司会: | 林大樹(一橋大学教授) |
パネラー: | 古賀伸明(連合会長) |
岡本直美(連合会長代行) |
林) 今日は連合から古賀会長、岡本会長代行にお越しいただき、連合寄付講座のまとめとてして、修了シンポジウムを開催します。まず、古賀会長から、労働組合の求める政策とめざす社会についてご報告いただきます。続いて、岡本会長代行から、政策実現に向けて、連合は具体的にどのような取り組みを行っているかをお話しいただきます。その後に、質疑応答の時間を取ります。
古賀) 連合の時代認識と我々の求める社会像についてお話しします。
1.連合の時代認識・・・この時代をどう捉えるのか?
(2010年)7月11日に参議院選挙がありました。政治は、社会づくりに私たちが参画をしていくこと、と読み替えれば、政治に関心がない、政治はだれかがやってくれるとは言えません。日本人は、政治に対して距離をおき、「お上」という為政者の言うことを聞いていれば、困らずに生涯を送れるのだという意識が非常に強い国民です。しかし、政治は政治家に任せるものではありません。政治に参画をし、新しい社会づくりに参画をしていくことが重要です。
先日の参院選は、日本の憲政史上初めてといわれる政権交代が起こってから、初めての国政選挙であり、これから新しい社会づくりをしていくため、非常に重要な位置づけのものでした。しかし、残念ながら政権与党は大敗しました。それはこの10ヵ月間の政権運営のあり方や、選挙戦に入ってからの、菅直人総理の消費税率引き上げの唐突な提起などがあった結果です。
経済、社会保障、雇用、そして子育ての問題など、課題が山積しています。政策ごとの丁寧な協議と議論を含めて国会が真の論議の場となり、社会そのものが良くなるように期待しながら、我々の責任を果たしていきたいと思っています。
連合は2009年11月で結成20周年を迎えました。20年前、連合が結成された1989年11月は、ベルリンの壁が崩壊をした時です。これはただドイツ一国の東西の壁が壊れて融和したというだけではなく、米ソを中心とする冷戦構造が終焉をするきっかけになりました。90年代に入って、ソ連邦が崩壊し、雪崩をうったように社会主義国家が市場経済に転換をしていきます。このようなときに連合は結成されました。
国内では、1989年12月の最終株価で3万9000円弱という最高値をつけました。90年代に入って一気に株価の下落が始まり、バブルが崩壊します。それ以降、日本経済は極めて困難で難しい時代に移行し、失われた10年とか、失われた20年と呼ばれました。
そのような20年前と比べると、現在もまた大きな転換期の真っただ中にある、生きているという認識が必要です。象徴的な出来事として、2008年にリーマン・ブラザーズが破綻し、米国の金融危機に端を発した世界同時不況が起こりました。これは決して景気循環の一局面ではなく、経済政策や社会政策が行き詰って、世界同時不況が起きたのです。行き詰まった経済政策、社会政策は新自由主義、市場経済原理主義といわれます。簡単に言うと、市場にすべてまかせればうまくいく、規制をどんどん緩和すれば世の中は活性化する、「官」は効率が悪いから民間にすべて委ね、政府は小さいほどいいという政策が世界中を跋扈しました。最終的に、カジノ型金融資本主義の暴走によって金融危機、世界同時不況が起きました。
この結果、競争、効率、経済性だけを追い求める価値観の中で人は生きていけないと、世界全体が立ち止まって考えました。世界的な枠組みを議論する場も、G7、G8という先進主要国から、新興経済国が加わったG20という場面に移り、その中で、失業者、低所得者がこれだけ出て本当にいいのか、もっと質の高い仕事を中心におかなければいけないということが議論されました。
今年(2010年)4月に、ワシントンでG20雇用労働大臣会合が開かれました。ソーシャル・パートナーである労働組合と使用者も一緒に議論する場として開かれ、私は労働組合代表として参加しました。世界全体で、質の高い仕事を求めて改革をしていこうという、大きな流れができつつあります。私は、政権交代もこのような大きな流れの一環としてとらえるべきだと思います。
誤解のないように言っておきますが、私は競争、効率、経済性の追求を決して全て否定してはいません。しかし、それだけの価値観で動く政策は、まさに人間をモノとして、機械として扱うことにつながっていくと思います。そうではなく、社会性や共に生きる共生、共に創りだす共創といった概念がバランスよく配置された社会を作っていかなければいけません。連合結成から20年たった今、政策の転換期だということを認識していただきたいと思います。
2.「雇用社会」日本の不安定
日本社会は世界に冠たる「雇用社会」といわれています。現在、日本の人口は1億2700万人ですが、そのうち雇用労働者は約5500万人です。家族も含めて、多くの人たちが雇用に依存し、生活をしている社会です。したがって、我々は、雇用の現場が不安定になれば、日本社会全体の不安定さにつながっていくと訴え続けています。
しかし、この20年間、競争、効率、経済性を徹底的に追求する政策が行われ、労働現場は荒廃してしまいました。非正規労働者が3分の1を占める状況になりました。もちろん、私は働き方や雇用の多様化を否定するつもりはありません。しかし、日本の非正規労働者は、労働条件の面で、正規労働者とあまりに大きな格差があります。年収200万円以下の人たちが1000万人を超える社会になりました。そういう人たちが増えて、年金にも健康保険にも加入できないとなれば、社会保障全体の仕組みが立ち行かなくなっていきます。職業訓練や人材育成からも除外される人が出てきています。労働現場や雇用の問題は、日本社会全体の問題としてとらえていかなければなりません。
3.連合が求める政策とめざす社会像
連合がどんな社会をめざしているのか、連合が求める政策の基軸とめざす社会像についてお話しします。まず、経済政策、社会政策の価値観を転換していくことです。キーワードは5つあります。1つは「連帯」です。人と人とが支えあう協力原理が社会の中心に据えられる社会です。具体的な言葉でいえば絆とか、助け合い、あるいはコミュニティです。2つ目は「公正」です。これは労働条件だけの公正というよりも、世界や日本のすべての仕組みや制度は公正かということです。3つ目は「規律」がきちんと保たれていくことです。4つ目は「育成」です。単なる人材の育成ということではなくて、人を育む社会、人を育てる資本主義という大きな概念としてとらえています。最後に「包摂」です。エクスクルージョン(排除)するのではなく、インクルージョン、みんなでみんなを包摂しながらそれぞれが生きていく、生涯をおくっていくことです。
そんな政策理念を持ちながら、我々は10年前から「労働を中心とした福祉型社会」をめざす社会像としています。働くことに最も重要な価値をおき、すべての人が働く機会を与えられる、そして公正な労働条件が担保される社会です。しかし、長い人生のなかで、病気になったり、一生懸命働いていても産業構造の大きな変化の中で職を失うこともあります。そんな時には、社会がきちんとセーフティネットで受け止め、職業訓練や人材育成を実施することで、次のステージへ挑戦ができるようにします。そういう社会を「労働を中心とした福祉型社会」と呼んでいます。
これまで、日本の強みは厚い中間層が存在をし、そこが社会を安定化させ、社会を発展させていたことでした。ところが、競争、効率、経済性の追求で、働く人が分断され、格差が生まれました。都市と地方の格差も広がり、地方はどんどん疲弊をしています。1000万人以上が年収200万円以下という現状は、格差というよりも貧困の問題ととらえるべきなのかもしれません。
これに対して、もう1度厚みのある中間層を基盤とした社会を構築すべきです。そのために、すべての働く者の連帯で、希望と安心の社会を築かなければなりません。
4.連合運動の力点
労働組合の組織率は、現在18.5%です。連合は、680万人の組合員で成り立っています。日本で680万人のメンバーシップを持つ組織はそう滅多にないと思います。しかし、我々にはメンバーだけの利益ではなく、すべての働く者を視野に入れながらどう運動を展開していくのか、ということが求められています。それを追求することこそが、国民に共感を得られる運動になっていくと考えています。そのために、まず雇用や地域に根差した運動で、社会連帯の輪を広げます。労働運動のリーダーが先頭に立ち、集団的労使関係をもう1度きちんと構築することこそが、社会の安定につながると考えています。
5.政権交代と労働運動
どうしたら我々の求める社会像を実現できるのか。高度成長期は、日本経済が右肩上がりに伸びました。その時代は、企業別の労使が増えたパイをどう分配するか、毎年春に交渉をしました。この春闘を通じて、個別労使の分配結果を全体に波及させれば、日本全体の国民の生活も向上し、日本社会、経済もどんどん発展をしていくという時代でした。しかし、日本は成熟社会、安定成長社会に入りました。個別労使で交渉した結果がなかなか波及できなくなってきました。あるいは、大きな世界の流れの中で、産業ごと、企業ごとに業績も非常に異なる時代です。逆説的にいえば、我々の働き方や暮らし方に関わる課題のなかで、企業別労使で解決できることの幅が狭まっています。
たとえば、みなさんの賃金が名目で上がっても、税金や社会保険料が多く取られれば、可処分所得が減るわけです。医療、年金、介護の制度が本当に持続可能なのか。そのことによって、私たちが病気をしたときや歳をとったとき、どういう暮らし方ができるかが規定されてきます。これらは国の政策に直結しています。我々のめざす社会像を実現するために、行きつく先は国の政策・制度を変えなければならないということです。
その政策を決定するのが政治のプロセスです。したがって、我々は、労働組合として政治活動をして、新しい社会づくりに取り組んでいくために、我々の代表を政治の場に送り出していかなければなりません。我々は、今回の参院選でも比例代表として11人を推薦しました。民主党の比例代表は今回16人が当選しましたが、その中の10人は連合の組織内の仲間です。現政権では生活者や働く者、タックスペイヤー、(納税者)主権の政治をやろうと、果敢にさまざまなことに挑戦をしています。我々は、現政権を支援しながら、日本全体の国民の働き方や暮らし方に直結する社会改革に積極的に関わっていきたいと思います。
岡本) 連合会長代行の岡本です。これまで連合の会長代行は1人でしたが、昨年(2009年)の定期大会で定員が1人増え、女性代表として会長代行になりました。本来の仕事はNHK労連の議長です。NHKの仕事についても触れてほしいと事前に言われていましたので、まず、NHK労連について簡単に紹介した後で、連合が政策実現に向けて、どのような取り組みを行っているのか、具体的な事例を挙げて話をしたいと思います。
1.NHK労連とは
NHK労連はNHK関係の労働組合の連合体です。中核組合は日本放送労働組合(日放労)です。放送局の中では一番古い組合で、1948年3月に発足しました。この他、NHK学園の教職員組合、NHK交響楽団の組合、NHKのスタジオのセット、CG、3Dを制作する関連団体の組合等があります。また、国際放送でキャスターとして働いている外国人や、NHKで派遣労働者として働いている方たちが1人でも入れる「NHKユニオン」を結成しています。あわせて14の組合から成っています。組合員は約1万2000名ですが、連合の中では決して大きな規模の組合ではありません。
マスメディアは第四の権力と言われます。メディアの表現は、人々の価値判断に大変大きな影響を与えます。プライバシーの侵害や行き過ぎた報道、表現に対して、よくメディア規制の話がでてきます。NHKの収入の約97%は受信料で成り立っており、国からの交付金は0.5%だけです。たとえば、参院選の政見放送は受託業務として交付金を受けています。NHKの予算、決算は国会で承認されますので、よく「国営放送」とか、「政治に弱い」と揶揄をされます。
こうした状況がありますので、私たちとしては労働条件の改善とともに、まず職場での自主自律を重視しています。「個の確立」と言っていますが、自分がやりたいことを堂々とやって、圧力を跳ね返すだけの力を持とうということです。組織としての自主自律を目標に掲げることで、NHKまたは関連会社で働く者が、自らやりたいテーマで取材し、記事を書いたり、番組を作ることができるように取り組んでいます。現在、職員数は1万582名、女性の比率が13.6%です。私が入ったころは5%もいませんでした。労働組合として、女性の採用枠や職域の拡大を要求し続けてきて、やっとここまできました。しかし、管理職はまだ3.8%です。NHKは、新卒と4月1日現在で30歳未満の人を定期採用しています。定期採用は、放送技術を担う理系の採用を除いて、年間約250名の採用をしています。2010年度の女性の採用比率は35.4%で、女性の採用は年々増えています。秋にも中途採用をしています。
全国に放送局がありますから、全国転勤があります。実は、昨日一般職の内示がありました。毎年約950名位の規模で転勤があるので、女性はたくさん採用をされても、子育ての時期になると転勤がしにくいということで辞めてしまうのが大きな課題になっています。
2.政策実現に向けた政府・省庁との政策協議
では、政策実現に向けて、連合はどのような取り組みをしているのか、ご紹介します。まず、政権交代後にできた新しいルートとして、政府・連合のトップ会談と、実務者レベルで行う政府・連合定期協議があります。そのほかに、経済団体もメンバーに入った政府の「雇用戦略対話」も、政策実現のために、大変重要な場となっています。また、政府の各審議会にも労働者代表として連合から多くの委員が関わっています。
3.男女共同参画会議
実際に、私が関わった政府の「男女共同参画会議」についてお話しします。そもそも「男女共同参画」は女性だけの話ではなく、むしろ今年は、男性から見た男女共同参画について、会議の場でずいぶん議論をしました。
男性は、正社員にならなければいけないという周りからのプレッシャーを受けています。一方、女性は、もしも就職できなければ家事手伝いでいい、と言われることもあります。中高年層の男性は、従来の働き方の中で、自分が大黒柱として一家を支えるという立場を一身に背負って、心身とも疲れてしまうことが多いです。そうではなくて、この社会を男性も女性も一緒になって働き、支えていこうというのが男女共同参画の基本であり、特に今年はそういう議論が多く出されました。
「男女共同参画会議」が政府の重要政策会議として設置された経緯は、国連の動きに合わせて進められてきました。79年に国連で世界の女性の憲法といわれる「女性差別撤廃条約」が採択されました。日本は85年に「男女雇用機会均等法」を制定して、この女性差別撤廃条約を批准しました。95年に北京で第4回世界女性会議が開催され、男女平等を進めていくために北京宣言、および行動綱領が採択されました。この結果、日本では99年に「男女共同参画社会基本法」が成立し、2001年から「男女共同参画会議」が発足しました。
会議の議長は、内閣官房長官で、国務大臣はすべて政府側の議員です。民間の有識者議員は12名で、私もそのメンバーです。昨日、玄葉光一郎男女共同参画特命担当大臣が出席して、民間議員との懇談がありました。男女共同参画の特命担当大臣ができてから、男性は玄葉大臣が初めてです。GEM(ジェンダーエンパワーメント指数)に、GGI(ジェンダーギャップ指数)という男女の賃金格差が加わると、日本は110位ぐらいの地位になることはご存じでしたので、もっと具体的なことも知っていただこうと、私たちは問題意識を投げかけながら、勉強会の場を設定しました。大臣は政調会長も兼ねていますから、本気で取り組んでいただけたら心強いと思います。
2005年の第二次男女共同参画基本計画では、2020年までに指導的地位に占める女性比率を30%にすると決められました。「指導的地位」とは、国会や県議会・市議会の議員、各省庁の管理職、大学の研究者、企業の管理職、組合役員、女性記者も入っています。しかし、この第二次基本計画策定の時、国際的に広く使われ、概念として確立している「ジェンダー」の定義について、特に「文化的に形成された」という文言に批判があり、大きなジェンダーバッシングが起きました。その結果、民間の議員が作り上げた計画案の内容が最終的な段階で変えられてしまったと聞いています。
4.第三次男女共同参画基本計画
2009年3月、当時の麻生総理から、2011年から5年間の男女共同参画基本計画(第三次)の改定について諮問がありました。男女共同参画会議のもとには専門調査会が4つあります。そのうちの基本問題・計画専門調査会にワーキンググループを8つ作り、答申案の議論を行いました。このとき、福島前大臣から「第三次基本計画では雇用分野が一番重要なのだから、起草委員に連合のメンバーを入れるべきだ」という意見があり、答申案の起草を行う起草委員会に私も入ることになりました。結果として、連合の考える男女共同参画の内容を、かなり反映をさせることができました。
また、国連に「女性差別撤廃委員会(CEDAW)」という組織があり、女性差別撤廃条約の批准国に対して、条約の実施に関して男女平等が進んだかどうか、質問をしてきます。政府は、それに対して文書で回答を行わなくてはいけないのですが、日本は内容が不十分だと、勧告を受けています。2009年7月に、日本政府は6年ぶりにCEDAWからポジティブアクションが全然進んでいないようだが、男女共同参画基本計画の実施は本当に大丈夫なのか、という質問を受けました。とくに、日本の選択的夫婦別氏制度を含めた民法改正をめぐる問題について、CEDAWは、選択的夫婦別氏制度を認めないのは女性差別である、と明確に言っています。民法改正については、法制審議会で15年前にすでに答申がでているのですが、閣議決定がされないままで、議員立法で改正法案が提出されても、常に廃案になっています。民主党は民法改正を政策インデックスの中に書いていますし、政権交代によって、今回こそ法改正ができるものだと思っていました。しかし、残念ながらまだ閣議に提出さえしていません。CEDAWは、2011年に状況を報告するよう求めていますので、これに対して、日本はどう対応するのか、注目しておく必要があります。
今年(2010年)4月に、男女共同参画会議で、第三次計画にむけての中間報告を出して、議論しました。その時にある大臣から「全然エッジが効いていない。これではポジティブアクションは進まないのではないか」という感想が出されました。この意見で意を強くして、ポジティブアクションを推進するためのクオータ制を書き加えました。それからジェンダーの定義に「文化的」という言葉も復活をさせて、国際規範を重視しました。公契約の締結要件として、男女平等政策の進んでいる企業や労働基準を守っている企業を優先するとか、企業の税制優遇措置の検討も入れました。
国連には、CEDAWのほかに「女性の地位委員会(CSW)」という組織もあります。2010年は、実質的な男女平等の推進とあらゆる分野への女性の全面的参加など38項目から成る「北京宣言」を採択した第4回世界女性会議(北京会議)から15年目に当たることを記念して、ニューヨークで委員会が開催され、世界中から約8000人の女性が集まりました。一番のトピックは、ノルウェーの担当大臣(男性)が「女性を大事にしない国は経済が後退する」と言って、拍手喝采をあびました。ノルウェーの企業は管理職の40%以上を女性にしなくてはいけないと法制化して、実際に実現をさせています。
日本の企業でも、新人採用時は女性のほうがずっと優秀である、と言うのはよく聞く話です。しかし、なぜ働き続けるうちに差が出てしまうのか。いろいろな要素を排除していく作業がまだまだ必要だと思っています。
第三次基本計画案は、福島大臣の罷免、鳩山総理の辞任というなかで、答申が遅れています。まもなくそれを菅総理に答申をして、政府がこの答申を受けてどのように政策を進めていくのかということになります。今回も、パブリックコメントや公聴会でジェンダーバッシングの意見がありましたが、少なくとも、第二次基本計画策定のときのような激しいものはありませんでした。しかし、子育ては女性がするものだという意見が、大変根強くあります。私たちも、子育てをしている専業主婦の方を否定しているわけではまったくありません。働き続けたいと思いながら、子どもができても預ける保育園がなかったり、職場が認めていなかったりとか、男性が育児休業をとりたくてもそういう環境にないといったことをなくしたいという思いで、計画案を作っています。
メディアにおける性娯楽表現や性別役割分担意識の表現も、今回大変議論になりました。女性の立場から見れば目を覆いたくなるような表現や映像が、やはり多いです。このようなことについてもきちんとした対応が必要であると思いますが、それなら即メディア規制だとなると、私たちメディアの側からすれば反発をせざるをえません。しかし、表現の自由を主張しているだけではダメなので、自分たちが自ら律することも、同時にしていかなければいけません。女性記者やディレクターを増やすことによって、男性社会のメディアに対してチェックを働かせることも必要です。
5.育児・介護休業法の改正
次に、育児・介護休業法の改正に関する審議会での取り組みについて、お話しします。女性も男性も働きながら子育てをする環境を整えていく「改正育児・介護休業法」が2010年6月30日に施行されました。育児休業法は92年に施行されましたが、NHKの場合は、それより5年早く、87年には育児休業制度が導入されました。大企業もどんどん育児休業制度を導入するようになり、そうした流れの中で法律が制定されました。
今回の法改正の審議に際して、労働政策審議会雇用均等分科会では、当初、少子化に焦点が当てられて、論点として育児休業制度だけが出ていましたので、労働組合としては介護休業制度についても議論するべきだと主張しました。現在、介護で退職をしていく40代、50代の男性労働者が非常に多いのです。法律上の介護休業期間の上限は93日ですが、私の職場では1年間です。企業によって、より有利な規定をもつところもあります。
なんとか法定の介護休業期間を1年に延長したいと頑張りましたが、審議会は公労使三者協議ですから、労働組合が求めているものすべてが実現できるわけではありません。法律では、どの企業も守らなければいけない最低基準を決めますから、経営者側はすべてに反対します。労使で激しいバトルがあって、公益委員がそれを調整しながら最終的に法改正に持っていくという流れです。
結果として、今回は3歳未満の子どもがいる従業員の短時間勤務制度と残業免除の義務化と、介護のための1日単位の休暇の新設が決まりました。しかし、100人以下の中小零細企業では、制度の適用が2年猶予されました。こうしたことを見ますと、私たち労働組合が、労使交渉で頑張って、より充実した制度を取り入れたところをどんどん増やして、中小企業や労働組合がないところに波及をさせていくことが非常に大事だと思います。
もう1つは父母ともに育児休業を取得した場合(父母が同時または交互に取得した場合)は、合計で1歳2ヵ月までの休業が可能となりました。男性だけ、あるいは女性だけが育児休業を取るときの休業期間は1年間(子どもが1歳に達するまで)ですが、それを1年2ヵ月に延長することによって、男性の育児参加をもっと進めようということです。
いずれにしても、政権交代によって、政策実現のためのいろいろなルートができて、私たちが求めることに聞く耳をもってくれるようになりました。
林) これまでの授業でも出てきた「ディーセント・ワーク」について、どのようなものと考えているのか、お二人からお答えいただけるでしょうか。
古賀) 日本政府は、ディーセント・ワークを「働きがいのある人間らしい仕事」と訳しています。「ディーセント・ワーク」は、ILO(国際労働機関)のソマビア事務局長が、1999年の事務局長就任時に、21世紀のILOの目標として打ち出しました。働きがいのある人間らしい仕事、働くことに最大の価値、重要な価値をおく、そしてすべての人に働く機会が与えられ、公正な労働条件が担保されている、安心して自己実現に挑戦できるようセーフティネットが張り巡らされている、これらを、ディーセント・ワークと理解すべきだと思います。
1944年にアメリカのフィラデルフィアでILO総会が行われ、フィラデルフィア宣言が出されました。4つの基本原則のうち、とくに重要な2つの大きな柱があります。1つは「労働は商品ではない」。まさに、労働はディーセントなものでなくてはならないということです。もう1つの大きな柱は「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」。労働そのものが商品化され、過酷な労働がILO全体の課題になっていたと思われます。
ただこれは、現在もなお私たちが肝に銘じなければならない状況に、日本もそして世界全体もあります。雇用を創出し、創出した仕事はディーセントでなければならない。まさに人間として人間らしい、働きがいのある仕事でなければならないということです。
岡本) NHKの「ワーキングプア」という番組で、20代の若者たちが携帯電話で呼び出しを受けて、工場に派遣されて働くのですが、だんだん仕事がなくなっていく状況を描いていました。とうとうホームレスになってしまう男性がいて、だんだん無表情になっていきます。ホームレスになったことも悔しいと思わない状況になっていくわけです。
しかし、その後を追った番組では、自治体がホームレスを支援するNGOを紹介して、彼は公園の掃除や草むしりをするようになりました。彼は日照りの中で汗を流しながら草をむしっていきます。初めのころは公園にいる人たちが離れて見ていたり、胡散臭い顔で見ています。しかし、周りの人々がだんだんと彼に「ありがとう」と言っていくようになりました。そうすると彼に感情が戻ってきて、自分のこれまでの経験を含めてNHKのディレクターに対して涙ながらに話しました。
人は何らかの形で人と関わっていくということと、自分の仕事が小さな仕事でも誰かに感謝される、あるいは誰かの役に立っていると思えることが、ディーセント・ワークなのではないかと思います。
学生の質問) 「労働を中心とした福祉型社会」を実現するために、他のナショナル・センターなどとどう連携をしていきたいと考えているのか。「包摂」というテーマは具体的にどのようなことをイメージしているのか。外国人や障害者をどのように考えるのか。「納税者主権」という言葉が出てきたが、納税できない人をどう包摂していくのか。連合としては企業団体献金をどう考えているのか。
古賀) 「労働を中心とした福祉型社会」の社会像を実現するために、いろいろなところとの協力が必要です。「労働を中心とした福祉型社会」を提起して10年たちましたから、現在「労働を中心とした福祉型社会」の再定義と、政策パッケージをセットにした論議のたたき台を準備しています。各地域で、労働組合だけでなくて、有識者やNPOなどのいろんな人々とパネルディスカッションをしており、労働組合のめざすものというよりも、国民全体のめざす社会像として作り上げていきたいと思います。労働組合はもちろん、様々なセクターと一緒に運動すべきだと思います。
私たちは排除ではなく、包摂をめざします。日本にいる外国人も、障害者も含めて、全体で支えあいながら生きる社会を包摂、インクルージョンという言葉で表しています。
タックスペイヤーという言葉が少し誤解を招いたようです。納税をしたくてもできない人たちを除外するということではありません。働く人、生活者、納税者の視点が重要であるということです。税金がどこに使われているかわからない、無駄遣いが多い、とよく言われるように、信頼関係が非常に薄いのがこれまでの政治と国民・有権者との関係だと思います。こうした視点から政治を営んでいくのが非常に重要ではないかという象徴として、「納税者」という言葉を使いました。
竹中ナミさんという方がいらっしゃいます。私も委員として参加している、総理主導の「雇用戦略対話」の有識者委員をされている方で、社会福祉法人プロップ・ステーションの理事長です。彼女は「障害者」という言葉を使わずに、「チャレンジド(障害を持つ人の可能性に着目した米語)」という言葉を使います。障害者というのは決して守られたり、除外されるもの、特別なものではない。それぞれに適した働き方があって、働いて収入を得ることができる、そして税金も払おうじゃないかという論を展開されています。
3つ目の企業団体献金について、連合として企業団体献金を廃止するかどうか、結論をまだ出していません。廃止をすることで、本当に政治と金の問題をすべて解決できるかどうか、疑問があります。しかし、企業団体献金できる献金先を指定する、例えば政党には献金できるといった方法があると思います。世界各国では一定の組織、団体が社会づくりに参画をし、そして人のお金を社会づくりのために費やしていくことは、当たり前のこととして受け止められています。したがって、単に企業団体献金の禁止だけで物事が解決するかどうかは、いま少し検証してみる必要があると思いますし、そのことを民主党にも提起しています。
学生の質問) 消費税の問題で民主党が負けたのは、消費税について十分議論されていないからではないか。大企業の法人税減税はベンチャー企業に不利になり、雇用を破壊するのではないか。選択的夫婦別姓についての連合内の議論はどうなのか。
古賀) 私は今回の参議院選挙で民主党が負けたのは、菅総理の消費税の発言だけが理由だとは思いません。それは1つの要素です。国民はこの10ヵ月の政治とカネの問題だとか、あるいは普天間基地移設を中心とする政策決定の過程に不安を抱いたのではないか。そして、民主党は新しく菅体制でスタートしたけれども、何も議論しないまま選挙戦で消費税引き上げを言い出して、党内の混乱を招いたことに対して、国民は不安を抱き、このような投票結果になったと思います。
我々は法人税の引き下げを、一律に反対するつもりはありません。法人税は、経済活動、経営活動をした結果の法人所得に対してかけるものですから、低すぎても高すぎても問題があると思います。とくにこの10年間、政府は供給サイドである企業寄りに政策をシフトし、法人課税を引き下げる方向で様々な税制改正を行ってきました。課税対象を狭め、研究開発費を控除して、税金を安くしてきました。それらの経過を踏まえて、法人税をどうしていくかを検討しなければなりません。税制体系全体をどう見るか、新しい起業家に対する法人税や中小企業の法人税をどうするかを含めて検討をする必要があると思います。連合では中小企業の法人税率の引き下げを提起しています。
岡本) 先ほどのCEDAWの勧告は、民法改正の是非は、すでに世論で判断するものではないのだと言っています。答申ができてから14年たっています。もっといえば、その前からずっと議論をしてきています。初期の国民的議論はし尽くしているというのが、CEDAWの勧告の内容でした。
別姓にするかどうかは、あくまでも自由な選択ですから、夫婦や家族で決めればいいことだと思います。たとえば私は岡本という名前で築き上げてきたものがあります。しかし、結婚と同時に名前が変わり、例えば鈴木となると、「鈴木さんはいったいどなた?」と言うところから始まります。このため、企業では、労働組合が一生懸命頑張って、通称使用が認められるようになってきました。
しかし、たとえばパスポートや銀行のカードを新しく作る場合は、戸籍名を使わなくてはいけません。海外出張に行き、戸籍名のカードを使うときに、相手は私のことを岡本だと思っているわけですから、事情を説明しなくてはいけないということもあります。これは非常に現実的な問題です。選択的夫婦別姓は、働く女性たちが求めてきたことです。
夫婦の名前が違うことで、子どもたちに悪い影響があるのではないかという懸念はよく言われることです。しかし、実際に別姓にしている方たちの話を聞くと、それはその家族がしっかりとしていればいいわけです。それでいじめられるとかいうのは、私はスジが違う話だと思います。それは多少ほかと違うことを排除する、異論を排除するということにつながります。
林) 最後に古賀会長からひとこと
古賀) 先ほどディーセント・ワークのところで岡本会長代行が言いましたこと、働くことを見つめてください。みなさんはこれから社会に出て働くことになると思います。働くことの尊さ、働くことを通じて社会に参画をしていく、あるいは働くことの喜びや苦しみを通じて自分自身を成長させていく、そしてチームワークで1つの目標に向かってみんなで信頼関係をつくり、助け合いながら仕事を遂行していく、このような働くことの尊さを、私たち労働組合は、働くものの組織として、常に見つめていきたい。みなさん一人ひとりとしても、ぜひ考えていただきたいと思います。
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