破綻問題があります。夕張市では、職員が半分ぐらい退職しました。賃金が大幅に下がり、退職金も半分ぐらいになりました。それまでの福祉政策が後退していき、全国の最低基準というレベルまで落ちていきます。小学校の統廃合も行われ、子どもたちは長い距離を通うことになり、保育料も全国で最高水準となるなど、住民福祉は大きく後退しました。財政破綻が起こらないようにすることも労働組合の責任と思い知らされた問題でした。
こうした二つの出来事との関わりが、労働運動を自らの仕事にしていこうと考えたきっかけです。その後、私は1983年に自治労福岡県本部の専従役員になり、2001年には本部役員として東京で活動しました。2009年に自治労本部委員長を退任するまでの間、連合の副会長、会長代理の活動も含め、労働運動を自らの仕事としてきました。
以上が私はなぜ労働運動を自らの仕事、職業として選んだかという、お話です。

2.連合とは

 連合は労働組合のナショナルセンター、全国中央組織です。現在、680万人の組合員を擁しています。1989年に発足し、ちょうど22年になります。
日本では、戦後の日本を占領していた連合国軍GHQが、日本の民主化政策の一環として、労働組合の結成を奨励します。その結果、企業ごとの労働組合が誕生しました。また、日本には、戦後の東西陣営が対峙する冷戦構造の中で、ナショナルセンターは複数あり分立していました。しかし、政府に対する影響力、財界との交渉力などを考えれば、分立状態はまずいということで、当時のナショナルセンター4つ「総評」「同盟」「中立労連」「新産別」の間で議論が行われ、1989年、現在の連合が誕生しました。

(1)労働組合の組織形態とその役割
労働者個人では、強力な経営者と対等に交渉して、賃金や労働条件、労働安全などを確保していくことができないので、団結して労働組合をつくり、経営者と対等な立場で交渉していく、これが労働組合の出発点です。企業単位の労働組合を「企業別労働組合」あるいは労働組合の基礎単位なので「単位組合」と言います。たとえば賃金交渉で、同じ業種、業界ではどうなっているか、比較の対象が必要になります。そうなると、同じ業種・業界の単位組合を集めた組織が求められます。こうして結成された組織を産業別組織、「産別」と言います。さらには、仮に賃金が上がっても、税金や物価が上がれば、実質的な賃金の上昇になりません。しかし、個別の経営者に物価や税金などを決めることはできません。当然、政府や経済界や政党などに、対等な立場で、あるいは強い発言力を持って対応していく組織が必要になります。その役割を担うのが、ナショナルセンターです。
連合は、発足当時800万人の組合員を擁していましたが、今、680万人です。この組織人員を回復し、もっとたくさんの仲間を増やすことが大きな課題です。労働組合の組織率は現在18.5%です。多くの労働者を組織しているか否かが、社会的な発言力に大きな違いをもたらします。今、働く人の3分の1が非正規労働者で、そのほとんどは労働組合に入っていません。自分たちで労働組合をつくることも困難です。こうした非正規の人たちのために連合は力になれるのか、自らの問題として一緒に活動できるのかということが、大きな課題になっています。

(2)連合関係団体の活動
連合では、幅広い社会的な影響力の確保、アピールのために3つの関連団体が活動しています。
1つは、連合総研、「連合総合生活開発研究所」という、連合のシンクタンクです。ここでは労働運動に関する様々な研究を行い、春季生活闘争(春闘)に向けて『連合白書』という情勢分析を出します。この情勢分析を賃上げ交渉の際の要求根拠にしています。他にも社会保障政策や非正規労働者の実態と対策などの研究を行っています。
2つめは、「国際労働財団」です。特徴的なものとして、途上国、新興国の労働者支援に取り組んでいます。途上国、新興国の労働安全衛生は非常に悪く、ひとつ間違うと命を落とすことにつながるような職場環境があります。そこで、途上国、新興国の労働組合役職員に日本に来ていただき、安全衛生の問題を学習してもらい、自国に帰って改善のために頑張っていただけるよう支援しています。また、いま力を入れているのは、児童労働の撤廃です。世界中、特に途上国では、児童が労働力として使われていますが、その子どもたちが就学できるようになったときのために教材を提供したり、就学前教育をする現地の人たちのために研修などの支援を行っています。
3つめの「教育文化協会」は、私がいま属しているところです。将来の活動家を育てるための「Rengoアカデミー」を開催し、連合傘下の役職員を対象に、泊り込み研修をやっています。外に向けた事業では、皆さんに受講いただいている連合寄付講座を主催しています。現在、一橋大学のほかに、埼玉大学と同志社大学でやっています。初等教育から高等教育までのあらゆる領域で―これは社会人も含めますが、労働について理解いただき、学んでいただきたいと考え、その一環で大学生を対象とする連合寄付講座は、教育文化協会の大きな事業となっています。また、「私の提言」という懸賞論文を毎年募集しています。これは連合の組合員だけではなく、どなたが応募してもかまいません。かつて一橋大学生が応募され、入賞されたこともありました。ぜひこの寄付講座の受講生の皆さんからも「私の提言」に応募いただき、入賞者が出ることを期待しています。

3. 働くということの意味と労働運動

(1)ILOフィラデルフィア宣言
私が働くということを考えるときに忘れてはならない、原点はここにあると考えていることは、ILO“国際労働機関”の存在です。1919年に国際連盟とともに誕生し、1946年に国際連合の専門機関になりました。設立のきっかけは、第一次・第二次世界大戦で、人類は大変な被害を世界中にもたらし、何千万人という人が亡くなり、第二次世界大戦では、日本でも300万人の兵士・民間人が亡くなりました。こうした戦争を二度と繰り返さないという思いから、ILOは誕生しました。
このILOの「フィラデルフィア宣言」では、働くことや労働運動の原点を非常によく示しているので、ご紹介したいと思います。1944年にフィラデルフィアで開催されたILO第26回大会で採択された宣言では、特に次の二つの言葉が重要です。
「労働は商品ではない」、「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」
「労働は商品ではない」、つまり労働は生身の人間の営みであるから、商品のように簡単に売り買いしてはならないということを言っています。そして「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」、これは、世界中の劣悪な労働条件や貧困、飢餓を放置すれば、それは必ず世界中に広がって、いつか自分たちのところに帰ってくるということです。ILO憲章では、「いずれかの国が人道的な労働条件を採択しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となる」と改めて記載されています。戦争を引き起こす要因は貧困であり、飢餓であり、非常に劣悪な労働条件であり、そういうものが相俟って生じる社会不安、これが戦争の引き金になることを、人類は2つの世界大戦から、教訓として学び取ったわけです。
この「フィラデルフィア宣言が発せられて67年がたちます。世界や日本は、ここで言われた言葉が必要のない社会になっているだろうか、残念ながらそうはなっていないと思います。むしろこの間のグローバル化にともなう市場万能主義、極端な金融至上主義の中で、格差や貧困が生まれ、社会全体が非常に不安定な状況になっている、それが今の世界であり、わが国ではないかと思います。私は、この2つの言葉は今も生きていて、労働運動の道筋を示す言葉であると思っています。

(2)戦後の復興とその後の日本の現状
日本社会は常にそういう暗い社会であったかといえば、そうではなく戦後はめざましい復興を遂げます。GDPは長期にわたって世界第3位で、最近、中国に抜かれたといいますが、それでも3位です。しかし、1人当たりのGDPは、2008年統計では、23位です。貧困率はOECD先進国で2番目に悪い、格差社会、不安社会になってしまいました。
戦後日本の復興を支えた仕組みを一言で言うと、行政が業界や企業を保護し、そして企業は正社員を雇用するというものです。男性が稼ぎ手として、長期雇用と年功序列の賃金体系のもとで雇用され、その男性が妻や子どもを養うというものでした。「男は仕事、女は家庭」という言葉は、こういう社会の仕組みに起因しています。これらの仕組みが、戦後の日本社会を安定させ、支えてきたわけです。
しかし、現在ではグローバル化が進み、行政が業界や企業を支えていく護送船団方式を維持できなくなりました。公共事業で建設業が潤い、それが地域全体の利益となって潤うシステムも、国、地方の財政赤字のためにできなくなっていきました。男性正社員が働き、女性は家事労働を中心にという分業もだんだんできなくなっていきます。ただし、現在の社会にはその仕組みの名残があり、たとえば最低賃金制度がその一つと言えます。最低賃金は、これ以下の賃金で働かせてはいけないというルールです。現在、最低賃金の全国平均は、時給730円です。それぞれの都道府県ごとに最低賃金が決まっていて、東京都が一番高くて821円、沖縄が642円。かなり差があります。この最低賃金には、稼ぎ手である男性正社員の所得の補助のため、その妻が得る賃金の水準という考え方が根強く残っていています。その結果低い水準になります。本来は、働き方の実態を反映した単価が支払われるべきなのですが、そうなっていません。連合は今、最低賃金を1,000円にと言っています。1,000円にしたら会社がつぶれると経済界の抵抗が強く、そう簡単にはいきません。しかし皆さん、考えてみてください。1,000円でも、年間250日、8時間労働として年収200万円にしかなりません。ここから保険料などを引かれ、手取りは200万円を切ってしまうわけです。
今は不安社会になってきています。女性が子どもを預けて働きたい、職場復帰したいけれど近くに保育所がない、そのために、働くこと、あるいは職場に復帰することを断念したり、待機させられています。あるいは親の介護のために就労が継続できない、といったことが現実にあふれています。リストラでいったん退職せざるをえなくなったとき、その後もう一度、仕事につきたいと思っても、十分な職業訓練が受けられない、その間の生活保障がないなど、再チャレンジをして仕事につくということが困難になっています。
いま、非正規労働者の割合は働く者の3分の1になっています。年収200万円以下の人が1,000万人と言われています。子どもを育てて学校に行かせるということに希望や確信が持てない若者たちは、子どもを生むことをためらうだろうと思います。その前に、結婚をあきらめるという現実もあって、少子化が進む大きな要因にもなっています。そういったことが今社会の中で起きています。

(3)「働くことを軸とする安心社会」の実現をめざす
現状ある様々な不安をどうやって取り除くのか。働くことによって社会的に自立して、社会の様々な場所で他の人々ともつながって生きていく。ひとたび何か事故があり、いったん雇用の場から外れても、もう一度職場に戻るための職業訓練や学校、医療機関などをもっと充実させていく必要があります。
連合は、昨年から「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けて、わが国がめざすべき社会像を提言し、一所懸命訴えているところです。お手元のチラシの片面は漫画家のやくみつるさんが書いてくれました。肩を組んでいる二人の右側が連合の古賀会長です。やくみつるさんの「働くことを軸とする安心社会ってどういうこと?」という質問に対して、「人は働くことで人とつながり社会に参加できる、その実感が、日本に安心と活力を与える。連合は働くことに最も重要な価値を置く社会をめざす」と会長が答えています。また、やくみつるさんの吹き出しには、「この日本は国民の半数を占める働く人たちが支えている」と書いてあります。日本の人口は約1億2000万人ですが、雇用労働者は5500万人で、この雇用労働者の家族を含めれば圧倒的な数になり、日本は働く人たちで成り立っている「雇用社会」と言えます。その働く人たちが支えあい、税金や社会保障費を払うことによって行政サービスや政府の施策が実行でき、そのことによって日本社会は成り立っているわけです。

(4)働き方を選べることを基点に「安心の橋」をかける
日本では、正規と非正規労働者間にかなり大きな賃金や労働条件の差があります。他の先進国でも賃金などの格差はありますが、その幅は非常に小さなものです。「同一価値労働、同一賃金という原則がヨーロッパには定着しています。労働の価値が同じであれば、それに対する時間あたりの報酬は同じでなければいけないという考え方です。日本でも同じ仕事であれば賃金単価も均等にすることを前提に、格差を改善していく必要があります。フルタイムとパートタイムが自由に選べる、それぞれは働く時間が違い、収入も違うかもしれませんが、社会保障や様々な権利は同じように得られるようにする、自分の人生設計に応じて、男性も女性も希望すれば子育て中の働く時間をちょっと短くできる、そして子育てが落ち着いたら、フルタイムの働き方に戻る、こういう働き方が自由に選べることが重要です。この働き方を自由に選べることを橋のど真ん中に据え、家族と雇用をつなぐ施策、例えば保育所や保育士を増やし、保育士の賃金や労働条件を改善していこうとしています。そして教育と雇用をつなぐことも重要です。働くために必要な学習、学力を習得する機会をつくる必要があります。また、大学や高等学校に行けない、何らかの事情で学校をやめなければいけない、そういう困難にぶつかっている若者もたくさんいます。そういう場合の学費の免除なども必要です。あるいは、働きながら就学できるようにするなど、いろいろな施策をもっと充実すべきだと思っています。失業と雇用をつなぐことも重要です。今、企業が倒産する、あるいはリストラにあう、病気をするなどでいったん離職したあと、職業訓練を受けている間は給付を受けられる制度があります。こういうものをもっと充実していき、何度でもチャレンジできるような仕組みをつくっていく必要があります。
「家族」「教育」「失業」「退職」、その真ん中に「自由に働き方を選べる」、雇用につながる5つの橋をかけ、「働くことを軸とする安心社会」をつくろうということです。いま連合は様々なところでこの呼びかけを行っています。
なお、この5つの橋は、主に公共サービスという形で提供されていくと思います。国や都道府県、市町村などの行政と、NPOや協同組合や民間を含めた人々が力を合わせて、「新しい公共」というものを地域社会の中で作り出していきながら、この5つの安心の橋を架けていく、充実していく、ということを考えています。

(5)「働く」ということ
最後に「働く」ということについて、私なりの考え方をお話したいと思います。
人はなぜ働くか。所得を得て、生活を確実なものにして、豊かに生きていきたいという目的は当然あります。しかし、それだけなのでしょうか。
私たちは、職場、地域、家庭と様々な場に生きています。私は、それぞれの場で様々な形で他の人から配慮と承認を受けることが非常に大事だろうと思っています。働くことを通じた人と人とのつながりの中から、働くことの意味、生き甲斐などを感じるのではないかと思うのです。お互いを支えあう、認め合うという、絆というものが大事なのではないかと思います。
3年ほど前だったと思いますが、姜尚中さんの『悩む力』という本がよく売れました。彼はその中で、「人が働くという行為の一番底にあるものは、社会の中で自分の存在が認められるということです。社会というのは、基本的に違うもの同士が集まっている集合体ですから、そこで生きるためには、他者から認められる、仲間として認められる、つまり承認をされるということが必要になります。そのための手段が働くということです」と言っています。姜さんはこの「承認」を「attention」と言っています。「Attention」は、単純に言えば、関心、注目という言葉ですが、姜さんは、ねぎらい、承認のまなざしと言っています。この承認のまなざしが、非常に大事、それを抜きにして働くことの意味はないというふうにおっしゃっています。私は、この他者へ承認のまなざしを与えることが、働くことの根源的な意味ではないかと思います。
冒頭に紹介した「フィラデルフィア宣言の、「労働は商品ではない」「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」というのは、まさにこうした働くことの根源的な意味から出てくる言葉ではないかと思っております。
これからの講義では、「働くことを軸とする安心社会」が全体を貫くテーマとなり、そのための具体策をどう考えていくのかについて講師の方々がお話しになると思います。最終回は、一橋大学のOBである連合の逢見副事務局長を進行役に、連合の南雲事務局長が、「働くことを軸とする安心社会」についてお話しします。
ぜひ、みなさんにはこの連合の寄付講座で、働くことの意味について、学び取っていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

以 上

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