一橋大学「連合寄付講座」

2010年度“現代労働組合論I”講義録

第12回(6/25)

「生活主導型経済へのパラダイムシフト:連合の経済、財政、金融政策」

ゲストスピーカー:逢見直人(連合副事務局長)

1.雇用社会化と戦後最悪の不況

(1)わが国の雇用社会化
今日は、労働組合と政治との関わり、政策実現を中心にお話ししたいと思います。
今、日本社会の雇用社会化が進んでいます。日本の就業者数は、6,248万人です。このうち雇用者数は5,451万人、就業者数に占める雇用比率は87.2%で、この比率は、年々高くなってきています。(総務省統計局調査2009年12月分より)
雇用は、様々な意味を持っています。一般的に労働者は、10代後半ないし20代前半から60代半ばまで、人生の最も充実した時期に雇用関係を通じて自分の労働を提供し、そのなかで自己実現を図ります。高齢化が進み、年金の支給開始年齢が上がっているので、職業生活の延長が求められています。
女性の就労の場も広がっています。妊娠・出産しても働き続けたいという女性も増えていますので、育児休業や保育の場を提供することで、働く女性が妊娠や出産によって仕事が中断しないように施策を考えていくのも雇用政策です。
グローバル化によって世界の壁が壊れて、中国やベトナムをはじめ経済体制が違う国とも貿易を通じた交流が深まっているなど、貿易構造が大きく変わってきたことも雇用に影響してきています。国際会計基準(IFRS)適用の問題もあります。
労働組合は雇用の視点から、社会の仕組みや制度について、問題を提起し、その解決策を提案しています。社会の仕組みは、いろんな視点が組み合わさって成り立っています。その中で雇用は非常に重要な視点になっているということをお話しします。

(2)世界は戦後最悪の不況
今回は、主に2008年に起こったリーマンショック、戦後最悪の不況といわれた問題に絞ってお話をしていきたいと思います。
2008年の秋に起こったリーマンショックにより、GDP(国内総生産)が先進国も途上国も大きく落ち込みました。その後、回復軌道に乗ってきてはいますが、危機以前の状況には戻っていません。このような戦後最悪の不況を経験した時に、労働組合として何を発言したら良いのでしょうか。

2.パラダイムシフト

(1)歴史の転換点に当たって~希望の国日本へ舵を切れ~
連合は、2008年10月に、「歴史の転換点に当たって~希望の国日本へ舵を切れ~」という声明を出し、パラダイムシフト(政策軸を変える)を提言しました。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/kenkai/2008/20081023_1224830124.html

(2)パラダイムシフトの系譜
これまでにも何度か歴史の節目のときに、パラダイムシフトがありました。
出発点は、アダム・スミスの自由主義国家論です。それ以前の近世ヨーロッパは重商主義国家でした。重商主義とは、貿易などを通じて貴金属や貨幣を蓄積することにより、国富を増大させることを目指す経済のことです。これは、植民地政策につながる経済思想であり、要するに略奪の経済です。これに対してアダム・スミスは、1776年に、市場は「見えざる手によって動く」という自由主義国家を唱えました。

 これが崩れるのが1929年の世界恐慌です。世界恐慌によって失業と貧困が増加しました。まさにその時にパラダイムシフトが起こりました。しかし、その姿は一つではありませんでした。ファシズム、国家社会主義、いわゆる全体主義の方向で問題を解決しようとした国がドイツや日本、イタリアでした。他方、ソビエトのように社会主義計画経済で経済危機を乗り越えようとした国もあります。アメリカはニューディール政策で経済危機を乗り越えようとしましたが、各国の対立の中で戦争が起こります。
第2次世界大戦後の1945年にブレトンウッズ体制がスタートします。重工業中心の経済成長とケインズ的な福祉国家(大きな政府)建設が進み、1960年代にかけて世界経済は繁栄します。しかし、1971年、金本位制をやめて、固定為替制から変動相場制への転換を宣言したニクソンショックが起こります。これも大きなパラダイムシフトの1つです。
1973年に第4次中東戦争を契機として石油ショックが起こります。これは日本にも大きな影響を与えました。従来の成長の前提が崩れていきました。1973年に、ミルトン・フリードマンが登場し、マネタリズムというケインズ政策に代わる経済理論を提起しました。
1980年、アメリカでレーガン大統領が、イギリスではサッチャー首相が登場して、新自由主義という考え方が出てきて、1980年代に大きなパラダイムシフトが起こりました。
「福祉国家から小さな政府へ」という新自由主義的な政策が世界中を席巻して、規制緩和と民営化が進み、自己責任がどんどん強められていきました。日本でも中曽根総理や、2000年以降は小泉総理らによって、新自由主義的な政策が強められました。
その結果、貧困と格差が拡大し、生活保障機能が弱体化するという問題が顕在化してきました。そして、金融の暴走が起きます。2008年のリーマンショックで、市場原理主義は崩壊しました。

3.日本の「雇用社会」が抱える問題

(1)新自由主義と日本の雇用社会の変容
日本の雇用社会は、市場原理主義や新自由主義が出てくる1980年代までは、日本的雇用慣行モデルが有効に機能しました。その頃の日本の経済社会の仕組みは一言でいえば株式持ち合いによる安定株主、モノ言わぬ株主がいることによって、経営者は長期的視点に立ってあまり株主への配当を気にせずに事業経営ができました。政・官・業のトライアングルとは、政府と官僚、業界とがもちつもたれつの関係で巧みに利益を分配する仕組みのことです。例えば護送船団方式があります。これは金融業界が代表的な事例です。金融業界は、大手の都市銀行から中小の信用金庫・信用組合に至るまでどこも潰さない、どこも競争にさらさない、そういう形で中小も生き残っていけるようにするということです。建築業界においても中小の建設・土木業者にもきちんと仕事が回るようすることによって、地方の格差拡大を防いできました。
しかし、1990年代以降、新自由主義によって、こうした仕組みが崩されていきます。

(2)日本的長期雇用慣行
日本的長期雇用慣行は、期間の定めのない常用雇用を基本とし、一旦採用した従業員は定年まで雇用することを暗黙の前提としています。事業が不振の時でも、解雇のリスクは抑え、正規雇用の調整弁として期間工、臨時工などの非正規雇用を採用しました。
正規雇用者は多能工を育成し、幅広い熟練を形成することで、事業の拡大等にともなう広域配転や技術革新にも積極的に対応し、企業に対して高いロイヤリティをもちます。
こういう関係の中で日本的雇用慣行は成り立ってきました。一時は日本的経営が持てはやされた時期もありましたが、90年代以降こうした仕組みそのものが新自由主義的な経済学から批判されました。

(3)長期雇用慣行がつくった人材育成モデル
この長期雇用慣行のなかで、人材育成モデルというものが出来上がっていました。イギリスの社会学者、ロナルド・ドーアは、「資本主義というのは単一のモデルではなく、日本やドイツは共同体的企業社会の中で、長期安定雇用が人材育成モデルを形成して、日本企業の強みを支えてきました。こうした共同体型の理念や意識が失われてきたことによって、価値観が変わり、株価に代表される企業価値のみが最高の経営目標になったことで、人材育成モデルが崩れてきたのではないでしょうか。しかし、それで日本企業はほんとうに良いのですか。人材育成モデルを失った日本に何が強みとして残るのですか」と警鐘を鳴らしました。
我々もドーアと問題意識を共有するところがあります。資源も乏しい日本には、人材育成モデルというものがあり、そこでいろんな付加価値創造ができます。そこが、日本の強みであり、そこを弱くするような政策をとって良いのだろうかと思ってきました。

(4)バブル崩壊以降の労働市場の変化と問題
しかし、世の中はどんどん新自由主義的な方向にシフトしていきました。1990年代の初めにバブルが崩壊した後に様々な労働政策がとられた結果、正規雇用が縮小し、不本意な非正規雇用が増加し、その中で低所得者が増加しています。リーマンショック後はそれが、いろんな形で示され、問題が起こってきました。

(5)日本の雇用状況について
日本の雇用状況について、整理してみたいと思います。
今、失業率は5.2%、有効求人倍率は0.44%で、求職者10人のうち、4人しか仕事がみつからないという状態です。(総務省統計局調査2010年5月分より)
大卒の就職内定率をみると、2010年3月卒で、70.6%です。(厚生労働省・文部科学省「大学等卒業予定者の就職内定状況調査」2009年12月1日現在)
非正規者労働者数と正規労働者数の推移をみると、1997年に3,812万人いた正規労働者が2009年で3,386万人となり、500万人くらい減っています。他方、パート、アルバイト、派遣などの非正規労働者は、1997年に1,152万人でしたが、いま約1,700万人となり、約500万人増えています。このように、この10年余で雇用構造が大きく変わっており、今や3人に1人は非正規労働者という働き方になっています。
パート労働者と一般労働者の賃金を比較すると、一般男性を100とした場合に、一般女性が65~70です。男性パートが50~55の間で、女性パートが40~50の間になります。正規労働者とパートの賃金には大きな格差があります。
2008年12月時点で、失業給付を受けていない失業者の割合は、77%に達しています。日本は雇用保険の仕組みにより、仮に失業したとしても生活ができるセーフティネットを用意してきましたが、非正規労働者が増加し、雇用保険でカバーされない人たちがふえています。
貧困と格差では、生活保護世帯の増加や相対的貧困の増加が問題です。貧困には絶対的貧困と相対的貧困があり、絶対的貧困は1日2ドル未満で生活する人たちのことを言います。相対的貧困はその国の平均賃金の半分以下で暮らしている人たちのことで、日本の平均賃金は年収ベースは大体400万円程度ですから、それの半分というと年収2000万円位です。日本政府は正式なデータを発表してきませんでしたが、政権が交代して初めて厚生労働省が相対的貧困率を出しました。2007年で15.7%、約1,900万人が相対的貧困状況にあります。
正規雇用労働者が減って非正規雇用労働者が増えた一方、正規雇用労働者の長時間労働問題が起きており、20代後半から30代前半の子育て世代の男性に長時間労働が集中しています。年次有給休暇の取得状況も、付与日数の半分以下です。
労働災害の発生件数は、ここのところ毎年、約10万件を越えています。内訳をみると過労死労災認定者数が増えています。自殺者も1998年から毎年3万人を超えています。経済的問題と健康問題が大きな原因となっていますが、健康問題には鬱病が含まれており、ストレスが自殺に影響を与えていると考えられています。
個別労働紛争も増えています。解雇問題を中心に個別労働紛争が非常に増えています。不況の影響で賃金不払いも大きな社会問題となっています。司法改革のなかで裁判によらずに、より迅速に簡便に活用できる解決制度として、2006年から労働審判が導入されましたが、年々件数が増え続け、2009年には3,468件となっています。

(6)日本的雇用慣行における雇用・生活保障の限界
このような状況をどう考えたらいいのでしょうか。雇用の安定を経営上のプライオリティーの高いものとして考えるという経営姿勢はまだ残っていますが、従来の日本的雇用慣行モデルで雇用と生活を保障するには限界があり、様々な対策をとっていかなければならないと思います。
アウトソーシングや非正規雇用が増えたことについては、それを市場原理に任せるのではなく、非正規雇用のワークルールが必要です。所得保障だけでなく、職業能力開発をカバーするセーフティネットが必要です。正規労働者と、パート、有期、派遣労働者との均等・均衡処遇ルールも必要でしょう。あるいは正規労働者のコア業務への集中化の対応として長時間労働やワーク・ライフ・バランス対策が必要でしょう。そして、個別労働紛争解決と紛争予防策が必要です。このように雇用や生活保障に関わる部分を政策的に行なっていかないといけないと思います。

4.ディーセントワークとグローバル経済のルール設定

(1)ディーセントワークとは
そこでキーワードとなるのがディーセントワーク(Decent Work)です。日本語では「働きがいのある人間らしい仕事」と訳しています。この考え方はファン・ソマヴィアILO事務局長がこの間の富の偏在や貧困の拡大、人間の尊厳の喪失といったグローバル化の負の側面を是正することを狙いにして作った概念で、今ILOの最重要目標となっています。ILOによれば、ディーセントワークは職業生活における人々の願望を示したものとして、「[1]仕事の機会、[2]職場における保障と家族に対する社会的保護、[3]能力開発と社会的統合へのより良い見通し、[4]人々が不安や心配を表現する自由、[5]自分たちの生活に影響を及ぼす決定に団結して参加すること、[6]すべての男女のための機会と待遇の平等など、を意味すると言われています。

(2)ディーセントワークの欠如
ディーセントワークは世界の国々すべてに提供されているわけではありません。先進国、新興国、途上国で問題はそれぞれ違います。日本においても、ディーセントワークは十分に保障されていません。
世界の労働者の半数は、自分と家族の生活を、1人当たり2米ドルの貧困レベル以上に引き上げることができないでいます。世界各地で、雇用の質と量の双方において、大きな「男女格差」が見られます。世界には8,500万人をこえる若年失業者(15~24歳)がいます。そして、世界には8,500万人の移民労働者がおり、そのうち3,400万人は開発途上地域で働いています。グローバルな経済成長が貧困削減につながるように新しい仕事を生み出すことが次第にできなくなっており、「グローバル化の負の側面」の問題が顕在化しています。日本も含めて、世界全体で富が拡大しているにも関わらず、一方で貧困が増加し、失業者が増えています。

(3)グローバル経済ルールの設定
そこで、グローバル経済ルールを作ろうとILOの中で議論されてきました。具体的には、仕事の創出、仕事における権利の保障、社会保障及び労働者保護の拡充、社会対話の推進と紛争解決を戦略目標として掲げて、それぞれの国で自分たちが抱えている国内問題と照らし合わせて、戦略として作っていこうというのがILOの呼びかけです。
そして、2009年、ILOは、「グローバル・ジョブズ・パクト(仕事に関する世界協定)」を、リーマンショック後の金融危機の混乱のなかでつくりました。
2009年秋、政権交代があり、鳩山さんが総理大臣になってすぐ、ピッツバーグでG20サミットが開催されました。このG20に対しても世界の労働組合は雇用の問題がきちんと解決されない限り、危機は遠のいたとは言えないとして、各国の首脳たちに働きかけて、首脳声明に雇用問題への対応を書き込みました。

(4)日本におけるディーセントワークの推進
下図は、日本におけるディーセントワーク推進についての連合の政策としてのイメージ図です。ディーセントワークを実現するために、雇用のあるべき姿、そのための具体的取り組み、支える基盤等について示しています。

5.経済・雇用危機に対する連合の取り組み

(1)連合声明と雇用創出プラン
連合は、今回の経済・雇用危機について、「歴史の転換点にあたって~希望の国 日本へ舵を切れ~」を声明として発表しました。日本版「グリーン・ニューディール」政策をとるべきだという内容です。それによって、約180万人の雇用を3年以内に増やす必要があると提言しました。
「グリーン・ニューディール」はオバマ大統領が提唱したものですが、この考え方を日本にも取り入れるべきだと思います。いま世界全体として低炭素社会に向けて大きく舵を切り替えようとしています。低炭素社会に向けて生まれてくる仕事があるはずです。例えば再生可能なエネルギーを作る仕事やガソリン車から電気自動車やハイブリッド車へ切り替えていくこと、建築物をCO2削減に資する建築基準に変えていくことによって建物を建て替えていくことなどです。こういう仕事を「グリーン・ジョブ」といいますが、グリーン・ジョブをつくるグリーン・ニューディールを日本でも取り入れようと提案しています。
雇用が失われていくなかで、労働者を失業者として労働市場の外に出すのではなくて、雇用を維持するために政労使で力を合わせていくこととして、雇用をつくることと雇用を維持することの2つをやっていこうとしました。

(2)雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意
2009年3月、経営者と労働組合、政府は、「雇用の維持は最重要の課題である。このため、労使は最大限の努力を行うこととし、我が国の労働の現場の実態に合った形での日本型ワークシェアリングとも言える様々な取組みを強力に進める」ということを確認し、「雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意」を締結しました。
その内容は、「経営側はどのような経営環境にあっても、雇用の安定は企業の社会的責任であることを十分に認識し、労働時間の短縮などをやっていく。労働側は、生産性の向上は雇用を増大するとの認識の下、コスト削減や、新事業展開など経営基盤の維持・強化に協力する。政府は、残業の雇用調整助成金の支給の迅速化、内容の拡充を図って支援を行う」というものです。

(3)生産性三原則
その背景にあるものは1955年の「生産性三原則」です。その内容は、[1]「生産性の向上は、究極において雇用を増大するものであるが、過渡的な過剰人員に対しては国民経済的観点に立って、能う限り配置転換その他により失業を防止するよう官民協力してこれを研究して適切な措置を講ずるものとする。[2]生産性向上のための方式については、各企業の実情に則り、労使が協力してこれを研究し、協議するものとする。[3]生産性向上の諸成果は、経営者、労働者及び消費者に、国民経済の実情に応じて公正に分配されるものとする、というものです。
この原則に立って、生産性運動が進んでいきます。この生産性三原則を作るにあたって重要な役割を果たしたのが、一橋大学の学長もされました中山伊知郎先生で、日本の理論経済学の大家と言われている方です。中山先生は経済学者としても大きな足跡を残しましたが、労使紛争や労働争議についての解決策を的確に示しました。2009年3月の政労使合意のなかにもこの生産性三原則の思想が入っています。

(4)雇用調整助成金
「雇用調整助成金」(以下、「雇調金」)は経済上の理由により生産量が減少したり、事業活動が縮小した時に、国が賃金の一部を助成する仕組みです。この雇調金によって、どれくらい雇用が維持されているかというと、ピーク時は2009年4月に約253万人、今は徐々に少なくなってきていますが、2010年4月時点でも約148万人が対象になっています。もしこれがなかったら、多分もっと失業率は高まっていただろうと思います。ただこれは一時的なもので、その間に成長軌道にどうやって乗せていくかが重要です。

(5)緊急雇用対策と新成長戦略
2009年秋、労使代表は政府に対し、「労使の対話、労使のステークホルダーが政策決定プロセスに関与して、雇用対策会議に参加する形でやっていくべきだ」と要請をおこない、「雇用戦略対話」が設置されました。そこで、雇用維持政策と雇用創造プログラムを議論し、2009年12月30日に成長戦略の基本政策が提示され、2010年6月18日に「新成長戦略」が閣議決定されました。
その最初に、「公共事業、財政頼みの第1の道、行き過ぎた市場原理主義の第2の道でもない、第3の道を進む」、「環境・健康・観光の3分野で100兆円超の新たな需要を創造する」、「雇用が内需拡大と成長力を支え、ディーセントワークを実現する」と書かれています。政府が政策の中で「ディーセントワークの実現」と言ったのはこれが初めてです。菅さんが総理大臣になって初めての所信表明演説にもこういう言葉が出ています。
マスコミは記事にしませんが、こういう成長戦略の中にきちんとディーセントワークの実現という文字が入っているということは、我々の意見が入れられている1つの成果だと思います。
つぎに、国民生活と「新しい公共」の支援です。「新しい公共」は新政権になってから出てきた概念です。国民すべてが社会活動に参加する「出番」と「居場所」を実現するなかで、特に若者・女性・高齢者・障がい者の就業率を向上させるというものです。そのために政策目標を設定し、2年間で集中的に就業環境の整備等に行う「トランポリン型」の社会の構築を進めます。今までは一旦、正規が非正規になったら、非正規の人たちはもう正規になる機会はありませんでしたが、これからは一旦落ちてもまたトランポリンのようにもう一回上に上がれるように、第二のセーフティネットを張ります。これはイギリスをモデルにしている日本版NVQ(National Vocational Qualification:職業能力評価制度)といわれているものですが、職業能力をきちんと評価して、それをベースにして企業は雇用します。そうすると非正規の人も正規として雇われやすくなるということです。
雇用戦略対話は2020年までの雇用の「質」関連目標を確認しています。例えば、年次有給休暇取得率を70%にする、週60時間以上働く雇用者を5割減らす、労働災害発生を3割減らすなど、いくつかも目標が設定されています。また、最低賃金引き上げについて、全国最低800円を確保して全国平均1000円をめざすことも確認しました。

6.パラダイムシフトは起こったか

 最後に「パラダイムシフトは起こったか」を、参考までにお話しします。
今までの自民党政権は毎年、骨太方針を6月に示していました。小泉内閣の時代の「骨太方針2006」では、経済成長戦略大綱を作りました。国際競争力の強化、生産性の向上、地域活性化、規制改革、労働市場改革、公を支えるシステム改革を進めて、民の力で成長をつくろうという成長戦略でした。
安部内閣では成長力加速と成長力底上げです。底上げのなかに最低賃金の引き上げが入ってきました。成長可能性拡大のためのイノベーション、グローバル化、労働市場改革の推進、その労働市場改革のなかには労働ビッグバンという考え方があり、これは労働市場の流動化を非常に強く打ち出すものでした。
福田内閣では経済成長戦略、全員参加経済、グローバル戦略、革新的技術、地域活性化が打ち出されます。地域の中に地方と農業、中小企業が入ります。新たに低炭素社会の構築が打ち出されます。低炭素社会と成長が関わるような考え方になってきます。
麻生内閣では、成長戦略の柱として低炭素革命、健康長寿、魅力発揮、アジア・世界の持続的成長への貢献、農政改革、地域発の成長、中小企業活性化を打ち出しました。そして、安心社会の実現として、社会保障も入ってきます。
同じ自民党内閣でも小泉内閣から順番に見ていくと、少しずつ中身が変わってきていることが分かると思います。そして、鳩山内閣、菅内閣では「第3の道」による立て直しを強く言っています。温室効果ガス25%削減も含むグリーンイノベーション、ライフイノベーションによる少子高齢化を克服する日本モデル、アジア経済戦略とインフラ輸出、ハブ機能強化、農山漁村の6次産業化、ディーセントワークの実現を含む雇用人材戦略を打ち出しています。
これがパラダイムシフトかどうかについては議論がありますが、今までにはない新しい考え方がいくつか入っています。我々としてはこの民主党内閣の中に新しいパラダイムをいくつか入れることができたのではないかと思いますし、これからも雇用の量だけでなく、質も重視した成長戦略の実現を求めていきたいと思っています。

以 上

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